落第生の舞台   作:ゴマ醤油

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追憶 天堂真矢

 誰も居ないレッスン室。今日は自身が一番乗りのこの部屋。

 最近はクロディーヌ以外にも愛城華恋や転校生の神楽ひかりも朝早くに来ることも多いその部屋に天堂真矢は今日もいた。

 軽く体を伸ばし、朝のレッスンに入る。

 例え自身がトップであるという自負を持っていようとも、それは日々の鍛錬を止めて良い理由にはならないのだから。

 そういえば、昨日戦った少女も朝にここで見ることが多かった。あの星夢誘もここに早くから来てレッスンをする事が多かったのを覚えている。

 星夢誘。かつての学友。ともに切磋琢磨し、舞台少女として高め合うライバルの一人であった少女。あの鋭い目の中に確かな輝きを秘めていた少女。

 そんな彼女ともここで会うことが多かった――一番かち合ったのはクロディーヌだが。

 けれど、先日のレヴューの際。あの舞台で巡り会った彼女はまるで別人の相であった。まるで、亡者。ただ生者を喰らおうとする悪魔の如しその形相。

 かつての、あの情熱と輝きに満ちた少女とはまったくの別物だと感じてしまうほどであった。

 

「――ふうっ」

 

 時間を確認するともう始めた頃より随分と経っていた。

 授業もあるしそろそろ切り上げよう。そう思い、レッスン室を出る。そういえば、クロディーヌとは出る時間は異なることは多いのにあの少女とは被る方が多かった。

 シャワーで汗を流し、教室へ向かう。着くと、いつもと変わらない日常が広がっている。それぞれが様々なことをしており、とても日常らしい光景。

 

「あらっ。今日も遅いのね。天堂真矢」

「……いえ。本日も朝から体を動かしていたものですから」

 

 そして、いつもの事ながらクロディーヌが子憎たらしげに声を掛けてくるので、いつも通りに余裕を持って返す。それがなんとも朝の日常らしくて心地良い。

 

「……?」

「どうされました? 西條さん」

 

 だが今日は少し違った。こちらを見たクロディーヌが何故かこちらの顔を少し見てくる。一体どうしたというのか。顔に何か付いているのか。

 

「別に。ただ少ししょぼくれている様に見えたから」

「……そうですか。そのようなことは一切ないのですが」

 

 どうやら、クロディーヌにはしょぼくれているよ様に見えたらしい。一体何でそう見えたのだろう。

 まあこの娘が言うのなら、確かにそんな顔をしてしまっていたのだろう。

 私はクロディーヌのことをよく見ているが、クロディーヌも私をよく見ている。そのクロディーヌが言うのならそうなのだろう。

 

「まあいいわ。あんたにそんな顔は似合わないし。とっとといつもの様に振る舞ったら?」

「……ええ。助言ありがとうございます。西條さん」

 

 クロディーヌにお礼を言い、席に着く。いつも通りにか。そうしているのに。そうしているつもりなのに。一体何なのだろうか。

 別に私は感情を隠そうとしてるわけではない。

 舞台少女にとって表現は必須。常に理想を演じれるように日々精進しているのだからそれを押し込めるというのはあまりやりたくはないものだからだ。

 いつも余裕そうだとか焦っているのを見たことはないだとか言う人が多いが、それは単に私を知らないだけ。クロディーヌは割と特別な位置にいるのだ。

考えている内に時間は進む。次は美術の時間か。少し考え、教室を出て保健室に向かう。

 そう。私は頂点を目指し常に努力はしている。けれど、苦手なものぐらいあるのだ。

保健室で休む。今日は先生も出張で留守にしており誰も居ない。

 何処か適当に座りながらこの誰も居ない部屋を見渡してみる。

そういえば、あの子と。星夢誘と初めてまともに会話したのも此処だったか。懐かしい。

 当時のその時は足に違和感を覚え、少し見てもらおうと此処に訪れたのだがちょうど体調を崩してしまった星夢さんがベッドで休んでいたのだ。

 

「天堂さんか。どうしたの? 怪我でもした?」

「星夢さんですか。ええ。少し足に違和感が」

 

 どう見ても自身の方が深刻そうなのに、こちらを心配してきたのを覚えている。

少しして先生が見てくださって、少し安静にしてれば問題ないと言われたので帰ろうとした。

 

「ではまた明日。星夢さん」

「うん。あんまり無理すんなよ」

 

 帰る際に挨拶をしたらこちらに気遣いを見せてくれた。

 正直に言えば、あの時まで彼女と接することは少なくただのクラスメイトでしか無かった。

 けれど、それ以来軽く会話をしたり、ペアを組むことが増えた。

 決して仲は悪く無かった。では何故あのキリンの舞台で彼女にあそこまで厳しい一言を言ったのか。簡単だ。

 かつての彼女との違いについ出てしまった感情。私の身勝手な感情だ。

 前回の聖翔祭。私とクロディーヌはメインキャストを演じた。あの八人での舞台。それを支える多くの人。誰もが輝き、素晴らしい舞台だったと思っている。

 けれど、星夢さんは選ばれなかった。あの少女はメインキャストには選ばれなかった。 B組の方に聞いた理由は単純。彼女の最も輝ける役は、私の方が適役だった。それだけ。

 別にそれに文句を言うことはない。

 この世界は実力勝負。落とされるということは実力が足りなかった。それだけなのだ。 けれど、少しだけ勿体無いと感じてしまっていた。

 

 キャストが決定されたあの日。彼女とは偶然にも階段の踊り場で会い、話をした。

 

「――星夢さん」

「ん? どうした天堂?」

 

 あの娘は、何でもないようにこちらに答える。まるで悔しさを見せないその態度に、珍しく少し言いたくなってしまったのだ。

 

「貴女は、悔しくはないのですか?」

「はい? ……ああ。舞台のことなら悔しいよ。とっても」

 

そうあっけらかんと言ってのける星夢さん。本当にそう思っているのかは正直判断がしにくい。それほどにあっさりと言った。

 

「……あまり悔しそうではなさそうですが」

「まあ周りに当たり散らしてもな。それに、来年は取るから問題はない」

 

 あの娘は照れ臭そうにそう言った。来年は自身が主役を取ると。私にも負けるつもりはないと。

 それがたまらなく嬉しかった。まるで、あの娘の様だと。事実その鋭い目の中には限らない熱意が見えた。

 

「ほれ。主役の祝いにこれやるよ。じゃーなー」

 

 何かを私の手に握らせ、そのままこの場から去ろうとする彼女。

 

「これは?」

「大福ー。おいしーよー」

 

 大福。そういえば彼女がよく食べているのを見たことがある。包みを破り口に入れる。 ……美味しい。しょっぱさの中に確かな甘みを感じる。まるであの娘のようだ。

 

 懐かしい。思えばあの頃は彼女がいなくなるなどとは考えてはいなかった。

 いや、恐らくあの娘もそうだったのだろう。あんなに舞台に対して前向きに、そして貪欲に接する人などそうはいなかったのだから。

 

「……美術。出ましょうか」

 

 なんとなくそう思った。そう思える何かがあった。

 クロディーヌが言っていたほんの少しのしょぼくれ顔の理由もおおよそ納得できた。あの向かってくる少女(ライバル)へのちょっとした期待の反動だったのだろう。

 保健室を出る。来た時よりもほんの少し。少しだけ、心のもやもやが取れたような気がした。

 

 




 短いですが。真矢様は一貫した性格なのに凄く書くのが難しかったです。例によってキャラが違うなど感じることはあると思いますが、そこは目をつぶっていただけると助かります。
 次は、第四幕か一年時のエピソードを一つ入れるかのどっちかだと思います。
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