相澤提督の乗っていたボートが狙撃された。
「うっ!!何が……」
『提督!!提督!!あ、あぁ……ああああーーーーー!!!??』
『吹雪ちゃ……きゃぁぁぁ!!?』
『睦月小破!下がれ!』
不味い、相澤艦隊の連携が総崩れになったぞ。
いくら敵が駆逐艦と軽巡だけと言って、こっちも同じカテゴリーの練度が低い艦娘ばかり、戦況が……逆転する!
『指示を!』
『くっ、睦月を中心に輪形陣!レ級の艦載機に気を付けて!!』
比較的落ち着いている艦娘のお陰で取り乱しながらも艦隊は機能できてるみたいだ。
『提督、どう言う状況だ!?』
「戦艦レ級出現、相澤提督の乗ったボートが狙撃された。相澤艦隊は動揺しているため、そのサポートに回ってくれ。くれぐれも近付きすぎるな。やられるぞ!」
『っ、了解!』
それにしても、戦艦レ級だと?アイツは、アイツは半年前まで南部での出現報告があったはずだぞ。
まさか移動したのか?半年をかけてここまで?くっ、デタラメだな。
……戦艦レ級、いつかの大海戦で数多の艦娘と提督、そして航空部隊を深海の底に沈めた怪物……俺の父さんも奴の艦載機にやられた。
以降は奴の出現報告があればその海域周りの鎮守府が合同艦隊を組むなりして警備を警戒するんだけど、移動が早すぎる。
「?なんだ、アイツ……カメラをジッと見て」
画面越しのレ級がこっちを見てニヤッと笑う。
嫌な予感がして窓を振り返ると、外には執務室へ飛んでくる砲弾がーーー。
「伏せろ!!」
妖精を庇いつつ床に伏せる。
レ級が放った主砲は巨大な質量を持っていたんだ、これくらいじゃ避けることはできないだろう。
(ああ、クソ。こんなとこで終わりか……)
まだ、何も成し得ていないのに。
まだ、何も始まっていないのに。
俺は、ここで終わってしまうのか。
(ちくしょう、ちくしょう。父さんーーー)
無念と失意に瞳を固く閉じた「そういえばーていとくのおなまえって、おんなみたいですよねー」っ!!?
その妖精の何気ない言葉を聞いた時、コンプレックスを刺激されたことによる激しい怒りが、体の奥底から湧き出したのを感じた。
グツグツと体が煮え立つような、強大な力が……!!!!
「空が男の名前で何が悪いんだ!俺は男だよッッ!!」
(ーー最後の言葉がこんなものになるなんて、一生間抜けな提督で名を残すかもな)
ドガガァァンン!!と執務室が爆発した。
巨大な砲弾がぶつかったことによる衝撃エネルギーと爆風が部屋の物を無茶苦茶にし、倒壊した天井がグラグラと氷柱のように崩れ落ちて行く。
誰の目にも明らかな提督の死であった。
「…………………んん?」
……………なんだろう、部屋が爆発したのにまだ意識がある……それに、痛みが、全然ない?あ?視線がいつもより低いような……あれ!?なんか、胸が重いし股の下がスースーするような、なんか心許ないような……なんか大事な物を失くしちゃったような……。
身体中を襲う謎の感覚に意を決して下を向いてみると、そこにはーーーそこには、女物の軍服とスカートが視界に映っていた!!
「な、なぁ!???」
なんだ!?何が起こってるんだ!?
「て、ていとくさんー。唯一無事だった姿見をみてくださいー」
その言葉に故部屋の隅にある姿見を見ると、そこに映るのは……そこに映るのは……映る……。
「なな、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!!?」
ーーーー1人の美少女が立っていた。
相澤提督がやられた。
その言葉に思考を支配された相澤艦隊の艦娘たちは、それぞれに怒り、焦燥、不安、恐怖を浮かべ、手の中の火砲を撃っていた。
「ああ、あ、あ、あああああ」
「くっ、こいつら急に勢いづいて」
「左舷弾幕薄いよ!何やってんの!」
「レ級はどこに!?」
レ級の姿を探していた1人の艦娘が海面の真下から現れたレ級の尻尾の化け物にに飲み込まれた。
「……は?」
同僚の呆気ない最期に、目の前でそれをみていた艦娘は呆然としていた。
「ケヒッ♪」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
相澤艦隊の面々は、それが無理とわかっていながらも相澤提督の指示を待つ事だけを考え、戦艦レ級に蹂躙されていく。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!?俺の、俺の姿がっ、おん、女、女の身体にぃぃいいいいい!!???」
「ていとくーおちついてくださいー」
「これが落ち着いていられる!?体が女の子になって落ち着いていられる!?」
小鳥遊空は吠えていた、視界良好な曇り空の下、この理不尽な事態に唯々吠えていた。
「しんじられないことですがーいまのていとくはかんむすですー」
「はぁ!?」
「ほんとですー」
そんなバカなと体を見回すが、どう見たって女の身体である。
まあ、艦娘も艤装を外せばどう見たって女の子ではあるが。
「じゃあなにか!?あの死の間際に俺は、俺は艦娘に変わったっていうのかい!?小説でもまだマシな話を書くゾ!」
「でもじじつですしー」
死にかけたというのになんとも呑気な光景だ。
そして執務室への砲撃を行ったレ級は、観測砲撃に使った艦載機からの報告で興味深い視線を執務室へ向け、目を細めて主砲を砲撃した。
「て、ていとくーやばいですー」
「ーーーーは?」
ドガァァァァァン!!!
二度目の砲撃、それは確かに空に向けて直撃し、彼はーーー否、
「おい、お前ーーー少し調子に乗り過ぎだゾ」
唯一腰に履いてあった軍刀を引き抜き、力一杯に投擲する。
放たれた軍刀は真っ直ぐにその刀身をレ級の主砲に突き刺さった。
「ギャヒィッ!?」
「おおーていとくさんすごいですー」
「…………嘘…だろ」
自分が投げた軍刀が随分と離れたレ級に命中した。
そして、それを肉眼で鮮明に確認出来ている事に自身が本当に艦娘の身体が変わってしまったのだと認識した空。
「一体、どういう事なんだよ」
荒唐無稽な出来事に自失しかけたが、執務室に近づいてくる足音に意識を取り戻した。
「や、ヤバイ!相澤艦隊の主力がこっちに来る!絶対ややこしくなるから俺はとりあえずあっちに行く!後は誤魔化してくれ!」
「え、えぇ……」
『提督は無事ですか!?』
「ひゃぁぁーーー全然無事じゃないゾ……」
もうどうしようもないので二階の執務室から飛び降りた空は、今更自分が空中に身を躍らせている事に気付いて叫んだ。
「ああああああああああああああ!!?」
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ本当に死ぬぅぅぅぅぅううううう
ドヒャァ!!
「あああああげふっ!」
突然身体を襲った衝撃、浮遊感が加速する、膨大な推力エネルギーが確かに身体を押して何十メートル先へ弾き飛ばされる。
「!?空を、飛んでる」
ドヒャァ、ドヒャァ、と独特な音を流して小鳥遊空は空中を飛んでいた。
「か、艦娘って空を飛べたのか……」
そんな訳がない。
無い、が空の脳内はパニックを引き起こしているためにそれを判断するだけのまともな思考回路が終わっているので、艦娘は空を飛ぶーーーという方程式が生まれていた。
「キキキ、キヒャァァァァ!!」
空に軍刀をぶっ刺されて激怒したレ級が甲高い悲鳴と共に軍刀が刺さったままの主砲を空中浮遊中の空へ乱射していく。
「なんだ?……止まって見える」
しかし艦娘の身体を得た空にはその砲撃のどれもがスローモーションで見ることが出来た。
更にその静止空間の中でも意のままに動かせる身体にとって、レ級の砲撃は確かな脅威足り得なかった。
「ギャバ!?」
空中の身のこなしを変えただけで砲撃を避けた空に、この時初めてレ級の表情が驚愕に変わった。
「とりあえず、その軍刀を返してもらうゾ」
手を伸ばす、いや、伸ばした先のレ級の間抜け面に掌底を喰らわせる。
そのまま正拳突きをレ級の鳩尾に叩き込み、トドメの膝打ちを突き刺した。
「ーーフッ!」
身体をくの字に折り曲げたレ級を横目に未だ刺さったままの軍刀を引き抜いて刀身に付着したドス黒く濁ったオイルを振り飛ばした。
「ギグギギギ」
「ん?」
憤怒の表情を浮かべたレ級は自身が持てる艦載機を曇り空へ吐き出した。
まるでハエのように上空へ集る艦載機たちを見て周りの艦娘が絶望する中、空は大まかに数を数えて「ああ、多分これならいけるな」と、軽やかに跳躍した。
ドヒャアッ!!
「ーー抜刀」
何十メートルの空を飛び、すれ違いざまに手に持った軍刀を振るう。
横一文字に裂かれた残骸を足場にトン、と跳躍、次の獲物に武器を振るっていく。
袈裟斬り、裏拳、回し蹴り、突き刺し、投擲、踵落とし………空は艦娘になった身体を自在に操り、まるで優雅に舞うように飛んでいた。
「す、凄い……」
「あれは一体なんなの?」
何故だろうか、自分は正面だけを見ているはずなのに、後ろを見なくとも第三者の視点から自分を俯瞰して見ているような気がするのは。
また一つの残骸を生み出し、チラと下を見た空はなるほどと疑問が解消されたようだ。
そこには、こちらを見上げて驚いた顔の相澤艦隊並びに天龍を旗艦とした小鳥遊艦隊がいたのだ。
「そうか、今の俺は彼女たちの視界を共有しているのか」
複数の艦娘の視界を共有した果ての全体俯瞰によって背後を見ずとも艦載機の動きを知ることが出来る。
「艦娘って凄いなぁ」
最後の艦載機を葬った空は、レ級の真上へ落ちると同時に急加速を一つ加えて、敵の頭頂部へ強烈な踵落としを喰らわせるのだった。