集団自殺を図ろうとするヤベー奴の話   作:バナナ天国

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 書き直した話を投稿すらだけです。大筋が少し変わります。


夜の話

 自分の娘が冷たくなって戻ってきた。

 眠るように目を閉じた顔は穏やかで、出会った頃の妻によく似ている。こんな時、世間の良識ある親ならば声が枯れるまで咽び泣いて、慰めに来た人々と共に無念の思いを共有するのだろうか。あるいは娘の死を受け入れず、生前の遺品を引っ張り出して過去の思い出に浸るのだろうか。

 あるいは………

 取り留めもない想像が頭を駆け巡る。家にただ一人残された男は大赦から届けられた娘の遺体を玄関に置き、それを呆然と眺めたまま………しかし涙の一滴、悲しさの一片も湧かなかった。

 

 郡千景。

 

 妻によく似た娘の顔をもう一度見つめる。穏やかな死に顔だ。

 

 届けに来た大赦の人々は、娘の死の経緯を語らなかった。

 

「郡千景が死んだ。故あって勇者として扱うことはできない。死体はそちらに届けたので葬儀は好きにしろ」

 それだけだ。お役所仕事と言うべきか、冷たいものである。

 愛のある父親ならば、彼らの胸ぐらを掴んでぶん殴るのが道理だろうが、しかし男にはそんな気力もなかった。

 大赦が娘を勇者として認めない理由もよく分かっている。

 郡千景は勇者である。しかし守るべき人々に一度刃を向けた存在だ。そんな者を勇者として葬っては、勇者の名が汚れると言うわけだ。

 

 

 

 

 

 悲しくはない

 それよりも今、男の頭にあるのは一つだけ。

 これからの先の生活のことだけである。

 

 ポケットに突っ込んでいたサイフの中には凡そ二万円。銀行口座に納めてあるはずの貯金は、しかし決して頼もしいと呼べる額ではない。

 毎月、勇者の家族に支給される仕送りは………いや、それもこうなっては早々に打ち切られるのだから……。

 

 男は少し前に、勤めていた職場を辞めていた。勇者である娘が市民に手を挙げたことで、元々住んでいた高知の村では近所付き合いが難しくなり、香川へと引っ越したからだ。

 それでも食うに困らなかったのは、皮肉なことに娘のお陰だった。勇者の親というだけで支払われる、相応の手当金。それで今日まで世間の目に怯えながらも、生きていくことが出来た。

 

 だが、そんな頼みの綱の娘ももう死んだ。

 

 悲しくはない。

 しかし、恨めしくはある。

 

 父親失格といわば言え。

 大体、浮気をした妻に似た顔の娘を今更どおして愛おしいと思えるだろうか。その浮気のせいで男は村人から煙たがられ、娘の起こした不祥事でさらに弾圧されというのに。

 愛情など既にない。それでも娘を見捨てなかったのは、これ以上世間に後ろ指を刺されないためだ。

 

 だのに、まったく女二人で俺にこんな苦しみを味あわせるとは……。

 

 先程から老いた両親に電話をかけているが一向に繋がらない。妻の親も同様だ。元々、反対された結婚を無理やり行ったのは自分達であるとは言え、こんな時まで冷たくあしらわれるとは思わなかった。

 一体誰が浮気までして、挙句頭がおかしくなって帰ってきた女を介護してやったと思ってるんだ?

「くそっ!」

 どおにもならない憤りが苦々しく口から溢れる。

 弄っていた携帯を床に放り投げ________________横たわる娘の胸ぐらを衝動的に掴み上げた。

 

「なに、死んでくれてんだよクソガキ!」

 

 吐き出した言葉に喉が熱い。声に出すと、男の中に暗く吹き溜まっていた不満は、炎となって口から噴き上がっていた。

 

「お前のせいで職を失ったんだぞ。お前のせいで、後ろ指を指される羽目になったんだ。なのに……なのに…全部俺に押し付けやがって!自分だけ死んでトンズラかよ!おいっ、なんとか言えよ。」

 駄々をこねる子供のように、男は既に力のない娘の死体を揺さぶる。千景の頭が長い黒髪を振り撒いてグラグラと揺れ、答えはない。

 

 どれだけ声を荒げようとも、死者は生き返らず、時は巻き戻らず、吐き出した言葉は己の内に虚しく響く。

 

「なんとか言え…千景。」

 既に初めの勢いは萎えていた。指先から霧散するように力が抜け、掴んでいた胸ぐらから手を離れて、娘の死体が床に落ちる。

 それと共に男もまた力無く床に膝をついた。

 

 

 

 

 

 

 どれぐらい経っただろうか。

 ピンポーンという耳障りな呼び鈴の音で、男はうなだれていた顔を上げた。

 こんな時間に、一体誰だ?

 奇妙に思いながらも、男は立ち上がり玄関の方を伺った。締め切ったガラス戸越しに見える外は暗く、車の通る音もない。投げ出した携帯を開くと、時刻はとうに夜中の12時はまわっていた。

 

 ピンポーン。

 呼び鈴がまた押された。

 ゴクリと自分の固唾を飲む音が、やけに大きく耳に響く。一体何の用があってこんな夜中に訪ねてくるのか。引っ越してきたばかりの男には近所に知り合いもいなければ、かと言って親しい親類縁者も存在せず、扉の外にいる人物を推察することすらできない。

 ピンポーン、ピンポーン。

 更に二回、続け様に呼び鈴が鳴る。

 とにかく居留守を決め込もう。こんなもの扉を開ける方が間違っているのだ。男はそう考えて、一歩後ろに下がる。

 

 

 その瞬間

 「郡さん、開けてください。警察のものです。」

 扉の外で女の声が響いた。

 警察?

 何故、警察がこんな夜更けに家に来るのか。考えてみても心当たりはない。

 それでも先程まで感じていた不気味さは多少薄れ、大した用件ではないだろうと思いつつも男は玄関へと歩み寄った。

 念のためにチェーンを外さず、鍵だけを解除して扉を開ける。

 

 

 扉の外に立っていたのは、果たして歳の若いの婦警だった。

 取り越し苦労に胸中にあった不安が霧散する。同時に、一瞬とはいえ居留守を決め込もうとした事へのバツの悪さを感じながら、男は婦警に声をかけた。

 「すみません出るのが遅れてしまって…。それで、こんな時間にどういったご用件で-------

 

 

 

 「郡千景様をお迎えに上がりました。」

 

 

 

 一体何を言っているのか、男は一瞬理解できなかった。

 目の前の婦警はまるで神を前にした巫女のように、玄関の前に膝をついて恭しく頭を下げている。

 

 娘を迎えに来た?どういう意味なのだろうか。

 男は横目にチラリと家の奥を振り返る。玄関の床に置かれた娘の遺体は、男が落とした影響で乱れた姿勢のまま横たわっている。

 

 「あんたは、大社の…」

 

 

 冷静に考えてそれしかないだろう。娘の遺体を、こうも頭を下げてまで欲しがる者などそれしか考えられない。昼に遺体を届けに来た神官達は、勝手に葬儀をあげろと言っていたが事情が変わったのだろうか。もしそうなら…

 

 「いえ、私達は大社の者ではございません。」

 

 男の思考を婦警の言葉が遮った。その言葉を訝しむように男は頭を下げたままの婦警を見つめ、

 「……誰でもいいか。あんな死体が欲しいなら勝手に何処へでも持っていけよ。」

 やがてそう馬鹿にしたような笑みを口元浮かべると、吐き捨てるようにそう言った。

 

 

 

 

 もし大社の連中が死体を取りに来たのなら、金をせびろうと考えていた。

 自分をこんな境遇に落とした責任は奴らにもあるからだ。

 しかし目の前で頭を下げているこの婦警は、大社の者ではないと言う。

 ならば勇者の熱心な追っかけか、死体収集癖のある変態か、それともそれ以外の何かなのか。もはや、そんな事はどうでもいい。

 巫女だの勇者だの神だの訳のわからぬ事ばかり喋る大社の連中と、挙句に死体を欲しがる異常者ども。

 関わり合うのもうんざりだ。

 郡千景が自分の人生の上に降って湧いた巨大な糞なら、それに集るこいつらはさしずめ蠅。同じ場所で生きていくことなど到底出来るはずがない。

 

 どうせ娘の死体は葬儀など上げず、どこぞの山中にでも埋めるつもりだったし、その労力をこの婦警に押しつけてしまえるのならそれでいいではないか。

 

 

 

 

 感謝します、と律儀に答える婦警を嘲りながらチェーン外して玄関の扉を開け放ち、そこでふと男はある事に気がついた。

 家の外。

 道路を挟んだ隣合う周囲の住宅からは、深夜ということもあって既に明かりが消えている。だというのに、その暗い窓辺からこちらを見下ろす顔。

 ボンヤリとしか分からないが、しかし確かにいる。

 それも、一人二人ではない。

 老若男女、それこそ男の家を取り囲む付近の住宅の全ての窓から、数十の瞳が男を見下ろしていた。

 

 

 そういえば、この婦警は先程から一貫して自分のことを「私達」と言って………。

 

 「お、おい…。」

 

 今更のように、忘れていた不信感と得体の知れない恐怖が心中に蘇る。

 婦警の方へ視線を戻すと、既に彼女は立ち上がっており、その体を扉の内へと滑り込ませていた。

 いつの間に。

 そう問う間もなく、婦警はズカズカと家に上がり込むと床に転がったままの娘の死体にゆっくりと右手をかけ、そして空いた左手で腰元から無線機を一つ取り出した。

 瞬間、ザザッと僅かなノイズが耳に届く。

 

 「報告を…」

 無線機の内から、男とも女ともつかぬ奇妙な声が響いた。

 

 

 「勇者の遺体を手に入れました。はい。では、後のことはそちらに…はい。」

 

 無線の向こうの相手に婦警は抑揚のない声で報告を済ませると、死体を力を入れた様子もなく担ぎ上げ、また深々と一礼をして家から出て行った。その姿が闇に消えると同時に、男を見下ろしていた無数の視線もまた唐突に途切れ、ゆっくりと夜の静かさが辺りを満たしていく。

 耳に残る不気味なまでの静寂。

 

 酔いは覚めた。

 

 金なんていらない。仕事も、明日の住処もいらない。

 2015年。あの夏から世界はとうに狂っていたんだ。或いは自分が狂った夢を見ているのか。考えてみれば当たり前のことだった。人を喰らう化け物が出てきて、神に選ばれた勇者が出てきて、どうしてこの世界がまだ正常だなどと思えていたのだろう。

 「………。」

 男はフラフラとおぼつかぬ家の外へ歩き出し、二度と戻ってはこなかった。

 

 

 

 

 




『のわゆ」のアニメはまだっすか?自分、早く動く若葉ちゃんが見たいっす。
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