Heroic Diva Online   作:黎明のカタリスト/榊原黎意

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ゆっくりです。


第二話「そして、契約は突然に。」

 ◽︎レイヴァス王国・サイトウ=ライカ

 

 

「⋯⋯何ともなってねぇ」

 

 目が覚めて、うつ伏せになっていた俺は、胸が潰されるという凡そ男では体験し得ないような息苦しい感覚に軽く絶望した。

 溜息を吐いてベッドから立ち上がると、ダボッとしてしまったインナーシャツを正して、ずり落ちかけている男性物のパンツをサッと上げる。救いはこのゲームの装備が、女性アバターでも、男物をサイズさえ合えば装着できるってところ。昨日は女物のパンツの感覚が精神的にキツくて無駄にお金を使ってしまったが、まさか、こんな所で役に立つとは思いもしなかった。

 

「こんなの絶対におかしい。こうなったら⋯⋯」

 

 助けを呼ぼう。プレイヤーの。この世界のNPCは、まだ宿屋のおじさんくらいしか話したことないし、あの感じだと絶対に俺の話なんて信じてくれない。頼れるのは、同じプレイヤーだけだ。

 そこまで考え、俺は口を噤んだ。

 

「⋯⋯今のオレの状態を信じてくれるやつが、本当にこの世界にいるのか?」

 

 そう。そうなのだ。

 いきなり、見ず知らずの他人に「唐突にログアウト出来なくなりましたー助けてくださいー」なんていわれたところで、それを信用出来る奴がいるのか?俺だったら無理だ。

 ベッドに座り込んで天井を見つめる。どうにも諦観的な考えしか出てこない。

 

「⋯⋯」

 

 望みがあるとすれば、乗っ取りだなんだで通報された筈の運営が動いて、俺をログアウトさせてくれることだけ。

 いや、それも駄目だ。それまでどれくらい時間がかかるのか全くもって分からない。俺は別に死にたいわけじゃないし、ゲームの世界に転移やら転生やら、ましてやTS転生なんてしたいわけじゃ無いんだ。

 いやまあ、確かに興味無いわけじゃあないけど、やっぱり死にたくなんかない。でも、待ってたら現実の俺は確実に死ぬ。

 

「取り敢えず、他の奴らに異変が起きてないとも限らないし⋯⋯」

 

 まずは動こう。鏡に映る自分は相も変わらず美少女だ。だけど、その顔色はめちゃくちゃ悪い。真っ青である。状態異常欄に表記されている【錯乱:軽微】の影響だろうか。こんな状態異常まであるのか。

 

「って、感心してる場合じゃない」

 

 俺は、サイズの合わない下着の上から盗賊見習い用の装備に着替えると、すぐさま宿屋を飛び出した。

 

 

 ◇

 

 

 そうして、俺はガタイの良い金髪の男性英霊(プレイヤー)とぶつかったのであった。

 

「すまない、こちらの注意不足だ」

「⋯⋯あ、ああ。いや、悪い。こっちも飛び出しちまって」

 

 焦りから思考がまとまらない。これも状態異常の影響だろうか。

 いや、そんなことでは止まれない。彼がどこかに言ってしまう前に何としても聞かなければ。

 

「あの⋯⋯」

「⋯⋯何用か、真人の少女」

 

 あ、そうか。この人には俺のカーソルは真人、NPCを表す緑のカーソルになっているんだろう。だから、俺に話しかけられても真人との会話としか認識しないかもしれない。

 考えが回っていなかった。

 

「お前は英霊、っ⋯⋯英霊だよな?」

「⋯⋯?ああ、そうだが」

 

 プレイヤーと言おうとして、口に出すことが出来なかった。禁止ワードみたいなものなのか。仕方ない。プレイヤーという言葉が使えないとわかっただけまだ収穫有りだ。何とか情報を確かめよう。

 

「お前は、っ⋯⋯」

「どうしたんだ?」

 

 ログアウトと言おうするも、やはり俺の口からその言葉が出ることは無かった。その言葉を言おうとして、少しでも意識するとゲーム用語やシステム用語は口に出来なくなるみたいだ。絶望的である。

 しかし、相手は俺の様子のおかしさに気が付いてくれたらしい。

 

「⋯⋯何らかのクエストか⋯⋯今発動されても困るが⋯⋯」

「どうかしたのか?」

「いや、なんでもないさ。私はアーチボルト・ローレンス、君の名前は?」

「オレはサイトウ=ライカだ。よろしく、アーチボルト」

 

 何となく、人と会話して落ち着いた。状態異常の錯乱も消えているし、顔色もきっと元に戻っていることだろう。

 

「困っている様だが⋯⋯何か手伝えることがあるかもしれない。話を聞かせてくれ」

「お、おう」

 

 なんだコイツ、やけに親切だな。そういうRPか?いやまあ、俺よりは確実に強そうだし、こういうRPなら頼れるだろう。いや、あんま人に頼りたくはないけど今はそんなこと言ってられないからな。

 俺は、四苦八苦しながらアーチボルトに事情を伝え始めた。

 

 

 ◽︎レイヴァス王国・【雷剣王】アーチボルト・ローレンス

 

 

 サイトウ=ライカと名乗った少女の真人は、言葉を詰まらせながらも私に少しずつ事情を説明してくれた。

 なんでも、「彼女は英霊の一人」「目が覚めたら戻れなくなっていた」「力はほとんど無いが、混沌世界の記憶を持ち得ている」「何とかして帰る方法を見つけたいから、その手伝いをして欲しい」のだとか。

 

【クエスト『彷徨う英霊』が発生しました。クエスト難易度は10です】

 

 はっきり言って得体の知れないクエストだ。しかも、難易度は最高ランクの10。私ひとりでクリアできるかは正直言って微妙なところ。

 王級職【雷剣王】修得クエスト『雷剣の継承』は難易度7。最強の魔物、怪物に分類される『オールド・カイザー』や『見敵必殺之兎』、『神々の断片:皮膚』等と戦ったクエストだって難易度は8とか9。イベントクエストの『大王進軍』や『冥府の群れ』もレイドイベントであったが故の難易度9であり、今回のような通常のクエストでここまで高難易度なものは見たことがない。一年半、発売当初からプレイしている私でさえそうなのだ。他のプレイヤーも預かり知らぬ難易度だろう。

 何より、NPCでありながら、英霊に分類される真人など初めての事例だ。聞いたことがない。

 

「⋯⋯ダメ、か?」

「⋯⋯」

 

 このクエスト、危なすぎる。

 それに、今の私はヴィンランド共和国を背負っている状態だ。迂闊な真似はできない。

 ⋯⋯だが、このクエストを拒否したいかどうかで言えば、それは断じて否。私は目の前で困っているこの真人英霊の少女を、NPCとして見ることは出来ない。この世界に生きる全ての人々をNPCとして見れないのだ。それは、目の前の不安そうな少女も例外ではない。だからこその英雄プレイヤーなのだから。

 

「君のレベルを伺っても良いか?」

「?おう。オレは盗賊のレベル11だぜ。何せ、この世界に来てまだまだだからな」

 

 レベル11⋯⋯私では、英雄顕現込みでも守り切れるか微妙なライン。しかし、守れないこともないだろう。全力でやれば。そして、私は全力で事に当たる所存だ。問題ないだろう。

 

「その依頼、引き受けよう。よろしく頼む」

「⋯⋯っ、ありがとう、アーチボルト!」

 

 礼を言うこの少女の笑顔を、曇らせることは出来ない。いや、させない。

 私が、全身全霊でこのクエストを完遂する。




まだまだご参加、お待ちしております。奮ってどうぞ。

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