第47話 邂逅 その1
目の前に座る白いスーツの優男。その首も腕も細く、武術など全く嗜んでいるようには見えないその男――「孫光龍」に武蔵は強い警戒心を抱いた。
(なんだこいつ)
人の良い笑みを浮かべているが、その目に宿っている光には何の温度も感じられない。それこそ、爬虫人類とどっこいだと武蔵は感じていた。
「んー僕はエスプレッソとチーズケーキにしようかな。武蔵君はどうする?」
「いや、自分で払いますよ」
「良いから良いから。なんせ君はあの悲運の大英雄だ。そんな君と話が出来る……こんなハッピーな事はない。そうだろう? 飲み物と食べ物くらい奢らないと罰が当たるってもんさ。そうだろう? ゲッター3のパイロット君」
武蔵の名前は知られているが、武蔵の顔自体は案外知られていない。だからこそ、セレヴィスシテイでも人通りの多いカフェで武蔵は堂々と食事をしていた。
「誰かと勘違いしていないかな? オイラがあのロボのパイロットな訳が無いだろう?」
「いやいやいや、そんなすっとぼけはいらないんだよ。そうだろ? 東葉高校柔道部キャプテンの巴武蔵君。いやこういうべきかな? 恐竜帝国を道連れに自爆した巴武蔵――とでも呼ぼうかな?」
孫光龍の言葉に武蔵は眉を顰めた。それはリュウセイ達にも話していない武蔵が早乙女研究所に所属する前の話だ。それを知っている相手はこの世界に存在しない――いや、存在しない筈だった。そして注文を聞く為に待っていたウェイトレス――いや、周りの人間がピクリとも動かないのを見て武蔵は本能的に目の前の男が何かをしたのだと悟った。
「あんた。何もんだ?」
これが竜馬や隼人ならば躊躇う事無く殴りかかっただろう。だが武蔵は動けなかった、今ここで目の前の男を殴ったとしよう。そうした場合周りの人間になんらかの害があるかもしれないと思うと固く握り締めた拳を膝の上から持ち上げる事が出来なかった。その代りに何者だ? と問いかけると孫光龍は穏やかに笑った。だがその目は全く笑っておらず、良く殴るのを我慢したなと言わんばかりの挑発的な光がやどっていた。それを見て武蔵が睨みつけるが孫光龍は何事もないように笑い続ける。
「まずは注文したまえよ。ああ、君。彼の注文を聞いてくれるかな?」
「畏まりました。ご注文はお決まりですか?」
孫光龍の言葉が合図だったのか、動きを止めていた周りの人間が動き出した。その姿を見て、周りの人間全てが自分にとっての人質だと武蔵は理解した。
「BLTサンドとハム卵のサンドを3つずつ、それとカフェオレ。食べ終わった頃合にチョコレートケーキとプリンを1つずつ」
注文を聞いたウェイトレスが歩き去ると、不自然に回りの音がが消えた。しかし、さっきのように動きを止めている訳ではない。声だけが排除されていた。
「あんた魔法使いかなんかか?」
「魔法使い。ははッ! 当たらずも遠からず。そうだね……僕は尸解仙(しかいせん)なんだって言ったら信じるかい?」
「しかいせん?」
訳の判らない言葉に武蔵が尋ね返すと孫光龍は手を叩いて笑った。
「まぁその内判るだろう。僕は君に良い話を持って来たんだ。僕達の女神様に仕える気は無いかい? 今ならなんと幹部クラスの待遇だ。
こんなハッピーな事はないよ?」
「……怪しい宗教って訳じゃねえな? だけどあんたは嘘も言ってない、本当の事も言ってないけどな」
「へえ? じゃあ僕の言ってる嘘ってなにさ?」
嘘の中に真実、真実の中に嘘。それを交えている孫光龍の言葉に武蔵は僅かに警戒心を緩めた。
「オイラの力が欲しい訳でも、あんたの言う女神様に仕えて欲しい訳でもない。あんたが欲しいのはゲッターロボだけ、幹部クラスとかなんとか言ってオイラ自身は必要ない。ただそうする事でオイラが幸福になれるって言うのは嘘じゃないな――オイラの気持ちなんて無視して、強引に幸福を押し付ける……違うか?」
「どうだろうねえ。ただの怪しい勧誘でしたッ! とか言ったらどうする?」
からかうように言う孫光龍を武蔵は真剣な目で見つめ返す。その視線を向けられている孫光龍は肩を竦め、運ばれてきたエスプレッソを口にする。
「うーん。幹部クラスの待遇って言ったけど、僕に実はそこまでの権限はないし、女神様も寝てるから実は幹部クラスの待遇って言うのは嘘なんだ」
「そうかい、でも「女神様」がいるっつうのは本当みたいだな」
運ばれてきたカフェオレを口にしながら武蔵はそう尋ねた。掴み所が無く、すべてが嘘、怪しい勧誘でしたと言ってもなんだと思うほどの胡散臭さ。だけど、それは孫光龍が纏っている擬態。それに欺かれるか、それともそれを見抜けるか? それによって孫光龍の対応も変わる。
「なんだ、ドジで間抜けとか言っておきながら結構頭いいじゃないか。君」
「そらどーも、後ついでに飯も奢ってくれてありがとうございます」
「礼儀正しいのは良いね、好感が持てるよ。どうだい? うちに来ないかい?」
「お断りだ。今の段階じゃな」
「おや? 案外好感触かい? 君、僕の事を警戒してるんじゃないのかな?」
チーズケーキを口にする孫光龍とサンドイッチを口にする武蔵。一見和やかだが、少しでも動きがあれば激しい戦闘になりかねない。そんな緊迫感が2人の間にはあった――。
「遠慮しないで食べた……なんだ、もう食べてるか」
「あぐ。んだよ?」
厚切りのベーコンとフレッシュなレタスとトマト、そしてスライスされたチーズが挟まれたこんがりと焼かれたパンの香ばしい食感を楽しみながらも、武蔵の目の目は警戒の色を緩める事はなかった。
「いやさ、僕の事を警戒しているようだから促さないと食べないかなって」
「悪いけど、オイラはそんな事で食欲を失うタイプじゃないんでね」
残りの半分を豪快に頬張り、カフェオレを口にする武蔵を見て孫光龍は口元だけで笑みを浮かべる。
「良い事だよ。食べる事は生きる事だからね。人間は他の命を犠牲にして、その上で生きている。うんうん、大事なことだよ」
「あんたさ? 食べろって言っておきながら食欲が無くなる事いうなよな」
食欲が無くなるといいつつも卵ハムサンドを口にする武蔵。その食欲が衰える様子は無く、孫光龍もチーズケーキを口にする。
「僕達の神様は高潔な魂の持ち主を探しているんだ」
「魂ねえ……強いとか賢いとかじゃないんだな」
「強くても賢くても、魂が穢れていては意味が無いんだよ。高潔な精神と穢れなき魂、それが僕達の求める力さ」
あやふや過ぎる表現と求める基準に武蔵は小さく眉を顰め、ふわふわのパンと厚切りハムと卵ソースの挟まれたサンドイッチを頬張る。だがその顔は味を楽しんでいるようには見えず、頼んだ物を食べ終えて孫光龍から離れたいと言うのがマシマシと感じられた。
「もう少し頼むかい?」
「うんや、もう良い」
孫光龍は会話を楽しみたいからか、まだ頼むか? と尋ねるが武蔵は皿の上のサンドイッチをあっという間に空にして、手を上げてデザートを運んでくるように頼んだ。
「高潔な魂って言うけどよ。オイラはそんなんじゃないと思うけど」
「そう謙遜することはないさ。仲間の為に命を捨てる事が出来る。うん、そんな人間はそうはいないよ」
自分の事を全て知っていると言わんばかりの態度の孫光龍。苛立ちを覚えるよりも先に、何故という疑問を感じながら運ばれてきたプリンを口にする武蔵。その円やかな甘みとたっぷりの卵の味の濃さも武蔵の舌の上を滑り落ちていく、今の武蔵には味を楽しむよりも、正体不明の怪人にしか見えない孫光龍に対する警戒心の方が上回っていた。
「僕の事を警戒している割に大分食べてること無い?」
「警戒はしてるさ。だけど食べ物に罪はないし……それになんだろうな……あんた少し、早乙女博士に似てる」
孫光龍の問いかけに武蔵はこうして向かい合って食事をし、会話をしているように感じた事を突きつけた。
「へえ? 僕があの大博士に似てるか。はっはっは! そりゃあ良い! だけど、それは節穴ってもんじゃないか?」
早乙女博士に似ていると言われて笑った孫光龍だが、笑い終えた後の瞳には強い怒りの色が浮かんでいた。
「なんだ。あんた冷静に見えても、怒ったりするんだな」
「……あー、そう言うことね。はっ、まさか僕がねえ。誘導されるなんて」
怒りという感情を露にした。それを指摘された孫光龍は武蔵の評価を改めた。案外頭がよくて、人の本質を見抜く眼力をしている。
「ご馳走様。んじゃ、オイラは行くぜ」
「ん。ああ、お粗末様。じゃあ、またどこかで会おうか。そうだね……地球の存亡を賭けた戦場でね。その時は……君が味方だと嬉しいよ」
孫光龍の言葉に武蔵は返事を返さず歩き去った。嘘だらけで、人をおちょくったような態度だが、今の地球の存亡を賭けた戦いがあると言うこと、そして味方だと嬉しいという言葉に嘘偽りはない。そして武蔵が早乙女博士に似ていると言ったのも挑発でも嘘でもない。
(やべえ相手だな)
早乙女博士に似ていると感じたのはその目だ。以前恐竜帝国を滅ぼす為ならば、どんな犠牲が出ても構わない。それが地球全てを人類を救う事になると言っていた早乙女博士。正義ではある、だがそれは凄まじい被害と犠牲の上に成り立つ平和であり、正義であると同時に悪である。孫光龍の言葉にはそれと良く似た響きがあった、自分がやる事は正しいからそれに従えという傲慢とも言える感情が感じられた。しかしそれと同時に地球の事を思っているのも事実――自分が間違っていると判っていても、それが最終的に全てを救う事に繋がるのならば少しの犠牲もやむなしと考えて突き進む相手。振り返った時には姿の無かった孫光龍――目をそらしたのはほんの数秒にも満たない。それなのにあの目立つ白スーツは何処にもなかった。
「狐につままれたか、それともマジモンの魔法使いか……なんにせよ。気をつけないとな」
孫光龍の語った尸解仙、そして女神という言葉。それが何か大きな意味を持つ、武蔵はそう感じながらカーウァイの待つ廃工場に足を向けるのだった……。
普通に歩いているように見えて、警戒を緩めず歩いていく武蔵の後姿を孫光龍はビルの上から見つめていた。
「いやあ、楽しかった。しかしなんだな、簡単に操れると思ったんだけど……そうじゃなかったね」
孫光龍は終始武蔵に催眠術を仕掛けていた。だが武蔵はそれを自然体で弾いて見せていた。本気ではなかったが、まさか自分の術を食事をしながら弾かれたのは少しばかりショックだった。しかしそれが逆に孫光龍に強い興味を抱かせていた。
「貴様! 何を勝手に武蔵に接触している!」
「おや、夏喃。思ったよりも早かったじゃないか? ハッピーかい?」
「何がハッピーだッ!!」
導師服を身に纏い、美しい銀髪にオレンジのメッシュの入った一見男に見える男装の麗人――「夏喃潤(かなんじゅん)」がビルから武蔵を見下ろしていた孫光龍に詰め寄りながら怒りを露し、そのスーツの襟首を掴んだ。
「おいおい、これでも僕は君の上司だぜ? その態度はいただけないなあ」
「僕と泰北に鬼を見張れと言っておいて、鬼はいない。しかもお前は武蔵に接触して何をしようとしたんだ!」
夏喃が怒りを露にしたのは自分達を遠ざけておいて、いけしゃしゃあと武蔵と接触していた孫光龍に対する怒りと無駄足を踏まされたと言う事に対する怒りだった。
「武蔵の勧誘は僕に任せてくれた筈だ」
「うん、そうだね。朱王機が復活するまでの間に勧誘出来るならって言ったのは僕さ。だけど、バラルの元締めとして今代の進化の使徒を見極める義務があるだろう? この後は夏喃に任せるよ」
見極める義務があるだろう? この後は夏喃に任せるよ」
見極めは済んだから武蔵の件は任せると笑う孫光龍だが、夏喃の怒りは収まらなかった。
「夏喃。気持ちは判るが少しは落ち着け」
「泰北……しかし」
怒りを収めようとしない夏喃の腕を掴んだのは巨漢の老人――「泰北三太遊(たいほうさんだゆう)」だった。自らの相棒であり、そして師でもある泰北の言葉もあり、夏喃はやっと孫光龍の襟首から手を放した。
「余りからかってやらんで欲しいのう?」
「はっは、この程度で気を乱していちゃあ駄目さ。それで泰北。首尾はどうだい?」
孫光龍の問いかけに泰北は顎鬚を摩りながら眉を顰めた。
「四罪の共工王と鯀王が鬼の軍門に下った。もはやワシの術も届かぬ、この調子では他の四凶・四罪の超機人も鬼に下るな」
バラルのシモベであると同時に、敵でもある。四狂・四罪の超機人――人間界に「機人大戦」と呼ばれる伝説が残るほどの戦いの末に消滅・もしくは封印された悪の超機人がブライの元に集まっていると聞いては流石の孫光龍の眉を顰めた。
「うーん。ちょっとそれは不味いねえ……真・龍王機は修復中だし……封印を強化することで対応しようか」
「うむ、それが最善じゃろう。時が来て、武蔵を我らの仲間へと迎え入れ、全てはそこからじゃ」
「……そうだね。ガン・エデンも武蔵をきっと受け入れるだろうしね」
「それは勿論さ。かつての戦いで僕達が勝利出来たのは進化の使徒が力を貸してくれたのが大きいからね。武蔵も地球を守る為ならば力を貸してくれるさ――だから今は見守ろうじゃないか。未熟な子供達が万魔百邪と戦う為の力を付けてくれるのを期待して待とうじゃないか」
一陣の風と共に姿を消した孫光龍達。年齢も性別もそして人種も違う3人に共通していること――それは武蔵の感情や気持ちを一切無視し、自分達に力を貸してくれるだろうと言う考え。そして未熟な人間達を自分達が導くのだという傲慢な考え、反発される訳がない、拒絶される訳がない。自分達は絶対に正しいのだと言う不遜にして傲慢な考え、それが自分達が選ばれた存在であると思いこんでいる「尸解仙」即ち、仙人である孫光龍達の変わらないただ1つの考えなのだった……。
孫光龍との奇妙な邂逅を終えた武蔵はカーウァイと合流してから、すぐにビアンと連絡を取っていた。
『孫光龍と名乗る謎の男か……容姿としては?』
「白いスーツと帽子、それと胸元に白い花……多分白百合だと思うんですけど、ちょっとオイラは花には詳しくないんで、絶対とは言えないです」
ミチルが飾っていた花しか知らない武蔵はその中で見たことがある白百合の花に似ていたと思うとしか言えなかった。
『何か意味がある可能性もあるか……とりあえずエルザム達にも話を聞いてみよう』
何か考えがあって接触してきた可能性が高い孫光龍。終始笑みを浮かべ、嘘と真実交えながら話していたので武蔵もどれが真実で、どれが嘘かというのは自信がなかったが、少なくとも武蔵を引き抜こうとしていたと言うのは真実だと感じていた。
「ああ、私もそれが良いと思う。その言動から考えると、武蔵と同じく旧西暦の人間という可能性も捨て切れない」
『武蔵君の話していない過去を知っていると考えると、その可能性は高いからな。しかし、女神と尸解仙か……百鬼帝国にアインストに加えて随分とオカルトじみて来たな』
「ビアンさんは尸解仙って何か知っているんですか? やっぱり何かの暗号か何かですか?」
孫光龍が口にした尸解仙という言葉。武蔵はそれを何かの暗号か何かだと考えていたので、そう尋ねるとビアンは違うと言って首を左右に振った。
『尸解仙――中国の伝承にある仙人の一種だ。生身の肉体を捨て、魂だけで生きる存在と言っても良いな』
「……いや、思いっきり金髪だったし、目も青かったですよ?」
『別に中国人だけが仙人に至る訳じゃないさ、それに仙人とも確信があるわけじゃない。ただ尸解仙は仙人を意味する言葉だと言うことだ。それに、時間を停止させたり、音を遮断したのだろう? 本物の仙人とまでは言わないが、それに近い能力を持っていると考えたほうが良い』
仙人を意味する尸解仙。仙人というと胡散臭くなるが、時間停止や回りの音を遮っていたことを考えると確かに仙人という可能性も捨て切れない。もしくは、そう言う事が可能になる科学技術を持っていると言う線もある。なんにせよ、警戒を緩める事は出来ないと言うのは確実だった。
「ビアン所長。マオ社に襲撃を掛けてきた無人機だが、向こう側の世界でエアロゲイターの前に襲撃してきた「インスペクター」と言う存在である可能性が高い。シャドウミラーの戦艦に戦闘データと分析結果が残っていた。それをイングラムが持っているはずだから、そちらで1度解析して欲しい」
『そうか……地球の争乱に加えて再びの敵性の異星人の襲来か。状況は悪化の一途を辿っているな』
ハガネを轟沈寸前に追い込んだ百鬼帝国の将軍。そして政治家や軍の上層部に成り代わっている百鬼帝国……。
向こう側を滅ぼす寸前に追い込んだアインストと、死に絶えた筈のインベーダーの再出現。
「どうしますか? 1度オイラとカーウァイさんで地球に戻りますか?」
『……いや、もう暫くは武蔵君とカーウァイ大佐は宇宙で活動して欲しい。レイカーからの情報だが、ヒリュウ改がホワイトスターに向かっている。それに、確証はないのだがヴァルシオーネらしい機体も確認された。少し様子を見て欲しいのだ』
地球の内外で武蔵とイングラムを探しているリューネの機体であるヴァルシオーネが確認されたと聞いてビアンは武蔵とカーウァイにもう暫く宇宙で活動して欲しいと頼んだ。
「了解した。では武蔵をホワイトスターに向かって貰うことにする」
「2人で行かないんですか?」
ここで戦力を分散することを選択したカーウァイに武蔵は2人で動けば良いと言ったが、ビアンもカーウァイと同じ意見だった。
『今回の敵はマオ社を征圧する事を優先していた。それに、破壊されたヒュッケバイン・MK-Ⅲとゲシュペンスト・MK-Ⅲを回収していた。相手の目的が私達の兵器の回収と量産となると再びマオ社に襲撃が無いとは言い切れない』
前はヒリュウ改がいたから退ける事が出来たが、セレヴィスシテイの駐在軍が壊滅、そしてマオ社に戦える面子はリン、リオ、ラーダ、リョウト、アラドの5人とマオ社を防衛出来るだけの戦力が無い。そう考えれば、武蔵とカーウァイの2人がホワイトスターに向かうのは下策である。マオ社に保管されているRシリーズのデータ、量産型Rシリーズのテストタイプに、サンプルとしてテスラ研から譲渡されたプロトゲッターロボの残骸、そしてトロニウムと反マグマ原子炉――マオ社に集まっているデータに加えて、月の住人を人質にされるわけには行かない。少なくとも避難出来るだけの時間稼ぎが出来るパイロットが必要だったのだ。
「あ、ゲッターだとやりすぎるってことですね」
「そういうことだ。ホワイトスターなら破壊しても構わん、だから武蔵にはホワイトスターに向かって貰いたい」
セレヴィスシテイとマオ社を守ろうとすればゲッターD2は戦闘方法を大きく制限される。それならば破壊しても問題が無いホワイトスターに向かってもらうのが最善であり、市街戦にもなれているカーウァイがセレヴィスシテイの防衛に残るのがベストだ。カーウァイとビアンの説明を聞いた武蔵は分散する意味とその理由に納得し、先にホワイトスターへ向かったヒリュウ改を追って月面を後にした。
「それで正直な所、ハガネはどうだ?」
武蔵の姿が見えなくなった所でカーウァイは地上での今の戦況をビアンに尋ねた。ビアンは武蔵がいた時と異なり、苦渋に満ちた表情で今の地上の状況をカーウァイに話し始めた。
『かなり不味いな。それに地球の連邦軍もかなり押されている。このままでは地球連邦の作戦は失敗するな』
「そうか……そうなるとかなり苦しいな」
1度劣勢に追い込まれ、そこから戦況を巻き返すのは難しい。そしてそれが人智を越えた存在を相手にする戦いならば、1度奪われたイニシアチブを取り返すのは容易ではない。
『ああ、予定より早く武蔵君をハガネに合流させる必要があるかもしれないな……』
「そうだな。本意では無いが、そうする必要があるかもしれん……」
ハガネのクルーが武蔵の事を心配していることは判っている。しかしだ、DC戦争、L5戦役の時のように武蔵に頼りきられてしまえば前回の焼きまわしになるかも知れない……ビアン達はそれを危惧していたのだ。武蔵は最悪の場合になれば己の命を捨てる事に躊躇いが無い、それが地球を守る事に繋がるのならばと自爆することも辞さない……それは子供が抱いて良い覚悟ではなく、そしてその状況にまたなろうとしている現実にビアンとカーウァイは胸を痛めていた。
「もっと力をつけるまでは合流は出来れば先送りしたいのだが……」
『そうも言ってられないかもしれんな……』
武蔵がいなければ戦えないと言う状況になりつつあるこの状況はビアン達にとって最悪の展開なのであり、この状況をどうやって覆すのかをビアンとカーウァイだけではない、会議に参加してきたイングラム達も交え話し合うのだった……。
薄暗い研究室に無数に並んでいる培養ポッド。その内部データを写しているモニターの電源を切ってレモンは大きく背伸びをした。モニターに映し出されていたステータスや現在の状況はレモン単独で調整していた時よりも遥かに上方修正されたデータだった。だがレモンの顔は不満そうで、それは機械から吐き出されているデータを記録したレポートを見ること無くシュレッダーに叩き込んでいることからも明らかだ。
(これは違うのよ)
調整中のWシリーズ。その15番の「ウォーダン・ユミル」の安定度はアースクレイドルのメイガス・ゲボによって比較的に向上した。だがそれは一種の催眠術であり、素体に紐付けされたゼンガー・ゾンボルトの記憶データをより定着されるだけであり、レモンの目指す新たな生命体とは程遠い物だった。
「マシンセルもそうだし、はぁ……なんだかなぁ……」
豊潤な資材、優秀な科学者によるサポート――それら全てがあちら側よりも充実しており、ゲシュペンスト・タイプSとR-SWORDという規格外のPTの解析データも加わり、戦力も飛躍的に向上した。だが今のこの環境はレモンにとって喜べる物ではなかった……アースクレイドルにはアインスト、そしてインベーダーに匹敵する化け物の百鬼帝国が巣食っている。それに、鬼人という人智を越えた化け物もいる。
(本当にこのままでいいと思っているのかしら?)
ヴィンデルの掲げる永遠の闘争――しかしそれは百鬼帝国に関わっている以上決して成し遂げられる物ではないだろう。なんせ、相手はこちらが裏切る機会を窺っていると知っていながら、技術と資金を提供してくれているのだ。ヴィンデルとブライでは将としての器が違いすぎるとレモンは感じていた。利用されるだけ利用されて、そして切り捨てられる未来しか想像出来ず、レモンはアンニュイな溜め息を吐いていた。
「アクセルがいれば違うのかしらね」
レモンとバリソンではヴィンデルを止める事は出来ない。アクセルならば止めれるのかしらねと呟いて、百鬼帝国の技術で修復されたあちら側から持ち込んだグルンガスト・参式にマシンセルが投入され、機体の変化が始まったのに一度だけ目を向けてレモンはモニターの電源を切った。
「私はどうしようかしらね」
ヴィンデルに恩があるから裏切るという考えはないし、恋人のアクセルも合流することを考えてアースクレイドルに留まっていたが、このままでは自分の身も危ないかもしれない。そう考えるとバリソンと共に逃亡する方が良いのだろうか? もし逃亡して逃げ切れたのならば武蔵を探してエキドナがどうなったのか、ラミアがどうなるのか、それを見届けるのも……と考えた所で首を左右に振った。
「はぁ……損な生き方をしてるわ」
ヴィンデルもアクセルも裏切りたくない、ヴィンデルの掲げる永遠の闘争――あちら側で失敗し、こちら側で失敗した理由を排除し、確実に成し遂げるはずが、既にとんでもないイレギュラーを抱えていることにヴィンデルは気付いていないのだろうか? それとも気付いていても進みつづけることを選んだのだろうか。
「人の事を言えた義理じゃないけど、妄執よね……」
新しい人間を作りたいレモンと、永遠に闘争が続く世界を作り出したいヴィンデル――平和な世界を楽しむ事も出来るのに戦い続ける道を選んだヴィンデル。それはもはや願いではなく、執念や妄執に近いだろう。利用しているつもりで利用されていることに気付くのは何時になるのか、それとも気付かないままに死ぬのか――ヴィンデルはどうなるのだろうかとレモンが考えていると、研究室に緊急通信のコールが響いた。
『レモン様ソウルゲインを確認、アースクレイドルに到着まで後30分ほどです』
アースクレイドルの運用に当てられている量産型Wシリーズからの報告を聞いて、レモンは弾かれたように立ち上がり格納庫に向かって走り出した。
(本当、私って度し難いわ)
ヴィンデルとアクセルを裏切る可能性を考えていたのに、アクセルが生きているかもしれないと知ると生娘のようにアクセルの身を案じて止まっている事が出来ない自分に嘲笑めいた笑みを口元に浮かべながらレモンは格納庫へと足を走らせるのだった……。
第48話 邂逅 その2へ続く
今のあり方に悩むレモンと暗躍を始めたバラル。次回はシャドウミラーと百鬼帝国、そしてインスペクターの3つの陣営で話を書いて行こうと思います。メインのほうで書ききれなかった分、こういうところで補完しておかないと、書く機会が無くなってしまいますからね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。
視点が変わる時にそのキャラの視点と言う事を表記するべきか
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サイドまたは視点は必要
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今のままで良い