進化の光 フラスコの世界へ   作:混沌の魔法使い

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第51話 怒る海神 その3

第51話 怒る海神 その3

 

無人機の襲撃を振り払い、武蔵をホワイトスターに残すという苦渋の選択をしたヒリュウ改。彼らはL5宙域を抜け当初月面のセレヴィスシティ、もしくはその近辺のコロニーを目指していた。ホワイトスターが敵性異星人に襲撃を受け、奪取された事。それを伝えるために地球方面に進路を取っていたのだが……今ヒリュウ改は地球、そして月からは逆方向に進路を取っていた。

 

「くっ! E-フィールドの出力はどうなっていますか!?」

 

「出力80%以上をキープしてます! きゃっ!?」

 

E-フィールドを展開しているのに激しく揺れるヒリュウ改の船体――実弾・E兵器に強い防御力を持つE-フィールドが簡単に貫通されている事にレフィーナは眉を顰めた。

 

「総員対衝撃・閃光防御を! 対空砲座、副砲で敵機を引き離してください! ううっ!?」

 

指示を出している間も敵の攻撃は激しさを増していた。ギリアム、ヴィレッタ、リューネとエース級パイロットが3人も揃っているが、ヒリュウ改の戦力はそれだけだった。敵の撃墜に回ればヒリュウ改が無防備になり、ヒリュウ改の守りを固めれば敵の攻撃の勢いが増す……そしてその上連邦軍の部隊が駐留している月や月面には向かえないと完全に詰みに追い込まれかけていた。

 

「あの化け物――どうも相当数が存在するようですな」

 

アインストを名乗る異形と共にストーンサークルから出現した全身に目玉のある異形の生物――それが寄生した量産型ゲシュペンスト・MK-Ⅲ、そしてヒュッケバイン・MK-Ⅲがヒリュウ改に向かって執拗に攻撃を続けていた。

 

「それだけではありません。寄生された機体の性能が恐ろしいほどに上がっています」

 

「ふむ、自分の能力を機体にも付与すると言った所ですな。ユン伍長、接近戦を控えるように通達を」

 

「りょ、了解ですッ!」

 

ショーンの指示に頷き、ギリアム達に射撃戦を選択するように指示を出すユン。

 

「これは相当不味いですな」

 

「……ええ。ですが、諦める訳にはいきません」

 

倒しても倒しても僅かに残った肉片同士が融合し再生する化け物――ビームライフルなどで装甲を破壊されれば、そこから本来のゴムのような光沢の体組織が姿を見せる。決め手が足りない……しかし地球に向かえばこの化け物をそちらに誘導する事に繋がる。地球に向かうにはあの化け物を倒すしか道はないのだが、倒す手段がない。完全に八方塞りになりつつある状況にレフィーナは無意識に親指の爪を噛み、この状況をどうやって打破するかを考えをめぐらせるのだった……。

 

 

 

 

 

 

ホワイトスターの方角からヒリュウ改を追ってきたインベーダーとメタルビースト・ゲシュペンスト・MKーⅢ、そしてメタルビースト・ヒュッケバイン・MK-Ⅲの攻撃は非常に苛烈だった。

 

【シャアッ!!】

 

「くっ!? しまったッ!?」

 

ビームソードを避けたと思った瞬間。胸部の装甲から伸びた鎌にビームライフルの銃身を両断され、発生した小規模な爆発にゲシュペンスト・MK-Ⅱ・タイプRが大きくバランスを崩した。

 

【シャアアアア!!】

 

そしてその隙をMB・ゲシュペンスト・MK-Ⅲが見逃す訳が無く、頭部が左右に開き、そこから顔を出したインベーダーがその牙を向ける。

 

『下がれ! 大尉ッ!!』

 

ギリアムの怒声を聞いて反射的にペダルを踏み込んだ事で、インベーダーの牙は肩部のパーツをほんの少し抉り取るに留まった。そしてゲシュペンスト・MK-Ⅱ・タイプRの頭上を通って一条の光線がインベーダーの口内に向かって放たれた。

 

【ギャアッ!?】

 

大口を開けたインベーダーの口の中にゲシュペンスト・リバイブ(S)のビームキャノンが飛び込み、頭部を焼き尽くす。だが頭部を吹き飛ばされ、苦悶の声を上げたがその体組織はMB・ゲシュペンスト・MK-Ⅲの中に戻るだけで、倒す事は出来ないでいた。

 

「た、助かったわ。少佐」

 

『気にするな。だが……不味いな。リューネ、間違ってもサイコブラスターは使うなよ』

 

メタルビーストとなった事で攻撃力は上がったが、その反面攻撃手段が限られている。下手に装甲を破壊すれば、どこから触手を伸ばしてくるか予見しにくく戦いにくくなる。先ほどはサイコブラスターが鍵を握っていたが、今度はサイコブラスターを使えば敵の攻撃手段が増える事に繋がる為数の不利を覆すサイコブラスターが使えないと言う状況になっていた。

 

【シャアッ!!】

 

「これは思ったよりも厳しいわねッ!」

 

数の不利だけならば操縦技術やチームワークで挽回する事も出来る。だが相手は餓えた化け物で、下手に攻撃を加えればその数を増やし、攻撃方法が変わる。それはホワイトスター周辺でインスペクターを名乗る異星人に鹵獲された無人機と戦い続けて、簡易的な補給しかすませていないギリアム達では対処しきれない敵となる事を現していた。

 

「突破口を何とかして見出さないといけないわね」

 

『ああ、だがそう簡単な話ではないぞ』

 

こちらの機体に組み付いて寄生しようとする化け物に囲まれ、その上MBの群れに囲まれていると言う状況はどう考えても絶体絶命であり、突破口なんてどう考えても見出せない状況だった。

 

「最悪の場合リューネはヒリュウ改と共に離脱しなさい」

 

『……それしかあるまい』

 

『ちょっと!? 2人とも何を言ってるのさッ!? 諦めるには早すぎるよッ!』

 

軍人であるギリアムとヴィレッタは最悪の場合を既に想定していた。ヒリュウ改をなんとしても逃がし、そして民間人であるリューネを逃がすために特攻までをこの場を切り抜ける方法として考えていた。

 

「諦めたんじゃないわ。軍人としてやらなければならない事を言っているだけよ」

 

『あたしが言いたいのはそういう事じゃないッ!』

 

感情を押し殺して言うヴィレッタに向かってリューネが声を荒げる。武蔵を見捨てて、そしてその上ギリアムとヴィレッタまで見捨てろという選択をリューネが取れる訳がなかった。

 

『いかん! 散れッ!!!』

 

【【【シャアアアーーッ!!!!】】】

 

3体のインベーダーが突き出した両手。その指が一本ずつ凄まじい速度で伸び、更に枝分かれをしてギリアム達を孤立させんと迫った。

 

「こいつらまさかここまで知恵がッ!?」

 

今までは獣のように吼え、触手を伸ばすか、腕を伸ばし攻撃してきただけのインベーダーだったが、ここに来て初めて相手の逃げ道を塞ぐように、そして協力させ合わないように分断するような攻撃を繰り出してきた事にヴィレッタは驚きを隠せなかった。

 

『くそッ! うおッ!?』

 

『ギリアム少佐!? うあッ!?』

 

枝分かれした触手に追い立てられ、分断された所をインベーダーが寄生したことにより、目標に当たるまで追いかけるミサイルが襲い掛かり逃げようにも触手が邪魔をし、撃墜しようものならば枝分かれした触手と融合し、鋭い切っ先が伸ばされる。

 

(このままじゃ持たないッ……)

 

敵は細胞全てを焼き尽くさない限り何度でも再生し、ミサイルや実弾にもインベーダーの全身に浮かんでいる目が現れ執拗に追いかけてくる。これは最早戦闘ではなく、狩りだとヴィレッタは感じていた。本能的な獣のような動きに明確な知性が加わった事で一気に戦況が傾き始める。

 

『ヴィレッタ! 後ぉッ!!!』

 

「え?」

 

リューネからの警告に振り返ると枝分かれした細い触手から巨大な顎が出現し、ゲシュペンスト・MK-Ⅱ・タイプRごとヴィレッタを噛み砕こうとしていた。

 

「ッ! うううッ!?」

 

反射的に回避する事に成功はしたが右腕を肩から噛み千切られ、回避した事で触手にぶつかりそこから伸びた無数のスパイクに装甲が穴だらけにされ、モニターが一気に赤に染め上げられた。

 

『くそッ! なんとか離脱しろッ!』

 

『こっちに! ああもうッ!! 良い加減にしなよ! この化け物ッ!!』

 

ギリアムとリューネも触手の間を縦横無尽に現れるインベーダーからの前後左右に加え上下からも執拗に繰り出される噛みつきや触手に完全に翻弄されていた。

 

(まるで狩りじゃなくて、狩りだったのね)

 

この縦横無尽に張り巡らされた触手全てが化け物の狩場で、そこに迷い込んだギリアム達は翻弄され、追詰められ捕食されるという運命しか残されていないのだとヴィレッタは感じた。合流しようにもスパイクで全身を穴だらけにされ、中の基盤も相当やられてしまった。ブースターが全く動かないという事でヴィレッタは完全に移動する術を失った。

 

『大尉!? ヴィレッタ! 応答しろ! ヴィレッタッ!!』

 

『ヴィレッタ!! ちょっと冗談きついよッ!?』

 

腕を失い、ブースターも完全にやられて移動も出来ない――機体コンディションを確認したヴィレッタは薄暗いコックピットの中で1つの決断を下していた。ギリアムとリューネの通信に返事を返さず、コンソールを操作し自爆コードの入力画面を出す。

 

「少佐とリューネは何とかして離脱して、道は何とか私が作るわ」

 

『ま、待ちなよ! 駄目だッ!!』

 

『ヴィレッタッ! まだ諦めるなッ!!』

 

最悪の展開を覚悟しろと言っておいていざそうなると甘いんだからと苦笑し、通信を完全にシャットアウトして淡々とヴィレッタは自爆コードを入力する。

 

(イングラムもこんな気持ちだったのかしら)

 

武蔵と自爆する事を選択したイングラム――自分が死ぬ事になっても、味方の道を作ろうとしたイングラムの気持ちもこんなに穏やかだったのだろうかと小さく苦笑する。自爆してもコックピットブロックが射出されるから生き残る可能性はゼロではない――ただこれだけボロボロのタイプRで正常に脱出装置が起動するかは判らないけどと苦笑し、最後のコードを入力しようとしたその時だった。

 

【【【キシャアアッ!!!】】】

 

化け物達が一斉に顔を上げて雄叫びを上げた。その突然の行動にヴィレッタの動きが一瞬止まった……こんな事を言うのは不謹慎だが、インベーダーの雄叫びによって入力が一瞬止まった……それがヴィレッタの命運を分けた。

 

『ダブルトマホォォクッ!!! ブゥゥウウウウメラァァアアアアアンッ!!!!』

 

武蔵の凄まじい雄叫びと共に放たれたPTを優に越えるサイズの巨大な戦斧――それがインベーダー達を薙ぎ払ったのだ。

 

「……ふふ、どうも……まだ死ねないみたい……ね」

 

自分達を助けに現れた真紅のゲッターロボを見てヴィレッタは小さく笑うのだった……。

 

 

 

 

 

メキボスの言う通りヒリュウ改にインベーダーが群がっていた上に、ゲシュペンスト・リバイブ(S)やヴァルシオーネもボロボロという形相を見て、あれ以上メキボスと押し問答をしていればそれこそ間に合わなかったかもしれないと武蔵はポセイドン号の中で冷や汗を流していた。

 

「シャアアッ!!」

 

「ギィイイッ!!」

 

あれだけ追詰めていたギリアム達に目もくれず、インベーダー、そしてMB・ゲシュペンスト・MK-Ⅲとヒュッケバイン・MK-Ⅲが一斉にゲッターD2に襲い掛かる。

 

「舐めんなよッ!!!」

 

弧を描いて戻って来たダブルトマホークを両手で掴み、襲い掛かってきたメタルビーストを頭から股まで右腕に持ったダブルトマホークの一振りで両断し、左腕のダブルトマホークの横薙ぎの一閃で飛びかかってきたインベーダーを纏めて両断する。ゲッターD2の高密度に圧縮されたゲッター線に触れたインベーダーはぐずぐずに崩れ再生も出来ず消滅する。

 

「ギリアムさん! 大丈夫ですか!?」

 

『あ、ああ……助かった。すまないな、見捨てた上に助けられるなんて情けないな』

 

「大丈夫っすよ! オイラは見捨てられたなんて思ってないですからッ!!」

 

話している最中も飛び掛ってくるインベーダーをダブルトマホークで両断し、ギリアム達の機体をゲッターD2で庇う武蔵。

 

「早くヒリュウ改に逃げてくださいッ! インベーダーの糞野郎にPTじゃ分が悪すぎるッ!」

 

「シャアッ!!」

 

「うるせえッ! 黙ってろっ! このトカゲの出来そこないがッ!!!」

 

挑みかかって来たインベーダーの頭を握り潰すゲッターD2。びくんと痙攣し、再生する素振りも見せず消滅するインベーダーを見てギリアム達は驚いた。ストーンサークルで出現した謎の化け物の事を武蔵はインベーダーと呼んだ――それは武蔵がこの化け物の素性を知っているという事をギリアム達に感じさせていた。

 

「来いッ! こっちにきやがれッ! てめえらの欲しくてしょうがねえゲッター線はここにあるぜッ!!」

 

「シャアアーーッ!!」

 

「シャアッ!!!」

 

「ガアアアーーッ!!!」

 

武蔵の叫びに惹かれるようにインベーダー達は禄に動けないゲシュペンスト・MK-Ⅱ・タイプRに目もくれず、ゲッターD2に集まり始める。それは今まで自分達が喰われかけていたギリアム達にとっては理解出来ない現象だった。しかもヒリュウ改に取り付こうとしていたインベーダーもこちらに集まり始めているのを見れば、ゲッターロボとインベーダーの間になんらかの因果関係があるのは誰が見ても明らかだった。

 

『武蔵1人にこれ以上負担を掛けるわけにはッ!!』

 

『いっけえッ! クロスマッシャァーーーッ!!』

 

武蔵は見捨てられたと思ってないと言ったが、あの状況では見捨たと同じ事。その事が引っかかっていたギリアムとリューネはゲッターD2に向かっていくインベーダーの背後に向かって攻撃を叩き込んだ。

 

『なんだ、何故何の反応も取らない』

 

『どうなってるのさ、これは……』

 

今までは逃げ回る必要性があり溜めの時間が必要だったメガバスターキャノンや、クロスマッシャーはどうしても無防備な姿をさらしてしまうために使えなかった大技だ。事実命中したインベーダーはボロボロに崩れ消滅しているのだが――何故かインベーダーは攻撃を受けてもそれを無視し融合して、巨大になりながらゲッターD2に向かっている。

 

「シャアッ!」

 

「でっかくなっても無駄だァッ!!」

 

ホワイトスターからヒリュウ改に向かってきていたインベーダーが全て融合し、ゲッターD2を上回る巨体となりゲッターD2に爪を伸ばす。

 

「オラアッ!!」

 

「シャアアッ!?」

 

宇宙空間に凄まじい轟音を響かせゲッターD2と巨大インベーダーがその豪腕を何度も交差させる。その姿はギリアム達の介入の余地が無い凄まじい戦いだった。

 

『どうなってるのさ……これ』

 

『信じられないわね……』

 

人智を越えた戦いにリューネとヴィレッタは言葉も無かった。それはヒリュウ改のレフィーナ達も同じだったが、ただ1人……ギリアムだけは違っていた。武蔵と同様に世界を超えた経験があるギリアムだけが……この戦いがこれから百鬼帝国、そしてアインストと戦う上で避けられない物であるという事を知っていた。

 

(まさかこれほどまではとは……最早俺達に残された時間は殆どないと言うことか……)

 

恐竜帝国の出現、そして量産型ゲッターロボGに始まった世界の乱れ、それは乱れに乱れ、そして百鬼帝国を復活させ、アインスト、インベーダー、そしてインスペクターを呼び寄せた。まだ表舞台に出ていないが、影で暗躍する者達もいる。

 

「ゲッタァアア……ビィィイイイムッ!!!!」

 

「グッギャアアアアアアアッ!?!?」

 

宇宙空間を焼き払う翡翠色の輝きに飲まれ消滅するインベーダー。その姿を武蔵は鬼のような形相で見つめていた……。

 

(どうしてインベーダーが……)

 

ストーンサークルから出現したのは武蔵も見ていた。それゆえにストーンサークルが門のようになり、そこから何かの間違いでインベーダーが現れたと武蔵は考えていた。だが実際はホワイトスター周辺に突然現れたのを見れば、宇宙のどこかでインベーダーが増えているという事を現していた。

 

(どうして……)

 

自分が消えた後竜馬達がインベーダーを絶滅させたと武蔵は信じていた。向こう側の世界でのインベーダーは世界が違う事で竜馬達がおらず、インベーダーが出現していたと思うことにしていた。しかし、今こうして過去の世界から未来に戻ってもインベーダーが出現するという事は竜馬達がしくじったのか、それとも他の要因があったのか……武蔵の脳裏には何故という言葉ばかりが過ぎっていた。

 

(何があったんだ……)

 

自分がいなくなった後何が起きたのか? 竜馬達がしくじったのか、それともメキボスの言う通りならば別の惑星にはインベーダーがまだその数を増やしており、ゲッター線を求めて地球圏にやって来たのか……考えても答えの出ない事を考え込んでいるとゲシュペンスト・リバイブ(S)から通信が繋げられた。

 

『武蔵。どういうことか事情を聞きたい、ヒリュウ改に着艦してくれるか?』

 

「判りました。オイラも色々と話を聞きたいですし、少しの間お世話になります」

 

カーウァイに文章通信でヒリュウ改と合流したと言う旨の事を伝え、武蔵はギリアム達に誘導されヒリュウ改へ向かって行くのだった……

 

 

 

 

 

武蔵がヒリュウ改に着艦した頃、月面のセレヴィスシティにはケースEの発令により、移動制限が課せられる前の最後のシャトルが到着していた。

 

「月と言ってもそう地上と変わらない物だね。玄」

 

「そうじゃのう……もっとこう近未来的な物を想像しておったわ」

 

殆どの人間がケースEの発令によって月面から地球へと避難する中。まるでケースEなど恐れるに足りないと言わんばかりに観光という様子の2人組みが悠々とゲートを通りセレヴィスシティへと侵入を果たしていた。

 

「やっぱり避難しているのは一部の人間って所だねえ」

 

「……金が無いんじゃろうなぁ。ま、ワシらは安く月に来れたから文句など無いがの」

 

避難するシャトルはケースEによって高騰し、その反面地球から月へ来るシャトルは格安となっていた。今月面に残っているのは軍人や各企業のトップシークレットを知る一部の研究者やメカニック、そして金の無い一般市民という構図になっていた。

 

「不安だからこそ、騒ぐか……まぁそんな物だろうね。玄はどう思う? 玄?」

 

あちこちに立つセールの昇りなどを見て少し呆れた様子の青年が隣を歩いていた老人に声を掛けるが、反応が無く横手を見ると老人の姿がなかった。慌てて振り返ると老人は立ち止まり、不安を誤魔化すように騒いでいる若者をジッと見つめていた。

 

「ふぇふぇふぇ……中々賑やかじゃのう?」

 

腰がくの字に曲がった黒い導師服の老人は騒いでいる若者――取り分け若い少女を嘗め回すように見つめていた。

 

「玄。やめてくれよ? まだ早い」

 

それを見て若い青年は溜め息と共に腰の曲がった老人の肩に手を当て、首を左右に振った。すると老人は少女に向けていた視線をずらし、誤魔化すように笑った。

 

「……そうじゃな。大帝の命令に従わなければならんのう」

 

「その通りさ。大帝のご指示は全てにおいて優先される。僕達の意思はその次だ」

 

青年の言葉にその通りだと返事を返した老人は誤魔化すようにと髭をさする。青年に玄と呼ばれた老人は朗らかに笑ったが、その目は短いスカートとブラウス姿の少女を食い入るように見つめていた。情欲ではない、抑えきれない食欲と嗜虐欲を隠しきれないでいた。だがそれを大帝の命令が押さえ込んでいた、玄――四邪の鬼人 玄王鬼にとってはブライの命令が全てにおいて優先される。それゆえに鬼の獰猛な本能を押さえ込むことが出来ていた。

 

「落ち着いてくれた用で何より、僕達も仕事をこなそう。まずは種まき、次に刈り取るよ」

 

「ふぇふぇふぇ、承知した」

 

観光という様子で歩く朱王鬼と玄王鬼。その視線はセレヴィスシテイ、そして工場街――その奥のマオ社と見つめる。どこをどう制圧すれば、月面を掌握出来るか? 念入りなシュミレートを繰り返す2人の影が不自然に伸び、街の中の影の中に潜りこんで行く……ブライの命令で月面を制圧に来た百鬼帝国の尖兵は人知れずセレヴィスシテイの中に潜み始めていた。

 

「しかしのう、何故大帝が下手に出る必要があるんじゃ? 本来ならあいつらが頭を下げるべきじゃろう?」

 

「さあね? でも大帝には深い考えがあるんだろう。僕達は言われた通り月面を制圧する、そしてウォガルに交渉をする。それだけさダヴィーンの名前を出せば交渉のテーブルにつけると言っていたじゃないか」

 

「ワシは大帝が頭を下げるのが腹立たしいのだ」

 

「我慢しなよ、全部終わったら破壊も殺戮も暴食も好きにすればいい。だけどまずは月面を制圧するポイントを絞り込む事さ」

 

「あい、判った。参ろうか、朱」

 

「そうさ、行こう。玄」

 

祖父と孫という様子で言葉を交す朱王鬼と玄王鬼。どうやって月面を制圧するか、どうやって自分達が有利な条件で交渉を進めるかという物騒な物だったが、周りの人間はそんな2人の言葉が世間話の様にしか聞こえず、いつしか朱王鬼と玄王鬼の姿は人混みの中に紛れその姿を消すのだった……。

 

 

 

第52話 再会 へ続く

 

 




今回の話は前回が長かったので少し短めの話になりました。文字数のバランスが少し間違えたかなあと思っていますが、今回はこういう形でお許しください。次回はヒリュウ改でのギリアム達の話を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします

視点が変わる時にそのキャラの視点と言う事を表記するべきか

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