進化の光 フラスコの世界へ   作:混沌の魔法使い

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第55話 四邪の鬼人 その3

第55話 四邪の鬼人 その3

 

輸送機を守るように立つ3体のPTとその上を旋回する戦闘機を見て、朱王鬼は抑えきれない嗜虐的な笑みを浮かべた。龍王鬼、虎王鬼が鬼とは思えぬ人格者ならば、朱王鬼と玄王鬼は並の鬼を遥かに凌駕する残虐性、嗜虐性を持った凶悪な鬼だった。

 

「さて、玄。どうする? どっちで遊ぶ?」

 

『ほっほっほ。お主はもう自身の獲物を決めておるじゃろ? ワシは余り物でいいわ』

 

形式上どっちにするか? と問いかけた朱王鬼だが、玄王鬼はそんな朱王鬼の問いかけが形だけの物と判っているのでそう返事を返した。

 

「ではあの紅いのと戦闘機を貰う。玄王鬼にはあのオンボロと初代ヒュッケバイン。それとおまけで黒い亡霊をあげよう」

 

『ほっほ、亡霊の方が本命じゃろうに……五本鬼の小僧が泣き叫んで逃げた敵の仲間。甚振れば竜神を引きずり出すことも出来るじゃろうに』

 

朱王鬼と玄王鬼から見ればPTなどは赤子の手を捻るような物だ。現にセレヴィスとマオ社を制圧さえ出来れば輸送機とPTを見逃してもいいとさえ思っていた。重要なのは開発拠点を制圧する事であり、そこにいる人間に対して価値はない――だがゲシュペンスト・タイプSがこの場に現れたのならば話は変わってくる。百鬼帝国に害なす存在としてゲッターD2、R-SWORD、ゲシュペンスト・タイプSは最重要ターゲットと言っても良い、3機とも百鬼獣に匹敵する能力を持つ上にゲッターD2はかつて百鬼を滅ぼしたゲッタードラゴンに酷似していると言うこともありブライが唯一警戒している存在と言っても良い。新西暦で生まれた朱王鬼、玄王鬼は百鬼帝国が滅ぼされたなどということは信じていなかったが、心酔するブライに対する不安を取り除こうと思い、ここでゲシュペンスト・タイプSを破壊する事でドラゴンをおびき出すことを考えていた。それがリン達の前に立ち塞がった理由だった……。

 

「じゃあ少しばかり遊ぼうか、玄」

 

『うむ。現れないのならばそれもそれで良し、少しばかり退屈を紛らわす余興にはなるじゃろう。あやつらには邪魔をさせぬように命ずるが良いな?』

 

「勿論いいとも。あいつらがいても何の意味もないからね、それじゃあ始めようかッ!!」

 

朱王鬼が力強く羽ばたくとビルトファルケン・タイプKとAMガンナーがその暴風に煽られ、大きく輸送機から引き離される。

 

『うわあッ!?』

 

『きゃっ!?』

 

その姿を追って朱王鬼が飛び上がり火の粉を撒き散らしながらビルトファルケン・タイプKとAAガンナーの前にゆったりと翼を羽ばたかせ立ち塞がる。

 

『アラド、リオッ!?』

 

『ラーダ! 待てッ!』

 

リンの警告で動きを止めたゲシュペンスト・MK-Ⅲ・砲戦仕様の前に玄王鬼の巨大な右手が叩きつけられ、月面に深い亀裂を作り出す。

 

『ほっほっ、おぬしらの相手はこのワシじゃ、精々足掻いて見せよ? 余りあっけないと面白みも何も無いからのう』

 

朱王鬼に対してはAMガンナーとビルトファルケン・タイプK……。

 

玄王鬼に対してはヒュッケバインとゲシュペンスト・MK-Ⅲ・砲撃仕様……。

 

圧倒的な力量差を感じさせる2機との戦いを強要されたリン達の背中に冷たい汗が流れるのだった……。

 

 

 

 

 

燃え盛る炎の翼を羽ばたいたと思った瞬間。アラドの目の前に炎の波が迫ってきた、反射的にそれを回避する事は出来たが凄まじい熱がパイロットスーツ越しにアラドの全身にダメージを与えていた。

 

「ぐうっ……なんて熱さだよ……ッ」

 

朱王鬼は攻撃したのではない、ただ悠然と羽ばたきビルトファルケン・タイプKの上空を旋回しただけで、ただそれだけでビルトファルケン・タイプKのコックピットには熱によるダメージとイエローアラートが灯っていた。戦うことすら難しい熱量を放ち続ける朱王鬼を相手にしてもアラドの闘志は折れず、両手に持ったアサルトマシンガンの照準を合わせてトリガーを引いた。

 

『無駄無駄。そんなのが僕の朱王鬼に届くと思っているのかい?』

 

「マジか……くそったれッ!!」

 

フルオートの射撃は朱王鬼の身体に届く前にその熱で融解し、その勢いを失って墜落する。

 

『アラドッ! このッ!!!』

 

アラドのバックアップにリオが動き、ホーミングミサイルが朱王鬼にへと放たれるが、それも命中する寸前で朱王鬼の熱で爆散する。目の前でアサルトマシンガンの弾頭が溶かされるのを見ていたので、リオに驚きも驚愕も無く、即座にチャフグレネードを撃ち込み朱王鬼の熱で爆発させることで煙幕を作り出した。

 

『今の内よ!』

 

「す、すんません! 助かりますッ!!」

 

リオが行なったのは朱王鬼への攻撃ではなく、朱王鬼と距離が近すぎるアラドの救出行動だった。煙幕に紛れ離脱することに成功したアラドはビルトファルケン・タイプKが手に持っていたアサルトマシンガンに視線を向けた。

 

『凄い熱ね……』

 

「そう見たいっすね、もう使い物にならねえや」

 

朱王鬼の近くで数分いただけでアサルトマシンガンの銃身は溶け、異様な方向に捻じ曲がっていた。それを見たアラドは使い物にならないと呟いてアサルトマシンガンを投げ捨て、背中にマウントしてあったオクスタンランチャーを装備する。

 

「実弾が駄目ならビームはどうだッ!!」

 

タイプK用に取り回し重視で小型化されたが、その代りにエネルギー効率を最適化し、その威力を高めたオクスタン・ランチャーのEモードの熱線が朱王鬼の翼を僅かに掠める。炎を少しだけ掻き消され、見えた装甲に確かにダメージが通っているように見えた。

 

『ふーん、僕に当てれるくらいの腕はあるんだ。ま、どっちでもいいけどね。君達は焼け死ぬ、それは避けられない運命だよ』

 

翼が羽ばたくと同時に羽が飛び出し、炎を纏いながら凄まじい勢いでビルトファルケン・タイプKとAMガンナーに迫る。

 

「くそっ!」

 

『アラド! 落ち着いて! 良く見れば避けれるわよッ!』

 

その勢いは凄まじくミサイルとは比べられないほどの速度だが、一直線にしか進まないという性質上避けれないと言うことはない。

 

『あははは!! どこまで避けれるかなッ!』

 

だがそれは単発での話だ。羽ばたくたびにマシンガンのように放たれ続ける羽を避け続けるのは容易な事ではなかった。

 

『くっ! これは不味いわね!?』

 

「燃料に誘爆しないように気をつけてくださいよッ!」

 

朱王鬼の燃える体は攻撃と防御を同時にこなしていた。移動するだけでPTとパイロットに致命的なダメージを与え、近づけばその熱で危機をオーバーヒートさせる。そして燃料や動力に引火すれば脱出する間もなく爆発する事になる。ただそこに存在するだけで凄まじい被害を巻き起こす、それが百鬼獣 朱王鬼の特性だった。

 

『とにかく避けて、攻撃するチャンスを見出すしかないわ』

 

「うっす」

 

実弾のダメージは殆どなかったが、ビームなら炎の鎧を貫通してダメージを与えれる。リオの言う通りアラドは距離を取って、避けながら少しずつでも良いビームでダメージを与える事を選ぼうとした。

 

『それで良いのかい? アラド・バランガ? いや、ブロンゾ27だっけ?』

 

朱王鬼から嘲笑うように告げられた番号にアラドは操縦桿を握り締めて動きを止めた。リオもアラドがスクールで番号で呼ばれていた過去を聞いていた為、朱王鬼の言葉に怒りを見せた。

 

『ブロンゾとか呼ばないで頂戴。アラドはアラドよ。ブロンゾ27なんかじゃない』

 

自分を庇ってくれたリオの言葉にアラドは激昂しかけていた気分が落ちついて来たのを感じた。だが朱王鬼の次の言葉に怒りでアラドの目の前は真紅で染まった。

 

『知ってるかい? 君が自分を守ってくれる相手を見つけているころブロンゾ28――ああ、ゼオラだったね。彼女がどうなったか知りたくないか?』

 

「てめえッ! ゼオラになにをしやがったッ!!! あいつにひでえ事をしたら許さなねえぞッ!!」

 

それが安い挑発だとわかっていた。だが、ゼオラの名前と嘲笑う朱王鬼の言葉にアラドの頭に一気に血が上った。

 

『ははは、出来もしない事は言わない方が良い。まぁ僕は優しいから教えてあげるけどね、ゼオラはもう何も判らない、何も感じない、お前の事も判らない。人を人として認識出来ない人形になったのさ、お前だよ。お前が悪い、お前がいなくなったからゼオラは狂った。だから苦しまないようにした、嘆かないようにした、お前を求めなくしたんだよ』

 

「な、何を……てめえ!!! ゼオラに何をしやがったぁぁあああああッ!!!」

 

『アラド駄目ッ!!!』

 

リオの制止の声も無視してビルトファルケン・タイプKがオクスタンランチャーを乱射しながら、朱王鬼にへと向かう。

 

『ははは、知りたいかい? 知りたいなら教えてあげようか!!』

 

「ぐっ!? うあああああッ!!!」

 

朱王鬼の放った羽がビルトファルケン・タイプKをかすめ、バランスを崩したが、それを一瞬で立て直しアラドはビルトファルケン・タイプKを朱王鬼へと向かわせる。

 

『心を砕いたのさ、ゼオラはもう何も迷わない、何も感じない、言われた事しか出来ない。あれでは性処理としての価値も無い、なんせ喘ぐことも無いのだからね。そんな人形でも欲しいかい?』

 

「ふざけんなあああああッ!!!」

 

高速で飛ぶ朱王鬼をビルトファルケン・タイプKは追い回し、ビームを放ち続ける。被弾しているが朱王鬼はその速度を緩めることも無く、むしろその速度を上げる。

 

『はははッ! ふざけてなんか無いさ、これはアギラに頼まれた事だからね。これは呪いであり、祝福だ』

 

「なにが祝福だ! ふざけんな!! ゼオラを元に戻しやがれッ!!」

 

『アラド落ち着いて! 相手の嘘かもしれないのよッ! 深追いしないでッ!』

 

リオの言う通りそれが朱王鬼の挑発かもしれない、ゼオラは無事かもしれない。そう思っても朱王鬼の声はアラドの神経を逆撫でし続けていた。

 

『元に戻したいか、それならその方法を教えてあげようか。僕は優しいからね、お前が死ぬか、ラトゥーニが死ぬか、それともオウカが死ぬか? それだけがゼオラを元に戻す方法だよ』

 

「な!?」

 

『そらここで死んで、ゼオラを元に戻したらどうだい? 出来損ない君?』

 

反転した朱王鬼の吐き出した炎が自分達の誰かが死ぬことだけがゼオラを元に戻す方法だと告げられ、目の前が真っ白になったアラドの目の前に埋め尽くすのだった……。

 

 

 

 

リンはカーウァイの見立て通り教導隊に選ばれるほどのPTの操縦技術を有していた。それは社長として実戦から遠のいていても、絶え間ない努力と鍛錬の末に身につけた技術は錆び付かないという事を現していた。そしてリン自身も今パイロットに復帰してもすぐに戦果を上げれると確信していた。だがそれは玄王鬼と言う1体の特機の前に覆されそうになっていた。

 

『ほっほっほ、随分と逃げ惑って愛らしいものじゃなあ』

 

地響きを立てながら振るわれる前足、鈍重そうな見た目からは想像出来ないその動きの早さにリンとラーダは反撃の切っ掛けすらつかめずに逃げ回る事を強いられていた。

 

「ちいっ、早い。亀なら亀らしく動けば良い物をッ」

 

『落ち着いてください、社長。必ず反撃のチャンスはあります』

 

「判っているさ、だが愚痴でも言わなければやってられんッ!」

 

その苛立った口調に対してリンは冷静だった。ただ自分の理解を超えている化け物と戦う事にぼやかずにはいられなかっただけだ。

 

『ほっほっ、そんな豆鉄砲など痛くも痒くも無いわ』

 

逃げながらフォトンライフルやビームキャノンによる攻撃を仕掛けているが、それらは全て命中する寸前に霧散している。

 

「バリアか」

 

『恐らく……そうでしょうね』

 

L5戦役の後からPTの武装は飛躍的にその威力を向上させた。それでも攻撃が効かないというのは別の要因があると考えるのは当然の事だ。

 

「あの巨体に加えてバリアか、なんとも慎重なことだ」

 

PTを優に超える全長と体重を持っているのだ。PTの攻撃なんて碌なダメージにはならないだろう、それに背部の大型レールガンは機体と比べても相当大きい――攻撃を避けながらリンは朱王鬼と玄王鬼の機体の特徴を観察していた。そして様々な機体を見て、あるいは操縦してきたリンはある結論に辿り着いていた。

 

(あいつらはペアだ。しかも最悪のな)

 

今テスラ研で開発されている新型グルンガスト参式。分離合体機構を有した実用的な特機の第1号機――それと同じく合体するための機体と考えれば強固なバリアも機体に対して巨大すぎる武器にも納得出来る。

 

「リョウト、マリオン博士、カーク博士、誰でもいい応答してくれ」

 

沈黙を続けているレディバードに呼びかける。だが機体から返答はない、暫くそれを繰り返してリンは溜め息を吐いた。

 

(あいつらの事だ。何をしようとしてるかは予想が付く)

 

恐らくタイプLかMを動かそうと格納庫にいるのだろう。それでは通信が通じないのは当然の事だが、今回に限ってはそれは最悪の展開だった。

 

(相手が遊んでいるうちに離脱しておきたかったんだがな)

 

まず間違いなくあの特機は合体する。そうなれば勝ち目は愚か逃げる事すら不可能だ。ならば一瞬の隙をついて離脱出来るようにレディバードの発進態勢を整えて起きたかったのだが、それも叶わない。

 

『へ、お、俺、生きてるッ!?』

 

朱王鬼の挑発に乗って自ら朱王鬼の口の中に飛び込みかけたビルトファルケン・タイプKだったが、ゲシュペンスト・タイプSが手首から伸ばしたワイヤーがその足に巻きつき、強引に引き寄せた事でアラドは致命傷を避けていた。

 

『馬鹿か、お前は、戦場では冷静さを失った者から死んでいく。例え何があっても頭は冷ややかに、それを忘れるな』

 

『で、でも!』

 

『でもではない、お前の命をあんな下種にくれてやるな。判ったか?』

 

ビルトファルケン・タイプKをその背中に庇いながらゲシュペンスト・タイプSが朱王鬼を見上げる。その紅いバイザーの下からは凄まじい怒りと敵意が放たれているのが良く判る、

 

『へえ? やっと出てきたんだね、ゴースト』

 

『お前らの部下が邪魔をするんでな。随分と手間取ったが、ここからは私も相手をしてやろう』

 

参式斬艦刀を構え、その切っ先を朱王鬼に向けるゲシュペンスト・タイプSを見て、アラドとリオは大丈夫だと安堵したリンだが、今度は自分達が窮地に追い込まれているのを感じた。

 

『ほっほっ、暇つぶし程度に思っておったが余り退屈なのも考え物じゃな。人間なら人間らしく、悲鳴をあげながら死にワシらを楽しませよ』

 

死んで興じさせよと言う玄王鬼の言葉にリンが怒鳴り声を上げようとした瞬間、信じられない事が起こった。月面に凄まじい地震が起きたのだ。

 

「なッ!?」

 

『きゃあッ!?』

 

玄王鬼が一際強く足を叩きつけるとそこを基点にして亀裂が走り、ヒュッケバインとゲシュペンスト・MK-Ⅲ・砲撃仕様の足を止めた。

 

『ほっほっ。死にたくなければ必死に抗って見せるんじゃな。どうせ貴様ら人間など、ワシらの遊び道具にしか過ぎんのじゃからなぁ』

 

玄王鬼がその巨大な口をあけて、せり出すように砲門が姿を現し、その砲口をヒュッケバインに向けた瞬間。レディバードの格納庫が吹き飛び熱線が玄王鬼の口の中に飛び込んだ。

 

『ギヤアアアアアア!?』

 

『はっはあ、窮鼠猫を噛む。少しばかり遊びすぎたかのぉ?』

 

苦しむ百鬼獣などお構いなしに楽しそうに笑う玄王鬼。その視線の先には砲身が捻じ曲がり、融解した巨大なビーム砲を抱えた真紅のヒュッケバイン・MK-Ⅲの姿があった。

 

「タイプMを動かしたのか!? 正気か!?」

 

『くっううう……すいません、社長。でもあの化け物を……何とかするにはこれを使うしかッ!!』

 

全身から蒸気を放ちながらレデイバードの中から姿を現したヒュッケバイン・MK-Ⅲ・タイプM。マグマ原子炉を組み込むためにバックパックと一体化した独特なボデイ形状を持つ真紅のヒュッケバインは周囲に凄まじい熱を撒き散らしながらそのカメラアイを真紅に光らせるのだった……。

 

 

 

 

ヒュッケバイン・MK-ⅢのタイプLを動かす準備をしていたのに、リョウトがタイプMに乗ってリンとラーダの救援に出たのには理由があった。それは玄王鬼の出現と共に放たれた超大型レールガンが原因だったのだ。

 

「駄目ですわね。完全にいかれてますわ」

 

「ちいっ……あの化け物め、余計な事をッ」

 

辛うじて直撃を回避したレディバード改だが、玄王鬼という規格外のサイズの百鬼獣の放ったレールガンの衝撃と威力は凄まじく、墜落した事もあり、ハンガーから倒れたタイプLの上にクレーンが倒れこみ、右肩、左脚部を完全に破壊していた。

 

「ラドム博士、ハミル博士。タイプMを動かしましょう」

 

破壊こそされていないが、今はどう考えても動かせる状況に無いタイプLを断念して、タイプMを動かそうとリョウトはマリオンとカークに提案した。

 

「……正気か? 確かにこの状況ではタイプMを動かすしかないが……安定稼動には程遠い上にタイプMには深刻な問題が……」

 

「ぐだぐだ言ってる暇はありませんわよカーク博士。リョウト、覚悟は出来ているんですね?」

 

動かせないと言うカークに対して、マリオンは一言覚悟は出来ているのか? と問いかけた。

 

「はい。このままじゃリオ達が危ないです。動かせる機体があるなら、動かさない理由はありません。それに機体は壊れたらまた修理すれば良い、でも命は戻ってこないんです」

 

真紅のタイプMを見上げたリョウトの目には強い決意の色が合った。それを見てマリオンは小さく頷いた。

 

「試作型ですが、タイプM用のパイロットスーツがあります、それに着替えてきなさい。あれならノーマルスーツよりましな筈です」

 

「はい! すぐに戻ります」

 

着替えに走るリョウトを見送り、マリオンはタイプMの稼動準備に入る。

 

「マリオン、リョウトを死なすことになるぞ」

 

「どの道このままでは私達も死にますわ。それなら少しでもいい、生き残る確率に賭けますわ。いやなら、お一人で脱出したらどうです?」

 

「……いや、良い。マリーお前が命を賭けるのに私が逃げる訳には行かないだろうに」

 

「言ったはずですわよ、 貴方にそう呼ばれる理由はもう無いとね」

 

「……そうだったな、それなら男として、意地の1つくらい張らせてくれ」

 

「意地なんてどうでも良いですわ、それならタイプMを完全な状態で動かせるようにして見せてくれたほうがいいですわね」

 

話をしながらもマリオンとカークの指は動き続け、タイプMを起動出来るように手筈を整え続けていた。

 

「ぬっう……」

 

「判っていたことですが、かなりきついですわね……ッ」

 

ヒュッケバイン・MK-Ⅲ・タイプM。それはメカザウルスから摘出された反マグマ原子炉を搭載した最初のPTである――メカザウルスに搭載されていた反マグマ原子炉は非常に巨大で、通常の方法ではPTに搭載出来なかった。その為旧西暦の技術の推移である反マグマ原子炉を搭載する為にボデイとバックパックを1つにし、通常のPTと異なり背部に大きく突き出した形状になった変わりに通常のPT――20m級のヒュッケバイン・MK-Ⅲに反マグマ原子炉を搭載する事に成功した。だが次の問題がカーク達に襲い掛かったのだ、反マグマ原子炉――マグマの熱を利用するそのエンジンは起動するだけで周囲に凄まじい熱を齎したのだ。

 

「マリオン、先にノーマルスーツに着替えて来い。起動する前に死ぬぞ」

 

「……すぐに戻りますわ」

 

その熱は凄まじく滴り落ちた汗が地面に落ちるまでに蒸発するほどの物だった。そしてその熱はPTの配線などを容赦なく焼き尽くし、特殊な加工を施さなければエンジンの熱だけで機体を破壊するほどの代物だった。それがタイプMのロールアウトが大幅に遅れた理由だった、そして正直な事を言うとレフィーナ達が来た段階で実はタイプMを引き渡すことは可能だった。だがリンの命令で引き渡すのを断念したのだ。それはエンジンをフルドライブさせた時に発生する熱によってパイロットが大火傷をする可能性が高く、マグマ原子炉の熱に耐えれるパイロットスーツが無ければ出撃する前にパイロットを死亡させる可能性が高かったからだ。だからリンは目処が立っていないとレフィーナ達に言ったのだ、だってそうだろう? 起動させるだけでその熱でパイロットを焼き殺すかもしれない。そんな機体を責任者として引き渡すことは出来ないと考えるのは当然の事だった。

 

「リョウト、予備に搭載していたT-LINKセンサーをONにする。これである程度は熱のコントロールは出来るはずだ」

 

『はい、判りました』

 

T-LINKセンサーがONにされると、軽い頭痛がリョウトを襲ったが、それ自体は大したことは無かった。問題は耐熱スーツを着ていても肌を焼く熱の方だった。

 

『うっくう……』

 

「今更泣き言は聞きませんわよ」

 

『だ、大丈夫です。エンジンのロックの解除作業を続けてください』

 

今ここでタイプMが動かなければリオ達が危ない、そう思えばこの程度の熱なんてなんて事はない、滴る汗が目の前で蒸発するのを見ながらリョウトは強く操縦桿を握り締め、歯を食いしばった。

 

「エンジンの安定度は?」

 

「……現段階で20%このまま出せば的にしかなりませんわ」

 

「そうか、やはり休止状態だったからな」

 

反マグマ原子炉は熱を蓄えることでその出力を上げていく、その性質は理論上はフルパワーで稼動させる事が出来ればトロニウムを越える出力を得る事が出来ると考えられていた。だがそれはあくまで理論上の話だ、フルドライブさせればその熱でパイロットは間違いなく死ぬ、エンジンの余波だけで3人ものテストパイロットを病院送りにした事を考えればヒュッケバイン・MK-Ⅲ・タイプMはフルパワーを出す事は不可能と言うのがマリオン達の出した結論だった。

 

「このまま出すわけには……ッ」

 

「なんだ!? 急にエンジンの出力が!?」

 

急にタイプMの現状をモニターしているグラフが一気に跳ね上がった。レッドゾーンからイエロー、グリーン、ブルーとその出力を上げていき、マリオン達が操作していないのにタイプMの出力はフルパワーに近い状態になっていた。

 

「リョウト! リョウト! 大丈夫か!?」

 

「聞こえていたら返事をしなさい!」

 

耐熱スーツは用意していたが、この熱に耐えれる訳が無い。マリオンとカークがリョウトに呼びかけた時、ゾッとするような底冷えする声が格納庫に響いた。

 

『……い』

 

「リョウト?」

 

『ゆる……い、許さない……ッ! あいつらを僕は許さないッ!!!』

 

レデイバードにも朱王鬼と玄王鬼の言葉は届いていた。人間を生き物とすら見ていないその言動はリョウトの逆鱗に触れた、そしてリョウトの怒りに呼応するように反マグマ原子炉はその出力を上げていた。

 

『ラドム博士、ハミル博士、気密室へッ! 出撃します!』

 

「だ、大丈夫なのか!?」

 

『大丈夫です! 時間が無いから早くッ!!』

 

リョウトらしからぬ怒声にマリオンとカークは気密室へと退避する、その直後凄まじい振動がレデイバードを襲い、外から百鬼獣の悲鳴が木霊した。

 

「リョウトの怒りに呼応したとでも言うのか?」

 

「判りませんが……今のタイプMならば、この不利な状況を引っくり返せるかもしれないですわね」

 

蒸気を放ち、真紅の装甲を紅く輝かせるヒュッケバイン・MK-Ⅲを見て、今のタイプMならばと勝てるかもしれない――カークもマリオンもそう感じていた。

 

「許さないぞ……お前達を僕は許さないッ!!!」

 

アラドが大事に思っているゼオラを傷つけた朱王鬼も、人間は死んで自分達を楽しませろと言った玄王鬼も、おぞましく邪悪な存在だった。

 

『許さないからなんじゃ? 人間如きがッ!』

 

『りょ、リョウト君!?』

 

『おい、嘘だろッ!?』

 

玄王鬼がその前足を振り上げヒュッケバイン・MKーⅢ・タイプMに向かって振り下ろした。動く事も無く押し潰されたヒュッケバイン・MKーⅢ・タイプMを見てリオ達が悲鳴をあげた。

 

『ほっほっ、人間は死ね、それが「ふざけるなッ!! お前に何の権利があって人を殺すんだッ!」ほっ!?』

 

玄王鬼の足をヒュッケバイン・MKーⅢ・タイプMが持ち上げ、背部のブースターで徐々に徐々に玄王鬼の巨体を持ち上げるヒュッケバイン・MKーⅢ・タイプM。それは50m近い玄王鬼を20mあるかないかのPTが持ち上げるという信じられない姿だった。

 

『ば、馬鹿な!? 人間の機体が何故ここまでの力をッ!?』

 

「人間を! 僕達を舐めるなあッ!!!」

 

リョウトの怒りの咆哮に呼応するように唸り声を上げる反マグマ原子炉、そしてモニターに浮かぶ「T-LINKシステム」の文字は何時の間にか「ウラヌスシステム」へと変わっていた。

 

「うおおおおおおおおーーーーッ!!!!」

 

『ギャアアッ!?』

 

獣染みたリョウトの雄叫びと共に玄王鬼は引っくり返され、真紅に燃えるビームソードに一閃されその装甲を融解させ、苦悶の声を上げながら玄王鬼はその場にのた打ち回る。

 

『玄ッ!?』

 

「ターゲットロック! いけえッ!!!」

 

相棒がPTに手傷を負わされた事に驚愕し、動きを止めた朱王鬼にヒュッケバイン・MKーⅢ・タイプMがその手にしたグラビトンライフルの銃口を向け引き金を引いた。紅く燃える重力波が朱王鬼の胴体を貫き、朱王鬼もまた苦悶の声をあげながら墜落する。

 

「この出力なら……リオッ!! ガンナーとドッキングするッ! コントロールをこっちに!!」

 

『そ、そんな無理よ!? タイプMはガンナーとドッキングは出来ないって』

 

リョウトの声にリオは無理だと言った。ガンナーはタイプLに合わせて調整されている。それをタイプMでやるなんて不可能だとリョウトをとめようとしたが、リョウトは普段とは違う荒々しい声で怒鳴り声を上げた。

 

「プログラムは今組み上げた! タイプMとだってガンナーはドッキング出来るッ!!」

 

『で、でも仮にそうだったとしてもぶっつけ本番なんてッ』

 

「良いから僕の言う通りにするんだッ!!!!  コントロールを僕に寄越せッ!!!」

 

余りに荒々しい声、そしてリョウトらしからぬ口調にリオは困惑した。だが、このままでは自分達が死ぬことも判っていた。

 

『リョ、リョウ……ッ!? わ、判ったわ! ガンナー、ドッキングモードにッ!!』

 

「そうだ、それで良いッ!!」

 

赤い燐光を撒き散らしながら飛び上がったヒュッケバイン・MKーⅢ・タイプMがAMガンナーの上に飛び乗る。

 

『ドッキング、コネクト完了!』

 

「行くぞッ! リオッ!!」

 

「判ったわ、リョウト君ッ!!」

 

ヒュッケバインガンナーが急旋回し、朱王鬼と玄王鬼の2体をその照準に合わせた。

 

「フルインパクトキャノン……いっけええッ!!!!!」

 

雄叫びと共に放たれた紅い4門の重力砲――それが朱王鬼と玄王鬼を飲み込み凄まじい爆発を起した。

 

『やったの?』

 

『すげえ……なんてパワーだ』

 

『ラーダ、アラド! 今の内に輸送機を『どこに行こうって言うのさ、まだ終わってなんかいないよ』なっ!?』

 

あの威力ならば朱王鬼と玄王鬼を倒す事が出来た、そう判断し今の内に離脱しようとしたリン達だったが、爆煙の中から姿を現した巨大な特機にその道を遮られた。

 

『やはりか……ッ!』

 

『そう簡単には終わらないということだな……』

 

天を突く朱王鬼と玄王鬼が合体した巨大百鬼獣――新たな絶望の壁がリン達に立ち塞がるのだった……。

 

 

 

真紅の重力砲――フルインパクトキャノンに焼かれた装甲が巻き戻しのように再生する中で朱王鬼と玄王鬼は小さく溜め息を吐いていた。人間と侮っていたのは事実だが、フルインパクトキャノンの威力には流石の2人も危うい物を感じていたのだ。

 

「あまり侮りすぎてはいけないって事を忘れていたね」

 

『うむ、正しく窮鼠猫を噛むと言う所じゃな』

 

フルインパクトキャノンは分離状態のままでは耐えれる物ではなかった。そう判断し、命中する前に合神したが、そうでなければ撃墜されないにしても致命傷を受けて撤退に追い込まれていただろう。

 

「玄王鬼が居て助かったよ。これが龍王鬼達と同じタイプなら死んでいたかもしれないね」

 

『大帝様の設計じゃからな、あやつらの物とは出来が違うわい』

 

龍王鬼と虎王鬼が龍虎王をモチーフにしたレプリカならば、朱王鬼と玄王鬼はブライがその手自らで設計した最新鋭の百鬼獣になる。

 

その理由としては龍虎王に負けた雀武王をモチーフにする事をブライが嫌った事と、アーチボルドからのさほど強い超機人ではないと言う発言によるものだった。

 

【グルルルルッ】

 

「ああ、判っているさ、大丈夫だ。朱玄皇鬼、君の怒りは最もさ、油断した僕達を許しておくれ」

 

朱王鬼と玄王鬼は機体のサイズは倍以上異なる。それなのに合体出来る理由としては、玄王鬼の甲羅の中身にあった。玄王鬼の甲羅の中には朱玄皇鬼、玄朱皇鬼となる際にそれぞれ胴体、脚部、腕部となるように複数のパーツが収納されており、合体時には甲羅が分割されバリアを展開しながら合体出来るようになっている事。そして甲羅の中に主要パーツが既に合体形態で収納されており、龍王鬼と虎王鬼のように両方が変形しながら合体するという必要が無く、胴体・脚部・武装に変形した玄王鬼に頭部・腕部に変形した朱王鬼が合体するだけと龍虎皇鬼よりも合体のプロセスが短く、そして合体時の隙も少ない。

 

『じゃが、朱。油断するなよ、あの紅いの特別製じゃ。油断すれば再び地面に伏すのはワシらじゃ』

 

「僕もそう思う、ここで確保しておこうか」

 

PTに損傷を負わされた。その事に強い怒りを抱くと同時に、何故PTが自分達に一瞬とは言え不味いと思わせたのか、それを知るためにその巨躯を使いヒュッケバイン・ガンナーを捕えようとした瞬間。凄まじい殺気を感じて、伸ばしかけた腕を上に向けた。

 

『ダブルトマホォォオオオクッ!!!!!』

 

「ぐっ!?」

 

翡翠色の流星から姿を現したゲッターD2の振るったダブルトマホークによる一撃で腕の盾に深い切り傷が刻まれた。

 

『こっからはオイラも相手をしてやるよ。百鬼帝国』

 

朱玄皇鬼よりも巨大な真紅の特機――ゲッターD2の乱入によって月面での戦いはより激しさを増していくのだった……。

 

 

 

第56話 四邪の鬼人 その4へ続く

 

 




オリジナルのヒュッケバインの追加です。マグマ原子炉で稼動するやばい奴、パイロットの回避を下げる代わりに攻撃力UPとかのスキルとか付いている筈です。次回はゲッターD2も加わった朱玄皇鬼とのバトルを書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

視点が変わる時にそのキャラの視点と言う事を表記するべきか

  • サイドまたは視点は必要
  • 今のままで良い

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