進化の光 フラスコの世界へ   作:混沌の魔法使い

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第76話 黒き暴風と鬼神 その3

第76話 黒き暴風と鬼神 その3

 

テスラ研からの脱出を試みる戦いはインスペクターのヴィガジ、そしてその搭乗機のガルガウ。かつてのコウキの半身――鉄甲鬼を初めとした百鬼帝国の刺客も現れ、その戦いはますます激化していっていた。そしてその光景はフィリオとジョナサンにある決意をさせるのには十分な光景だった。

 

「フィリオ、リシュウ先生。今の内にレディバードへ」

 

「カザハラ博士、リシュウ先生。今の内にレディバードに行ってください」

 

互いに考える事は同じ、フィリオはジョナサンとリシュウに逃げてもらえればと考え、ジョナサンはリシュウとフィリオに逃げて貰えればと考えていた。互いに一瞬呆然とした顔をしたが、すぐに互いに逃げるように口にする。今のこの混乱がジョナサン達が逃げることが可能な最初で最後のチャンスだった。

 

「テスラ研の貴重なデータを全て異星人に渡す訳には行かない。私が何とかするからフィリオとリシュウ先生は今の内に逃げるべきだ」

 

「いえ、それならカザハラ博士とリシュウ先生が逃げるべきです。カザハラ博士はこれからもっと必要になる、ここは僕が残ります」

 

師としてフィリオを逃がしたいジョナサンと、弟子として、そしてかつて裏切ってしまったという後悔からジョナサンに逃げるべきだというフィリオ。互いに石頭が故にその意見は決して変わらない、だがここにいるリシュウの手を叩く音が2人の口論を止めさせる。

 

「お主らどちらか1人でダブルGを仕上げれるというのか? あれを完成させることが出来なければ残る意味はないのだぞ?」

 

テスラ研に送られて来たビアンの最高傑作――ゲッター線で稼動する究極のスーパーロボット。それを仕上げるにはジョナサン1人でも、そしてフィリオ1人でも無理だ。それに隠し通すにも、1人では相手を欺き続けるのは不可能。自分と極めて近いレベルの技術者がいる……そうでなければ地球を遥かに越える技術を持つインスペクターを欺き続けるのは不可能だと……。

 

「それは」

 

「できません」

 

「じゃろう。互いにお互いの事を案じているのは判る。しかしだ……己のやるべき事を見失うな」

 

リシュウの言葉で2人の腹は決まった。それはきっと自分達を逃がそうとしているスレイとクスハ、そしてレディバードの中で待っているツグミの思いを裏切る事になる。それでも自分のやるべきことを見出した以上……その考えを変える事は出来なかった。

 

「敵の増援の気配はない、今の内じゃ」

 

リシュウに促されそれぞれ自分がメッセージを伝える相手に通信を繋げるフィリオとジョナサン。

 

「大丈夫かい? レーツェル?」

 

『問題ないと言いたい所だが、実際の所そこまでの余裕はないな。長話になるのならばこの危機を乗り越えてからにしよう』

 

「いや、今じゃないと駄目なんだ。レーツェル、僕の妹を……スレイをクロガネで預かってはくれまいか?」

 

ガルガウの爪とゲッター2・トロンベのドリルがぶつかりあい凄まじい火花を散らす中。フィリオはしっかりとした口調でレーツェルにそう頼んだ。

 

『……彼女は優秀なパイロットだ。それこそユーリアが認めるほどに』

 

「そうだね。トロイエ隊に誘われたほどの腕前は僕も知っている。だけど、それでは駄目なんだよ」

 

今のスレイは慢心し、己を鍛える事を止めている。それがフィリオがスレイをアステリオンのパイロットに相応しくないと感じた理由の1つである、慢心し、フィリオの夢だけを叶える。それだけで生きている今のスレイには星の海を飛ぶ事は出来ない。前を見ない瞳には星の大海を行くことは出来ないのだ。

 

「頼むよ。君にしか預けれないんだ」

 

『……判った。君の妹は私が責任を持って預かろう』

 

レーツェル――いやエルザムがクロガネと行動を共にしているのはフィリオだって知っている。連邦、ノイエDC、百鬼帝国、インスペクター……全ての陣営に追われるクロガネは極めて危険だ。だがその危険の中で、自分よりも腕の良いパイロットの中でも揉まれる事でスレイは更なる成長を遂げる――フィリオはそう信じていた。

 

『すまないが、私も余裕が無い。スレイの説得はフィリオ、君の仕事だ』

 

「判ってるよ。友よ……幸運を、武勲を祈る。君は負けないと信じているよ」

 

『当然だッ!!』

 

勇ましく吼えガルガウを翻弄し、ドリルを振るうゲッター2・トロンベを見て確信する。確かにここでレーツェル達は逃げる、だがそれは敗北ではない。勝つ為の、次は負けない為の逃走だ。そして自分達の仕事はビアンに託された刃を、万全にし再び戻って来た時にその刃を託す事にある。フィリオはそう確信し、カリオンの通信コードを入力する。ジャミングなどで通信が繋がるまでに僅かな時間がある、その間にジョナサンとツグミの会話がフィリオの耳にはいる。

 

「ツグミ君、今の内に輸送機を発進させるんだ。我々が脱出の為の支援を行う、それを利用するんだ」

 

『え……ッ!? でもそれではカザハラ所長や、少佐は……』

 

「我々はここに残る。所員達の事もある。我々だけ逃げる訳にはいかんさ。それに……反撃の為の剣を磨く者は既に輸送機に乗っている」

 

テスラ研が襲われる可能性――そして運びだせる物、それらを万全に出来る者をジョナサン達は選んでいた。残る者はテスラ研を制圧するであろうインスペクター達を相手に口八丁、手八丁で騙し通す事ができるであろう狸が残っている。

 

「そうじゃ。連中の目的がこの研究所のデータと成果物なら、ワシらの命まで取りはすまい」

 

「だから行くんだ。僕達の夢の翼と共に、今は逃げるんだ。ツグミ」

 

『で、でもッ!』

 

殺されないであろうと言う考えは余りにも楽観的だ。異星人と自分達の考えが似ている訳が無いとツグミは渋る、それを説得しようとした時最悪のタイミングでスレイと管制室の通信が繋がった。

 

『兄様! 一緒に逃げましょうッ!  データよりも兄様の命の方が……ッ!』

 

悲壮感を出すスレイの声にフィリオは顔を歪め、ジョナサンとリシュウの2人に目配せする。

 

「ツグミ君、後の事は私達に任せて離陸準備だ。良いか、ここで全員が囚われては意味が無いんだ」

 

ツグミの説得をジョナサンとリシュウに頼み、フィリオはスレイの説得に意識を向ける。混乱は徐々に収まろうとしている、そして敵の数は増え続けている。ゲッター2・トロンベの登場によって生まれた混乱――それが収まれば全員囚われる。その最悪の結果を防ぐ為にフィリオはゆっくりと口を開くのだった……。

 

 

 

カリオンのコックピットに響いていた管制室でのやり取りを聞いて、スレイは唇の端から血が溢れるほどに強く歯を噛み締めた。

 

(弱いから……私が弱いからだ)

 

フィリオもリシュウも、ジョナサンも自分達を生かす為にこの場に残る決意をしている。そしてコウキは自分達を庇い、そして搭乗機と共に死んだ。惨めだった、プロジェクトTDのNO.1――そんな肩書きが実際の戦場で何の役にもたたない事をスレイは知った。

 

『スレイ……テスラ研には多くの科学者達の英知が刻み込まれている。それを失う事だけは何としても避けなければならないんだよ』

 

その声を聞いてスレイは手が震えた。もう自分の兄が覚悟を決めていることを悟ってしまったから……何を言っても駄目だと悟ってしまった。1番近くでフィリオを見て来たのだ、その声を聞けばフィリオの考えがスレイには手に取るように判った。

 

「お、お兄ちゃ……」

 

『スレイ、良く聞くんだ。君は僕の自慢の妹だ、誰よりもスレイの努力も僕の期待に答えようとしてくれていることも判っている。僕は憎くて、アルテリオンのパイロットにアイビスを選んだじゃない』

 

かつてのお兄ちゃんと言う呼び方をしようとしたスレイの言葉を遮るようにフィリオは言葉を続ける。

 

『今のスレイには競い合うライバルがいない、競い合う事、腕を高めあう事を以前のスレイは楽しんでいた筈だ』

 

「そ、それは……でもッ! それはプロジェクトTDには必要の無いことです!」

 

コロニーにいた時はユーリアやレオナとその腕を競い合うように訓練を積み、その技能を高めてきた。それが今のスレイのバックボーンであり、彼女を支えている大きな要素だった。しかしそれはプロジェクトTDの星の海を飛ぶと言う理念にとって必要な物ではない……スレイはそう感じて、トロイエ隊に誘われるほどのAMなどの操縦技術、天才的な戦闘技術を腐らせている事をフィリオは知っていた。

 

『争う事を楽しめと言っているんじゃない。だけど戦わなければ夢は叶わないんだ、だから僕はスレイ、君に酷な事を言う。今は逃げるんだ、僕は死なない。絶対に何をしても生き延びる、だからスレイはもっと力をつけるんだ。そして迎えに来てくれ、アイビスと、ツグミ、そしてスレイの3人で僕が託した星の翼を、夢を叶える為の翼と共にそして4人で飛ぶんだ。星の海をッ!』

 

そしてまだ兄は諦めていない、ここで犠牲になんかなろうとしていない。

 

「わ、判りました。か、必ず……必ず、私は迎えに来ます。それまで待っていてください」

 

『待っているよスレイ。大丈夫、君は僕の自慢の妹だ。大丈夫って信じてる、さ、行くんだ。スレイ』

 

飛び立つレディバードとアイビスのカリオンを見て、名残惜しいがスレイはカリオンを反転させ、レディバードの先導をしているカリオンの隣に自身のカリオンを並ばせる。

 

『す、スレイ……あ、あたし』

 

「泣くな、泣くなアイビスッ!」

 

繋げられた通信から響くアイビスの嗚咽交じりの声にスレイもまた嗚咽交じりの声で怒鳴り返す。

 

「わ、私達は戻る。戻ってくるッ! 今はレディバードを守りながらこの包囲網を抜ける事だッ! 泣いている暇はないッ!!」

 

『ぐっ……うう……くう……判ってるッ!!!』

 

Gホーク、2機のカリオン、そしてガーリオン・レグルス・カスタム。4体で抜けるには余りにも厳しい包囲網、無数の無人機と4機の百鬼獣――それを突破して逃げるには、再びテスラ研を取り戻す為には、どれほど悔しくても、悲しくても生き延びなければならない。

 

『スレイさん、アイビスさん』

 

『悪いが、私には気の聞いた事など言えん。だがその悔しさを忘れるな、生き延びると誓え。それが生きる力になる、だから今は泣くな』

 

ガーリオン・レグルス・カスタムから響く無遠慮なバンの言葉の言葉が今のスレイ達には必要な言葉だった。

 

『どうするんですか、この包囲網を抜ける考えはあるんですか?』

 

『今、脱出経路を送信する』

 

この場にいる全員の機体に送られた脱出経路はコウキのゲシュペンスト・MK-Ⅲ・Oカスタムを大破させた鉄甲鬼が待ち構える方角だった。

 

『指揮官機に突っ込むって言うんですかッ!?』

 

『そうだ、レーツェルがインスペクターを抑えている。確かに無人機は多く、危険だが……我々にはあの方角しかない。私があの百鬼獣を押さえる。お前達はレディバードを護衛しながら包囲網を抜けることだけ考えろッ! 行くぞッ!!!』

 

先陣を切って切り込んでいくガーリオン・レグルス・カスタム。その後を追ってスレイ達も動き出し、その反応を感知した鉄甲鬼が無数の無人機を従えてゆっくりと動き出すのだった。

 

 

 

 

数えるのも馬鹿らしくなるほどのガルガウとゲッター2・トロンベのぶつかり合いは徐々にガルガウに軍配が上がり始めていた。

 

『どうした? 先ほどまでの威勢はどこにいったのだ? それとも虚勢を張るのも疲れたか?』

 

「悪いな、これは余裕と言うのだよッ!!」

 

グラビトンキャノンを乱射し、ガルガウの動きを封じてガルガウの懐から何とか離脱するゲッター2・トロンベ……だが着地しきれず、横滑りし、膝をついて着地したその姿と同じくジャガー号のコックピットシートから転がり落ちたのレーツェルの口元からは血が滴り落ちていた。

 

「これがフルパワーか、想像以上だな」

 

今までは慣らし程度の出力で稼動していたが、ガルガウ相手ではそんな手加減をして戦えるわけが無く最初からリミッターを解除していた。短時間ならば、レーツェルにも耐えれる。だが、ここまで長期戦になっては身体の方が限界を訴え始めていた。

 

『弱い、弱すぎる。こんなものをゲッターロボとは言わん』

 

「まだまだ私の力の底等見せてはいないぞッ!!」

 

地面を蹴り加速したゲッター2・トロンベのドリルアームがガルガウの頭部に向かって突き出されるが、それはガルガウの手によって防がれた。

 

「なっ!?」

 

『言った筈だ。弱いとなッ!!!』

 

ドリルアームの回転を強引に止められ、そのまま背負い投げのような形で投げ飛ばされる。態勢を立て直す事もできず叩きつけられ、凄まじい衝撃がレーツェルを襲った。

 

「がはっ!?」

 

ベルトによって衝撃はある程度緩和されたが、それでも血を吐くほどのダメージがレーツェルを襲っていた。それでも意識を失わず、態勢を立て直しゲッターアームが変形したグラビトンキャノンを撃ち込む。だがガルガウはアイアンクローを盾にし、凄まじい勢いでゲッター2・トロンベに向かって走り出す。

 

「くっ!」

 

『遅いッ!!!』

 

何とか引き離そうとした瞬間。ガルガウが反転し、そのままの勢いで振るわれた尾がベアー号を捉え、ゲッター2・トロンベを大きく弾き飛ばす。

 

『早いだけで俺を翻弄出来ると思うなよ』

 

最初はスピードで翻弄出来ていた。だがそれはヴィガジが動揺していたと言うのもある、しかし何よりもガルガウがゲッター2・トロンベの速度に対応出来ていなかったというのがある。しかし高性能電子頭脳がその速度を覚えれば、ヴィガジの反応速度がレーツェルに劣っていても、ガルガウのほうでアジャストしてくれる。それによってほんの僅かな差だが、ゲッター2・トロンベをガルガウが上回っていた。

 

(同じ単独操縦でも、ここまで差が出るかッ!)

 

最早ゴーグルをつけている余裕など無く、ゴーグルを投げ捨てグローブの甲で口元の血を拭ってガルガウを睨みつける。それと同時に、武蔵との埋められない腕の差を改めて感じさせられていた。同じゲッターロボでもこれだけの性能の差が出るのは単純に腕の差だ、新西暦ではエースと呼ばれていても、ゲッターロボに関してはルーキーの域を出ていないレーツェルではゲッターロボのパワーを存分にいかしきれていなかった。

 

「だが、それは言い訳にはならない」

 

テスラ研を助けに来たのに、それなのにこんな無様な姿など見せ続けれる訳が無い。覚悟を決めたレーツェルはコンソールを操作し、操縦桿を強く握り締めた。

 

「見せてやる本当のゲッターロボの力をなッ! 行くぞゲッターロボ……いや、トロンベよッ! 私に力をッ!!!」

 

ゲッター2・トロンベのカメラアイが光り輝き、地面に踏み込んだ痕を残しその姿を消した。

 

『なっ!? ぐうッ!!!』

 

黒い影がガルガウを殴りつけ、地面を抉りながら着地し再びその姿を消す。

 

『なんだ、なんだこの速度はッ!? がはあッ!?』

 

ガルガウを上下左右から襲う衝撃にヴィガジは完全に混乱し、ゲッター2・トロンベに完全に翻弄されていた。

 

「ぐぷ……ッ」

 

しかしレーツェルもまた強すぎる力の代償を払っていた。レーツェルが行なったのはパイロットの安全を確保する為のテスラドライブの解除――新西暦の人間では耐え切れないゲッターロボの劣悪な操縦性、そしてテスラドライブはゲッターロボからすれば異物、その異物が取り除かれた事でゲッター2・トロンベは本来の力を発揮していた。それはリミッターありのフルパワーを越える負担をレーツェルに与え、全身に走る激痛に耐えながらレーツェルは必死にゲッター2・トロンベを操る。

 

「ま、まだまだぁ……ッ! ぐうううっ!?」

 

再び加速状態に入るゲッター2・トロンベ、レーダーもそして視覚も完全に誤認させるゲッタービジョン。そのからくりは実に単純明確、圧倒的な速度に寄る残像――それを齎す為に生まれるGに意識を飛ばされないように強く歯を噛み締め、ガルガウの武器である爪と口内の火炎放射装置それを破壊するために、レーツェルは己の身体を痛めつけながら必死にゲッター2・トロンベを操る。

 

(あと15秒……これを決して無駄にはしないッ!)

 

テスラドライブの解除から、再起動までは自動的に30秒で行なわれるようにビアンによって設定されていた。与えられた30秒を無駄にしない為に、この一撃でガルガウを行動不能に追い込むと決意し、自身に襲い掛かるであろうノックバックを無視してガルガウに突撃しようとしたその時だった……凄まじい怒号がテスラ研に響いたのは……。

 

『俺をッ! このコウキ・クロガネを……ッ! いやッ! 百鬼衆の鉄甲鬼様を舐めるなぁッ!! このガラクタ共がぁぁあああああああ―――ッ!!!!!』

 

その場にいる全員を支配する圧倒的な存在感と心臓の悪いものならば、その瞬間に即死しかねない凄まじい怒気と殺気を放つ特機から響くコウキ……いや、鉄甲鬼の怒号と共に地下からリフトアップされた特機のカメラアイが禍々しい真紅に光り輝く光景と、その怒号にレーツェルでさえもその動きを止めてしまうのだった……。

 

 

 

コウキ・クロガネ――いや鉄甲鬼と言う男は鬼の凶暴性と殺戮本能、そして闘争本能をその英知で押さえ込む事が出来る精神力を持った稀有な鬼であった。言うならば獣の獣性と人の知性――それを併せ持つ並の鬼を遥かに凌駕する精神力を持つ男だった。テスラ研はコウキが10年近く過ごし、様々な出会いや別れを繰り返した場所だ。百鬼帝国のように互いの足の引っ張り合いをするような事はなく、互いに協力し合い。そして1つの目的の為に進んでいく――それはコウキにとって非常に心地よい居場所だった。それが呆気なく壊された、己の欲望の為に破壊され、踏み躙られる光景を見て長年押さえ込み続けていた鬼としての闘争本能をコウキは解放した。

 

「まだ完全に調整は済んでいないが……いけるな? 轟破・鉄甲鬼」

 

百鬼の名前は捨てても、鉄甲鬼……かつての己の名前は捨て切れなかった。名付けられた新たな名は轟破――降りかかる災厄を退け、己の道を妨げる物を、自分が守りたい者を傷つける敵を破壊し、己の存在をこの世界に轟かせる。それゆえに「轟破」とコウキは名付け、まだ完全な調整を済まされていない筈の轟破・鉄甲鬼はその目を輝かせる。コウキの心配も不安も必要ない、己はコウキの思うがままに、願うままに戦い、敵を打ち倒してみせると動力が獣のような唸り声を上げる。

 

「行くぞッ! 鉄甲鬼ッ!」

 

いま自分がやるべき事はレディバードの為の道を作る事――その為にコウキは死に掛けの己の身体に活を入れる。

 

「俺をッ! このコウキ・クロガネを……ッ! いやッ! 百鬼衆の鉄甲鬼様を舐めるなぁッ!! このガラクタ共がぁぁあああああああ―――ッ!!!!!」

 

今ここにいるのはテスラ研の警備主任のコウキ・クロガネではない。かつて百鬼帝国として、ゲッターロボGと戦い死んだ鉄甲鬼なのだと、雄叫びを上げる。最早、己の素性を隠し通すことは出来ない、そしてその結果疎まれ、憎まれたとしても自分の道を違えることはないと言う決意を込めた叫びだった。そしてその叫びは鉄甲鬼を裏切り者としてプログラミングされていた百鬼獣を誘き寄せる事に繋がった。

 

「シャアア……ギギィッ!?」

 

飛び掛ってきた姿を消すカメレオンのような百鬼獣――獣蜥鬼(じゅうしゃくき)の顔面を片手で受け止め力を込める。その激痛に獣蜥鬼は暴れるが、地面に叩きつけられた上に、追撃に踵を振り下ろされた事で頭蓋を砕かれた獣蜥鬼の手足が痙攣を繰り返し、やがて動きを止める。

 

「ガアアッ!」

 

「シャアアアーーッ!」

 

その強さを見て百鬼獣はこの場で最優先で排除するべき敵として、ブライから殺せと命じられたことに加えて、排除しなければならない敵と認識し一斉に襲い掛かる。

 

「遅い。遅すぎるぞッ!」

 

全方位からの攻撃をコウキは遅いと鼻で笑い、轟破・鉄甲鬼を百鬼獣へと走らせる。拳から伸びたブレードが白骨鬼の首を跳ねる。頭部を失った事で脱力した白骨鬼が膝をつき、突進してきた勢いのまま倒れこんでくるのを前蹴りで蹴り飛ばす。

 

「お粗末な奇襲だ。その程度で俺の首を取れると思っているのかぁッ!!!」

 

白骨鬼を隠れ蓑にし、襲ってきた双剣鬼の刃を受け止める。だが切れ味と強度に圧倒的な差があり、双剣鬼の刃が中ほどから両断される。鍔迫り合いになると思っていた双剣鬼がたたらを踏んだ直後、固く握り締められた轟破・鉄甲鬼の拳が胴体にめり込み、殴り飛ばされる。

 

「シャ「お前はもう死ね」ッ!?!?」

 

殴り飛ばされた事をむしろ幸いと目から破壊光線を放とうとした双剣鬼だったが、その目に轟破・鉄甲鬼の拳が叩き込まれ、電子頭脳が目から抉り出され、オイルを鮮血のように撒き散らしながら双剣鬼は倒れこみ動きを止めた。

 

「ハリケーンを食らえッ!!!!」

 

ゲシュペンスト・MK-Ⅲ・Oカスタムにも搭載されていたフレキシブルウェポンシステムが轟破・鉄甲鬼にも搭載されている、肩にマウントされた長方形のパーツが変形し、酸を混ぜ込んだ水を伴った嵐を放つ。それの直撃を受けたレストジェミラ達は見る見る間に動きを鈍くさせる。

 

「トマホークブゥゥゥメランッ!!!!」

 

両腕のアタッチメントを取り外し、斧へと変形させた物を動きが鈍くなったレストジェミラ達に投げつける。普通ならば避けきれるそれは酸を伴った暴風によって機動力を失っていたレストジェミラ、ゲシュペンスト・MK-Ⅲ、ヒュッケバイン・MK-Ⅲの胴体を薙ぎ払い粉砕する。そしてそれはそのままの勢いでレディバードの進路を塞いでいた鉄甲鬼に突き刺さり、その巨体を大きく弾き飛ばした。

 

「今だッ! 行けツグミッ!!」

 

『りょ、了解ッ! スレイ! アイビス! クスハッ! 行くわよッ!!!』

 

進路を強引に確保した事でレディバードが飛び立ち、それを追おうとする無人機と百鬼獣の前に轟破・鉄甲鬼が立ち塞がる。

 

「だから貴様らはガラクタなんだッ!! ブラスタァァアアアアキャノンッ!!!!」

 

フルパワーまでチャージしていたブラスターキャノンを無人機と百鬼獣に向かって放ち、輸送機とクスハ達の飛ぶ道を作った轟破・鉄甲鬼に真紅の影が飛びかかる。

 

「誰に断ってその姿をしている。この木偶人形がッ!!」

 

轟破・鉄甲鬼に襲い掛かったのは鉄甲鬼であり、己の半身があんな無様な姿になっている事にコウキは強い憤りを覚える。

 

「ッ!!!」

 

「うおおおッ!!」

 

鉄甲鬼の斧と轟破・鉄甲鬼の斧がぶつかり合い、凄まじい轟音を響かせ。鉄甲鬼の角から放たれた破壊光線と轟破・鉄甲鬼の額のブラスターキャノンがぶつかり合い爆発を引き起こす。

 

「ちっ……木偶と言ったが……中々強い」

 

マントで爆風を互いに防ぎ、斧を片手に間合いを計る2体の鉄甲鬼。ゲッター炉心を搭載しているがその力を100%発揮出来ていないとは言え、単騎で百鬼獣を屠った轟破・鉄甲鬼の力は本物だ。そしてそんな轟破・鉄甲鬼と互角に戦える鉄甲鬼も新西暦に出現した百鬼獣の中では間違いなく龍虎皇鬼に次ぐ力を持った百鬼獣である事は間違い無かった。

 

「喰らえッ!!」

 

「ッ!!!」

 

鏡のように2機の鉄甲鬼が左腕を突き出し、ガトリングの弾がぶつかり合い火花を散らす。

 

「はぁッ!!」

 

「シャアッ!!」

 

斧をゲッターロボのトマホークブーメランのように投げつける轟破・鉄甲鬼と鉄甲鬼――それと同時に飛びあがり、轟破・鉄甲鬼がハリケーンを鉄甲鬼に向かって放った。

 

「……ちっ……知恵が回る」

 

残骸の百鬼獣を盾にし、ハリケーンによる弱体化を防いだ鉄甲鬼は地面に突き刺さった斧を轟破・鉄甲鬼に向かって投げ付ける。

 

「ぐっ! くそ……今の俺では……倒しきれんか……」

 

熱した鉄で焼いた傷口が開きかけているコウキはこの場で鉄甲鬼を倒したかったが、今の自分の状態では轟破・鉄甲鬼を大破させる危険性があると悟った。命と引き換えにすれば鉄甲鬼を倒す事は十分に可能だった。だがコウキはそれを良しとしなかった。

 

「……俺の戦いはここが最後ではない」

 

テスラ研を、ジョナサン達を助けなくてはならない。ここで命を使い果たすわけには行かないと悔しさに歯噛みしながらも、コウキは冷静に撤退することを決断した。

 

「……少しで良い。俺に力を貸せ、ゲッター線ッ! ゲッタァアアア……ビィイイイイムッ!!!!」

 

轟破・鉄甲鬼の腹部が開かれ、そこから放たれた翡翠の輝きに鉄甲鬼はマントで咄嗟に防御姿勢に入り、鉄甲鬼以外の百鬼獣、そしてインスペクターの無人機はゲッタービームの光に飲まれ爆発炎上する。

 

「行き掛けの駄賃だ。貴様も沈めッ!!!」

 

『ぐっ! ぐあああッ!!!』

 

そしてそのまま機首を旋回し、ガルガウを背中から打ち貫いた。高濃度のゲッター線、そして大火力にヴィガジが苦悶の声を上げ、ガルガウの全身から黒い煙が上がるのを見たコウキはゲッタービームの放射を止め、レーツェルに通信を繋げる。

 

「レーツェル! 離脱するぞッ!」

 

『ああッ!』

 

傷口が開いてきて、轟破・鉄甲鬼のコックピットの足元が真紅に染まる。十分にエネルギーを蓄えていない状態で、しかもゲッタービームを使った為にオーバーヒートを起している轟破・鉄甲鬼ではこれ以上は戦えないと判断したコウキの行動は早く、煙幕弾を無数に打ち込みヴィガジ達の視界を遮り、追跡されないようにジャミングしながらその場を離脱する。

 

(この屈辱忘れんぞ、インスペクター、百鬼帝国よッ! 必ず、必ず助けに戻りますカザハラ博士)

 

自分の第二の故郷と言えるテスラ研を制圧したインスペクター、そして己の半身を穢した百鬼帝国への報復を、そしてジョナサン達を助けに戻ると誓いコウキはレーツェルと共に先に脱出したツグミ達の後を追うのだった……。

 

 

 

脱出したコウキ達を見て安堵の溜め息を吐いたジョナサンだったが、リシュウの目を見て肩を竦めた。

 

「ジョナサン。お主、コウキが百鬼帝国の関係者だと知っておったのか?」

 

百鬼衆と名乗った時にリシュウとフィリオは驚いたが、ジョナサンは驚いた素振りを見せなかった。その事を追及するリシュウにジョナサンは首を左右に振った。

 

「いえ、知りませんでした。でも彼は記憶喪失と言うには頭がよくて、それに古い研究データの解析は誰よりも早かった。だから何か訳があって記憶喪失を演じているのではと思っていたのですよ。まさか百鬼帝国の関係者とは思いませんでしたがね」

 

武蔵が旧西暦の生まれと知ってコウキもその類だと思っていたからこそ驚きは少なかったとジョナサンは苦笑いと共にそう口にした。

 

「リシュウ先生、コウキは味方です。疑っているのですか?」

 

「まさか、あれほどの男を疑うほど、ワシは耄碌しておらん。よく生きて、そして最後まで戦ってくれたと感謝したい」

 

コウキが百鬼帝国の手引きをしていたのかとリシュウが疑っていないと判り、フィリオも安堵の溜め息を吐いたが、すぐにその顔を引き締めた。

 

「これからですね」

 

「ああ、此処からが私達の戦いだ」

 

自分達の希望はテスラ研を飛び立った。後はテスラ研に隠されたダブルGを隠し通し、連邦軍かそれともビアン達がテスラ研の奪取に来るまで耐える――それがジョナサン達の戦いだった。

 

「さて…… それじゃ、インスペクターの指揮官を丁重に出迎えるとするか」

 

「しかし、あれですね。案外普通の人間ですね」

 

「ハゲじゃがな」

 

「もっと美人ならお近づきになりたいと思うんだがね、ハゲの大男じゃなあ」

 

管制室の前に立ったガルガウから降りてくるスキンヘッドの大男を見て、それぞれの感想を口にするジョナサン達、その顔に悲壮感は無く、必ず助けが来ると信じているからこそ、恐怖を隠し普段通りに振舞う事が出来ていたのだった。テスラ研は瞬く間にバイオロイドに制圧され、ヴィガジを出迎えたジョナサン達にヴィガジはテスラ研に残されている機体や兵器をリストアップするように命じた。

 

「フン……めぼしい機体は全てあの連中に持って行かれたか、残っている機体は このリストにある通りなのだろうな? ジョナサン・カザハラ」

 

自分の目で確かめた上でジョナサンにそう尋ねるヴィガジ、ジョナサンが頷くとヴィガジは疑わしいと言わんばかりの視線を向ける。

 

「ワシらを信じられぬのなら、研究所内をくまなく探すが良い」

 

「言われなくてもやっている」

 

ジョナサンを庇うように前に出たリシュウの言葉に不機嫌そうに返事を返すヴィガジ。この場にヴィガジがやって来たのはリストと己の目を使い確かめた上で、ジョナサン達が虚偽の報告をしていないかの確認に訪れたのだろう。それが判っているからジョナサン達は淡々とヴィガジの質問に答え、動揺も驚きもせず平坦に対応を続ける。

 

「我々は降伏し、君の要求にも応えている。我々の命は保証して貰えるんだろうな?」

 

「……それはお前達の態度次第だ」

 

忌まわしげに言うヴィガジの反応を見てジョナサンは確信した。武力制圧こそしているが、話し合いの余地もあれば、騙しあいも可能だ。

 

(オカルト染みた能力はないか)

 

こちらの思考を読むといったオカルト染みた特殊能力が無いと言う事が判っただけでも十分な成果だと心の中で笑い。抵抗する意図はないと言うアピールをする為に脱力し、諦めきった風を演じながらヴィガジの顔を弱々しく見上げる。

 

「判った……それで、君達は僕達に何をさせるつもりなのだ?」

 

抵抗する意図が無いと言うのはヴィガジに伝わったのか、ヴィガジは高圧的な素振りを見せ、ジョナサン達は内心単純なやつめと苦笑した。

 

「ここのデータを全てまとめ、 我々に提出しろ。そうすれば命は助けてやろう」

 

こちらの言う通りの兵器を作れ等の命令ではない事に安堵した物のヴィガジの要求はかなりの難題だった。

 

「テスラ研のデータ量は膨大でね。その作業にはかなりの時間がかかるよ? フィリオどれくらいの時間が掛かる?」

 

「そうですね……最低でも2週間は欲しい所ですね」

 

「フン……時間稼ぎなどさせんぞ」

 

2週間と聞いてヴィガジは眉を細め、ジョナサン達を睨みつけた。その視線はジョナサン達が嘘をついていると疑っている色が宿っているが、それこそがジョナサンにとって狙い通りの展開だった。

 

「なら、 君達の手でデータを持っていくがいい、ただし、ここのセキュリティ・システムは特殊でね……なんせ地球の兵器の7割を開発・

研究している所だ。私の言いたい事は判るだろう?」

 

「何が言いたい、ジョナサン・カザハラ」

 

挑発めいた口調になったが、これはジョナサンにとっても賭けだった。嘘とこちらの言葉を信じず、実力行使に出るか。それとも疑いながらもこちらの言葉に耳を傾けるかどうか、自分も生きて、そして研究所員も生き残らせる。そしてその上で2週間生き延びるにはここが運命の岐路であった。

 

「BLDコードを持たぬ者がメインPCを操作すれば消去されるようになっている。簡単に言えば……研究担当者の身に何かあれば、データが消えるって事さ」

 

いくらテスラ研と言えどそこまでのセキュリテイは用意出来ない、これをヴィガジが信じるかどうか……長い沈黙の後ヴィガジは不機嫌そうに舌を鳴らした。

 

「期限は2週間だ。期限を過ぎた場合は 所員を1日につき5人ずつ処刑する」

 

少なくとも2週間は自分達の身の安全は約束された。だがその時間は決して少なくは無いが、多くも無い。テスラ研を取り返すだけの準備を連邦軍――ハガネやヒリュウ改が準備できるか、それとも脱出したツグミ達が戻ってくるのが間に合うかと言う大きな賭けにジョナサン達は出る事となるのだった。そしてテスラ研を脱出したレディバードは1度着陸していた、だがそれは進路を決めるだけではなく、コウキに対する追及のための着陸だった

 

「コウキ……貴方は何者で、何を知っているの? 百鬼衆って何? 鉄甲鬼って何? 貴方は百鬼帝国なの?」

 

「待つんだ。タカクラチーフ。彼は重傷だ、今それを問いただすべきでは」

 

「いや、構わない。この事を知らなければツグミ達も安心出来ないだろう……俺は武蔵と、そしてラドラと同じだ。新西暦に迷い込んだ、旧西暦の亡者の1人だ」

 

そのコウキの言葉は重く、レディバードの格納庫に響き渡り、コウキを疑うような視線があちこちからコウキに向けられるのだった……

 

第77話 深き海の底から その1へ続く

 

 




次回はコウキの話とクロガネの話を書いて行こうと思います。ぶちきれて鉄甲鬼と名乗ってしまいましたから、そこを追求されるのは当然の事ですからね。その後はクロガネを襲撃する何かとグランゾンを書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

視点が変わる時にそのキャラの視点と言う事を表記するべきか

  • サイドまたは視点は必要
  • 今のままで良い

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