第147話 陰謀と再会 その3
空戦鬼のブリッジで五本鬼は爪を砕かんばかりに握り締めていた。本物のビアンの登場にクロガネの偽装の崩壊……そのどれもが途方も無い失態だ。名前持ちではなく、自分は代わりなどいくらでもいる鬼であるからこそ帝国に帰れば処刑が待っていることに恐怖し、それを何とかして避ける方法を必死に模索していた。
「何故たった数体の敵すら倒せないッ! 貴様ら真面目にやっているのかッ!!」
……いや、模索ではなく神経質に怒鳴り散らしているだけであり、空戦鬼のブリッジの雰囲気は最悪を通り越して最低に近かった。そもそも五本鬼が攻撃命令をしなければ偽装が砕ける事も無く、そして冷静に立ち回ってさえいればビアンが2人でどちらが本物かという疑惑を残す事も出来たのにそれを全て台無しにしたのは五本鬼だったのもあり、尻拭いをさせられている鬼やノイエDCの兵士にとってはとんでもない疫病神だった。
「本物のビアン・ゾルダークが前にいるのだからノイエDCの士気は最悪、ぎゃあぎゃあ喚く暇があったらもう少し別の方法を考えてはどうだ?」
「ぐっ……私に指図をするのかッ! コウメイッ!」
ブリッジに入ってきた丸眼鏡の優男という風貌だが、鋭い角を持っていることから鬼だと判る。その男に五本鬼が怒鳴り声を上げるが、コウメイは指で眼鏡のブリッジを押し上げ柔らかく笑う。
「私は大帝様のご命令で貴方のサポートに来ている。立場で言えば私の方が遥かに上、それも判らないのですか?」
コウメイと言うのは人間としての名前であり、鬼の名前を隠しているからこそ階級が判らないから五本鬼はヒステリックに怒鳴り散らしたがその言葉を聞いて血の気が引いた表情になる。
「分かれば結構。どの道この戦は負けです、クロガネの偽装が砕け、貴方がビアンを演じ切れなかった段階で既に我々の敗北は決まっています」
淡々と告げられるコウメイの言葉に五本鬼は眉を顰めるが、事実だけに何も言い返すことが出来ず。悔しそうにコウメイを睨みつける事に留まる。
「ならばこの戦は痛み分けに持っていくとしましょう。ノイエDCの兵士など補充が効く、クロガネとノイエDC。その両方に百鬼獣をぶつけ、正体不明のアンノウンによる攻撃で大統領府は壊滅。争っていた2人のビアンはどちらが本物か判らず撤退……と言う所で如何ですかな?」
「私にすべての責任を押し付ける気か」
百鬼獣を使えば百鬼帝国が表に出てしまう、その上大統領府にはまだブライがいる可能性が高いのに大統領府を潰すというのは余りにもリスクがありすぎた。そして何よりもこの場の指揮官は五本鬼であり、コウメイの策を実行に移し失敗すれば全ては五本鬼の責任になる。
「そんなことをして私に何の得があります? 同格ならまだしも、貴方は私よりも格下。名すらない三流鬼、それに対して私は大帝の秘書としてどうこうする事を許される鬼。さてさて、ゴミを失脚させる事に私に何の得があると言うのです?」
笑顔で毒を吐かれるが、全てが事実であり五本鬼は悔しそうに呻く事しか出来ない。
「……どうすれば良い?」
悪魔の囁きという事は五本鬼にも判っていた。だが自分にはこの場を上手く切り抜けるアイデアなどなく、ただ撤退すれば己の無能さを明らかにするだけであり、どの道成果もなくブライの期待にも答えられず。ビアンを演じる切る事も出来ず、ビアンの近辺さえ調べていなかったことで簡単な問いかけにすら答える事が出来なかった。
(私にはもう道が無い)
そして死人に口なしと黙らせようとすればビアン達は想定以上に善戦しており、ノイエDCの機体だけで抑える事も出来ない有様だ。
では自分で考えて突破口を見出せるかと言えばそれも無理だ。結局の所五本鬼に出来たのは悔しさと屈辱に顔を歪めながらコウメイに頭を下げ、その知恵を借り受ける事だった。
「結構。では始めましょうか、百鬼獣を2機ずつ、計4機ほど出撃させビアン達とノイエDCの両方に攻撃を仕掛けさせるとしましょう。
人間の駒などすぐに補充が利きますから細かい指示はいりませんよ」
「……分かった」
自分の指示を聞いて動き出す五本鬼を見つめ、コウメイは鋭い犬歯を剥き出しにして笑う。それは何もかも自分の計画通りに進んでいると言わんばかりの勝利を確信した笑みなのだった……。
大統領府の上を旋回したカリオン・改のコックピットの中でスレイは戦況が変わり始めたのを敏感に感じ取った。
「なんだ、この嫌な感じは……」
空気が変わったとでも言うべきなのか、言葉に出来ない強烈な悪寒を感じていた。それは例えるのならば肉食獣のいる檻の中に閉じ込められたような感覚とでも言うべき物だった。そしてスレイはすぐに自分の感じた悪寒が正しい物であると言う事を悟った。
『う、うわああああ――ッ!!』
『た、助け! い、嫌だ! し、死にたく……うわあああああ――ッ!!』
【キシャアアアアアーッ!!!】
どこかから出現した4体の百鬼獣――その攻撃によって脱出する事も許されずノイエDCのガーリオンやアーマリオンが火柱を上げて墜落する。
『くっ、フォーメーションを組みなおせ! 押し込まれるぞッ!!』
ゲッターロボVからビアンの一喝が飛びクロガネの戦力は即座に陣形を組みなおすが、それでも反応しきれなかった何体かのヴァルキリオンが被弾し黒煙を上げる。
「ちいっ!!」
その光景を見たスレイは舌打ちと共にカリオン・改を急降下させると同時にプレアデスを射出し、百鬼獣の間で炸裂させる。
『良い判断だ。スレイッ!! チェーンナックルッ!!!』
ネオゲッター1の左拳が射出され、ノイエDCのガーリオンに爪を振るおうとしていた牛角鬼の腕に巻きついた。
『何をしている! 早く離脱しろッ! 死にたいのかッ!』
『は、はいッ! あ、ありがとうございますッ!!!』
若いパイロットだったのだろう。間違いなく死ぬというタイミングで助けられた事で涙声で感謝の言葉を告げ、牛角鬼の射程から逃れる。
『不味いな……この展開は想定外だ』
『確かに……どうしますか、ビアン総帥。我々だけならば離脱出来ますが……』
クロガネ、ノイエDCをお構いなしで攻撃する百鬼獣。その数は4体と決して多くは無いが、ビアン達の戦力も決して潤沢ではない。
その上百鬼獣は目撃者を全て殺すと言わんばかりに大統領府への攻撃も行っている……しかもその内連邦軍も現れる可能性を考えれば早いうちに離脱する必要性がある。それにノイエDCもクロガネへの攻撃を行っている事を考えればブライアン大統領を確保した段階で最も正しい選択はこの場から逃走する事だ。
(この場は離脱しかないか……)
ビアンを本物だと付き従っているノイエDCの兵士もいるが、今回の事でノイエDCへの不信感は確実に芽生えた。何人生き残るかは判らないが……数人は生き延びる筈だとスレイは算段を立てる。だがビアンの返答は予想外の物だった……。
『ゲッターVのバリアで大統領府とノイエDCの機体を守りながら離脱する』
「び、ビアン博士。正気ですか!?」
その言葉に思わずスレイはゲッターVへ通信を繋げてそう叫んでいた。確かにゲッターVはゲッター炉心で稼動しているのでスペースノア級に匹敵するエネルギー総量を持つが大統領府、そしてノイエDCの機体にまでバリアを展開すればそのエネルギーは恐ろしい速度で消耗する事になる。そして攻撃を受ければそれは更に加速し、ゲッターVのエネルギーが枯渇するのは目に見えていた。
『正気だ。私の偽物がいると知る者は可能な限り生き残らせなければならない。案ずる事はないバリアを展開すれば百鬼獣の攻撃は我々に集中する事になるが、飛行型の百鬼獣はいないから我々には追いつけない。進路を塞いでいる百鬼獣を突破し、この空域から離脱するッ!』
確かにビアンの言う事も判るが、余りにも無謀すぎるとスレイは顔を青褪めさせる。
『心配するな、この程度L5戦役と比べれば何ということはない。ネオゲッター1で先陣を切る! 各員は敵機への攻撃よりもこの空域を突破するに専念しろッ! 続けッ!!』
百鬼獣に向かって突撃するネオゲッター1。そしてノイエDCと大統領府を守るように展開されたゲッター線バリアの翡翠の輝きとゆっくりと前進を始めるクロガネ……悩んでいる時間も迷っている時間もないとスレイは悟りカリオン・改のペダルを踏みしめ、操縦桿を握り締める。
(こんな所で臆している時間は私にはないんだ)
確かに絶望的で勝ち目が無い作戦と言っても過言ではない。だがテスラ研奪還作戦も条件でいえばこの大統領府を守りながらの離脱と大差が無いとスレイは考え、テスラ研奪還作戦の前哨戦と思えばいいと鋭い視線で百鬼獣を睨みつけるのだった……。
ビアンがノイエDCの兵士と大統領府を守りながらこの場を離脱すると言ったのはビアンが2人いると言う目撃者を守る為というだけではない、もう1つの理由があったのだ。
(大統領府を破壊される訳にはいかんからな)
大統領府を破壊されてしまえばテロリストの襲撃でブライアンが死亡したと発表する事は容易であり、それでは態々苦労をしてブライアンの救出に動いた意味が無くなってしまうからだ。
「ふんッ!!!」
大統領府とノイエDCの機体を守るのにエネルギーを割いているのでゲッタービームなどを使用することは出来ないが、ディバイングレイブを使いこなしビアンは双剣鬼と鍔迫り合いを行い強引にクロガネの進路を作り出す。
「バン大佐! 無理に撃墜する必要はない! 突破する事だけを考えろッ!!」
『分かっています! ショルダーミサイルッ!!』
ネオゲッター1の肩から射出されたミサイルの雨が牛角鬼と双剣鬼に向かって降り注ぎ炸裂する。
【ギイイイイイッ!?】
【キシャアアアアッ!!】
苦悶の声をあげ後ずさる2機の百鬼獣の間を僅かに加速したクロガネがすり抜けるように移動し、その後をヴァルキリオン、フルアーマー・ガーリオンが防御に入り後からの追撃を防ぐ体勢に入る。
『行けッ!!!』
乾いた炸裂音と共にカリオン・改からスパイダーネットが射出され、牛角鬼と双剣鬼の身体を絡め取る。通常のスパイダーネットではなく、ビアン特製の対百鬼獣用のスパイダーネットなので強力な百鬼獣とは言え容易にその拘束を取り払う事は出来ずにその場でもがいている姿を見てビアンが更なる指示を出そうとした瞬間だった。
「ぬうっ!? どこからだッ!?」
ノイエDCの機体は自分達が守られているのを確認すると、ビアンが本物であり自分達が従っていたビアンが偽物だと悟り逃亡を始めていた。百鬼獣は4機確認されており、牛角鬼と双剣鬼はスパイダーネットに囚われ、白骨鬼と単眼鬼はネオゲッターロボのバンが孤軍奮闘し足止めをしている。ではゲッターVを攻撃した者は何者だとビアンが困惑していると闇が浮き出るように1体の百鬼獣が出現し、それを見たビアンは驚きの表情を浮かべた。
「なるほどな……こんな百鬼獣まで製造されているのか」
ややずんぐりとしたシルエット、闇を溶かし込んだような漆黒の装甲の電極付きの両腕のパーツ、そしてバイザー型のセンサーアイ……百鬼帝国版ゲシュペンストというべき百鬼獣がゲッターVの前に立ち塞がった。
『闇鬼……ビアン・ゾルダーク、その首貰い受ける……』
「そう簡単に私の首を取れると思うなよッ!!」
プラズマステークとディバイングレイブがぶつかり合い、凄まじい轟音が大統領府に響き渡る。
「はぁッ!!!」
『……ッ!』
頭上で回転させ勢いを増させたディバイングレイブの一撃を闇鬼はバク転で避け、その動きの中でクナイを飛ばし各ゲットマシンの接合部分をピンポイントで狙い撃った。
「ぐっ! 似ているのは見掛けだけかッ」
見た目はゲシュペンストに酷似しているがその機動力はゲシュペンストに似てもに付かず、どちらかと言えばヴァルシオーネのようなダイレクトモーションリンクシステムを搭載している機体の様な柔軟な動きを闇鬼は見せる。
『……シッ!!』
クイックドロウで放たれた銃弾をディバイングレイブで防ぐゲッターVだが、ゲットマシンの接合部を狙われた事で出力が落ちており後方に弾かれる。
(なるほど……対ゲッターロボということかッ!)
旧西暦でゲッターロボと戦っていた事もあり百鬼帝国はゲッターロボの弱点を熟知していた。その証拠がピンポイントの接合部分の狙い撃ちであり、更に帯電させていることでゲッターロボの機動力まで奪うという二段構えの攻撃にビアンは敵ながら素直に賞賛していた。
「今までのゲッターVならば勝てなかったが……私が何時までも進歩しないと思うなよッ」
その言葉と共にゲッターVの上半身を覆っていた装甲とミサイルランチャーとビームキャノンがパージされ、ゲッターウィングが背部から展開されると共に4つのカメラアイが力強く光り輝いた。
「打ち抜かせて貰うぞッ!!」
ゲッターVの右拳が黒く、重い輝きに包まれるのを見て闇鬼を駆る鬼は逃げようとしたがそれは余りにも遅すぎた。ビアン・ゾルダークという男の頭脳をまだ舐めていたのだ。
『ぐっ!?』
【キシャアアアッ!?】
握りこまれた拳が開かれると同時に闇鬼と白骨鬼達の苦悶の声が周囲に響き渡った。
「確かにゲッター線バリアを展開していればゲッターVに出来る事は少なくなる。だがそんなありきたりの弱点を何時までもそのままにしておくほど私は自堕落な人間ではなくてね」
ゲッター線バリアはいうなれば外に展開されたゲッターVの分身と言ってもいい、それが周囲に展開されていると言う事はゲッターVの作り出す重力場の中にいると言うことだ。そしてヴァルシオンの流れを汲んでいるゲッターVにとって自分の力場に満ちた領域というのは狩場に等しい。
「バン大佐! 無力化しろッ!!!」
振り上げられた腕の動きと共に闇鬼達は上空へと打ち上げられる。力場に囚われ空中に浮かぶ百鬼獣は誰の目から見ても的に過ぎず、完璧にネオゲッターをコントロール出来ていないバンでも確実に狙い撃てる最高の位置だった
『プラズマ……サンダアアアアアアッ!!!!』
裂帛の気合と共に放たれた雷の矢が闇鬼達を貫いた。撃墜するには威力が足りないが超高圧電圧は百鬼獣とは言え耐え切れる物ではなく黒煙を上げてショートする。再起動するまでの時間にクロガネにビアン達は乗り込み大統領府から離脱して行くのだった……。
ビアン達が消えてもなおゲッター線バリアは展開され続け連邦軍の救出隊が現れてからやっと消失した。そして救助された連邦議会の議員達や新聞記者達は口を揃えてビアンが2人いたと告げ、鬼のような異形の特機の写真を見せノイエDCは偽物のビアン・ゾルダークが率いるテロリストであり、本物のビアンは今も地球を守る為に戦っているのではないかと主張し、ノイエDC結成時のビアンの演説のデータを持ち出し声紋データによる検証、そして言い回しなどはビアンとは思えないほどに劣悪な演説である事を証明して見せた。
【連邦はまともに検証せず、再び自分達の敵に仕立て上げようとしているのでは?】
と言う話が生き残った記者達によって徐々に広がり、そしてそれはDC戦争、そしてL5戦役時の武蔵への冤罪そして殺害命令の事にも繋がり、大統領府の襲撃時に連邦軍がいなかった事もあり、オペレーション・プランタジネットを契機とし連邦への不信感が一気に世論へと広まっていく事となる。
「少々想定と違うが良くやった五本鬼。しかしだ、今回のような無計画を許すのは今回限りと心得よ」
「は、ははあッ! このような失態は2度と犯しませんッ!」
「その言葉違えるなよ。判ったら下がれ」
五本鬼も一瞥もくれず、苛立った素振りこそ見せないが、既にお前には何の興味もないと言わんばかりのブライに五本鬼は深く頭を下げブライの部屋から音も立てずに歩き去る。
「私の言う通りにすれば上手く行ったでしょう?」
「ぐっ……あ、ああ。感謝する」
ブライの部屋の外で待っていたニヤニヤと笑うコウメイに五本鬼は苦虫を噛み潰したような表情で感謝の言葉を告げる。
「感謝する? 自分の立場をお分かりですか?」
しかしコウメイは不敵な表情を崩す事無く、自分にそんな口を聞いて良いのか? と遠回しに五本鬼に問いかける。
「……感謝します。コウメイ様」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ。またいつでも声を掛けてください、お力になりますからね」
自分で頭を下げたのに、五本鬼が勝手に頭を下げたと言わんばかりの態度で笑うコウメイに五本鬼は奥歯が砕けるほどに歯を噛み締めながらブライの住居を後にする。
「ああ、そうそう。大帝が今回の働きを認め、名前を授けてくれるそうですよ。良かったですね、これで貴方も幹部の仲間入りですよ」
コウメイの言葉に五本鬼は忌々しそうに顔を歪める。名前持ちになる事自体は喜ばしいが、それは全てコウメイの描いたシナリオ通り、名前持ちになった所で五本鬼は最早コウメイに抗う術は無く、自分がコウメイのシナリオ通りに動いた事に今さらながら気付いた五本鬼だが完全にコウメイの策略に絡め獲られた今従うしかない五本鬼はコウメイを殺意を込めた目で睨みながらその場を後にする。
「さてとこれでまた自由に動かせる駒が増えましたね。愚かな者は賢い者に従えば良いのです」
コウメイの名は偽名でもなんでもなく、ブライが正真正銘与えた名前だった。コウメイに与えられた役割……それは権力欲等に駆られ、ブライに不利益を与えかねない鬼に枷をつけ己の支配下に置き、ブライが己の支配下の鬼をより円滑にコントロール出来るように立ち回る役目を与えられた百鬼帝国の中でも特殊な立ち位置にいる鬼がコウメイの正体なのだった……。
放電を繰り返している牢屋の中で不貞寝を続けている武蔵だったが、牢の外側に誰かが立った事を感じ取り振り返った。
「レモンさんですか、どうもお久しぶりですね」
「元気そう……とは言えないわよね。私は反対したんだけど、ヴィンデルがどうしてもこうしないと駄目だって言って取り合ってくれないのよ。はい、これご飯」
牢の間から差し入れられたパックに入った携帯食を見て武蔵がなんとも言えない顔をするが、ありがとうございますと頭を下げた。
「ある意味これが1番安全なのよね」
「まぁそうですよね。最初に差し入れられた飯なんか入ってましたよね?」
「あら、分かってたの?」
「なんとなくですけどね」
意識を失えば幾らでも打てる手がある。だから眠らせようとしているヴィンデルの事は武蔵も感じ取っていた、だから口に運ぶ物には細心の注意を払い、そして人の気配を感じればすぐに目を覚ますほどに武蔵は神経を張り詰めていた。寝転がっているのはそれ相応に精神力と体力を消耗しており、少しでも体力と回復させようという意図が武蔵にあったのだ。
「エキドナさんは?」
敵陣の中にいると警戒態勢を続けている武蔵。しかしそれでも自分をこの場に連れてきたエキドナの安否を気遣う辺りが竜馬と隼人に甘いといわれる由縁だが、この甘さが武蔵らしさであり、それが失われる事はこの状況でもなかった。
「そうね。まだ寝てるから心配ないわよ」
「……」
ジト目の武蔵にレモンは両手を上げて肩を竦めた。
「私は何もしてないわよ、自分で起きたくないと思ってるみたいなのよ。やっぱり裏切ったってのがショックだったみたいでね」
「裏切らせた人がそれを言います?」
「……耳が痛いわね」
武蔵の鋭い皮肉にレモンは深く溜め息を吐いて、牢屋に置かれていた椅子に腰を下ろす。
「監視ですか?」
「まぁそんな所ね、世間話なら付き合うわよ?」
「……今ハガネとかってどうなってます?」
「そうねえ、詳しい所は判らないけどオペレーション・プランタジネットの為に動いてるみたいね。流石に救出に人員までは割けないって所じゃない?」
世間話に付き合うとは言ったものの返事はないと思っていたレモンだが、武蔵からそう声を掛けられ苦笑しながら武蔵の求める情報を少しずつ小出しにするように伝える。
「まぁオイラが悪いんでそこは気にしないですよ。頑張って自分で脱出方法を考えますよ」
「あらやだ。堂々と脱走するとか言う?」
「言いますよ。何を言われてもオイラは永遠に戦い続ける世界なんてごめんなんでね」
敵のど真ん中に、しかも自分1人だと言うのに絶望するでもなく、なんとしても食い破り脱出してみせるという鋼の意志。
(なるほどね……道理で旧西暦の人間が強いわけだわ)
肉体だけではなく精神面も桁はずれて強い、仮にだがもしも自分達の世界に最初から武蔵がいれば永遠の闘争なんて考えなかったかもしれないわねとレモンは苦笑し、座っていた椅子から立ち上がった。
「それじゃあ私はそろそろ行くわね。気が変わったらいつでも聞き入れるわよ」
武蔵が永遠の闘争に賛同する事はないと分かっているレモンはそう言うと背を向け牢を出ようとするとその背中に武蔵が言葉を投げかけた。
「レモンさんは本当に永遠の闘争に賛成なんですか?」
「……さぁね、私はもう別に拘りはないわよ? 今はこの世界がどうなるか見届けたいって言う気持ちが強いかな」
永遠の闘争を掲げるヴィンデル達が勝つのか、それとも百鬼帝国が支配者となるのか、インスペクターが地球を滅ぼすのか、ハガネ達がそれら全てを打ち砕くのか。レモンはその全てを見届けたいと思ってるわよと妖艶な笑みを浮かべ、武蔵の前から今度こそ歩き去り、自分の部屋へと向かう。
「あ、あ……れ、レモン様……わ、私」
「落ち着いてエキドナ、そこに座って私としっかり話をしましょう?」
過呼吸を起しかけているエキドナにレモンは優しくそう声を掛けながら、背中に腕を回し抱擁しながら落ち着きなさいと繰り返し口にする。その顔は紛れも無く母の顔であり、レモンが内心では永遠の闘争を捨てたと思わせるような慈悲に満ちた笑みを浮かべているのだった……。
第148話 楽園からの追放者 その1へ続く
今回の話は短めとなりますが、オリジナルシナリオかつ逃走系のシナリオなのでこんな形となりましたがお許しください。
次回からは話のボリュームも大きく盛り上げて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。
視点が変わる時にそのキャラの視点と言う事を表記するべきか
-
サイドまたは視点は必要
-
今のままで良い