第1話 蘇る亡霊 その1
朝なのに一切の光が差さない闇の中に気合に満ちた少女の声が響いた。
「せいっ! やあッ!」
短く整えられた黒髪と鋭い視線がその少女の勝気な性格をこれでもかと現していた。そんな少女と向き合うのはくすんだ金髪にアイスブルブルーの瞳を持つ偉丈夫「ラウ」だ。彼は記憶喪失であり、ここ数年の記憶が抜け落ちていると言う事で地上捜索班と共に外に出ることで記憶が戻ることを期待され、地下シェルターから外に出た。表向きはそうなっているが、結局の所は厄介払いと言うのが近い。
「行け行け! 押してるぞッ!」
「やっとラウさんの負ける所が見れる!」
近くに座り込んだ大男と眼鏡を掛けた小柄な男性が少女……「車渓(くるまけい)」へと応援の声を掛ける。
「馬鹿野郎、ラウは相手が女だから怪我させないように気をつけてるんだよ。それくらい気付け凱、古田」
2人の組み手を見ていた山のような大男「車弁慶(くるまべんけい)」が呆れた様子で声援を投げかけていた、2人に声を掛ける。
「いやさ、でも大将。かなり渓が優勢に見えるんだけど」
「護身術しか知らないお前にはわからねえだろうが、渓は勝てねえよ。経験が違いすぎる」
「でもラウさんは記憶喪失じゃ?」
「記憶はなくても身体は覚えてるんだよ。見てみろ」
弁慶に促され凱達が2人の組み手に視線を向けると、上段を狙った渓の回し蹴りを片手で受け止め、軸足を払うラウの姿があった。
「いっつ」
「……すまん、力加減は気をつけたつもりなんだが」
「良いよ良いよ、それよりありがと、勉強になった」
自身に向けられたラウの手を握り締め立ち上がる渓。丁度その頃に離れた場所でテントを張っていた団六がフライパンを叩く音が周囲に響いた。
「お、飯みたいだな。行こうぜ、ラウさん」
「ああ、そうしよう」
朝食が出来るまでの間のほんの少しの組み手だったが、その短い時間で弁慶はラウに対して疑念を抱いていた。
(ああは言ったが、ありゃあ、記憶喪失の人間の動きじゃねえ……)
脚捌き、身体の動かし方、そして渓の攻撃を見切る速度。その全てが常人をはるかに越えていた、それに獲物こそ手にしていないが、明らかに何かを手に持ったという前提で動いているように弁慶には見えていた。
(生き残り……つうわけじゃなさそうだし……ったくよお、日本政府にも困ったもんだ)
最初にラウを発見したのは弁慶達だが、暫くの間日本政府の元にいた。それは13年前の事件で地下に隠れた日本人が外の情勢を知るための手段だった、だが数日後に日本政府の役人と共に来たラウは日本政府から「気狂い」「妄想患者」と言うレッテルを貼られ、弁慶達共に地上の調査班に回された。表向きは外に出ることで記憶が戻るかもしれないと言うことだが、軍部の裏事情を知る弁慶はラウが外に出された本当の理由を知っていた。
(何があった……)
手の平返しは日本政府のお家芸とも言えるが、それでも違和感がどうしても拭えない。一体、ラウは何を知っているのか、そして何故地上で死ねと言わんばかりに送り出されたのか……弁慶はそれを知りたいと思った。
「親父、早く飯食って移動しようぜ」
「ああ、今行く」
ラウの事は気になる。だが今は地上の捜索と調査と言う名目を果たすべきだと思い、弁慶はBT-23の元で待っている団六達の元へ足を向けるのだった。
BT-23の足元に張られたテントと焚き火に照らされながら飯盒の中のドロドロのおかゆを口に運んだラウ。だがその顔はくしゃりと歪んだ。
「お口に合いませんか?」
「……初めての味だな」
それは味わった事の無い味だった。見た目はおかゆなのに、肉や魚の味がする。視覚情報と味覚情報が合致しなかったのだ。
「一応歓迎のつもりだったんだがな……」
「昨日の栄養補給バーの方が良かった?」
「……いや、不味い訳ではない、すまないな。驚いただけだ」
粉末状の肉の栄養素などを凝縮させたそれで、煮込まれたおかゆは肉味のスープと言っても良かった。
(これが旧西暦……か)
ラウは手に入れることが出来情報全てを集め、そしてそれを自分の中で必死に整理をしていた。
(……何故私は生きている)
自分はエアロゲイターに捕まり、その身体を機械へと改造され、地球侵略の尖兵とされた。
(……そして引導を渡してもらったはずだ)
強く、そしてたくましく成長した己の部下達に殺されたはず。それなのに、何故己は生きているのか……そして何故旧西暦にいるのかが理解出来なかった。
(……失敗したか)
何故生きているのか困惑し、エアロゲイターや、コロニーの事を尋ねた。だがそれがこの世界では気狂いとして扱われ、厄介者として外の世界に追い出された。だがそこで見た光景もラウを混乱させるには十分だった、不恰好ではあるが人型機動兵器である「BT-23」そして太陽の光すら通さぬ暗黒の雲と緑1つ無い荒れ果てた大地――連邦が語るなと言った空白の歴史の荒廃しきった地球に驚いたのだ。
「ふう、ご馳走様。偶に食べると上手いね、殆ど栄養バーとかだし」
「だよなあ、いやあ、ラウさん様様だな、所で古田まだ残ってるのか?」
「大丈夫ですよ、3か月分はありますからね、でも節約して行こうと思いますよ。な、団六」
「……」
「ほら、団六もそう言ってる」
……何も言わなかったように見えるんだが……どうも仲間同士での意思疎通は出来ているようだ。
「さてと飯も食い終わったから、捜索予定だが……幸いなことにゲッター線の濃度が低い、進めるうちに進んで人の痕跡を探そうと思う」
失われた時代では地球の人口が8割死んだと聞いていたラウは生存者が見つかればいいなと心の中で呟き、古田達に先導されBT-23の中に乗り込んだ。
「親父ぃ……やっぱりこれ返してあげた方が」
「もう少し様子を見よう。無理に思い出させるのは良くないからな」
渓の手の中にはラウが無意識に捜し求めたツールが修められていた。
「記憶を失っているが、やはり彼は何処かの軍属だったのかもしれん」
「テスト中に何かの襲撃を受けて、脱出してシェルターの近くに倒れていたって事ですかね?」
「筋は通るけど……うーん、なんか違う気がする」
「とりあえずラウの事はもう少し様子見だ。もう少し記憶が安定したらそれを返してみよう。早乙女の乱もインベーダーの事も覚えていないとなると、相当なショックを受けたに違いないからな」
ラウの事を気遣い弁慶達、だがその気使いは擦れ違いを呼んでいたのだった……。
「ラウさん、申し訳無いんだが、これで外を見てくれるか?」
「構わない。任された」
双眼鏡を手にしてBT-23の乗り込み口に腰掛け周囲の確認を行うラウ。不謹慎だが、懐かしいとラウは思っていた若手の時にこうして偵察を任されていたなと苦笑ながらに思ったのだ。
「ラウさん、あたしも見るよ」
「中でいいんだぞ?」
「大丈夫大丈夫、それにこの液体窒素弾も試したいしね」
液体窒素弾を放つバズーカーのような物を抱えている渓。運動神経がいいから転落する事はないと判断してラウは双眼鏡で周囲を確認する。
(やはり生存者を見つけるのは難しいか)
それらしい痕跡は何も無い。生存者がいれば何らかの痕跡があるはずだと考えて双眼鏡を覗き込んでいるラウの手を渓が掴んだ。
「何か?」
「駄目だよ、それ通常モードでしょ? 双眼鏡の横」
渓に言われて双眼鏡を見るラウ。そこには何かを切り返るスイッチのような物があった。
「それでゲッター線感知モードに切り替えて」
「了解した」
ゲッター線感知モードとやらに切り替えて再び双眼鏡を覗き込むラウ。そこには翡翠色に輝く数多の岩の姿があった、ゲッター線の反応が弱いと聞いていたが、それでもこれほどまでの放射能がとラウは驚いた。
「本当に記憶喪失なんだね。ゲッター線の事も判らないの?」
「……生憎な。迷惑を掛ける」
「ううん、良いよ。今度休憩に止まったらゲッター線の事を……この音はッ!?」
渓とラウの耳に届いた空を裂く音。その音を聞けば軍人であるラウは一瞬で何かを理解した。
「戦闘機! 渓! 弁慶達に伝えてくれ!」
「了解ッ!」
BT-23の中にその身体を滑り込ませる渓を見送りラウは双眼鏡を覗き込んだ。そこには人型の頭部を持つ黒い戦闘機の群れが必死に何かから逃げ惑っている姿が見えた。
「奇怪な……あれかッ! 宇宙からの生命体とやらはッ!」
そして黒い戦闘機の群れを追いかける全身に黒い目玉を持つゴムのような体表を持つ漆黒の異形……ラウは知る良しも無い、「インベーダー」と呼ばれる異形の怪異が黒い戦闘機……「ステルバー」を追い回す姿にラウは一瞬言葉を失った。そしてその一瞬でラウの意識は切り替わった、記憶喪失を演じる男ではない、地球連邦軍特殊戦技教導隊隊長へと意識が切り替わったのだ。
「古田! 反転しろ!」
「え!? えっ!?」
「急げッ!」
古田に非は無かった。あくまでこの場のラウは記憶喪失の男である。そんな男に従う道理は無く、自分達の隊長である弁慶に視線を向けた。
「反転だ! 古田ァッ!」
「キシャアアアッ!」
「くっ! 全員つかまれッ!!」
古田の一瞬の迷い、しかし弁慶の反転しろと言う一喝にBTー23の操縦桿を切った古田。そしてその一瞬がラウ達の命運を分け、岩に擬態していたインベーダーの体当たりを機体の側面ではなく、正面から受け止める事に成功した。だがそれは殆ど一瞬の事で、巨躯のインベーダーの体当たりでBT-23は山岳方面へと弾き飛ばされてしまうのだった……。
全身に走る激痛のお陰でラウは意識を飛ばさないで済んだ。だがそれは武器も援軍も無しで異形の怪物と立ち向かわなければならない事を意味していた。
「古田、団六、凱! ブートを隠せ! あれを失う訳にはいかん! ラウ」
「言われるまでもない!」
あの追突の衝撃で渓がBT-23の外に投げ出されるのを弁慶とラウは見逃していなかった。静止に入る声を無視して、2人はBT-23から飛び出して着地の衝撃を転がる事で和らげる。
『大将!』
「いいから先に行ってろ! 渓を見つけたらすぐに俺達も後退する!」
渓を見捨てる訳には行かないと叫んで2人は岩場を駆け下りていく、その姿に弁慶は確信した。
「ラウ、お前記憶なんて失ってないだろ?」
「何故そう思う?」
「その的確な体重移動、とても記憶喪失には思えない」
それにブートから飛び降りた時の動きもそうだと言うとラウは方を竦めた。弁慶はその動きにラウが自分の言葉を認めたと思った。
「良かったら話してくれないか? 俺はお前を知りたい」
「聞かない方がいい、荒唐無稽すぎる」
「ラウ……「それより渓だ。お前の娘なんだろう? 私の事よりも娘を優先してやれ」
インベーダーが高速で迫っている光景を見て弁慶もラウを追って、岩場を駆け下りる。
「うっ……親父……それにラウ……ごめん」
「渓ッ! 大丈夫か!」
幸いにも渓はそれほど遠くに投げ出されてはいなかった。女性特有の身体の柔らかさとラウさえも認めた運動神経が渓を救っていた、だがその頭には血が滲んでいて頭を打った事は明らかだった。
「渓は俺が背負う。ラウは先導してくれるか?」
弁慶の言葉に頷きラウはBT-23から出る時に持ち出していたロープを腰に巻き、弁慶の巨体を引き上げる。
「チッ、間に合わないか」
「……ごめん」
「謝るな、大丈夫だ。俺達は助かる」
頭を打った事で弱気になっている渓を励ます弁慶。だが弁慶もラウも理解していた、このままのペースではインベーダーが現れる前にBT-23に戻ることは出来ない。
「あ……親父……落とした」
渓の言葉に振り返ったラウは渓のポケットから落とした物を見て目を見開いた。
「どうして……」
「すまん、お前が倒れていた場所に落ちててな。何時渡そうと思ったんだが……こんな時に渡されても困るよな? すまねえ」
弁慶が拾い上げた腕時計型のツール。弁慶から謝罪と共に差し出されたそれをラウは左手で受け取り、右手首に巻きつける。
「……いや、こんな時だからこそ、これは役に立つ。よく、よく……これを持っていてくれた」
コードを入力し立ち上げたツールには信じられない事に近くに己の愛機の反応があることを示していた。
「キシャアア!」
「くそったれえ! 最後まで抵抗するぞ!」
インベーダーの叫び声に弁慶が背負っていた渓を降ろして銃を構えようとしたが、それはラウの手によって制された。
「弁慶、お前は娘を守れ。あいつは私が倒す」
「ラウ!? お前は何を言って」
「良いか、娘を守れッ! この場は私に任せろ!」
弁慶と渓に背を向けてラウはインベーダーに向かって走る。何故自分が生きているのか、何故自分は過去にいるのか、疑問はある。だが今自分の手には誰かを守る力がある……それを使わないという選択はラウには存在していなかった。
「コード・クリア」
手首のツールにパスワードを入力する。そして画面が切り替わり、音声入力の画面へと変わる。
「メインタームアクセスッ! モードアクティブッ!」
ラウの音声入力が認識されると同時に周囲に地響きが響き渡る。それと同時にモニターに映し出された愛機の位置を見てラウは笑う。それは奇しくも、インベーダーの足元の地下空間にいると言うことを示していたからだ。だからこそ恐れも、不安も無くラウはインベーダーに向かって崖から飛び出したのだった。
「じ、地震! 大将達を迎えに行こう!」
「駄目ですよ! 待機してろって……て、ラウさんッ!?」
「し、死ぬ気かッ!?」
BT-23の中で待機していた凱達は崖から飛び出したラウを見て、3人は絶叫した。だが次に自分達の目の前に広がった光景に息を呑んだ
「CALLッ! GESPENSTッ!!!!!」
地震が激しくなり、地表が砕かれ漆黒の豪腕が地面から伸び、ラウを噛み砕かんとしていたインベーダーの頭部を殴り飛ばす。
「な、なんなんだ……あれは!?」
「ラウさん……貴方は一体……?」
バーニアでその巨体を浮き上がらせた漆黒の巨人……遠い未来で作られた人型機動兵器パーソナルトルーパーと呼ばれる兵器の右の手の平の上に着地し、バーニアの風でその金髪を風に揺らすラウの姿は一枚の絵画のように美しく、そして力強さに満ちていた。そしてその瞳は液体状から再び人型に変化したインベーダーを睨みつけ、その身体をゲシュペンスト・タイプSのコックピットの中に滑り込ませるのだった……。
第2話 蘇る亡霊 その2へ続く
カーウァイ大佐の半オリキャラとゲシュペンスト・タイプSの登場と世界最後の日に突入です。次回からは、世界最後の日のルートで話を進めて行こうと思います。武蔵の登場とラウの登場で世界最後の日がどんな風に変わっていくのかを楽しみにしていてください。
視点が変わる時にそのキャラの視点と言う事を表記するべきか
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サイドまたは視点は必要
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今のままで良い