異聞に逆らう者達   作:宮条

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誰かに急かされたので


少し未来の物語

 

 

先程のまでの喧騒が嘘のように閑静な空間がそこには広がっていた。

空はこれ以上ないほどの晴天だった、激しい吹雪は去り、この世界では何百年ぶりの晴れであろうか。

ロストベルト、異聞帯と呼ばれる剪定事象を形作る幻想の樹は彼の者によって断ち切られた。

汎人類史の再編を阻止しようとする者達と、新たな人類史を擁立しようとする者達の戦いは終結し、汎人類史に与する英霊達も座に帰り、この世界も消えていくだろう。

しかしここに一人、ある使命を果たす為に残る者がいた。

 

アントニオ・サリエリ。

 

正確にはその『外殻』に謂れのない風説が取り憑いた、所謂『無辜の怪物』という類なのだが、今回は少し特殊なケースであったが為に『外殻』そのものの性格が前面に出ていたが、本来ならば意思疎通は不可能な状態で召喚されるのがアントニオ・サリエリというサーヴァントだ、同じロストベルト内に呼び出されていたアマデウスの消滅を確認したのもあってか、多少なりとも落ち着きはしているもののやはり相互理解は難しい。

しかし現に汎人類史のマスターと一時的とはいえ共闘もした、結果としてサリエリは他者との会話を成立させた、異例中の異例だが、正気の保つ内に彼はある事を成さねばならなかった。

 

「それで、貴様達は行かなくてよかったのか?」

「君が受けた最期の依頼を完遂する所を見てからね、人間だった時も、こうなってからも、生の楽器から出る音っていうのを体感した事が無くてね?」

 

それは巨大な機械仕掛けだった、辛うじて人型ではあるが手に持つ銃らしき物はサリエリの知る物とはかけ離れ、背中にはサリエリにとっては『よく分からない物』がマウントされていた。

しかしその威力は空想樹を伐採する際に十分すぎる程に理解している、あの『極寒の寒空を切り裂いた青白い光』をこれが放っていたと考えるとサリエリはこの者が敵でなかった事に心底感謝した。

 

「中の者もそうなのか?」

「……………………」

「前から思ってたけど、もう少しぐらいお喋りでもいいんじゃないかな?黒い鳥」

 

黒い鳥と呼ばれたのは、目の前に鎮座する機械の操縦者である、最初に声を掛けてきたのはそのオペレーターらしい。

 

「無い」

「だったら好都合だ、僕達の時代には失われた文明の一部を体感しようじゃないか」

「……………………あぁ」

 

どうやら彼らの方針は決まったようだ、元々音楽という概念すら知らないヤガ達にその存在を教えるのが目的でピアノを披露する予定だったのだ、そこにヤガ以外が一人二人増えた程度で問題は無いだろう。

 

「なら少し手伝ってもらう、あれだけの機動力なら周りにいるヤガをここに集めてくるのなんて造作もないだろう?黒い鳥よ」

「レイヴンだ、黒い鳥と呼ぶな」

 

それだけ言うと、レイヴンは巨大な機械、もとい『AC』を翻してヤガの捜索に出ていった。

 

「さて」

 

サリエリはまず近くで呆然と立ち尽くしているヤガ達にこう言った。

 

「諸君、運んで欲しい物がある」

「何なんだ、一体…」

「ピアノだ、楽器という言葉は聞いたことがあるか?」

「いや、よく分からない……」

「ふむ……要約すると雷帝にしか味わえなかった無形の芸術の一つだ」

 

何も知らぬヤガにサリエリは丁寧に解説をする、侮るわけでもなく、ただ言い聞かせる様に優しい声で。

 

「ここいらか?」

「あぁ、よっこいせっと」

「これで何をするんだ……」

「まあ見ていたまえ」

 

そう言うとサリエリは運んできた椅子に座り、静かにピアノを弾き始めた。

 

「曲のリクエストはあの天才からだ、この世界が平和になったなら弾いてくれと言われてな、憎き存在だがアマデウスからのリクエストならば無下にも出来んだろう」

「へぇ、確かきらきら星ってタイトルだったかな…………確かに美しいよ、人類も多少は良いものを生み出すじゃないか」

 

遠くから機体の至る所にヤガを乗せたACがこちらに向かってくる、どうやらレイブンが周囲のヤガの捜索から帰ってきたようだ。

 

「何だ……この音は…」

「分からない……だが何だろう、この音を聴いていると胸が苦しくなる…」

「お父さん…どうして泣いてるの?」

「あれ、俺なんで泣いてるんだ…?」

 

レイヴンが連れてきたヤガ達は、サリエリの演奏に対して様々な反応をみせる。

その様子を見て、レイヴンは静かに呟く。

 

「彼らは……強いな」

「ふぅん?………どうしてだい」

 

珍しく自分から口を開いたレイヴンに、財団は少し興味が沸いたようだった。

そしてその返答もレイヴンにしては珍しい内容だった。

 

「闘う事をやめて、全員が演奏に耳を傾けている」

「それが?」

「それがどれだけ難しいか、分からないわけでもないだろうに」

「…………………ふんっ」

 

果てなく続き、終わりの見えない闘争の中を駆け抜けた二人にとって、ヤガ達の選択がどれほどの事なのかはある意味で他の異分子達よりも熟知している。

一度火のついた己の闘争本能を鎮め、平和の為に武器を棄てるという行為を決してレイヴンも財団も笑わなかった。

 

「美しいな……」

「あぁ、とても」

 

レイヴンはACの頭部を空に向ける、皆それほどまでにサリエリの演奏に聴き惚れていたのか、既に日も落ちて寒空が去ったそこには満天の星空が広がっていた。

 

「確かこの曲は恋の歌なんだけど、僕達より前の時代では星の歌だったらしい、今の状況にピッタリじゃないか」

 

大気は汚れ青空など滅多に見れない世界から来た二人にとって、空を瞬く無数の綺羅星はとても幻想的なものだった、レイヴンも財団も我を忘れてただ感嘆するしかなかった。

 

「あぁ………これはしょうがない、こんな音も空も無かったんだから」

 

いずれ消え去る運命も忘れて、ヤガ達は美しいピアノの旋律と、未知の星空に魅了されていた。

星はどこまでも遠く、どこまでも彼らを等しく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、どこまでも。

等しく全てを照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。

 

 

 

「ハハハッ……よもやたった一人の蛮族に朕の国が滅ぼされるとはな、朕の泰平もここまでか」

「……………」

「しかしそなたは面白い物に乗っているな、その機体に使われている技術の殆どが朕の全てを上回っているぞ?」

「……………」

「まったく、これでは散っていった英傑達に申し訳が立たんな、全員叩き起こしてこのザマとは」

「……………」

「……なぁ…これは個人的な願いだが、そなたの撒き散らしているその粒子、民がいる居住地では使用を控えてくれぬか」

「……………」

「そなたがこの世界を剪定するのは構わん、だが民を殺す必要はなかろう、何れ消え去る世界なのだからな」

「……………」

「はぁ………………疲れた、これも良い機会と考えよう……帝の休息だ」

「……………」

「ではな……鋼の巨躯を操る者よ、次の機会が許されるのであれば、そなたの顔を………拝んでみたいもの……だな」

「……………」

 

それだけを言い残し、中国異聞帯の王、始皇帝はその目を二度と開く事はなかった。

その死に様を見届けたのは、レイヴンが駆るACの数倍はある人型の機械だった。

 

「……………」

 

NEXT、それがこの異聞帯の王を、その配下全てを討ち取った暴力の名前。

それは始皇帝すら解凍を禁止した桃園の誓いによって結ばれた義兄弟達をも軽々と退け、始皇帝が最も信頼する武を極めた男を難無く屠り、戦術においてあの諸葛亮に勝るとも言われた軍師の知略を叩き潰し、聖駆を纏った始皇帝を半壊させ、人型として変生した始皇帝をも為す術なく地に伏せたのだ。

 

「おっおおおおぉ………」

「……………」

 

遺体となった始皇帝の側にある者が歩み寄っていた、その者はピクリとも動かない始皇帝を見て怒りに震えていた。

項羽、またの名を会稽零式。

最早ガラクタ同然となったその身を引き摺りながら、項羽は今も空に浮かぶNEXTに叫んだ。

 

「何なのだ貴様は、何故我々を滅ぼす!我々は貴様に何をした!」

「……………」

「答えよッ!!!」

 

するとNEXTの方に動きがあった、空に浮かんでいたNEXTが、項羽の目の前に降りてきたのだ。

 

「……………一つ、違うな」

「何?」

 

ようやくNEXTの方から声が発せられたと思えば、その言葉に項羽は機械仕掛けながら自身の耳を疑った。

 

「何もしていないからだ、理由はそれだ」

「何も……していない?」

「闘争を忘れ、ただ変化の無い世界で悠久の時を過ごす、それがお前達が、この世界が犯した罪だ」

「罪だと?泰平であることの何が罪か!」

「だからだよ」

 

NEXTから発せられる声の雰囲気が変わった、それは先程までの淡々とした口調ではなく、激情に駆られたような声だった。

 

「こんな生死が管理された世界の何処か平和なのか、人の歴史は戦いの歴史だ、その積み重ねを俺達は人類史と呼ぶ、だからこの世界は剪定されたんだよ、平和という不変の状態は進化を生まない、これ以上成長が無い世界なんて要らない、闘いこそが人の全てだ」

「狂っている……」

「あぁ、そうだとも…自覚はある」

 

項羽はこの時初めて理解不能という言葉を身をもって体感した、話の通じない、対話も意味をなさない理不尽な存在、それを味わっていた。

 

「だから」

 

突如NEXTが動き出す、起動したと同時にNEXTの周りに球体状の薄い緑の膜が形成される。

 

「闘い続ける喜びを」

「戯言を!」

 

項羽もボロボロとなった身体を無理やり動かし、目の前の化け物に立ち向かう。

項羽には既に分かっていた、今の己には絶対に勝てない事を、しかし己の忠義を捧げた者を、そして何より愛する妻を目の前で惨殺されて逃げ出す程項羽という英雄は堕ちていない。

その瞬間、項羽は爆発的な加速でもってNEXTに急接近する。

 

「力を以て山を抜き、気迫を以て世を覆う!我が武辺、此処に示さん!」

 

項羽は勢いよく飛び上がり、NEXTに突撃する。

 

「セリャアァーーーーッ!!!!!!!!」

 

そして数秒後、目の前が眩く爆ぜたと認識した瞬間、項羽はそれ以降何かを考える事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日。

カルデアのレーダーから、中国異聞帯が消滅した。

 




流石にすぐに本編は書けないのでお茶濁し

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