「ということで改めて自己紹介だ、私はこのシャドウ・ボーダーのメインフレームを担っている生体ユニット兼人工サーヴァントのレオナルド・ダ・ヴィンチだ、気軽にダヴィンチちゃんとでも呼んでおくれ」
「メインフレーム?」
「生体ユニット?」
思わず、といった様子で隻狼と狩人が呟く。
「そして私がカルデア経営顧問を任せられているサーヴァント。シャーロック・ホームズです、呼び名は………まぁホームズと」
かがり火兼灯り兼大鬼仏でのちょっとした騒動から数刻、何やかんやで必要な物を補充し終わった騎士達はカルデア陣営の拠点であるシャドウ・ボーダーへと辿り着いた。
が。
「隻狼、経営顧問とは何だ」
「すまぬが俺も知らぬ……騎士殿は?」
「言葉を返すようで悪いのだが、私は貴殿達が生まれたこの時代の原型、火の時代の者だぞ。私より後の時代に誕生した貴殿達が知らぬというのに私が知っているとでも?………しかし凄いな、これがえるいーでぃー照明というものか、触っても熱くないとは………火とはまた違った明るさだな………」
シャドウ・ボーダーに着くや否や、その内装含め全てが彼等にとっては新鮮だったらしく、こうしてダ・ヴィンチとホームズが出向いて会話しようにも事ある事に興味が移っていくというまるで田舎から初めて都会に来た観光客の様な振る舞いになっている。
「先輩、先程から皆さんシャドウ・ボーダーに夢中で話が進みません……」
「サーヴァントじゃないって本人達も言ってる……英霊の座から情報を受け取ってないのかな」
マスターが推察したように、異分子達はサーヴァントと違い英霊の座を通して現界するわけではないので現代での活動に必要な基本的情報がフィードバックされない、よって彼らの知識の全ては活動した年代のみである。
更に騎士はこの世界が誕生するより前、今の世界のプロトタイプとも言える火の時代出身、知識がどうという話ではなくそもそもの世界のルールから違う騎士にとって、魔術ならともかく科学という生前において馴染みすらない未知の塊は狩人や隻狼以上の驚きである。
現に普段の紳士然とした態度が、今では見る影もなくただただ興味を惹くものを物色するだけの探求者となっている。
「ホームズ……だったか、これは何だ」
そしていつの間にか勝手に部屋中の引き出しを探っていた狩人がある物をホームズに見せて突然尋ねる。
「ん?あぁそれは拳銃だよ、でも君が使っている物よりも遥かにコンパクトで扱いやすい、誰でも使える現代の武器さ」
「ほぅ…………確かに軽い上に小さい、取り回しや瞬発的な攻撃なら獣狩りの銃よりも勝るだろう」
「しかし勝手に管制室を物色されてもらっては困るな、ここにはシャドウ・ボーダーの心臓とも呼べる装置や魔術的な結界もある、知らずに触って壊そうものなら私達の旅は呆気ない終わりを迎えるだろう」
「ッ!?…………」
「そうか……すまない、少々見慣れぬものばかりで舞い上がっていたようだ……騎士殿?」
狩人が素直に謝罪する横で、ホームズの言葉に何か思い当たる節がある様子の騎士が明らかにギクッとしたリアクションをした後、どこかへ伸ばそうとしていた腕を引っ込めてただ一言呟いた。
「………そうさな、勝手に何でも触るのは良くないことだな………うむ」
騎士の頭の中に一瞬、輪の都で出会ったフィリアノールの騎士からの再三の警告を無視した結果、凄まじい剣幕で殺されかけた出来事がフラッシュバックする。
しかしあれはそれ以上調べる様な所も無かったので仕方なくやった事だと騎士は心の中で言い訳する、実際先には進めたのでノーカウントとして扱って欲しい騎士であった。
「………………」
「…………隻狼君、さっきからスルーしてたけど私の事ジロジロ見過ぎじゃあないかな?」
騎士達が騒いでいる隅で、何故か隻狼だけが何とも言えない顔でダ・ヴィンチの方を見ていたり
「ッ!…………いや、ダ・ヴィンチ殿……マスター殿から聞いたのだが、サーヴァントというのは過去に生きた英雄の影法師……そして呼び出される際はその者の全盛期の姿が適応されると…」
「まあ、細かい所を話すと例外もいたりするんだけど、概ねその通りだね」
「ならばダ・ヴィンチ殿は……幼少の頃のその姿が生涯において最も優れていたのか?」
「あ、うーん…………」
隻狼の疑問は至極単純なものだったが、現在のダ・ヴィンチにおいてその質問は回答に困る。
(そもそもサーヴァントと人工サーヴァントの違いなんて説明してもピンとこないだろうし……そもそもオリジナルからして生前とサーヴァントとで性別が違うし……)
うーん、とどう説明したものか困り果ててしまったダ・ヴィンチに、隻狼は何故か哀れみのこもった視線を送っていた。
(このダ・ヴィンチという幼子、生前どれほど生きたか分からぬが、幼き頃が人生において全盛とは……御子様と同じく過酷な生き様だったのだろうか……)
しかし自分の幼年期も中々だったな、とダ・ヴィンチに対して勘違いを加速させていく隻狼はそこまで考え、一旦その哀れみの視線を瞼を閉じる事で遮る。
「して、これからどう動く」
空気が、変わる。
「まずはアタランテ殿と協力して叛逆軍の勢力を伸ばしていくのが最善だと思うが?」
「本陣を攻めるにはちと数が足りんのは同感だ、群れるのはあまり好かんが」
先程まで物色を続けていた狩人も、輪の都の事を思い出して若干落ち込んでいた騎士も、その一言で途端に纏うオーラが冷たくなる。
「ほっ本陣って……気が早い気がするけど」
悲観も楽観もなく淡々と語り出す姿を見て少し気圧されるマスターだったが、狩人の口からサラッと出た単語には辛うじて反応する。
「わざわざ長期戦を仕掛ける利点もない、幸いアタランテから相手の本陣の位置と名は聞いているのだ、確かヤガ・モスクワといったか」
「だがマスター殿の言う通り急いているので「隻狼よ」……?」
隻狼の言葉を遮った騎士は、いつもより感情の抜け落ちた声色でこう言った。
「本来異聞帯として淘汰された可能性が一時的に成立しているだけでも有り得ないのだ、だがそんな有り得ない世界が存在して今も歴史を紡いできた以上、そこには確かに生きる者達がいる」
「………………」
騎士の言葉を、狩人は静かに受け止める。
「守り手の様子を見るに、異聞帯の仔細を知らないようなので口には出さぬが…………一刻も早くこの異聞帯を解決しなければ双方共に後味が悪い」
「………ここでは言えぬと」
「そういう事だ」
「一体何の話をしてるの……?」
突然蚊帳の外にされたマスターは意図の読めない会話に混乱する。
しかしその後ろで
「じゃ!当分はアタランテ達叛逆軍に協力して一気に攻め入るって事で結論が決まったかな?」
だがその表情も数秒経てば消え、軽快な声色を響かせる。
「んー……まあ騎士さん達とならどうにかなるかぁ」
「先輩の言う通り、三人共サーヴァントに引けを取らないぐらい強いのは私達がよく知ってます!」
どうやらマスターとマシュの言葉で、今後の方向性が決まってしまったようだった。
「ならば早速我々は下準備に入る、どこか自由に扱っていい場所はあるか?」
「空きの部屋が一つある、三人でも十分な広さはあるはずだ」
「助かる、案内を頼んでも?」
ホームズの案内により早速空き部屋へと向かう異分子達、その後ろ姿を何の気なしに見送るマスターはふと先程の言葉を思い出す。
「異聞帯の仔細………何の事だったんだろう…?」
「あっあとマスター君はメディカルチェック!こういうことはこまめにしておかないと後が怖いぞ〜?」
「脅さないでよダ・ヴィンチちゃん……ちゃんと行くから……」
異聞帯について疑問を抱いたのも束の間、ダ・ヴィンチの声によりその思考は掻き消された。
例えここで真実に辿り着いたとして、何ができようか。
今年までにロシアは終わらせたい。