異聞帯、その一つであるロシア領。
そこはマイナス百度前後の永久凍土、従来の動物は死滅し、あらゆる生命が凍え死ぬ地獄。
そんな、普通の人間が何の準備も無く踏み込めば瞬く間に死に至る劣悪な環境に。
「Hello〜」
そんな極寒の地獄に。
「Hello〜」
そんな、場所に。
「……この荒れた吹雪といい、見渡す限りの雪原といい……絵画世界を思い出すな」
「……絵画の中とは、このように貧相なものなのか?」
「貧相では無かったさ、そこで生きる者達の中には、未来に希望を感じ取る者も居た」
「……そうか」
「Hello〜」
二人の男は、この極寒の嵐を意に介さず会話に勤しんでいた。
しかしそれも長くは続かない、この二人、ロシア領に入ってからというものの、こういった壊滅的な会話のキャッチボールを何度も繰り返している。
挙げ句の果てに、狩人は余りにも気まずいのかノコギリ鉈を変形しては戻し、変形しては戻してを繰り返す少々物騒な手遊びを始めだした、騎士も騎士で間が持たないと察したのはいいが、何を思ったのか人面と呼ばれる石を地面に投げつけ、「Hello〜」と間抜けな声を響かせ続けている、騎士にはこの人面に対して疑問を投げかけられてそこから会話に発展させようという魂胆があるのだが、当の狩人は何か意味のある行動なのだと思い、却って話を振るに振れない圧を感じているという見方によってはこの異聞帯以上の地獄が広がっていた。
「……………」
「……………」
「Hello〜」
遂にお互い無言になってしまう、先程まで戦友だ何だと意気投合したはいいが、所詮は対話などほぼ意味を成さない世界で生きた二人にとっては、こういった長時間見知らぬ者と行動するのは別の意味で苦なのである。
勿論双方共に戦友と呼べる存在は確かに居たが、それはその場限りの共闘である上にコミュニケーションと呼べるような意思疎通はほぼ無かった、それこそ無数の戦友とあらゆる強敵を倒してきた彼らだが、ここまで長い共闘は初めてだった。
「……………」
「……………」
「Hello〜」
お互いが会話のタイミングを見計らっている内に荒れ狂う吹雪は去り、気付けば痛い程に閑静な雪原へと足を踏み入れていた。
そんな空間に騎士が絶えず投げつける人面の間抜けな声だけが響き、辺り一面に不思議な空気が漂っていた。
しかし。
「He「誰か居るのか!」」
「「!!!」」
その声を聞くなり先程までの微妙な空気は掻き消された、即座に背中合わせとなり周囲を警戒する。
「敵だと思うか?」
「さぁ、しかし奇襲をかけるならわざわざ声は張らんだろう」
だからといって彼らが警戒を解くことはなかった、元より味方と言えるのはカルデアの生き残りのみである彼らにとって、異聞帯に存在する全ては敵といっても差し支えがないのである。
しかし、膠着状態は長くは続かなかった。
「誰かいるのなら返事をしてくれ、私達は雷帝に与する者ではない!」
雷帝。
その言葉を聞いて、狩人と騎士は同じ疑問を抱いた。
「…………ふむ、知らない単語が出てきたな」
「雷帝とは……また大層だな」
そう言いながら狩人は武器を降ろし、その『眼』を開き声が聞こえてきた方向に視線を向ける、どうやら数百メートル先にいる数人のグループがこちらに近づいてきているらしい。
幸いな事に相手はこちらには気付いていないようだった。
(リーダーらしき奴が一人、それを囲むように男が)
そこまで思考して、狩人は突然駆け出した。
「狩人殿!?」
「どうやらこんな所にも獣のようだ、狩り殺す」
騎士ですら一瞬出遅れる程の敏捷力で、狩人は目標のグループへと猛スピードで接近していく、閉まっていたノコギリ鉈を展開させ、こちらの方角を見ながら立ち止まっている一人の『獣』に狙いを定める。
「ボス、何かこっちに近付いてきまっ!?」
「死ね」
直後、鈍い音が辺り一面に響いた。
しかしそれは狩人の一撃が入った音ではなかった、逆に狩人のノコギリ鉈が弾かれたのである。
「大丈夫か!?」
「えっ……あっはい!大丈夫です!」
狩人の奇襲を弾いたのは、黒い鎧を纏った女だった、しかし明らかにこの環境では凍死するような軽装に加え、狩人の一撃を素手で弾くような者をただ鎧を纏った女だとは誰も思わないだろう。
己の一撃を弾かれた狩人は、しかしそんな事を気にする様子もなく眼だけを女の方に向ける。
「貴様……随分と手荒い歓迎じゃないか」
「手荒いも何も貴様が庇ったそれは獣だ、生かしておく道理はない」
一方的な殺意。
その殺意は獣と呼ばれた者達に少なからず伝播する、少し騒めいたかと思えば、次の瞬間には狩人に対して敵意が集中する。
「コイツ……オプリチニキだ、そうに違いない!」
「少し服装が違う気もするが…」
「けど俺達を殺すって!」
怒り、恐怖、疑心、色々な感情がその場を埋めつくしていた。
しかしそんな事は全くもって関係無いと狩人は鎧を纏った女に踏み寄る。
「貴様も少し獣の香りがするが、コイツら程ではない、しかし狩りを邪魔立てするようであれば………狩り殺す」
「…………ッ!」
鎧を纏った女、アタランテは内心相当に焦っていた、いきなり何かが見えたと思えば仲間のヤガが殺される寸前だった、あと少し反応が遅れていればあのヤガは一撃で致命傷を負っていただろう。
(この男、何者なんだ!?四方を囲まれているというのに全く隙が見えない!)
アタランテとてあの大英雄ヘラクレスと肩を並べた女狩人だ、生前に積んできた場数は相当なものな筈だ、しかしその自信が今揺らごうとしている。
アタランテには自分が狩人に勝てるヴィジョンが見えてこないのだ、どう行動しようと、狩人の一撃が先に自分の首を飛ばすヴィジョンしか。
(それに男から感じる気配は何だ、明らかに人が纏える代物ではないぞ!?)
冷や汗、アタランテは久しく絶対絶命の窮地に立たされ、一粒の汗を地面に落とした。
たった一粒。
そんな暇を狩人が与えぬとも思わず。
「………?」
「なっ!?」
次の瞬間、アタランテが見たのは自身の首元に迫るおぞましい形状をした刃……ではなくそれを弾く様に盾を横に振り払う騎士の背中だった。
「……ぐぅ!?」
突然のパリィに体勢を大きく崩す狩人、それを逃すまいと騎士は盾を振り払った勢いを利用して右拳を強く握る。
「少し頭を冷やせ」
それは何処と無く怒りの篭った声だった。
「貴殿の狩りはこんなものではないだろう」
その言葉を聞いた直後。
目の前に棘の付いたグローブが見えたと思えば、狩人の意識はいとも簡単に吹き飛んだ。
キャラ崩壊気味なのはご容赦ください。