その場を一言で表すのならば、修羅場。
突然始まった狩人の暴走を止めた騎士であったが、その先に待っていたのは周りの人とも獣とも区別のつかない生物とアタランテからのピリピリとした敵意だった。
「次から次へと……貴様達一体何者なんだ!?」
「………むぅ」
アタランテの怒声に騎士は困り果ててしまう、本来であればこんな殺伐とした空気になる筈ではなかったのだが、先走った愚か者の行動で状況が一気に悪くなってしまった。
そして腹立たしい事に問題を起こした当事者は現在進行形で呑気に夢の世界を満喫している、南極大陸ではその言葉に励まされたが、今は殴った事に対して雀の涙程の罪悪感すら感じない程度には軽蔑していた。
「……とりあえず相方が粗相を働いたことは謝罪しよう、君達に害が及ばぬように目を覚ました後に説得する」
「いまいち信用ならないな、最初から私達に奇襲をかけるつもりで呼びかけていたんじゃないか?」
「…んぅ?」
騎士はアタランテが何を言っているのかよく分からなかった、不思議そうな顔をしながら頭をひねっていると、その雰囲気がアタランテにも伝わったのか、更なる怒声が飛んできた。
「貴様達さっきまで「Hello」と何度も呼びかけていただろう!?最初はコンタクトを取る為かと油断したが、そもそもここは隔絶されたロシアだ!英語を知っているのは外から来た者だけのはずだ!」
何故すぐに気付かなかったのだ……と悔やむアタランテを見て、騎士は己の起こした行動を恥じた。
(まさか、まさかあの人面の声に反応していたとは………すまない狩人殿、結果的に貴殿が起こした問題は、私が原因だったようだ)
時すでに遅し、狩人ばかりが悪いと思い内心愚痴っていた騎士は形勢逆転、晴れて元凶として狩人にマウンティングされる未来が確定した。
そんな先の暗い未来を思い描いて少々憂鬱になる騎士だが、今はこの状況を切り抜けなければいけないと現実に目を向ける。
「そうだな……今君が言ったように私は外から来た者を探している」
「外から来た者を……?」
「さっきも言ったように私は君達に被害をもたらすようなことはしない」
「それが信用ならんと言ってるんだ!特にそこの男、有無を言わさず私達に攻撃してきたのに敵意がないなんて信用しろという方が難しいじゃないか!」
平行線、やはり先手が騎士達だったというのが大きなネックになっている。
(……………むぅ、いつもの調子でないとここまでやりづらいものなのか)
そもそも命の価値が著しく軽い世界で生きた騎士にとって、話し合いで事を解決するというのが初めての体験になる、今までは先走った狩人のように自身の邪魔をするようなら問答無用で斬り伏せてきたが、此度の戦いは今もこの異聞帯のどこかで戦っている人理の守り手たるカルデアのマスターの補佐でもある、万が一にでもここで戦闘になったとして、全員を仕留めきれず逃してしまった一人が仲間に喋ってしまえば余所者に対する警戒度が増してしまうという最悪の未来は当然騎士としても避けたい。
自分の不始末を、またも彼らに押し付けるわけにはいかない。
「…………はぁ」
重厚な兜の下で騎士は深くため息をつく、しかしそれは諦めからくるものではなかった。
「それならば、何をすれば君達に敵意がないことを証明できる」
「………まずはその男を厳重に拘束させてもらう、その後に貴様も武器の類を全て武装解除すれば敵意がないことは信じよう」
「了承した」
騎士の即答にアタランテは策があるのではと疑ったが、騎士が敢えて直剣と盾をソウルに還元せず地面に投げ捨てたのを確認してその疑いは晴れたようだった。
覚悟。
会話を諦めて、分かり合う事を放棄して、ただ武力だけで解決するのではなく相手の信用を得るために相応の覚悟を決める、それが騎士の答えだった。
「…その潔さに免じて、確かに敵意がないことは信用する、だが貴様達のことはまだ微塵も信用していないからな、妙な動きをすれば貴様の仲間を始末させてもらう」
「一向に構わん」
「あっさり投降する潔さといい、仲間の扱いといい、貴様達本当に何者なんだ?」
「それは薄々感づいているのだろう?」
「………………アタランテだ、貴様の仲間を拘束したら私達のアジトに向かう、そこでお前達の処遇を決めさせてもらう」
そこまで言うとアタランテは、周りの獣人達の方へと歩いていってしまった。
どうやら数人がかりで狩人を拘束するらしい、今もなお夢の世界を彷徨っている狩人を分厚い縄で何重にも縛り上げている、しかし存外に狩人が重いのか、屈強に見える獣人が数人がかりで苦戦しながら作業を行なっているようだった。
その様子を騎士が見ていると一人の獣人がこちらに近付いてきた。
丁度いい、そう思い騎士はその獣人に話しかける。
「そこの君」
「なっなんだよ!?」
「私も縛るのであろう?あまりもたつくのも悪いのでさっさと縛ってくれ」
「えっ……あぁそうだけど」
騎士は獣人が麻縄を持っていたのを見て、簡易的ながらも自分も拘束されるのだと悟っていた。
しかし騎士から話しかけた目的は縛られることではない。
「縛る前に、一つ質問をさせてくれ」
「質問?」
「単刀直入に聞くが、君達は何なんだ?」
「ボスも最初に会った時そう言ったよ、確かあんた達あれだろ?『人間』って奴なんだろ?」
恐る恐る差し出された騎士の両腕を縄で縛る獣人は、何でもないようにこう言い放った。
「俺は……いや俺達は『ヤガ』だよ、何でも400年以上も前に雷帝が人間と魔獣を合成させて作ったらしいぜ」
「…………………あぁそうか、ありがとう」
腕を縛り終え、ヤガと名乗った獣人に促されるままに歩く騎士は、ふと空を見上げた。
空は白く、極寒の強風が全てを薙いでいく。
それを見つめる瞳は、紅く、それでいて暗い輪を覗かせながら、激情に燃えていた。
(雷帝……雷か、どうにも奴がチラついて腹立たしい………問題の元凶という所もよく似ている)
少し不機嫌になりながらも、騎士はアタランテ達と共に吹雪を掻き分けて白の世界へと消えていった。
頭の中の構想が上手く文章化出来なくてもどかしい限り。