頬は殴られて腫れ、全身に痣ができておりずきずきと痛む。それでも一哉は軽傷な方で、子と妻を庇っていた父は頭から血を流し、腕はおかしな方向に曲がっていた。
歩みを止めれば周囲で監視している村の大人たちに棒で殴られるため、一家は痛みをこらえて歩き続ける。
「(……なんでこんなことになったんだろう)」
二〇一五年七月三〇日。
世界中を大きな地震が襲うと共に、空から後に『星屑』と名付けられる異形の怪物たちが降ってきた。
星屑たちは不思議な力で守られており、通常の兵器やシェルターでは傷つけることも、侵攻を防ぐことも叶わなかった。武装していようが無防備な一般人と同様に、ただ殺され食われていくのみだった。
人間の世界はあっという間に星屑たちに食い荒らされ、そのまま滅ぶかに思われた。だが絶望するにはまだ早かった。
人の味方をしてくれる神々や、古くから超常の力を引き継ぐ一族などが星屑の侵攻を阻む結界を張り、人類の生存圏を確保した。
特に四国においては『大社』が人間を守ってくれる神々の集合体である『神樹』の力を借り、樹木でできた壁のような大規模結界で四国全域を包み安全地帯と化した。それにより一先ず四国は脅威から逃れることが出来たのだ。
とは言えただ結界内に籠り、守られているだけではいずれ結界も破られ滅ぼされる。
次なる脅威に備えるため、大社は神の声を聞くことのできる『巫女』の助言を頼りに希望を探した。
その希望の一人が高知県の田舎の村にもいた。
名前は郡千景。
当時小学六年生の少女である。
村人たちにはなぜ彼女が希望となり得るのかわからなかったが、何でも神から巫女にそういうお告げがあったらしい。今や四国の統治組織となった大社の人間がへりくだって話し、恭しく本拠地のある香川県へと連れて行っていたのだから嘘ではないのだろう。
これを聞いて村人たちは焦った。
なぜか? それは彼女の一家―――と言うより彼女を村ぐるみで迫害していたからだ。
きっかけは母親の不倫だが、千景自身に問題はない。単に「元々はよそ者で、殴っても問題にならないから」である。
母親は不倫相手の男と村から出て行き、父親も子供に興味がない。親の不倫という醜聞もあり、攻撃する理由も作れた。
だから村中の人間が寄ってたかって苛めて遊んだのだ。
大人たちは千景を蔑み、傷つけ、本人的には些細な嫌がらせをして楽しんだ。
子供たちはそんな大人たちを見て育ち、千景を「阿婆擦れの子」「淫乱女」と呼んだ。毎日のように物を盗った。来ていた服を脱がさせて、焼却炉で燃やした。ハサミで髪を切り、一緒に耳まで切れて泣く千景を笑った。階段から突き落としてみた。
皆で一致団結し、悪者を攻撃するのは楽しかった。自分は『善』側で、正しいことをやっているんだと思えて安心できる日々だった。
そんなことをやっていたのに、唐突に「郡千景は神から人類の希望として選ばれた」である。寝耳に水どころの話ではない。
神が守ってくれているから自分たちは星屑に食われずに済んでいるし、神が施してくれるから四国内だけでは生産できない食料品等も変わらず手に入れることが出来ている。だというのにこんなことがバレては自分たちは切り捨てられることになるかもしれない。
村の大人たちは多いに焦った。子供たちも大人たちを見てマズイことをやっていたとようやく理解した。
村の代表者たちが会議と言う名の責任の押し付け合いを延々と続けていくうちに、誰かがぽつりと呟いた。
「そういえば景山の家だけあまりやってなかったな」
会議に参加していた面々の表情が変わる。
確かにあの一家は陰口にも加わらず、自分達に飛び火するのを恐れて助けこそしなかったが迫害しようともしなかった。息子の方も千景より学年が一つ下で接点が少なかったというのもあるが、いじめには参加せず、道で通りすがっても石を投げたりしなかった。
郡家とは違い、村の催しにはきちんと参加していたため孤立こそしていないが、少し浮いた立場にいたのは間違いない。
「なんかあいつら前から怪しかったよな」
「もしかしてこうなること知ってたんじゃないか?」
「? いや、こんなこと事前にわかるわけがないだろ?」
「神が実在したんだ。表に出てこなかっただけで昔から。ならそっちから聞いてたのかもしれん」
「でもそういう神の声が聞こえるやつって大社にスカウトされてるんじゃなかったか?」
「……大社がスカウトしてるのって、
「ッ! それだっ! そうに違いないっ! それで俺たちにあの子を虐めさせて、自分の評価だけ上げて取り入る気なんだ!!」
「内部崩壊狙いか? ありそうだな。そんなのでもなければ私たちが神様に選ばれるような子を虐めるはずがない」
会議の結論が急速にまとまっていく。
元々全員が「自分は悪くない」という結論ありきで話をしていたのだ。
「となるといつまでも人類の裏切り者を放置しておくわけにはいかないよな?」
「ああ、気付いたからにはきちんと倒して、神様に俺らは間違いを正せたって理解してもらわねーと」
「じゃ逃げられる前に景山のとこの一家捕まえないとな。始末はどこでする?」
「神社でいいんじゃないか? 神様は神樹になったって言うけど、分霊とかあるらしいしたぶん通じるだろ」
自分たちが悪になり、神から見捨てられることに怯えた者達の行動は早かった。
人手と武器を集め、気付かれるような暇も与えず景山家に乗り込んでいった。
そして舞台は冒頭に戻る。
「祭神様、人類の裏切り者を連れてきました。これより処断いたしますので、お納めください」
訳も分からぬまま神社に連れてこられた景山一家の内、父親だけが前に出させられる。使えそうな道具が一つしかなかったためだ。
「オラァッ!!」
「ぎ、ぎゃあああぁぁぁぁぁああッ!!!!????」
力一杯振り下ろした斧が、狙いから外れて肩に当たる。
殴られ憔悴し、状況を理解することも出来ていなかった父があまりの痛みに叫びをあげ、母も正気を取り戻し子供を逃がそうと暴れ始める。
それでも数にはかなわず、村人に取り押さえられた。
「動くなクソが! お前も外してんじゃねぇよッ! その大きさの一個しかなかったんだぞ!?」
「悪い、力み過ぎた。でもこれ一回で落とすの無理だぞ」
何度も斧が父の首に振り下ろされる。
それを一哉は理解することを放棄し茫然と眺めながら、この場にいる誰にも聞こえない超常の存在の声を聞いていた。
『もうこの社には神はいないってのによくやる。時代が変わってもこの村の住人は変わらないな』
「(……だ、れ?)」
『僕たちは昔からいる悪霊さ。家主がいなくなって自由に動けるようになったんだ。
それより君に話がある』
ついに父の首が切り落とされ、神社の中へと運ばれる。
また母も前に出させられた。子供だけは助けてくれと叫び続けるが、斧が叩き込まれ絶命する。それでも首を一つ落として切れ味が落ちた斧では切り離すのに時間がかかり、子供の処断が少しだけ遠ざかった。
『君も僕たちだ。彼らの善性を証明するために悪だってことにされ殺される生贄だ。
なら望み通り成ってあげよう、殺せれば善だと言えるような本物の悪に。
彼らが本当に善であるなら殺せるはずさ、試してみよう』
ついに母の首も切り落とし終わり、神社の中へと運ばれる。
それを見ていた一哉に抵抗する気力もすでになく、村人に前へと引っ張り出された。
『返事する気力もないか。僕たちの何人かも似たような感じだったし、わからなくはないよ。
まぁ返事なしは了承ってことにしておこう。このままだと殺されるだけだし、新入りは協力してくれるようだからね』
神社から生首が二つ飛び出してくる。
生首は一哉の両肩に収まると、真っ黒な靄のようなものを放ち一哉を包み込んでいく。
「な、なんだ!? 何が起きてるんだっ!?」
靄に驚き村人たちが距離を取る。
ようやく靄が晴れた時、そこには三面六臂の巨大な鬼がいた。
「ば、化け物だ!!」
「やっぱり敵だったんだ!」
あまりの威容に村人たちは腰が引けて攻撃することが出来ない。先ほどまでは斧を振り下ろすのも、棒で殴るのも躊躇なく行えていたのにだ。
鬼はそれを見て一歩踏み出し、左右の首が吠えて威嚇する。悪を倒す善を示して見せろと。
『『グォォォォォオオオオオオッ!!!!』』
「「「「ひ、ひぎゃぁああああああ!?」」」」
村人うち数名が逃げ出そうと背を向ける。
その瞬間、逃げた者達の首がもぎ取られた。
『『一致団結し悪に立ち向かう善では無し』』
もぎ取った首を握りつぶす。
空いた手に逃げられなかった者の頭が掴まれ、同じようにもぎ取られた。
『『この村では、我らのみが悪だと定義された。それを証明してみせよ』』
この日、一つの村が消滅した。
独自設定として
「千景の故郷の村には悪ってことにした生贄を甚振って一致団結を促す風習がある」
と言うことにしました。
母親が不倫しただけで娘をあそこまで虐めるとか異常だし、そういう風習があったなら納得できるなと思いましたので。
あと千景の父は大して迫害されてません。金銭面での負担とかも、村の偉い人が生贄が早々に潰れないようこっそり融通してたのでマジで実害無し。
職場村の外ってことにしたので、村の催しには参加しなさそうな性格ですし村人とはそもそも関わらない。悪口を聞く機会すらなく、暴行とかも全く受けてませんでした。
自分に害があればもっと行動してただろうし、父親には害がなかったからこそ千景へのいじめは放置されていたという設定です。