なかなか進まない…。
騎馬戦が終わって昼休み。見知った後ろ姿が見えて声を掛けた。
「麗日さん!」
「あ、白儀くん!探しとったんよ、一緒にお昼食べに行こう!」
ちょっと離れたところから麗日さんが手を振っている。呼ばれているのだと近づいた。
「もちろんだよ。…あれ、緑谷くんと飯田くんは?」
麗日さんの周りを見ても、いつも一緒にいる残り二人の姿がない。どうしたのだろう。
「飯田くんは席の確保しに行くって先に行ってもうた。
デクくんなら轟くんに呼ばれてたよ。何か話があるって…そろそろ帰ってきても可笑しくないんやけど」
「へぇ。ならぼくが探してくるよ。先に行ってて」
「え、白儀くん!?」
麗日さんの制止を振り切り、足を進めた。
とりあえず人気があまりない場所を探してみたら、案外早く見つかった。
「俺は奴を完全否定する」
聞こえた声に足を止める。十数メートル先からその言葉がはっきりと聞こえる。
まだ緑谷くんとの話は終わってなかったらしい。周りに人がいないお陰で盗み聞きするつもりはなかったのに話の内容がよく聞こえてしまった。
そうなるように作られた個性。強制された夢。
個性のせいで、抱いた希望を捨てなくてはいけない。
個性のせいで、夢を置いていかなくてはいけない。
「……ぼくは、それが許せないんだ」
だからね、轟くん。ぼくが君を助けてあげよう。
緑谷との話が終わりその場を立ち去ろうとした時にそいつは現れた。
「やぁ、轟くん」
声を掛けたのは白儀だった。朗らかに笑うその姿に先程終わったばかりの戦いの疲れが感じられない。…あいつにとって勝つことは当然のこと何だろう。
白儀響。入学してからずっと、一番ばかりを取ってきたやつ。こいつは個性把握テストや戦闘訓練でトップの成績を残してきた。授業での様子から頭も悪くないと思う。
戦闘訓練で俺に勝った相手だ。障害物競走では俺が勝ったものの、あれは緑谷の妨害がなければ結果がどうなっていたか分からない。さっきの騎馬戦ではこいつに一杯食わされたも同然。
だから次はこいつに勝ちたい。体育祭で優勝して、あいつを否定するためにも。
「…何だ?白儀」
「あはは、そんなに警戒しないでよ。ちょっと聞きたいことがあって来ただけなんだ」
「聞きたいこと?」
こいつが?その言葉に若干目付きが鋭くなる。
体育祭が始まる前に宣戦布告をした相手に対して聞きたいこと。宣戦布告をした理由とかか?
「あっ、聞きたいことって言ってもそこまで時間は取らせないから!轟くんだってこのあと試合なんだし、遅れたら大変だもんね」
「…なんだ。聞きたいことって」
「えーっとね、出来れば怒らないでほしいんだけど……さっき、緑谷くんと話してたのきいちゃったんだ」
緑谷と話していたこと。つまり、
自然と眉間に皺が寄る。
「それがどうした」
「…轟くんはお父さんの個性で勝ちたくないんだよね?」
「そうだ。俺はあのクソ親父を完全否定するために…っ?!」
周りの温度が下がった気がした。風が吹いたわけでも、俺の個性でもない。この寒さは、何か恐ろしいものが現れたときの悪寒に似ている。
「なら、勝たなきゃね。絶対に。君自身の力で」
一つずつ区切り、意識に刻み込むように白儀は言う。いつもは温厚そうな白儀が、今はどこかほの暗い雰囲気を纏っている。ただ話しているだけなのに何故か背筋が冷えた。
「それが本当に君の願いならば、君は試合に勝って優勝しなくちゃいけない。緑谷くんも、ぼくも、A組やB組のみんなも倒して自分の力を証明しないといけないよね」
「何を言って、」
「勝たなくちゃそれまでの時間は無駄になる。
それを認めたくないから努力にも価値があるなんて言葉で誤魔化してしまうんだ。ぼくは皆にそんな思いをしてほしくない」
「……白儀、お前は俺に何が言いたいんだ」
試合に勝つ?それは体育祭に出場しているやつは誰でも願ってるだろう。白儀だって優勝を目指しているはずだ。
何で俺にそんなことを言うのか、白儀の考えていることが分からなかった。
「簡単だよ。ぼくが…」
突然、痛いくらいに腕を掴まれる。力強く白儀の方に引っ張られた。
「っ!?おま…!」
「ぼくの目を見て」
引き寄せられて距離が近くなったからか、薄暗い廊下でも白儀の顔がよく見えた。
その顔は笑っているのにこちらが飲み込まれそうなほどの不気味な雰囲気がある。
そして…
(目に、四角…?)
目に浮かぶ縦長四角の白い模様。ぼんやりと怪しく光るそれは普通の人間にはない異常な瞳。この個性社会ではあり得ないことではないかもしれないが、白儀の個性でこんなものは見たことがない。
いきなりのことに驚いて、引き寄せられたことに文句を言うことも忘れていた。
「君の願いを
ドクン、と何かの鼓動が聞こえた。どちらかの心臓の音かと思ったが、その音はどんどん近づいて来るような気がした。何かがぐにゃりと空間を曲げてそれは自分の中に踏みいって来る。
何故か抵抗出来ない。
「…っ!……………?」
咄嗟に
薄暗い廊下には人の気配はない。パクパクと口が動いても誰かの名前が声に出ることはない。
何かから離れようと突き出した手は、誰にも届いていなかった。
「俺は…今、誰かと話していたか?」
ついさっきまで誰かと一緒にいたような気がした。しかし誰かといた記憶がない。
どこかもやもやとした気持ちを残し、次の試合まで時間がないことに気づいてその場を後にした。
壁に手をつき、流れる汗を乱暴に拭う。全身が倦怠感に包まれて視界も少しぼんやりとした。ドクドクと脈打つ心臓の音がよく聞こえる。
「はぁっふぅ、はぁっ…!
…さすがにこっちの負担が大きいね。万全まではもう少し時間がかかりそうだ」
種は蒔いた。いつ芽吹くかは分からないけれど、体育祭が終わるまでには必ずやってくる。あまり離れなければ上手く『庭』に巻き込まれるだろう。
今回のメインイベントに邪魔者が入り込まないように願うばかりだ。
今日は力を使いすぎた。障害物競走の時と合わせて、一日に二回も器が悲鳴を上げている。疲労で震える手のひらを握り締める。息を整えたら、早く応援席に戻らなければ。
…それにしても、障害物競走の時は一体何が原因だったのか。
灯台の彼が原因ならばそれでいいのだが、ヤエに言ったように彼女がもしこの場に来ていれば…。
「…考えすぎだよね」
ドクン、と大きく心臓が拍動する。まるでその可能性を肯定するかのように。ぎゅっと人間の体の心臓がある部分を押さえ付ける。
その時脳裏によぎったのは、巨大な門と門を守る少女の姿だった。
ビルが建ち並ぶ街の中。昼間と言ってもなかなかに人は多い。歩く人々をとあるビルの屋上から眺めているものがいた。
風に吹かれて白いコートが揺れる。裾がくるくると丸まったそのコートを着ているのは、小学生か中学生くらいの幼い容姿をした少女。臍を出したファッションはなかなかお目にかかれるものではない。閉じた目のようなマークが描かれた帽子から紫の髪が靡いていた。
「あぁもう!外れよ、外れ!大外れよ!」
少女は急にイライラを吐き出すように叫んだ。
日が昇ってからずっとこの場所で待っていたが、新しい手がかりは一切なし。人に取り憑いた同族をたった一人、送り返しただけだ。
「人間が多いところに来てみたけど、何にも手がかりないじゃない!全く、夢もキボーもありゃしない!!」
うがーと空に吠えるように両手を突き上げてみたら、少し気持ちが落ち着いた。屋上の風で飛びそうになる帽子を押さえる。
憎らしいほど空は青い。あっちでは見られない青空は、見ているだけで向こうの世界が懐かしくなる。
もうどれ程の時間が経ったのだろう。人間の時間の単位など知ったことではないが、この青空を見慣れるほどの時間は経っている。
はぁ、とため息を吐きもう一度空を見上げた。
「…アタシはどうやったら帰れるのかしらね」
何だか疲れた。誰に問い掛ける訳ではないが言葉が零れる。そろそろ別の場所に行ってみるべきだろうか?
ふと、隣のビルをから何やら歓声が聞こえた。
見てみるとビルに取り付けられている街頭ビジョンに少年少女たちが走ったり、鉢巻きを奪いあっている映像が流れていた。少年少女たちは皆同じ服装だ。確か人間が通う学校、という場所。あの行事は何回か見たことがある。
「…楽しそうね。えーっと、」
雄英高校の体育祭、だったかしら?
さて、やっと!白犠くんらしいことが出来ました。
でも次の話で……ゴニョゴニョ。
次はちゃんと最後に出てきた彼女の名前も出しますね!