ある日、気が付いた時にはそこにいた。
いつからそうしていたのか、私には記憶がない。ずっと前からそこにいたような気もするし、つい先ほどここに来たような気もする。
1つ確かなことは、そこがいつどこであったとしてもただひたすらに飢えていたことだ。
何を食っても満たされない。飢えが心を掻き毟って離れない。にもかかわらず喰らうという行為そのものに飽いた私は結果として自我と呼べるものに目覚めることとなった。
そこから自己というものを確立するまでに随分と長い歳月を要することとなった気がする。今となってはあやふやだが、自我に目覚めたといってもそれだけであり、当時の私に自己と呼べるものはそこに存在せず、どちらかと言えば足元を這いまわる小さい生き物のように本能に従って生きていたような気がする。
それでもなお飢えは満たされることはなく、ただひたすらに何かを喰らっていたことは覚えている。
初めて自己と呼べるものを自覚したとき、私の周りには骸の山が出来上がっていた。さして明るくはないが、周りの白い砂がわずかに注ぐ光を照り返すことで骸の山を照らしていた。姿形大きさ悉くがバラバラで、そういったものだけを見るならばとても同種の生物とは言えないだろう。
共通点として、皆仮面のようなもので顔を覆い隠していた。
私は何故かは知らないが、それだけで彼らを私と同種の何かであるという確信に近いものを抱いた。
私は同じように食らい続けた。最初の内は知性のないものが多く、それをひたすらに食らい続けるだけだったのだが、気が付けばそれは徐々に抵抗をしてくるようになり、時にはあちらから襲ってくることもあった。その牙や爪が届くことはついぞ無かったが、その時初めて煩わしさを覚えたような気がする。
そうして喰らい続けて覚えるのが億劫になる程度の時間が過ぎた後、私は自分の体が随分と縮んでいることを自覚した。最初の内は周りが私と同じくらいに大きくなったのかとも思ったが、昔獲物を喰らう際の邪魔を避けるために使っていた洞穴に訪れたらその洞穴も以前の数倍の大きさになっていたため私が縮んでいるだけだという結論に至った。
縮んでからは、飢えと呼べるものがだいぶ収まったような気がする。だが、だからと言ってどうしたといえばどうすることもできず、私は試しに自分の身体を隈なく調べてみることにした。黒い表皮。二本の腕に二本の足。なぜか胸だけ膨らんでいて妙に柔らかい。後に人という生き物を知るまでは随分と変わった姿に思われた体は、自分でいうのもなんだが堅牢だと一目でわかる白い鎧のような物で要所要所を包んでいた。視界の端にチラチラと映る赤い毛は自分の頭から生えているようだった。
やることを無くした私は、もっと知りたいという飢えを覚えた。
とりあえず私がここに来るまでの道をもう一度歩いてみることにした。
あの狂おしいほどの飢えは収まったのだが、それでもなお喰らい続けなければ力が沸かなくなる感覚を覚えた。
私は道中にいるものを喰らいながら道をひたすら歩いた。変わり映えのない風景が続いていたがその中でも微細な変化を見つけては私はそこに行った。
私にとっての目覚めはその瞬間に訪れた。
今思えば私の持つ力に目覚めただけなのだが、その時の私には神の啓示を受けたような気分だった。
特別暴れたものを喰らい終わった時、何の前触れもなく、それは訪れた。
「ああ……ああ……」
その日、私は知った。知ってしまった。こことは異なる世界、否、ここより高次の世界にて繰り広げられた神々の物語を。
その世界は、この世界と比べてはるかに進歩していた。人と呼ばれる種が世界の覇権を握り、人はそれだけにとどまらず更なる発展を続けた。が、同時に人間は賢しいだけではなく途方もなく愚かでもあり、己が勝者でなければ気が済まないと考える愚者で溢れかえっていた。
そんな人間たちの手によって神と呼ばれる全能の者が座する場所、「座」が創られた。元は星と星との戦争の最中に作られたものの副産物でしかなかったそれはその実、宇宙の理を己の渇望のままに書き換えることのできる最高にして最悪の発明であった。
その座を巡り、人々は戦い続けた。その物語は時や舞台を変え、様々な者達によって争われたがその本質は何も変わらない。
流転する正義と、その正義に異を唱える異分子による喰らい合い。そこに完全な正答と呼べるものは存在せず、例え総ての生命を優しく抱きしめる黄昏の温もりであったとしても、八百万の生命を受け入れる曙の光であったとしても完全に正しいなどありえはしない。
だからこそ、その物語は美しかった。
私は見渡すこの白い砂漠が、後に虚と呼ばれる生物が喰らい合いを続けるこの世界がひどく穢れたものに見えてしまった。
わかっている。彼らは知らないだけなのだ。私とてただ偶然神座の記録を覗き見てしまった傍観者に過ぎない。彼らに対して憤りを抱くなどあってはならない。獣の類にそのような事を理解せよと強いるのは酷な話であることは分かっている。
だが、今も私の記憶の中で煌めいているこの神座の記憶が私の中で完結することだけはあってはならない。
ならばどうすればいいか。私はそれらの啓示によって初めて得た知恵を用いて、初めて思考というものを巡らせた。
その日から、私は彼らの威光を称えるための万神殿の建築に取り掛かった。神座の記憶が流れ込み、私は多くの事を知った。その中に存在したのが神々を称えるための建築物だった。神座の記憶を知る以前の私は建築物という概念自体知らなかったが、今ならばわかる。
幸いにも、長い間この砂漠を彷徨ってきたため、どこならば安全に万神殿を建築することができるかはおおよその目途がついていた。彼らは大きくなればなるほどお互いを喰らわなければならない以上、ある程度の広さを持つ区域に密集していることが多いため、そういった所から意図的に離れればよほど飢えた者でもない限り近寄ることすらないだろう。
人に限りなく近いこの体は便利だった。少なくとも私がよく喰らっていた者達の体ではこうまでスムーズに知識でしか知らないことを進めることはできなかっただろう。
一切の手抜きは許されない。ここを訪れた者がある程度の理性がある者ならばその総てに神々の威容を知らしめることができるようなものでなくてはならない。大きすぎるのは無粋の極み。小さすぎるのは論外だ。黄金比と呼ぶものがどのようなものかは知識でしかわからないため再現できないが、そういった完成されたものを彷彿とさせる神殿でなくてはならない。
万神殿の外観は100年ほどの歳月を要して完成させることができた。途中で設計図というものに従って組み立てればさらに楽だという事に気付いたが、行き当たりばったりでなければ学べなかったことも多く、結果として個人的には満足のいくものとなった。無論、完璧などという事はあり得ない。この程度では神々の威光など爪の先程伝われば儲けものといった所だ。だが、この100年の間で分を弁えることを知った私にできる最高傑作であることに変わりはなかった。
だが、本番は此処からだ。これまではただひたすらに記憶の中で知った万神殿を作ればよかった。だが、ここからはそれに加えて如何に神の威容を知らしめるかを自分で考えなければならない。
この日より、私は神々の像の作成に取り掛かった。それぞれがそれぞれの座に座し、ただ世界を見下ろす像。それを計8体作らなければならない。自分にそのような事ができるのかと気が遠くなる思いをしたが、それでもやめるという選択肢はなかった。
これにはおよそ1600年の歳月を要した。否、正確に覚えているわけではない。ただ途中で出会った理性のあるものが再び出会ったときにそう言っていたから多分そうなのだろうという程度のものだ。
スケール自体は万神殿よりも小さいがそういう問題ではない。それぞれの神の理を、渇望を、それに塗り潰される世界を1つの像として完成させなければならないのは至難の業、というよりほぼ不可能なのではないかと思った。
己の罪から逃げるべく全てを善と悪に二極化した『二元論』。
悪を誰よりも憎むが故に己が最後の悪になることを望む『堕天奈落』。
悪を許せず総てを潔白の牢獄に閉じ込めた『悲想天』。
ただ1つの結末を求めて回帰を続けた『永劫回帰』。
触れるだけで壊れるとしても総てを全力で愛する『修羅道』。
総ての生命の幸福を願い、抱きしめる『輪廻転生』。
黄昏を愛し、ただ一人の女神の為に時を止めた『無間』。
己1人を愛するために己以外の全てを滅ぼす『天狗道』。
そのどれもが私の中で綺羅星など比較にならない輝きを持っている。これを現実のものとして作り出すのは至難の業だった。万神殿など比較にならない程の時間がかかった。途中でいくらか知性のある者との出会いがあった。
バラガンという者に一緒に来るよう言われたが断った。完成すらしていないのにここを離れるなど冗談にすらならない。その後何度か剣を交わし、しつこかったから完成したら向かうという事だけを告げて和解した。私よりもずっと長い時を生きているように思われたため、もう少し話したかったのは確かだったが、あれ以降一度も会っていない。
アーロニーロという私が出会ったものの中でも特段の異形を持った大喰らいとは同じ獣を喰らう仲となった。なぜそうなったのかは覚えていないが、彼らには何というかこう、抱きしめたくなるような愛らしさを感じた。どこか幼いからだろうか。
ザエルアポロという者に妄言に過ぎないと言われついカッとなって殴り飛ばした。第一印象こそ最悪だったが私の知る限りこの世界で最も知恵を持つ者は彼であり、それなりに馬の合う奴だったがある程度話をして以降会っていない。不死の研究をしていると言っていたが果たして完成したのだろうか。
ハリベルという者に出会い初めて神座の事をまともに他人に話した。良くも悪くも情が深く、臣下らしき者達からも慕われていた彼女は、器が大きいとはこのようなことを言うのだと私にわからせた。この世界に彼女らの安息の地があるとは思えないが、それでもきっと彼女達のような者こそ救われるべきなのだろう。
グリムジョーという者に万神殿を壊されかけたときにはうっかり殺しかけた。彼は王としての己を誇示するのに必死なのだと分かってからは幾分か愛着が沸いた。そんなことを言えばあれは牙を剥いて襲い掛かってくる類のものなのだが、そういった所もまた愛らしいと言えるのだろう。私自身が愛という感情を理解しきれていないところに目をつむればだが。
そして、現在。8体の神像の作成を終え、万神殿を完成させた私はその神殿の門番のようなものをしている。万が一にもこの万神殿が理性のない獣に冒されることのないよう。そして知性のある者が来たら歓迎できるよう。自分で作ったものを自分で守るというのはなんだか滑稽な気もしたが気にしないことにした。
もともと獣が来ることのないような場所に建てていたため、訪問者は理性のあるなしに関わらず数年に1度程度のものだった。
私はそれで満たされていた。もともと私には何もなかったのだから。
そんな暮らしが始まってから数十年したとき、ザエルアポロから聞いていた死神と呼ばれる存在であろう者が3人やってきたのだった。
書いてたらあの時のショックがぶり返したので続くかどうかは未定です()。