第一神座 二元論
一つ目の扉を潜り抜けた先にあったのは、座を中心として白と黒に二分された世界だった。それはさながら戦争の様相を示しており、白い側には醜悪な者達が蛮族の着るような鎧を身に着けて黒に向けて進む様が作られており、黒い側には見目麗しい者達が優雅に笑みを浮かべ、白の軍勢を迎え撃とうとしているさまが作られていた。
そしてそれらをまるで愛玩動物でも見守るかのように見下ろす女性が、中央に存在する座に座していた。
フリードが唄うように言葉を紡ぎだす。
「それは総ての始まりであり総ての終着点を示した始まりの座。座というシステムそのものを生み出した世界であり、初めて座に至った女によって流出した法により生み出された世界。そこでは総ての存在が善と悪に二分され、双方が決して相容れることはなく喰らい合いを続ける永久の戦乱が行われていた。例えどちらか一方がほろんだとしても次の瞬間には価値観が逆転し、昨日の善が今日の悪となることが当たり前の世界。それが第一神座。二元論だ」
ふと、座ではなく彼女が見下ろす白の軍勢と黒の軍勢を眺めていたギンがフリードに問いかけた。
「これ、どっちが良い者なん? 黒?」
「いや、白だ。いつの時代も善とはやってはいけないことに縛られる。しかも彼らは己の価値観が間違っているなんて欠片も思わない。行き過ぎたときにより醜悪に、より凶悪になるのは善者なのさ」
「へぇ……そりゃまた……」
ギンがうっすらと笑みを浮かべながら要の方を見据えた。
それは正しく人が織りなす綾模様であり、それを愛でたいと思った女の為の世界である。
第二神座 堕天奈落
次に訪れた間は先ほどのものとは異なり黒一色の世界であり、先程の第一神座の黒側を一面に広げたような空間であった。中央の座には壮年の男性が不敵な笑みを浮かべながら座しており、彼の命を奪おうとするかのようにありとあらゆる者の刃が彼へと向けられていた。
「ここは第二神座、堕天奈落。第一神座の世界に出現した極大の悪によって流出した座。それは正義が流転する第一神座において極大の悪として顕現し、剣一本で座に至り、二元論を切り捨てた1人の戦士だ。その世界は誰もが原罪を背負い、罰として生きる苦界。善人などおらず、誰もが快楽と悦の為に他者を喰らう弱肉強食の世界。そしてそのような行為を誰も恥じず悔いもしないが故に強者にとっては楽園以外の何物でもない。だが、座に至った男の渇望は「悪を完全に根絶したい」というこの世界とは真逆のものであり、己自身が極大にして唯一の悪となり次代の善神に滅ぼされることで悪の根絶を果たそうとした世界だ」
確かに、黒一色でおおわれた空間には闘争で埋め尽くされていた。しかし、その中に嘆くような者を象った像は存在せず、誰もが豪快な笑顔を浮かべていた。
「苦界にしては、随分と笑顔が多いように見えるね」
「苦界というのは見かけだけの話さ。欲望のままに振る舞い、文字通り弱肉強食以外の何の法則も通用しない世界。さらに彼らは悔いもしなければ恥もしない無慙無愧の連中だ。生きたいように生きて死にたいように死ねるこの世界はある意味の理想郷だろうさ」
第三神座 悲想天
次に訪れた間は先ほどまでとは何もかもが正反対の白一色で構成された空間だった。行き過ぎているとすら感じられるほどに白い空間で、座の下にいる人々の像は誰もが穏やかな表情を浮かべており、それに反して座に座している男性の表情はどこまでも冷酷なものだった。
「ここは第三神座、悲想天。第二神座の息子が結果として第二神座の悲願を果たす形で座に至ることで流出した座。その渇望は第二神座と同じく「悪を完全に根絶したい」というものであり、その結果として生まれたのが善のみが存在する争いのないディストピアだ。第二神座の絢爛さの根源であった原罪が浄化されたことにより個と呼べるものの一切が排除され、蟻の社会を彷彿とさせる群体社会が形成された。それは争いの根源に存在する「理解できない」という要素の一切を排除した、穢れの一切存在しない塩の牢獄だ」
藍染はふと視界に入った純白の柱に人の顔が浮かんでいることに気付いた。
「あれは、この世界で罪を働いた者が罰としてああなっているのかい?」
「ああ、と言っても私や君達からすれば罪とすらいえないようなものだけどね」
塩の牢獄の象徴である塩の柱に刻まれた人の顔は、それでもなお穏やかな表情を浮かべていた。
第四神座 永劫回帰 修羅道至高天
そこはそれまでの一色によって染め上げられた空間とは異なる空間だった。部屋全体は宇宙のような意匠が施されており、地球らしき星を挟んで座に座した二人の男が向かい合っているような構図となっていた。
「第四神座、永劫回帰。第三神座の世界の破綻により飛来した別次元の存在を観測した第三神座が己自身の無能を許せず、座を降りたことにより流出した座。黄昏の女神という至高の存在と出会い、彼女と出会ったこの刹那を永遠に味わいたいという渇望と女神による至高の終焉を迎えたいという渇望の矛盾が複雑に絡み合い増大し、最終的に最も神に近い存在である友と相打つことにより「こんな結末など許さないし認めない」という渇望が流出した結果生まれた理。それは望んだ結末にたどり着くまで無限と言える時を繰り返し続ける世界であり、総てが既知で満ちた世界。座に至った本人は未知を求めているにもかかわらず女神との出会いという既知を決して手放したくないと願うが故に既知をループし続けるという様はどうしようもなく破綻しており、しかしその法の性質故に誰も神を殺せず、また変化が起こる確率も限りなく低いため、歴代の中で最も持続した座だ」
「座というものは、二つ同時に存在しうるものなのかい?」
「ああ、この座は少々特殊でね。神の規模が馬鹿でかくなってしまったばかりに神の分離体と呼べる存在すらも神に比肩しうる存在となってしまったのさ。それがあの黄金の獣。修羅道至高天だ」
それは絢爛豪華という言葉がこれ以上に似合うものはいないのではないかと思えるほどの男性だった。その顔には美しい笑みが浮かんでおり、そんな彼に付き従うかのように、彼の座は大量の黄金の骸骨によって支えられていた。
「修羅道至高天。第四神座の「死にたい」という渇望により生まれた存在。その渇望は「総てを全力で愛したい」というものであるにも関わらず、その生まれ故に総てを愛するということが総てを破壊するということに直結してしまう。しかし彼はその一方で愛するものを破壊してしまうことは悲しく、それは彼の本意ではなかった。その結果として流出した法が「永遠の闘争により総てを破壊し、その上で破壊されたものは何度でも蘇る」というもの。それは確かに彼の渇望を満たし得るものであったが彼は第四神座によって生まれた存在であり、第四神座が滅ぶという事はそのまま修羅道の消滅を意味することであるため、彼が座につくことは決してあり得ない」
第五神座 輪廻転生
そこは初めて、少なくとも藍染達にとっては初めてまともなのではないかと言える空間だった。座と言えるのかどうかわからない花によって彩られた中央部分に佇んでいるのは純白のドレスを身にまとった少女であり、その顔には邪気など微塵も感じない美しい笑みが浮かんでいた。
そして、そんな彼女を守護するかのように、歯車と時計で無理矢理構築したかのような座に座した少年がじっとこの空間に入ったものを見据えるかのように座していた。
「第四神座の至高の既知である黄昏の女神が第四神座より座を明け渡されることにより流出した座。第四神座自体が彼女が座に至るための舞台装置と言っても過言ではなく、彼女が己の渇望を外へ流れ出すのを促すための恐怖劇に他ならない。彼女の渇望は「総てを抱きしめたい」というもの。総ての生命に幸せになってほしいと願う彼女の渇望は、死した魂を優しく抱きしめ、次はより良い生涯を送れるようにと異なる生へと送り出す理となった。その慈愛は善悪貧富の一切を問わず振りまかれ、あらゆる生命の緩やかな成長を促す慈母の理は本来なら互いを喰らい合う事しかできないはずの神に至り得る者達を共存させることすらも可能とした」
「なんや、これまでの神座と比べるとえらい綺麗やねぇ」
「ああ、普通に考えれば彼女の統治は理想像とも言えるだろう。それに加えて、彼女はその性質で本来なら座に至ることすら可能な神三柱によって守護されていたんだ。その内の1つがあの歯車の座に座している彼だよ」
無間
「輪廻転生が座に至るための舞台装置として第四神座に生み出された存在。その渇望は「至高の刹那を永遠に味わっていたい」というもの。彼にとっての至高の刹那とは大切な仲間との日常であり、彼はそんな変わり映えのない日常が真の意味で永遠に続けばいいというある種破綻した思想を抱いていた。その理は、彼が一緒に過ごしたいと思った者以外の全ての時間を永久的に停止させるというもの。彼と親しいもの以外の全ての時間が停止するため生命の循環はほぼ完全に停止するといっても過言ではなく、また彼の影響下に置かれた者達は例外を除きその思考を現状維持の方向へ向けたまま停滞させてしまう為、その力は渇望に反して世界を事実上破滅させる力であった。次の神座が生まれる確率の低さでいえば第六神座を除けば群を抜いて低く、また彼は誰よりも黄昏の女神を愛していたため彼女の願いを尊重してその力を封印し、彼女の守護者となった」
第六神座 大欲界天狗道
そこは先ほどまでの空間とは一転して殺風景な、それでいてまがまがしい雰囲気を放つ空間だった。中央には座と呼んでいいのかすらどうか不明な胎児の掌を模した座に、黒い肌と縮れた金色の髪、そして3つの目をもった明らかに常人ではないと分かる少年が座っていた。
「第六神座。第五神座の世界で総てを愛し抱きしめる女神に対しても端を発する者達によって仕立て上げられた邪神が己を抱きしめる何かを煩わしいと感じ、黄昏の守護者諸共女神を蹂躙し、結果として座に至ってしまったことにより流出した理。その渇望は「ただ独りになりたい」というもの。ただ独りそこにあり、何もなければ何も起こらない悠久の凪。それは総ての生命が自己愛により邪神独りになるまで喰らい合う世界という形で流出した。当然次代の神が生まれる可能性は限りなく0であり、とある残骸が座の完成を刹那のところで止めていなければ数日のうちに世界は邪神独りを残して総て滅んでいただろう」
周囲を見渡しながら、ふと気づいた藍染がフリードに問いかけた。
「記録は此処で終わっているのかい? だとしたらこの世界は加速度的に滅びに向かっているという事になるが……」
「この大欲界天狗道を打倒し、新たに座に至ったものがいたんだ。私が見れるのは闘争の記録だけ。今はどんな神が座に居座っているのかなど知らないし、そんな畏れ多いことを知ろうという気もないよ」
フリードはうっすらと笑みを浮かべながらそう答えた。
―・―・―・―
「さて、これで一通りの説明は終わった。どうだったかな、藍染惣右介」
「素晴らしいものを見せてもらったよ。感謝しよう」
口元にかすかな笑みを浮かべたフリードに対し、藍染もまた穏やかな笑みで応じながらも思考を巡らせていた。
とてもではないが、これらすべてを虚がただ一人で考えたとは思いにくい。虚の中には生前の性質や記憶を強く受け継ぐものもいるが、それでもそれらは強い自我のみを残し、最上級大虚になるころには漂白されている場合がほとんどだ。そのような知恵のみで、ここまでのものを作れるものなのだろうか。
藍染がここ虚圏で計略を進めてからかなりの時が経つが、ここにきて第三者の存在を疑わなければならないことに藍染は若干ながらも辟易していた。
「さて、本題に入ろうか。私達が今日君の元へ訪れたのには訳があってね。この素晴らしい神域を守る君の力を私達にも貸してはもらえないだろうか?」
「……ほう」
先ほどまで笑みを浮かべていたフリードの表情が若干ではあるが揺らいだ。何を要求されるのかはフリード自身分かっていなかったが、それでも彼女にとっては想定外の事態だったのだろう。少し間を置いてから言葉を紡ぎだした。
「……君は、私より強いだろう? 私のような者を仲間にする理由がわからないな」
「君が、この虚圏において最強の虚だから、という理由では駄目かい?」
「冗談はよせ」
フリードは苦笑いを浮かべながら冗談でも言うような調子で言葉を紡ぎだす。
「力を求めているのならば他をあたればいい。力が必要ならバラガンでも味方につければいい。適当に神として崇めてればいくらでも力を――」
「バラガン・ルイゼンバーンなら、とうに私の軍門に下ったよ」
「何……だと?」
初めて、フリードの口元に驚きの表情が浮かんだ。
「今では私の下で、配下の1人として活動してくれているよ」
「……そうか」
藍染の前でフリードは1つため息をつくとともに、再び言葉を紡ぎだした。
「ますますわからないな。バラガン率いる軍勢はこの虚圏の最大勢力、それを従えたならばこの虚圏を手中に収めたも同然だ」
「私の目的は、この虚圏にはないよ」
「……なるほど、あくまで欲するのは純粋な戦力、という訳か。多いことに越したことはないものな」
続けてため息をつくフリードに対し、藍染は終始優し気な笑みを浮かべるだけだった。
少しの間フリードは考える素振りを見せていたが、顔を上げて藍染の方を見据えるとしゃべり始めた。
「私にはこの万神殿を守護する義務がある。悪いが君の誘いに乗ることはできない」
「まぁ、そうだろうね」
フリードが毅然とした態度で断っても、藍染は表情一つ変えずに頷くだけだった。
愛染は一瞬だけ考え込むような素振りを見せた後に、これまでのものとは異なる悪戯めいた笑みを浮かべながら言葉を紡ぎだした。
「では、私がこの万神殿ごと君を連れていくと言ったらどうする?」
「…………何?」
フリードが再び動揺した。
「どういう意味だ?」
「私の配下の破面には、己の劣化分身を無限に生み出せる者がいる。彼ならばこの神殿の護衛も管理も、君の望むままにこなしてくれるだろう。もし君が私に力を貸してくれるというのなら、彼らを君の従属官とするように手配しよう」
「ああ、そういう……」
考え込むフリードの反応は芳しくなかった。当然と言えば当然の話だ。彼女はこの万神殿を作り、守ること。ひいては神座の神々の威光を伝えること以外は本気でどうでもいいと思っている。例えこの先藍染が天に立ち、そのために何千何万という魂魄が犠牲になったとしてもそんな程度神座の闘争と比べれば子供のチャンバラにも及ばない。その物語は彼女1人で抱えきれないほどに鮮烈で煌びやかだからこそ、彼女は万神殿を作り、それを守護している。そこに何の誇りも抱いていないと言えば嘘になるだろう。
「フリード、あくまでこれは、神座の記録の一端を君に聞かされたものの言葉として聞いてくれ」
「何だ?」
「君は、この世界がどうあるべきだと考える?」
「この世界……虚圏の事か?」
「いや違う、現世も、尸魂界も、虚圏も含めた総てだ。第七神座の法下にあるこの世界において、少なくとも神座の記録を有しているのは私の知る限りでは君だけだ。この神座の闘争の歴史は、遍く総ての者が知るべきだと、そうは思わないかい?」
「思うさ。だからこそ私は万神殿を守護している」
切り返すようにそう答えるフリードに対し、藍染は真剣な表情を浮かべながら言葉を紡ぐ。
「残念だが、君がここで努力するだけではそれは報われないだろう」
「……何だと?」
「っ……」
(お~こわ、こりゃ前評判に嘘はなさそうやなぁ)
一瞬ではあるが、フリードから藍染達に対し、霊圧のような何かが叩きつけられた。それと同時に場が凍り付くような感触にギンと要が包まれる中、藍染は眉一つ動かさずにしゃべり続ける。
「現在、神々の世界より下の次元であるこの世界において、魂の循環を司る霊王という存在がいるのは知っているかい?」
「いや、初耳だな。証拠はあるのか?」
「直接知った私の言を信じてくれればそれ以上はないが、これだけの記録が恐らく例外的存在だろう君だけしか知らないという事も証拠として挙げられるだろうね」
「……何?」
「不都合なのさ。霊王にとっては魂の循環を守護し続けることが使命だ。そして、君の知る神座の記録はせっかく手中に収めている魂魄が自身に牙を剥く要因になりかねない。己の手の内に収まっていればいいものを、己よりも上を行かんと手の内から飛び出そうとする存在など邪魔以外の何者でもない。何らかの手を打っていることなど、子供でも予想できる。恐らくは、君が言い聞かせても、この素晴らしい万神殿を見せても、所詮はくだらない君の妄言としか感じないだろう」
フリードの表情に驚きと怒りがわずかながらに滲み出していた。心当たりがいくらでもあったからだ。その変化に気付かないふりをしながら、藍染は続けてしゃべり続ける。
「私は、今の世界は間違っていると考えている。この世界の総ての存在は、今は霊王の自己満足のための家畜に成り果てているのだからね。改めて聞こう、フリード・マルク」
私と共に来る気はないか?
フリードにとって、もはや返答など1つしかなかった。
主人公は破面勢の中では比較的賢い方ですが基本的に疑わないので腹芸はクソ雑魚ナメクジです。具体的に言うとアニオリ回でウルキオラ倒して崩玉を奪ったと思い込んでたおっさんにも言いくるめられます。理由は後程明かされると思います……多分。