万神殿は何処   作:sugar 9

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7話:仮初の刹那

 刹那は決して戻らない。

 

 しかし刹那は絶え間なくやってくる。

 

 

 

―・―・―・―

 

 

「で、キムチ梅干しサンドを探しに近くのコンビニまで一緒に行って」

「うん」

「ないからそこでキムチと梅干と食パンを買って」

「うん」

「いっそ奇跡的なまでにうまさとまずさを内包したその味に感動して」

「うん」

「その感動を共有したくなって」

「うん」

「今朝わざわざ作ってきたと」

「ああ」

「ああ(キリッ)じゃねーよ!! そして井上は止めろよ!!」

 

 少年、黒崎一護は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の末に生まれたであろう食品だった何かを除かねばならぬと決意した。一護には料理が分かる。一護は、学生にして死神代行である。勉学に励み、虚の尻を追っかけながら暮らしてきた。されどメシマズに関しては人一倍に敏感であった。

 

「まぁまぁそう言うな黒崎一護、織姫も言っていたがいっそ感動的にすら思えるぞ、絶妙なまずさが」

「結局まずいんじゃねーか!! っていうか大前提としてお前誰だよ!」

 

 周囲に群がる死屍累々は一護の旧友である井上織姫が一押ししたキムチ梅干しサンドなる劇物によってつくられたものだった。奇跡的なまでの不味さと旨さのコントラストを共有したいがための行いだったため本人的にはそれが大成功なのが余計質が悪い。

 

 そんな周囲の惨状など知ったことではないと言わんばかりに、この場においては完全に浮いたレベルのビジュアルを誇る少女がその外見にはやや似合わない勇ましい口調でしゃべり始めた。

 

「じゃあ、改めて自己紹介しようか。私はマリエル・ブラン。来週から家の都合で少しの間ここに通う事になってるんだ。よろしく」

「来週? だったら何でもういるんだよ」

「ああ、待ちきれなくなって軽い小旅行のつもりでフランスからこちらへ来たのはいいんだが、よくよく考えたら海外に行くのは初めてだったんだ」

「お前アホだろ」

「下手に言葉もしっかり覚えてしまったものだから流されるままに飛行機に乗って流されるままにタクシーに乗って空座町まで来たのはいいんだが、どうにも思ったよりも金を使ってしまったらしくてカードが使えなくなってしまってね。連絡して親に頼んでは見たもののこっぴどく叱られた上に本来こちらに来る予定だった1週間後までは何もしてやらんとか言われたものだから1週間ほどディスカバリーチャンネルばりのサバイバル生活を決意していたら織姫に拾ってもらったんだ」

「お前アホだろ!」

 

 黒崎は頭を抱えていた。ただでさえ授業中だろうが睡眠中だろうが関係なく鳴り響く死神代行許可証のせいで面倒くさいところに追い打ちのように世の中の世間知らずを鼻で笑うレベルの世間知らず(絶世の美女)が降臨したのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、むしろいっそのことドンパチ騒ぎで戦って勝てば何とかなる方がマシだったのではないかとすら思えるほどだ。何というか、自分一人じゃどうしようもない問題を引っ張ってきそうという意味で。

 

「まぁまぁ黒崎君。マリィちゃんはいい人だから仲良くしようよ」

「気づかねぇ内にクレカ上限まで使うような奴と仲良くしたかねぇよ!!」

「心外だな一護、私が悪いんじゃない。かわいい娘の1人旅だというのに限度額スカスカのクレカを渡した私の親が悪いんだぞ?」

「だぞ? じゃねえよかわいく首傾げたところでお前が高校生なら使い切る方がむずい額を1日でブッパした事実は変わんねぇんだよ!」

 

 

 怒鳴りつける一護に対し、マリエルは特に動じる様子もなくしゃべりだした。

 

「まぁそういうな。私だって別にタダで住まわせてもらおうなど思っていないさ。家事は全て私がやるし諸々の費用は後々出す。負担はかけないつもりだ。それとも何だ? 一護の家に泊めてもらえるというのならそれもやぶさかではないが」

「駄目に決まってんだろ!! 今現在の俺の唯一の安息の地を汚すんじゃねぇ!」

「そ、そうだよマリィちゃん!」

 

 何故か織姫にまで反対されたため、マリエルは若干面倒くさそうにため息をついて織姫からキムチ梅干しサンドを1つもらって頬張った。

 

「ふむ、慣れれば辛みと酸味がうまい具合にマッチしていて悪くないと思うのだがな。私の得意料理」

「全部てめぇの仕業かーー!!」

 

 その日の昼食は、普段よりも数割増しでにぎやかだった。

 

―・―・―・―

 

「いい奴だな、一護は」

「え?」

 

 その日の帰り道、マリエルは何とはなしにそうつぶやいた。織姫はきょとんという擬音が似合う表情でマリエルの方を向いた。

 

「私自身私が面倒な奴であることは自覚しているつもりだ。元より人との付き合いなんてそんなに広めるものじゃないと思っているからね」

「あはは……」

 

 乾いた笑いを浮かべる織姫に対し、マリエルは続けて言葉を紡ぎだす。

 

「一護はあれだろう、頼まれてもいないのに面識のある奴を助けに行くタイプの人間だろう」

「うん、誰かが困ってるとほっとけなくて、いつも自分の事なんて二の次でね」

「…………」

 

 一護の事を語る織姫の様子を見たマリエルが何かに得心したかのように手を打ってしゃべり始めた。

 

「織姫はなんだ。一護のことが好きなのか?」

「はぇ?」

 

 マリエルの方を向いた織姫の顔が加速度的に赤くなっていく。明らかに夕焼けによって照らされたことによるものではない顔の赤さを見たマリエルは楽しそうに笑った。

 

「わかりやすいな織姫は」

「なっなななな何急に!?」

「いや、織姫だって私がいて邪魔だろうに何故一護の家に行くのを嫌がったのかがずっと不思議でな」

「お昼からずっと考えてたの!?」

「ああ、何せやることが無かったからな」

 

 しれっと答えるマリエルに対し、織姫は顔を赤くしながらも途切れ途切れにしゃべり始めた。

 

「……自分でも、よくわからないの」

「そうか、悪い事を聞いたな」

 

 あっさり引き下がったマリエルが織姫の先を早足で歩くが、ふと思い出したかのように織姫の方に振り向いてほんの少しだけ表情を引き締め、言葉を紡ぎだす。

 

「いいか、好きという気持ちを自覚したなら、それは迷っている暇があったらまずは伝えることだ」

「え……?」

「明日も同じ日常が続くとは限らないんだ。後悔先に立たずというだろう」

 

 突然先ほどまでとは違う雰囲気でしゃべり始めたマリエルに織姫が若干の戸惑いを浮かべるが、マリエルはそれに構わずしゃべり続ける。

 

「日常が永遠に続くなんてありえない。いつかは消えてなくなるからこそ日常は価値のあるものなんだ」

「マリィ……ちゃん?」

「……すまない。帰ろうか、織姫」

「う、うん」

 

 突然雰囲気が変わったマリエルに織姫が困惑するが、その雰囲気はすぐに霧散し、どこか悲しげな笑みを浮かべた後に再び歩き始めた。織姫もその後に続いて歩こうとしたが、次の瞬間目を見開いた。

 

 

 

 

 なぜなら、マリエルの目の前に黒腔が開き、そこから顔を覗かせた大虚の牙がマリエルに向かっていっているからだ。

 

 

「っ危ない!!」

「え?」

 

 とっさに織姫が前に出て言葉を紡ぎだす。マリエルは訳が分からないといった様子で織姫を見つめる。

 

「火無菊・梅厳・リリィ! 三天結盾、私は拒絶する!!」

 

 織姫が叫ぶと同時に織姫の髪留めから飛びだした3人の妖精によって形作られた三角形の盾が大虚の牙を留めた。しかし衝撃は防ぎきれるものではなく、それは突風となってマリエルと織姫を襲った。

 

「何、が」

「逃げて! マリィちゃん!」

「え……?」

 

 大虚が黒腔から無理矢理腕を引き出してマリエルに掴みかかろうとする大虚の一撃を再び三天結盾で織姫が受け止めながら叫ぶが、マリエルには大虚が見えていないのか、見当違いの方向へ走り出した。それはちょうど、大虚の腕が今振り下ろされようとしている場所だった。

 

「ダメ!!」

 

 織姫が叫んだ刹那。

 

「おおおおおおおお!!!!」

 

 凄まじい速度で突っ込んできた一護が今にもマリエルに振り下ろされようとしている大虚の腕を斬り飛ばした。あまりの速度で突っ込んできたためかそれによって発生した突風がマリエルを襲い、マリエルはこらえきれずに尻餅をついた。

 

「井上! マリエルを頼む!」

「わかった! マリィちゃん、こっち!」

 

 戸惑うマリエルにも構わずに、織姫がマリエルの腕を引っ張って走り出した。

 

「あれが、黒崎一護か……」

 

 織姫に引っ張られながらも虚空を眺めるマリエルが呟いたその言葉に気付く者はその場にいなかった。

 

―・―・―・―

 

 軽く1kmほど走った後、マリエルを引っ張っていた織姫はようやく止まった。

 

「はぁ……はぁ……」

「待て織姫、一体何だというのだ」

「ごめ……ちょっと……まって」

「ああ、わかった」

 

 肩で息をしながら呼吸を整える織姫に対して、マリエルは困惑した表情を変えないまま織姫に問いかけた。しかし呼吸を整えている最中の織姫はそれどころではなかったため、マリエルは所在なさげにもうすでにだいぶ日が落ちている街並みを眺めた。

 

「えっとね……」

 

 呼吸を整え終えた織姫は自分たちが何に巻き込まれたのかをマリエルに説明しようとするが、そこで言葉を詰まらせた。当然だ。もはや織姫や一護にとっては虚や死神などという概念は常識と言っても過言ではない。だが、マリエルからしてみれば虚空に向かって何かを叫んだ織姫が突然自分を連れて走り出したようなものだ。

 だが、あの大虚は明らかにマリエルを狙っていた。何も教えないというのはマリエルを何らかの危険に巻き込んでしまうのではないかという心配があった。

 織姫は少し悩んだ後に言葉を紡ぎだした。

 

「……ねぇ、マリィちゃん。私のいう事がどんなに突拍子もない事でも信じてくれる?」

「何を言っている。私のような厄介者を住まわせるお人好しの言だぞ。信じるに決まっているだろう」

 

 不安そうな表情を浮かべる織姫に対して、マリエルはまるで太陽のような笑みを浮かべて微笑んで見せた。

 

―・―・―・―

 

「ふむ、魂魄に虚、死神な……」

「し、信じてくれるの?」

「信じると言った。どんなものでも信じるさ。むしろ私的には透明になれる地球外生命体が侵略を始めていて織姫はそれに心身を改造される最中に抜け出した戦士位の事までなら受け入れるつもりだったからいっそ拍子抜けだ」

「あはは……」

 

 織姫と共に織姫の部屋に戻ってきたマリエルは織姫による説明を反芻していた。織姫は相変わらず不安そうな表情を浮かべているが、マリエルはそれほど驚いてはいないのか落ち着いた笑みを浮かべながらしゃべり始めた。

 

「要は、理由はわからんが私がその大虚とやらに狙われてるらしくてヤバいという事だろう?」

「ちょっとざっくりしすぎかな?」

 

 乾いた笑いを浮かべる織姫に対して、マリエルは少し考えながらしゃべり続ける。

 

 

 

「正直言って、面倒だから私が何処か知らない所にでも行って野垂れ死ぬのが一番楽だと思うのだがなぁ……」

 

 その言葉で、織姫は部屋が一気に冷え込んだかのように感じた。

 その言葉を紡ぐマリエルの表情が、あまりにも空虚だったから。今目の前で喋っているのが、生き物ではなく何か別のものが入り込んだだけの人形のように思われたから。

 

「だ、駄目だよそんなの!!」

「冗談だよ、そんなに本気になるな。織姫は優しいな」

 

 すぐに元に戻ったマリエルが優し気な笑みを浮かべて織姫の頭を撫でた。

 

「なるようにしかならんさ。織姫がいなかったら、もしくは織姫みたいに戦える力を持ってない人に居候してたら今頃この世にいないんだぞ?」

「ず、随分達観してるね……」

「興味がないだけと言ってもらおうか」

 

 マリエルは立ち上がってキッチンへと向かい、夕飯の支度をし始めた。昨日は織姫も一緒に作ろうとしたのだが、「これくらい私一人でもできる」と言って突っぱねられてしまった。料理は普通においしかった。

 

(……不思議な人だな……)

 

 何故か鼻歌を歌いながら料理をするマリエルを眺めながら、織姫はぼんやりと考えていた。

 織姫がモデルのマネージャーならば迷うことなく何としてでもスカウトするだろう浮世離れした容姿。よく変わっていると言われる織姫自身と似通った所のある感性。それに反して織姫とは似ても似つかない男勝りな性格と口調。若干不気味なほどに達観した価値観。

 マリエルという少女を構成する要素はどれもがあまりにも突出していて、悪い意味ではないがバランスが悪くちぐはぐな印象を与えられた。

 

 

 まるで、複数の人の特徴をより集めて無理矢理縫い合わせたかのような。

 

 

「できたぞ織姫」

 

 そんな織姫の内心など知る由もなく、手際よく料理を終えたマリエルがやってきた。

 

 

――――――――――

 

「どうやら、フリードはうまい事接触できたようだね」

「神座の知識万能やねぇ」

 

 そんなフリードの様子を、藍染とギンは虚夜宮で眺めていた。

 

「にしても、この子の能力ってそんなに価値あるん?」

「ああ、崩玉を完成させられたならばそこまで問題視することはないかもしれないが、たとえ脆くとも神の法則を否定する力だ。万が一を考えるのならば手元に置いておきたい」

 

 うっすらと笑みを浮かべながら藍染は続けて言葉を紡ぎだす。

 

「それに、これはフリード自身の為でもある」

「フリードちゃんの?」

「ああ、フリードにとって、全ては神座を信じるか信じないか、広まるか広まらないかで判断されている節がある。要は、あれだけの知識を有しておきながら彼女自身は殆ど子供と同程度の精神しか備えていない。あの歪さは御しやすくもあるが、同時に御し難くもある。彼女ほどの存在が寝返るのはできる限り避けたいからね。無駄に感化されるのも問題だが、彼らならば程よい刺激で収まってくれるだろう」

 

 そう言う藍染の表情は言葉の内容に反して楽しげだった。

 

「楽しそうやね、隊長」

「そう見えるかい?」

「とっても」

 

 藍染は少しだけ苦笑いを浮かべながらしゃべり続ける。

 

「楽しいものだよ。あれだけの力が私の思うように動かせているというのはね」

 

 

 




目に見えない裏切りを面白く描写する難易度などたかが知れている。本当に面白く描写することが難しいのは、目に見える裏切りですよ()

自分にコメディは無理だと痛感したので次回からは通常運転に戻ります。
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