雄英高校の廊下を少年――――緑谷出久は未だに自分が合格出来たことが信じられないといった面持ちで歩いていた。
雄英高校ヒーロー科。入学試験の実技。
彼は敵ロボットをたった一体しか倒すことが出来なかった。
しかもその倒せた一体のポイント数は――――0P。
一定時間が経過するとフィールド内に出現する、いわば完全妨害の障害物。
巨大かつ重厚な装甲。普通なら相手にするだけ時間の無駄。
どれだけこの0Pの仮想敵から逃げつつポイントを稼ぐか。そうした判断力も試される試験であった。
緑谷出久も、最初は逃げようとしていた。
このロボが出現した時。彼はまだ獲得ポイントは無かった。
だが。
ある一人の女子生徒がロボの進行上にいて、瓦礫に足が挟まって動けないのを見て、自分の合格とその生徒の安否を天秤に掛け――――彼は後者を選んだ。
結果だけ言えば、彼は巨大なロボを一撃の下破壊し、その女子生徒も無事だった。
しかし獲得点数は0。筆記は合格ラインとはいえ、普通なら落ちる。
それでも、彼は受かった。
生徒側には一切知らされていないもう一つの採点基準。
文字通り。迫る敵ロボットから誰かを助けた。またはアシストしたなどの行為を行った者にのみ追加されるポイント。
生徒達の試験を見て、現教師陣が判断する審査制の得点。
これにより。緑谷出久は60Pを獲得し、雄英に合格することが出来た。
…………いや。まだだ。
出久は少し小走りになりながらそう思う。
緑谷出久は、ついこの間まで無個性だったのだから。
無個性。文字通り。「個性」が「無」い者のことを指す言葉。
この時代には珍しい。しかしありえない訳ではない。
両親が個性を持っていても、それらを引き継げないという人間もまだ世の中には多い。
地球総人口のおよそ8割が個性を持つ。それは裏を返せば、2割の人間は個性を持っていないということになる。
そして。個性の発現は4歳までには必ずある。
出久にはそれが無かった。
心配した母親に連れられて病院で検査した結果。無個性、という診断が下った。
幼い頃からオールマイトや他のヒーローの動画を見て、自分もいつかヒーローになりたいと思っていた。
けれども。この超人社会。個性を持たないものがヒーローになるというのは土台無理があった。
4歳にして知る現実。
それでも緑谷出久は諦めなかった。
ただ単に。往生際が悪い、とも言うが。
そしておよそ一年ほど前。とある転機を迎える。
No.1ヒーロー・オールマイトとの出会いが、彼の運命を変えた。
それと同時に。今まで謎であったオールマイトの秘密にも触れた。
ヒーローとしての活動限界。
オールマイトの個性について。
そして、個性の譲渡について。
オールマイトの個性『ワン・フォー・オール』
それは今までに類を見ないほどに珍しい、他人に個性を譲渡できる個性だった。
それが今まで何人もの継承者を経てきた。
そのたびに、その継承者の力を蓄え次代へと託してきた。
そして今。それはオールマイトから、緑谷出久へと渡った。
力を受け取るために、付きっ切りで特訓を見てもらった。
但し。制御は未だ不安定で、発動すると体が壊れてしまう。
早くモノにしないと。そう思いつつ、出久は自身の教室。1-Aへとたどり着く。
扉に手をかけ、ふとその手が止まる。
緑谷出久には二人ほど。苦手に思う人物がいる。
一人は受験時に一悶着あった生徒。
もう一人は、幼馴染。
…………どうか違うクラスでありますように。
ある意味受験時以上に必死な気持ちを天に届かせながら扉を開ける。
「――――君! 机に足を掛けるのは止め給え! 机の製作者の方や先輩方に申し訳ないと思う気持ちがないのか!?」
「あァ? ねェよンなもん。つかテメ何処中だァ?」
Oh my god……!
まさかのツートップ。
天に唾すという言葉はあるがこの場合、天が唾すだろう。ピンポイント爆撃である。
ファッキューゴッド。僕が何をした。
「ねえ。どうしたの?」
不意に、横からそんな声を掛けられたので振り向く。
女神がそこにいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
…………――――――!!
緑谷出久は声にならない声を内心で上げていた。
生まれてこの方約16年。女子に話しかけられたことは片手で数えて余りが出るほど。
しかも目の前にいるのは美少女といって差し支えないほどに綺麗だ。
…………サンキューゴッド……!!
「……? 大丈夫?」
背丈はおそらく174、いや5か? 長い髪は綺麗な金色だしふわっとしてて結構なボリュームがあるしうわこっち見てる瞳はピンクっぽくてよく映えるなぁ肌も白いしでも華奢って感じじゃないかながっしりとまではいかないけどやっぱり鍛えてるんだろうなぁこの子もヒーロー科合格した人なのかな個性は何だろやっぱり増強型かそれともかっちゃんみたいな特殊なタイプなのかなでも手は綺麗だし増強型での素殴りタイプってわけじゃなさそうだしやっぱ何かしら特殊な効果が出るタイプなのかな――――――
「――――ぉーい。おい!」
「うへぁ!? は、はい!」
いきなり目の前で猫騙しされてようやく我に返った。
「うん。大丈夫そうだ。で、入り口で突っ立ってるけどどうしたの?」
「あ、えー……とその……」
再び話しかけられあたふたし出す出久。
視線は豪快に泳ぎ、言葉が続かない。
「もしかして具合悪いとか?」
「い、いやあのそういう、わけじゃあなくて、ですね……」
「いや。顔、赤いけど?」
それは照れと緊張によるものですって近い近い。
こちらを心配してくれているのだろうか。顔を覗き込もうとする。
「んー。まあ無理はしないほうが良いよ。今日初日だし。ぶっ倒れてもしょうもないから」
「う、うんそうだね……ハハハ」
よし。なんとか誤魔化せた。僕セーフ。
そんなことを思っていると、相手からスッと手を差し出される。
慌ててその手を――一瞬で吹き払った己の手で――握り返す。
「
「よ、よろしくっ。あ、僕、緑谷出久って言います」
その後。もう一人女子と、それも試験時に助けた子と話すことになった。
…………今日。僕超ツイているかもしれない……!!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
東京某所。
平日昼間のこの時間帯。郊外は比較的静かなのがいつもだ。
だが今日は、いつも違い慌しく人が動いていた。
「見つかったか!?」
「いやダメだ! 何処に逃げた……?」
派手な外見の服を着ている人がいる。
その個性的な衣服を見るだけで、彼らがヒーローであるということが分かる。
彼らは、この近辺に出没したという敵を追ってここまでやってきた。
そして。あともう一歩というところで、煙幕を張られ。その隙に相手が個性を使って逃げ出してしまったのだ。
しかし。彼らもプロのヒーロー。
相手の個性や性格等を考え、既にこの周囲には包囲網を敷いてある。
あとは手分けして探し出すだけなのだが、これがまた厄介なことに……
「個性・変色…………周囲の景色と全く同じになる、カメレオンみたいな奴だ」
「欠点は自分の肉体だけにしか作用しないから、服を着ていると一発でバレるってところだな」
相方が頷くと、空を見上げる。
「……ってことは。
「止めろよ。俺等その全裸を今から捕まえなきゃいけないんだぞ」
「分かってるよ。分かってるけど…………なあ。功績とか全部お前にやるから、捕縛するのはお前がやってくれないか……?」
「ヒーローが選り好みするなよ」
二人して肩を落とす。
「とりあえずさっさとソイツをシバき上げて警察に引き渡そう。精神衛生上非常によろしくない」
ああ、と頷く。
見た目は分からずとも、全裸でいるということがこの場にいる全員の士気を下げている。
ある意味そこらの
「じゃあ俺はこっちを探す――――」
と、曲がり角を指差した瞬間。指先に何か柔らかい感触が伝わる。
振り向くと、そこには何もない――――ように見える。
よくよく目を凝らして見て見ると、なにやら立体が周囲の風景に同化しているのがわかった。
人間だ。
しかもボディペイントという具合ではなく、本当に周囲の風景に同化している。
「ッ、敵!?」
「クソッ、応援呼ぶぞ!」
二人は一瞬で距離を取り、戦闘体勢に入る。
が、ここで奇妙な点に気づいた。
よくよく目を凝らしてみると。本来なら頭があるはずの場所に、何も無かった。
代わりに、両腕がYの字を描くように広げられているのが分かる。
否。腕じゃない。脚だった。
下を見る。
そこには、いつの間にか瞼を開き。こちらを凝視する瞳が一対。
全身を支えている両腕は綺麗真っ直ぐ伸びている。
…………逆立ち……?
所謂逆立ちである。犬神家状態である。
そしてここでようやく、自分が触れた何か柔らかいものの正体が分かった。
すると。敵はフッと呟き。
「残念だったな――――それは私の
両足を開けたり閉めたりを繰り返す。
そして――――
「喰らえヒーロー! 羞恥基準是正拳!!」
「変態だぁ――――――!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ヒーロー二人にトラウマを植え付けて昏倒させながら、変態は素直に立ち上がる。
「フッ。他愛ない」
阿呆なことを至極真面目な表情で言っている史上稀に見る馬鹿。
この男。紳士を自称し、世の中の羞恥の基準を是正すべく動いているという。
「かつて。アダムとイヴは禁断の果実を口にする前。互いに裸体であった。ならば我々は今こそ原初に立ち返り、身も心も曝け出し。原罪を贖うべきなのだ」
というのが変態の持論である。
言ってることもやってることも、ついでに格好も思想も。全キリスト教徒に対して盛大に中指立てて煽っているようにしか聞こえないのだが、本人が至って真面目なのが頭が痛い。
「ムッ。新手か!」
全裸だから敏感なのだろうか。すぐさま次の追っ手が来ているのが分かると、すぐさま個性を発動させ、周囲の景色と同化する。
やってきたのは女性だった。
長い金髪を棚引かせながら、地面で伸びているヒーロー達を調べている。
「全く……油断しちゃってまあ。同じ男なんだから、弱点くらい分かってるでしょう」
そういいつつ、無線で救護の手配をしているあたり。心配はしているのだろう。
変態はその様子を見ている。
…………ムゥ。女性に対して暴力を働くのは些か我が紳士道に反するが……
既に周囲の人間の視覚に対して暴力を働いているくせに何を戯言をほざくのか。
致し方ない、と変態は背後から近づく。
それと同時に足がもつれそのまま地面に激突する。
その際。股の間のフランクフルトも一緒に激突する。
臨戦態勢にしていたため、その硬度はMAX。リーチも限界まで伸びていたので、先端に直撃。
「ホォア……!」
あまりの激痛に一瞬、気が飛びそうになるが堪えた。
一体何がと、足元を見る。
そこには細長い糸のようなものが絡み付いていた。
「それ。私の髪よ」
既に切ってあるものだけど。そういいながら、女性ヒーローは近づく。
「……な、何故我の居場所がバレた……」
「私の個性よ」
そういって、手際よく――そして触れたくない場所には一切触れずに――捕縛していく。
「くっ、あ、そこは、ふぅ!」
喘ぐな。
騒がれても面倒なので一発入れて気絶させる。
元より
「こちらオスカー。敵捕縛完了よ。警察に引き渡す準備だけしておいてね」
慣れた手つきでスマホで連絡をする、オスカーという女性ヒーロー。
一通りの事務連絡を終えると電話を切る。
スマホの待ち受けには、家族と思われる写真があった。
オスカーの隣には、黒髪の少し線の細い男性の姿。
そしてその男性と自分との間に映る、自分と同じ金髪の愛くるしい笑顔を浮かべた子供。
「…………」
しばしその画面を見ると、メール表示画面を開く。
9割以上が仕事関連のメールではあったが、比較的新しいものの中には家族のものと思われるものもあった。
その中の一つを開く。
『From Alice
Sub:合格したよ!
雄英ヒーロー科合格したよ。ちゃんとヒーローになるから安心してね!』
短いが、雄英の合格を知らせるメールだった。
もう一度それを見てから、スマホを仕舞い目を伏せる。
それは。我が子が合格した喜びというよりも、悲痛の顔に見えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
…………今日は厄日かもしれない。
朝のハイテンション具合が消え失せた。
緑谷出久は、帰り支度をしながらそう思う。
…………朝はかっちゃんに睨まれ、体力テストは最下位。ボール投げの時にはかっちゃんに絡まれそうだったしなぁ……
あれ。よくよく考えたらかっちゃん絡みが殆ど……?
まさかの幼馴染が原因だったのか。
とはいえ。除籍騒動もあったが、とりあえず一日目をクリアした。
明日からは今日以上に忙しなくなるだろう。
早めに帰ろうと思い、そそくさと昇降口を出る。
「よっ!」
「あ、え、き、き、樹咲、さん……!」
金髪女神が現れた。違う。樹咲アリスだ。
目の前にいきなり出てきたアリスは笑いながら出久に手を振る。
「フフッ。なーに気落ちした顔してんの?」
「え、あっ、これはその……色々ありまして……」
ふーん、と出久の隣に並ぶ。
「あ、そういえばさ。ボール投げ。アレ凄かったよね。増強系の個性?」
「え、あ、ええっと……はい。そんな感じ、です」
でも、と出久はアリスを見返す。
「樹咲さんも凄いよ。ほぼ全種目で結構いい成績残しているし。やっぱり増強型の個性なんだ」
「んー……ちょっと違うかな」
アリスは頬を掻く。
「私のは、個性の使い方を少し変えただけで、増強型みたいな飛躍的な強化は無理なんだ。ほら。ボール投げだって中途半端だったでしょ?」
アリスのボール投げの記録は178m。増強型としては並か少々物足りないといった具合だ。
「50mだってギリ4秒台だったし。握力だって100いかなかったしさ」
「いや。僕からしてみれば十分だと思うけど……」
こっちはまだ個性の制御が全然出来ていない。
隣の芝は青いではないが、増強型でないというのならその記録は十分なものだろう。
「えっと。それじゃあ樹咲さんの個性って……?」
んー、と。アリスは笑顔のまま首を傾げる。
「……当ててごらん?」
「えぇ……」
まさかのクイズを出された。
しかし。他者の個性に関しては人一倍興味の強い出久はすぐに思考の海に埋没する。
…………増強系の個性じゃないのにアレだけの力を出せるってことは少なからず肉体能力に影響が出るような個性なのは間違いないからいやでももしかしたら念力で動かすみたいな特殊なタイプなのかもしれないけどそれだと握力測定の結果が弄れていないことが少しおかしいなとすると一体……
ブツブツとその場で呟き続ける出久。
流石にその場に長時間留まるわけにも行かず、アリスは苦笑しながら出久に猫騙しを仕掛けた。
「へぁっ!?」
「アッハハ。これで二回目だね。猫騙し」
「え、あっ、ご、ゴメンなんかその……」
「フフッ。いいのいいの。まあ、私の個性に関してはまた追々ね」
その内授業か何かで見せるだろうし、とアリスは出久の一歩前に出る。
「あ、そういえば。樹咲さんは気づいていたの? 相澤先生のあの、除籍の嘘」
「ん? うん。まあね」
個性把握テスト。
各々の個性を活用した体力テストで、今の自分の限界を知るために行われた。
しかし。ここで彼らの担任である相澤消太より、成績最下位の者は除籍とすると告げられた。
結果的に言えばそれは全員に全力を出させるための虚偽であったのだが。
「そもそも入学したてなんだし。体力テストで何を判断するの? って話になるよ」
「あ、あーうん。それも、そっか……」
思いっきり信じていた出久は曖昧にそう返す。
が、アリスはすぐに見抜いたようでフフッと笑う。
「さては信じていたな? ちゃんと人の嘘は見抜けないとダメだぞー」
「う、うん。頑張る……」
さて。とアリスは鞄を担ぐ。
「それじゃあまた明日ね。緑谷」
「う、うん。またね」
ひらひらと手を振りながらアリスは先に帰った。
出久はその姿に、何かの違和感を感じる。
…………あれ。なんだろう……普通なんだけど、この。普通じゃない感じ……
強いというほどの違和感ではない。
かといって、今の自分では拭えないようなもの。
アリスの姿を見たときに、それは起こった。
…………もしかして、他人の認識に関する個性なのかな……?
再び思考の海に潜ってしまった出久が元に戻るのはこの後、クラスメイトの二人に話しかけられるまで続いた。
どうもKoyです。
なんか、長い間創作活動をしていないからか。書き方が手探りです。
今後、多少の手直しはするかもしれません。
それでは。