◇
黄昏と蝉時雨。すぐ傍には波の音。雨上がりなのか、アスファルトの上には薄い水たまりが出来ている。空には気の早い一等星、まだ太陽が顔を見せる水平線。少し視線を上げれば、玉虫色の鮮やかなアーチが海の上にかかっていた。
人通りの無い道路を、一人の少女が歩いている。足取りはふらふらと、歩くスピードは亀のように遅い。両手は両目に付けられ、それを見れば彼女が泣いているのは誰だって理解できただろう。
雨上がりの道を涙を流しながら歩く少女。彼女は遠くにかかる美しい虹に目を向けることなく、小さな泣き声を上げながら何処かへ向かっていく。いつ見たのか定かではない、見覚えのある道を。
それから大きな民家の横にある整備されていない、細い道へと少女は入った。しばらくして赤い鳥居が見え、それを潜ればすぐに長い階段があった。
少女は頭上が木々に囲まれた階段をゆっくりと上って行く。あと一時間もすればすぐに夜が訪れるのは、広がる景色を見ているだけでも分かった。そんな夕暮れだというのに蝉の鳴き声は大きく、泣き声を掻き消してしまっていた。
数分して少女は階段を上り切った。目線の先には古くからある祠が建っている。その祠に向かって、彼女は歩いて行った。
林の隙間からは橙色の光が無数に差し込み、少女が立つ平坦な地面をそっと照らしてくれていた。空は暮れてきている。太陽が無ければこの場所は既に暗くなっていたに違いない。
少女は祠の前に立ち、泣くのを止めた。数十秒その祠を見つめたまま動かない。騒がしい夏の音だけが、そこには響いていた。
「─────」
何かを呟き、少女は祠に近づいた。そして、小さな手を伸ばし閉められている祠の扉をそっと開ける。中は暗く、何も見えない。小学生くらいの女の子ならば、入ることを躊躇うのが当然。
だが、その少女は迷うことなく祠の中へと入って行った。
そこで、夢は終わる。
眠りから覚める前。
俺は、綺麗な鈴の音を聞いた。
◇
「晴れたねー、信ちゃんっ!」
「そうだな。分かった、分かったから走るな。そしていい加減手を離せぃ!」
花火大会当日の午前中。俺は千歌に連れられて海岸沿いの道路を歩いていた。空は気持ちよく晴れており、この天気が保ってくれれば最高の花火大会日和になるだろう、と心を躍らせていた。天気予報士の美人なお姉さんも『今日は一日晴れが続きまーす☆』と言っていたので、今回はバッチリ信じておくことにした。内浦に来た初日にまんまと騙されて夕立にあったのは今では良い思い出。
朝っぱらからテンションバカ上げの千歌は俺の手をぐいぐいと犬のように引っ張ってくる。お前は餌を見つけたしいたけかっ。正直めんどくさい。どうでもいいが、今日の朝も千歌に叩き起こされた。夜に備えて二度寝をしようとしたのが上手くなかったか。起こされた後は一緒に朝飯を食べて出かける準備をし、向かう先も聞かないまま今に至っている。
「おい、千歌。いったい俺をどこに連れて行く気だ」
「ん~? 信ちゃん。そんなことも知らなかったの?」
「知らねぇよ。蜜柑でも取りに行くのか?」
「あ、いいねっ。後で行こ!」
乗って来た!? 言葉のチョイスを間違えたか、くそ。
「行かねぇっつーの。で、マジでどこに行くんだよ」
「ふっふっふ。それはね信ちゃん。あれだよっ」
「どれだよ」
いつにも増して会話が成立しない。外人と喋ってるみたいだ。いや、むしろ外人の方が上手くコミュニケーションが取れるかも知れん。
「信ちゃん。花火大会と言えば?」
「花火大会? うーん。屋台、とか?」
「ぶっぶー、ですわっ」
「…………」
「いふぁいいふぁい信ひゃんっ。ごめんなふぁ~い」
ムカついたので罰としてほっぺた抓りの刑を執行した。餅みたいに無駄に柔らかい頬をむにーん、と伸ばしてやる。そしてなんで急に口調がお嬢様っぽくなった。誰かの真似か?
閑話休題。
「お前はもうちょっと他人の心を読む努力をしろ」
「うう、いたーい。もうちょっと優しくしてよ~」
涙目の千歌。ちょっとは懲らしめないとすぐに調子に乗るからな、こいつは。たまにはこうしてやらなきゃいつか俺以外の誰かが犠牲になる気がする。ていうかよくこれで十九年を生きてきましたね。仏様のように優しかったであろう周りの友達にも感謝したい。
「花火大会がどうしたって?」
そう言うと、千歌は頬っぺたを抑えながら俺の質問に答えてくる。
「夏に夏蜜柑。花火大会って言えば浴衣でしょ?」
「その常識は初めて聞きましたー」
「千歌の中ではそう決まってるのーっ。だからね、知り合いの人に浴衣を貸してもらいに行くんだよ」
これがその最中か。そういうことなら早く言えっての。しかし、浴衣か。
「俺、別に私服でいいから帰ってもいい?」
「ダメだよ信ちゃんっ! 浴衣を着ていかない花火大会なんて、具が入ってないおにぎりと一緒なんだよ!?」
しれっと言ったらなんか超怒られた。いや、そこまで酷くはないと思うんだけど。あと、なんでおにぎりで例えたのだろう。
「んでも浴衣とかめんどくさいし、やっぱりいいよ」
「ダメなのーっ! 信ちゃんも着るの~っ!!!」
両肩を掴まれて身体をぶんぶんと前後に振られる。恐らく客観的に見たら俺の頭が残像になって見えたことだろう。お菓子を買ってもらえない子供のように駄々を捏ねる従妹の行く末が、とても心配になった。
「ああもう、分かったよっ。着ればいいんだろ着れば」
「着てくれるの信ちゃんっ?」
「特別だぞ。今日以外は着ないからな」
「わーい、やっぱり信ちゃん優しい~っ!」
「だからそこで抱きついてくんなってっ」
そんな感じで、俺達は浴衣を貸してくれるという人の家を目指して歩いて行った。
◇
十五分ほど歩き、辿り着いた大きな一軒の家。目の前にあるのは古風な雰囲気の門構え。玄関の前にこんなデカい門がある家を、テレビ以外で初めて見た気がする。パッと見て家の敷地も広いし、明らかに庶民とは違う生活をしているっていうことが外観からでもひしひしと伝わって来た。
「なぁ、千歌」
「どうしたの信ちゃん」
「マジでこんな所に住んでる人と知り合いなの?」
不安に思って確認してみる。まぁ、あの淡島ホテルを経営してる家のセレブお嬢さまと友達だったことも考えれば、あり得ない話ではないんだろうけどさ。
千歌はふふーん、と腰に手を当ててドヤ顔で胸を張った。また調子に乗り始めたな。
「もっちろんだよ。信ちゃん、千歌のことをなんだと思ってるの?」
「変な従妹」
「うわーん、信ちゃんがイジメる~」
素直にそう言うと泣きついてくる千歌。伸びてくるウザい手を躱しながら彼女を宥めていると、突然門が開いた。
「他人の家の前で何を騒いでいますの? ご近所様に迷惑でしょう」
「───あ。その……ごめんなさい」
思わず謝ってしまった。というより、それ以上の言葉が出てこなかった。
門から姿を現したのは、赤い着物を身に纏ったすらりと背の高い黒髪の女性。切れ長の目と口元にある色っぽいほくろが特徴的で育ちが良いお嬢様っていうのが、見た目からもんもんと漂っていた。なんて言うか、日本人形を等身大にしたような女性だった。大和撫子っていうのはこういう人のことを言うんだろうな、と自分勝手に思ってみたり。
その女性のあまりの美貌と雰囲気に言葉が出せなくなる。怒られてしまったことも併せて、余計に何を言えばいいのか分からなくなった。つーか、すげぇ綺麗な人だな。大河ドラマのヒロインとかで出てきそう。
現れた黒髪の女性の前でどぎまぎしてると、隣に立っている千歌が口を開いた。
「ダイヤさん、おはようございまーす。信ちゃん、この人が浴衣を貸してくれる人だよ?」
「あ、そうなの?」
服装とかでなんとなく察しはついていたが、やっぱりそうだったらしい。
「初めまして、ですわね。私は黒澤ダイヤと言います」
「千歌の従兄の高海信吾です。今日はよろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げておく。てか千歌とはどういう関係なんだろう。知り合いって言ってたけど、どういう繋がりで知り合ったんだ。
「貴方が千歌さんの従兄なのですか。こちらこそよろしくお願いいたしますわ」
そう言ってダイヤさんは上品で綺麗なお辞儀を見せてくれる。見た目どおりとても礼儀正しい。つい少しだけ見惚れてしまった。
「えへへ。ダイヤさんはね、千歌の先輩なんだ~」
「え、まじ?」
「はい。千歌さんは一つ歳下の後輩なんですわ」
「え、まじ?」
千歌とダイヤさんの言葉にまったく同じリアクションを見せてしまった。普通に年上だと思ってた。この街にいる同い年の女の子がだいたい年上に見えてしまうのは、そういうマジック的な何かがあるからなのだろうか。
「では、こちらへどうぞ。千歌さんからの連絡を受けて、男性用の浴衣も用意しておきましたので」
そうして俺達はダイヤさんに門の中へ入るよう促された。俺と千歌は彼女の後ろをついて行く。不意にふわっと、何かの花みたいな香りが鼻をくすぐった。
趣のある玄関から和風な様相の家の中に入り、木張りの床を歩く。広いな。これはかなりの名家に違いない。
「ん?」
「どうかした、信ちゃん?」
廊下を歩いていると柱の陰に赤い何かが見えた気がした。俺が目を向けたと同時に隠れたように見えたんだけど、気のせいかな。
そうしてしばらく歩くと、ダイヤさんはある部屋の前で立ち止まってこちらを振り返って来た。
「では、信吾さんはこちらでお好きな浴衣を選んでください。サイズも様々ありますので、ご自由に着ていただいてもよろしいですわ」
「はい。ご丁寧にどうも」
「それじゃあ千歌さんは私と一緒に来てください」
「はーい。じゃあまた後でね、信ちゃん」
「おう。頑張ってこい」
そうして赤い着物のダイヤさんと千歌は別な部屋に向かって行く。二人の背中を見送ってから襖を開けて部屋の中に入った。
◇
「これでいいな」
部屋には十数着の着物があってどれも綺麗でよかったんだけど、最初の直感で良いと思ったやつを最終的に選んだ。
生地が薄い黒い着物。左肩には大きな金魚が泳いでいて何とも夏祭りっぽいデザインだった。シンプルだし、サイズもバッチリだし、これがいい。
羽織って姿見の前で変じゃないかどうかを確認する。うん、大丈夫だな。これなら少なくとも変に目立ったりはしないだろう。
意外とすんなりと決まってしまい、暇を持て余してしまった。女の子の場合は時間がかかるだろうし、多分まだ終わらないだろうな。
「あれ。この帯、どうやって巻くんだろ」
着物が決まったのはいいが帯の巻き方が分からなかった。着物なんて着たことないし、当然帯の正しい巻き方なんて知ってる筈もない。
どうしよう。千歌とダイヤさんが戻ってくるのを待っててもいいけど、それじゃあ時間がもったい無い気がする。
「訊きに行くか」
突然部屋の中に入ったりしなければ怒られたりはしないだろう。そう思い、浴衣の帯を持って畳の部屋を後にする。
廊下に出て、先ほど二人が歩いて行った方向へと向かう。だがすぐ行き止まりになり、早速どこに行けばいいのか分からなくなった。
広い家だから見つけられないのも仕方ないか。時間がもったいないが、諦めてさっきの部屋に戻ってあの二人が来るのを待とう。
「…………ん?」
そう思って廊下を引き返そうとすると、また大きな柱の影に何かが隠れたのを見つけた。離れた場所から角度を変えてみると、赤い髪がぴょこっと出てるのが見えた。
そーっと、柱の方へ近づいてそれが何かを確認しに行く。さっきも居た気がするけど、なんで隠れたりするんだろう。
あと数歩で柱に辿り着く。そこで隠れているのに隠れ切れていない影が何なのかが分かった。背の小さい女の子が身体を縮めて隠れてる。
少し悪戯心が働いたので、その衝動に素直に従ってしまった。柱を手で掴み、赤い髪の女の子が向いている方向とは逆の方から顔を出して声をかける。
「わっ」
「ぴぎっ!?」
そうやってビックリさせてみると、そこに居た赤い髪の女の子は謎の鳴き声と一緒に飛び上がってからずだだーっと猫のように廊下を駆けて行ってしまった。
逃げられた、と思ったけど廊下の角から顔を半分だけ出してこっちを見てる。か、可愛い。臆病な小動物みたいだ。
ていうかあの子、この前果南と散歩してる時に学校の前で見かけた女の子だよな。なんでここに?
「こんにちは」
「…………っ」
声をかけると赤い髪の女の子は身体をきゅっと小さくして廊下の角に身を隠すような仕草をした。まいったな。そんなに怖いんだろうか。
「俺は高海信吾。えっと、千歌の従兄で、東京からここに旅行に来てるんだ」
「…………千歌ちゃん、の?」
「お? うん。そう、千歌の一つ上の従兄。君は?」
そうやって自己紹介をすると、女の子は少しだけ俺に興味を示したみたいに顔を角から出してきた。
この間見たときと同じ赤い髪のツインテールで、かなり幼い顔をしてる女の子。格好は白いフリルが付いた全体が薄いピンク色のワンピースを着ている。可愛らしいお人形さんみたいに見えてしまった。この見た目で果南の後輩ってことは恐らく、高校生なのだろう。悪いけど全然そうは見えない。
そわそわしながらも上目遣いでこちらを見てくる赤い髪の女の子。なんでだろう、警戒されてるのに癒される。端的に言うとこの子、超可愛い。
「る、ルビィ」
「ん?」
「黒澤、ルビィです」
声が小さくてよく聞き取れなかったが、耳には確かに黒澤ルビィ、と聞こえた気がする。
待てよ。さっき会った千歌の先輩とかいうあの黒髪ロングの美人さんの名字も黒澤だったような。それで名前がダイヤだろ? そんでもってこの子はルビィ。それって、もしかしなくても。
「…………ダイヤさんの妹?」
こくこくと頷く赤い髪の女の子、ルビィちゃん。マジかよ。姉がダイヤで妹がルビィ。それでこの古風な名家っぽい家に住んでる。真面目なのか、はたまたその逆なのか。あべこべでちょっと混乱してしまった。
「そうなんだ。よろしくね、ルビィちゃん」
「は、はい。…………よろしく、お願いします」
言葉の選択を一つ間違えた瞬間に逃げられそうな雰囲気がバリバリ出ているが、何とか逃げられずに挨拶をすることに成功した。
再び話しかけようとした時、ルビィちゃんの視線が俺の右手に注がれていることに気づいた。
「あ……その、帯」
「帯? ああ、そう言えばこの帯の巻き方が分かんなくてさ。千歌とダイヤさんを探してたんだ」
俺が持ってる浴衣の帯をおずおずと指さしてくるルビィちゃん。この子ならあの二人がどこに居るか分かるかもしれないな。でも、どうして帯が気になったんだろう。
「あの、ルビィ……じゃなくて、私」
「?」
囁くような声で何かを言ってるルビィちゃん。訊き返したら逃げられそうなので、何も言わずに耳を彼女の方に向けてどうにか聞き取る努力をした。
「帯、巻いてあげます」
「……いいの?」
「はい。一人じゃ、巻けないと思いますから」
ルビィちゃんが俺に向かって言って来たのはそういうことらしい。俺としてはありがたいんだけど、本当にいいのだろうか。途中で逃げたりしないよな。
しかし、背に腹は代えられない。どっちにしろ俺一人じゃこの帯を巻けないんだから、正しい巻き方を知ってるっぽいこの子に頼むのが一番手っ取り早い。それに、仲良くなれるかもしれないし。
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「わ、分かりました。じゃあ、鏡がある部屋に……」
帯を渡すとルビィちゃんはそう言って廊下を歩き出した。恐らくは俺が浴衣を選んでいた部屋に行くんだろう。予想外の出会いだったけどこれはこれで都合が良かった。
襖を開けて部屋の中に入る。帯を広げてるルビィちゃんに目線で鏡の前に立ってくれ、と言われたので俺は素直に従った。
「よろしくね、ルビィちゃん」
「ぴぎっ……は、はい。頑張ります」
またぴぎって言ったな。これがこの子特有の鳴き声なのだろうか。どうしよう。可愛すぎる。俺もこんな感じの妹が欲しかった。頭のネジが百本くらい吹っ飛んでる従妹なんて要らない。交換してくれ、ダイヤさん。
「じゃ、じゃあ手を上げてください」
「あ、うん。こうでいい?」
「はい。ちょっとだけ、我慢してください」
両手を万歳すると、ルビィちゃんは手慣れた感じで腰にするすると帯を巻き始めた。良し悪しは分からないけど、手際がいい。きっとこの子もお姉ちゃんと一緒でよく着物を着たりするんだろうな。
「ルビィちゃんは、千歌と友達なの?」
「え? は、はい……そうです。ごめんなさい」
「いや、なんで謝るの」
「あ、ご、ごめんなさい。ああ、また間違えた……ごめんなさい」
あの、この子マジで連れて帰ってもいいですか? 代わりにうちの従妹を置いて行くんで。後であの姉ちゃんに打診してみよう。土下座くらいならくれてやってもいい。
そんなことを思っていると、今度はルビィちゃんが言葉を投げかけてきた。
「……あの、この前」
「ん? この前がどうかした?」
「か、果南ちゃんと歩いてたの、見ました」
「あぁ、あの時ね。うん、覚えてるよ」
一目散に逃げられたけどな、とは言わずにルビィちゃんの方へ目線を下げた。
「その……し、信吾さんは果南ちゃんと」
「うん?」
「つ、付き合ってるん……ですか」
「は?」
「ぴぎっ、ご、ごめんなさいっ」
突拍子もないことを言われて素で反応してしまった。今のはちょっとミスったな。けど、急に何を言い出すんだこの子は。
飼い主に怒られたチワワみたいに上目遣いで見上げてくるルビィちゃん。手が少し震えてるけど、俺も震えそうだわ。そういえば思い返すと、あの時もそんなことを叫びながら逃げて行ったような気がする。
「な、なんでそう思ったの?」
「だ、だって……果南ちゃんが男の人と歩いてるのなんて、初めて見たから」
それだけで恋人に見られたら、あの子もたまったもんじゃないだろう。
「はぁ……誤解だよ」
「そう、なんですか?」
「うん。俺はまだあの子と出会ったばっかりだし、そこまで親しくはないんだ」
残念ながらね、と付け足してルビィちゃんに説明する。すると彼女は自分の早とちりに気づいてくれたみたいだった。
「な、なるほど。ごめんなさい」
「別にいいよ。気にしてない」
「お姉ちゃんに果南ちゃんに彼氏さんが出来た、って言っちゃいました」
「それはちょっと待ってくれ……」
想像以上に話が進んでいたことを知り、思わず頭を抱えてしまった。そうか。同級生ってことは間違いなく果南とダイヤさんも知り合いなんだよな。この街の人間は大体どこかしらで繋がりがあるらしい。流石は田舎街。情報がどこから漏洩するか分かったもんじゃない。気をつけよう。
「そ、そしたらお姉ちゃん。“果南さんに見合わない男だったらすぐに別れさせますわ”って」
俺の未来に望みはないのだろうか。もうヤダ。怖いよあのお姉ちゃん。しかし、さっきのやり取り的には俺がそいつだということにまだ気づいていないのだろう。その点はまだよかった。ばれたら死ぬかもしれん。
「……そっか。あれは彼氏じゃないって、一応お姉ちゃんに言っておいて」
「は、はい。分かりました」
純情そうなこの子ならきっと弁明してくれると信じてる。信じてるからな。
そう言ったのに、ルビィちゃんはまだ俺の顔を見ている。何というか、言いたいことがありそうな目だった。
「ルビィちゃん?」
「あ、その。えっと」
言ってもいいのかな、と戸惑う可愛らしい顔に書いてあった。言いたいなら言えばいいのに、と心の中で思う。
俺はルビィちゃんが口を開くのを待った。そして、数秒してから彼女は言いづらそうに喋り出す。
「し、信吾さんは果南ちゃんのこと…………好き、なんですか?」
「…………どうして?」
なんでそんな話になる。まぁ、そう言う方向の話をしてたから訳が分からないわけじゃないんだけど、その内容は理解出来ない。
「ルビィ、二人を見かけたとき、すごくお似合いだって思ったんです」
「…………」
「か、彼氏さんじゃないって分かっちゃったけど、それじゃあ果南ちゃんのこと、好き、なのかなぁって」
段々と声が細くなっていくが、ちゃんと聞くことが出来た。なるほど。そう言うことか。
でも、嬉しくないとは絶対に言えない。それがこの子個人の意見だったのだとしても、お似合いだと言われただけで顔がニヤケそうになってしまう。
答えを聞きたそうな顔をしてるルビィちゃん。俺は少しだけ考えてから彼女の質問に答えることにした。
「どうなんだろう。今はまだ、分からない」
「分からない?」
「うん。でも、嫌いじゃないことだけは確かだよ」
この街に来た最初の日。バス停で出会った瞬間から、心はあの青い髪の女の子に強く惹かれてしまっている。それだけは、確かに言えること。ただ、それ以上はまだ自分でも分からない。
あの時に抱いた感情を一目惚れと呼ぶのなら、俺はもう既にあの子に惚れているのかも知れない。でも、それを好きと言う言葉で形容していいのかどうかは、まだ定かじゃなかった。
───それと、あの子を見た時からずっと感じてる違和感にもまだ答えを出せていない。だからまだはっきりとは答えられなかった。
「……そう、なんですか。ふふ、よかったぁ」
ルビィちゃんはそう言って、安心するように微笑む。
でも俺は、彼女のように上手く笑うことができなかった。そして、浴衣の帯を巻かれながら思ったことがある。
早く、あの子に会いたい。
夏祭りが待ち遠しくて堪らない。
次話/祭りは夏蜜柑の味