いつか見た、あの夏の日まで。   作:雨魂

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祭りは夏蜜柑の味

 

 

 ◇

 

 

 

 時刻は十八時半を少し過ぎた頃。沼津駅前は、この間訪れた時とは比較することも出来ないくらいの賑わいを見せていた。 快晴だった空が徐々にオレンジ色へと色彩を変え始めている時間帯。ビルの硝子に陽光が反射し、眩い明かりを駅前のロータリーに落していた。

 

 駅前についてから買ったラムネを一口飲む。暑い気温に当てられたそれは冷たさを失い、少々ぬるくなって喉を通り抜けた。

 

 ラムネを飲んでからふぅ、と息を吐く。風が通り抜けない駅前は立っているだけでも自然と汗が流れてくる。額に張り付いた前髪を横に流し、首筋の上を伝った汗を手の甲で拭った。

 

 

「…………暑い」

 

 

 待ち合わせ場所である石像の前でそう呟く。それから流れ続ける人の波をジッと見つめた。多くの女性は色とりどりの浴衣を身に纏っているが、やはり男性だと着ている人は少ない。

 

 

「まだかなぁ。まだ来ないかなぁ」

 

「集合時間までもうちょいあるだろ。少し落ち着いてろ」

 

「う~、もう我慢できないよ。千歌の中にある祭り魂に火が点く十秒前だよっ」

 

「なんだそれ。消してやるからちょっと来い」

 

「やだっ。それに信ちゃん如きじゃ消せないんだよコレは」

 

「俺如きて。…………まぁいいや。あんまりはしゃぐと迷子になるからな。気をつけろよ」

 

「うんっ。大丈夫だよ。千歌はもう大人だから」

 

 

 隣に立ち、えっへんと胸を張る千歌。昔はよく迷子になって泣いてたくせに、言うようになったもんだな。必然的に俺も千歌に置いて行かれて泣く羽目になったのは思い出したくもない思い出。

 

 この祭りには何度も来たことがある。あの頃は小さかったから歩く大人の所為でこんな人の流れなんて見えなかったっていうのに。そう思うと、自分が大きくなったことを自覚せずにはいられなかった。

 

 

「っていうか、なんか落ち着かねぇな浴衣って」

 

「そうかな? 千歌は特別って感じがして好きだよ」

 

 

 会話をしながら襟をはためかせて風を身体に入れてみる。しかしそれは暑さを凌ぐ気休めにもならなかった。もう少し涼しくなってくれてもいいじゃん、と思いながら隣に立つ従妹を見る。

 

 特別、か。確かに服装を変えるだけでも臨む心意気なんかは変わったりするな。そう言った観点からすれば夏祭りに浴衣を着る、っていうのも悪くはない。

 

 

「そう言うもんかね」

 

「そう言うもんだよ。ふふ、似合ってるよ信ちゃん。馬子にもなんとか、だね」

 

「誰が馬子だ」

 

 

 俺が着る浴衣を見ながら千歌はそう言ってくる。この帯はさっき会った赤い髪の女の子、ルビィちゃんに巻いてもらったもの。あの子がいてくれてよかった。いつか会うことがあったらお詫びをしよう。

 

 

「あ、じゃあ千歌の浴衣はどうかな?」

 

 

 そう言って千歌はくるっと一周して着ている浴衣を見せてくれた。さっきからずっと見てたけど、そう言えば感想を言ってなかったな。気にしてたんだろうか。

 

 全体の所々に向日葵が描かれた黄色の浴衣。それはもう、この世界でこいつにしか似合わないんじゃないか、ってくらい似合っている。蜜柑色の髪もいつもとは違うニュアンスで結ってあり、その綺麗なうなじにさっきから何度も目を奪われそうになっているのは俺だけの秘密。いつもより少し派手めなメイクもしており、離れた所からだとちょっとした別人に見えてしまう。

 

 もしこの格好で十年ぶりの再会をしていたら、この子が千歌だってことに気づけなかったかもしれない。素直に可愛いと思った。従兄じゃなければ惚れてた可能性もある。千歌のクセに、生意気だ。

 

 そんな彼女を見て大人になったな、と思わないわけにはいかなかった。同時に千歌が自分から離れて行くような気がして、不安になったりならなかったり。

 

 

「まぁ、俺の次に似合ってるよ」

 

「ぁ……えへへ。もう、素直じゃないんだからぁ」

 

「うるせぇよ」

 

「ツンデレな信ちゃんも可愛いぞっ」

 

「ああもう、くっついてくんなよ。恥ずかしいだろっつーの」

 

 

 褒めてやるとうりうりと身体を寄せ付けてくる千歌。甘くて酸っぱい夏蜜柑みたいな香水の匂いが鼻に入ってくる。くそ、こんな奴にときめくなんてどうかしてるぜ、今日の俺。これが真夏のマジックってやつか。

 

 そうやって接近してくる千歌から逃げていると、二人の女の子がこちらに向かって歩いてくるのが目に入った。ようやく来たか。だいたい時間通りだったな。

 

 

「お二人さん、ヨーソローっ!」

 

「お待たせ。ごめんね、車が混んでて少し遅くなっちゃった」

 

 

 今日もいつも通り元気いっぱいの曜ちゃんと、遅れてるわけじゃないのに謝ってくる果南。予想外だったのはこの二人も浴衣を着ていたこと。思わずドキッとしてしまったが、あんまり意識してるのを悟られないようありのままでいることを自分に言い聞かせた。

 

 

「お疲れさん。別に待ってないから大丈夫だよ」

 

「わ~、二人とも可愛い~。ね、信ちゃん」

 

「ちょ、マジかよ千歌」

 

 

 自然体であることを自らに言い聞かせた矢先、爆弾を放り投げてくる千歌。ここでそう振られるとかなり困るんだけど。しかし、無視するのはご法度なので、頬を掻きながら二人の浴衣姿を目に映した。

 

 

「どうかな信ちゃん?」

 

 

 千歌の言葉を聞いていた曜ちゃんがぴょん、とジャンプして俺の前に出てくる。ああ、超かわいい。許されるのならば抱きしめてしまいたい。だが落ち着くんだ。焦ってはいけない。自分のペースを乱されるな。

 

 水色が主体の布地に、ピンク色の牡丹が咲いているデザインの浴衣を曜ちゃんは着てる。それは海が似合う彼女にピッタリな感じだった。

 

 

「ああ、超似合ってるよ曜ちゃん」

 

「ホントっ? ありがと~。ふふ、信ちゃんも似合ってるよ、その浴衣」

 

 

 いつも通り素直に褒めてやると、曜ちゃんも俺の着てる浴衣を褒めてくれた。せっかく着てるんだから悪い気はしなかった。むしろ嬉しい。

 

 それから曜ちゃんは千歌とお互いの浴衣の褒め合いっこをし始めた。花柄が可愛いとか、帯の色がいいとか、実に女の子っぽい会話に花を咲かせてる。目の保養とはこういう時のことを言うんだな。栄養をやり過ぎてどこかの民族並みの視力を手に入れてしまったらどうしよう。

 

 そんなことを考えながらはしゃいでる二人を見ていると、近寄って来る影に気づく。

 

 

「…………」

 

「…………どうした?」

 

 

 果南は黙って隣に立ち、ジッと俺の顔を見つめてくる。そしてちょっと恥ずかしそうな表情をしてる。それは何かを求めてるような目にも見えなくはない。って、そういうことか。

 

 頭を掻いて果南から目線を反らしながら、思ったままの感想を述べる。

 

 

「か、果南も似合ってる」

 

「─────っ」

 

 

 紫色の朝顔が描かれた藍色の浴衣。落ち着いてる雰囲気を醸し出すその浴衣は、冗談抜きで果南に似合っていた。俺がこの子に嘘を言えるわけもなく、本音を言うという選択肢しか無かったから仕方ない。

 

 

「べ、別に訊いてないし」

 

「うん。……ごめん」

 

「あ、謝らなくてもいいって。もう……」

 

 

 そう言い合った後、また変な空気が流れた。蜂蜜の中に入れられたみたいな、甘ったるい感じが全身を包み込む。何も口にしてない筈なのに、モヤモヤした胸やけに似た何かを感じてしまっていた。

 

 桃色に染まった頬と白い首筋。少しだけ広くなった胸元には銀色のイルカのネックレスが輝いており、素敵なデザインのそれも彼女によく似合っていた。まるで、身に付けているすべてがこの子のために作られているかように、この目には映って見えた。

 

 

「ふっふっふー。いい雰囲気ですねぇ千歌ちゃん」

 

「そうですねぇ。青春ですねぇ曜ちゃん」

 

「「な」」

 

 

 気づくと年下組二人がこっちを見てほくそ笑んでいた。俺と果南は同時にその方向に目を向け、嫌らしい微笑みを浮かべる千歌と曜ちゃんのことを睨む。

 

 

「そ、そんなんじゃねぇし」

 

「そ、そうだよ。そんなんじゃ、ない……」

 

「うわぁ、信ちゃんも果南ちゃんも赤くなってる。どうしよう、二人とも可愛い~」

 

「あ、なんかヤバい。わたしもドキドキしちゃう」

 

 

 こんの二人……っ! 後で橋の上から川に落としてやろうか。

 

 煽ってくる千歌と曜ちゃんをとりあえず叱りつけてから、会場の方に歩き出した。叱ったのはいいが、全然反省の色を見せない二人はもう放っておくことにする。まったく、年上を冷やかすのものもいい加減にしろっての。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 出店が多く立ち並ぶ界隈に入る頃には空は暗くなり、街には賑やかな夜が訪れていた。何処からともなく祭りのBGMが鳴り響き、嫌でも自分が夏祭りの中にいることを思い知らされる。

 

 

「曜ちゃんっ、次は金魚すくいに行こーうっ」

 

「ヨーソローっ。了解でありますっ」

 

「はぐれちゃうと危ないから、あんまり早く歩かないでね」

 

「分かってるって果南ちゃんっ。ふっふ、今日は何匹取れるかなぁ」

 

 

 俺達は四人でその界隈をだいぶゆっくりとしたペースで歩いて行く。主に千歌と曜ちゃんが先を歩き、俺と果南が後ろからついて行くような形。子供みたいにはしゃぐ二人に時折果南が声をかけてくれて、人混みの中でも何とかはぐれずに歩けている。

 

 

「ずいぶん慣れてるんだな」

 

「ん? まぁ、昔からこんな感じだったからね」

 

 

 隣を歩く果南に言うと特に誇ることもなく、彼女はそう答えた。

 

 

「そっか。昔から果南は二人のお姉ちゃんだったんだ」

 

「いちおう年上だからね。あの二人も可愛い妹みたいな感じだったから、全然嫌じゃなかったよ」

 

 

 そう言ってふっと微笑む果南。そんな何気ない表情にも心臓を高鳴らせながら、絶え間の無い人混みの中を歩く。

 

 

「果南がお姉ちゃんなら、千歌も曜ちゃんも安心だな」

 

「そんなことない。それなら信吾くんだって、千歌のお兄ちゃんみたいだよ?」

 

「そうか? ま、あいつの御守りは慣れてるけど」

 

 

 果南にそう言われ、千歌の後ろ姿に目を移す。昔はそう見えてもおかしくなかったかもしれないけど、十年経った今はどうなのかは分からない。

 

 

「ねぇねぇ信ちゃんっ、見て見て! 凄いよコレっ。夏蜜柑にそのままストローが刺さってるっ!」

 

 

 何かめずらしいものでも見つけたのか、千歌は俺の方を向いてパタパタと手招きをしていた。まさに妹のような彼女の姿を見て、俺と果南は顔を見合わせて笑い合う。

 

 

「へぇ。蜜柑をそのまんま器にしてんのか」

 

「そうみたい。おしゃれだね」

 

 

 千歌が興奮していた屋台を覗き込むと、彼女が言った通りストローが刺さった大きめの夏蜜柑が並べられていた。四人でめずらしそうに眺めていると、それに気づいた若い女性の定員さんが説明してくれる。

 

 

「これはカジュッタっていうこの機械を使って、皮が付いたまま果汁100%のジュースを作ってるんです」

 

「わ~。美味しそうだねぇ」

 

「えへへ。千歌ちゃんは夏蜜柑に目が無いもんね」

 

「あはは、ばれちゃったか」

 

 

 曜ちゃんと千歌がそんな話をしてる。曜ちゃんの言うとおり、こんな美味しそうなものに千歌が反応しないわけがない。

 

 

「じゃあこれ三つとサワーをひとつください」

 

 

 そう言って四人分の代金を店員のお姉さんに渡す。アルコールが入ってなくても飲んでる気分を味わいたかったので、俺だけ違うものを選んでみた。これなら千歌も文句は言わないだろ。

 

 しばらくして、俺達は搾りたての夏蜜柑ジュースをお姉さんから受け取った。

 

 

「どうも」

 

「ありがとうございました~」

 

 

 愛想いい笑顔をプラスでもらい、並んで歩きながらそのジュースを口にする。おお、美味い。これは売れそう。

 

 

「うんっ、美味しいね曜ちゃん」

 

「でも酸っぱい~。絶対千歌ちゃんが好きな味だぁ」

 

「えへへ。分かる~?」

 

 

 そんな話をしながら前を歩く千歌と曜ちゃん。俺のはフレーバーシロップが入ってるから夏蜜柑の味は薄まってるが、あのまま飲めば相当酸っぱいに違いない。そして千歌が気に入ると俺も思った。

 

 ジュースを飲みながらしばらく出店通りを歩いていると、隣を歩く果南が俺を見ていることに気づく。

 

 

「どうした?」

 

「信吾くんのも美味しそうだなぁ、って思って」

 

 

 咥えていたストローを離して訊ねると果南はそう答える。なるほど、気になってたのか。

 

 

「うん、美味いよ。一口いる?」

 

「え、でも」

 

「じゃあ代わりに果南のもちょうだい? はい」

 

 

 そう言って、持っていたカップを彼女に手渡す。すると果南は数秒何かを躊躇ってから夏蜜柑の器を渡してきた。今の間は何だったんだ。

 

 

「………………」

 

「…………なんでそんなにこっち見てんの?」

 

 

 ジュースを交換したのはいいが、さっきよりもまじまじと俺の顔を注視してくる果南。頬が赤い気がするのは気のせいだろうか。顔に何かついてるのかと手で触ってみるけど、そんな感じはしなかった。なら、どうして? 

 

 

「…………バカ」

 

「何故だ。何故に俺は罵られたんだ」

 

「気づかない信吾くんなんて、知らない」

 

「ちょ、待ってくれよ」

 

 

 果南は急にぷいっ、とそっぽを向いて先に歩いて行ってしまった。何をそんなに不機嫌になってるんだ。何か無意識のうちにやましい事でもしてしまったのだろうか。

 

 そんなことを頭の中で考えながら果南のことを追いかけようとして、ふと手に持っている夏蜜柑ジュースに目をやった時、自分がしていた大きな見落としに気がついてしまった。

 

 

「あ」

 

 

 そうか。この子はもしかしなくても、そんな些細なことを気にしていたのか。ちょっとだけ意外。見た目は大人な感じだけど普通に女の子っぽいところもあるんだな、と思ってしまった。

 

 

「…………ちゅ~」

 

「普通に飲んでるし……」

 

 

 果南に追いつくと、彼女は俺が渡したジュースを真っ赤な顔をして飲んでいた。表情は怒ってる。そのギャップにやられて、うっかり心臓が止まりそうになった。なんだこの子。俺を萌え殺す気か。

 

 

「…………飲まないの?」

 

「はい。飲みます。飲ませていただきます」

 

「ん」

 

 

 ギロッと軽く睨みつけながらそう言われたので喜んで、間違えた、ありがたく果南の飲んでいた夏蜜柑ジュースを飲むことにした。

 

 間接キスを気にするなんて中学生のカップルか、と声にしてしまいそうになったが、その衝動を堪えた。言ったら間違いなくこの子は怒る。猛烈にからかいたいけど、嫌われたら俺の精神が崩壊してしまうので言わない方向で行くことを決意した。

 

 

「…………」

 

 

 見てる。めっちゃ見てるよ果南さん。そんなに俺と間接キスするのが嫌ですか? ていうかあなたも俺のジュース飲みましたよね? 自分から飲むのと俺が飲むので何か違う所でもあるのだろうか。謎だ。

 

 ガン見されながらも、気にしてないフリをしながらストローに口を付けて夏蜜柑ジュースを飲む。俺の唇にストローが触れた瞬間、果南が泣きそうな顔になってたのは見てて面白かった。不謹慎かな。でもしょうがない。

 

 

「うん。美味しいよ」

 

 

 やましさを含めることもなく、素直な感想を口にした。しかし。

 

 

「~~~~っ! バカ信吾っ!」

 

「嘘だろ!?」

 

 

 デカい声でそう言い残し、果南は千歌と曜ちゃんの方へとダッシュで逃げて行った。

 

 一人、人混みに残される。手には果南に渡されたジュース。それを見つめながら呟いた。

 

 

「…………女の子って、よく分からん」

 

 

 それから果南は何故か俺が飲んでいた夏蜜柑ジュースを返してはくれず、結局交換したまま俺達はお互いのものを飲み干すことになった。謝ったら普通に許してくれたけど、それによってさらに混乱する羽目になったのは言うまでもない。

 

 

 




次話/迷子のほのかちゃん
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