いつか見た、あの夏の日まで。   作:雨魂

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恋に落ちる線香花火

 

 

 

 ◇

 

 

 それから俺達は旅館の向かいにある砂浜で花火大会・第二回戦を始めた。いつの間にか美渡姉まで参加し、尽きることの無い花火で激しいバトルを繰り広げるになったのは言うまでもない。

 

 つーか化け物かあの人。“手持ち禁止!”と書かれてる据え置き型の花火を手に持って、スナイパーの如く俺を狙って来やがった。火花が髪を掠めた時はマジで死んだと思った。

 

 

 

「…………はぁ」

 

 

 

 しばらく砂浜を走り回ったおかげで疲労感はMAX。ようやく美渡姉のターゲットから外れて、離れた階段に腰を下ろすことが出来た。

 

 波打ち際の方では未だに千歌&曜ちゃんvs美渡姉の戦いが続いてる。はしゃぎすぎて浴衣を燃やしたりすんなよ。浴衣を貸してくれたあのダイヤさんとかいう美人さんに怒られちまうぞ。

 

 コンクリートの階段に座り、深い息を吐く。履き慣れない下駄で人混みの中を歩き疲れた後に全力で走らせられるとか、どんな拷問だ。明日は確実に足が筋肉痛になってる。なんてこったい。

 

 昔もこの砂浜でよく花火をした記憶がある。あの頃も俺はガキ大将だった美渡姉に毎回燃やされそうになっていた。たまたま浜に落ちていた木の棒にロケット花火をセットする、という即席のボウガンで狙われてた記憶が未だに鮮明に残ってる。

 

 そうやって項垂れながら疲れ切った身体を休めていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。

 

 

 

「お疲れさま。相変わらず足速いね」

 

「あぁ、うん。サンキュ、果南」

 

「どういたしまして」

 

 

 

 顔を上げると、ペットボトル入りの冷えたサイダーを手渡される。ちょうど喉が渇いてたから、この差し入れは嬉しい。彼女の手にも同じものが握られていた。

 

 

 

「座れば?」

 

「うん。ありがと」

 

 

 

 横にずれて隣のスペースを空ける。ふわりと甘い匂いが鼻を掠めた途端、その香りの発生源がすぐ傍にいることを自覚して、心が少しだけ戸惑った。

 

 誤魔化すようにサイダーのキャップを捻り、開ける。空気が抜ける爽やかな炭酸音が夜の渚に微かに響いた。

 

 

 

「あっちに居なくてもいいのか?」

 

「巻き込まれそうだから逃げてきたの。浴衣とか髪が燃えちゃったら大変だし」

 

「そういうことか」

 

「そういうことです」

 

 

 

 なんて賢い判断だろうと思い、花火を持って遊び回ってる影を見つめながらサイダーを飲む。火照った身体に染み渡る、透明で冷たい甘味。少しだけ、この時間と甘みに溺れていたくなった。

 

 

 

「果南は疲れてない?」

 

「私? 少し歩き疲れたのはあるけど、平気だよ」

 

 

 

 同じようにサイダーを飲んでいた果南にそう声をかける。俺と同じ距離を歩いたんだから疲れてると思ったんだけど、本当に平気みたいだ。

 

 

 

「そっか。さすがは毎日走ってるだけあるな」

 

「それくらいしか取り得が無いからね。信吾くんは疲れちゃった?」

 

「うん」

 

「即答だね」

 

 

 

 そう言われ、笑われる。人混みの中であの二人の御守りもしなくちゃいけなかった。それで疲れない筈が無い。いろいろ楽しめたからいいけどさ。

 

 

 

「別にいいよ。振り回されるのには慣れてるからな」

 

「そうなんだ。前向きなんだね、信吾くんは」

 

「もちろん。そうじゃなきゃ楽しくないだろ」

 

 

 

 楽しまなきゃいけない時はいつだって前向きに。常にそう在り続けるのは難しいけど、今日みたいに限定された一日なら無理やりポジティブになることだって出来る。

 

 残りが半分くらいになったペットボトルをぷらぷらと振りながら、夜の駿河湾を眺める。明るい月明かりを反射させて、キラキラと輝く海。まるで数多の宝石が散りばめられているかのよう。あの星たちの煌めきがすべて水面に投影されている、と誰かに嘘を吐かれても、今なら信じてしまったかもしれない。

 

 

 

「…………そっか。いいなぁ」

 

 

 

 隣に座る果南は夜空に向かってそんな言葉を吐く。でも、その真意までは分からなかった。

 

 

 

「何が?」

 

「そうやって自然に前向きになれるのが、うらやましいんだよ」

 

「果南は違うの?」

 

「私は、少し違う。ヤなことがあったりするとすぐに後ろ向きになっちゃう。でも、心の中ではいっつも『何とかなるでしょ』って思ってるんだ」

 

 

 

 そんな風に果南は語る。それを聞いてなんとなく、らしいな、と思った。

 

 

 

「後ろ向きだけど、前向きなんだな」

 

「そんな感じ。だから、その“後ろ向き”が無い信吾くんがうらやましい」

 

「いや、俺だって後ろ向きになる時はあるよ。むしろその方が多いかもしれない」

 

「でも、前向きにだってなれるんだよね?」

 

「まぁ、そうだけど」

 

「私はそれがいいな、って思うんだよ」

 

 

 

 私には難しいから、と果南は足元に視線を落としながらそう言った。いつもは後ろ向きでも前向きにもなれるこの性格をうらやましい、と。けど、俺は上手く納得できなかった。

 

 だって、それは決まった自分が無いってことと同じだから。前向きな人は常に前向き。後ろ向きな人はいつも後ろを向いてる。そのどちらでもないって言うのは、多分、そういうこと。

 

 自分と向き合うことが少ない俺には、何が正しくて何が間違っているかなんてまだ明確な答えを出せない。だから、自分が無い自分を否定してしまう。褒められている筈なのに、拒絶しようとしてしまうんだろう。

 

 

 

「……俺だって、果南がうらやましい」

 

「え?」

 

 

 

 彼女はこっちを見てくる。でも、俺は足元に転がる石ころを見つめていた。

 

 

 

「後ろ向きだけど前に進んでる。果南には決まったスタイルがある。でも、俺にはそういうものが無い。だから、うらやましいって思う」

 

「…………」

 

「あ、ごめん。意味分かんないこと言ってるか、俺」

 

 

 

 そう言って頭の後ろを掻く。けれど、彼女はこちらを見ながら首を横に振った。

 

 

 

「そんなことない。ちゃんと、分かってるよ」

 

「それならいいけど」

 

 

 そう言われ、ひと呼吸置いてから続ける。

 

 

「とにかく俺は決まった自分が欲しいんだ。俺にはまだ、()()()って言う性格だったり、キャラクターだったりするものが無いからさ」

 

 

 

 そこまで言って、視線を夜空に上げる。

 

 

 

「多分、それはやりたいことがまだ見つかってないからなんだって思う。やりたいことだけじゃない。欲しいものも、なりたい自分もまだ分からない。そうやってフラフラしてるから、自分って言うものが定まらないんだよ、きっと」

 

「やりたいこと?」

 

「ああ。果南にはちゃんとそれがある。だからしっかりとした()()を持ってる。俺には、まだそれが無い」

 

 

 

 残念だけど、これは事実なんだと口には出さず、心の中で言葉を結んだ。これ以上は言えない。言葉にすればするほど、自分を貶している気がしてしまうから。

 

 残りのサイダーを一気飲みした。冷たくてちょっと頭に沁みる。柄にも無く恥ずかしい話をしたからか顔が熱い。言わなきゃよかった、と少しだけ後悔してみる。

 

 

 

「…………すごいね、信吾くんって」

 

「それは褒めてんの? 貶してんの?」

 

「ふふ。どっちも、かな」

 

「どうしよう。超複雑な気持ちだ」

 

「でも、ホントにすごいよ。うん。そこまでちゃんと考えられるなら、きっと、やりたいことも見つかると思う」

 

 

 

 果南は優し気な表情でそう言ってくれた。なんだか照れくさくなって頬を掻いてしまう。

 

 

 

「それならいいんだけどな」

 

「なんか、真面目な顔してこういう話をする人に初めて会った気がするよ」

 

「頼むからそれは言わないでくれ。恥ずかしくて海に身投げしそうになる」

 

 

 

 気にしてないと思ったらやっぱ違った。そりゃ急にこんな話を横でされたら気にはなるさな。逃げなかったのは彼女が優しいからなのだろう。俺が女の子だったら百パー逃げてる。

 

 

 

「あはは、気にしないで。私も、こういう話は嫌いじゃないから」

 

 

 

 言って果南は立ち上がり、俺は座りながらその顔を見上げた。

 

 

 

「果南?」

 

「ちょっと待ってて」

 

 

 

 彼女は波打ち際で遊んでる千歌達の方へ駆けて行く。俺は遠ざかる背中を見つめていた。

 

 しばらくして、何かを持って果南は戻って来た。遠くからだと暗くて分かりにくかったけど、近くに来るにつれて腕に抱えるものが何なのかはっきりしてくる。

 

 

 

「悩んでる人には、はいこれ」

 

「……なんで?」

 

「難しいことは考えないで、今は楽しも?」

 

 

 

 渡されたのは手持ち花火。言いたいことは分からなくもないが、理由がどうも腑に落ちない。まぁ、この子がそう言うならいいか。

 

 そう思い、彼女が差し出してくる花火を受け取り、立ち上がる。それから浴衣の中に入れていた百円ライターを取り出して、花火の先端に火を点けた。

 

 灰色の煙がふわりと上がり、薄緑色の火花が勢いよく飛び出してくる。さっき見てた打ち上げ花火と比べたら子供みたいに小さい火と光。それは、例えるのなら夜空に浮かぶあの月と星のように見えた。

 

 

 

「信吾くん、私にもちょうだい?」

 

「ああ」

 

 

 

 果南が持つ手持ち花火に、火が点いている花火の火をあげた。先端と先端をくっつけて、やがて彼女の花火からも光が放たれる。

 

 小さな青白いが暗い砂浜をそっと照らしている。街灯の光と月明かり、それと俺達が持つ手持ち花火がここにある数少ない灯りだった。

 

 ふと視線を上げて、向かいにいる果南を見た。

 

 

 

「─────」

 

 

 

 それは、本当に何気ない一瞬のこと。

 

 特別なことなど何も無い。だというのに、目の前にある光景を見た時、呼吸することを忘れてしまった。

 

 出会ってからこの数日で、俺は何度も彼女の顔を見てきた。笑った顔、怒った顔、照れる顔。そのすべてが心臓の真ん中を撃ち抜いてきた。

 

 今の彼女の表情だって、いつも通り綺麗な顔だった。ほんの少しだけ口角を上げて、優しい目つきで手元にある花火を見つめている。

 

 ただ、そんな表情を見ただけで上手く呼吸をすることが出来なくなった。喉に大きな飴玉が詰まったみたいに。

 

 淡い光に照らされる白い肌。藍色の布地に紫色の朝顔が咲いた浴衣。海を思わせる青く艶やかな髪と、小さな水色の髪飾り。

 

 彼女のすべてに目を奪われてしまった。いや、目だけじゃない。俺の中にある感覚、心臓の鼓動、意識が飲み込まれてしまった。

 

 俺は、一体どうしてしまったんだろう。

 

 

 

「…………な、なに?」

 

「え? あ……な、何でもない」

 

 

 

 ようやく俺の視線に気づいた果南。彼女の声を聞いた瞬間、この身体は自由を取り戻してくれた。けれど、まだ心臓は高鳴り続けている。

 

 気づけば手に持っていた花火は消えていた。それ以前に、自分が手持ち花火を持っていたことすら忘れてしまっていた。誤魔化すように砂浜の上に消えた花火を押し付けてみせる。でも、果南はまだこちらを見ていた。

 

 果南が持っていた手持ち花火の火が消えて、俺と彼女の間にひっそりとした夜の闇が漂い始める。恥ずかしくて果南の方を見ることが出来なかった。間違いなくこの顔は赤くなっているだろうから。今が夜で良かった、と心の中で安堵した。

 

 何やってんだ、俺。なんでこんな時になって。

 

 目を反らしながら花火の火を消しているフリをしてると、果南が近づいてくる。

 

 

 

「何かあったの?」

 

「…………」

 

「言いたいこと、あるなら言ってよ」

 

 

 

 果南はそう言って顔を覗き込んでくる。真剣な表情ではない。暗闇に紛れているけれど、彼女は微笑みながら俺の前に立っている。

 

 後ろ手を組んで、顔だけを近づけてくる果南。はだけた浴衣の胸元に目が行ってしまいそうになったけど、流石にヤバいと思い咄嗟に顔を反対側に向けた。なんだか自分がやけに間抜けに思えてしまってる。馬鹿だな、俺。情けない。

 

 

 

「もう、なんでそんなに照れてるの?」

 

「て、照れてねぇし」

 

「じゃあ、なんで私を見てたのか教えて?」

 

「う…………」

 

 

 

 ハッキリ聞いてくるのは卑怯だろう。参ったな。これじゃ誤魔化せなくなってしまう。

 

 顔を背けても、興味津々な果南は視線を追って顔を近づけてくる。この子はもう、どうしようもない。俺を困らせる果南なんて嫌いだ。嘘です。

 

 なんて冗談を胸の中で吐いてから、諦めるように口を開いた。

 

 

 

「…………たんだよ」

 

「聞こえない。もう一回」

 

 

 

 もうヤダ。なんで俺がこんなに辱められなくちゃならないんだ。頼むからちゃんと聞いててくれよ。

 

 若干涙目になりながら、今度はハッキリと果南に聞こえるように言った。ああ、もう、どうにでもなっちまえ。

 

 

 

「見惚れてたんだよ」

 

「…………え?」

 

「あんまり綺麗だったから、見惚れてた。それだけだ。な、なんか文句あるか?」

 

 

 

 半ばやけくそ気味に本音をぶちまける。穴があったら入りたいっていうのはこういう時のことを言うんだな。今すぐ砂浜に穴を掘ってその中に埋もれてしまおうか。無理だな。しいたけに手伝ってもらえばできるかもしれないけど。

 

 数秒の沈黙を置いてから、果南は急にパタパタし始めた。どうした。

 

 

 

「な、ななななっ」

 

「な?」

 

 

 

 そんでもって『な』、しか言わなくなってしまった。壊れてしまったのか。叩いてみれば直るかな。一昔前のテレビみたいな感じで。

 

 そんなことを思ってる時、ようやく果南は動きを止めてそれから一つ、大きく息を吸った。

 

 

 

「なに言ってんのーっ!!!」

 

 

 

 そして、そんな大声をこちらに向かって放ってくる。うるさ。耳が痛い。

 

 

 

「言えって言われたから、言っただけだし」

 

「だ、だからって。そんな、こと」

 

 

 

 完全に開き直って自信満々にそう言い張った。なんだっていいや。言えと言われたから言った。だから俺は悪くない。……猛烈に死にたい。

 

 心臓はまだ鳴り止まない。動悸を止める方法すら分からなかった。それ以前に、果南が前に居るだけで心拍数は速度を増して行く。急に止まったりしたらどうしよう。でも、それならそれでいいかもな。今なら許せる気がする。

 

 変な空気が流れ出す。なんて言うか、全身に砂糖を塗りたくられた後、甘ったるいジャムの中にぶち込まれたみたいな感じだった。誰か助けて。胸やけが治まらないよう。

 

 それからまた数秒、浜辺に静寂が流れる。聞こえてくるのは鈴虫の鳴き声と潮騒、それと騒がしい女の子達の声。まだ戦ってたのかアイツら。どこにそんな体力があるのだろう。謎だ。

 

 

 

「…………ばか」

 

「唐突な暴言は何よりも人の心を折ることを覚えた方がいい。分かったか?」

 

「う、うるさいっ。もう、信吾くんなんて知らない」

 

 

 

 超剛速球のストレートを俺がまだバッターボックスに立ってないのに果南は投げてきた。しかも投球はデッドボール。危険球ですよ? 野球ならば確実に退場案件である。何の話だ。

 

 果南は両手で顔を覆いながらう~、と唸ってる。そんな姿を見て仕返ししたい気持ちが俺の中に生まれた。

 

 

 

「照れてる?」

 

「照れてないっ!」

 

 

 

 だそうです。顔色がよく見えないから何とも言えないが。あ、そうだ。持っていた百円ライターを果南の顔の前で点けてみる。

 

 

 

「よっと」

 

「見ないでっ!」

 

 

 

 めっちゃ怒られました。けど、一瞬だけハッキリと浮かび上がった顔は真っ赤だった。ふ、勝った。あんまり俺を怒らせない方がいいぜ。

 

 ライターを仕舞い、向かいにいる果南を見た。睨んでる。しょうがないだろ、訊かれたことには答えなくちゃいけないのがこの世界のルールなんだから。

 

 ようやく心臓が落ち着きを取り戻し、空に向かって一度息を吐いた。

 

 

 

「いちおう言っておくけど、嘘じゃないから」

 

「べ、別に何も訊いてないし」

 

「や、なんか気にしてそうだったからさ」

 

「う~、信吾くんなんてきらい。…………嘘。嘘だって。泣かないでよ、もう」

 

 

 

 うっかり泣いてしまったら慰められた。別に嫌われて悲しかったわけじゃないんだからねっ、か、勘違いしないでよねっ。かなりキモいな俺。

 

 気を取り直して果南と向き合う。まだ恥ずかしいけど、さっきよりはマシ。でも、さっきはほんとに危なかった。勢いで思ってることを全部口にしてしまいそうになったことは、生まれて初めてだった。

 

 

 

「あ、そうだ」

 

「なに?」

 

「そんなに怒んないでくれよ。ツンツンしない。オーケイ?」

 

「ふんっ。…………信吾くんが変なこと言うからでしょ」

 

 

 

 そっぽを向く果南。けど、本気で怒ってるわけじゃないみたいだ。普段が柔らかい分、こういう彼女を見れるのもなんだか新鮮でよかった。

 

 ツンツンしてる果南に向かって、さっき美渡姉と花火で戦ってる時に持ってきた花火を手渡す。役に立たない花火だったから、使わないで持ってたんだっけ。

 

 

 

「はい。これでもやって落ち着こうぜ」

 

「…………線香、花火?」

 

「ああ。祭りの最後はこれって相場が決まってるんだよ」

 

「聞いたことないけど、すごく分かる気がする」

 

「だろ?」

 

 

 

 一束の線香花火。共感をもらえてちょっと嬉しかった。楽しかった夏祭りの最後には、これが無くちゃ終われない。そんなパワーを持つ花火がこいつ。

 

 果南に数本の線香花火を手渡し、それから百円ライターを取り出す。

 

 

 

「ほら、火を点けて」

 

「うん。ありがと」

 

 

 

 果南は線香花火に火を点ける。すぐ俺もそれに続いた。

 

 その場にしゃがみ込んで、向かい合いながら俺達は線香花火を眺める。本当に小さな光を放つ一本目のそれは、すぐに砂の上に落ちて行った。

 

 

 

「あらら、終わっちまった」

 

「機嫌が悪い線香花火だったのかもね。信吾くんが悪い子だから」

 

「俺が悪いのかよ。まだあるからいいけどさ」

 

 

 

 向かいで一本目の線香花火を持つ果南がジトっとした目を向けて言ってくる。どうやらまだご機嫌は斜めらしい。

 

 二本目に火を点けて、今度はすぐに落ちないよう注意して線香花火を持つ。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

 パチパチ、と小さな音を立てる線香花火。火は時間が経つにつれて大きくなり、橙色の花を咲かし始める。不安定な先端の玉はゆらゆらと揺れながらも、どうにか長い時間輝こうと一生懸命持ち手の部分にしがみついているように見えた。

 

 そうして俺達の間に一筋の海風が吹いてくる。それに揺られて俺と果南の線香花火は同時に砂の上に落ちて、消えた。

 

 

 

「終わっちゃったね」

 

「まだあるけど、やるか?」

 

「うん。やりたい」

 

「あいよ」

 

 

 

 もう一度、果南に火を点けた線香花火を手渡す。静かな空気の中に、薄っすらとした火薬の匂いが漂っていた。

 

 可愛らしい線香花火を眺めていると、向かいにいる果南がふと口を開く。

 

 

 

「線香花火ってさ、どうして最後にやるんだろうね」

 

 

 

 何気ない感じで彼女はそう言った。小さい花を咲かせる花火は、まだ終わりたくないというように光をそこに灯し続けている。

 

 その疑問を聞いて、少し考える。線香花火を最後にやる理由、か。それは、大きな花を咲かせる大胆な打ち上げ花火と比べて控え目だから、というわけではないだろう。この問いに答えは無い。だからこそ、上手い返事を頭の中で探していた。

 

 俺はあんまり頭がよくないから、気の利いた言葉で答えることは出来ない。けど今はふと浮かんだ考えを言葉にしてみようと思った。

 

 

 

「そうだな」

 

 

 

 思い出すのは、数時間前に見た綺麗な打ち上げ花火。目に映すのはその反対で小さくて儚い花を咲かせ、最後に地面に落ちて行く線香花火。

 

 二種類の花火を比べながら、思ったことを口にする。 

 

 

 

「打ち上げ花火って、空に上がるだろ? でも、線香花火は地面に落ちて行く。それが楽しい時間が終わることを意味してるように見えるから、じゃないか?」

 

 

 

 疑問にそう答える。果南は線香花火を持ちながら、俺の顔を見つめてきた。

 

 二つの線香花火はまだ、共に火を灯している。

 

 

 

「ふふ、何それ。意味分かんない」

 

「な。訊いてきたのはそっちだろ」

 

 

 

 そう言って笑われる。確かに自分でも言っててちょっと意味分かんなかったから、本気で怒ってるわけじゃないけど。

 

 線香花火は打ち上げ花火と比べたらそりゃ小さいけど、すぐには終わらない。楽しい時間が少しでも長く続いてほしい、とそんな誰かの心を投影するみたいに、時間をかけてから終わって行く。

 

 それが、俺が思った線香花火を最後にやる理由。

 

 

 

「でも、楽しかった時間の終わり、か」

 

 

 

 果南は視線を下に向けながら呟く。この考えをどれくらい理解してくれているのかは分からない。でも、彼女はわかろうとしてくれている。

 

 目の前にある瑠璃色の瞳と血色の良い赤い唇、麗しい青い髪を見つめる。夕立が降ったバス停で初めて見た時から変わらない印象。あの時から、彼女のすべてに惹かれてしまっていた。

 

 聞いているだけで胸が苦しくなる声。時折鼻をくすぐる、海を思わせるような爽やかで甘い香水の匂い。太陽というより、月明かりのように優し気な微笑み。外見だけではなく、彼女の中身にも心を奪われた。

 

 ああ、そうか。そうなんだ。さっきの感情は、やっぱり。

 

 本当は最初から気づいてた。でも、一目惚れなんて生まれて初めてだったから、自分の心に嘘を吐いてた。

 

 今なら分かる。今なら、一目見ただけでそうなってしまった自分を許せる気がする。

 

 だって、バス停の中で感じたあの感情は絶対に間違いじゃないから。それを、この数日間で証明できてしまったから。信じることが出来たから。

 

 

 

 果南は顔を上げる。そして、小さく微笑みながら口を開いた。

 

 

 

「そうかも、しれないね」

 

 

 

 その笑顔を見て、やっと自覚した。分かってたけど今まで分かってないフリをしてた。それをようやく、自分の中で許容したんだ。

 

 

 俺は、この子のことが好きなんだ。 

 

 

 どうしようもなく、言い訳をする必要すらないほどに、彼女のことを好きになってしまった。気づこうと思えばすぐにだって気づけたのに、一目惚れなんていうものを信じたくなかったから、目を背けていた。

 

 でも違った。ようやく分かった。人を好きになるのに、時間なんて要らない。時間をかけてそれを理解するのが普通だと思い込んでいた。

 

 雨が降る夕方。バス停で彼女の姿を見た時から、ずっと、ずっとこの子のことが好きだった。それを言葉にすれば、こうなるのか。

 

 誰が作ったものなのかは知らない。でも、どんなに着飾った文よりもこの想いを的確に現している。日本語っていうのは面白い。だって、本当にそうなんだから。

 

 

 

「果南」

 

「ん?」

 

「俺、欲しいものができた」

 

「え?」

 

 

 

 俺は、()()()()()

 

 

 だから、彼女に向かってそう言った。これからやるべきことを決意するために。

 

 青い世界の真ん中に落ちた心は、柔らかな潮風に揺れる。

 

 それと同時に、どこかへ向かって落ちて行く線香花火。

 

 

 行き先は───恋の中、だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 恋に落ちる線香花火/

 

 

 

 第二章 完

 

 




次話/相談ヨーソロー
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