いつか見た、あの夏の日まで。   作:雨魂

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告白

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 後ろを振り向く。そこには赤い傘をさしている青い髪の女の子が立っている。紫色のノースリーブのパーカーに白のホットパンツ。足元には白いスニーカー。その姿を見て心臓が跳ね上がった。

 

 彼女はゆっくりと歩み寄ってくる。恐らくまだ十五時になっていない。気を抜いていたところに声をかけられたせいで、急激に心拍数が上がった。

 

 

 

「────────」

 

 

 

 その顔を見ただけで、身体は魔法にかけられたように動かなくなった。解き方は知らない。当たり前だ。魔法をかけてきたのは彼女の方なんだから。

 

 

 

「お待たせ。ちょっと早く着いちゃったから、私の方が先だと思ったんだけど」

 

「…………」

 

「雨、降っちゃったね。最近晴ればっかりだったから、なんだか久しぶりな感じがするよ」

 

 

 

 彼女はそう言いながら歩いてくる。距離が縮まるにつれて、身体中の筋肉が固まっていく感じがした。

 

 何か言わなきゃ。そう思い、閉じたままの口を開こうとする。だが、声が出ない。思ってることを喋る。やろうとしてるのはたったそれだけなのに、この口は開いてくれなかった。

 

 心の中で落ち着け、と命令する。いつも通りでいい。何もかしこまることなんてない。そう思うのに、身体は言うことを聞いてくれなかった。

 

 

 

「信吾くん?」

 

「ぁ、ああ。ごめん、ボーっとしてた」

 

「ふふ、何か考え事でもしてたのかな?」

 

「え?」

 

 

 

 顔を覗き込まれて、ようやく声を発することが出来た。だが、何気なく言われた言葉が的の真ん中をついてきて、咄嗟にあからさまな反応を取ってしまう。そんな俺を見て、彼女は笑っていた。

 

 

 

「あー、やっぱりそうなんだ。何を考えてたの?」

 

「あ、えっと……その」

 

 

 

 訊ねられるが、誤魔化す言葉が上手く浮かばなかった。君のことを考えてた、なんて言えるわけない。そんなことを言ってしまえば告白どころの話ではなくなる。

 

 

 

「なーんてね。信吾くんも難しい顔して考え事するんだなー、って思っただけだよ」

 

 

 

 笑みを浮かべながらそう言われる。その言葉を聞いて安堵する。ていうか最初から教えない、と言えばよかったんじゃないだろうか。弱々しいこの思考回路じゃそれくらい簡単なことさえも思い浮かべられなかった。

 

 小さく息を吐いてから、口を開く。

 

 

 

「そんなに難しい顔してた?」

 

「うん。いつもの信吾くんじゃないみたいだった」

 

 

 

 そう言われて右手で自分の顔を触ってみた。違いなんて分かるわけないのに。でも、そうか。心配されてしまうくらい真面目な顔をしてたのか。

 

 いつも通りで行こう。気にしていたらまたきっと、難しい顔をしてしまうから。

 

 

 

「そっか。それと、ごめん。急にこんな所に呼び出して」

 

「気にしないでいいよ。今日は雨だったから、予約のお客さんもキャンセルになっちゃって暇してたんだ」

 

「そうだったんだ。でも、どっちにしろごめん」

 

「ふふ、今日は謝ってばっかり」

 

「ああ、えっと…………ごめん」

 

 

 

 バカの一つ覚えのように、俺は何度目か分からないごめんを言った。

 

 

 

「あはは。もう、どうしたの? らしくないよ?」

 

「うん。自分でもそう思う」

 

 

 

 でもどうしようもないんだ。君と話してると自分が分からなくなる、と続けられる筈の言葉を飲み込んだ。

 

 らしくない、か。でも俺の自分らしさってなんだろう。それをこの子は分かってるのかな。だから、そんな指摘をくれたのかな。

 

 どうやって打ち明ければいいだろう。自分に問いかける。するとまだ早い、と心が返事を返してくれた。

 

 

 

「それで、どうしたの? 何か私に用でもあった?」

 

 

 

 赤い傘をさす彼女はそう声をかけてくる。処理速度が重くなった頭で何を言うべきかを考え、言葉を放つ。

 

 

 

「ああ。言いたいことがあったんだ」

 

「私に? なになに?」

 

 

 

 そう言って彼女は近寄ってくる。お互いに傘をさしているせいで触れ合う距離までは近づけないけど、俺からすれば十分近いと思ってしまうような距離感。爽やかな香水の匂いが、降り落ちる雨の間を縫って鼻をくすぐった。

 

 高鳴り続ける鼓動がうるさい。これじゃあ誰かに聞こえてしまう。鳴り響いているこの雨音じゃ頼りない。こんな時になって、騒がしいと思っていた筈の蝉時雨が恋しくなった。

 

 

 

「…………変なこと言うかも知れないけど、それでもいいか?」

 

「もちろん。何回変な冗談を聞いたと思ってるの?」

 

「何回だろ。忘れた」

 

「ふふっ。私も覚えてないよ。だから、大丈夫」

 

 

 

 目の前にある青い髪が頷いてくれる。これから言うことを受け入れてくれる、というように。

 

 言うべき言葉は決まってる。賢くないんだから、ロマンチックなことは言えない。だからシンプルな言葉を使おうと最初から思っていた。

 

 雨が強さを増し、頭上で雷が鳴っていた。それすらも気にならないくらい、目前に立つ青い髪の女の子に文字通り夢中になっていた。

 

 あのバス停で初めて見た時から分かっていた。一目惚れっていうのはこんなにも単純で、こんなにも美しいのだと。だからこそ、この想いを想いのままで終わらせたくなかった。ちゃんと形にしたかった。

 

 

 

「じゃあ、言わせてもらう」

 

「はい。聞かせて」

 

 

 

 了解を得て、準備が整う。言葉は今か今かと胸の中で出番を待ち侘びている。

 

 浮かび上がって来た煩悩を断ち切り、意識を目の前に立つ存在に向ける。綺麗な青い髪と白い肌。パッチリした目と形の良い鼻、健康的で艶のある赤い唇。細い肩と傘の柄を握るすらりと長い指。スレンダーで見た人を一目で魅了するその美しいスタイル。露わになった長くて細い足。すべてが心臓を的確に撃ち抜いてくる。それだけじゃない。大人らしさを醸し出す雰囲気も、何故か耳に残る可愛らしい声も、意外と子供っぽい笑い方も、その全部が好きだった。優しいところ、姉のような性格、照れ屋な部分、困った人を放っておけない正義感。たぶん他にも彼女には数多くの魅力がある。

 

 だからこそ、彼女が欲しい。もっと彼女のことを知りたい。もっと俺を知って欲しい。住む場所は違えど、連絡を取ったり会いに来ることは出来る。難しいかもしれないけれど、それでも構わない。それくらい、俺はこの子が欲しい。大切な何かを失うと言われたとしても、彼女のことを欲しがるだろう。だから。

 

 

 

「俺、好きな人がいるんだ」

 

「え?」

 

 

 

 まずはそう切り出した。突然の話で彼女が理解できないのは分かってる。だから先に了承を得た。少しでも保険を掛けておくために。

 

 

 

「最初は、一目惚れだった。でも、何度も会って話をして、その子のことを知って行くうちに好きになった理由が段々分かって来たんだ」

 

 

 

 何も言わずに見つめられる。だから俺もその目を見返した。絶対に反らしてやるもんか、と半ば意地になりながら視線を両目に注いだ。

 

 

 

「その子は優しくて、思いやりがあって、迷いが無い人。やりたいことをやって自分に正直に生きてる。そういう生き方にも、惚れた」

 

「………………」

 

「たぶん、憧れにも近いのかもしれない。俺に無いものを持っていて、真っ直ぐに生きてるその姿はどうしようもなく眩しかった。けど、遠い存在なのかと言われたらそうでもなくて。俺なんかと話をしてくれて、友達にも優しくて、誰も声をかけなかった迷子の女の子にも、ちゃんと手を差し伸べられる人。

 

 そんな素敵な人と出会って、好きにならないわけが無かった。好きにならない理由を探す方が難しかった。気づいたら、その子に夢中になってた。頭から顔とか声が離れなくて、寝れなくなるのなんてざらだった。……それくらい、その子のことが好きになった」

 

 

 

 そんなクサい台詞を並べる。けど、これを言わなくちゃ伝わらない。どうして好きになったのか、なんで惹かれてしまったのかを説明しなければ、最後を結ぶ言葉に説得力を与えられない。だから、長くなってもいい。これが正しいのかどうかは分からない。でも、とにかく言いたかったんだ。自己満足でも構わない。伝えたいことの一ミリしか届かなかったとしてもいい。それでも、言わなくちゃいけない。

 

 

 

「俺にはその子を好きになる資格なんて無いのかもしれない。でも、どうしようも無かった。この気持ちを抱えたまま東京に帰るなんて出来ない。だからこそ、言わなくちゃいけないって思ったんだ」

 

 

 

 そこまで言って、言葉を結ぶ準備をした。

 

 柔らかな風が吹いた。雨粒が顔に当たる。それでも目を開き続けた。

 

 静かな雨音。鳥の囀り。そして、近くで一匹のアマガエルが鳴いている。

 

 その自然の音に耳を澄まして、熱を持った心を落ち着かせた。ここでしか聞けない雨の音。それは聞いているだけで熱くなった心臓を癒してくれる。

 

 沈黙が弁天島に漂う。目には見えないその空気。緊張感のある場所なのに、ずっとここにいたいと思ってしまった。この瞬間に留まれるのならどれだけ幸せだろう、とあり得もしない希望を思い描いた。

 

 それでも、前に進む。そう決めた。

 

 

 だから、言わなくちゃ。

 

 

 

「果南」

 

「うん?」

 

「好きだよ」

 

 

 

 




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