いつか見た、あの夏の日まで。   作:雨魂

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変わらないもの

 

 

 

 ◇

 

 

「それにしてもよく来てくれたわね、信吾くん。大変じゃなかった?」

 

「ちょうど夏休みでしたし、その辺は全然。バイトとの兼ね合いだけは大変でしたけど」

 

「良いなぁ夏休み。信ちゃんは大学生なんだもんね」

 

「ふふ、この前までは小学生だったのに。歳を取ると時間が過ぎるのが早いわねぇ」

 

 

 叔母さんが運転する車内で俺たちはそんな会話をしていた。乗っているのは赤い軽自動車。けど、叔母さん大丈夫かな。ちゃんとペダルに足届いてんのかな?

 

 

「そういや、千歌はもう働いてるんだっけか」

 

 

 顔を合わせなくとも連絡は取り合っていたから、それくらいは知ってた。高校を卒業した後の進路を教えられた時は驚いた記憶がある。

 

 

「そうだよー。今じゃ立派な若女将なのですっ」

 

「まだまだ新米でしょ。調子に乗らない」

 

「う~、お母さんひどーい。ちょっとくらい褒めてくれたっていいじゃーん」

 

 

 そんな親子の会話を後部座席で聞きながら、少し笑う。

 

 助手席に座りながらリスのように頬を膨らませてる俺の一つ下の従妹は高校卒業後、実家の旅館を継ぐためにそこの女将になったという。

 

 交通量の多い街中を、俺達が乗った車は走って行く。沼津警察署の前を通り抜け、川沿いの道路を進む。

 

 窓から街並みを眺めるけど、俺にはこの道に覚えはない。俺の記憶では海水浴場とかがある海沿いの道路を通っていた気がするんだけど、今日は別なルートを通ってるのかな。でも、そうしてもらえて助かった。

 

 まだ少し、俺は怖かったから。

 

 

「信吾くん、大学はどう?」

 

「はい? あぁ、別にそこまで面白い所でもないですよ。毎日バイトに行って友達と飲み会しての繰り返しですから」

 

「あれー? 信ちゃん、もう陸上やめちゃったの? あんなに足速かったのに」

 

「まぁな。やっても続かなそうだったから潔くやめたんだよ」

 

 

 高校までは陸上で高速スプリンターとして名を馳せた俺だが、大学では陸上部には入らなかった。そこに特段大きな理由があった訳でもない。

 

 

「そうなんだ。でもいいなぁ。千歌も東京の大学に通ってみたーい」

 

「お前に関してはおすすめしない。食われるぞ」

 

「え、大学ってお化けがいるの!?」

 

「いるわけないでしょ、もう」

 

 

 からかって言うと、思った以上に簡単に釣れた千歌。運転してる叔母さんがため息を吐いていた。気持ちは分かる。来年二十歳になる自分の娘がこんなんじゃ、将来が不安で仕方ないだろう。この調子じゃ彼氏もいないんだろうな。

 

 そうやって俺の現状とか東京の生活とかを話しながら、車は目的地まで向かっていく。

 

 俺は会話をしながらも窓の外をずっと気にしていた。いつあの光景が目に入ってくるのかが分からなかったから。心の準備をして沼津の景色を目に映していた。

 

 

「でも、来てくれてよかったわ信吾くん」

 

「あ、そうそう。信ちゃん、なんで今年は来てくれたの~?」

 

 

 運転する叔母さんと助手席に座る千歌がそう問いかけてくる。俺は窓の外を眺めながら、その質問にどう答えるかを少しの間考えていた。

 

 恥ずかしいけど、いつまでも隠しておくのもダメな気がする。十年間、俺がこの街に帰ってこなかった理由。それは、千歌に誘われなかったからじゃない。こいつは毎年夏休みや冬休みの前になると手紙やメールで帰って来てほしいと言ってくれた。それを断るのに胸が痛まなかったわけじゃない。本当は帰って来たかった。でも、俺は帰らなかった。

 

 違う、()()()()()()()()

 

 

「……本当は、あんまり言いたくないんだけど」

 

「どうして? 笑わないから大丈夫だよー」

 

 

 こちらを向いた千歌はそう言って微笑んでくれる。彼女のその顔を見て俺は腹を括った。

 

 窓の外にはまだそれは現れない。だから今なら言える。俺がこの街に来れなかった理由を作り出したものが、現れる前になら。

 

 

 

「海が、怖かったからだよ」

 

 

 

 理由を一言で纏めれば、そうなる。そんな訳の分からない理由で帰ることを避け続けたとか、この歳になるまで誰にも打ち明けられなった。

 

 それは嘘じゃない。十歳になるまでは毎年帰って来ていたし、ここに来るのも本当に楽しみにしていたんだから。

 

 でも、俺は十年前から急に海が怖くなってしまった。原因は分からない。それからは水に入る、という行為がとにかく嫌いになった。

 

 

「海が?」

 

「ああ。でも、そろそろ良いかなって。大人になったんだし、いつまでも逃げるのもみっともないと思ったから」

 

 

 十年が経っても海が怖いのは変わらなかった。けど、そうやって避け続けても怖いものは怖いまま。だから今年、千歌から届いた毎年恒例のメールを読んだ時、俺はこの街に帰ることを決めた。

 

 見ていないものを怖がってるのが嫌だった。だったらこの目で確かめてみればいい。それでダメならばやっぱりダメなんだと諦めはつくんだから。

 

 

「じゃあ、今はどうなの?」

 

 

 千歌が訊ねてくる。その言葉を聞いて、偽らずに答えた。

 

 

「正直、まだ怖い。見てみるまでは分かんないけど、今はそんな感じだ」

 

 

 これが俺の本音。ここで嘘を吐いたら、十年間帰らなかった罪が償えないと思った。だから恥ずかしくても言わなくてはいけなかった。

 

 車内に小さな沈黙が流れる。そりゃそうだよな。海が怖いとか、言い訳にしたら全然意味分かんねぇし、理解出来なくて当然だ。

 

 気づかれないようにため息を吐く。まだ海は現れない。いつになったら出て来るのか、と俺の心は隅っこに縮こまりながらその時を待つ。

 

 

「えへへ。大丈夫だよ、信ちゃん」

 

 

 静けさを払うみたいに、千歌は笑いながらそう言った。気づけば運転席に座る叔母さんも前を見ながら微笑んでいた。二人が笑ってる理由が分からず、首を傾げる。

 

 

「なんでそう言い切れるんだよ」

 

「うーん。女の子の勘、かな? ね、お母さん」

 

「ふふ、そうね。お母さんはもう女の子っていう歳じゃないけど、千歌の言ってる事は分かるわ」

 

 

 余計に分からない。つまりどういうことだ? 

 

 

「信ちゃん、なんでお母さんがこの道路を通ってるのか分かる?」

 

「え? なんでって、そりゃ」

 

 

 千歌に言われてその理由を考える。単純に二人が住む家に向かうため、じゃないのか。いや、こいつが訊いてるのは多分そういうことじゃない。

 

 十年前、あの旅館から沼津駅まで送り迎えしてもらってた時に通った道は、確かにこの道じゃない。道路沿いの看板に書いてある文字は国道136号線。それに、ここは有料道路だ。とにかく俺が昔、車の中から見ていた景色はここじゃなかった。

 

 確か、そう。ずっと海が見え続ける海沿いの国道、だった気がする。

 

 

「お母さんはね、信ちゃんのためにここを通ってるんだよ」

 

「俺のため?」

 

 

 江間ICと書かれたインターチェンジを下り、車は再び見覚えが無い幹線道路を進む。千歌が何を言おうとしてるのか理解しようとしても、俺にはその思惑が読めなかった。

 

 道路の右手には川があり、左手には木々が茂っている。すれ違った看板には『狩野川放水路』という文字が書かれているのが目に入る。窓の外を眺めていると、今度は前方にトンネルが見えた。そこの入り口上部に目を凝らすと『口野トンネル』と記されてある。

 

 

「大丈夫よ、信吾くん」

 

 

 暗いトンネルに入った時、ハンドルを握る叔母さんが声をかけてくる。

 

 

「大丈夫?」

 

「そう。大丈夫。きっと、思い出すと思うから」

 

 

 何を、とまでは訊くことが出来なかった。

 

 車はトンネルを抜け歩道橋がある交差点に入る。左ウィンカーのカチカチという音を聞きながら信号が青になるのを待つ。

 

 それから信号が変わり、車は左折して行く。

 

 そして、見覚えがあるその道に入った時。

 

 俺は、長い間恐れていた場所を目にした。

 

 

「──────────」

 

 

 息をするのを、忘れる。瞬きが無意識に出来ず、目が乾いてくる。それでも、この意識は窓の外に広がる光景から離れることはなかった。

 

 それは、空の色を映す広大な水たまりのように見えた。大きすぎて乾くことの無い水たまり。それはどうしようもなく美しく、記憶の中に残る景色の数倍綺麗に、目には映ってしまった。

 

 これが、海。そうだ、これが海なんだ。俺が十年間避け続けた場所。怖くて近寄ることも出来なかった場所。

 

 数隻の船が遠くに浮かんでいる。少し視線を上げれば、水色の空を渡り鳥が羽根を広げて、海の向こう側にある新緑の山へと飛んで行く。

 

 息が止まってるのを思い出し、大きく息を吸った。それすら忘れるほど、その青さに気を取られてしまっていた。

 

 

「よっと。うーん、気持ちいいねーっ」

 

「危ないわよ、千歌」

 

「ダイジョーブ! 今日も良い天気だぁ」

 

 

 千歌はそう言い、車の窓を開けて外に上半身を出していた。すると外から潮の香りが入ってくる。懐かしい。海って、こんな匂いがするんだった。

 

 深呼吸をひとつ。身体の中に忘れていたこの街の空気を吸い込み、十年振りにその香りと透き通った海風の感触を味わった。

 

 

「…………懐かしい」

 

 

 そう呟く。これが、俺が忘れていたもの。逃げ続けた、あまりにも綺麗すぎる景色。

 

 

「ね、大丈夫だったでしょう?」

 

「はい。なんていうか、ちょっと感動しました」

 

 

 それと、心底自分が馬鹿だと思った。どうして俺はこんな場所を怖がっていたのだろうか、と。近づいたりするのを思うとまだ怖い。でも、見ているだけならば平気だった。

 

 

「よかった。遠回りして帰って来た甲斐があったわね、千歌」

 

「うんっ。えへへ、ビックリしたでしょ信ちゃん」

 

「あ、まさか」

 

 

 二人の会話を耳にして、ようやく意味が分かった。

 

 海の近くを通らなかったのは、ここで俺に海を見せるためだったのか。だよな。俺が帰ってこれなかった理由をこの二人が知らない筈が無い。

 

 つまり、俺はこの二人に嵌められたってわけか。

 

 

「いきなり海を見せたら可哀想だと思ってね」

 

「そうそう。信ちゃんが泣いちゃったら千歌も困っちゃうからさぁ」

 

「誰が泣くんだ誰が」

 

「信ちゃん、昔は泣き虫だったからね~」

 

 

 くっ、間違ってはいないので否定できない。この破天荒な従妹に俺は何度泣かされたことか。

 

 

「でも、もう大丈夫よね?」

 

 

 叔母さんが訊ねてくる。それはきっと、もう海を見ても泣いたりしないか、ってことを訊いてるんだろう。

 

 窓の外に目を移し、外から入り込む海の匂いを吸い込んでから答えた。

 

 

「……はい。きっと、大丈夫だと思います」

 

 

 そう何かを含ませるような答え方をしたのは、不安だったからという理由もある。

 

 でもそれ以上に期待していたんだ。

 

 大嫌いだった海を好きになれる可能性が、ほんの少しだけあると思ったから。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 それから数分海沿いの道を車は進み、見覚えがある旅館の前でエンジンは止まった。

 

 ここは見覚えがあるなんて言う土地じゃない。十年前は夏休みや冬休みになると必ず訪れた場所。

 

 その外観も庭の形も雰囲気も、時間が止まったようにそのままになっている。まるで頭の中にある記憶が綺麗に投影されているみたいだった。

 

 

「着いたよ信ちゃんっ」

 

「あ、あぁ、分かってるよ」

 

 

 千歌に促されて車から降り、ハッチバックから荷物を詰めたキャリーバッグを下ろした。

 

 そして、その趣のある古い旅館を見上げる。長屋の玄関には『十千万』と書かれた木の看板が下げられており、その下には風鈴が描かれた白い大きな暖簾。右の方には昔から立っている細い庭木と二階建ての客室が見える。よくあの木に登って叔母さんに怒られたりしたっけ。

 

 

「ただいまーっ、信ちゃん帰って来たよーっ!」

 

 

 家の中に駆けて行った従妹の背中を見送り、俺は十年振りに訪れた旅館を再び見つめる。

 

 

「どうかしら、信吾くん」

 

「あ……いや、なんか月並みですけど、すげぇ懐かしいなって思いました」

 

 

 後ろから声をかけてくれた叔母さんに、正直な感想を述べる。ため息が出てしまいそうになるほど、思い描いていた形がここにはあった。

 

 後ろを振り向けば、見覚えのある砂浜と海が広がっている。それから、絶えず聞こえる海猫の愛らしい鳴き声と、穏やかに打ち寄せる潮騒。十年前と変わらない、夏の形。

 

 

「それならよかったわ。ここはそういう場所だからね」

 

「そう、ですね」

 

 

 叔母さんにそう言われて、また少しだけ長い間ここに帰らなかったことを後悔した。そうして頭を俯けていると、黙って頭を優しく撫でられる。

 

 

「楽しんで行ってね、信吾くん。大きくなっても、それだけは変わらないでほしいの」

 

 

 叔母さんは微笑みながらそう言ってくれた。それが嬉しくて顔を綻ばせてしまう。

 

 

「……はい。分かりました」

 

「よろしい。じゃあ車を置いてくるから、先に中に入っててちょうだい」

 

 

 叔母さんはそう言い、駐車場へと向かった。玄関に残された俺は、眩しい空を仰ぎ、息を吐いた。

 

 

「…………入るか」

 

 

 そう呟いて旅館の中に入ろうとした時、中の方からドタバタと誰かがこっちに来る気配があった。うん、足音だけでそれが誰か分かるのは俺のスキルではなくあいつの才能だと思う。

 

 

「志満姉早く早くー。早くしないと信ちゃんが溶けちゃうよーっ」

 

「誰が溶けるか」

 

 

 暖簾の向こうから現れた騒がしい従妹に冷静なツッコミを一発。確かにこいつと一緒に居たら退屈はしないだろうけど、疲れるのは間違いない。

 

 

「はいはい。分かってるわよ。もう、千歌ちゃんはせっかちさんなんだから」

 

「だってだって、早く志満姉たちにおっきくなった信ちゃんを見てもらいたかったんだもんっ」

 

「ふふふ、相変わらず千歌ちゃんは信吾ちゃんのことが大好きなのね」

 

「うんっ!」

 

 

 ちょっ、あの、ナチュラルな告白は止めてもらえませんか? それがラブじゃなくてライクの意味なのは分かってますけど、あまりの勢いに理解が追い付かなくて本気と勘違いした僕の心臓がうっかり飛び出そうになるんで。

 

 そんな会話をしながら、その姉の一人は暖簾をくぐってこちらへと出て来る。ちょっとだけ緊張して俺は懐かしい顔と向かい合った。

 

 

「あらあら、ホントに信吾ちゃんがいるわぁ。おっきくなったわねぇ」

 

「えっと、お久しぶりです。志満ね……志満さん」

 

 

 すらっと身長が高い黒髪のおっとりした雰囲気の女性に、俺は挨拶する。最後に見た時は高校生だったのに、今じゃビックリするくらい美人なお姉さんになってしまっていた。いや、あの頃からこの人はこんな感じだったか。

 

 薄手の黄色い夏用セーターの上に臙脂色のエプロンを付けた若女将。周りの空気までおっとりさせてしまうようなその穏やかさを、一番下の妹に分けてやってくれませんか、と言いたい。

 

 当時は高校生だったこの人によく甘えていた記憶がある。何でも許してくれるような包容力は十年前からあったというのに、今でもその力は見た目からもんもんと漂っている。キャラが強い高海家の中で、一番常識的な人が志満さんだった。

 

 

「ふふっ。もう、そんな他人行儀になっちゃって。昔みたいに呼んでいいのよ、信吾ちゃん」

 

「あ、え……でも」

 

「私はそう呼んでほしいの。だから、お願い」

 

 

 その甘い声に微笑みを付加されたら、頷かずにはいられない。俺の予想は外れてなかった。間違いなく、この人のおっとりスキルは進化してる。

 

 恥ずかしい気持ちを抑え、頬を指で掻きながらその要望に応えた。

 

 

「はい…………志満(しま)姉」

 

「ふふ、よくできました。お帰りなさい、信吾ちゃん」

 

 

 そう言って、また志満姉は笑ってくれる。千歌との再会もこれくらい穏やかだったら何も文句はなかったのに。どうしてこの人のおっとりDNAが妹には与えられなかったのだろう。従兄として涙が出てきそうになる。

 

 

 

「───なになに。信吾帰って来てんの? あー、ホントだ。ははっ、全然変わってないじゃん」

 

「げ」

 

「んだよ、げって。久しぶりに会ったってのにそりゃ失礼だろ。なぁ、信吾」

 

 

 

 そして今度は一番出てきてほしくない人が出てきた。俺としては千歌よりもこの人の方が性質(たち)が悪いと思っている。俺に根強いトラウマを植え付けた張本人。

 

 青いTシャツに水色の夏用セーターを羽織り、丈の短いホットパンツと見た目どおりラフな格好をしてるショートカットの女性。俺が最後に見たのはこの人が中学生の頃、だったか。あの時はもっと髪が短くて男みたいだったのだが、十年という時間はそんな人をも女性へと変えてしまうらしい。

 

 

「うわ、信吾がデカくなってる。なんかウケるんだけど」

 

「ウケねぇよ。……久しぶりです、美渡姉さん」

 

「はは、姉さんとかいつからお前は大人になったんだ」

 

「男は三日見ないうちにデカくなる生き物なんですよ」

 

「あれ、ていうか信吾って女じゃなかったっけ?」

 

 

 くっ、抑えろ俺。ここでキレてしまったら昔と同じ流れになってしまう。冷静になれ。今の俺は十年前とは違う。この人にゲームで負けて千歌のスカートを履かされ、涙を流しながらコンビニまでプリンを買いに行かされた時とは違うんだ……っ! 

 

 はっはっはっ、と俺の背中をバシバシ叩いてくる茶髪のお姉さん。名は高海美渡(みと)。この人も千歌と一緒で外見は良い感じに変わってるのに中身がそれに追いついてない。

 

 

「あら、二人も出てきてたのね」

 

「お母さんお帰りなさい。そうなの。信吾ちゃんが帰って来たぞー、って千歌ちゃんに呼ばれてね」

 

「あたしは従弟の成長ぶりを見てやろうかと思ったんだけどな。相変わらず女みたいだったから笑っちゃったよ」

 

「あ、信ちゃんが泣きそうだ。じゃあ特別に千歌が慰めてあげよーう。よしよし、泣かないで信ちゃん」

 

 

 駐車場に車を停めた叔母さんが戻って来る。再会は嬉しいが、俺はまた美渡姉に泣かされるところだった。後で仕返ししてやる。十年間の成長を見せつけてやんよ。

 

 

「ふふ、よかったわ。じゃあ信吾くん、久しぶりで慣れないかもしれないけど、ゆっくりして行ってね」

 

「あ、はい。ありがとうございます……じゃないな。その、よろしくお願いします」

 

 

 そう言って、俺は一度この家族たちに向かって頭を下げた。あんまり他人行儀になりたくはなかったから、出来るだけ自然になるように気にしながら。

 

 頭を上げると玄関の前に立つ四人の家族は揃って笑顔を浮かべてくれていた。それはやっぱり家族なんだなって思ってしまうような、四人ともそっくりな笑顔だった。

 

 

「じゃあ千歌。信吾くんを案内してあげなさい」

 

「はーいっ。行くよー信ちゃんっ!」

 

「うわ、ちょっ、押すなって。おい、千歌っ」

 

 

 そうして俺は、一番下の従妹に背中を押されながら旅館の中へと入って行く。

 

 こうして、俺と高海家の十年振りの再会は果たされた。あぁ、自覚はしてる。またここから始まる夏休みが楽しみになった。

 

 これからどんな日々を過ごすのか。それは誰にも分からない。それはもしかしたらつまらないかもしれないし、逆に忘れられないくらい楽しいのかもしれない。

 

 どんな可能性だってあり得る。だからこそ、俺は願う。

 

 ─────これから過ごす夏休みがどうか、楽しい日々でありますように。

 

 そう願いながら、俺は十年振りに十千万旅館の中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 




次話/十年振りのヨーソロー
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