いつか見た、あの夏の日まで。   作:雨魂

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いつか見た、あの夏の日まで。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 開け放たれた窓から涼しい風が入り込む。季節は過ぎ、今では夏の暑さなど忘れたように街は今日も明日へ向かって流れていく。

 

 窓の外からは小学生達の元気な声と電車の遠鳴りが聞こえてくる。いつか聞いた騒がしい蝉の声と穏やかな潮騒はどんなに耳を澄ましても聞こえない。それもそうだ。ここはあの小さな田舎街ではない。日本の中心都市である、東京。ここは、その何処かに建っている一軒の築二十年以上が経過したアパートの一室。

 

 柄にも無くペンを握り締めながら机に向かっていた。だが勉強をしている訳じゃない。試験の対策をしているわけでもない。

 

 行き詰まり、椅子の背もたれに深く寄りかかって真っ白い天井に向かって深く息を吐く。机の傍らには分厚い国語辞典が一冊。文章を読むのは得意だがそれを書くのはまだやっぱり苦手なまま。

 

 

 

「………………意外と、難しいな」

 

 

 

 そんな独り言をつぶやき、コンビニで買って来た缶のアイスコーヒーをグイッと煽る。口の中に広がる苦みとほんのりとした砂糖の甘さ。なんだか酸っぱい夏蜜柑ジュースが飲みたいな、と思った。

 

 今日はめずらしく暇な日曜日。やる事もなかったのでアパートの中でダラダラと借りてきたDVDを見て昼寝をして小説を読むだけの何ら変哲のない一日だった。

 

 だが、小説を読んでいる時、ふとやらなければいけないことを思い出した。どうして忘れてしまっていたのかも、なんでそんなタイミングで思い出したのかも俺には分からない。まぁ、忘れていたことって言うのは大抵そんな感じで思い出すから意外ではなかった。

 

 やらなければいけないことを思い出した後、すぐに近くのコンビニに走り、便箋と封筒を買ってアパートに戻って来た。それから今に至るまで、ああでもないこうでもないと足りない頭を悩ませながら一文字一文字ずつ文を綴って行ったのだった。

 

 

 

「はは、やっぱ意味分かんねぇ」

 

 

 

 途中まで書いた文章を頭から読んでいって、自分で笑ってしまった。どうして改めて想いを伝えようとするとこんなに不器用になってしまうのか。なぜ、ここまで堅苦しくなってしまうのか。

 

 俺が書いているのは、人生で初めて書くラブレター。毎日電話やメールをしているが手紙を書くと約束した手前、書かないわけにはいかなかった。これ以上約束を破って嫌われたくはないから。

 

 一言で言えば、青臭い文章がそこには羅列されていた。想いを伝えるため書くと、どうしてもそう言った背中に虫唾が走るような文章になってしまう。

 

 くしゃくしゃに丸めて捨ててしまおうかと思った。けど、これが俺の本当の気持ちが籠った手紙なのだとしたら別にこんなものでもいいのかもしれない。優しいあの子ならきっと、笑いながら最後まで読んでくれるだろうから。

 

 

 

「もういいや」

 

 

 

 ここから先は、書きたいことだけを書いて行こう。これ以上深く考えなくてもいい。バカな俺が考えて書ける文章なんてたかが知れてるんだし。

 

 そんな風に半ば諦めながら思いついた言葉を紙に綴って行く。あの子がこの手紙を読んで何を思うのかをイメージしながら書いてみたら、思った以上に早くペンが進んだ。

 

 それから約三十分ほど、初めてのラブレターへと向き合った。びっしりと便箋の一番上から一番下の最後の行まで使って不器用な想いを綴った。

 

 

 

「─────よし、書けた」

 

 

 

 ペンを置いて息を吐く。休まずに書き続けたからか少し手首が痛い。こんなに一生懸命文章を書いたのは小学生の時に書いた作文以来かもしれない。

 

 窓の外から風が吹き、空を見上げた。今日の空はよく晴れ渡っている。あの子が住んでるあの海辺の街も晴れているのだろうか、なんてことを思いながら西に向かって流れて行く白い雲を見つめていた。

 

 書き終えた手紙を綺麗に折って、買ってきた封筒の中にそれを入れる。ああ、そう言えば宛先を書かなきゃいけないんだった。すっかり忘れてた。

 

 

 

「たしか…………」

 

 

 

 あの街から帰る前、従妹にあの子の家の住所を教えてもらっていたんだ。財布の中に入れた一枚の紙きれを取り出し、そこに書いてある住所を便箋に書き写す。

 

 送りたいのは綺麗な海が見える、小さな街にある小さな島の一軒のダイビングショップ。

 

 そこに住む、青い髪をした一人の女の子へ。

 

 

 

「これでいいな」

 

 

 

 住所に間違いがないのを確認して、封筒を閉じる。これを郵便ポストに入れれば数日後にはあの子の元まで届くはず。

 

 早速出しに行こうと思い、椅子から立ち上がろうとした。だがその前に、封筒に書かれた宛先を見てあることを思いつき、もう一度ペンを取った。

 

 

 

「…………ま、届いてくれるだろ」

 

 

 

 宛先の横に、小さな文字で本当に送りたい場所の宛先を書いた。それが合ってなければ手紙は届かない。でも、ちゃんともう一つの名前は書いてあるんだから大丈夫なはずだ。

 

 

 

「届いてくれますように」

 

 

 

 そんな願いを込めて別の宛先を書きペンを置いた。住所と名前の横。そこに届くはずのない宛先を記す。それは何処かって? 

 

 

 そんなの、ひとつしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちが出会った、あの青い世界。

 

 

 もう二度と忘れることはない。

 

 

 大切な思い出が置かれているあの場所。

 

 

 少年と少女が手を握って笑っていたあの季節。

 

 

 

 

 俺たちが恋をして、想いを繋ぎ合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────いつか見た、あの夏の日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Fin

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