「じいちゃん!」
その声は、ほとんど音にはならなかった。ただ、掠れた音が鳴るだけ。彼はもう何度も叫んでいた。周りは炎に囲まれていた。
彼は母親の手から出ようと必死にもがいた。母親も、必死に止めた。
じいちゃんと呼ばれた年老いた男は、彼等の方へ一度振り向き、少し手を上げると、炎へ向けて走り去った。人力を大きく超えた速さで。
少年には、今の状況は一切理解できなかった。幼く、知能が発達していないこともあるが、理由は他にある。
彼らは熱さを感じていない。音も聞こえていない。
彼らの体は透明な何かに覆われていた。結界だ。これほど強固な結界をる張れるものなどそれほど存在しない。この事実から、さきほどの老人の力を知ることが出来る。彼が張ったのだから。
10時間後、彼らは。助け出された。少年の目の周りは真っ赤になっていた。
彼は医務院で目を覚ました。次第に記憶が鮮明になっていく。突如現れた、闇のようなやつら。奴らは村中を火の海に変えた。
自分を閉じ込めて、戦場へ向かった祖父。自分のほうが強いと思っていた母親に体を抱きしめられ、動くことが出来なかった。
彼は二人の行方を聞いて回った。母親は隣の部屋で療養中らしい。
しかし、誰に聞いても祖父の情報は聞き出せなかった。
彼はいやな予感がして、外へ走り去った。ここは被害に合わなかったらしい隣の村。しかし、彼には行くあてがあった。
目的の場所の、一番前に、目的のものはあった。
祖父の墓が、そこにはあった。
彼は悔いた。泣いた。そして憎んだ。
少年は望んだ。誰も悲しまない世界を。自らの運よりも。
同日の、彼らと老人が別れた頃。
真っ暗な暗闇の中、少女は静寂を必死に耐えていた。彼女には結界を張ってくれるような人はいなかった。父親が戦場に行く前に用意してやれたのは、地下深くにある地下室と、簡単な防護魔法のみ。刃は通さないが、ある程度の術者なら息一つで破ってしまうだろう。
彼女は祈った。父親の無事を。自分と母親の無事を。
両の手のひらを合わせ、神へ必死に祈った。跪いた両の足に血が滞り、足の感覚が無くなったとしても。自分に出来ることはそれしかない。その思いを持って祈り続けた。
彼女たちの発見には少し時間がかかった。父親しか場所を知らなかったからだ。
そして12時間後。彼女たちは助けられた。少女はとても歩ける状態ではなかった。
しかし、少し経てば歩けるようになるという。不幸中の幸いだ。医者は全員そういった。
でも、彼女にはそうおもえなかった。自分は不幸中の幸いで済んだが、世の中には不幸に更に不幸が重なった人もいるのではないかと。
だから少女は、誰も不幸にならない世界を望んだ。自らの力よりも。