禪院の末妹
イデア・シュラウド/石読孁黎
それから、孁黎の前世──イデア・シュラウドが人ならぬものであり、
禪院直毘人
禪院家当主にその報がもたらされるまでは僅かに二時間だったが、それでも禪院直毘人はもっと急げなかったのかと小言を洩らした。
後天性の天与呪縛。そう称された、称さざるを得なかったほどの呪力と容貌(非術師の目に異様は止まらないらしいが、一見すれば人より呪霊に近い)。それを得た娘がいる、と。娘だ。天与呪縛なら一代のものだろうに、禪院をして呪術師として厚遇せざるを得ない呪力。間違いなく特級術師へ上がる
姉の
「孁黎と、彌烙だったな」
「はい、御当主様」
「そうです。ご当主さま」
彌烙の禪院にしては明るい髪と瞳は、母方に外国の血が入っているからだろう。この二人の母親は、おそらくもっとも有名な帰化呪術師である小泉八雲の血を引く女だった。──人工受精でもなんでも良い、あと数人産ませるか。
「お前たちは本家で引き取る。今日から禪院を名乗れ」
俺の養子とする、口調も好きにしろ、と言っておく。禪院で女児が不自由なく過ごすにはこのくらいのことが必要だ。損なうなと言ったところで聞く連中ばかりではない。
要望が有れば聞こう、とは言った。今のうちに縛りを結んで、可能なら本家家中から婚約者を見繕っておきたい。そう思ったのが間違いだったのだろうか。禪院は古い家だ。直毘人の上の代までは伯父姪程度の契りは横行していたし、古い記録ならば半血の兄妹婚もないではない。だが。
「……産むなら
これは流石の直毘人も言葉を失った。初めの一瞬、悪くない選択肢だと思った自身を含めて。続く言葉に、本気だと悟る。
「人工受精も嫌だけど、卵子提供して勝手に生まれる分にはいいよ。オルト、じゃない彌烙の子供は彌烙に任せるけど、できれば人工受精止まりがいい。あとは──まあ、彌烙と引き離さないなら、なんでも」
五つの子ではあるが、禪院の女の扱いを理解している。その上で自分の体と遺伝子の価値を鑑みて、ほぼ最良の選択肢を提示してきた。ついでのように告げられた内容も本題だろうと思いつつ、
「……まあ、いいだろう。その代わり、『禪院の一員として』呪術界に尽くすよう」
「うん」
こくりと頷く娘と、しかし縛りが結ばれた様子はない。後日書面で契約条項を確認する、と言ってきた。抜け目のないやつだ。
「連れていきたい使用人はいるか?」
「
「ううん。姉さんは?」
これは当主は駄目かもしれんな。家中に興味がなさすぎる。特に娘。改善できれば良いが、無理ならば武力的な後ろ盾か。まあまだ判断するに十年はある。急ぐことはない。
禪院彌烙
「姉さん」
「どうしたの、
彌烙が呼べば、姉はいつでも応えてくれた。呪力に溢れ、姿も頭もいい姉は、その所為で嫌われることも沢山ある。姉の方も彌烙、否、オルト以外の存在には意地悪なのだと、彌烙だって知っている。けれど、彌烙の味方は今のところたった一人だ。彌烙の大切も、一人だけだ。
「あのね、昨日の訓練で扇さまがね──」
すぐ上の兄になった直哉さまも、彌烙の訓練の際度々現れる扇さまも、期待していると声を掛けたご当主さまでさえ、彌烙のことは大切でないことには、とっくに気がついていた。
禪院彌烙の生得術式は、禪院相伝術式の一つである「呪蓄統法」だ。呪力を物質に溜め込み、あるいは既に物質に宿った他者の呪力を均質化する術式。呪具の生産に非常に向いた術式だが、一時に元々の呪力量以上は扱えないため、生来の呪力量が物を言う。彌烙は、呪力を多くは持たなかった。呪術師になれないほどではないが、炳に入るのは難しいだろう。血肉でできた器にオルト・シュラウドは馴染まない。きっとその所為だ。
皆、欲しいのは彌烙ではない。姉と、姉の子だ。だからこうして、食事に毒など混ぜる。
「姉さん、約束だよ」
これが何度目でも、オルトは同じことを言うだろう。これが魂からの要請でも、彌烙だって同じことができるならそうする。
「僕は姉さんとずっと一緒にいるから、僕の声を聞き逃さないで」
「勿論。病める時も健やかなる時も、生死の境の向こうまでだって」
これで一安心、かな。
「……うん。ずっと一緒にいようね、オルト。僕が《最後の死者》に戻るまで、その先だって、神も呪いも魔法もみんな無くなるその日まで」