恋愛不適合者達の恋愛事情~恋愛しないと決めたのに、見知らぬ美少女に告白されて望まぬ青春がやって来た~ 作:藤龍
放課後。水瀬莉緒は一人、帰路を歩いていた。
隣町に住む彼女は電車通学だ。学校から駅に繋がる街道を、風紀委員長らしく規律正しく進む彼女だったが、不意に深いため息を吐いた。
その無意識にもれたため息に我ながら驚いたのか、莉緒はハッと表情を変え、ブンブンと頭を振った。
「どうしてため息などついてるんだ、私は……!」
意味の分からない事になんだか苛つきが湧き上がり、莉緒は髪を掻く。
いや、なんとなく理由は分かってる。そう、恐らく
「月村零司、か……」
今日、彼が取ったあの行動が引っ掛かるのだ。
もちろん、彼がした事が大した事で無いのは莉緒自身も理解している。良い行いである事は間違えないだろうが、あの程度の事は称えるに値しない。
だが、それでもあの零司の行動は、莉緒にとっては信じがたく、それでいて不可解なものだった。
莉緒にとって、男とは自分勝手な生き物。他人の事を考えず、周りを
とある出来事がキッカケで、莉緒はそれが真実だと、全てだと心に強く刻んだ。だから男なんて信用もしないし、尊敬も何も抱かない。向けるのはただ敵意と嫌悪だけ。そう、彼女はずっと思い続けてきた。
だが今日、零司は全くメリットが無いのに、敵意を向けて酷い事を言い続けてきた莉緒に対し手を貸した。軽い怪我をしながらも、文句も言わずに。
落とした小銭を拾うという、ちっぽけな事だ。だがそれでも、彼は手を貸した。その事実が、莉緒の抱いてきたものと矛盾を起こした。それが不思議で仕方なかった。今まで見て、知ってきた事実に反する行いをした彼という存在が。
自分の今までの考えは正しいのか? そう疑問を抱いた。いや、間違ってないはず。男とは自分の考える通りの存在だ。自分は間違っていない。でも、もしかしたら――
そんな自問自答を繰り返す内に疲れてしまった。だからため息なんかが出たのだ。
「はぁ……我ながら呆れるよ。あんな事で思い悩んでしまうとは……頭が固いにも程がある」
正直に言えば、どこかで気付いてはいる。男は、自分が思うほど愚かでは無いと。全てが全て、自分の思うような存在ではないと。
それでも、認める訳にはいかない。認めたくはない。
「こんな事を考えない為にわざわざ女子高を選んだのに、結局この様だ。これだから、男となんて関わりたくなかったのだ……」
しかし愚痴を言っても仕方ない。この問題には、しっかりと向き合っていかねばならない。
「気を引き締めなくてはな……」
気合を入れ直そうと、莉緒は頬をパチンと叩く。
シャキッと背筋を伸ばし、凛とした格好で歩き出した、その時だった。
「んっ、あれは……」
莉緒が歩く歩道の反対側に、ある集団を見つける。丁度人目に付きづらい、奥まった場所に固まる四人組。一人は莉緒と同じ白色の、美色学園の女生徒の制服を着た女子。残りは見掛けない制服を着た、見るからにガラの悪い男子だ。
明らかに様子がおかしい。遠目でよく見えないが、女生徒はあからさまにおどおどしている。恐らく周囲の男子は知り合いではないのだろう。
嫌な予感がした莉緒は、慌てて反対側に渡れる横断歩道に向かって走る。その間も、視線は集団から離さない。
すると、男の一人が女生徒の腕を掴み、集団が近くの裏路地に姿を消した。
「あいつら……!」
もう確定的だ。奴らがしようとしてる事は容易に想像出来る。いや、想像したくもない。怖気が走る。
周囲にはまばらだが、何人か人が居た。しかし、多くの人は気が付かず素通りしている。中には気が付いた者も居たようだが、皆見なかった事にしてその場を去った。最悪な事に、それは全員男性だった。
「この臆病者共が……!」
確かにあの男達は屈強そうで、歯向かっても歯が立たないだろう。でもだからっといって、見て見ぬふり?
――
自分もあの男達には敵わないだろう。だがこのまま見過ごす訳にはいかない。自分は、あんな臆病者と同類にはなりたくない!
莉緒は急いで横断歩道を渡り、裏路地に飛び込む。角を曲がった瞬間、例の集団が視界に入る。三人が女生徒を囲み、壁に追い込んでいる。
「お前ら! 彼女から離れろ!」
莉緒が絶叫を迸らせると、全員の視線がこちらを向く。
「あ? なんだビックリしたな……」
「あ、あなた……ふ、風紀委員長の……」
掻き消えてしまいそうな女生徒の声が、微かに耳に届く。それを押し退け、他の三人が莉緒を睨む。
「何か用ですかお嬢さん? もしかして、混ざりたい?」
「黙れ外道どもが。今すぐ彼女から離れろ。そうすれば罪は最小限で済むぞ?」
「うわっ、強気ー。お前、俺達三人を相手出来ると思ってる訳?」
「でなければ来ないさ」
ハッタリだ。勝算はまるで無い。だが、せめて彼女は逃がしてみせる。
――落ち着け私……冷静に、冷静に物事を判断するんだ。最善手を考えろ。彼女を救う手を。
気持ちで負けては駄目だと、莉緒は力強く彼らを睨み付ける。
が、自然と体が震える。膝は笑い、動悸が加速する。
「あはは、お前震えてんじゃん。強がっても女の子だねー」
「女子が男に逆らおうとしてんじゃねーよ。勝てる訳ねーだろ」
「……結局、男はこれか」
やはり男とは愚かな存在だな。一瞬でも自分の考えを疑った自分を呪いたい。
「甘く見るなよ……お前らみたいな下種で醜悪な存在に、私は負けん!」
「あはは、負けフラグ濃厚なセリフ頂きました! じゃあ、お約束通りやってやるよ!」
男の一人が、莉緒に向かって手を伸ばす。
せめて気持ちは屈してなるものか! 莉緒は目を閉ざさず、その手を見据え続けた。
すると、不意に男の手が止まる。誰かが彼の手首を掴んでいる。その手は、莉緒の背後から伸びていた。
「――こうやって助けが入るのも、お約束っちゃお約束だよな」
直後、声が背後から聞こえる。振り返るとそこには一人の男が立っていた。
美色学園の男子生徒の制服である灰色のブレザーを纏った、黒髪の少年――月村零司が。
「なっ……!? お前、何故ここに……!?」
「空翔のバイト先に遊びに行く途中、偶然裏路地に消えたお前を見て追い掛けて来た。そんなとこだ。全く……嫌な予感がしたが、当たっちゃうとはな」
零司は渇いた笑いをこぼしながら、男の手を振り払う。体勢を崩した男は仰け反り、手首を擦りながら彼を睨む。
「イッテェな……! なんだよテメェは!」
「ただの通行人Aだよ。知り合いを見掛けたので追い掛けてきました」
「なんだぁ? この女を助けに来たってか? ヒーロー気取りも大概にしろよ。三人に勝てるって言うのか?」
「え? 勝てないよ。ガチの不良相手は流石に無理だよ」
と、助けに来たとは思えないほどあっさり、零司は勝てない宣言をかます。
「でも、さっさと逃げた方が身の為だと思うな。今、最強の用心棒連れてるから」
「は? 何言ってんだ――」
「おーい、零司」
不意に曲がり角の奥から、ドスの利いた声が聞こえて来る。
遅れて、三人の人影が姿を見せる。明坂海、軽井沢恵、そして鬼頭陸也の三人だ。
「いきなり走り出してどーしたんだよ。……って、あんだこりゃ」
「げっ、堅物風紀委員長じゃん……なんで居んのぉ?」
「ん? ……あー、そういう事ね。零司、お前また……」
「悪い悪い。それより陸也、一ついいか?」
「ん……? ちょっと待て! 今、陸也って言ったか……?」
集団の一人が、驚いたように声を上げる。次第に顔色が青ざめ、じりじりと後ろに下がる。
「あ? ど、どうしたよ?」
「ま、間違えない……こいつ、東の
「あっ!? テメェ、そのダセェ名前で呼ぶなアホ!」
突然陸也が怒号を上げる。すると男はヒィ、と悲鳴を上げる。
「な、なんだよその鬼頭って!」
「しし、知らないのかよ!? ここらのヤンキー共を総なめにしてるっていう奴だよ! あのレディースチーム『
「ぶ、ブレ……? 龍……? いらねぇ情報多すぎんだよ!」
「とにかくやべぇ奴なんだよ! 早く逃げようぜ!」
男の慌て振りに、仲間の二人が困惑した様子を見せる。
「……おい。こいつら結局なんなんだよ」
「かー、陸也君そんなのも分からんかねー! 答えはシンプルイズベストでしょうが! ズバリ、女の敵!」
「えー、マジィ? サイテー。りっくんそんなのボッコボコにしちゃえ!」
「……よく分からねぇけど――ぶっ倒しときゃいいのか?」
ボキボキと指を鳴らしながら、陸也は男達に近付く。
素人目にも分かる。これはヤバイ奴だ、と。
「ひ、ヒイィィィィィィーーーーーーーーー!!」
すると男達は一目散に逃げ出し、一瞬にして姿を消してしまった。
「あ? なんだよ、やんねぇのかよ。まあ、その方がいいけどさ」
「キャー! りっくんカッコイー! さっすがあーしのダーリン!」
「ヒュー! りっくんカッコイー!」
「おめぇはりっくん言うな気持ち悪ぃ!」
気の抜けるようなやり取りを繰り広げる陸也達を横に、莉緒はへなへなとその場にへたり込む。
――た、助かった……のか?
「どうにかなったな」
と、微笑みかけながら、零司が莉緒に向かって手を伸ばす。
莉緒はその手を暫しボーっと見つめてから、それを取って立ち上がる。
「怪我は無いか?」
「あ、ああ……」
「そっか。ならよかった」
「…………そ、そうだ! あの女生徒は!?」
色々あって頭から抜けていた事を思い出し、莉緒は慌てて例の女生徒の下に駆け寄る。
「大丈夫か!? 何もされてないか!?」
「は、はい……なんとか……その、ありがとうございました……私、もう、ダメかと……」
涙を流す女生徒を宥めるように、莉緒は彼女の頭を撫でてやる。
「……落ち着いたか?」
「は、はい……本当に、ありがとうございました……あの、み、皆さんもありがとうございます……」
女生徒は零司達に向かって頭を下げる。
「いいっていいって! 人として当然の事をしたまでですから!」
「カイカイなんもしてなくなーい?」
「いんや! 俺のスマホは既に110番の準備が完了してるからね! 活躍の機会が訪れなかっただけさ!」
「んじゃ何もしてねーじゃねぇか」
「何もしなかったのがむしろ良いの! それより、その子送り届けよーぜ。一人じゃ不安だろう」
「あー、それもそーだね。んじゃ、あーしらが送ろっか!」
恵は気軽な足取りで女生徒に近寄り、手を取る。
「あーしらが送ったげるから、安心してねー!」
「よ、よろしくお願いします……」
「……風紀委員長さんはどーする?」
「わ、私は……落ち着いてから行く」
「そっか。じゃ、あーしとりっくんは先に駅の方に行ってるねー」
そう言って、恵と陸也は女生徒を連れて、裏路地を後にする。
「……お前達は行かないのか?」
「お前を置いて行けねーだろ」
「そーそー。しっかし零司ぃ。お前、大分カッコ付けてたよなぁ?」
にたりと口角を上げながら、海は零司に詰め寄る。
「な、何がだよ……」
「そうかぁ? 大分キメ顔決めてたぞぉ? まー、しょうがないよな! そういうお年頃だもんな!」
「ち、ちげぇよ……! なんというか……色々誤魔化してたんだよ。俺だって、割とビビってたし……」
「あー、なるほど。確かに陸也来なかったら詰んでたもんな」
「本当、あいつも割とお節介な奴で助かったよ……」
安堵のため息をこぼす零司。
それだけ、彼もあの男達に対して恐怖を抱いていたのだろう。なのに、彼は助けに入った。自分達の為に。
「……何故だ?」
「ん?」
「何故、あんな危険を冒してまで私を助けようとした? 下手したら、お前もどうなってたか分からないんだぞ!? 結局は赤の他人の私を、どうして!?」
「……その言葉、そっくりそのまま返すよ」
零司の返答に、莉緒は言葉を詰まらせる。
「見た感じ、あの女生徒は知り合いって訳じゃないだろう? なのにお前は助けに入った。俺と違ってどうにかなる算段も無かったのに。どうしてだ?」
「そ、れは……放っておく訳にはいかないだろう! あのまま見て見ぬ振りをするなんて、私には出来ない! だから……!」
「そっか……なら、その言葉もそっくりそのまま返す」
そう言いながら、零司は静かに微笑んだ。
「俺もお前を見て見ぬ振り、なんてのは出来なかった。だから助けに入った」
「お、前……どうして……」
「はーいストップストップ。これキリがねーよ」
パンパンと手を叩きながら、海が話を遮る。
「つまりだな、零司が水瀬ちゃんを助けに入ったのは、水瀬ちゃんがあの子を助けたのと同じ理由って事! それがファイナルアンサー! オーケー?」
「ノリが軽いが……まあそういう事だ。しかし、水瀬は凄いな。たった一人であいつらに立ち向かうなんてさ」
「だよなー。男気溢れるって感じ!」
「……分からない」
分からない。分からなくなってきた。男いう存在が、本当はどんなものなのか。
さっきの奴らみたいなのも居れば、こいつらみたいな奴らも居る……もう、私の中の事実の形がおかしくなってきた。
「…………」
「水瀬? どうかしたか?」
「……なんでもない。すまないが、一人で帰らせてもらえるか?」
「え? でも……」
「大丈夫だ。ここから家までは、ずっと人通りが多い」
莉緒は零司達の横を通り過ぎ、街道へ続く道を進む。
「お、おい!」
「……今日は、本当に助かった。礼は、後日改めてちゃんとする」
莉緒はそれだけを言い残し、一人去って行った。
――私は一体……何を信じればいい?