恋愛不適合者達の恋愛事情~恋愛しないと決めたのに、見知らぬ美少女に告白されて望まぬ青春がやって来た~ 作:藤龍
日曜日。多くの学生、社会人が日々の疲れを取る為に休息の時間を堪能する日常のオアシス。
当然俺も、普段は予定が無ければ家の中でダラダラと過ごし、次の週を乗り越える為に英気を養っている。
のだが、あいにくな事に今日は予定が出来てしまい、俺は家を出て街に繰り出していた。
目指すは駅前にある書店。そこである本を買うのが、本日の目的――もとい、おつかいだ。
休日の街は人でごった返している。それだけでも大分暑苦しい気分になるが、今日は空気がジメジメしていて、より重苦しさが増す。
雨でも降るんじゃなかろうか……でも天気予報は一日晴れと言ってたし、今も頭上では日曜日だというのに元気にお日様が働いている。
日差しと湿気と人だかりの三連コンボはキツイ……さっさと用事を済ませてしまおう。
歩く速度を加速させ、人混みの中を早足で駆け抜ける。
お陰で予想より早く目的地に到着。恐らく冷房が程よく利いているであろう店内に突入する。
瞬間、想像通りのひんやりとした空気が全身を包み込む。無意識に口から気の抜けた声が漏れ出てしまう。
「いらっしゃ――って、零司か」
気持ちの良い解放感に浸っていると、誰かが声を掛けてくる。
向いた先に居たのは空翔だった。他の店員が付けているエプロンを付け、突っ立ていた。
そう、このお店――
「あれ? でも確か……お前日曜日はバイト休みなんじゃ?」
「今月はシフト入れてもらったんだよ。今月は遊んでるソシャゲの周年イベントで、大量に出費しそうなんでな。今の内に溜めておく」
「そうか……相変わらずだな」
「で、お前は何しに来た? いつも通りの冷やかしなら勘弁だぞ」
「冷やかしてるのは海だろ……今日は買い物だよ。そうだ、丁度いいや」
ポケットからスマホを取り出し、画面を空翔に見せる。
「この本、知ってるか? 妹に買ってきてって頼まれたんだけど、俺少女漫画とか詳しくないからさ」
「どれ……ああ、今日発売された新刊か。それなら、あそこの棚に平積みしてる」
「そっか、サンキュー」
「……つーかお前、妹に使い頼まれるとか、兄としてのプライドは無いのか」
「んぐっ……! しょ、しょうがないだろ。断ればあいつ、機嫌悪くなるし……」
流石に休日に家の空気が悪くなるのは避けたい。兄というのは妹の機嫌取りに勤しむのが現実というものだ。
「やっぱ三次元はクソだな。俺は妹が居なくてよかったよ」
「またそういう結論出す……」
「実際そうだろう。刺激も無い女もクソ、そんな次元に希望は無いね。……いや、お前はこないだ随分刺激的な体験をしたんだったな」
「え? ……ああ、あれか」
空翔が言ってるのは、こないだの水瀬を不良から助けた件だろう。
確かに、あれは刺激的だったかもしれない。それこそまるで漫画のようだった。まあ、もう二度と経験したくはないけど。
「で、あれからどうなんだ? 水瀬とは」
「あれから? さあ、次の日土曜日だったし、会ってないけど」
「そうか……そういうイベントはギャルゲならヒロインが落ちてっていう展開なんだがな。何も無いとは、やはり三次元はクソだな」
「お前はすぐに二次元でものを考えるのを止めた方がいいぞ……ていうか、そんな展開起こっても困る」
「……ま、お前は天然ジゴロなところがあるから、どう転ぶか分からんがな」
「あんまりそういう事言うなよ……つーか誰がジゴロだ」
空翔の俺にとっては不吉な発言に、嫌な汗がタラリと垂れる。
「――二階堂くーん! ちょっといいかなー?」
そんな時、店の奥から空翔を呼ぶ声が飛んで来る。
「悪いな、店長の呼び出しだ。さっさと金落として帰った帰った」
「言い方……じゃあ、また明日学校で」
空翔と別れ、彼から教えてもらった棚へ赴き、目的の品を購入して店を後にする。
丁度そのタイミングで、腹の虫がぐぅ、と唸りを上げる。
そういえば……そろそろ昼時か。どうしようか……折角外に出てるんだし、外食でもしてくか。確か、近くに美味いイタリアンの店があったよな。
曖昧な記憶を頼りに、歩を進める。しばらく歩くと、目当ての店が視界に入る。
「お、あったあった」
早速足を運ぼうとした、その時だった。不意に正面に現れた人物に、俺は思わず足を止めた。
「あっ……」
「なっ!? お、お前は……」
俺の正面に立ち尽くし、驚愕に目を見開くその人物は、先刻空翔との会話にも出てきた水瀬だった。
いつもと違う、白いワイシャツに黒のズボンという私服で身を包んだ彼女は、何故ここに居ると言わんばかりの表情で、俺を指差していた。
「えーっと……お出掛けですか?」
「……か、買い物の帰りだ」
「そ、そうですか……俺もです」
「…………」
「…………」
流れる静寂。周りの人々が二足歩行を続ける中、俺達は向き合って直立不動を維持していた。
なんか気まずい……喧嘩した翌日かなんかかよ。別にこんなになる理由も無いだろうに。
「あー……じゃあ、この辺で」
話も無いし、さっさと立ち去ろうと手を振る仕草を見せ、水瀬の横を通り抜ける。
「――待て!」
寸前、水瀬が俺を呼び止める。
「な、何か……?」
「ここで会ったのも何かの縁だ。こないだの礼、今ここで返しておく」
「礼……?」
「こないだの不良の件だ!」
「ああ、あれね……礼なんていいよ。俺、実際はなんもしてないし」
あの時不良達を追い払ったのは陸也だ。なら、お礼は陸也にすべきだ。
それを告げようとしたが、水瀬はそれを先読みしたのか先立って発言する。
「無論、鬼頭を含め、他の者にも礼はする。だから、お前も礼を受けておけ」
「そ、それでもお礼なんて……」
「いいから受けろ! 前に言っただろう? 私は借りた恩は返さないと済まない性格だと!」
「ああ……そんな事、言ってたな」
じゃあ、否が応でもでも礼を受けろって事か。でも、お礼なんて考えてもパッとは思い付かないしなぁ。
どうしたものかと頭を悩ませていると、ふとさっきまで向かおうとしていた店が目に映る。
「……じゃあ、あの店で奢ってくれないか? これからあそこで昼飯食おうとしてたし」
「奢る……そ、そんなのでいいのか?」
「ああ。そういえば、お前昼まだか? なんなら一緒に食うか?」
「な、何故私も!? 私はお前に礼をすると言っているんだぞ!」
「別にいいじゃん。それに外食は一人でするの、そこそこハードルあるし、二人の方が気楽だろ」
「……お、お前がそれでいいなら、言い返す理由も無い。分かった、奢ってやろう」
どことなく渋々、という顔をしながらも、水瀬は首を縦に振る。
「決まりだな。じゃあ行こうぜ」
「ああ。……本当に、変わった奴だ」
「ん? どこが?」
「な、何でもない! ほら、行くぞ!」
そそくさと先を行く水瀬に続き、俺も店内に足を運ぶ。
流石昼時という事もあり、店内は大分混んでいたが、どうにか席を確保。早速料理を注文をして、品が来るのを待つ。
「……不思議なものだ」
ドリンクバーから取ってきたメロンソーダを口にしてから、水瀬はポツリと呟いた。
「こうして男子と二人で外食など……想像もしてなかった」
「まあ、そうだろうな。俺もお前とこうして二人で食事とか、考えてもなかった」
「全くだ……しかしこれでは、まるでデ――」
そこまで口にしたところで、水瀬はハッと表情を変える。次第にみるみると顔が赤くなり、パクパクと音もなく口の開閉を繰り返す。
言われて俺も気付いたが……確かにこれ、まんまデートだな。お礼の要求、ミスったかな。
「かかか、勘違いするなよ!」
そんな事を考えていると、不意に水瀬が指をさしながら上擦った声を上げる。
「ここ、これはあくまでこないだの礼だ! 決して! 決してでで、デートなどでは無いからな! 思い上がるなよ下種な男子風情が!!」
「わ、分かってるって……分かってるから落ち着け。目立ってるぞ」
我に返ったのか、水瀬はゴホンと咳払いをしてから、恥ずかしそうに身を縮こませる。
「どうしてこんな事になった……私が男子なんかと……!」
水瀬は髪をくしゃっと掴みながら、ブツブツと小言を吐く。
相変わらず男子への敵意が半端ないな……やっぱり、このお願いは失敗だったな。
……でも本当に、どうして彼女はこんなにも男を嫌ってるのだろうか?
何時ぞやも思い浮かべた疑問が、再び脳裏に浮かぶ。
もしかして、いつかこないだのような事を経験した事があるんだろうか? それなら、あれだけの敵意を抱くのも無理は無いだろうが……
「……何か聞きたそうな顔だな」
そんな考えを巡らせていると、不意に水瀬が話し掛けてくる。
「え? そ、そんな顔してた……?」
「大分な。……これも礼だ。一つだけ、質問に答えてやる」
「い、いいのか?」
「ずっとそんな顔をされていては、こっちも気分を害される」
「じゃ、じゃあ一つ……水瀬はどうして、そんなにも男を嫌ってるんだ? 昔……何があった?」
俺の質問に、水瀬は過去を思い返すように目を細める。
それから暫しの間を空けてから、彼女は口を開いた。
「そうだな……キッカケとなるのは、小学生の頃の出来事だろう」
メロンソーダをストローでクルクルと掻き回しながら、彼女は語り続ける。
「私にはある友人が居た。その子は気弱で、臆病で、それでもとても優しくて綺麗で、踏み付けられたらあっさりと散ってしまう花のような……そんな可愛い女子だった。小学生の頃の私は……恥ずかしい話だが、まるで男子のようにやんちゃだった。でも、何故かその子とは息があってな。とても大切な親友だったよ」
懐かしむような笑みを浮かべる水瀬。だがその笑顔に、すぐさま影が落ちる。
「だけど私は気が付けなかった……あの子が、同学年や先輩の男子に、イジメを受けていた事に」
水瀬は唇を嚙み締め、ストローの先端を指で握りつぶす。
「臆病で、それでいて優しいあの子は、イジメを誰にも伝える事が出来なかった、しなかった。それなのに私はのうのうと彼女に接していた。あの子が……傷付いているとも知らずに……!」
「……その子がイジメを受けていた原因って、なんなんだ?」
「……原因は、彼女の兄だ。元々そのイジメっ子達は、彼女の兄をイジメていたらしい。それが妹の彼女にまで及んだという事だ」
「酷いな……あれ? でも、それじゃあ……」
兄のイジメが妹に移った……それなら当然――
「ああ。当然、兄もそのイジメを知っていた。知っていて、その痛みも共感出来たはずだ。……それなのに!」
水瀬は腹の底から響くような声を吐き出す。怒りに満ちたその声に、思わず息を呑む。
「それなのに……その兄は何もしなかったんだ! 妹が苦しんでいるのを知っているはずなのに、そいつは見て見ぬ振りをしたんだ!」
「そんな……一体どうして?」
「私も思ったさ。ふとしたキッカケでイジメの存在に気が付いた時、私も兄を問い詰めた。どうしてあの子を助けないとな。そうしたら、あいつは言ったんだ」
深い憎しみの籠った声で、水瀬はその兄が口にした言葉を吐いた。
――だって、妹をイジメてたら、あいつらは俺をイジメないんだ。だから……仕方ないだろ?
「失望しか感じなかったよ。妹を犠牲にして、助け船を出す気すら起こさない。そんなの兄として……いや人として腐っている! 怒りでどうにかなりそうだったよ」
「…………」
「だから私は、自分で彼女を助けようとした。でも、相手は複数の男子。それに年上も居た。当然敵わなかったよ。あいつらは男のくせに数で寄ってたかって、女が男に勝てる訳無いだろう! と、醜い暴言を吐いていたさ」
「……じゃあ、水瀬が男を嫌ってる理由は?」
水瀬はコクリと頷く。
「それが原因の一つだ。男が醜く、情けなく、愚かな存在だと、その時痛感したよ。こんな醜い存在、認めてはならないとな」
「……そっか」
そんな壮絶な過去があったとはな……そりゃ、あんな男嫌いになるのも、無理は無いかもしれないな。
「それで……その子はどうなったんだ? お前が助けたのか?」
「いや……私では助けられなかった。その問題を解決したのは、当時教育実習生として学校に来ていた大学生の女性だった。まるでヒーローのようで、私にとっては憧れと言える人だよ」
「それはよかった……その子は今、どうしてる?」
「その後すぐに転校してしまったから、詳しい事は知らん。が、今は兄とは別々に暮らして、元気にやってると聞いた。だから、問題は無いだろう」
柔らかな微笑みを浮かべる水瀬に、俺もホッと一息を吐く。
「そっか……本当によかったよ、その子が無事にやってるみたいで」
「……不思議な奴だ。赤の他人の話に、そんな風に反応するとは」
水瀬は元気の無い笑い声をこぼしながらストローを咥え、メロンソーダを飲む。
「……これで話は終わりだ。満足したか?」
「ああ……ごめんな、辛い事思い出させて」
「構わん。……だが自分でも不思議だ。誰かにこの事を話した事など、無いんだがな」
水瀬は細めた目で、窓ガラスの外を見据える。
悪い事聞いちゃったかな……でもこれでようやく水瀬の事が分かった気が――
「……あれ?」
「ん? なんだ?」
「いや、なんか違和感があって……」
「私の話にか?」
「ああ、なんだろうな……」
なんというか、前に聞いた話と何か噛み合わない気がするんだよな……なんでだろ?
過去の記憶を思い返しながら、違和感の正体を探る。
「……あ、そうか!」
「な、なんだいきなり……違和感とやらが解けたのか?」
「ああ。水瀬さ、こうも言ってただろう? 恋やら愛やらは、人を堕落させるって」
その言葉に、水瀬はピクリと眉尻を揺らす。
「男嫌いな理由は分かったけど、さっきの話からその考えに結び付くのは、なんかおかしいなって。別に愛だの恋だのは、今の話に関係なかっただろう?」
「…………」
「……もしかしてだけどさ。他にも理由があるんじゃないか? 男嫌いになった訳が」
聞いて良いか一瞬悩んだが、思い切って聞いてみる。
それに対して水瀬が返すのは沈黙。俯いたまま、メロンソーダをクルクル掻き回す。
「――お待たせしましたー。こちら、カルボナーラになります」
その時、俺達が注文した品が店員の手により届けられる。
「……私が答えると言った質問は、一つだけだ」
店員が立ち去ると、水瀬はフォークを手に取りながらそう言った。
「悪いが、これ以上はノーコメントだ」
「ああ……ごめん」
そうだよな……水瀬だって、聞かれたくない事がある。さっきのだって、本当は話したくない事のはずなんだ。だったら、これ以上詮索するのはいけないよな。
俺は気になる気持ちを抑えて、水瀬と一緒に届けられた料理を頂いた。
そのランチタイムはほぼ無言で、どこか気まずい空気が終始流れていた。