恋愛不適合者達の恋愛事情~恋愛しないと決めたのに、見知らぬ美少女に告白されて望まぬ青春がやって来た~ 作:藤龍
それから数十分掛けて、俺と水瀬は料理を平らげた。
「ごちそうさまでした。じゃあ、ここは奢りでいいんだよな? ありがとうな、水瀬」
「礼は不要だ。それよりも! これで貸し借り無しだ! これ以上要求されても、私は何も応えないからな!」
「分かってるよ」
「……あの事、誰にも言うなよ」
水瀬の言うあの事が彼女の過去に関する事だとすぐに察した俺は、黙って頷きを返す。
「分かっているならいい。よし、さっさと会計を済ませるぞ」
「もう出るのか? 少し休憩してからでもいいんじゃ」
「私はさっさとこの場から立ち去りたいんだ。男と二人きりなど、耐え難い」
水瀬は自分の体を抱え、ぶるっと身震いする。
そこまでですか……俺としても長居は望ましくは無いけど、そこまで言われると流石にちょっと傷付くな。
そそくさと席を離れてレジに向かう水瀬を、俺も鞄を抱えて慌てて追い掛ける。
「お会計、千五百七十円になります」
追い付くと、水瀬は既に会計に移っていた。
とりあえず少し離れたところで待っていると、レジのお姉さんがこちらを見る。
「そちらのお客様は……ご一緒の方ですか?」
「え? ええ、そうですけど……」
「実は現在、当店では期間限定のキャンペーンを実施中でして、カップルでご来店の方に料金割引のサービスを行っているんです」
「は、はあ……?」
水瀬は不思議そうに首を傾げる。
なんだそのキャンペーンは……飲食業界も大変だな。
「あの……それが何か?」
「ですから、今回のお代はキャンペーンの割引分を適用して……」
「ま、待って下さい! 何故、私達がそのキャンペーンの対象に?」
「……? ですから、カップルのお客様が、キャンペーンの対象ですので」
こちらも不思議そうに首を傾げるお姉さん。それに、水瀬もまたまた首を傾げる。
そして遅れる事数秒。
「……はぁ!? かかか、カップル!? 私とこいつがですか!?」
ようやく理解出来たのか、水瀬が絶叫を迸らせる。
「あ、あれ? 違いましたか?」
「全然違います! 私とあいつはそのような関係では無いです! だから、そのようなキャンペーンは受けません! 定額で支払います!」
「た、大変失礼致しました! では改めて……」
水瀬の剣幕に圧倒されたのか、お姉さんはどぎまぎしながら会計に戻った。
波乱の会計を済ませ、店の外に出た俺と水瀬。
「全く……何がカップルだ……!」
「……で、でもあのまま突き通せば、お得になったんじゃないか?」
「ふざけるな! 男と付き合ってるという虚構を作ってまで得などしたくない!」
「それほどですか……」
大分ご立腹のようで……変にいじらない方がいいな。
「大体、どこをどう見たら私達の事がカップルに見えるんだ……ただ休日に同い年の男女が二人で外食をしているだけではないか! それのどこがカップルに……」
語尾の方が掠れるように消え入り、水瀬の顔が次第に赤く染まる。
まあ……どっからどう見てもカップルだな。休日デートしてるカップルだな。
やっぱり、お礼のチョイスを間違ったかな……水瀬もいい迷惑だっただろうな。
「その……なんかごめんな。こんな要求しちゃって」
「こ、今回は許す。元は私が迷惑を掛けたのが悪い。だが! こんな事は今回だけだ! いいな!?」
「わ、分かってるよ」
「それならいいんだ……では、さよならだ」
踵を返し、水瀬は背を向ける。
俺も彼女に手を振り、別れようとした、その瞬間だった。
「冷たっ……!」
水瀬が体を縮めながら、可愛らしい声を上げる。
直後、俺の額に一滴の雫がポトリと落ちる。
「雨か……」
いきなり降ってきたな……もしかしてとは思ってたけど、本当に降るとは。
「水瀬、傘は?」
「持ってない……天気予報は晴れだったからな」
「だよな……」
走って帰るか、それともどこかで買ってくか。
迷っている間にも雨はどんどん強さを増し、周囲の人達は一様に走り出す。
「……少し離れたとこにコンビニあったな」
そこなら傘を買えるだろう。別に走ってもいいのだが、今は本を鞄に入れてる状況だ。濡れる事はないだろうが、万が一もある。
「行くか……水瀬はどうする?」
「何故お前に言わなければならない……行くさ。この様子だと強くなりそうだ」
「じゃあ、早いとこ行っとくか」
本降りになる前にと、俺と水瀬はコンビニを目指して出発する。
が、雨は一瞬の内に勢いを増し、走り出してから一分も経たずに本降りに変わってしまった。その勢いはまさに滝のよう。
「ゲリラ豪雨かなんかかこれ……! 一旦雨宿りしよう!」
「そ、そうだな……!」
この状況では進むのもシンドイと判断し、俺と水瀬は屋根付きのシャッターの降りた店の前に避難する。
「はぁ……酷い目にあった……様子見しとけばよかったな……」
「全くだ……」
これじゃあ本、びしょ濡れかもな……言い訳考えないと。
「ついてない……びしょびしょだ……」
愚痴をこぼしながら、水瀬はワイシャツの裾を掴み、捻って吸い込んでしまった水分を搾り取る。
その様子にふと視線を水瀬に移す。刹那――俺は即座に顔を背けた。
「……あの、水瀬さん」
「なんだ? 機嫌が悪いんだ。話し掛けないでもらえるか?」
「それは了解したんで……とりあえず、これ羽織って下さい」
俺は着ていた青のパーカーを脱ぎ、水瀬に渡す。
「はぁ? どういうつもりだ。暖を取れとでも言うのか? こんな濡れた物では、逆に――」
「いや、暖を取るとかじゃなくて……目的は隠す為というか……」
「隠す?」
その呟きの直後、水瀬は声にならない悲鳴を上げた。どうやら現状に気付いた。
そう、水瀬の今の服装は白のワイシャツ。そんなのでびしょびしょになったら、当然透ける。そして透けたら――当然、見えるもんが見える。
「は、早く言えこの変態がぁ!!」
怒号を迸らせながら、水瀬はパーカーを羽織り、こちらをなんとも言えない目で睨み付ける。
「えっと……パーカーも青で、お揃いですね」
「眼球を抉り取られたいのか?」
「ごめんなさい」
何故こんな事を言ってしまったし……海の奴が移ったか。
「はぁ……今日は最悪な日だ……! どうしてお前なんかと出くわしてしまったんだ……!」
「ご、ごめんなさい……あ、なんか雨ちょっと弱まって来たし、コンビニ目指そうぜ!」
「それもそうだな……今すぐお前とはおさらばしたい気分だ」
俺も出来ればそうしたい……殺されそうだし。
滝からせいぜいシャワー程度の強さになった雨の中を走り抜け、俺達はようやくコンビニに辿り着く。
「って、これは……」
しかし、そこには恐らく俺達と同じ目的であろう客が大量に集まっておりレジは大混雑。さらに最悪な事に、傘は残り一本だった。
「……月村。これはお前が使え」
「え? お前はどうすんだよ」
「私は走って帰る。駅まで行けば後は電車だ。そうすれば向こうの駅で買える」
「でも、そこまでは雨で濡れるだろ。お前が使えよ、俺はこの鞄使えば」
肩から掛けた鞄を叩き、頭に持って行くようなジェスチャーを見せる。
「そんな物、役に立たんだろう。これだけ濡れたんだ、もう変わらないさ」
「それは俺だって同じだよ。だから、お前が使えよ」
「ええい、お前が使え! これ以上お前に借りを作りたくないんだ!」
「そんなの気にしなくていいって」
「私が気にするんだ!」
頑固だなこいつ……このままじゃ埒があかない。
こうなったら……あれしかないか。
数分後。無事に傘を購入した俺達。その傘の使用者は――俺と水瀬の二人。つまり、二人で一つの傘を使う事にした。
「……どうしてこうなった」
不服、という文字を顔に思いっきり出しながら、水瀬が肩を落とす。
「仕方ないだろ。お互い折れなかったんだから、こうするしかないだろう」
「お前が折れれば問題なかっただろう!」
「こっちのセリフだ。ほら、早く行こうぜ。駅まで送るから」
「なんで私が男子とこんな……相合、傘なんて……これではまるで、恋……」
そこまで呟くと水瀬は顔を紅潮させ、俺から目を背ける。
「は、早く行くぞ! さっさとこの状況から脱却せねば……!」
「はいはい……」
傘を垂直に立て、ゆっくりと歩き出す。それに続き、水瀬もぎこちない足取りで俺の真横を歩く。
無言の状態が続く。雨が傘に落ちる音だけが、耳に流れる。
水瀬はずっと俯いたままで、俺も掛ける言葉が見つからず、口を閉ざす。
「……今日は、本当に変な一日だ」
そんな時ふと、水瀬が固く閉ざした口を開いた。
「男子と食事をして、話した事も無い過去を明かして、上着を借りて、こうして一つの傘で一緒に帰り道を歩いている……今まででは絶対に考えられなかった状況だらけだ」
「それは……そうだろうな」
「本来なら男子と一緒の時間を共有するだけで不快なのに、こんな恋……っみたいな事をして。信じられないとしか言えない。本当、どうしてこうなったんだ……!」
絶え間なく愚痴を吐く水瀬。俺は居たたまれない空気に胃を締め付けられながら、彼女の言葉を黙って聞く。
「……だからこそ、自分に苛つく。今日の事に……自分がそれほど、不快感を味わっていない事に」
「……え?」
聞き流そうとしていたのに、つい反応を返してしまう。すると水瀬は慌てた様子で言い返す。
「か、勘違いするなよ!? だからといって楽しい訳では無いからな! つまりだな、その……い、今のは忘れろ!」
凄まじい勢いでそっぽを向きながら、水瀬は離れるように半歩横にズレる。
「あ、おい。あんまり離れると傘からはみ出るだろ」
俺も彼女に合わせて半歩ズレて、彼女の頭上に傘を持って行く。
その際、微かに肩と肩が触れ合う。
「ッ……!?」
すると水瀬はビックリしたのか体を跳ね上げ、大きく後退る。
その直後だった。歩道の段差に足が引っ掛かり、そのまま車道側に彼女の体が倒れ込む。
「危ないッ――!」
慌てて手を伸ばし、地面に打ち付けられる寸前で彼女の手を掴む。
瞬間、彼女の全体重が俺の体を引っ張る。
「こっのぉ……!」
グッと足に力を込め、仰け反るように全身に力を込める。すると体が背後に向かって跳ね返り、俺はその勢いに乗って水瀬の体を思いっきり引っ張り上げる。彼女の体躯はトランポリンの上に落ちたように跳ね上がり、俺はその体をガッシリと受け止め、地面にしっかりと足を付けた。
「ふぅー……危なかったぁ……水瀬、大丈夫――」
水瀬の安否を確認しようと彼女に視線を落とした瞬間、俺は現状に気付いてしまった。
今の状況を分かりやすく言うと――俺が水瀬を思いきり抱き締めているという状態だった。
「あ、いや、これは……」
そして当然、そんな状態で彼女がする行動といえば――
「は……離せこの馬鹿がぁ!」
案の定、水瀬は俺を思いきり突き飛ばし、俺はその場に尻餅をついた。水たまりの冷たさとコンクリートの硬さが、同時に尻を刺激する。
「イッテェ……わ、悪かったって! 何も突き飛ばす事……」
尻を擦りながら何か言い返してやろうと顔を上げた瞬間、俺は言葉を失った。
てっきり、水瀬はこちらを敵意全開の目で睨んでると思っていた。けれど、彼女の浮かべていた表情は、全く違うものだった。
目には敵意は無く、吊り上がるどころか垂れていて、どこか潤んでいる。
顔は耳まで真っ赤になっていて、今にも爆発しそうだと思った。
そして口元はどことなく緩んでいるように見えて、それを悟られないように右手の甲で口元を隠している。
言うなれば、彼女はとても女の子だった。いままでの強気な彼女から想像出来ない、とてもしおらしい女の子。そんな顔をしていた。
「あっ……ッ……!」
何かを言い掛けたように見えた。けど彼女は何も言わずに、その場から逃げるように走り出した。
「あ、おい! 待てよ水瀬!」
慌てて立ち上がって呼び止める。しかし彼女は止まらない。水瀬はそのまま、雨の街の中に姿を消してしまう。
「……傘、買った意味ねぇじゃねぇか」
◆◆◆
気が付くと、水瀬莉緒は自宅の玄関に居た。
どうやって帰ったか、記憶が曖昧だった。
全身はびしょ濡れで、体中が冷え切っている。なのに、不思議と胸の辺りが熱い。
鼓動もバクバク高鳴っている。走り続けたからだろうか? それとも、別の何かが原因?
ふと、脳裏にある映像が浮かび上がる。
先刻、倒れそうな自分を引っ張り上げ、胸に抱き寄せた零司の顔が。
「…………なんなんだ、これは……」
消え入りそうな呟きと一緒に、莉緒は彼に借りたパーカーの袖を握り締めながら、その場にしゃがみ込む。
訳が分からなくて、頭がパンクしそうだった。心臓を止めたいと願うぐらいに、鼓動の音がやかましくて、苦しい。
――私一体は……どうしてしまったんだ?