恋愛不適合者達の恋愛事情~恋愛しないと決めたのに、見知らぬ美少女に告白されて望まぬ青春がやって来た~ 作:藤龍
月曜日。昨日の雨もすっかり感じさせない快晴に恵まれた日だったが、俺達学生は今日も今日とて校舎という檻に籠って、日の光も浴びずに黒板と向き合い続ける一日を過ごした。
そんな退屈な授業も終わりを告げ、解放された生徒達が一斉に帰路に付く中に、俺も一人でその集団に混ざっていた。
あくびを噛み殺しながら、帰ったらどうしようかなどと思案しながら歩いていると、校門前に見慣れた顔を発見する。
「はぁ……どーしてこーなるかなー」
と、分かりやすく鬱憤の溜まった独り言を呟きながら、手に持ったプリントを眺める一人の女性。
あからさまに機嫌が悪いのが分かる。変に関わるのは止めておこうと、他の通行人に紛れて校門を抜けようとしたその時。
「あ、ツッキーじゃん」
残念ながらその人物――軽井沢恵は俺の事を見事に発見したらしく、声を掛けてきた。
流石にここまで来たら無視する訳にも行かず、俺は彼女に向き合いながら言葉を返した。
「……何してるんだよこんなところで。陸也でも待ってんのか?」
「そのとーり! ……って言いたいんだけど外れ。りっくんならもー先に帰ったよ」
「へぇ、珍しいな」
俺の知ってる限り、この二人はほぼ毎日一緒に下校している。磁石で引き合わされてるのかと思うぐらい、片時も離れていない印象だが、今日はそうではないらしい。
「あーしだって、本当はりっくんと一緒に帰りたかったよ? でも、よーじ出来ちゃったし。マジ最悪だよ」
「用事?」
「そ。これ届けてくれーって、センセーに頼まれたの」
軽井沢は唇を尖らせながら、手に持ったプリントを雑に振る。
「届けるって、どこに?」
「あの風紀委員長さんの家。今日、風邪引いたとかで休んだんだよねー」
「え、水瀬風邪引いたのか?」
それを聞いた瞬間、昨日の事が頭に思い浮かぶ。
水瀬の奴、昨日ずぶ濡れのまま帰った訳だしな……そりゃ風邪引いても仕方がないか。……って事は、もしかしたら俺の責任でもあるのかも。
少し申し訳ない気持ちになりながら、俺は軽井沢との会話に戻る。
「で、どうしてお前が水瀬の家にそれ届ける事になったんだよ? つーか、同じクラスだったのか」
「いやなんかさー、あーしの家とあの委員長さんの家、近所らしいんだよねー。それで頼まれちゃったって訳」
「てことは……お前も隣町に住んでるのか?」
「そ、生まれも育ちも
「そんな事で出身地変えようとすんなよ……」
俺のツッコミに、軽井沢は不機嫌そうに頬を膨らませる。
「それぐらいあーしの気分は最悪なの! 本当ならこれからりっくんとデートだったのにさー。それにあーし、あの子ちょっと苦手だしー」
「まあ、思いっきり口論してたしな」
「はぁ、ゆーうつ。……あ、そうだ!」
突然、妙案を思い付いたと言わんばかりに軽井沢が明るい声を発する。
「ここで会ったのも何かの縁って事で、ツッキーよかったら代わりに行ってくんない?」
「……は!? 俺が!?」
彼女の発案に理解が遅れ、リアクションがワンテンポズレる。が、それを気にせず軽井沢は話を続行する。
「そそ。どーせツッキー暇でしょ?」
「ま、まあ……何も予定は無いけど」
「だったらあーしが予定をあげる! よかったねー!」
「いやいや待てよ! 勝手に決めるなって!」
「でも、さっきツッキーあの子が風邪引いたって聞いた時、なーんか心配そうな顔してたし。お見舞いついでに行って来てよ。どーせ行く気だったんじゃない?」
た、確かに……彼女が風邪を引いたのは俺にも責任はあるだろうし、ちょっと行こうとは考えていたけども。
「ね、お願い! お礼はするからさ!」
両手を合わせ、ウインクを見せながら懇願してくる軽井沢。少し前かがみになったせいで、はだけた制服の隙間から小麦色の胸がチラリと見え、つい目を逸らす。
「あ、今胸見たっしょ? じゃあ罰として行って来て!」
「やり口ズルいなお前……! そんな軽々と色気で攻めるなよ彼氏持ち!」
「大事なとこはりっくんにしか見せないしー。で、どうすんの?」
「……分かったよ。任されたよ」
軽井沢が言ってた通り、どうせお見舞いに行こうかと考えてたとこだしな。やっぱり俺のせいだし、気になるしな。
「さっすがツッキー! じゃあこれ! 渡すもんと、住所書いたメモ!」
手にしたプリントを俺に押し付けると、軽井沢はバンザイをしてはしゃぐ。
「これでりっくんとデート行けるー! ホントありがとねー、ツッキー!」
「はぁ……もういいから行って来いよ」
「うん! じゃ、委員長さんによろしくねー!」
さっきまでの憂鬱な空気はどこに行ったのやら、軽井沢は満面の笑みを浮かべながら去って行った。
自由に生きてるなー、あいつは……人生楽しそうだ。
さておき、頼まれたからにはしっかり勤めを果たさないとな。
メモに書かれた住所を確認し、スマホで位置を検索。受け取ったプリントを鞄に詰めて、早速水瀬の家を目指す。
「……見舞いの品に、なんか買ってくか」
途中、コンビニでスポーツドリンクやデザートを購入してから、駅に向かう。
電車に乗って隣町である白場に移動してから、歩く事約十分。
「えーっと……この辺りだよな?」
あまり慣れてない土地に困惑しながら、辺りを見回す。
スマホが指し示す目的地はこの辺りだ。それらしき家がないか、近くの家の表札を確認する。
「あ、あった」
しばらく見て回ると、水瀬と書かれた表札を発見する。
ごく普通の二階建ての一軒家。ここが彼女の家のようだ。
「……なんか、緊張するな」
今思うと、女子の家を訪ねるなんていつ以来だろうか。しかも知り合って間もない、そこまで仲の良くない女子。
改めて考えるとかなり挑戦的な事をしてる気がしてきて、ついインターホンを押すのを躊躇してしまう。
だが、いつまでもこうしてしていても仕方がない。意を決して、インターホンを押す。
すると偶然玄関の近くに誰か居たのか、扉がすぐさま開き、中から人が出てくる。
「はいはーい。って、どちらさま?」
出て来たのは水瀬ではなく、見知らぬ大人の女性だった。
黒いTシャツに、ベージュのロングスカートというゆったりとした服装で、口にはタバコを咥えていた。
そして何より、見た目がどことなく水瀬に似ていた。髪と瞳は彼女と同じく綺麗な藍色で、顔は成長した水瀬そのもの。二十代そこらに見えるし、きっと彼女のお姉さんだろう。
「君……誰かな?」
いきなり現れた女性の簡単な観察をしていると、彼女はタバコの火を消しながら声を掛けてくる。
「あ、すみません! 俺、水瀬……じゃなくて、莉緒さんの知り合いで、プリントを届けるように頼まれまして……」
「ああ、あの子のお友達? へー、男の子の友達居たのねあの子。わざわざありがとね」
「い、いえ全然! あ、あとこれ。お見舞いに……」
手に下げたコンビニの袋を女性に渡す。
「あら、わざわざごめんなさいねー。よかったら、お茶でも飲んでく? あの学校からここまで、結構遠いでしょ?」
「いや! そんな、お構いなく」
「遠慮しなくていいのよ。あの子の友達が家に来るなんて、滅多に無いから。しかも男! 歓迎しない訳にはいかないでしょ」
そう言って、女性は俺を招くように手を動かす。
これは……断れない雰囲気だな。
「じゃあ……少しだけ」
「はい、どうぞ。ちょっとタバコ臭いかもだけど、堪忍ねー。えっと……」
「あ、月村零司です」
「月村君ね。私は水瀬
「え!? 母親!?」
思わぬ自己紹介に、つい大声が漏れ出る。
「そんなにビックリする事?」
「て、てっきりお姉さんかと……」
「あら嬉しい事言ってくれるわねー。おばさんときめいちゃうわー」
茶化すように笑い飛ばし、莉香さんは家の中に上がる。
ウチの母親も見た目は若い方だが、彼女はそれを軽々と凌駕してるな……世の中凄いもんだ。
そんな若すぎる母親に続いて家の中に上がり、そのままリビングへと誘導される。
椅子に座って暫しの間待つと、莉香さんがお茶と軽い菓子を出してくれる。
「ごめんなさいねー、こんなのしか無くて」
「お、お気遣いなく。あの……娘さんは?」
「あー、もうすっかり治ったわよ。今はぐっすりと寝てるんじゃない?」
「そうですか……」
とりあえず大事が無かった事に一安心し、ホッと息を吐く。
すると、莉香さんが俺の正面の席に腰を下ろし、頬杖をつきながらニヤニヤとした顔を向けてくる。
「へー、随分と心配してくれてたみたいねぇ?」
「え? あ、それは……」
風邪引いたのは俺にも原因があるかも――と言ったら説明がややこしくなりそうなので、胸の内にしまっておく。
「あの子あんな性格だから友達とか全然居ないんじゃないかと思ってたから、こんな風にお見舞い来てくれる友達が居てくれて、お母さんは安心だわー」
「あ、いや……俺と水瀬はその、友達って訳では無くて……」
俺は彼女に大分嫌われているみたいだし。まあ、彼女の場合は男子全般そうだろうが。
「ん? それってどういう事? ……はっはーん、そういう事」
が、俺の伝えたい事は莉香さんには届かなかったらしく、彼女は不敵な笑みを浮かべる。
あ、これ絶対別方向の意味で伝わってるな。
「へー、そーなんだー。あの子もなかなかやるじゃなーい」
「いやですね、そういうんじゃなくて……」
「あの子にはそういうの一生無理って思ってたけど、心配の必要は無かったみたいね。あー、これで老後も安心だわー」
「勝手にありもしない未来に安心しないで下さいよ! あのですね――」
完全に、孫の顔を見る日も近そうね状態に入っている莉香さんの誤解をどうにか解こうとしたその瞬間、突然リビングの扉が開いた。
「うるさいぞ母さん……って!? おまっ……!?」
そこから現れたのは、水色のパジャマ姿の水瀬だった。
彼女は俺を見るや否や、大きな虫でも見たような反応を浮かべる。
「な、何故ここに居るんだ! どういう事だ!?」
「ちょっとその言い方はないでしょー? 折角彼氏君がお見舞いに来てくれたんだから」
「はぁ!? 彼氏って……私とそいつはそんな関係では無い! 何を勝手に勘違いをしてるんだ!」
「もー、照れなくていいのに。お母さんは何も反対しないから。堂々としていいのよ?」
「話を聞けぇ!」
見た目はそっくりだけど、性格は全然違うなこの二人。
そんな平凡な感想を抱きながら見守っていると、水瀬の怒りの矛先が突如こちらを向く。
「大体なんでお前はここに居るんだ! 場合によっては、訴えるぞ!」
「そんな犯罪事じゃねぇよ……ちゃんと説明するから、とりあえず落ち着けよ」
「はぁ……はぁ……」
しばらく肩を上下に揺らすと、水瀬は深呼吸をしてから莉香さんの隣に座る。
「……で、何をしに来たんだ?」
敵意剥き出しの眼差しに口元を引きつらせながら、俺は鞄から例のプリントを出す。
「これを届けに来たんだよ。学校のプリント」
「……どうしてお前なんだ? クラスが違うだろう」
「軽井沢に押し付けられたんだよ。代わりにお願いって」
「そうか……」
俺からプリントを受け取り、しばらくジッとそれを見つめる。
「……事情は理解した。礼は言っておく。だが、要件が済んだならさっさと帰れ。男が私の家に居るなど、耐え難い」
「ちょっと、失礼でしょそんな言い方。彼氏には優しくしなさいよ」
「だから! こいつは彼氏で無いと言ってるだろう! 私が男嫌いだというのは母さんも知ってるだろう!」
「そうだけど。……あんた、まだ
莉香さんの言葉に、水瀬はピタリと口を閉ざす。
あの事? 一体なんだ? 例の友達の話、なのかな?
「あなたがそういう風に考えちゃうのは仕方ないかもしれないけど、世の中みんながみんなそうじゃない。ちょっとは信用したらどう?」
「…………そんなのは……」
続きの言葉が見つからないのか、水瀬はキュッと下唇を噛む。
「はぁ……ごめんなさいね月村君。お見苦しいとこ見せちゃって」
「あ、いえ……」
「……私、ちょっと席を外すわね。若いの二人でゆっくり話しててね」
「な!? おい母さん!」
「しっかり月村君と話すのよ莉緒。今後の付き合いの為にね」
そう言って、莉香さんはリビングから姿を消す。
「だから付き合って……ああ、もう!」
「なんか、ごめんな。俺が来たばっかりに」
「……謝られても困る」
大きなため息を吐き出し、水瀬はガックリとうなだれる。
「……聞かないんだな」
数秒沈黙した後に、水瀬が口を開く。
「さっき母さんが言ってた事。気になっているんだろう?」
「それは……そうだけど、聞かれたくないかなって。それ、昨日話した事とは違うんだろ?」
「……ああ、そうだな。私が男という存在に失望するキッカケになった、もう一つの出来事。そして、恋愛は人を駄目にすると思い始めたキッカケでもある」
背もたれに体を預け、水瀬は腕で目元を覆い隠す。
「……ここまで聞かれてしまったんだ。全て、話しておこう」
「え……いいのか?」
「ああ。なんだろうな……全てぶちまけたい気分なんだ。だから、聞き役にでもなってくれ」
「……分かった」
俺が返事をすると、水瀬は姿勢を正し、リビングを眺め回す。
「……この家には昔、私と母さん以外にも二人、家族が居た。父と、少し離れた兄の二人。四人家族だった」
「だったって事は……」
「……私が小学生の頃。丁度、あのイジメの件があった頃だ」
水瀬は目元を細め、握った拳を震わせる。
「その頃、父と母が離婚した。原因は……父の不倫だ」
「不倫……」
「妻が居るというのに、父は仕事が終わった後は毎回キャバクラに通っていたらしい。そこのキャバ嬢に惚れて、不倫関係に至ったらしい。……最悪なのはそれだけじゃない。父はその女に貢いでいたんだ。借金まで背負ってな」
「借金って……いくらぐらい……?」
「詳しくは知らんが……軽く一千万は超えてたらしい」
「いっ……!?」
予想外の額に、思わず息を呑む。
「そ、それ大丈夫なのか?」
「さあな。発覚後、即座に裁判を起こして無事離婚。借金問題はこちらに回っては来なかったからな。今頃、父は必至に返済に勤しんでるんじゃないか? ……あんなクズの事など、どうでもいいがな」
俺らに向けるよりも遥かに敵意の籠った言葉。彼女は本気で、父の事を嫌っているようだ。
「それだけならまだよかったんだが……」
「ま、まだあるのか……?」
怒涛の展開過ぎるだろう……一体どんな壮絶人生を辿って来たんだ?
「父との離婚から数年。当時高校生だった兄に、彼女が出来たのだ」
「まさか……お兄さんもその女性に貢いだとか……?」
「いや、むしろその逆だな。その女性はとても良い人だったし、献身的に兄を支えてくれる人だった」
「そ、そっか……それならいいんじゃ」
「いや、彼女は良い人過ぎた。それが原因で、兄は……」
水瀬は今度は怒りに混じって、どこか悲しげにな声を吐く。
「私の兄は、とても真面目な人だった。勉強に励み、将来は有名な大学に進学して、家庭を支えていくと頑張っていた。当時はそんな兄に憧れていて、自慢でもあったよ。だがあの女性と交際を始めてから……兄は変わってしまった」
「変わった……どんな風に?」
「簡単に言えば、堕落した。毎日勉強をしていた時間は彼女との時間に費やし、毎日毎日
「ヒモって……彼女さんに養ってもらってるって事か……?」
「ああ。交際相手の女性は、とことん兄を甘やかす人でな。その性格が、兄を堕落させてしまったんだ」
力の無い笑みを作り、水瀬は俯く。
そういう事か……だから、水瀬は。
「だから、私は再度思った。男というのは、愚かな存在だと。そして恋愛は人を堕落させるとな」
「……そうか」
やっと、水瀬の考えが全て理解出来た気がする。
男という存在を否定するのは、彼女が自分の保身の為に大切な人を見捨て、男というだけで強がる存在だという事を経験したから。
恋愛を否定するのは、恋に現を抜かし、堕ちるとこまで堕ちた者達を見てきたから。
こうして、水瀬莉緒という人格が出来上がったんだ。
醜くて、愚かしい周囲の男達を見てきた過去が、今の彼女を作り上げたんだ。
「……これが、私が経験した全てだ。……満足したか?」
「……ごめん」
「謝るな。今回は私が勝手に話しただけだ。……全く、本当にどうしてこんな事を話したんだろうな、私は」
渇いた笑いをこぼしながら、水瀬は再度背もたれに体を預け、目元を腕で隠す。
俺は掛けるべき言葉が見つからなくて、無言のまま彼女から目を逸らす。
「……私だって、心のどこかでは気が付いている」
ふと、水瀬が体勢を変えないまま話し出す。
「恋愛が、全て人を堕落させるものばかりでは無いと。男が、皆醜い存在では無いと。お前らと関わっていたら、そう思えるようになってきた」
「俺達と……?」
「お前らはあの時、危険を冒してまで私を不良から助けてくれた。それが不思議だった。私の過去の経験からは考えられないからな。男というのも捨てたものでは無いなと、少し思ったりもした。それに……」
「……水瀬?」
不意に水瀬の言葉が止まる。若干、彼女の顔が赤い気がした。
「いや、これは私の勘違いだろう。なんでもない」
「……? ああ……」
なんの事だかサッパリだが、問い詰められる空気では無いので、そのまま流す。
「詰まる所、私は迷っているんだ。この考えを改めた方がいいのか、それとも抱えたままがいいのか。全てが私の知るような男で無いのは分かってるし、恋愛も堕落させるだけじゃないのも分かってる。だが、そうじゃないのもある。やはり醜い男や、人を駄目にする恋愛もある。今まで一辺倒だったせいか、もう一方を上手く受け入れられないんだ」
今までにない弱気な発言。水瀬莉緒という人格が揺らいでいるのが、伝わって来た。
彼女は本気で悩んでいるんだ。そんな彼女に、俺はどう言葉を掛けたらいい?
「……これから、知っていけばいいんじゃないかな?」
気が付くと、そんな言葉が口から出ていた。
水瀬が腕を退かし、俺の目を見据える。
「今までの経験で、水瀬は今の考えを強く刻んだんだろ? だったら、これからの経験で新しい考えが浮かぶかもしれない。そうすれば、自ずと考えが纏まるんじゃないか? 焦らずゆっくりと、視野を広げて行けばいいさ。人は苦悩しながら成長していく生き物なんだからさ」
「……だが、そう簡単に知れるだろうか? どうしても男には偏見を抱いてしまいそうだ。それが、新しい結論を妨げてしまうかもしれない」
「大丈夫だと思うぜ。だって、俺達と関わって考えが揺らいだんだろ? なら、しっかり受け入れられるさ。これからの事も」
「そうだろうか……だが、そうだな」
小さな笑い声を吐き出すと、水瀬は体を起こし、突然自分の頬を叩く。
「確かに、それしかないのかもしれないな。知っていって、受け入れるしかない。少しずつ、な」
「ああ。応援するぜ」
「勝手にしろ。ただ別に、知ったところで私の男嫌いが直る訳では無いだろうがな」
「あ、そこはそうなのね」
「当然だ。例えどんな存在であろうと、やはり男は好かんからな」
まあ、それはそうだろうな……考えを改めても、嫌いなものは好きになれないわな。せいぜい過剰な部分が無くなるぐらいか。
「…………ありがとう」
「へ?」
突然の感謝の言葉に、つい素っ頓狂な声を返してしまう。
「この事を誰かに話したのは、初めてだ。なんだか……胸の重みが無くなった気分だ。だから……感謝する」
「いいさそれぐらい。なんだったら、今後も相談に乗るぜ」
「そ、それはいい。お前もそこまでする義理は無いだろう」
「そうかもだけど……事情知ったからには、放っておけないだろう?」
「お前……フッ……お前は、とことん私の考えから外れた男だな」
その時、俺は初めて見た。
とっても綺麗で可愛らしい、彼女の純粋な笑顔を。
水瀬の奴……こんな風に笑えるんだな。
「――あーらあらー? ちょっと目を離した隙に、なんだか良い雰囲気じゃなーい?」
彼女の笑顔に目を奪われていると、不意にリビングの外から笑いの混じりの声が飛んで来る。
「か、母さん!? いつから……!?」
「何よ莉緒ぉ。全然良い感じじゃなぁい。やっぱり付き合ってるんでしょ?」
「だから違うと言ってるだろう! いい加減にしてくれぇ!!」
「ハハハッ……」
何はともあれ、水瀬が元気になったようで何よりだ。とんだお見舞いになったな……
「じゃあ、俺はこの辺で……」
「あら帰っちゃうの? 折角だから夕飯食べて行ったら? 今からお赤飯炊いちゃうから」
「炊かんでいい! 月村! さっさと帰れ! また明日!」
「……ああ、また明日」
口論を続ける水瀬親子に別れを告げ、俺は水瀬家を後にした。
◆◆◆
「――今、少しいいか?」
その翌日。昼休みに屋上で、いつもの面子で昼食を食べているところに、水瀬が訪ねてきた。
「え、何々? 零司、お前何やらかしちゃったの?」
「何もやらかしてねぇよ……何か用か?」
「これを返しに来た」
そう言って、水瀬は紙袋を俺に渡す。
中を覗くと、そこには青色のパーカーが一着。
「あの時、借りたまま帰ってしまったからな。しっかり洗ってあるから、安心しろ」
「そういえばそうだったっけ……わざわざありがとな」
「え? え? 何借りたとか洗ったとか。え、何? お前水瀬ちゃんといつの間にそういう関係になっちゃった訳?」
「そういうってなんだよ……そんなんじゃねぇから……ん?」
紙袋の中に、パーカー以外の何かが入っている事に気が付き、それを取り出してみる。
「これって……」
「クッキーだね。しかも手作りっぽい」
「美味しそう……これ、水瀬さんが?」
火鈴の質問に、水瀬は無言で頷く。
「え、どういう事? 何がどうなれば女子の手作りクッキーが貰えんの? 今日って平日だよね? 零司、お前マジで何やらかしたの?」
「だから何もやらかしてねぇって……水瀬、これなんだ?」
「……礼だ。言っただろう、私は借りた恩は返さないと気が済まないと」
「礼って……なんの?」
「……色々だ」
数秒間を空けてから、水瀬は口元を手の甲で隠しながら答えた。
「お前には、色々と世話になったからな。だから……それを全部ひっくるめての礼だ」
「……そっか。ありがとうな、水瀬」
「……よ、要件はそれだけだ! ……ではな」
クルリと踵を返し、水瀬はそそくさと俺達の前から姿を消す。
「……お前、やりやがったな」
直後、海が信じられないと言った風に目を見開き言う。
「何がだよ……」
「お前夢原ちゃんという子がいながらさぁ……やっぱ水瀬ちゃん口説き落としてんじゃねぇか! このジゴロ! 訴えてやる!」
「はぁ!?」
「ほ、ホントなの零司君!? もしかして、水瀬さんの事が好きなの!?」
「違う違う違う! 海、お前何言い出してんだ!」
「だって水瀬ちゃんすんごい雰囲気変わってんじゃん! お前に心オープンじゃん! 攻略完了の感じプンプンですやん!」
「そ、そんな訳……」
ふと、水瀬の顔が脳裏に浮かび上がる。彼女の見せた笑顔や、雨の日のあの顔が。
「無い、と、思、う……」
「自信無くしてんじゃねぇよバァカ! 何が恋愛しないだ! 青春街道一直線じゃん! 全国の恋愛したくても出来ない男子共に謝れ! 俺に
「ねぇどーなの零司くーん!」
ギャーギャーと騒ぐ火鈴と海に挟まれ、俺は逃げ出したい一心に駆られながら、耳を塞いだ。
水瀬に限ってそんな事は無いとは思うが、万が一そうだとしたら……俺の学園生活は、さらに大変な事になりそうだ。
莉緒編はここで一旦完結です。
彼女が落ちたのかは、今後明らかになる……かも。