恋愛不適合者達の恋愛事情~恋愛しないと決めたのに、見知らぬ美少女に告白されて望まぬ青春がやって来た~   作:藤龍

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人見知りの理由

 

 

 

 

 

 ゴールデンウィーク前日。

 連休前、最後の授業が終わり放課後を迎え、多くの生徒が明日からの長期休暇に備えて自宅へと帰る中、俺は校舎内を移動していた。

 

 目指しているのは図書室。目的は先日借りた本の返却だ。

 

 ほぼ無人の廊下を通り抜け、目的地に到着。中に入るとカウンター席には何時ぞやの図書委員の女子が。

 彼女は俺を確認すると、露骨に物憂げな顔を見せる。

 

 先日までの件で、完全に問題児認定されてるな……元はといえば海のせいなのにさ。

 

 早めに用事を済ませてしまおうと、俺は要件を彼女に伝えて、本の返却を早々に終わらせる。

 

 これで目的完遂。さっさと図書室から立ち去ろうとした、その寸前。

 図書室の隅の方の席に、見覚えのある姿を見つけ、つい足が止まる。

 

 あれは……間違えない、木野だ。どうやら一人で読書をしているらしい。

 放課後も図書室に居るのか……本当に本好きなんだな、木野の奴。

 

 ふと、読書に集中していた木野が顔を上げる。その瞬間、俺と彼女の視線が重なる。

 俺の存在に気が付いた直後の事だった。木野はビックリしたのかピンと背筋を伸ばす。その拍子に体勢を崩したのか、彼女はそのまま椅子ごと後方に倒れ込んでしまった。

 

「え、ちょお!?」

 

 思わぬ展開につい素っ頓狂な声がこぼれる。慌てて彼女の下まで駆け寄り、無事を確認する。

 

「大丈夫か木野!? 思いっきり頭から落ちたけど……」

「は、はい……」

 

 小さいがハッキリとした返事に、ホッと胸を撫で下ろす。

 ひっくり返ってしまった亀のような状態になった木野に手を伸ばし、そのまま彼女の小さな体を引っ張り上げる。

 

「怪我とかしてないか?」

「う、うん……その……あ、ありが、とう……」

「そっか、よかった。しかしまさか椅子ごと真っ逆さまとは……驚いたよ」

「ご、ごめん、なさい……」

 

 見られたのがよっぽど恥ずかしかったのか、ただでさえ常に赤みがかってる木野の頬がさらに紅潮していく。

 

 見掛けただけであそこまでビックリするとは……本当に人見知りなんだな。いや、もはや人見知りってレベルを優に超えてるかもしれんな。

 

 まあ、人にはどうしても苦手な弱点はあるものだ。そこを責めてしまうのは可愛そうだし、失礼だろう。あまり追及するような真似は止めておこう。

 

 とりあえず……この気まずい空気をなんとかしないとな。何か別の話題に切り替えて、誤魔化さないと。

 

「あ、そういえば……」

 

 木野と話すのに丁度いい話題があった。これなら木野も乗り気になってくれるかもと、俺は早速彼女にその話題を振った。

 

「こないだ木野がオススメしてくれた本だけどさ、全部読み終わったよ」

 

 そう俺が口にした矢先、木野の目の色が変わる。

 

「ほ、本当!? ど、どう、だった……?」

「ああ、凄い面白かったよ。まさかってシーンが伏線になってたりして、思わず読み返しちゃったぐらいだよ」

「そ、そうなの! 一回目も面白いけど、二回目は違った視点で見れて、二度おいしい作品で……」

「そうそう。あー、ここはそういう事だったのかーとか、このシーンにそんな意図があったのかーとか、同じシーンでも全然飽きなかったよ」

「う、うん! この作者さん、本当にそういう話作りが上手で、続編はもっと緻密に作られてて……」

「へぇー、そうなのか。じゃあ続きも借りて……いや、いっそ買っちゃおうかな」

 

 思ってた以上に会話が盛り上がり、先ほどまでの空気はあっさりと消え去ってしまう。

 

 その後もしばらく、俺と木野の談議は続いた。

 少したどたどしさが残りつつも、まるで別人のように嬉々とした表情で話す木野。そんな彼女に釣られて、つい俺も興に乗ってしまう。

 

 気が付くと、彼女との会話は十分以上の時間が経っていた。

 

「ふう……思わず長話しちゃったな。でも、楽しかったよ」

「わ、私も、楽しかった……本好きな人とお話するなんて、滅多に無いから……」

 

 木野は指を絡ませながら、照れ臭そうで、それでいてどこか嬉しそうなフニャっとした笑みを口元に浮かべながら俯く。

 

「……私、こんなにいっぱい人とお話するの、初めてかも」

 

 胸元に手を当てながら、木野はポツリと呟く。

 

「わた、し……人見知りだから、人と上手く、話せなくて……」

「でも、本の話になったらいっぱい話せるじゃないか」

「う、うん……本、好きだから……でも、普段はあんまり、本のお話なんてしないし……本好きの知り合いも、居ないから……」

 

 キュッと胸元に当てた手を握り締め、白いブレザーにシワを作る。

 

「だ、だから……こうしてつ、月村、君……と、本のお話いっぱい出来て……嬉しかった。だから、その……あ、ありがとう……!」

 

 木野は目を逸らしながらも、懸命なお礼を送る。

 俺はその謝礼を素直に受け止め、「どういたしまして」と一言返す。

 

「……これなら、頑張れるかな」

「ん? 何がだ?」

 

 木野の呟きにそう返すと、反応されると思ってなかったのか彼女はビクッと肩を弾ませる。

 しばらくキョロキョロと視線を泳がせた後、木野は細々とした声で応えた。

 

「こ、今度の、ゴールデンウィークの事……」

「ゴールデンウィーク……遊園地の件か?」

 

 コクリと、木野は上半身を大きく使って頷く。

 

「そういえば……不思議に思ってたんだよな。木野が遊園地に行くって言った事」

 

 聞いて良いか一瞬迷ったが、思い切って問い掛ける。

 

 木野は見ての通り重度の人見知りだ。人が大勢居る遊園地なんて、彼女にとっては軽い地獄だろう。

 それに少し申し訳ないが、大勢で外出するなんて、彼女には少し荷が重い気がする。知り合ってそんなに話した訳ではないが、それぐらいはなんとなく察せる。

 

「間違ってたら悪いけど……もしかして、無理してないか? その……断れない空気に流されて、みたいなさ」

「……正直、ちょっと、思ってる」

 

 細々とした声で、木野はそう言った。

 

「人混みは苦手だし、みんなと遊ぶのも……ちょっと、気が重い……でも、私……克服、したいから」

「人見知りを?」

「うん……このままじゃ駄目だって、分かってる……だから、少しでも前に進む為に……挑戦、しようって……!」

 

 なるほど……だから遊園地に行くって決めたのか。少しでも人付き合いに慣れる為に。

 

「そっか……悪いな、変な事聞いて」

「ううん……月村君に聞いてもらったお陰で、ちょっと、頑張れる気がしてきた。ありがとう、ね」

「ならよかった。俺も応援するよ。今度のゴールデンウィーク、良い一日にしようぜ」

「そう、だね」

 

 と、彼女は力の無い微笑みを浮かべる。

 

 木野は胸に手を添えて、うずくまるように身を屈める。

 

「大丈夫……私、頑張れる……頑張らなきゃ……頑張らなきゃ……」

 

 まるで暗示のように、何回もそう口にする木野。

 

 ……本当に、無理してなきゃいいんだが。

 

 

 

 それからしばらくして、俺は木野と別れて、図書室を後にした。

 

 校舎を出て、一人で帰路を進んでいると、正面からジャージ姿の女子が走って来るのが見えた。

 ランニングでもしてるのだろうかと、脇に逸れて道を譲ろうとしたその時だった。

 

「あれ? よく見たら月村じゃん」

 

 そのランニング女子が声を掛けて来た。顔を上げて確認すると、その女子は小林だった。

 

「お前……何してるんだこんなとこで」

「日課のトレーニング! 毎日十キロは走んないと体が鈍っちゃってさー」

「十キロって……お前スポーツマンだな」

「ちょい、そこはスポーツウーマンでしょ。アタシは立派なレディですよーだ」

 

 立派なレディは人にドロップキックを食らわせないと思うがな。

 

 小林は額の汗を拭い、腰から下げたペットボトルを取って思い切り喉に流し込み、ぷはぁー! と、レディらしからぬ豪快な一声を上げてから、再度俺に話し掛ける。

 

「で、あんたはここで何を?」

「いや、帰宅中だけど」

「あんた今帰り? 部活にしては早くて、帰宅部としては遅い……そんな中途半端な時間に?」

「いいだろ別に……ちょっと図書室に寄ってたんだよ。で、そこでちょっと木野と話して、盛り上がってさ」

「へぇ、灯と。……えぇ!? 話!? 盛り上がったの!?」

 

 急に小林の声量が普通から極大に跳ね上がり、咄嗟に耳を塞ぐ。

 

「うるせぇ……」

「あ、ごめんごめん。ビックリしちゃって……そっか……灯が話を……」

「そんなに驚く事なのかよ?」

「そりゃそうよ! あの一件以降、灯がアタシ以外の人と進んで会話するなんて無かったしさ」

「あの一件?」

 

 あっ、と小林がしまったと言わんばかりに口元を手で隠す。

 

「……忘れてって言ったら、忘れてくれる?」

「そんな気になる言われ方して無茶言うな……まあ、極力努力はするよ」

「あー……ああ、なんかそれこっちがモヤモヤする! だから言うわ! 灯には内緒にしてよね!?」

「勝手な……分かったよ。約束する」

 

 ゴホンと咳払いを挟んでから、小林は腕を組んで語り始める。

 

「灯はさ、昔から気の弱い子だったんだ。大人しくて、あんまり口数も多くなかった。それでも、そこそこお話が好きではあったんだ。幼稚園の頃は、割かし友達も居た。少なくとも、あそこまで人と接するのが苦手ではなかったよ」

「そうなのか……じゃあ、何かがあったんだな? 人と接するのが苦手になった理由が」

「まあね。つっても、よくある事だと思うな」

 

 物悲しそうな笑みをこぼしながら、小林は話を続ける。

 

「あれは確か、小学校低学年の頃。アタシ達のクラスで、作文の発表会があったんだ。で、当然灯も自分の作文をみんなの前で発表したよ。……それがキッカケで、灯はああなっちゃった。つまるところ、盛大にとちったんだよね、あの子」

「とちったって……?」

「あの子相当緊張してたみたいでさ。作文発表の時、めちゃくちゃ噛みまくって、全然上手く行かなかったんだよね。それに加えて作文自体、言葉を間違ってたりしててさ。そこを先生に指摘されたり、クラスのみんなに笑われちゃったりしたんだよね」

 

 恐らく、当時を思い出したのだろう。小林は悲しそうに目を細める。

 

「もちろん当時はみんな子供だし、悪気は無かったんだろうし、正直アタシも……ちょっとだけ笑っちゃった。当時の自分をぶん殴ってやりたいよ、全く」

「……それが原因?」

「うん。そういうのを笑い話に出来ればいいんだけどさ、あの子はそれが出来なかった。それがトラウマになっちゃったみたいでさ。人の視線を怖がるようになって、喋る事を怖がって……アタシ以外には、滅多に心を開かなくなった」

 

 そういう事か……また笑われてしまわないか、そういう不安から、木野は人を怖がるようになってしまったのか。

 

「どうにかしてやりたいけどさ、こういうのは他人がどうこう出来る事じゃないしさ。結局は、あの子が頑張るしかないから。見守る事しか出来ないのは、心苦しいよ」

「そっか……木野も、トラウマを抱えてるんだな」

「……その口ぶり、あんたもなんかトラウマ持ち?」

「まあ、な。こっちもちっぽけな事を恐れている。だから……ちょっと分かるかな、木野の気持ち」

「そっか……ねぇ月村。よかったら、あの子の力になってやってよ」

 

 真っ直ぐこちらを見つめながら、小林は真面目な口調でそう言う。

 

「あの子があんたと話したっていうなら、ちょっとは心開かれてる証拠だ。だからさ、気が向いたら相談事とか乗ってやってよ」

「お前じゃ駄目なのか?」

「あー、アタシはそういうの駄目だわ。デリカシー無いからさ。でもあんたは、そういうの意識出来そうな空気あるし。灯も無意識それを感じ取ったから、話が出来てるのかもね」

「なんだそれ。まあ、機会があったらな」

「サンキュね。……あーあ! なんか湿っぽい話になった!」

 

 沈んだ気分を誤魔化すように叫ぶと、小林は体を伸ばしてせっせと足を動かす。

 

「これ以上は体冷えちゃうし、アタシは行くわ! じゃあ月村、今度のゴールデンウィーク、楽しみにしてるよー!」

 

 手を振りながら、小林はその場から走り去る。

 

 力になって、か……小林、友達思いなんだな。

 

 何が出来るか分からないけど、乗り掛かった舟だ。出来るだけの事はしてやろう。とりあえず今度のゴールデンウィーク、彼女の努力をサポートでもしてあげようかな。

 

「……まあ、それなりに意識しとくか」

 

 

 

 

 

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