恋愛不適合者達の恋愛事情~恋愛しないと決めたのに、見知らぬ美少女に告白されて望まぬ青春がやって来た~ 作:藤龍
色々な衝撃に頭が混乱して、彼女が一瞬何を言っているのかが分からなかった。
今、この子はなんて言ったんだ? 惚れました? 付き合って下さい? ……なんで?
確かこの女の子、今し方渡り廊下から落ちてきて死にかけたんだよな? なのに本人は全く怖がってないし、むしろこの状況に歓喜しているような目をしていて、俺に告白してきた。今さっき出会った、名前も知らない俺に。…………なんで?
訳が分からなかった。もしかしたらさっき俺は受け止めるのに失敗して、そのまま気を失って夢でも見てるのかもしれない。そう思ったが、全身に走る痛みと痺れがそれを否定している。
「……ちょっと一旦降ろすね」
とりあえず頭を整理する為に、恐らく前代未聞の渡り廊下から落下後告白をかました彼女を降ろし、こめかみを押さえて思考を回転させる。途中、目の前に立った彼女の姿をゆっくりと観察してみる。
茜色の髪を、小さな鈴が付いた髪留めでまとめたポニーテールが特徴的な女の子。身長は平均的。スタイルはそれなりに良し。顔は……改めて見るとかなり美人だ。丸顔で少しだけ幼さがあり、可愛らしい。……というかさっきから、俺の事を憧れのアイドルのようにキラキラした目で見てるんだけど。
うん、やっぱり見た事無い子だ。一体何がどうして死の淵に立った直後に突然告白してきたんだ。……いや、もしかしたら俺の聞き間違えかもしれない。俺も動揺してたし、相手もそうかもしれない。よし、ワンモアだ。
「ごめん……その、さっきのもう一回言ってもらえるかな?」
「惚れました! 付き合って下さい!」
オッケー、一字一句間違ってなかった。俺は至って正常だったようだ。でも彼女はちょっとおかしいかな。初対面の人に最初に言うべき言葉は初めましてだ。5~6ステップ先だなそれは。
「あー……えっとだな……どういう意味かな、それは」
「言葉の通りです! 私、あなたに惚れちゃいました! だから私と恋人になって下さい! 私の白馬の王子様!」
「うんっと……悪いけど、俺は白馬野王子って名前じゃないんだ。八王子辺りに居るんじゃないかな、その人。王子さんだし」
「いいえ! 私にとっての白馬の王子様はあなたです! だから是非、私とお付き合いを!」
うん、話が延々と繰り返してる。イカンな、全然進展しない。こっちも何が何だか分からなくて、頭が上手く回らない。良く見たら凄い周りの視線が集まってる。めっちゃ注目されてる。帰りたいんだけど。
「あ、そうだ! お名前、なんて言うんですか! 是非教えて下さい!」
が、相手はそんなの気にする様子は無く、さらにグイグイと迫って来る。燦々と輝く茜色のまん丸な瞳が近付き、俺の顔を凝視する。
誰か助けてくれ――そう胸の内で叫んだその時、俺の祈りは届いた。
「あ、名乗るならまず私からですよね! えっと私は、ゆめは――イタァ!?」
不意に、彼女のマシンガンのような言葉が悲鳴と共に途絶える。
「はぁ……なーにやってんのよ、あんたは」
続いて違う女性の声が、彼女の背後から聞こえて来る。いつの間にか、彼女の後ろに新たな女性が立っていた。彼女と同じ白いブレザー制服を身に纏った、黒髪ロングの大人びた雰囲気の女子生徒だった。
「イタタタ……もう! なんでいきなりチョップなんてするの!」
「あんたが暴走してたからでしょうが。全く……いきなり渡り廊下から落ちて、心配して駆け付けてみたら見知らぬ男に言い寄ってるって……どーいう事よ本当」
「仕方ないよ! 恋は唐突! チャンスは一瞬だもん!」
「時と場合選べ、暴走機関車。ほら、相手の子も困ってるでしょ」
と、ポカーンと呆ける俺を指差す。
「いやー、ごめんなさいねこのお馬鹿さんが。迷惑だったでしょ?」
「え!? あー、いや、そのー……なんといいますか……」
「まあ、とりあえずここは一旦互いに頭を冷やしときましょう。という訳で、行くよ
黒髪ロングの女子が、ポニーテール女子の腕を掴む。
「ちょ!? 離してよ
「はーいはい。その王子様も考える時間必要だから、後でゆっくりねー。ていうか、休み時間終わるし」
彼女が言うのと同時に、予鈴のチャイムが鳴り響く。周囲のギャラリー達が慌てて校舎内に戻り始める。
「と、いう訳で君。放課後にこのお馬鹿連れて話に行くからさ。悪いけど、付き合ってもらえるかな? 多分、この子本気ではあるだろうからさ」
「えっ、と……はい……」
「ありがと。さ、戻った戻った」
「はーなーしーてー! 私の王子様ぁーーーーーーー!!」
やがて二人の姿は校舎内に消え、俺は呆然としたままその場に取り残された。
「……なんか、凄かったな」
唯一、その場に残って一部始終を目撃していた海が、苦笑しながら話し掛けてくる。
「とりあえず……赤飯でも炊く?」
「…………いらねぇよ」
◆◆◆
衝撃的な告白から数時間。結局なんの謎も解けずに、悶々としたまま放課後がやって来た。
「あの子達、放課後話に来るって言ってたけど、どうなのかね?」
多くの生徒が帰り支度を進める中、俺は海と一緒に自分の席に頭を抱えて座っていた。
「どーだ? ちょっとは整理出来たかー?」
「……正直全然。あんなの、正常に把握せよって方が無理だろ。お前、渡り廊下から落ちてきた見知らぬ女子に告白された事ある?」
「まー無いなそんなの。でも、何はどうあれあんな可愛い女子に告白されたんだぜ? それだけで万々歳だろーが」
「能天気で良いなお前は……実際されてみろ。嬉しい恥ずかしい以前に困惑の大きさが半端ないから。別の意味でどうしてだから」
でも海の言う通り、状況がどうであろうと、俺は彼女に告白されたのだろう。
告白か……女子との関りを一切断ち切ると決めた直後にこれだよ。いや、あんなの誰にも予測出来ないか。しかし、どうしたものか……
「――おー、居た居た。隣の教室だったかー」
すると廊下の方から、聞き覚えのある声が耳に流れ込んでくる。顔を向けると、先刻の黒髪ロングの女子が入口前に立っていた。その後ろから、例のポニーテールの子が顔を出す。
「居たぁ! 王子様ぁー!」
そのまま彼女は俊敏な動きで、飛び込むように廊下から教室に入り――制服の襟を掴まれ、急停止する。
「ぐへぇ!? ゲホッ、ゲホッ……! 何するのぉ!」
「いきなり暴走するなっての。話がややこしくなるでしょ? あくまで冷静にオッケー?」
「ううっ……はーい……」
「うん、よろしい。という訳で話に来たんだけど、良いかな?」
「あ、は――」
「全然オッケーすよ!」
俺が返すより、何故か海が先に返事をする。
「なんでお前が返すんだよ……」
「いーじゃん別に。あ、面白そうだから俺も付き合うぜ」
こいつ楽しんでるな……他人事だと思って。まあ、正直有り難い。この状況を一人で乗り切るのはシンドイ。
「ん、ありがと。じゃあ、お邪魔しますねー」
二人はそのまま教室に入り、俺の席の周りに椅子を並べて座る。他の生徒は空気を呼んだのか次々と出ていき、教室は俺達四人だけになる。
どことなく緊張した空気が流れる中、最初に口を開いたのは、恐らくこの中で一番、そして唯一の常識人であろう黒髪ロングの女子。
「さてっ、と。まずは何から話そうか。とりあえず……自己紹介から始めようか」
「はい! だったら一番手は俺行きまぁす!」
と、一番の部外者が真っ先に挙手。しゃしゃり出るなよややこしい……
「俺の名前は
「そっか、明坂君か。よろしくねー」
すげぇ、サラッと流した。雰囲気から察せたが、大人だなこの人。
「じゃあ、次は例の白馬の王子君。お願いね」
「そ、その呼び方止めてもらえます? えっと……
「零司君……素敵な名前……」
例の白馬の王子の名付け親が、うっとりとした目付きで俺を見る。自己紹介でこんな反応されたの初めてだ。
「ほーら、うっとりしてないで、次あんたの番」
「あ、うん! 私、
「あー……よ、よろしく、火鈴」
とりあえず提示された選択肢から一番まともなのを取る。それでも火鈴は大いに満足のようで、愉悦に浸るような表情を浮かべる。
彼女には悪いけど……なんか疲れる。
「はぁ……じゃあ、最後は私だね。私は
「……助かります」
まともな人が居てくれて助かった……今日はこの人に頼ろう。
「さて、自己紹介はこれで終了だね。じゃあ話を進めるとして……何が聞きたい?」
「はい! 好きな男子のタイプが聞きたいです!」
「空気の読める大人しい人かなー。はい月村君」
サラッと海にタイプじゃない宣言してから、音無さんは流れるように俺に質問するように促す。
「じゃあ……夢は……じゃなくて、火鈴」
「はい零司君! じゃなくて、ダーリン!」
「前者でお願いします。その……さっき、火鈴は俺にいわゆる……告白をしたって事で良いんだよな?」
その質問に、火鈴は満面の笑みを浮かべながらコクコクと頷く。
「それは分かったけど……いや、正直言うと色々分からないんだが……俺達、その時初めて会って、一言も会話してないよな? それなのに告白って、どうしてだ?」
「まあ、当然の疑問だよね。良い火鈴? 冷静に、しっかりちゃんと答えるのよ?」
「分かってるって! 私そこまで子供じゃないから!」
深呼吸を挟んでから、火鈴は俺を真っ直ぐ見つめながらその理由を語り始めた。
「私……ずっと、白馬の王子様に憧れてたの。私の前にも素敵な王子様が現れないかなーって、ずっと祈ってたの。でも今までそんな人は全然私の前には現れなくて……でも! 今日あの瞬間! 私の前に望んでいた王子様が現れた! それが零司君なの! その瞬間これは運命だって感じて、告白したの!!」
「…………なるほど。音無さん、通訳お願い出来るかな。理解は出来そうだけど、なんか上手く理解出来ないや」
「りょーかい」
苦笑しながら、音無さんは肩を竦める。
「この子、いわゆる少女漫画みたいな? そういう恋愛に憧れてるの。ドラマチックというか、そういう普通とは違う素敵な出会いってのを夢見てた訳。で、どうやらさっきの月村君が火鈴が落ちたところを助けてくれたやつ。あれが火鈴の理想的な出会いってやつにドンピシャだったみたい」
「ほー。つまり簡単に訳すとあれか? 命の危機を助けてもらって一目惚れしました! って感じか」
海の要約に、音無さんは「そーいう事みたい」と頷く。
「かーマジか! なら俺が助けてればよかったぁー! 千載一遇のチャンス逃したなー! 羨ましいぞチクショー!」
「……とりあえず、理由は分かった。でも、なんだ……だからっていきなり告白するか? 初対面も初対面だぞ?」
「それだけ私にとって、あれは運命の出会いだったの! もうこの人しか居ない! この人こそ、私の運命の人! もう告白するっきゃないって! そう思ったら、叫んでたの!」
よくもまあ……命の危機に瀕した状況でそんな思考回路になるもんだ。この子相当な恋愛脳だな。
「そんな大事な選択、その場の勢いで決めて良いのか?」
「大丈夫! 私と零司君、運命の糸で繋がれてるはずだもん!」
「はい?」
「きっとあの時渡り廊下の手すりが壊れたのも、神様の悪戯……ううん、恋のキューピットの恵み! そして零司君が真下に居たのも偶然じゃなくて必然! 運命の糸は二人を巡り合わせ、あの出会いを起こした! そこから始まる、二人のラブストーリー! 私と零司君は次第に距離を詰めて、令和時代最高のカップルと呼ばれるほどの関係になって……はぁぁ……す・て・き……」
火鈴は紅潮した頬を両手で挟みながら、体をクネクネ動かす。
「あのー……火鈴さん?」
「あー、こりゃ駄目だ。完全に自分の世界に旅立ってる。ごめんねー、この子ちょっと妄想癖なとこがあってね」
「も、妄想ですか……?」
「そ。ずっと運命的な恋愛に憧れてたけど、そんな経験が今まで無かったから。妄想だけが飛躍してね。今では立派な妄想のプロよ」
「はぁ……」
「うへへぇ……駄目だよ零司くぅん……まだ四人目が生まれたばっかりなんだから、五人目はもうちょっと後になったらだよぉ……」
打ち切り漫画並みのスピードで脳内ストーリーが進行してるよ。飛躍し過ぎじゃないかな? ていうか子供多いなオイ。
このまま行くと老後どころか、来世辺りまで話が進行しそうだ。早めに打ち切っておかねば。
「火鈴さーん! 戻って来て火鈴さーん!」
「ハッ!? どうしたのお爺さん!? じゃなかった、零司君!」
よかった、どうやら老後編で終わったようだ。……よくねぇよ。
「はぁ……ともかく、そっちの気持ちはまあ、なんとなく分かった」
「本当!? じゃあ、お付き合いしてくれる!?」
「……悪いけど、それは出来ない」
「ええっ!? どうして!?」
「どうしてって……第一、俺達はさっき名前を知ったような間柄だ。互いの事も知らないのに、付き合うなんて論外だろう。それに――」
俺はもう、恋愛なんてしないって決めてるんだ。だから悪いけど、君とは付き合えない――そう火鈴に告げようとした寸前、突然彼女は席を立った。
「ど、どうしたの……?」
「そっか……そうだよね。うん、零司君の言う事、確かに分かるよ」
「……それならいい。つまり――」
「つまり……まずはお友達からって事だね!」
「そうそう…………うん?」
ちょっと思ってたのと違う答えに、言葉が詰まる。
「運命的な出会いも大事だけど、やっぱり愛を育むには時間も大事だよね! 互いの事をよく知って、愛情を深めて行く! これこそ、本当の恋愛だよね!」
「あ、いや、確かにそうかもしれないけど……俺はだな……」
「これからの学園生活の中で、私と零司君は色んな事を経験して、互いの愛を深めて行って……そしてやがて、成熟した愛をぶつけ合って、真実の愛を手にする!」
「あのー、話聞いて……」
「そうと決まればこうしちゃいられない! これからどうやって零司君との愛を育んで行くか、家に帰ってじっくり考えないと!」
そう一人で話を完結させると、火鈴は教室の外に飛び出る。
「ちょ!? 火鈴さーん!?」
「じゃーね零司君! これから、末永くよろしくねー!」
元気いっぱいなその言葉を残して、彼女はそのまま姿を消してしまった。
「……マジかよ」
「アハハ……いやー、ごめんね。あの子、思い立ったら即行動な子だから」
「それは大体分かりました……肝心な事、話せてねーよ……」
「ま、私からも色々注意しとくよ。また話に来ると思うからさ。その時はよろしく」
「はい……ありがとうございます、音無さん」
「さんは付けないでいいよ。敬語も不要。……ま、あれだ。あの子、あんなんでも凄い本気だろうからさ。良ければ相手してやってよ。良い子だから、さ」
照れくさそうな笑顔を見せながら、音無さん――もとい、音無も教室を後にした。
「なんつーか、保護者って感じだな、音無ちゃん」
「そうだな……はぁぁ……しかし、どうしたもんかな……」
「なーにため息ついてんだよ。いいじゃねーか別に。付き合ってやったらどうだ? 夢原ちゃん、可愛かったじゃん」
「そうかもしれないけど……知り合ったばかりだぞ? というかそもそも、俺は誰かと付き合うなんて……」
「まーたそれか」
呆れたようなため息を吐き、海は頬杖をつく。
「いつまでもそうはいられねーだろ? 良い機会なんじゃねーの? お前が変わる、さ」
「…………そう簡単に変われたら、苦労しねーよ」
とにかく、今度はしっかり彼女に伝えよう。俺は、誰とも付き合う気が無いんだって。