恋愛不適合者達の恋愛事情~恋愛しないと決めたのに、見知らぬ美少女に告白されて望まぬ青春がやって来た~   作:藤龍

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望む言葉 後編

 

 

 

 

 昼食も食べ終わり、俺達はアトラクション巡りを再開した。

 

 昼前同様、スタンプラリー対象のアトラクションを中心に巡り、着々とスタンプを集めて行きながら、思う存分遊園地を満喫する皆。

 

 そんな中、木野だけはどこか浮かない顔をしていた。

 やはり当初の目的を思うように実行出来ずにいるせいで、あまり楽しめていないようだ。

 

 度々、彼女が頑張って自分から発言しようとした場面はあった。

 だが声を発する事は出来ずに、結局他の者の発言に埋もれてしまい、その意見に合わせて自分の意思を心の底に閉じ込めてしまう。そんな事が、もう何回も繰り返されていた。

 

 俺もどうにか力になってやろうとしたが、どうにも上手く行かなかった。

 あまり目立つ方法は彼女も望まないだろうし、出来る限りさりげなく彼女に助力しようと試みているが、これが案外難しい。

 

 そんなこんなで、正直俺もこの遊園地巡りを完全に堪能出来てはいなかった。

 

「結構色んなとこ回ったなぁ……次はどうする?」

「そうね……例のスタンプラリー対象のアトラクションだと……一番近いのは、あれだね」

 

 音無が差した先にあったのは、大きなジェットコースターだった。

 

「おお、ジェットコースター! 鉄板だね!」

「まさに遊園地の花形だよな。ところで、みんなは絶叫系はどうなのよ?」

「私は大丈夫だよ。むしろ大好き!」

「私も特には」

「なーんだそうなのか。折角弱った女子に大丈夫かい? って優しくして好感度アップ作戦が出来ると思ったのにさぁ」

「抜け目無いわねぇ」

 

 音無が呆れたように肩を竦める。

 

「じゃあ、次はあれにする? みんないいかな?」

 

 音無の提案に、誰も異議を上げない。

 

 だがその時、小林が微かに視線を動かす。その先に居たのは、木野だ。

 

 俺も釣られて彼女に目をやると、ある事に気が付いた。

 

 微かにだが、木野の体が震えていて、目が怯えているようだった。

 

 もしかして……絶叫系、苦手なのか? なら、どうして言わないんだ?

 

 ……いや、そんなの決まってる。言えないんだ。自分は嫌だって言えないんだ。

 みんなはもう乗り気で、そんな中一人だけ辞退したら、きっとみんなに気を使わせるって、空気を悪くしてしまうって、そう思ってるんだ。木野は、きっとそう考える奴だ。

 

 だったら……そうならないように、力添えしてやらないとだな。

 

「……悪い。俺、残ってるわ」

「えっ!? 零司君、乗らないの!?」

「ああ。俺、ジェットコースターちょっと苦手だからさ」

「そうだっけ? お前別に大丈夫なんじゃ――」

「へー、月村ジェットコースター苦手なんだ。って、そういえば灯もあんまり得意じゃなかったっけ?」

 

 海の言葉を遮りながら、小林がそう口にする。

 

「えっ!? あ、う、うん……」

「じゃあ、二人はちょっと待っててよ。ちゃっちゃと楽しんで、ちゃっちゃと帰ってくるから!」

「えー、零司君が乗らないなら、私も……」

「そんな事言って、火鈴ジェットコースター凄く楽しみにしてたでしょ? 後悔しない為にも、乗っときなよ」

「うー……確かにそうだけど……」

「俺達の事はいいから、行って来いよ」

 

 残念そうに口をすぼめながら、火鈴はコクリと頷き、そのまま他の三人と一緒にジェットコースターの方へ向かった。

 

 小林……それに多分音無も、フォローしてくれた感じかな。流石、察しの良い奴だよ。

 

「あ、えっと……」

 

 皆の姿が見えなくなると、木野が細々とした声を上げる。

 

「気にしなくていいよ。実際、ジェットコースターはそんなに得意ではないから」

「……ごめん、なさい……」

「……とりあえず、座ってようぜ」

 

 近くのベンチに向かって移動して、腰を下ろす。木野も隣に距離を置いて座り、そのまま黙って俯く。

 

「……頑張るって、決めたのに……私、何にも出来てない」

 

 ふと、木野がポツリと呟く。

 

「……木野は、どうして頑張ろうって思ったんだ? 人見知りを直したいってのは分かるけど……どうして、そう思ったんだ?」

「そ、れは…………このままだと、みんなの、迷惑になる……から」

「迷惑?」

 

 木野はギュッと、震えた手で服の裾を握り締める。

 

「今日だって、みんな顔には出さないけど、私のせいで、迷惑してるはずだから。だから……このままじゃ、駄目だって」

「迷惑って……そんな事無いよ」

「……ううん、だって月村君だって、わざわざ私を気遣ってくれてるし、他のみんなも、私に合わせてくれてる……それだけで、十分、迷惑かけてるよ」

「それは……」

 

 つい、言葉がつっかえてしまった。

 確かに、みんなどこかで彼女を気遣っている。それが迷惑になっていると考えてしまうのも、無理はないかもしれない。

 

「今までも、そういう事、あった……でも、私は変われなかった。だから、これからは変わらなきゃって。頑張らなきゃって……じゃないと、みんなに、もっと迷惑かけちゃうから……」

「…………」

 

 そうか……これが、木野の抱えるものか。

 他人に迷惑をかけられない。だから頑張らなきゃ。でも頑張れなくて、辛くて……彼女は苦しんでるんだ。

 

 そんな彼女に……俺はどう、言葉を掛けたらいい?

 

 その答えを探って、俺は木野を見据えた。

 

 辛そうに顔を歪めて、涙ぐんだ彼女の姿見たその時――無意識に、ある言葉が口からこぼれ落ちた。

 

「別に、頑張らなくてもいいんじゃないか?」

「……え?」

 

 どうしてこんな言葉が出たのか、俺にもよく分からない。でも、彼女の辛そうな姿を見て、そう思った。

 

「辛いなら、無理だと思うなら、逃げちゃってもいいと思う」

「逃げても……いい……?」

「ああ。俺も、辛い事があってさ。どうにかしなきゃって気持ちがあっても、結局それから逃げてる。だからさ、嫌なら逃げても――」

 

 その時だった。涙ぐんだ木野の瞳から、一筋の雫が、静かに彼女の頬を撫でた。

 

「え!? あ、その、ご、ごめん! お、俺変な事言ったか!? いや言ったよな! 努力してる奴に頑張んなくていいとか、その……」

「ううん……違う、違うの……そんな事言われたの……私、初めてだった、から……嬉し、かったの……」

「嬉しい……?」

 

 両手で流れ落ちた涙を拭いながら、木野は必死に自分の気持ちを吐き出した。

 

「学校の先生や、お母さん……私の事知ってる人は、みんな、頑張れって言うの……頑張って大きな声で話してみようって、相手の目を見て話そうって……もちろんみんな、私の事を思って言ってくれてるのは分かってる……私も、頑張らないとって思ってる……でも、でも……頑張れないのが、凄く苦しくて……」

 

 きっと今、彼女は初めて心の内をさらけ出して、吐き出しているんだ。ずっと心の奥底に溜め込んだ気持ちを、全部。

 

「大きな声を出そうとしても、人を前にしたら喉が詰まっちゃって……声を掛けようとしても、頭が真っ白になっちゃって……目を合わせようとしても、自然と逸れちゃって……でも、みんな優しいから責めないで頑張ろうって言ってくれて……でも私は頑張れなくて……それが、それがもう……」

「……そっか。ずっと、苦しかったんだな」

「うん、うん……だから……だから、頑張らなくていいって言ってくれたのが、嬉し、く、て……」

 

 そうか……木野が求めてた言葉は、これだったんだな。頑張れって言葉は、彼女にとって重しだったんだ。頑張れない、他人の期待に応えられない自分が、嫌で嫌でしょうがなかったんだ。

 

 暫しの間、木野は涙を流し続けた。俺はその横でジッと待ち続けた。何も言わず、ただひたすらに。

 

「……ごめんね、月村君」

 

 涙が収まったようで、木野は静かに謝る。

 

「いいよ謝んなくて。……さっぱりしたか?」

「うん……初めて自分の気持ちを、他人に言えた気がする。……あり、がとう」

「俺は何も」

「……それでも、私は頑張りたい、と思うんだ」

 

 珍しく、真っ直ぐ顔を上げて木野は呟く。

 

「このままじゃ駄目だっていうのは分かってるし、何より……私はもっと、色んな人とお話したい。光ちゃんや、他のみんなとも、笑ってお喋りしたい。だから苦しいけど、辛いけど……私は、頑張りたいと思う。いつか、変わりたいと思う」

「そっか……じゃあ――」

 

 頑張れ――この言葉が出かけたが、そっと飲み込む。

 

 この言葉は、彼女を苦しめるだけだ。じゃあ、どんな言葉を送ればいい?

 

 応援する? 協力する? いや、それも彼女に重荷を背負わせるかもしれない。だから、決して表に出してはいけない。

 きっと彼女が望んでいるのは、他人行儀で、重くのしかからない、そんな軽い言葉のはずだ。

 

「じゃあ……いつかなれるといいな、そんな自分に」

「……うん」

 

 今はきっと、これでいいんだ。なんの解決にはなってないかもしれない。でもこれで、少しは彼女の前に進む足取りは軽くなったはず。

 

 ここからは、彼女が自分の足で歩いていくんだ。ゆっくりと、ゆっくりと。

 

「おーい! 零司くーん!」

 

 飛んで来たその声に顔を上げると、ジェットコースターから戻ってきた火鈴達の姿があった。

 

「……じゃあ、行こうか」

「うん。……ありがとう、月村君」

「……どうも」

 

 俺達は席を立ち、みんなの下に歩き出す。

 

 

 結局、その後も木野は勇気を出し切る事が出来ず、自分の意見を言うという当初の目標は達成出来なかった。

 それでも、あの後から彼女の顔付きは変わった。気持ちを全部吐き出せた事で心の重荷が無くなったのだろう。少なくとも、鬱屈な空気は無くなった、気がする。

 

 無論、木野にとっては不服な結果だっただろう。でも、彼女の道はこれからだ。彼女はこれから、ゆっくりと前に進んで行くんだ。きっと、それでいいんだ。人はそんなすぐに、劇的な変化が出来るほど強い生き物じゃない。

 でも、それほど人間は弱くない。少しずつ、それでも着実に進める、変わって行ける。木野もいつかは理想に近付けるはずだ。きっと、いつか。

  

  

 

 ◆◆◆

 

 

 ゴールデンウィークもあっという間に終わりを迎え、今日から学校の再開だ。

 

 みんないわゆる五月病に抗いながら、憂鬱な気持ちを抱えて登校する。

 

「お、月村じゃん! おっはよー!」

 

 そんな中、憂鬱とはかけ離れた明るい挨拶が廊下に響き渡る。振り返ると、そこには小林の姿があった。後ろには、木野と思われる姿も。

 

「お前は元気だな……」

「そういうそっちはテンション低いなー。元気出せ元気を!」

「……なんだろう、お前からは海と似た感じがする」

「何よ、失礼な事言うわね」

 

 と、ナチュラルに海に対して失礼な事を言いながら、小林は話を切り替える。

 

「そういえば、こないだの遊園地楽しかったわー! また機会があったら、みんなでどっか行きましょうよ!」

「もう次かよ……機会があったらな。じゃあ、そろそろ……」

「あ、まっ……」

 

 ふと、小林の後ろに隠れていた木野が小さな声を上げる。

 どうしたのだろうと振り返ると、木野が小林の後ろから出て来て、俺の前に立っていた。

 

 彼女はもじもじと両手の指を絡める。しばらくすると、意を決したような表情で顔を上げ、俺の目を真っ直ぐ見据える。

 

 そして彼女は大きく息を吸って――()()()()、声を発した。

 

「お、おは、よう……!」

 

 若干震えながらも、ハッキリとしていて、こちらの目を真っ直ぐ見据えながら発した言葉。

 俺、それから小林も驚いたように目を丸くしてしばらく静止してしまったが、俺はちゃんと、彼女に言葉を返した。

 

「ああ、おはよう」

「う、うん……おは、よう……!」

 

 嬉しそうに口元に笑みを浮かべる木野。

 そんな木野に向かって、突然小林が覆い被さるよう抱きかかった。

 

「灯ぃ! やるじゃん、コノコノー!」

「ひ、光ちゃん……! は、恥ずかしいよ……!」

「いーじゃん別に! グスッ……今日は祭りだコノヤロー!」

「ハハッ……大袈裟だな……」

 

 でも、確かに小さいけど、木野にとっては大きな一歩かもな。彼女も変わり始めているんだ、確実に。

 

 ……俺もいつか、変われるのだろうか? 恋愛から逃げている、今の自分から。

 

「月村ぁ! あんたもよくやったぁ! 抱き締めてやるからどんと来い!」

「え……いや、遠慮しとく」

「空気読めバカヤロー! ここは灯の成長をみんなで喜ぶ場面でしょーが!」

「お前……本当に過保護だな。流石に喜びすぎだぞ」

「ひ、光ちゃん……本当に恥ずかしいよぉ……」

 

 こうして、過保護な小林の歓喜の叫びはしばらく続いた。

 これが木野の人見知り克服に悪い影響を与えなければいいのだが――そんな事を思いながら、俺は彼女を宥めるのだった。

 

 

 

 

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