恋愛不適合者達の恋愛事情~恋愛しないと決めたのに、見知らぬ美少女に告白されて望まぬ青春がやって来た~ 作:藤龍
渡り廊下から落ちた女子をお姫様抱っこで助け、挙句の果てに告白された生徒が居るらしい――翌日にはそんな噂が学校中に流れていた。本当に、若者の噂の流れというものは早いものだ。
そしてその告白された男子が俺だという事も、もう多くの生徒に知れ渡ってしまったようで、朝からやけに多くの視線が俺に集中し、ひそひそ話がほぼ絶えず流れていた。
流石にずっとこのまま注目の的になるのは辛抱ならなかったので、俺は昼休みになると同時に教室を飛び出し、常時解放されていて出入りが自由な屋上に逃げるように向かった。
「ハハハッ、災難だなー。白馬の王子様」
屋上に避難後。一緒について来た海がおちょくるような言葉と共に、にやけ面を見せてくる。
「その呼び方は止めろよ……はぁ、しばらくは終わらないな、これ」
「まあ、人の噂も何とやらって言うだろ? 頑張って耐えとけ。あんな可愛い子に告られた代価だと思え」
「俺はこれから、その告白を断ろうとしてる訳だがな……代価の払い損だ」
「なら、このまま付き合っちゃえよ。それなら損は無くなる」
「……言っただろ。俺は誰かと付き合うつもりなんて無い」
今日はまだ会ってないけど、彼女も登校してるはず。今日の内に、しっかり気持ちを伝えないと。
とりあえず、まずは腹ごしらえだ。何もしてないはずなのに、今日は異様に疲れた。注目されるというのは、思った以上に神経が擦り減る。
屋上の端の方に移動して、持って来た本日の昼食、カツサンドとたまごサンドとパック牛乳を床に広げる。まず最初にパック牛乳にストローを挿し、口に咥えて吸い込む。
「――零司君! やっと見つけたー!」
瞬間、屋上に音量調整をミスったような大声が轟く。不意な音の衝撃に、思わず吸い込んだ牛乳が変な所に入りむせる。
「ゲホッ、ゲホッ……! な、なんだ……!?」
胸を叩きながら屋上の出入り口に目を向けると、そこには火鈴と音無の二人が居た。
「探してたんだよー! ここの学校って、屋上入れるんだねー!」
「いやー、ごめんね突然。月村君大丈夫?」
「な、なんとか……」
「オッスお二人さん。夢原ちゃんは今日も元気だねー。そして音無ちゃんは相変わらずビューティフル!」
相変わらずって、まだ二度目だろ会うの。
「はいはい、明坂君も相変わらずねー」
そして音無はもう海の扱いに慣れている様子だ。
「で、何しに来たんだ?」
「えへへ、一緒にお昼食べようと思って! 良いかな?」
「もちろん全然オッケー! 朝、昼、晩いつでもウェルカム!」
「なんでお前が返事すんだよ……」
お昼か……まあ、話をする良い機会か。
「別に構わないけど」
「やった! じゃあ私、零司君の隣座ってもいい?」
「え? まあ、いいけど……」
「ありがとう!」
火鈴は軽やかな足取りで移動し、俺の隣にストンと腰を下ろす。一瞬、いい匂いが鼻を擽り、つい顔を背ける。
シャンプーかなんかの匂いかね……しかし、昨日は色々あってそこまで意識はしてなかったけどこの子、改めて見ると凄い美少女だよな。
顔には幼さが若干残りつつ、しっかり年相応の魅力もあってとても可愛らしい。綺麗な茜色の髪は遠目で見てもきめ細かで、絶対に障り心地が良いだろう。そしてスタイルも申し分ない。出てるとこは出てて、引っ込むところは引っ込んでいる。昨日、帰り道に海が「あれはEはあるね!」とか言ってたが、その通りかもしれない。
「ん? どうしたの零司君? ジッと見て」
「え? ああ、悪い」
声を掛けられてようやく彼女を凝視していた事に気が付き、慌てて目を逸らす。
俺、こんな可愛い子に告白されたのか……我ながら凄いというか、運が良いというか……まあ、俺にとっては全然良くないんだけど。
「ハッ……! もしかして……そういう事?」
唐突に何かに気付いたといった風に、火鈴が口を開く。
「えっと……何が?」
「今、零司君が私を見つめてたのっていわゆる、『お前の魅力に見惚れちまった』……ってものだよね!?」
「はい? ……いや、それとはちょっと違うような――」
「そしてそこから互いに情熱的な目で見つめ合い、やがて零司君は『もう、我慢出来ない……!』って感じで私に襲い掛かって来て……えへへ、駄目だよ零司君、こんな屋上でぇ……」
あ、駄目だこれ。完全に妄想モードに入ってるな。なんかもう分かってきたわ。可愛いんだけど、ちょっと残念だなこの子。
「全く火鈴は……ほらー、涎垂らしてないで戻ってこーい」
「ハッ!? ここは……私達、北に向かう列車に居たはずじゃ……」
「どんな物語展開した。はぁ……ほら、月村君とお昼食べるんでしょ? あ、私もお邪魔するけど、いいよね?」
「もちろん! 海君の隣、空いてますよ」
「遠慮しとくねー」
音無は流れるように火鈴の隣に座った。
「うーん、残念! 次回に乞うご期待!」
「めげないなお前……」
またゴリゴリ体力が減った気がする……さっさとエネルギー補給だ。
たまごサンドを一つ手に取り、口に頬張る。太陽光で若干温まった卵の味が、口の中に広がる。
「あれ? 零司君、お昼はそれだけなの?」
自分の弁当箱を開けながら、火鈴が首を傾げる。
「今日は親が忙しかったから、コンビニで適当に。まあ、どうにか足りるさ」
「駄目だよ、お昼はしっかり食べないと! お腹空いてたら、午後シンドイよ! いっぱい食べないと!」
そう言うと火鈴は自分の弁当を俺に突き付ける。
「だから私のお弁当のおかず、ちょっと食べていいよ!」
「い、いいよ別に。お前が食う分が減るだろ」
「大丈夫! というかぶっちゃけ、零司君に食べてもらおうとちょっと多めに作った!」
「そ、そうか……そういう事なら、少し……」
差し出された弁当の中から、爪楊枝の刺さったタコさんウインナーを取り、口に運び噛んだ瞬間。パリッとした食感が走り、濃過ぎず薄過ぎずな絶妙な味が口内を包んだ。
「うっま……! 出来立てみたいだな、これ。味付けも完璧だ」
「本当? えへへ、料理は得意なんだ!」
ドヤ顔を浮かべながら、火鈴は胸を張る。
「いつか王子様に美味しい手料理を食べさせるんだーって、昔から料理の練習だけは張り切ってたからねー、火鈴」
「うん! 今日ようやく、夢が叶ったよ!」
「……王子様、か」
そうだ、本題を忘れるとこだった。火鈴には本当に申し訳無いけど、俺は彼女の王子様とやらにはなれない。いい女性かもしれない。いい彼女になるかもしれない。でも、それでも……やっぱり俺には、恋愛する事は出来ない。
「……あのさ、火鈴。その事なんだけど――」
「あ、そうだ! 昨日の事なんだけど、私早速考えてきたんだ! 零司君との愛を育む計画!」
が、俺が話を切り出す前に、火鈴が新たに話題を繰り出す。
「ん? あー、そんな事言ってたね。で? どうやって月村君と距離を縮めるの?」
「フッフッフ……まず最初は、デート!」
「で、デート!?」
「随分安直な……」
「シンプルイズベストだよ! やっぱり二人っきりでお出かけすれば、互いの魅力に気付くはず! そうすれば零司君も私の魅力にさらにどっぷりハマって、そして……えへへ……」
「はーい、また自分の世界に入ってるよー」
音無の言葉に火鈴はハッと我に返り、ゴホンと咳払いを挟んでから俺に向き合う。
「という訳で零司君! 今度の日曜日、私とデートしよ! どうかな?」
「……あのさ、火鈴。悪いけど、俺……」
「駄目、かな……?」
うっ……急な上目遣いと涙目は嫌ですと答え難いから止めてくれ……でも、どうせ付き合うつもりは無いんだ。変に期待させても……
「……私、憧れてたんだ」
断ろうとした直前だった。火鈴は不意に大人しい表情を浮かべ、俯き加減の状態で語り出した。
「好きになった人とのデートってものに。ずっとずっと王子様との出会いを待っている間、いっつも想像してた。そしてそれが、ようやく現実になる! だからさ、零司君……わがままかもしれないけど私の夢、ちょっとでいいから叶えてくれないかな? 思い出作りでもいいから!」
「それ、は……」
「いーんじゃねーの? デートぐらいさ」
返事を渋る俺の代わりに、海が軽い口調で答える。
「海、何を……」
「いーじゃん。こんな可愛い子とデートなんて、そう出来ないぜ?」
「でも……!」
「女の子のわがままぐらい聞いてやれよ。別にお前だって、夢原ちゃんの事嫌いじゃねーんだろ? だったらさ、一回ぐらい付き合えよ。そしたらお前の考えも変わるかもだろ? それに女の子を泣かせるのは、この明坂海様が許さん!」
海はビシッと伸ばした人差し指を俺に突き付ける。
「あ、えっと……零司君! 嫌だったら、断ってもいいからね?」
「ほーら、夢原ちゃんに悲しい顔させるなっての! 俺がお前の顔を泣きっ面に変えてやんぞ?」
「ぐ、む…………ああ、分かったよ! ……一回、付き合うよ」
「本当!? やったぁ! ありがとう零司君! 美笛、夢叶ったよ!」
「はいはい、よかったねー」
はしゃぐ火鈴と、それを呆れ半分、優しさ半分の笑顔で受け止める音無。そんな二人に気付かれぬよう、俺は小声で海に話し掛ける。
「どーいうつもりだよ! お前だって俺の事情は分かってるだろう!? これじゃあ火鈴に変に期待させて、傷付けるだけだろ!」
「断ってもどーせ傷付けるだろ? なら、ちょっとは幸せ味わってもらわにゃ」
「だけど!」
「それにこれは俺の勘だが、あの子はそんなやわな子じゃないと思うぜ? そして、この件はここで終わらない気がする」
「何だよそれ」
「さあ? イケメンの勘かな? それにこのデートで、お前も考え変わるかもだろ? だから行っとけ!」
「無責任な……」
そう簡単に変われるなら、変わりたいものだ……でも、そう出来ないから、悩んでいるのだ。
まあ、決まってしまったものは仕方が無い。でもこれで彼女と関わるのは最後だ。これ以上関わっても、彼女を傷付けるだけなのだから。
「あ、音無ちゃん! 折角だから俺達も交友を深める為にデートでも――」
「遠慮しとくわー」
「でーすよねー!」