恋愛不適合者達の恋愛事情~恋愛しないと決めたのに、見知らぬ美少女に告白されて望まぬ青春がやって来た~ 作:藤龍
そしてやって来た日曜日。今日はいよいよ、火鈴とのデート当日だ。
俺は約束の時間より少し早く、待ち合わせ場所である駅前に来て彼女を待っていた。
まさか二年になってすぐ、それも出会って一週間に満たない女子と休日デートをする事になるなんてな。初っ端から想定外な事態になったものだ。
でも、今日のデートでしっかりと伝えなくては。俺は誰かと付き合う気は無いんだって。彼女の気持ちを裏切る事になってとても心苦しいが、俺は決めたんだ。
本当ならデートも断っておきたいし、今からでも中止って事にしたいが、火鈴の方は相当楽しみにしてるみたいだしな……今日一日ぐらいは、付き合ってやらないと。まあ……結局無駄に期待させるだけになっちゃうかもしれないけど。
心苦しさに胃が締め付けられるような感覚を覚え、近くの店の壁にもたれ掛かる。その時、店のショーウィンドウに自分の姿が映り込み、寝癖がある事に気が付く。
しっかり整えたつもりだったのにな……流石にこれじゃあカッコ付かないな。って、カッコ付ける必要は無いんだが。
「……そういえば、この服って」
今、俺が着ている服は少し高そうな、というか実際高かった黒いジャケットに、セットで買ったジーパン。朝、服を選んだ時は無意識だったが、この服にはちょっとした思い出があった。
……正直、あんまり思い出したくない、悲しくもあり、良くもある思い出。
「こんな日にこれ着て来るなんて……俺は馬鹿か」
そんな独り言をこぼしながら、俺は寝癖を整える。
「――あ、居た! 零司くーん!」
山びこでも響かせようとしてるのかと思うほどの大声が、遠くから聞こえて来る。周囲の人達の視線が一斉に動き、俺も慌てて声の聞こえた方に向く。その先には案の定、火鈴の姿があって、大きく手を振りながらこちらに駆け寄って来た。
「待たせちゃってごめんねー!」
「いや、それはいいんだけど……出来れば、目立つ事は止めてもらえるかな?」
周りの人の目が物凄くこっちに集中してる。正直居たたまれない。
ひとまず周囲の目を避けるように、火鈴と一緒に移動。駅の中に入ってから、改めて話を再開する。
「ふぅ……ここならそこまで目立たないだろ」
「あはは、ごめんね。零司君とのデートだって思ったら、テンション上がっちゃって!」
「表に出すのは控えめで願いたいな……」
「えへへ、気を付ける! あ、それより零司君、その服カッコイイね!」
「……そりゃどうも」
「素敵……惚れ直しちゃう! ねえねえ、私のはどうかな?」
火鈴はクルリとその場で一回転。俺に全身を見せつけるように、両手を広げる。
彼女の服装は、赤いブラウスに、フリルの付いた黒のスカート。こないだまで制服姿しか見てなかったから、私服は新鮮だ。制服姿も見慣れた訳では無いが。感想を素直に言うならば、普通に似合っているし、可愛らしい。
「うん……似合ってるんじゃないかな」
「本当? えへへ、嬉しいなぁー」
火鈴はにんまりとだらしなく緩めた頬を両手で挟んで、体を左右に揺らす。
「私デートって初めてだから、何着て行けば分かんなかったけど、喜んでくれたみたいでよかったー。これで安心してデートに行ける! それにしても……好きな人に褒められるのって、なんだか嬉しいなぁ」
火鈴はポカポカのお日様の下でひなたぼっこでもしているかのように、ほんわかした表情を見せる。随分と可愛らしい顔に、なんだか照れ臭くなりつい目を背ける。
「さて! 時間も勿体無いし、早速行動開始しよう! いいかな?」
「別に構わないよ」
「分かった。それじゃあ、レッツ――あ、零司君それ」
不意に、火鈴が俺の頭の辺りを指差す。
「そこ、寝癖あるよ?」
「え? 本当か?」
さっき直したと思ってたけど、ちゃんと直ってなかったんだな……ちょっと恥かいた。
慌てて直そうと右手を上げようとした、その寸前。
「待ってて、すぐ直してあげるね」
そう言って、火鈴が俺の頭に手を伸ばす。彼女の整った顔が眼前まで突然迫り、思わず一瞬息が止まる。
「い、いいよ自分でやるから……!」
「いーの! ここは私に任せて! こういうの、憧れてたんだ!」
ニコニコと笑みを浮かべながら、火鈴は寝癖を直そうと俺の髪を撫でる。近距離から感じる彼女の息遣い、ふんわりとした優しい手付きに気恥ずかしさが上昇し、頬が熱くなる。
「零司君の髪って、なんか手触り良いね。綺麗な黒色で、ずっと触ってたいかも」
「で、出来ればそろそろ終わりにして頂きたんですが……」
「ちょっと待っててね……うん、これでよし!」
ピョンっと後ろに飛び退き、俺の髪を眺めるように腰に手を当てる。
「うん、綺麗になった! すっごいカッコイイ!」
「そ、それはどうも……」
緊張した……告白なんてしてるんだから当然だが、積極的というか、油断ならないな。これは気が抜けないかもな。
「にしても……今の、なんだか夫婦みたいだったね。お仕事に行く旦那さんの身だしなみを整えて、行ってらっしゃいってチューをして、それから……えへへ……」
すっかり聞き馴染んでしまっただらしない笑い声が、火鈴の口からこぼれる。
また妄想モードに入った……これもある意味油断ならない。
「おい火鈴。時間が勿体無いんだろ?」
「あ、そうだね! じゃあ、改めてレッツゴーだね!」
妄想から帰還した火鈴は、元気よく右手を頭上に掲げる。
「で、最初はお昼を食べに行こうと思ってるんだけど、零司君はお腹大丈夫?」
「もう昼か? 確かに、いい時間かもしれないけど」
「腹が減っては戦は出来ぬ! デートも同じだよ! 私のおすすめのお店があるから、そこ行こ! いいかな?」
「まあ、いいけど」
「やった! それじゃあ、出発しようか!」
そう言うと火鈴は俺の隣に移動して、自然な流れで手を繋いできた。
「ちょ!? いきなり……!」
「えへへ……折角のデートだしさ。これぐらいしちゃ、駄目?」
「…………いいよ、別に」
そんな子猫のような目で見られたら、嫌ですとは言えない。
今日のデート、色々と疲れそうだ――そんな事を思いながら、俺と火鈴のデートは幕を開けたのだった。
俺達が最初にやって来たのは、バイキング形式の料理店だった。火鈴の話だと彼女行きつけのお店らしい。
「ここのお店は安くて美味しくて、いっぱい種類があってお気に入りなんだ! 零司君にも是非味わってほしくて!」
「この辺りはたまには来るけど、この店は知らなかったな……よく来るのか?」
「うん! 私、外食するの好きだからさ。いつも友達とか家族とかと来るんだ。でもまさか……えへへ、男の子と来れる日が来るなんて思わなかったよ! 願えば夢は叶うんだね!」
「そ、そっか……それより、早く料理取りに行こうぜ」
「だね!」
席を離れ、料理を取りに向かう。
初めての場所だし、まだ来たばかりだ。あまり取り過ぎず、様子見程度に数種類の料理をトレーに乗せ、席に戻る。
火鈴は……まだ戻ってないか。先に食べるのはあれだし、待っとくか。
適当に店内の様子でも眺めながら待つ事、数分。火鈴が戻って来る。
「あ、もしかして待たせてた? ごめんね、色々取っちゃって思ったより時間掛かっちゃった」
「いや、気にしなくてい――いっ!?」
思わず変な声が漏れる。理由は、火鈴の持って来た料理の量だ。軽く俺の五、六倍は盛ってある。
「……随分いっぱいだな。大丈夫か? 食べれるか?」
「そうかな? 私、結構いっぱい食べるから、これぐらいはペロリだよ?」
「そ、そうなんだ……」
意外と大食いなんだな……今思えば、学校の時も弁当多かった気がするな。
「……やっぱり、大食いな女の子って、零司君は嫌いかな?」
「え?」
「ほら、そういうのってなんていうか……引かれるっていうか、あんまりイメージ良くないし……もしそうなら、控えようかなって」
なるほど……やっぱり、女子ってそういうところ気にするもんなんだな。
「別に、俺は気にしないけどな。むしろ、いっぱい食べる子は好きだけどな。元気があって」
「え!? す、好きだなんて……えへへ、照れちゃうなぁ……」
「……言っとくけど、火鈴個人を指して言った訳じゃないぞ?」
「もし結婚したら晩御飯は毎日いっぱい作って、二人であーんってしながら食べて、デザートはお前だよ……みたいな事言われちゃって……えへへ……」
また妄想の世界に旅立ってしまったようだ。発言には気を付けた方がいいかもしれない。
「おい火鈴。早く食べないと冷めるぞ。出来立てのもあるだろ、それ」
「ハッ!? そうだった。それじゃあ、いただきます」
礼儀正しく手を合わせてから、火鈴は料理を食べ始める。
「はむっ……うーん! いつ食べても美味しいなぁ……あ、こっちは新しい料理かな? あむっ……うん、これも美味しー!」
美味そうに食べる奴だな……見てるだけで腹の虫が鳴りそうだ。こっちも頂くとしますか。
パクパク食べ進める彼女を横目に、俺も料理を口に付ける。彼女のおすすめというだけあって、味は文句無し。これならどんどん手が進みそうだ。
「ところで火鈴。少しいいか?」
食事が始まって十分程度経った頃。俺は気になった事があり、火鈴に話し掛ける。彼女はゴクンと料理を飲み込んでから、応答する。
「どうかしたの?」
「この後の予定、決まってるのかなって。俺、何も聞いてないからさ」
「あ、そういえばそうだったね。えっとね、特にこれといった予定は決めてないんだ。適当に、街をブラブラしようかなって」
「そうなのか?」
「うん。ずっと理想のデート、みたいのはあったんだけど、いざこうして実際に考えるとよく分かんなくなってさ。なら、何も考えずに気ままにブラブラっていうのも良いと思って」
「そっか。……もう一つ、いいか?」
火鈴はコクリと頷く。
「火鈴はさ、どうしてその……いわゆる王子様っていうのを夢見てたんだ?」
「どうして、かぁ……改めて言われちゃうと、困っちゃうかも。そうだな……初めてそう思ったのは、幼稚園の頃かな」
昔を懐かしむような笑みを浮かべながら、火鈴は静かに語り始めた。
「その頃、私好きなお話があったんだ。とあるお姫様と、王子様のおとぎ話。毎日のようにお母さんに読んでってお願いしてたなぁ。で、そのお話に出てくる王子様が凄くカッコ良かったんだ。いつもお姫様のピンチを助けてくれて、まさにヒーローみたいな。それで私も、こんな素敵な王子様に会いたいなぁって。それからもうずっと、王子様を求めて夢見てたよ」
「それはまあ……随分長い間夢見てたな」
「うん。でも、やっぱりそんなおとぎ話みたいな王子様は現れないし、そもそもそんなピンチに巻き込まれる事も無いし、素敵な出会いとは無縁な日々だった。お陰で恋愛とは無縁。美笛とかにも、理想を追い求めすぎって言われたよ。こんな私には一生恋愛なんて無理なのかなぁって、正直諦めかけてた。でも、そんな時に零司君と出会った」
グッと胸に手を押し当て、顔を赤らめる。
「死んじゃいそうなところを、零司君は体を張って助けてくれた。その時、ビビッと電撃が走ったみたいな衝撃を感じたよ。これだ、こういう出会いを私は求めてたんだって。そしてそのまま、勢いのまま告白しちゃったって感じかな」
「そっか……でも、あの時は本当に偶然で……」
「それでも! 零司君は私を助けてくれた。その事は、本当に感謝してる。命を救ってくれた事も、私と出会ってくれた事も。本当に、本当にありがとうね、零司君!」
眩しいぐらいに真っ直ぐな笑顔がこちらに向けられる。可愛い、そう表現する他無い笑顔に俺は顔を背け、誤魔化すように手元のピラフを頬張る。
「えへへ、よく考えたらあの時のお礼をちゃんと言うの、これが初めてかも。ごめんね」
「……いいよ、それぐらい」
「フフッ、優しいなぁ、零司君は。……あ、零司君ストップ」
不意にそう言うと、火鈴は突然身を乗り出し、俺の口元に手を伸ばす。
「なんっ……!?」
「ご飯粒、付いてたよ?」
クスリと微笑みながら、火鈴は俺の口元から取ったご飯粒をパクリと口にした。
「……そういう事、軽々しくするもんじゃないぞ」
「えへへ、好きな相手だからいいの!」
全く……色々凄い奴だよ、火鈴は。
自分で言うのは照れ臭いが、火鈴は本当に俺を好いてくれているんだな。冗談とかではなくて、本気に。その気持ちは、正直嬉しい。とてもいい女性だし、きっといい彼女になるかもしれない。
……でも、やっぱり俺には無理だ。俺は、彼女と付き合えない。どうしても、俺はあの過去から逃れられない。
「あ、そうだ! 予定は無いって言ったけど、行きたいとこはあるんだ! この先に行ったパンケーキ屋なんだけど!」
「まだ食べるのかよ……」
だから、俺は言わないといけない。この気持ちを。例え――彼女を傷付けるとしても。