恋愛不適合者達の恋愛事情~恋愛しないと決めたのに、見知らぬ美少女に告白されて望まぬ青春がやって来た~ 作:藤龍
その後も、俺と火鈴のデートは滞りなく続いた。
街を適当に歩き回り、気になったお店――主に食べ物に関係するお店に入って談笑したり、買い物したり。まさに休日デートらしい時間を満喫した。
そしてだんだん日が落ち始め、辺りが薄暗くなってきた頃。俺と火鈴はとある高台にやって来た。街が一望出来る場所で、火鈴の家が近くあるらしく、彼女のお気に入りスポットだそうだ。
「相変わらず良い景色だなぁ……今日、私達はこの街を一緒に歩き回ったんだねー」
「そうだな。結構な場所回ったよな」
「うん! いっぱい歩いて、いっぱい食べて! 本当に楽しかったなぁ」
今日の出来事を思い出したのか、火鈴は楽しそうに笑う。
今日のデート、火鈴は終始楽しそうにしていた。かなり歩いたのに疲れた様子は微塵も見せずに、常に笑顔を浮かべていた。それだけ、彼女は今日のデートを楽しんでくれたという事だろう。
そして俺も、なんやかんやで今日のデートは楽しめた。彼女に付き合ってパンケーキだとか、パフェだとか色んな食べ物を食べて若干腹が苦しいが、それでもここ最近で一番充実した一日だったと言えるだろう。
時間にしたら僅か数時間だったが、その間に火鈴の魅力というか、彼女がどんな人間なのかが分かってきた気がする。彼女はとても明るくて、活発で、まさに元気を具現化したような女の子だ。ちょっと変なところもあるが、それを含めて彼女の良いところなのだと思う。
きっと、彼女とは仲良くなれると思う。これからも付き合いを続けるのは悪くないとも思うし、多分、良い恋人になるかもしれない。
でも、やはり俺の中にある答えは変わらなかった。彼女の気持ちは、受け取れない。だから彼女との付き合いも……ここで終わりだ。
「今日は良い一日だったなぁー。ねぇ零司君、もしよかったらまた今度、今日みたいにお出掛けしよ! 今度は隣町にでも行っちゃう? 美味しいケーキ屋があるって噂があるんだ! 夏には限定商品があるとかで――」
「火鈴。ちょっと、いいか?」
俺の発言に火鈴は口を閉ざし、神妙な顔でこちらを見る。俺の声色で、真剣な話なんだと察してくれたのだろう。
心臓が締め付けられるような感覚を覚える。息も詰まるし、嫌な汗が滲み出る。これから俺が彼女に告げる事に対しての恐怖だろうか? それとも罪悪感? ともかく、なかなか話し出す事が出来なかった。
その間、火鈴はジッと黙って俺の事を見つめ続けていた。待っているのだ、俺が口に出すその言葉を。
なら、ここで俺が逃げ出す訳にはいかない。俺は意を決して、深い呼吸を挟んでから、重い口を開いた。
「火鈴……まずは、今日は楽しかったよ。正直最初はあんまり乗り気じゃ無かったけど、良い休日になったよ。ありがとう」
「そう? よかった」
「……でも、悪い火鈴。やっぱり俺はお前とは付き合えない」
火鈴が一瞬、口元を歪める。何かを堪えるように深く息を吸ってから、彼女は笑顔を作る。
「もちろん、それは分かってるよ! まだ出会ったばかりだもんね、私達。だからこれからゆっくりと互いを理解して、関係を深めて――」
「いや、そういう問題じゃないんだ。どれだけ時間を費やしても、俺の気持ちは変わらない。俺は、お前と付き合うつもりは無い」
「……それって、私の事、嫌いって事かな?」
微かに震えた声で、火鈴は問う。
「それは違う。嫌いか好きかで言えば、まあ、好きな方だよ。ちょっと変だけど、良い奴だと思うし」
「そ、そっか……よかった」
ホッとしたのか火鈴は胸を撫で下ろし、少し嬉しそうに微笑む。
「でも、じゃあどうして? どうして、私とは付き合えないの? あ……もしかして、他に好きな人が居るとか?」
「そうじゃない。……俺は決めてるんだ。もう――二度と恋愛なんてしないって」
「恋愛、しない……? どういう事?」
「言葉通りの意味だ。俺は誰かを好きになったり、誰かと付き合ったりしないって、決めてるんだ。火鈴とも、誰とも付き合うつもりはないんだ。だから、悪いけどお前の気持ちには答えられない。ごめん」
「それは……どうしてなの? どうして零司君は、恋愛しないなんて決めたの?」
「……昔、色々あったんだよ。いわゆる……トラウマってやつだ。それで恋はしないって、心に誓ったんだ」
俺がそう言うと、火鈴は何か考え込むように少し俯く。
「……
「……ノーコメントで。出来れば、あんまり思い出したくないんだ」
「ごめん……でも、それじゃあ納得出来ないよ!」
火鈴は微かに声量を上げる。
「それだけ聞いても、私は納得出来ない! ちゃんとした理由を話してくれないと! だから辛いのかもしれないけど、教えてほしい! 零司君の答え、その理由を!」
「……まあ、当然の事だよな。…………分かった、全部話すよ」
彼女は本気で、真剣なんだ。ならば俺も全てを打ち明けなきゃならないだろう。
こうして誰かに説明する時が今になって来るとは、思ってもいなかった。正直口に出すのもシンドイ。でも、伝えなくてはならない。覚悟を決めて、全てを告げよう。
「……中学三年の頃の事だ。俺、同級生の女子と――付き合ってたんだ」
「へっ? …………えぇ!? つつ、付き合ってって……交際してたって、彼女が居たって事……!? え、じゃあ零司君にはもう彼女が居て……え? え? ええぇぇぇぇぇ!?」
「落ち着け。付き合ってる、じゃない。付き合ってた、だ」
「へ? じゃ、じゃあ、今はもう付き合って無いって、事……?」
「……そうだよ。もう別れた」
「そ、そっか……よかったぁ……」
火鈴は本気で安心したように息を吐く。
「あれ? でも、零司君って恋愛はしないんだよね? でも交際してた彼女が居るって事は……」
「お察しの通りだよ。俺が恋愛しないって決めたのは、その彼女が理由だよ」
そこから、俺は火鈴に事の全てを語った。何があったのかを。
彼女との出会いは、中学二年の頃だった。同じクラスになった彼女に、俺は恋をした。
理由は話してみて意気投合したとか、優しくしてもらったとか、純粋に可愛かったとか、そんな如何にも思春期の男子が女子に惚れそうな理由だったと記憶してる。
そして中学三年に進級して、彼女と別々のクラスになってしまった事をキッカケに、俺は思い切って彼女に告白した。告白の細かい内容は、その時は必死だったからかもう覚えてない。
最初は俺なんて眼中に無いだろう。だから失敗するだろう。そう思っていたのだが、意外にも告白は成功し、俺は彼女と恋人になった。
付き合ってしばらくの間は、人生で一番幸せな瞬間だった。大好きな彼女と時間を共有出来て、触れ合えて、好きだと言えば好きだと返って来る。我ながら順風満帆、理想的なカップルだったと思う。
その後も交際は順調に進み、毎日が楽しくて、このまま彼女との時間がずっと続いて、一生一緒に居るものだと疑う事無く過ごしていた。
でも、その幸せは突然終わりを迎えた。忘れもしない。あれは、冬休みに入る直前だった。
冬休み、彼女とどんな事をして過ごそうか、そんな事を考えていると、学校が終わった後に彼女に呼び出された。冬休みの話し合いかと、気楽な気持ちで向かった俺を待っていたのは、予想だにしない彼女の言葉だった。
――私達、今日で別れよっか。
訳が分からなかった。どうしてこんな事をいきなり言われるのか? 何かやらかしてしまっただろうか? でもそんな覚えは無い。嫌われるような事もしていないはずだし、少し前まで変わらない幸せな交際を続けていたはず。
それなのに何故? どうして彼女は突然別れようなんて言い出したのだ? 俺を嫌いになったのか? 何か不満があったのか? 他に好きな人でも出来たのか?
俺は必至に問い掛けた。なんで? 何か嫌なところでもあったのか? それなら直す。だから考え直してくれ。理由を教えてくれ。細かくは覚えてないが、とても支離滅裂な言葉を必死に吐いた。
そんないくつにも重なった俺の言葉に対して、彼女は、こんな言葉を口にした。
――なんだろう……強いて言うなら飽きちゃった、かな。冷めちゃったんだよね、この恋に。
なんだそれは。
飽きた? 冷めた? どうしてだ? 好きだと言ってくれたのに、そんな理由で俺を突き放すのか?
言い返したかった。引き留めたかった。でも、言葉が出てこなかった。そのまま彼女は一言、ごめんねと口にして、俺の前から姿を消し……二度と会う事は無かった。
こうして俺は、初めての失恋を経験した。それは俺の思っていた以上に心に傷を残した。
愛する人に見捨てられる事が、こんなにも辛いのか。……もう、こんな思いは二度と経験したくない。なら、俺はもう――
「――もう、二度と恋なんてしない……そう、決めたんだ」
「……そんな事が、あったんだ」
全てを聞き終えると火鈴は、表情を曇らせた。まるで自分の事のように、うっすらと涙を浮かべていた。
「情けないだろ? 結局は失恋したのがトラウマで、二度と同じ思いをしたくないからって逃げたんだ。とんだ臆病者だよ」
「そんな事……! そんな事、ないよ……」
「……ともかく、そういう事だ。俺はもう、二度と誰かと付き合うつもりはないんだ。だから火鈴の気持ちには、答えられない」
「で、でも! 私はそんな事無い! 私は絶対、零司君を見捨てたりしないよ! だから――」
「彼女もそうだった」
俺の割り込みに、火鈴は言葉を詰まらせる。
「彼女も似たような事言ってた。ずっと一緒だよって。好きだよって。でも結果はああなった。……そんなの経験したら、何も信用出来ないだろ」
「そ、れは……」
「仕方ないさ。一生を誓い合ったのに、離婚だなんだとかで争うのが人だ。それが人間ってもんだ。……でも、俺は人のそんなところが怖い。好きな人に見捨てられるのも……もしかしたら、自分が見捨てる側になってしまうかもしれないのも」
「零司、君……」
「人の気持ちは移ろう。いつどんな時に、どんな風に変わるか分からない。愛情が無関心に、嫌悪に簡単に変わっちゃうものだ。俺はそんなのとは向き合いたくない、臆病者なんだ」
俺は踵を返し、火鈴に背を向ける。
「例えお前の気持ちが絶対揺るがないとしても、俺は怖くて向き合えない。だから、俺はお前の気持ちには答えられない」
「零司君……」
「大丈夫、火鈴は良い女性だ。きっと俺なんかよりも良い相手が、王子様が見つかるよ」
「ま、待って――」
「家、近いんだよな? じゃあ、送らなくても大丈夫だな。……さよなら」
彼女に背を向けたまま、俺は歩き出す。彼女の好意から逃げるように、俺はその場を後にした。
◆◆◆
「――で、結局夢原ちゃんの事を振って、一人で帰ってしまった訳だ」
翌日。海と一緒に学校へ向かう道中、俺はしつこく聞かれたので彼に昨日の出来事を全て説明した。
「お前、まーだあの失恋引きずってんの? 失恋なんかして当たり前よ? そんなんで落ち込んでたら人生やってけねーぞ?」
「俺だってそう思うさ。でも……なかなか立ち直れないんだよ」
「はぁ……メンタル弱すぎだってーの。でもこれで、夢原ちゃんとはお別れって事になるのかねー」
「そうだろう。流石に、もう言い寄っては来ないだろう」
「女の子の純粋な愛情を断ってさぁ……夢原ちゃんきっと傷付いてるぞ? 最低男!」
「……自覚してるよ」
でも、これでいいんだ。これで彼女は俺との恋愛を忘れ、新たな恋に向かって進める。その方がきっと、彼女の将来の為になる。
「はぁー、折角知り合えたのに、これで終わりかー。お前と夢原ちゃんカップルに便乗して、俺と音無ちゃんも付き合っちゃう計画がおじゃんだ」
「何計画してるんだよ……つーか上手く行かないだろ、それ」
「分かんねーだろ? でも、本当に勿体無いよなー」
「……いいんだよ、これで」
そんな事を話していると、学校に到着。校門を抜けて校舎に向かっていた、その時だった。
「――あ、零司君だ! おっはよー!」
後ろからもう二度と聞く事が無いと思っていた声が飛んできて、慌てて振り返る。
そこには、やはり火鈴の姿があった。彼女は友人の音無と一緒に手を振り、満面の笑みを浮かべながらこちらに駆け寄って来た。
「朝から会えるなんてラッキー! 今日も素敵だなぁ……」
「ど、どういうつもりだよ! お前、昨日俺が言った事分かってるのか!?」
「ん? うん、もちろん分かってるよ」
「だったら、なんで……!」
「だって、別に会いに来るなとか、嫌いだから近付くなとか、そういう事は言われて無いから。だからこうして話し掛けたんだけど、駄目だった?」
そう言いながら、火鈴は首を傾げる。
「た、確かにそうだけど……俺はお前とは……」
「分かってる。分かってるよ、零司君の気持ちは。分かった上で、私はこうしてる」
火鈴は真剣な眼差しで、俺の顔を真っ直ぐ見つめる。
「私はね、やっぱり零司君が好き。この気持ちは変わらないし、一生続くものだと信じてる。だから、私は零司君の恋人になりたい」
「それは……昨日も言ったけど、それでも俺は……」
「うん。分かってる。だからね、私は決めたの!」
「決めた……?」
「これからどれだけ時間を掛けてでも、零司君に私の気持ちを受け取ってもらうように頑張る! 過去のトラウマなんてどうでもいいってなるぐらいに、零司君を惚れさせてみせる! これが私のやるべき事! 私のやりたい事! 私の気持ち!」
火鈴はグッと握った拳を胸に当て、強気な笑みを浮かべる。
「零司君も、その思いは譲れないと思う。でも、私も譲れない。だから頑張る! 恋は障害が多いほど、燃えるってものだよ!」
「お前……」
「だから、これからもどうぞよろしく! じゃあ、今日もお昼一緒に食べようね!」
そう言って、火鈴は校舎に向かって走る。その後ろ姿を、俺は呆然と見送る。
「昨日の事、あの子から聞いたよ」
「音無……」
「あの子、めちゃくちゃ本気だからさ。無理に付き合えとは言わないけど、しっかり見ててあげてよ、あの子の努力をさ」
よろしくね、と最後に付けたし、音無は火鈴の後を追い掛けた。
「ほら、俺の言った通りだろ? 夢原ちゃんは、そんなやわじゃ無いって。ま、これでお前のトラウマが少しは解決するといいんだがな。いやー、これから大変になりそうだな」
「…………そうかもな」
まさか、こんな事になるなんてな……夢原火鈴、彼女との付き合いは、まだまだ続きそうだ。
正直、俺のこのトラウマが解消される気は、全くもって無い。でもいつかは克服したいと、いつかは誰かを愛し、共に歩みたいと、心のどこかでは願っているのかもしれない。
彼女がこのトラウマを打ち消すかは、まだ分からない。でも、この出来事をキッカケに何かが変わりそうな……そんな気がする。
ようやくプロローグが終了です。
ここから零司の望まぬ青春が始まります。新キャラや新しいヒロインもどんどん増えていきます。
この作品を気に入ってくれた方は、是非今後もお付き合いお願いします。