恋愛不適合者達の恋愛事情~恋愛しないと決めたのに、見知らぬ美少女に告白されて望まぬ青春がやって来た~ 作:藤龍
「もー! 昨日のあいつマジでなんだったの! チョームカつくんですけどー!」
分かりやすく苛ついた軽井沢の声が屋上に響き渡る。
俺達男性陣、火鈴達女性陣の計七名は昼休みに屋上に集まり、昨日あった例の風紀委員長との一件について話しながら昼食を取っていた。
「随分イライラしてるねー、軽井沢ちゃん」
「とーぜんだし! あいつ、りっくんの事馬鹿にしたような事言ったり、別れた方がいいー、みたいな事勝手に言ってさ! もー、あーしあったま来てるし!!」
「まーまー軽井沢ちゃん。気持ちは分かるけど、落ち着いとこうぜ。あんまり騒いでると、またあの風紀委員長さんが来るぜー?」
「ムッ……それは困るから黙ってる」
拗ねたようにぷくっと頬を膨らませながら、軽井沢は寄り掛かるように陸也に抱き付く。
相当ご立腹のようだな。まあ、無理も無いか。あんな事があった訳だし。
「しっかしまあ、あの風紀委員長ちゃんはなんというか……聞いてた以上にお堅い感じだったなー。えーっと、確か……」
「
「おお、サンキュー音無ちゃん。D組か……つーと、空翔と同じクラスじゃん。お前、なんかあの子の事知らねーの?」
「知らん。三次元には興味無い」
海の言葉を一蹴して、空翔はスマホ画面と向き合う。
「かー、相変わらずノリわりぃな。ちょっとはコミュニケーション取ろうぜ現代っ子。ほら、オタクならではの視点とか無いの? ああいうタイプ、ギャルゲとかに居そうじゃね? 堅物風紀委員長とか、如何にもじゃん」
「……まあ、一理はあるな。ああいうタイプは八割はチョロイン系だろうな。典型的なツンデレ属性もありそうだ」
「あー、それっぽい」
「チョロイン……? 何語だそれ」
サブカルチャーにめっぽう弱い陸也が、頭にクエスチョンマークを浮かべながら首を傾げる。
「チョロインってのは簡単に言えばちょろいヒロインの略だ。ちょっとした事からコロッと落ちるような奴の事を言う。典型例はこういう奴だ」
と、空翔は火鈴を親指で指す。
「あー、大体分かった」
「ムゥ……私はちょろいんじゃなくて、零司君が運命の人だったから惚れただけだもん!」
「あー、はいはい。でも、水瀬さんそんなチョロイン? に分類されるような人かね? だって彼女、相当な男嫌いだし」
「それもありがちな属性だな。ま、俺が言ってるのはあくまで二次元の話だ。音無の言う通り、三次元は言うほど簡単じゃない。つまり、だからクソだ」
「なんだ最後の結論」
「――いんや。それはどうかな?」
と、海が含み笑いを見せる。全員が嫌な予感を覚えた中、彼は話を続ける。
「確かに水瀬ちゃんは難攻不落な空気がある。しかし、この世に口説き落とせぬ女子など居ない! ここはこの俺、恋愛マスターである海様が一肌脱ぐ時が来たみたいだな!」
どの口が言ってんだ。
「俺があの堅物風紀委員長の殻を打ち砕き! 口説き落とし、恋という甘い果実を教えてあげようじゃないか! そうすれば彼女も凝り固まった考えを改め、自由恋愛の権利を皆に与えるだろう! そうすればこの学園は愛に溢れる! そして俺にも春が訪れる! 万事解決! ラブ&ピース!!」
「うーん……明坂君には悪いけど、無理なんじゃないかな? 水瀬さん、君みたいなタイプ大嫌いだろうし」
「音無含め多くの女子に振られてる奴が何言ってんだ」
「テメェには無理だろ。現実見ろって」
「あーしもどーいー」
「君達フルボッコは止めようか! 海君ハートブレイク寸前!!」
「アハハ……でも、確かにそれは難しそうだよね」
海の悲痛な叫びに苦笑いを送ってから、火鈴は続ける。
「水瀬さん、本当に男の人に対して敵意が強かったし。ちょっと怖いぐらいだよ」
「まあ、確かにそうだったな。一体何があったらあんなになるんだか。音無ちゃんはなんか知らないの?」
「私も別に仲が良いって訳じゃないし、詳しい事は知らない。ただまあ、昔何かあったんじゃないかな? 男女交際とか、そういうので色々とさ」
「やっぱそうなるのかねぇ。お前みたいなトラウマ持ちとか?」
ピッと、海は俺を指差す。
「だとしたら、お前はなんか分かんじゃねーの?」
「適当な事言うなよ……分かる訳ねーよ。ていうか、もうこの話はいいだろ」
「えー、でも気になんじゃん。水瀬ちゃんに何があったかさ」
「それは……ならなくは無いけどさ」
あそこまでの敵意、相当な事があったのは間違えない。それが気にならないと言えば、それは嘘になる。
もし、海の言う通り彼女も恋愛関係で何かトラウマを抱えたというのなら、なんとかしてやりたいという気持ちは、少しはある。
「……でも、だからって他人の俺達が首を突っ込んでいい話じゃないだろうきっと。もう必要以上に関わらないでおこうぜ」
「関わらないって言っても、そうはいかないんじゃないか? お前、目ぇ付けられてるみたいだし?」
「問題起こさなきゃいいだけだ」
「まあそうだけどさ。でもこのままじゃ、マジで恋愛禁止みたいな事になりかねんぜ? そうなったらどうなるの俺の青春! お前も嫌だろ!?」
「俺としては、むしろ大歓迎だが……」
チラリと、陸也と軽井沢に目をやる。
二人みたいな既存のカップルの関係が壊れるのは、確かにあまり良い事では無いかもしれないな。
「けど、俺達に出来る事なんて無いだろう」
「いやだから、俺のさっきのアイデアで……」
「それは無理だろ。いいから大人しくしてようぜ」
こちらから向こうに関わる必要は無いんだ。だからこのまま平穏に、静かに過ごせればそれでいい。そう、平穏に――
◆◆◆
――そう願ったはずなのに、どうやら運命は俺に平穏という物を与えてはくれないらしい。
「また会ったな。月村零司」
翌日の昼休み。一人で校舎内をぶらついていたところ、風紀委員長とエンカウントしました。
「……名乗った覚えは無いんだが、どうして俺の事を?」
「生徒の名前を調べる事ぐらい簡単だ」
「そうですか…………あの、何か用でしょうか?」
「別に用がある訳では無いが……お前、何か問題は起こしてないだろうな?」
ギロリという効果音が付きそうな鋭い視線に、冷や汗が額を流れる。
「も、問題って……俺は別に不良じゃないし、何も無いですよ」
「そうか……では私が耳にした噂は間違えだったのだな」
「噂……?」
「ああ。昼休み、屋上で夢原火鈴がお前に胸を押し当てるといった行為をしていたとか、な」
「グフッ……!?」
思わぬ言葉が水瀬の口から出た事に動揺し、空気が変なところに入りつい咳き込む。
それってあの時のか……確かに他の生徒は居たけど、そんな風に見られてたのかよ!
「その反応、間違えでは無かったようだな」
「た、確かにそんな事もあったけど……別に問題って訳ではないだろう。誰かに迷惑は掛けてないんだし」
「迷惑を掛けたとか、そういう事では無い。そういった不純な行為は、学園の風紀を乱すと私は言ってるんだ」
「そ、れは……ちょっと言い過ぎっていうか、過剰なんじゃないか?」
俺の反論に、水瀬は「いやそれは違う」と首を横に振る。
「そういった小さな事が、やがて大きなものに繋がる。そういう細かな事を指摘するのが、学園の風紀を守る為の大事な一歩なんだ」
曲げる気が無いなこれ……本当に堅物だな、この子は。
「ああ、ついでに言っておこう。お前の友人、明坂海と言ったか?」
「海も何か?」
「あの男、度々不特定多数の女生徒に声を掛けていると風紀委員の間でも話題に上がっている。ああいった行動は大いに迷惑だ。風紀を乱す一番の要因になりかねん。期待はしていないが、お前からも注意喚起ぐらい飛ばしておけ」
「あー、それは……非常に申し訳ない」
これに関しては何も言い返せない……海、友人として俺は恥ずかしいよ。
「それから二階堂空翔だったか? あいつも友人らしいな」
「え、空翔も何か?」
「あいつは男女関係の問題は一切無いが、授業中もスマホを触っていたり、不真面目にも程がある。なんなんだあいつは。スマホ依存症か?」
「……どっちかというと、二次元依存症かな」
「なんだそれは。それから鬼頭陸也だ。軽井沢恵との付き合い方もそうだが、それ以前に女生徒から威嚇されただの、睨まれただの、他にも多数の話が舞い込んでくる。それに他校の生徒と喧嘩したという噂も多く聞く。なんだ? お前の周りは問題児ばかりか?」
「……顔が怖いだけだから許してやって下さい」
どうして友人の不始末で俺が怒られんきゃならんのだ。
しかしこうして聞くと、俺の周り問題児多いな。そりゃ平穏な学園生活なんて来ない訳よ。
「はぁ……呆れて物も言えん。やはり、男というのは馬鹿で愚かな奴らの集まりだな。こんなでは、風紀が乱れる一方だ」
頭を抱えながら、水瀬はブツブツと小言をこぼす。
まただ……男に対してのこの敵意。正直異常なぐらいだ。
「……なあ。水瀬はどうして、そんなに男を嫌うんだ?」
気が付くと、口からそんな言葉が無意識にこぼれ落ちていた。
「……どうしてそのような事を聞く」
「あ、いや……だって、お前のその男嫌いな空気、ちょっとおかしいからさ。確かに男っていうのは女子から見たら馬鹿な奴らかもしれないけどさ……」
「…………」
俺の言葉に対し、水瀬は口を噤んだままジッとこちらを見据えるのみ。
まあ、そうだよね。赤の他人にそんなプライバシーに関わる事は言わないか。
「ある出来事がキッカケだ」
と思いきや、水瀬は遅れて口を開いた。
「私はその出来事をキッカケに、男という存在に幻滅した。男は愚かで、馬鹿で、救いようの無い存在だと認識した。だから嫌い。それだけだ」
「……男女交際にうるさいのもそれが原因か?」
「そうだな。恋愛は人を堕落させるとその時に学んだ。だから私は、愛だの恋だのは真っ向から否定する。……これ以上の事は言わん。こんな事を聞いてどうする?」
「どうするって、それは……」
確かに、どうしてこんな事を聞いてるのだろう? 少し悩んでから、俺は言葉を続けた。
「なんていうか……放っておけない?」
「何?」
「俺さ……昔、恋愛関係で苦い思い出があってさ。それでなんというか……恋だ愛だとか、そういうのにトラウマ抱えてさ。で、もしかしたらお前の男嫌いも、そういった昔のトラウマが原因なのかなって。だったら、なんだ……相談ぐらいは乗ってやれるかなー……みたいな?」
「……なんだそれは」
そう吐き捨てるように言うと、水瀬は背を向ける。
「とんだお人好しだな。赤の他人なのに、そのような事情に首を突っ込むとはな」
「そ、そんな言い方は無いだろう」
「だが、見当違いだな。別に私自身は恋愛経験は一切無い。だからトラウマなど無い。だからお前の出る幕など無い。そもそも、男に頼る気は無い。話は終わりだ。ではな」
「あ、ちょっと……」
俺の制止は届かず、彼女はそのまま歩き出し、廊下の先に姿を消した。
男嫌いは別に彼女自身のトラウマが原因って訳じゃ無いのか……とんだトラウマの晒し損だな。
――ある出来事がキッカケだ。
「ある出来事、か……」
彼女が男にあれだけ幻滅するようになった出来事とはなんなのか? その事が、なんとなく頭の片隅に引っ掛かった。