「な、な、な、な、な………」
将和は四国から戻り芥川山城で長慶に報告に参ったが、長慶は将和の傍らにいる小少将に目を見開いていた。それは居並んだ一存や長逸達も同様である。
「兄様……そ、その者は……」
「細川真之の母、小少将でございます」
震える指を指す長慶に小少将は頭を下げて爆弾を投下する。
「人質として将和殿の傍らにおりまする」
「か、傍らに!?」
「はい」
目を見開く長慶に小少将は微笑むが横からそれを見る将和は溜め息を吐いていた。
(めちゃくちゃ煽ってるし……皆の動揺も凄まじいな……)
久秀は扇子で口元を隠して笑っているように見えた。だが、袈裟の下では左拳を強く握り締めていたりする。
「そういうわけにございますので今後ともよろしくお願いします」
そう言う小少将だった。多少の混乱がありつつも軍議が開催された。
「尾張の織田信長が美濃三人衆を味方に付ける事に成功し西美濃はほぼ織田家の手中になった」
「うつけと思っていたが……将兄の言う通りになってきたな」
『………』
一存の呟きに、皆は黙り将和に視線を向けるが当の将和本人はのほほんと茶を飲んでいた。
「……終わった事を今更あれこれ言うのは仕方ない。ならば次は最善の策を取れば良い」
茶菓子を食べる将和の姿に長慶らは安心したとばかりに深い安堵の息を吐いたのであった。その様子に久秀は口元を扇子で隠しながら小さく舌打ちをした。
(将和殿の様子見しか出来ないのかしら……)
とりあえず信貴山城に戻ったら平蜘蛛を眺めてそのイライラを落ち着こうと思う久秀である。
「そこでだ長慶……俺は二正面作戦を具申する」
「二正面作戦だと?」
将和の具申に長慶達はざわめきだす。それを尻目に将和は日本の地図を拡げた。
「即ち西と東に兵を分ける」
「西と東に……?」
「あぁ」
将和はそう言って扇子を播磨と但馬にトントンと指す。
「西は播磨と但馬。そして東は……」
そう言って指したのは近江と越前だった。
「近江と越前だ」
「近江と越前……六角・浅井は元より朝倉も敵にすると? 朝倉は宗滴亡き後は北の一向衆に手を焼くと聞くが……」
「浅井を攻撃すれば朝倉も浅井に協力しようとするからな。ついでに叩くしかあるまい」
「ですが二正面作戦となると兵が……」
「心配するな。西の攻略は今まで通りの農民兵主体で行え。東は常備兵でやる」
「東を常備兵で侵攻すると?」
「あぁ、そろそろ良い具合になっているからな」
三ヶ所に城下町を形成し常備兵を引き入れている三好家、この時常備兵は総勢一万二千まで膨れ上がっていた。
「俺が言い出しっぺだからな、東をやらせてもらいたい」
「東を……か。織田への警戒も含めてか兄様?」
「まぁそう言うこったな」
長慶の言葉に将和は頷く。
「……分かった。東は兄様に任せよう」
「御英断……感謝する」
将和はそう言って長慶に頭を下げるのであった。そしてその日の夜半……長慶達はまた集まっていた。
「将和様、元気そうで何よりですね」
「あぁ、心配していたが大丈夫そうだな」
「………」
長慶達の言葉を聞きながら久秀は長慶達の態度にイライラしていた。だが久秀もそれを顔に出さずに茶を立て、長慶達に配り自身も茶に口をつけていた。なお、政康は茶より酒を所望していたので酒を飲んでいる。
「……どうした久秀? 何か荒っぽくないか?」
茶を見ていた長慶は茶の泡立ち方がいつもと違うと認識しやんわりと久秀に問う。
「その……いえ……」
「あら、久秀にしては歯切れが悪いわね?」
いつもと違う様子の久秀に政康は仕返しとばかりにニヤニヤしながら聞くが久秀はしどろもどろに近い状態である。
「何か話せない訳でもあるのでしょうか?」
久秀と今でも対立関係である順慶も流石に心配な様子を見せる。
「~~えぇい、ままよ!?」
「あっ私の……」
久秀は政康の徳利を手に取り、それを口に付けて一気に飲み干す。なお、その徳利は将和が特注で作らせた通い徳利なので量はかなりあった。だが久秀はそれを全て飲み干した。その表情はうっすらと赤みを増していた。
「ぷはァ!!」
「お、おい久秀……」
「………ぃ……よ……」
「えっ?」
「いい加減にしなさいよ!! どいつもこいつも将和殿のご機嫌を伺うような顔を見せて!! 見ている此方が不愉快よ!!」
「なッ!? 久秀!!」
顔を真っ赤にし酔いに任せて叫ぶ久秀に政康が叫ぶ。その発言からして長慶も批判していると見られたからだ。事実、久秀は長慶をも批判していた。
「将和殿の具申を却下しながら実際にその通りになれば将和殿の顔色を伺い、将和殿を怒らせないようにする仕草を全員がしていたら不愉快よ!!」
「でもあの時は……」
「将和殿も急ぎ過ぎたとは言っていたわ。でも私が気に食わないのはその後の貴女達の行動よ!! どいつもこいつも顔色を伺っては安堵をする……うんざりなのよ!!」
バンと床を叩く久秀。その様子に皆も少なからず驚いていた。
「少しは将和殿の心中を察したらどうなのかしら!!」
『……………』
久秀の叫びに皆は何も言えなかった。やがて口を開いたのは長慶だった。長慶は久秀に向いて頭を下げたのである。
「済まなかった久秀」
「いえ……むしろ謝るのは将和殿にでしょう」
「そうだな。それにしても久秀はよく兄様の行動を見ているな? うん?」
「そんな事は……(口を滑らし過ぎたわ……)」
酔いに任せたとはいえ、少々喋り過ぎた久秀である。
「フフ、久秀も余程兄様を好むと見えるな」
(あー違うと言いたいけど、拒否れば余計に悪化する……とりあえず長頼を苛めよう)
そう苦悩する久秀とトバっちりを食らう長頼である。
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