「最近、尼子が東に来ようとしているようだ」
「生野銀山を狙う気なんだろうな。経久に比べたら晴久の手の内は分かる」
芥川山城で長慶と将和らは軍儀をしていた。だが報告をする和夏は首を振る。
「いや、どうやら今の尼子を指揮しているのは経久のようだ」
「経久!?」
和夏の言葉に将和は目を見開いた。
「経久はまだ生きているのか!?」
「経久は鬼。鬼に歳は関係ないようだな……」
(あの婆……まさか……)
将和はまさかと思う。
「当主の晴久を引摺り降ろした……?」
「……可能性はあるが……」
「だが今の尼子は出雲・伯耆・因幡・石見まで下がっている。播磨は我々が頂戴したから尼子の影響力は無いが……待て」
将和は見ていた地図に扇子である地域を叩いた。その場所は安芸国だった。
「……毛利と組んだか」
「それこそ有り得ないぞ兄様」
「いや、複雑な中国地方の関係図を考えれば可能性は高い」
二大戦国大名の締結に将和は頭を抱える。将和の予想は的中しており、毛利と尼子は手を結んで三好家に当たろうとしていたのである。
「お母さん、尼子と手を結んで良かったの?」
安芸国にある吉田郡山城の一室で毛利元就の次女である吉川元春はそう元就に言う。部屋の中には他にも長女の毛利隆元、三女の小早川隆景、更に毛利秀包もいた。
「本来なら結ぶつもりはありませんよ元春」
「それなら……」
「尼子とは利害が一致したが故に結んだ……それだけよ」
「利害……博多を大友から奪う……」
「隆元、奪うとは少々言葉が過ぎるわ。返してもらうのよ」
大内家の継承者であると自負する毛利家は大友に占領された博多の奪還は急務だったと言える。そのため東に活路を見出だそうとする尼子と局地的ながらの同盟であった。
「でもお母さん、今の三好家は何をするか分からないよ?」
「備前の宇喜多にも警戒する事は伝えてあるわ。海路も瀬戸内は村上水軍が抑えている」
(それでも……三好家が何を考えているのか……)
隆元はそう思う。将軍家とガチで戦争をして和平ではあるものの勝利しているのだ。警戒しない方がおかしいだろう。
そして三好家でも対毛利への警戒を厳にしていた。
「尼子など既に死に体だが万が一もある。山陽と山陰の両方から備える必要はあるだろう」
「だろうな」
「ですが全軍は出せません。将軍が怪しい動きをしています」
「またか……」
長逸の報告に将和は溜め息を吐いた。あの将軍は余程三好家が気に入らないらしい。
「将軍には俺が当たろう」
「宜しいので?」
「あの将軍は俺を恨んでいるからな。俺が動けば奴も動く」
「……分かった。だが無茶はしないでくれ兄様」
「あぁ……と言いたいが……」
将和は扇子で地図の京・安芸・出雲の場所をトントンと叩く。
「……奴等を引き離すか」
「離間の計……ですね」
将和の言葉に長逸が反応する。
「あぁ。だが相手は謀略に謀略を重ねる毛利と尼子だ」
そして将和はトントンと備前を扇子で叩く。
「毛利の餌には備前を使う。尼子には新宮党を利用する」
「備前……となると今、新興してきている宇喜多ですね」
「尼子の新宮党……ですが新宮党は粛清で……」
「確かに新宮党はガタガタだろうな……だが、御輿があれば……どうする?」
「……まさか」
「引き摺り降ろされた晴久を使う」
「何と……いやだが筋は合いますね」
「和夏」
「此処に」
将和の呼びに天井裏で待機していた和夏が声を出す。
「諜報隊を存分に使い尼子・毛利の関係をズタズタに引き裂いて西の憂いを絶ち将軍と決着を付ける」
「任されよ。して作戦は?」
「うむ。作戦はーーーーーー」
なお、将和の口から語られる作戦の内容には流石に長慶らもドン引きしたようである。
「兄様……」
「それは流石に引きますね~」
「え、そんなに……」
なお、久秀は内容を聞いて目をキラキラさせていた。謀将としての血が騒いでいるのかもしれない。斯くして作戦は決行される。最初の手始めとして長慶率いる主力の軍勢36000が播磨の姫路城に入城し侵攻する構えをする。
「やはり山陽に来ますか……宇喜多に備えを伝えなさい」
「はっ」
報告を受けた元就は宇喜多直家に書状を出す。だが直家はこの書状を破り捨て毛利と戦う構えをする。
「宜しいのですか兄上?」
「フッ、構いませんよ」
直家は弟忠家の言葉にニヤリと笑いそう告げる。宇喜多家は現在、金光宗高を謀殺し御野郡岡山に城を築こうとしている最中だった。
「金光と三村を謀殺したのを黙殺してくれたのは感謝しますが……対三好に当てようとするのは些か府に落ちませんのでね」
「ですが三好家に味方をしても毛利との最前線になりますぞ?」
「まだ一途の望みはある」
忠家の言葉に直家はそう返して多数の書状を見せる。
「これは……」
「以前から三好家の筆頭家老から書状を極秘に貰っていましてな……備前を対価に資金援助とか貰いましたよ」
「何と……」
「ワシらにも内密だったのか」
直家の言葉に控えていた長船長親が呆れたような表情をしながら言う。
「ですが宇喜多家が急速に発展出来た謎も分かりました」
戸川秀安も納得したように頷く。直家の指揮の下で宇喜多家は躍進し備前を支配するようになっていたのだ。
だが忠家はまだ府に落ちない表情をしていた。
「ですが兄上。これだと毛利との……」
「うむ。お主が先程言ったようにこき使われる可能性はあるだろう……。だがいい子ちゃんを演じている方が何かと便利だ。馬鹿どもは直ぐに騙される」
「……暫くはこのままと?」
「そうなるね。まぁやる事は変わらないが……(隙を見て暗殺やれるなら暗殺でもしてみようか)」
内心、そう思う直家である。そして直家の謀反に元就は静かにキレていた。
「そう……金光と三村の暗殺を黙殺した代償がこれですか……」
「お母さん、備前を攻める?」
「えぇ。準備をしておきなさい」
毛利は吉川元春を総大将とし備前を攻める準備をするが西から急報が入る。
「何ですと? 大友が長門に攻める気配があると?」
「はっ。間者からの報告では軍勢を博多で整えていると……」
「……元春に軍勢を長門に布陣させるように伝えなさい」
「しかし、それでは……」
「備前より大友です」
毛利は天下を望まない。しかし、博多を手に入れる事は別であった。というのも博多は元々大内家が所有しており大寧寺の変のイザコザで大友側に渡ったのだ。
大内の後継者と宣伝する毛利としては博多の奪還は急務だったのだ。
(しかし……急な大友の動き……まさか……)
元就は有り得ない答えを見出だしたが被りを振った。有り得ないと考えたのだ。
「備前は及び播磨へは見せる構えだけにします。後は尼子の女狐に任せます」
元就はそう言うが尼子も尼子で問題が発生していた。
「何と申した? 晴久が謀反を企てていると……?」
「はっ、新宮党に潜入した間者からの報告では……」
「有り得ぬ……当主交代の際はちゃんとワシが丁寧に説明したではないか……」
家臣亀井秀綱からの報告に経久は頭を抱える。当主交代は義輝からの三好家包囲網の結成によるものだった。今の晴久ではまだ尼子当主ではやりきれぬと判断した経久が尼子の当主となる事で山陰での影響力を少しでも増せようとしたからだった。そのため晴久も納得していた……筈だった。
「それと新宮党の中でも怪しい動きがあると……」
「チッ、やはり粛清した怒りが此方に向いたかや」
「それも粛清を晴久様に命じたのが……殿だと言う風潮が新宮党内であると……」
「……あの戯けどもめ……」
経久はバキッと扇子を叩き割る。そして経久は思い付く。
(……まさかこれは……)
他の間者によれば大友が長門に攻める気配を見せているのは聞いていた。そのため、毛利は備前攻略に用意していた軍勢を長門に張り付かせる羽目になったと聞く。
(………これがあやつの策であるなら……尼子は元より将軍家は恐ろしい者と対峙している事になるのぅ……)
経久は直ぐに合点がいくように頷く。
「殿?」
「秀綱……東へは行く構えだけにするぞ」
「……罠と?」
「可能性は非常にある。ならばじゃ、ワシらは国内を固める。粛清した新宮党が怪しい動きをしているからのぅ」
「成る程……」
無駄に兵力を減らすより国内を固めて軍備を増強するのが遥かにマシである。経久はそう判断したのだ。
「ククク……今回はその策に……乗ってやるかのぅ。次はこうはイカンがな」
ニヤリと笑う経久だった。このように西は謀略を以て動きを封じる事に成功した将和だったが東からの動きは全く以て想定外だったのである。
「越後の上杉謙信、加賀国を攻略中!! 越前に迫る勢いです!!」
越後の龍が動き出したのである。
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