「ん………」
河内国飯盛山城にある部屋、卯の刻に差し掛かろうとした時に将和は目を覚ます。もぞもぞと隣で何かが動く。綿入りの布団を捲ればそこには裸で丸まって寝ている高虎がそこにいた。
寝息を立てて寝ている高虎に将和は気付かれぬようソッと布団を出て部屋の襖を開けゆっくりと閉める。
「将和様、朝餉の御用意、整えております」
「ん」
宿直の言葉に将和は頷き寝間着のまま別の部屋で朝餉を食する。
「ん、今日も味噌汁は美味い」
「藍様が作りしモノは美味しいですわね」
将和の言葉に同じく食している順慶はそう言う。飯盛山城の台所はほぼ藍が握っているようなモノであった。そこへ欠伸をしながら高虎も漸く起きて入ってきた。
「ふわぁ~。昨日はよく戦ったものだ」
「朝からはしたないですわ高虎さん」
「一昨日のアンタの様子をそのままそっくり返すぞ」
「何ですって?」
高虎の売り言葉に買い言葉に言い返す順慶である。それを尻目に将和は味噌汁を啜るのであった。朝餉後、将和らは芥川山城に向かう事になっていた。準備中に工作室にいた左近とも合流し将和らは馬での移動をするのである。
「よく来てくれた兄様。昼餉はまだでしょう? 供にしませんか?」
「ん。御同伴に預かろうかな」
芥川山城の門にて出迎えた長慶の言葉に将和らは頷く。そして昼、重臣達と昼餉を供にするのである。
「な、何じゃこれは……」
「今日は兄様が来るから鶏の唐揚げを作ってもらった」
「何!? 鶏じゃと!?」
長慶の言葉に最近、三好家入りしたばかりの義輝らは目を見開く。
「それに卵を使った玉子焼きとかもあるな」
「何!?」
長慶の言葉に義輝は驚きを隠せなかった。雌鳥
「お、御主らは天武の帝が定めた令を逸脱しておるのか!?」
「逸脱と言っても天武の世から既に900年は過ぎている。今更過ぎるな」
将和はそう言って唐揚げを食べる。肉から溢れ出る脂に将和はかつての時を思い出し、唐揚げを1個掴んで義輝の前に出す。
「ッ」
「四の五は言わずに一度喰ってみろッ」
「……………………」
将和の言葉に義輝は悩んだ末に口を開けて食べる。食べそのジューシーさに再度目を見開いた。
「う、美味いのじゃ!! 美味いぞ!!」
「だろ?」
「ッ」
喜ぶ義輝に将和がニカッと笑うと恥ずかしかったのか義輝は顔を紅くしながらも無言で唐揚げを食べるのであった。なお、余程美味しかったのか更に二皿も御代わりする程であった。それはさておき、腹も膨れた事で未の刻の初め頃に三好家の軍儀が始まった。なお、司会はいつものように長逸が行っている。
「綿花の生産は?」
「今は大和国と紀伊国で畑を作っているわ。幸い、寺を崩した跡地が大量にあるからね」
将和の言葉に久秀はニヤリと笑う。大和国にある寺はほぼ興福寺側に固められ、それに反した寺社は久秀の軍勢によって焦土と化していた。
それは紀伊でも同じであり雑賀孫一の雑賀衆や根来衆以外の寺社は駆逐されていたのだ。綿の栽培はその跡地を利用する事になっていた。無論、それまで以外のところで栽培されていた綿花は引き続き栽培を行うのである。
「しかし……日ノ本にも木綿を栽培出来たのだな」
軍儀に参加していた義輝は口を開く。義輝達の常識では綿は大陸からの輸入品であり長い間高級品として扱われてきた。
「三河で種は生き残っていた……寺社達が隠してな」
「何!?」
「まぁ寺社達が隠すのも無理は無いがな。無論、和夏達の隠密もあり種は此方も頂戴したからな。最初からの栽培がちと面倒だったがな」
「何と……底知れぬモノですね」
将和の言葉に幽斎は冷や汗をかく。だが三河の寺社が隠していたからこそ今の三好家に木綿を栽培出来る寸法だったのだ。
「栽培した木綿の繊維を布団の中に入れて保温性を保つ。これにより寒い冬も快適に過ごせる。農民達にまで拡がれば彼等も冬場に凍死する確率は大幅に下がるわけだな」
「売りには出さぬのか?」
「久秀の実家や堺の商人らが今売りに出してる。そのうち布団は全国に拡がるしカネの回収は早いうちに済ませておく方がいい」
「そうよね。父にもそう伝えているし大丈夫だと思うわ」
一応家族も気に掛ける久秀である。
「帝にも布団類は献上しているし、貴族どもにも順次配布はされているから多少のひもじい生活はしないだろう」
「……しかし貴族にも手を救うモノかや? 奴等に力等はありはせんぞ?」
「確かに力は無い……だがそれは武の力だ。奴等は政の力と技の力は1000年以上の長はある」
「政と技……」
「そうだ、そこは敬意を以て行う……が、貴族が調子を乗れば痛い目を見るのは向こうだがな」
義輝の言葉に将和は笑みを浮かべるのであった。
「次、生野銀山」
「採掘量は例年と変わりません。三好家の懐に入れるのも忘れてはおりません」
「ん。労働者への配慮は忘れるなよ?」
「無論です」
生野銀山は三好家の直轄家として運用されており莫大な銀は三好家の家計を支えるモノとなっていた。
「次」
「近江、丹波のコメを利用した澄み酒の生産と販売は上手くやっていますが、堺の商人達が澄み酒の作り方を盗み取ろうとしている動きがあります」
「警戒は強めろ。捕らえた場合は財産没収の上、放逐だ」
「頚はいりませんか?」
「財産没収されて放逐されるんだ。頚はいると思うか?」
「……いりませんね」
「だろ?」
長逸の言葉に将和はニヤリと笑う。やり過ぎは良くない、付かず離れずをしてくれたら三好家も甘い汁を吸わせるのである。
「他にも大和、紀伊での椎茸の栽培は上手くやっています」
「ん。石鹸は?」
「河内で生産された石鹸は商人を通して漸く軌道に乗れそうです。帝に献上したのが大きいです」
なお、石鹸についてはツバキや米油等を元に作られておりその性質等は評判があった。
「ん。問題ならいい、次」
「火縄銃に関してです。これは左近に報せます」
「やっとウチの出番やなッ。火縄銃に関しては火縄の一型の生産がようやっと乗ってきたところや」
左近はニカッと笑いながら報告をする。左近が開発した火縄銃は改良された銃身の中の螺旋や銃床が作られた以外は基本的に火縄であった。
『三好式長火縄銃一型』
全長:約1.5メートル(4.95尺)
重量:約4キロ(約1.06貫)
口径:約14mm(5匁)
射程:約350m(約192間)
弾丸:椎の実型
施条:3条
【概要】
三好家の三好将和が考案し、技術者でもある島左近によって製作された火縄銃である。火縄以外はほぼ史実のミニエー銃であり殺傷力、貫通力は大幅に向上し三好家は生産を行う事になる。生産は規模を拡大させ近江の国友、紀伊の根来等も生産に参加した。
また、将和の考案と左近の研究により燧石式(フリントロック式)に改良された二型、史実の『傍装雷火銃』(パーカッション式)を元に作成した三型がある。三好家の天下統一時には三種類合わせて20万丁にも及ぶ。
本銃は大量生産も目的にされており予めの寸法、口径、使用する弾丸は決められておりそれを元に生産されている。
「将和はんが言っていた燧石を元に二型の試作をしとるけどまだまだやな」
「構わん、時間を掛けても良いぞ」
「あんがとな将和はん」
「大筒はどうだ?」
「あー、大筒かぁ……あれはまだまだやなぁ。南蛮人からモノホンの大筒が無いと改良や生産の余地が無いわな」
「南蛮人からの大筒と言えば……和夏、南蛮人との交渉はどうなっている?」
「あぁ。一隻を堺に回してくれるようになった。時期は神無月の頃と聞いている」
「成る程……(南蛮人は?)」
(無論、頃合いを見て……だな)
将和の問いに和夏はヒソヒソと話す。つまりはそういう事である。
「それも良きだが……常備兵力を増やそうと思うがどうだ?」
「それは構いませんが……経済にカネを出したので余力は幾分かしかありませぬ」
将和の問いにそう反論したのは長慶の家臣である今村慶満であった。今村は三好家の資金運用を担っておりその表情は納得出来ないというものであった。しかし、和夏らからの情報で今村が三好家の資金を一部着服しているのは確認しておりその沙汰が出るまで隠し続けられていた。なお、後に沙汰が出て今村は斬首とされるのである。
「では如何程の兵力を増やせるんだ?」
「そうですな……良くて3000でしょう」
「成る程(嘘つけや……)」
今村の言葉に将和は頷くが内心ではそう毒づいていた。
「仕方あるまい。今村の言う通りにするか」
「お聞き下さり感謝致します」
「……………………」
今村はニコニコと頭を下げるが将和は無の表情で返すのであったがその様子を義輝は横目で見ていた。その日の夜、将和は芥川山城で宛がわれた部屋で酒をチビチビと飲んでいたがそこへ足音がする。
「義輝じゃ」
「………まぁ入れ」
将和の言葉に義輝は襖をスッと開けて入り胡座をかいて対面に座る。
「どうした夜ふけに?」
「ウム。実は御主に願いがあってのぅ」
「願い?」
「ウム。妾と幽斎、それに椿を御主の家臣にしてもらいたいのじゃ」
「ッ」
義輝はそう言って将和に頭をぎこちなく下げる。義輝は将軍であった故に頭を下げる事は中々無かった。しかし、今は将和に家臣にしてもらいたいと願い出て頭を垂れていた。
「……その意味……分かってやっているのか?」
「……無論じゃ。だからこそ御主に頭を下げておる」
将和の問いに義輝はそう断言した。将和は義輝の眼を見るがその眼は揺るぎそうには無かったので深い溜め息を吐いた。
「ちなみに……長慶には言ったのか?」
「あぁ言った。些か不満げだったが了承はしてくれたのじゃ」
「だろうな」
「だからこそ……今日は長慶に付き添ってもらいたいのじゃ」
「ん?」
「…………………」
スッと部屋に入ってきたのは寝間着姿の長慶であった。その長慶の表情は多少両の頬を赤らめつつも何かを期待するかのような視線だった。その様子に将和は溜め息を吐きつつも頷き、それを見て長慶は歩を進めて将和に抱きつくのである。ちなみに義輝はコッソリと退散していたが後学の為と将和からは見えない位置で見ていたりするのであった。
「まさかとは思うが肉が喰えるから家臣になったわけじゃないよな?」
「そ、そ、そ、そ、そんな事あるわけないでおじゃ!! それは御主の勘違いであろう!!」
将和の指摘に義輝は顔を真っ赤にしてそう言い返すが、箸を持つ右手には鶏の唐揚げが挟んでいたのは偶然かどうかは分かるまい……。
ちなみに将和の家臣になってから義輝は毎日のように唐揚げ等の肉料理を所望し食して武の鍛練をするが身体は更にムチムチのボンッキュッボンッになったらしい。
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