けものフレンズR くびわちほー   作:禁煙ライター

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けものフレンズR くびわちほー 第05話「かぞくのきずな(前編)」B・Cパート

フレンズ紹介~クロヒョウ~

 

 クロちゃんはネコ目ネコ科ヒョウ属の哺乳類、クロヒョウのフレンズだよ!

 クロヒョウはヒョウのこくへんしゅで、体中の毛が真っ黒なんだ!

 クロヒョウって種類がはっきりあるわけじゃなくて、とつぜんへんいで生まれた毛皮の黒いヒョウが、クロヒョウって呼ばれるみたいだね!

 

 クロヒョウは全身真っ黒だからヒョウ柄がないようにも見えるんだけど、実はおんなじ梅の花みたいな模様がうっすらあるんだって!

 にくがんだと光の加減が丁度よくないと見えないし、カメラで撮るにしてもとくしゅな光を当てないと分からないくらいなんだけどね。

 

 ちなみに、ヒョウにとってもよく似た動物にジャガーがいるんだけど、ジャガーは梅の花みたいな模様の中心に小さい斑点があって、ヒョウにはないんだって!

 普通のヒョウとジャガーならそんな模様のびみょうな違いで見分けられるんだけど、ジャガーにもこくへんしゅのクロジャガーがいるみたいなの!

 クロヒョウとクロジャガーが並んだら、もうぜんぜんわかんないよね!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 

 ― ― ―

 

 さて。

 わたしが今置かれた状況を説明する前に、ほんの少し前のことを話そう。

「あんな、ちょっと、たのみがあんねんけど。」

 と、めずらしくまじめな顔をしたヒョウちゃんが言った、そのすぐ後のこと。

 

 頼みって、どういうことだろう?

 ヒョウちゃんはヒトを探してたって、さっき言ってたけど、ヒトにしか頼めない用事、ってことなのかな?

 そんなことを考えていると、ヒョウちゃんはまじめな顔のまま、

「あんたにしかたのまれへんことやねん。いきなりこんなんいわれてこまるおもうけど、ちからになってくれへんやろか。このとおりや。」

 深々と頭を下げながら頼みこむ姿に、わたしはあわてて返事を返す。

「そんな! 頭なんて下げなくていいよ! あたしにできることなら手伝うから!」

「ホンマか!? なんやあんたむっちゃええやつやなぁ! おおきに!」

 わたしがふたつ返事でかいだくすると、ヒョウちゃんはがばっと顔を上げて、にこにこ顔でわたしの手を取りぶんぶんと振る。

 

 ヒョウちゃんのころころと変わる表情は、なんというか、見ていてとてもほがらかな気分になる。自然と表情がゆるむのが、自分でもわかった。

「あはは。でも、あたしに頼みって、何すればいいの? 言っとくけどあたし、大したことできないよ?」

「あー、それはやね、」

「ねえさま。くわしいはなしをするまえに、まずはふたりのしょうかいを。」

 話を続けようとするヒョウちゃんを、クロちゃんが遮る。クロちゃんのとなりにはついさっきやって来たふたりのフレンズさんがいた。

「こちら、イリエワニのリエと、メガネカイマンのメイですわ。リエねえさま、メイねえさま、こちらはともえさんとイエイヌさん、そしてくびわさんです。」

「リエよ。よろしくね。」

 クロちゃんの紹介に続いて、カッコイイ感じのフレンズさんが口を開く。この子がリエちゃんで、

「あ、あの、わたし、メイです。よろしくおねがいします・・・。」

 こっちの眼鏡をかけたおとなしそうなフレンズさんが、メイちゃんというみたい。

「ともえだよ。こちらこそ、よろしくね!」

「イエイヌです! よろしくおねがいします!」

「・・・くびわ、よろしく。」

 いつもの通りに名乗りながら、わたしはふたりのフレンズさんを見る。

 

 リエちゃんは黒いライダースジャケットにダメージジーンズという格好だった。袖口やブーツのトゲトゲと、けばだったジーンズの穴がなんだかワイルドな感じ。

 イリエワニのフレンズだけあって、ジャケットはもちろんワニ革だ。太くて長いしっぽにもワニらしくぎざぎざしたウロコがあって、すごくちからづよい印象だった。

 うすい黄色の髪を後ろでまとめているんだけど、二つに分かれた長い前髪はワニの大きなおくちみたいで、それもなんだかすっごいカッコイイ。

 きりっとしたつり目には緑色のアイシャドウが引かれていて、大人っぽいきれいな顔立ちをよりいっそう印象深くさせていた。

 

 メイちゃんは、上はミリタリーっぽい緑色のジャケットに、下は黒いスパッツの上からデニムのホットパンツを履いている形だ。

 リエちゃんとおんなじでトゲトゲの飾りが穴あきグローブやブーツについている。しっぽもリエちゃんとおんなじで太く長くぎざぎざしてて、なんだか攻撃力が高そうな感じ。

 でも、顔を見るとその印象ががらっと変わる。

 かわいらしい顔立ちにトップリムのメガネをかけていて、何故かちょっと涙目でうるうるしているのもあってか、やっぱりおとなしい感じ。

 緑色の髪をふた房の三つ編みにまとめていて、頭の上に赤いリボンを着けてるんだけど、それも主張の強くないおしゃれというか、すごくまじめな子なのかな、という印象だった。

 

 まとめると、リエちゃんはワイルドでカッコイイお姉さん、メイちゃんはおとなしめだけど服装はアクティブな女の子、って感じだろうか。

 あと・・・、ふたりとも、その、なんていうか、おっきい、かも。

 ふたりともジャケットの下に何も着てないのに、ジッパーをおへその上あたりまで下げてるから、余計にそれが強調されて、なんだか目のやり場に困る。

「た、たにまが・・・、はわぁ・・・、」

「くぅん? どうしました? ともえちゃん。」

「う、ううん! なんでもないよ!」

 思わず声を漏らしてしまい、イエイヌちゃんに、けげんそうな顔で見られてしまった。

 いけないいけない。

 今はまじめなおはなしをしてるんだから、こんなこと考えてる場合じゃないよね。

 

 それにしても・・・、こんなにフレンズさんがいっぱいいて、あたしに頼み事って、なんなんだろう。

 しょうじき、あたしにできることなんて、大したものはないんだけどな。

 せいぜい、ボスとおはなしできること、くらい?

 フレンズさんにできないことで、あたしにできることなんて、たぶんそのくらいだ。

 だからなんとなく、そういうたぐいのことなのかなって思ってたんだけど、

「ほんじゃ、じこしょうかいもすんだことやし、さくせんかいぎといこか。」

 ヒョウちゃんの言葉からすると、どうも違うみたい。

「さくせん、会議?」

 どういうことだろうと思って聞き返すと、ヒョウちゃんは「せやで、」と短く答えて、にまにまとした笑みを浮かべながらその先を続けた。

 

「これからあんたに、ちょい、ひとしばいうってほしいんやわ。」

 

 ― ― ―

 

 そうして、現在に至る。

 ヒョウちゃんたちの頼みごとの内容をひととおり聞いた後、それを実行に移す段になり、こうしてやってきたわけだ。

 ゴリラちゃんのところに。

 

「ゴリラちゃん、ただいま!」

 なんて元気に言ってみたはいいけれど、この後どう会話を続けたらいいものやら。

 ヒョウちゃんから聞いたさくせん、というかおしばいの内容を簡単にまとめると、こうだ。

『以前ここにいたシーラさんというフレンズさんの真似をして、ゴリラちゃんに会うこと。』

 そのためにわたしはメイちゃんからメガネを借りて、白い布きれを白衣に見えるようにまとって、ゴリラちゃんのところへやってきた、ということになる。

 ヒョウちゃんが言うには、「そのかっこやったらだまされてくれるやろ。なーに、あとはてきとーに、かいわしとったらええねん。」とのことだった。

 さくせん、なんて言ってたけど、しょうじき、さくせんなんて言えるようなものじゃあないでしょ、それ。

 

 それにぜんぜん、はなしがちがう。

「ど、どうしたのー? ゴリラちゃん、久しぶり過ぎて顔忘れちゃったー? ほらほらわたしわたしー、」

 いぜん、いぶかしむような眼をこちらに向けるゴリラちゃんに、わたしはしどろもどろになりながら、無理やり会話を続けてみる。

 さっきからイヤな汗をかきっぱなしだった。

 自分でも何やってんだろとか、思わなくもないけど、引き受けたからには最後まで役をまっとうして――、

「・・・、なんのつもりだ?」

「ご、ごめんなさい! つい、できごころで!」

 ムリだった。

 ゴリラちゃんの険しい表情と唸るような低い声にびびったわたしは、あわてて白い布とメガネを取って平謝りする。

 たぶんそれは、みるものがほれぼれするような、てのひらがえしだったことだろう。

 

 うぅ・・・、やっぱりゴリラちゃん、怒っちゃったかな?

 下げた頭のまま、ちらちらと上目づかいにゴリラちゃんの顔を見るも、そこには変わらず険しい表情があり、こちらを睨んでいる。

 あの・・・、すいません。

 ちょっと、ちびりそうなんですけど。

 そんな情けないことを考えていると、ゴリラちゃんは「はぁ、」とひとつため息をついて、少しだけ表情を柔らかくしてくれた。

「すまない。あいつらにたのまれたんだろう? まったく、あいつらときたら・・・、」

 どうも、色々と察してくれたみたい。

 ほっとする反面、苛立たしげなその言葉に少しどきっとする。

 

「あの、みんなは悪くなくて。ゴリラちゃんのことを心配して・・・。」

「わかってる。ありがとう。きみはやさしいな。」

 静かに答えるゴリラちゃんの顔に浮かぶのは、申し訳なさとか色々なものが混じってるような表情だ。

 けれど、いちばん色濃く見えるのは・・・、なんと言えばいいか、

 たぶん、不甲斐なさ、というのが近いだろうか。

「わかってるんだ。むりをしてリーダーなんかやっても、わたしなんかがシーラねえみたいになれるわけがない。それで、みんなにめいわくをかけてることも。」

 そう言って、ゴリラちゃんは自嘲するように笑った。

 

「迷惑なんて・・・、」

「じじつ、しんぱいされてるだろう? リーダーしっかくだよ。」

 とっさに反論しようとしたのだけど、すぐにゴリラちゃんに返されてしまう。

 わたしはすぐにまた反論しようとする気持ちを抑えて、ゴリラちゃんの言葉を心の中で反芻した。

 みんなに心配されたら、リーダー失格。

 そんな風にゴリラちゃんは言った。

 けれど、そんなことはない。

 誰にも迷惑をかけず、みんなをまとめる。そういうリーダーも、たしかにいるのかもしれないけど、それはたぶん理想のはなしというか、あくまで目標でしかないと思う。

 それに、さっきシーラさんを演じるにあたり、そのひととなりは簡単にだけど聞いている。

 けど、それはゴリラちゃんの言っているようなリーダーではなくて・・・。

 

 ― ― ―

 

「もともとはな。このみつりんは、シーラっちゅうヤツがしきっとったんや。」

 と、昔を懐かしむような顔で、ヒョウちゃんは言った。

「シーラはチンパンジーのフレンズでな。ほんにんがいうには、みためはヒトにようにてるらしい、ゆうとったわ。」

「わたくしたちはヒトにあったことがありませんでしたので、はんしんはんぎ、でしたけど。」

 クロちゃんがそう言うと、その言葉に続けるように、リエちゃんがこちらをまじまじと見ながら口を開く。

「たしかに、これといってとくちょうがないかんじは、シーラににてるかもね。」

「リエちゃん・・・。そういういいかたは、しつれいですよ?」

「おっと、ごめんね? わるぎはないのよ?」

「あはは。気にしないで。」

 たしかに見た目にとくちょうがないのは、そのとおりだし。

 フレンズさんには個性的な見た目の子が多いから、逆にヒトは目立つのかもしれない。

 それに、チンパンジーって、たしかヒトにすごく近い動物なんじゃなかったっけ?

 それを考えると、なるほど、感覚に優れたフレンズさんたちが、似てると判断するのは頷けるもののように思う。

 

「シーラはいろんなことをようけしっとるヤツやったさかい、ウチらもいろんなことをアイツにおそわっとった。そんで、しぜんとアイツがリーダーになった。」

「ほんとうに、いろいろなことをしっていましたわね。さきほどの、セルリアンのはなしもそうですけど、ボス・・・、ラッキービーストのやくわりとかも、おしえてもらいましたわ。」

「ヒトのことも、シーラにおしえてもらったんだよね。むかしはパークにいっぱいいた、とかいってたけど。」

「ほかにも、ジャパリまんがどうやってつくられてるのか、とか、シーラちゃんにおしえてもらったことは、かぞえるときりがないです。」

 みんな、ヒョウちゃんに続いて口々にシーラさんの思い出話をする。

 みんなの顔はとても穏やかで、なんだか心に温かいものを感じるようなものだった。

 けれど、

「でも、シーラはいなくなったの。あるひ、とつぜん、ね。」

 リエちゃんが淡々とした声でそう言うと、急にみんなの顔が暗くなる。

 

「わたくしたちも、あちこちさがしまわったのですけど、いまも、みつかっていませんの。」

 クロちゃんがおはなしの先を続けると、みんなの表情がますますどんより曇ってしまったのを感じる。

 そんな空気のまま、みんなのおはなしは続く。

「アイツは、リーダーはな。シーラのこと、シーラねえ、シーラねえ、ゆうてしたっててな。どこいくんにもひっついててな。」

「いつもうれしそうにわらっていたのをおぼえています。なのに・・・、」

「シーラがいなくなってからは、メイみたいにずっとないてばっかりになっちゃったのよね。」

「じぶんが、ふがいないばかりに、シーラねえさまがいなくなった・・・、と。」

 クロちゃんはそう言うと、唇を噛むようにしながら目を閉じる。

 まるで、悔しがるようなその仕草。それはたぶん、クロちゃん自身もまた、同じような思いを持っているから、なのだと思う。

 そして、みんなの表情もまた、個性の違いこそあれ、同じようなものだ。

「そんであるひ、きゅうにげんきになったおもうたら、じぶんがリーダーになってシーラをあんしんさせるーて、いいだしたんよ。」

「どうみても、からげんき、なのよね・・・。」

 ヒョウちゃんの言葉にリエちゃんが続き、その後はみんな黙ってしまう。

 そこで、おはなしは終わりみたいだった。

 

 そう、なんだね。

 わたしはそこまで聞いてようやく、どうしてプレッシャーに弱いゴリラちゃんがリーダーをやってるのか、とか、なんでみんながわたしにシーラさんの真似をさせようとしてるのか、とかを理解した。

 ようするに、こういうことだろう。

「みんな、すごく仲がいいんだね。」

 色々なものをまとめてしまったひとことに、みんなはきょとん、とした顔でこちらを見る。わたしはその視線を受け止めながら、言葉を続けた。

「なんていうか、お互いのこと、大事にしてるっていうか。思いやってるっていうか、そんな感じ。」

 それは、とても素敵なことだと思う。

 とまではさすがに気恥ずかしくて言えなかったけど、好意的なニュアンスは伝わったみたいで、暗かったみんなの顔が少し、明るくなるのがわかった。

 

 いちばんわかりやすく表情を変えたのは、やっぱりというか、ヒョウちゃんだった。

 にまにまとした笑みを浮かべながら、

「せやな。うちら、かぞくやからな。」

「かぞく? 別のどうぶつのフレンズなのに?」

 発せられた言葉に、思わず率直な質問を返してしまう。

 ちょっと失礼な質問だったかも、と思ったけど、ヒョウちゃんは気にしてない様子で、にゃははと笑う。

「せやで? あー、なんやゆうたらええかなー、」

「なんとなくうまがあうかんじ、なのよね。」

 詰まった言葉の後をリエちゃんが続けると、ヒョウちゃんはぽんと手を打って、満面の笑みを浮かべた。

「そう、それやそれ! なんやリエー、ウチのことばとったらかなんでー。」

「ぜっったい、おもいついてなかったですよね、あれ・・・。」

「いつものことながら、ヒョウねえさまのしったかぶりは、わかりやすいですわ。」

 かわいらしい知ったかぶりをするヒョウちゃんに、ひそひそと小声でそれを指摘するメイちゃんにクロちゃん。

 さっきまでの暗い雰囲気がウソみたいに感じられるような一幕だ。

 

「でもじっさい、そんなもんちゃうかな?」

 と、区切るように言葉を発したヒョウちゃんの顔は、どこか感慨深げなものだ。

「ウチとクロちゃんかて、おなじとこでうまれたんとちゃうしな。けど、なんかうまがおうた。メイとリエかておんなじ。もちろんリーダーも、シーラもそうや。」

 みんなの顔をひとりひとり見るようにしてから、その先の言葉を続けた。

「そんなんが、ようさんあつまったら、そらもう、かぞくいがいのなんでもないやろ。」

 その表情は、なんというか、とても満ち足りたものだった。

 

 そっか。

 うん、そうだよね。

 かぞく、かぁ。

 

「ヒョウねえさま。それ、シーラねえさまのうけうりでしょう?」

 クロちゃんが呆れたような顔で口を挟むと、ヒョウちゃんはまた、にゃははと笑う。

「せやで? せやけど、それがウチのほんしんや。クロちゃんかておんなじやろ?」

「っ・・・、ま、まあ? そうですわね?」

 にまにまと笑いながら、けれどまじめな声色で返されて、クロちゃんは少しどきっとしちゃったみたい。気恥ずかしいのか、その頬が少し赤くなってるのがわかる。

「お、クロがあかくなってる。ひさしぶりにみたけど、やっぱこういうとこかわいいよね。」

「そうですねぇ。クロちゃん、いつもこうだといいんですけど・・・。」

「お ね え さ ま が た ? ふだんのわたくしに、なにかもんくがおありで?」

「ひっ、なんでもないです・・・、うるうる。」

「ふふ、おこってるクロもかわいいなぁ。」

 静かな迫力を見せるクロちゃんに、涙目で怯えるメイちゃんと動じないリエちゃん。

 

 うーん。この子たちって、やっぱり。

「あはは。みんな、ホントに仲いいね。」

「わふ。すてきなかんけいですぅ。」

 わたしとイエイヌちゃんの言葉に、くびわちゃんもこくこくと頷く。

 ホント、素敵な関係だと思う。

 このかぞくの助けになるなら、わたしはできることを全力でやろう。

 心からそう思えた。

 だから、

 

「ねえ、シーラさんって、どんな子だったの?」

 

 できる限りシーラさんの真似ができるように、ちゃんと聞いておかないと。

 

 ― ― ―

 

 ・・・って、ちゃんと聞いたはずだったんだけど。

 結果は知ってのとおりです。

 ごめんなさい。あたしじゃ、やくぶそく、だったみたい。

 ・・・あれ? やくぶそく、じゃなかったっけ。ちからぶそく?

 まあ、どっちでもいいか。

 ともかく、シーラさん本人を知らないわたしに、その真似なんて最初からムリな話だった、ということだろう。

 けれど、だからと言って、諦めてゴリラちゃんの悩みをそのままにしておく、なんていうことも、それもまたわたしにはムリな話だった。

 

 わたしはゴリラちゃんの言っていたこと、それからヒョウちゃんたちから聞いたシーラさんのひととなりを頭の中で照らし合わせて、自分の中で考えをまとめてから、口を開いた。

「・・・あの、シーラさんって、どんな子だったの?」

 いきなりの質問にゴリラちゃんはきょとん、とした顔だったけれど、

「そうだな・・・、」

 と呟いて、昔を懐かしむような顔になる。その顔はさっきみんなが思い出話をしていたときに浮かべていたものと、まるきり同じもののように感じた。

「シーラねえは・・・、すごくあたまがよくてな。いろんなどうぐをつかったり、なおしたりできたんだ。」

「そうなの? すっごいね! ボスみたい!」

「ああ、そうだ。たしかにラッキービーストみたいに、いろいろなことができた。」

 ゴリラちゃんはうんうんと頷きながら思い出話を続ける。

 

「ひろばに、イスがあっただろう。」

「うん。ゴリラちゃんがすわってたやつだよね?」

「ああ。あれもシーラねえがつくったものでな。みんなのためにつくったんだが、しっぽのみじかいフレンズしかすわれなくてな。けっきょく、わたしとシーラねえしかすわれないんだ。」

「あはは。リエちゃんたちとか、しっぽすっごいおっきいもんね。」

「ああ。でもリエねえもメイも、かわでおよいでることがおおいし、ヒョウねえもクロも、きにのぼってることがおおい。それに、シーラねえもあんまりじっとしてないフレンズだったから、もとよりつかうのはわたしくらいだったんだけどね。」

「そっか。ならそれって、はじめからゴリラちゃんにあげるつもり、だったんじゃないの?」

「うーん、そうかな? そうなのかも、しれないね。」

 おはなしを続けているうちに、ゴリラちゃんの表情や口調がなんだか柔らかくなってきたのを感じる。

 ヒョウちゃんも言ってたけど、ホントにシーラさんのこと、好きだったんだなぁ。

 

 ゴリラちゃんの緊張がほどけてきたのを見計らい、わたしは本題に移ることにした。

「でも、そんなにいろいろできるなら、きっとすっごい頼りになるリーダーだったんだね。」

 わたしがそう言うと、ゴリラちゃんは「うーん、」と唸り、ちょっと苦笑交じりの顔で答えてくれる。

「そうでもないよ? シーラねえはいろんなことをしりたがるから、ひとりでかってにあっちこっちにでかけちゃって、みんなにおこられたりしてた。」

「心配させるな、って?」

「そうなの。ほんとうに、いっつもみんなにしんぱいされて・・・、」

 そこまで言って、ゴリラちゃんはハッとした顔をする。

 どう、かな。

 言いたいことは、うまく伝わっただろうか。

 

 あらためて、わたしは口を開き、自分の気持ちを口にした。

「ねえ、ゴリラちゃん、心配されるリーダーって、あたし、わるいことじゃないと思う。それって、それだけみんなに好かれてる、ってこと、なんじゃないかな。」

「・・・ありがとう。ほんとうにきみは、やさしいな。」

 ゴリラちゃんは優しげな笑みを浮かべて、そんな言葉をかけてくれる。

 けれど、すぐにその笑みは消えて、次にその顔に浮かんだのは、すごく真剣な表情だった。

 真剣・・・、というか、どう表現するのが正しいだろう。

 たぶん、思いつめた表情、というのが、いちばん近いかもしれない。

 

「それでも、わたしはリーダーとして、めざすじぶんをまげるわけには、いかないんだ。」

 

 そして、その表情のまま、ゴリラちゃんはそう言った。

 

 ― ― ―

 

「そっかぁ。ダメやったかぁ。」

 ゴリラちゃんのところから戻ってきて、いちぶしじゅうを説明すると、ヒョウちゃんが残念そうな顔で言った。

「うん。ごめんね。あたしじゃ、上手くできなかったみたいで・・・。」

「きにせんでええよ。もとよりさくせんがアカンかっただけやし。まったく、だれや。あんないきあたりばったりなさくせん、かんがえたんは。」

「ヒョウねえさま。ごじぶんのむねにきいてみては?」

「ウチのむねに? おーい! そだっとるかー!」

「そういうことではなく。」

 ヒョウちゃんとクロちゃんは相変わらずぽんぽんと会話をするのだけど、その表情はやっぱり、どことなく暗い。

 見ると、リエちゃんもメイちゃんも、おんなじだった。

 

 落ち込んでしまっているみんなを見ていると、すごく、悲しい気持ちになる。

 ゴリラちゃんも、みんなも、

 お互いがお互いのことを思っているはずなのに、すれ違っている感じ。

 そのことをあらためて認識すると、胸の奥になんだかもやもやしたものが生まれたような気がした。

 なんだろう、この感じ。

 ただ、みんなが落ち込んでいるのが悲しい、というだけじゃなくて、

 胸が締め付けられるというか、何か、大切なことを忘れているような気分というか。

 あたしは、こんな光景を、どこかで・・・、

 

 記憶をなくしたわたしには、それが何だったのか、まるでわからない。

 大切なことだったと思うけど、でも、それを思い出せるようになるには、まだ時間が必要みたいだ。

 なら、とりあえずはさて置こう。もやもやが残っているのは気持ちが悪いけど、でも、今は自分のことなんか、どうでもいい。

 今、わたしがやることは、ううん。

 あたしがやりたいことは、もう決まっている。

「あの、お願いがあるんだけど。」

 ただよわせていた視線をみんなの方に向けて、わたしはそのお願いを口にした。

 

「みんなが最後にシーラさんを見た場所に、連れてってもらえないかな?」

 

 ― ― ―

 

 こうやちほーは今まであまり来る機会のなかった場所だ。

 今ボクが生活の拠点にしている場所からだと、みつりんをぐるっと迂回しないといけない、というのもあって、遠出をするときに通り過ぎさえしても、立ち寄ることはあまりなかった。

 なのにどうして今日ここに来ているか、と言えば、とあるふたりのフレンズさんたちと待ち合わせをしているからだった。

「・・・って、そんなかんじだったかしら。」

「ありがとうございます。とても参考になりました。」

 今はふたりを待ちながら、こうやで出会った別のフレンズさん、チーターさんというのだけど、彼女から昨日ここであった話を聞いていたところだ。

 簡単な話はラッキーさんを通じて報告を聞いているけれど、詳しい話を当事者である彼女から聞いておきたかった。

 

「話は済んだのか?」

 と、バスの方から声が聞こえてくる。彼女はボクの知り合いのフレンズで、今は一緒に行動している。

「すみません。少しでも情報を、と思いまして。」

「いや、いい。キミの目的は私も理解している。優先すべきはそちらだろう。」

 バスの運転席に乗り込んで、ボクは右手首に巻いた腕時計のようなもの、ラッキーさんに話しかける。

「ラッキーさん。ふたりは湖の方みたい。そっちまで迎えに行きたいんだけど、運転おねがいできるかな。」

「ワカッタヨ。ミズウミマデ、ダネ。」

 ラッキーさんはぴこぴこと音を出しながら答えてくれた。

 見た目は腕時計みたいだけど、この子は、ボクの大切な友だちだ。

 

「それじゃ、チーターさん。ボクたちはこれで。ありがとうございました。」

「はいはーい! きをつけてね! あ! あと、どこかでロードランナーっていう、くちのわるいとりのフレンズにあったら、がんばるのよって、つたえてね!」

「はい。わかりました。それでは。」

 バスを発車させると、聞きなれたエンジン音と振動が伝わってくる。

 思えばこのバスとも、だいぶ長く一緒にいるんだよね。

 ラッキーさんと一緒にまめに整備や修理はしているから、今のところ動かなくなっちゃうようなこともないけど。

 それでも、いつかはお別れをしないといけなくなるだろう。

 そのとき、ボクはまた、泣いてしまうかも知れない、かな。

 

 少し感傷的な気分になっていると、バスの進行方向からさんにんのフレンズさんたちが歩いてくるのが見えた。

 ひとりは知らないフレンズさんだけど、残るふたりはボクが待ち合わせをしていたフレンズさんだった。

「センちゃん、なんであそこでみをのりだしちゃうかなー。うみでおちちゃったこと、わすれてないでしょー?」

「だって! かべがひかってるんですよ!? きになるじゃないですか!」

「まあまあ。こんかいはざんねんだったけど、またこんど、さいごまでのろうじゃないか。」

 さんにんは何故かびしょ濡れで、楽しそうに笑っている。湖に行っているという話だったから、ひょっとしたら水浴びでもしたのかも。

 

 と、こちらに気づいたのか、さんにんは立ち止まる。ボクはバスをさんにんの横にゆっくり停めて、運転席から降りる。

「オオセンザンコウさん、オオアルマジロさん。お久しぶりです。」

「これはこれはいらいぬしさん! おひさしぶりです!」

「ひさしぶりー。げんきだったー?」

「ええ。おかげさまで。」

 待ち合わせをしていた筈なのに何故か驚いているのがオオセンザンコウさんで、のほほんと話しかけてくるのがオオアルマジロさんだ。

 普段報告をしてくれるのも、待ち合わせを伝えたのも、オオアルマジロさんの方だから、多分、オオセンザンコウさんにそれを伝えてなかったんだろう。

 今朝がたの連絡で、今はお昼だから、そういうこともあるかな。

 ひょっとすると、わざと伝えてなかった可能性もあるけど。

 ふたりはボクの友だちのフレンズさんたちにとても良く似てて、明後日の方向に全力疾走するひとりを、もうひとりが上手にフォローする、という関係だから。

 

「それで、ほんじつはどのようなごようじで?」

「ええと、それなんですけど・・・、」

 オオセンザンコウさんの問いかけに、ボクは今日ここに来た用事を伝えた。

 依頼は、ここで終わりということを。

 

 ― ― ―

 

 詳しい話をする前に、はじめて会うフレンズさんと軽く自己紹介をしあった。

 彼女はプロングホーンさんといって、このこうやを縄張りにしているらしい。

 挨拶ついでに軽く話をしたのだけど、彼女もまた、

「どこかでロードランナーという、くちのわるいとりのフレンズにあったら、あんまりむちゃはするなよ、とつたえてやってくれ。」

 なんてことを言っていた。

 チーターさんも同じことを言ってたけど、そのロードランナーさんは、そんなに口が悪いのかな?

 それに、ふたりにとっても大切に思われてるみたいだね。

 勿論、プロングホーンさんのお願いは了承した。

 それから、オオセンザンコウさんとオオアルマジロさんに正式に依頼を終了する旨を伝え、依頼料のジャパリまん30個は全て支払うことと、その受け渡しについての取り決めをした。

 

「たのしいたびだったねー。」

「・・・、なにやらふにおちませんが、いらいぬしがおわりというなら、したがうまでです。」

 オオアルマジロさんは相変わらずのほほんとしてたけど、オオセンザンコウさんは言葉通りに腑に落ちない表情をしていた。

「それじゃあ、ボクたちはこれで。」

 さんにんのフレンズさんたちに手を振りながら、ラッキーさんにお願いしてバスを発車させる。このままみつりんの方へ向かうつもりだった。

「楽しい旅・・・か、」

 ふと、オオアルマジロさんの言葉が引っ掛かり、声に出してしまう。

「みんな、元気にしてるかなぁ。」

 鼻の奥がツンとするような感覚がして、少しの間だけ、目を閉じた。

 

 ― ― ―

 

フレンズ紹介~イリエワニ~

 

 リエちゃんはワニ目クロコダイル科クロコダイル属のはちゅー類、イリエワニのフレンズだよ!

 イリエワニはその名前のとおり、入り江とかの海水と淡水が混ざってるようなところに住んでるんだよ!

 ワニの仲間は基本的に川とか湖とか、淡水の水辺に住んでるんだけど、イリエワニは海水も平気で、海流に乗って沖合に出たりもするみたいだね!

 

 イリエワニは、はちゅー類の中でいちばん大きい体をしていて、成体で全長4メートル、大きい個体は7メートルにもなるんだって!

 あたしがよにんぶん以上、ってことだよね? すっごい!

 泳ぎもすごく得意みたい! 筋肉のカタマリみたいな太いしっぽをくねらせて、猛スピードで水の中を泳ぎ回るよ!

 大きくて重い体なのに、泳いだ勢いでイルカみたいに水面から飛び上がることだってできるんだって! すごいよね!

 

 尻尾のちからだけじゃなくて、アゴのちからもすっごいんだよ!

 イリエワニの噛むちからは陸上の生物の中でもいちばん強いって言われていて、犬歯のあたりで1へいほーセンチあたり7トン、奥歯のあたりだと12トンにもなるんだって!

 とんでもないよね!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 

 

 ― ― ―

 

 ― ―

 

 ―

 

 ここは、ジャパリパーク。

 今日もたくさんのフレンズさんたちが、のんびり幸せに暮らしています。

 

 ぎらぎらした日差しが照り付ける荒野を、

 ふたりのフレンズさんたちが歩いていました。

 

「ねー、センちゃん。」

「なんですか? アルマーさん。」

「かってにあとをおいかけたりしてー、だいじょうぶー?」

 

 ふたりはさっき別れたばかりの依頼主さんを追いかけてるみたい。

 勝手なことして大丈夫?

 怒られたり、しないかしら。

 

「だいじょうぶですよ。わたしたちはいま、きろについているだけです。そのほうこうがたまたま、いらいぬしのむかうさきと、おなじであるだけですよ。」

「そっかー。でも、わたしたちのじむしょはー、ぎゃくほうこうだけどねー。」

「・・・っ、こ、こまかいことはいいんです! とにかく! こんな、ちゅうとはんぱなおわりかたは、たんていのながすたります!」

「あはは、ほらー、やっぱりおいかけるんじゃーん。」

 

 あらあら。

 センちゃんったら、案外ちゃっかりしてるのね?

 アルマーちゃんもにこにこ笑って、お茶目さんなんだから。

 

「まー、いいさー。わたしはセンちゃんにつきあうよー。」

「と、とうぜんです! ゆうしゅうなたんていには、ゆうしゅうなじょしゅが、つきものですから!」

「あははー、ほめられたー。わーい。」

「もう・・・、くすくす・・・。」

 

 うふふ。よかった。

 やっぱりふたりとも楽しそう。

 

 ふたりのフレンズさんたちの、楽しい旅は続きます。

 

 


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