ヒョウちゃんたちの案内で辿り着いたのは、広場からだいぶ離れたところだった。
ここまで歩いてきた道もうっそうとした様子だったけれど、ちょうどそれが途切れたかと思うと、ごつごつした岩肌が見えている山のふもとに出た。
密に生えた草木はその枝葉を山の方までは伸ばしておらず、その間には少しだけひらけた場所があった。ひょっとしたら、この辺りがとなりのちほーとのさかい目なのかもしれない。
「ここが・・・、」
「せやで。」
思わず呟いた声にヒョウちゃんが反応する。
そのひらけた場所には、明らかに人工物と思われるものがいくつも置かれていた。
立てられた金網だったり、整えられた木材だったり、重機だったり。
それから、わたしやフレンズさんのふたりかさんにんぶん、くらいの大きな穴が地面に空いていたり、山肌に大きく崩れたようなところがあったりと、
「ここが、ウチらがシーラをさいごにみたばしょや。」
まるで建築現場のようなその場所が、シーラさんを見た最後の場所、であるらしかった。
リエちゃんとメイちゃんはゴリラちゃんのフォローに行ってくるとのことで、ここまで案内してくれたのはヒョウちゃんとクロちゃんのふたりだ。
「ここって、どういう場所なの?」
わたしは先を行くヒョウちゃんたちの背中に声をかける。ヒョウちゃんは頭の後ろで手を組みながら振り返った。
「わからん。シーラは『いせき』やゆうとったわ。」
「遺跡? それって、ヒトの、ってこと?」
「たぶんな。ウチらもくわしいはなしはきいてへんから、わかれへんけど。」
ヒョウちゃんは苦笑交じりの顔で続ける。
「シーラはおもろそうなもんみつけると、ぜったいにひとりでしらべるんよ。ウチらにてつだわせゆうても、きくみみもたん。んで、ひとりでしらべおわったら、ウチらをあつめてとくいげにせつめいしだす。それがいつものパターンやね。」
「シーラねえさまは、いぜんからこのばしょをきにかけていたのですけど、ながいこと、なにもわからないままみたいでしたの。」
ヒョウちゃんに続いてクロちゃんが口を開く。
「それが、このあいだのサンドスターのふんかのときから、ちょうさにしんてん、がでたとかで、それからは、ほとんどこのばしょにいりびたるようにしていましたわね。」
うーん。
見た感じ、何かを建設しようとしていた場所だということはわかるのだけど、それとシーラさんが行方不明になった事実が、どう繋がるんだろう。
ええと、こういう場合、考え方を変えた方がいいかも。
この場所自体、というよりも、ここを調べていたというシーラさんの行動から、何かわかることはないかな?
「シーラさんはここに入り浸って、何をしてたの?」
「うーん、せやなぁ。」
呟くように答えると、ヒョウちゃんは辺りを見回すようにして、
「なんやら、あっちのやまのほうをいろいろしらべたり、してたようにおもうわ。」
「それから、いちごうくん、をよくつれてきていましたわね。」
「1号くん?」
オウム返しに聞き返すと、クロちゃんは「ええ。」と短く答え、それから説明をしてくれた。
「おおきなからだをしていて、シーラねえさまのめいれいでいろいろなことができるのですけど、むかし、シーラねえさまがつくった、ろぼっと?とかいうもの、らしいですわ?」
「ええ!? ロボット!?」
その説明に思わず声が大きくなる。
じぶんでロボットを作るなんて、わたしにはもちろんムリだし、ヒトにも難しいことなのに、そんなことができるだなんて・・・。
「せいしきめいしょうは、なっくるうぉーくん1ごう、やったかな? ウチがシーラと、でおうたときには、すでにつれとったな。」
「へえー、シーラさんって、ホントにすごいフレンズなんだね。」
本当に、とっても頭のいいフレンズさん、であるらしかった。
そんな頭のいいフレンズさんがいなくなったことと、その直前まで調べていたこの場所は、やっぱり何か関係があるように思う。
だとすると、やっぱりここで何をしていたかがもう少し詳しくわかれば、シーラさんの行き先について、手掛かりがつかめるんじゃないだろうか。
そう思い、ふたりに質問を投げてみる。
「その、1号くんって、今はどこにいるの? 今まで通ってきた場所にはいなかったと思うけど・・・。」
「それが、シーラねえさまといっしょに、いなくなってしまったのですわ。」
「せやね。ふしぎなはなしやけど。」
「不思議? どうして? シーラさんと一緒にどこかにいった、ってことなんじゃないの?」
頭に浮かんだ疑問をそのまま投げかけてみると、ヒョウちゃんは「んー、」と考えるようにして、
「1ごうはずうたいがでかいぶん、うごきがのろくてな。さすがになわばりからでていこうとしてたら、ウチらのだれかがきづくおもうわ。」
「なるほど・・・。」
少なくとも、その1号くんと一緒に、感覚に優れたフレンズさんのおめめをかいくぐって、なわばりの外に出ていくのは難しいみたいだね。
であれば、いなくなったその日も、シーラさんは1号くんと一緒にこの場所にいた可能性が高いだろう。
となると、やっぱりシーラさんがここで何をしていたのか、それを理解することが、第一歩のような気がする。
「シーラさんは1号くんをここに連れてきて、何をさせてたのかな? あと、いなくなった日のこととか、何か、覚えてること、ない?」
わたしが再度質問を投げかけると、ヒョウちゃんはしばらく思い出すように空を仰いで、それから口を開いた。
「せやなぁ・・・、おらんくなるちょっとまえから、なんやら1ごうに、つちをようさんあつめさせとったね。そのあたりのじめん、でっかいあな、あいとるやろ?」
ヒョウちゃんが指さした先は、さっき見た大きな穴のところだった。
さっきは建設現場だし穴くらい空いているものかなと思ったけど、なるほど、あれはシーラさんが空けた穴だったみたい。
「いなくなったひ、のことといえば・・・、」
と、次はクロちゃんが声を発する。
「なにか、どーん、と、すごくおおきなおとがしたのをおぼえています。また、サンドスターのふんかがおきたのかとおもったくらい、でしたわね。」
どーんという、大きな音、かぁ。
建築現場でする大きな音って言うと、重機だったり、ボーリングマシンだったりの立てる音なんかが思い当たるけど、少なくとも後者は見当たらないし、前者も土埃が運転席をすっかり覆っていて、誰かが使ったような形跡はない。
だとしたら・・・、なんだろ。
少しでも手掛かりがないか辺りを見渡していると、となりにいるイエイヌちゃんの顔色があまり良くないことに気づいた。
「イエイヌちゃん、どうしたの? お腹いたいの?」
「いえ、たいちょうがわるいとかでは、ないのですが・・・。さきほどから、すごくイヤなにおいがしていて・・・、」
「イヤな臭い?」
それって、あたしのあせのにおい、とかじゃないよね・・・?
こうやで水浴びできなかったから、そうげんで目覚めてからずっと着のみ着のままだし、さすがに自分でも気になってきたくらいなんだけど・・・。
なんてことを思ったのだけど、取り越し苦労だったみたい。
「くぅん。あちらのほうから、においます。きけんなかんじのにおい、というか、きなくさいにおい、なのですけれど。」
きな臭い・・・、
えっと、それって、ひょっとして。
ふと、わたしの頭にある考えが浮かんだ。
ここは山のふもとにある建築現場だし、ひょっとしたらそういうモノも、あるかもしれない。
でも、
その考えが正しいとしたら・・・。
ぶんぶん、とかぶりを振る。
まだ、そうだと決まったわけじゃない。
なら、せめてその真偽だけでも、確かめないと。
わたしは険しい表情をするイエイヌちゃんの手を取って、その顔を覗き込みながら言った。
「イエイヌちゃん。その匂いの元まで、案内してくれる?」
イエイヌちゃんは少し困ったような顔をしたけれど、こくり、頷いてくれた。
― ― ―
ちょっと待ってて、とみんなに伝えて、イエイヌちゃんの案内で辿り着いたのは、建築現場で使用するのだろう、いろんな資材が置かれている一画だった。
整理されて置かれた資材をひとつひとつ確認していくと、わたしが予想した通りのものが、びっしり詰まった箱を見つけてしまった。
ああ・・・、やっぱり。
わたしは自分の予想が合ってしまっていたことに顔をしかめながら、箱を見る。
箱の側面には、文字とか絵が入っているひし形の模様が、オレンジ色の塗料で描かれている。
そして、中身をよくよく見ると、いくつか使われたのだろうか、少しだけスキマが空いていることに気づいた。
「ともえちゃん。それです。その、ぼうみたいなものから、イヤなにおいがします。」
「ありがと、イエイヌちゃん。もう大丈夫だよ。みんなのとこに戻ろう。」
これ以上イエイヌちゃんに嫌な思いをさせたくないし、すぐにその場を離れることにする。
本当にわたしは、いつもイエイヌちゃんに助けられてばかりだ。
みんなのところに戻るわたしたちの表情は、たぶん暗いものだったと思う。
イヤな匂いを近くで嗅いでしまったイエイヌちゃんと、当たってほしくない予想が、当たってしまったわたし。
そんな様子だからか、戻ってきたわたしたちを見るヒョウちゃんの表情は、とても心配そうなものだった。
「なあ、ともえ。」
ヒョウちゃんはすごく真面目な顔をして、かけた言葉の先を続ける。
「あんたのきもちはうれしいけど、これいじょうしらべても、しゃーないおもうわ。」
ゆっくりと首を横に振りながら、ひとり言のように呟く。
「シーラはいろんなもんしりたがるやつやったさかい、なんやおもろいもんでもみつけて、ふらふらどっかいってまったんかもしれんし。」
そして、とてもつらそうに、ぎゅっと目を閉じる。
「・・・どこぞで、セルリアンにでもくわれたんかもしれん。せやから、もうええねん。」
まるで覚悟を決めたかのような言葉だけれど、ヒョウちゃんの唇は、少し震えていた。
真っ先に反応したのはクロちゃんだった。
「ねえさま! それはありえませんとわたくしはなんども・・・!」
その声は怒っているような、すごく心配しているような、どっちもが混じっているものだ。
ヒョウちゃんはきっと、そんな声色の意味を痛いほどに理解しているのだろう。目を細めながら、言葉を返す。
「せやな。このなわばりんなかで、ウチらにきづかれずにシーラをいてこます、なんてのは、いくらなんでもむりやろな。」
「でしたら、」
「せやけど、アイツがじぶんでなわばりをでたんなら、そのさきはウチらにもわからん。」
「それは・・・、そうかも、しれませんけど・・・。でも・・・!」
淡々とした口調で返されて、クロちゃんは泣きそうな顔で押し黙ってしまった。
なんとなくわかる気がする。
ヒョウちゃんがそんな口調で話しているのは、きっと、これ以上の心配をさせないためだ。
クロちゃんはもちろん、あたしたちにも。
みんなに心配をさせないために、さも仕方のないことのように装っている。
本当は、ヒョウちゃんだって、とってもつらい筈なのに・・・。
けれどそれが、ヒョウちゃんの覚悟なのかもしれない。
その握りしめた拳が、ふるふると震えているのを見て、わたしもまた覚悟を決める。
わたしなりに考えた、真実を話す覚悟を。
「ヒョウちゃん。それは違うよ。」
わたしが口を開くと、ヒョウちゃんの視線がこちらに向く。その視線をまっすぐに捉えながら、わたしはおはなしを続ける。
「自分で言ってたでしょ? 1号くんが一緒にいたなら、誰かが気づくって。」
「それは、そうやけど・・・、」
そう。ヒョウちゃんは言っていた。
1号くんと一緒になわばりを出ようとしたら、誰かが気づくと。
「シーラさんがいなくなったとき、誰もそれに気づかなかった。それはつまり、可能性がふたつに絞られるということだよね。」
指を2本立てながら、わたしはその先を続ける。
「ひとつは、1号くんを置いて、シーラさんひとりでなわばりを出たという可能性。でも、そうだとしたら、1号くんがなわばりのどこかに居ないとおかしいんだ。だから、その可能性はないと思う。」
立てていた指の1本を下ろし、人差し指だけを残しながら、わたしは言った。
「そしてもうひとつは、シーラさんがなわばりを出ていない可能性、だよ。」
「なわばりを・・・、でてへん?」
ヒョウちゃんがわけのわからないという表情で、こちらを見る。
「なんやそれ。どういうこっちゃ。それこそ、ありえへんやろ。」
「そうですわ。げんにシーラねえさまは、このみつりんのどこにもいないのですよ?」
クロちゃんもまた、怪訝そうな顔でこっちを見る。
たしかに、クロちゃんの言うことももっともなんだけど、でも、これ以外に全てのつじつまが合う答えはない、と思う。
「みんなが知らない場所にいるんだよ。だから、見つけられなかったんだと思う。」
わたしがそう言うと、ヒョウちゃんは呆れたような顔をして、
「あんたなぁ。ウチらがどんだけながいこと、ここにおるおもてんねん。このみつりんでウチらのしらんばしょなんぞ、」
「『いせき』・・・、ですか?」
ハッとした表情で、呟くように言ったのはクロちゃんだ。
わたしはこくり、首を縦に振る。
「シーラさんは面白そうなものを調べるときは、ひとりで調べるんだよね? 調べ終わるまでは手伝わせてもくれない。そして、この場所はまだ調べてる途中だった。」
つけ加えると、シーラさんがいなくなる直前までいたのも、この場所だ。
それはつまり、シーラさんはこの『いせき』のどこかにいるということ。
「いやいやいや、それはおかしい。げんにここにはだーれもおらんやん。シーラのにおいもせーへんし、かくれられるようなばしょもないやん。」
そんなわたしの考えは口にしなくとも伝わったのか、ヒョウちゃんは手をぱたぱたと振りながら否定する。
「シーラねえさまは、つちをあつめていましたわ。つちのなかなら、においももれないし、みつからない。つまりそういうこと・・・、ですの?」
口元に手を当てながら考えるようにしていたクロちゃんは、すごく深刻そうな顔で言う。
その表情から、言外に言い含めたことがわかる。
ヒョウちゃんもそれに気づいたのか、とても不安そうな顔でわたしの答えを待っていた。
「はんぶん当たり・・・、かな。」
「そんな・・・!」
それはたぶん、ヒョウちゃんがさっき話していたようなことよりも、ひょっとしたら残酷な出来事かもしれなくて。
ふたりにそれを突き付けるようなことを平気で行っているあたしは、とても残酷なヒトなのだと思う。
こんな場面で、ここまで冷静でいられることに自分でも驚くけれど。
でも、その方がいい。
つらいのは、ふたりや、みんななのだから。
今は、あたしがうろたえていい場面じゃない。
真実を伝える役を、ちゃんと演じないと。
このままみんなが、シーラさんを見つけられないままでいるのは、
何よりも、シーラさんがかわいそうだ。
「ふたりとも、ついてきて。さっきわかったんだ。シーラさんが、どこにいるのか。」
― ― ―
けものフレンズR くびわちほー 第06話「かぞくのきずな(後編)」
― ― ―
フレンズ紹介~メガネカイマン~
メイちゃんはワニ目アリゲーター科カイマン属のはちゅー類、メガネカイマンのフレンズだよ!
メガネカイマンっていう名前は、目の間の骨が盛り上がっていてまるでメガネをかけてるみたいに見えるからつけられたんだよ!
メガネカイマンは川とかに住むことが多いんだけど、イリエワニと同じで海水が入り混じった、きすいいきに住むこともあるんだって!
やっぱり姉妹、だよね!
体はイリエワニほど大きくなくて、大きい個体でも全長2メートル50センチくらい、みたい。それでもじゅうぶんおっきいよね!
卵を産むときには大きな塚みたいな巣を作るよ! 落ち葉とか木の枝を泥に混ぜて作るんだけど、その内に葉っぱや枝が発酵して、そのときの熱で卵をあたためるんだって!
頭いいよね! やっぱり、メガネかけてるからかな?
メガネカイマンを映した写真で、すっごく素敵な写真があるんだけど、チョウとハチがメガネカイマンの涙をすすってるところを撮ったものなの!
虫さんにとって動物の涙に含まれてる塩分とかミネラルはすごく貴重みたいで、飲もうと近寄ることも多いんだけど、大抵の動物は嫌がって逃げちゃうみたい。
でも、ワニはそういうのぜんぜん気にしなくて、嫌がって暴れたりもしないみたいだよ!
ふところがおっきいよね!
【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)
― ― ―
「シーラねえがみつかったというのはほんとうか!?」
息を切らせて駆け込んできたゴリラちゃんは、開口一番、弾むような声でそう言った。
その勢いに気おされながら、けれど、なるべく声のトーンを落とすようにして答える。
「うん。これからみんなで、と思って。」
「そうか! ありがとうともえさん! きみはおんじんだ!」
ゴリラちゃんはそう言うと、両手でわたしの手を握り、ぶんぶんと振る。
この様子だと、ヒョウちゃんもクロちゃんも、ゴリラちゃんたちにはまだちゃんと話せてないみたいだった。
その表情はとても嬉しそうで、とても居たたまれない気分になる。
わたしはこれから、その表情を失わせるような真実を伝えなくてはいけない。
それがとてもつらくて、今にも倒れそうなほどだ。
でも、このまま何もしないでいることは、あたしにはできない。
「ったく、おそいぞおまえら! やっとシーラねえがみつかったというのに!」
「はぁ、はぁ、リーダーが、はやすぎるんですよぉ・・・。」
「ホント、シーラがみつかったからって、はりきりすぎよね。」
「ハハ、せやな・・・。」
「そうですわね・・・。」
にこにこと嬉しそうなさんにんに対して、ヒョウちゃんとクロちゃんの表情はとても暗い。
「どうしたの? ふたりとも、かおいろわるいけど。」
「・・・なんでもあらへん。」
ヒョウちゃんの元気のない返しに、リエちゃんはしばらく不思議そうな顔をしていたけれど、
「うん。わかったよ。」
とだけ言うと、ふたりのところを離れる。そしてそのままこっちに近づいてきて、こっそり耳打ちをしてきた。
「ふたりのあのかんじ。そういうことよね?」
全てを察したようなその言葉にびっくりして、思わずその顔をまじまじ見てしまう。
「あたしは、かくごしてたからさ。ありがとう。つらいやくをおしつけて、ごめんね?」
ぽん、と肩を叩かれたかと思うと、リエちゃんはそのまま何事もなかったかのようにわたしのところを離れ、メイちゃんのとなりに戻った。
そんな、ひとことふたことくらいのねぎらいの言葉だったけれど、肩にのしかかっていた重荷がだいぶ軽くなったように思う。
リエちゃんは、見た目以上におとなで、カッコイイ子だった。
「それで、シーラねえはどこにいるんだ? この『いせき』のどこかにいるんだろう?」
ゴリラちゃんは待ちきれない様子で、その場で足踏みをしている。わたしはそんなゴリラちゃんに背を向けながら、
「うん。ついてきて。」
と言って歩き出す。
わたしのとなりには、イエイヌちゃんとくびわちゃん。ふたりとも心配そうな顔でわたしの様子を伺っていた。
だいじょうぶだよ。ふたりとも。
リエちゃんにも励ましてもらったし。
あたし、ちゃんとやるから。
「それにしてもシーラねえはこんなとこにかくれて、なにをしてたんだろうな。」
「いつものようにごはんもわすれて、ちょうさにぼっとう、してたのではないでしょうか?」
後ろからゴリラちゃんとメイちゃんの声が聞こえてきたけど、わたしたちは無言のまま歩く。
目指すのは山の裾、さっきまで山肌に大きく崩れたような跡があった場所だ。
今はそこには、ぽっかりと大きな穴が空いている。洞窟の入り口のようなそこは、ゴリラちゃんたちを呼びに行く前に、みんなで掘ったところだ。
いつもなら楽し気に穴掘りに興じていただろうイエイヌちゃんも、そのときばかりは沈痛な面持ちで、黙って穴を掘っていた。
「ここに、はいるのか?」
「そうだよ。明かりはあるけど、暗いから気をつけてね。」
「ああ、わかった。きをつけよう。」
「あと、ここからは静かにね。おねがい。」
「うん? ううん。よくわからんが、わかった。おんじんのきみがいうんだ。そうしよう。」
ゴリラちゃんの言う、おんじん、という言葉が胸に刺さる。
わたしは、そんなものでは、けっしてないというのに。
中はこうやの地下水脈と同じように、ところどころ明かりが設置されていて、夜目が効かないわたしでも歩ける程度の明るさはあった。
おそらくは、ここも何かのアトラクションを建設中だったのだと思う。建設中のまま遺棄されて、それをシーラさんが『いせき』として調べていたんだろう。
入り口が埋まっていたのは、たぶん、シーラさんが埋めたのだ。
埋めた理由は、この洞窟の続く先にある。
「ここだよ。」
道中無言のまま歩いて辿り着いたのは、まだまだ洞窟の途中と思えるような、これまで通ってきたところとほとんど変わらない場所だった。
違う点を挙げるとすれば、奥の方に大きなロボットが、まるで通せんぼをするかのように向こうを向いて立っていること、ロボットとは別に、サッカーボールみたいな形の機械が地面に転がっていること、それから、
その機械の傍らに、シーラさんのものらしき白衣と眼鏡が、無造作に置かれていること。
「な、なあ。これって・・・、」
「ゴリラちゃん。おちついて聞いてね。」
白衣と眼鏡を視界に収め、明らかに挙動不審になったゴリラちゃんに、わたしは話しかける。
思わず声が震えそうになるけど、なんとか平静を装った声を絞り出せた。
「あたしたちがさっき来たとき、この洞窟の入り口は埋まってたの。きっと、シーラさんが埋めたんだと思う。その理由は、この先にあるんだ。」
奥の方で通せんぼをしている1号くんを指さして、
「あそこに、ロボットがいるよね。1号くん、だったかな。あの子の立ってる場所から少し先に、大きな空洞があるんだけど、」
大きな声にならないように注意しながら、わたしは言葉を続けた。
「そこに、大きなセルリアンが、たくさんいるの。」
「せるりあん・・・?」
ゴリラちゃんはわたしの話に、わけがわからないという表情を向ける。
「えっと、まって・・・? これ、シーラねえのだよね? いりぐちがうまってたって、どういうこと? たくさんのセルリアンって、なんなの・・・?」
ゴリラちゃんの泣きそうな顔をまっすぐに受け止めながら、わたしは説明を続ける。
「外にね、爆薬っていう、ヒトが作った道具があったんだ。すごく大きな衝撃を出す道具で、穴を掘ったり、埋めたりできるんだけど、巻き込まれたら大ケガしちゃうような、すごく危険なものなの。」
資材が置かれていた一画にあった、あの箱。側面にオレンジ色をしたひし形のマークが描かれている箱の中には、筒状の爆薬が詰まっていた。
そして、それはいくつか使われた形跡があった。
「シーラさんはこの『いせき』を調査していて、セルリアンを見つけたんだと思う。だから土を集めて、この洞窟を埋めようとした。でも、その途中でセルリアンに気づかれて、爆薬を使って、急いでここを埋めたんだ。」
シーラさんは色んな道具を作れたり、使ったりできるフレンズだと言っていた。1号くんみたいなロボットを作れるぐらいなんだから、爆薬を使うことだってできただろう。
でも、たぶん、そのときに、
「たぶん、そのとき、巻き込まれちゃって、シーラさんは・・・、」
言いよどんでしまった言葉の先は、どうしても続けることができなかった。
わたしの説明を聞いて、ゴリラちゃんの顔から表情が失われる。
目に光がなくなって、まるで夢でも見ているかのように、視線をさ迷わせる。
そして、ふらふらと歩き出したかと思うと、遺された白衣と眼鏡の前で立ち止まり、がくりと膝をついた。
ヒョウちゃんたちがあわてて駆けよるんだけれど、視界には入らない様子で、黙ったまま白衣と眼鏡を持ち上げると、そのまま両手で抱きしめた。
「ひょっとしたら、そうなのかもって、おもってたんだ・・・。」
ひとりごとのように、ぽつりと。
ゴリラちゃんは消えりそうな声で呟く。
「シーラねえは、かってにいなくなることはあったけど、こんなにながく、いなくなることはなかったから・・・、だから、そうなのかも、って・・・、でも・・・!」
ぎゅっ、と。
白衣を抱きしめる腕に力がこもる。
その背中は小さく震えていて、まるで迷子の子供のようだ。
「どうして!? なんで!? なんでいってくれなかったの!? みんなでたちむかえば! ううん! みんなでにげることだってできたはずなのに!」
その問いに答えてくれるシーラさんは、もういない。
それはきっと、ゴリラちゃんにもわかっていることだ。
それでも、問いかけずにはいられない。
その気持ちは、痛いほどにわかった。
あたしだって、たいせつな誰かを失ったら、きっと・・・。
「なんでだよぉ・・・! シーラねえ・・・っ!」
ゴリラちゃんの慟哭が洞窟にこだまする。
その目からは、大粒の涙がぽろぽろとこぼれていた。
「ゴリラちゃん・・・、」
たまらず声をかけようとするのだけれど、ゴリラちゃんの周りに立つヒョウちゃんたちみんながこっちを見て、ふるふると首を振った。
・・・うん。わかったよ。
これは『かぞく』のこと、だもんね。
これ以上、あたしがでしゃばるのは、よくないことだ。
こくり、頷いてヒョウちゃんたちに答えると、みんなも同じように頷いて、返事を返してくれた。
「なあ、リーダー。もうええやろ。」
ヒョウちゃんが、ぽんと肩に手を置きながら声をかけると、ゴリラちゃんはぽろぽろと涙をこぼしながらふり向いて、すごく怒ったような声で言葉を返す。
「なにがだ!? なにもいいことなんてない! シーラねえは、シーラねえは・・・!」
「そのシーラが、あたしたちをきけんなめにあわせないように、ひとりでなんとかしようとしてくれたんでしょ? そのきもちは、わかってあげないと。」
すぐ横にしゃがみ込んだリエちゃんが、ゴリラちゃんの顔をのぞき込む。
とても真剣な顔なのだけど、どこか慈愛を感じさせる、その表情。
「でも・・・! わたしはシーラねえに、なにも・・・!」
ぶるぶると肩を震わせて、ゴリラちゃんは言葉を詰まらせる。
「なにもしてあげられなかった。なにもきづかなかったのは、わたくしたちもおなじです。ねえさまだけではありません。」
「そ、そうです・・・。あまりじぶんを、せめちゃダメです・・・、ぐすん、」
クロちゃんもメイちゃんも、ふたりとも泣きそうな顔で、けれどゴリラちゃんのことをすごく心配しているのが伝わってくる。
「わたしは・・・! わたしは・・・!」
ゴリラちゃんはまだ、言いたいことがいっぱいあるという表情をしていたけれど、このままみんなに任せていれば、ちゃんと落ち着いてくれると思う。
こうして、つらいとき、泣きたいとき、
それを分かち合い、一緒に泣いてくれる誰かがいる。
それはたぶん、何よりも素敵なことだと、わたしは思う。
かぞく・・・、かぁ。
『グオオオオオォォォォン!!』
――と、
洞窟の奥の方から、唸り声のような大きな音が聞こえる。
全身をびりびり震わせるような迫力のある声、けれどどこか無機質な響きのある声。
洞窟の奥には、大きな部屋にいっぱいのセルリアンがいる。
これだけ大きな声で話をしていたら、さすがに気づかれてしまったみたいだった。
「ともえちゃん。」
となりに立つイエイヌちゃんが真剣な顔でこちらを見る。
「うん。急いで逃げよう。」
わたしはこくりと頷いて答える。反対側にいるくびわちゃんもまた、こくこくと頷いた。
わたしはゴリラちゃんたちのところに駆け足で近づき、声をかける。
「ねえ、みんな。」
つらいと思うけど、今は逃げよう。戻ったら何か対策を立てないと・・・、
なんて、考えていたセリフを言おうとしたのだけど、それよりも先にヒョウちゃんが口を開いた。
「あー、あかんわ。さすがにセルリアンがこっちにきづいたかもしれんなー。」
ヒョウちゃんはさっきまでの真面目な顔はどこへやら、にゃははと笑う。
「かも、ではなく。かくじつにきづかれましたわね。あれだけのおおごえですもの。」
クロちゃんもまた、いつもの取り澄ましたような顔で、
「でしょうね。まったく、うちのリーダーときたら。・・・うう、なさけなくってなみだが、」
メイちゃんも、うるうると目を潤ませながら、
「ホント、こういうとき、たよりにならないのよね。」
そしてリエちゃんは、苦笑交じりの顔を見せる。
「おまえたち・・・、そんな、わたしは・・・、」
ゴリラちゃんひとりだけが、取り残されたような表情でみんなの顔をきょろきょろと見ていた。
そんな。
なんでみんな、そんなひどいことを。
あんまりにも驚いてしまって、わたしが何も言えないでいると、ヒョウちゃんがまたにゃははと笑って、
「せやからウチらは、そんなあんたをほっとかれへんのや。」
その台詞に、みんなは頷きあったかと思うと、ものすごい勢いで走り出した。
「ええっ!? みんな、そっちはダメだよ!」
「あんたらはリーダーつれて、はよにげ! あとはウチらがなんとかしたる!」
捨て台詞のような言葉を背中越しに投げかけながら、ヒョウちゃんたちみんなは1号くんの横をすり抜け、奥の空洞へ飛び出していった。
いきなりの行動に呆気に取られてしまっていたのだけど、なんとか事態を飲み込み始めたところで、イエイヌちゃんが声をかけてくる。
「ともえちゃん! わたしたちも!」
「うん! くびわちゃんはここでまってて!」
こくこくと頷くくびわちゃんと、今も呆然としているゴリラちゃんを置いて、わたしたちは駆け出す。もちろん向かう先はみんなの向かった先、奥の空洞だ。
1号くんの横をすり抜けて、空洞の入り口に立つ。
見ると、すでにみんなはセルリアンとの戦いをはじめていた。
ヒョウちゃんとクロちゃんはふたりで一体の大型セルリアンと向かい合っている。
ヒョウちゃんに向かって振り下ろされた触手をクロちゃんが横からいなし、ヒョウちゃんはその隙に胴体に爪の一撃を与えていた。
「にゃはは、ないすふぉろーやでクロちゃん。」
「まったく、ヒョウねえさまはあいかわらず、つめがあまいですわ。」
「ほんまに? ぺろぺろ・・・、うぇ、まっず!」
「だからそういうことではなく。」
戦いの最中だというのに、ふたりともいつもの調子でぽんぽんと会話をしている。
それだけ余裕があるということなのか、それとも。
ひょっとしたら、悲しみとか、怒りとか、色々な感情が混ざり合って、一周まわって素に戻っているだけなのかもしれない。
リエちゃんとメイちゃんも同じように、ふたり一組で一体のセルリアンと対峙していた。
「メイ、あんまりむりはしないようにね。」
「はい。リエちゃんも、やりすぎないようにちゅういしてくださいね。」
ヒョウちゃんたちと同じように会話をしながらの戦闘なのだけど、こちらは更に余裕があるように思う。
『グオオオオォォォォン!』
と、対峙する大型セルリアンが突進してきた。メイちゃんはぴょんと飛びのいて距離をとるのだけど、リエちゃんはそのままだ。
あぶない!と思わず声が出そうになるけれど、ぜんぜん、取り越し苦労だったみたい。リエちゃんは自分の倍以上ある大きさのセルリアンの突進を難なく受け止めていた。
両足と太いしっぽを地面に突き立てて、ものすごいちからでセルリアンを押し返している。
「ひさしぶりのおおがただし、あれ、やろっかな?」
少し楽しそうな顔をしたリエちゃんは、セルリアンに突き立てていた両腕をぎりぎりと絞り始める。両腕に挟まれた箇所が、つねられた皮膚のようにつぶれ始めた。
うわぁ・・・、なにあれ、すっごいいたそう。
それだけでもセルリアンに十分にダメージがあるように思うのだけど、リエちゃんはセルリアンを掴んだまま、しっぽを地面に叩きつけて全身をものすごいスピードで横回転させた。
「めつ、なんとかばっとうがー。」
わざめい、なんだろうか。気の抜けた掛け声とは対照的に、とんでもない技だ。
セルリアンは回転の勢いに負けて一緒にぐるぐると回ったかと思うと、そのままはじけ飛ぶように明後日の方向に吹っ飛んで、そのままごろごろと転がって行く。
それだけじゃなくて、回転がおさまったリエちゃんの手には、セルリアンの体の一部が残されていた。千切れちゃった、ということなんだろうか。
・・・うえぇ。
「あー、くらくらするー。」
「もう、だからやりすぎないようにっていったのに。」
「うーん。もうしないのよー。」
回転のダメージはリエちゃん自身にもあるみたいで、頭に手を当てながら足元をふらつかせていた。
と、さっきまで向かい合っていた一体をしとめたんだろう、ヒョウちゃんたちがリエちゃんたちのすぐ近くまで来ていた。
「しっかし、ケンカふっかけたんはええけど、こりゃけっこうしんどいで? どないしょ?」
「どないもこないも、やることはひとつですわ、ヒョウねえさま。」
にゃはは、と笑いながら言うヒョウちゃんに、クロちゃんはいつもように澄まし顔で、
「わたくしたちのたいせつなかぞくをなかせたこと、こうかいさせてあげるだけです。」
けれどぞっとするような声色で、そんなことを言う。
そして、ぼうっと目を光らせながら再び口を開くと、
「おどれらまとめてボテくりまわしたんぞゴラァァァァ――ッ!!!」
一瞬、誰がその怒声を発したのかわからなかった。
けれど聞こえてきた声と、目で見たものは確実にそれで。
え? ええ!?
あれ、あのおっかないの、クロちゃんなの!?
「お、でたでた。おっかないほうのクロだ。」
「あ、あいかわらずこわいです・・・。」
「ほんまくちわるいなぁ・・・、おねーちゃん、クロちゃんのしょうらいがしんぱいやわぁ。」
わたしは目をぱちぱちしながらその光景を見るんだけど、みんなは見慣れてるかのような雰囲気だ。リエちゃんは相変わらず動じてないし、ヒョウちゃんもいつもどおりの感じだし。
メイちゃんだけが、なんだかいつもより怯えているようにも思うけど。
「わたし、こっちのクロちゃんにがてです・・・、ぐすん。」
「そう? あたしはけっこうすきだけど。かわいくない?」
「わかるわぁ。いつものかしこまったクロちゃんとのギャップがたまらんね。」
「わたしにはまったくりかいできません・・・。」
「メイはよく、こっちのクロになかされてたもんね。」
なるほどねえ。
そういうことなら、メイちゃんの態度もわかるかも。
「せやったねぇ・・・、しみ、じみ。」
うんうん。
しみ、じみ。
「しみ、じみ。ちゃうわボケあねども! さっさと『やせいかいほう』したらんかいっ!」
「「「はいっ。」」」
はいっ、とわたしまでお行儀よくお返事しそうになって、われに返った。
あらためてみんなの戦いぶりを見るのだけど、みんなとても強い。
ひとりひとりの強さももちろんなんだけど、うみべで見たハンターさんたちの戦いぶりに負けないくらいに連携が取れていて、あんなにいっぱいいるセルリアンたちと互角以上に渡り合っている。
でも・・・。
「はぁ、はぁ・・・、さすがに、きっついで、これは。」
「おねーちゃん、もうへばったん? はぁ、まだまだ、てきはぁ、ぎょーさんおるでぇ?」
「ふぅ、さすがに、つかれてきたわね。」
「うぅ・・・、でも、もうひとふんばり、がんばらないと。」
やっぱり数の不利はどうにもならないみたい。みんな、だんだんと疲弊していっている。
このままじゃ、誰かケガしちゃうかもしれない。
となりで様子を伺っていたイエイヌちゃんも、同じことを思ったんだろう。
まっすぐに目が合い、こくり、頷きあう。
「イエイヌちゃん。お願いできる?」
「はい! ともえちゃんは、さきにふたりを!」
「りょうかい!」
言うが早いか、わたしは元来た方へ駆け出す。イエイヌちゃんはわたしとは逆方向、セルリアンのひしめく空洞の方へ駆け出した。
ここはイエイヌちゃんに任せよう。
まだ疲れていないイエイヌちゃんなら、みんなのフォローに入って、逃げるための時間を稼げるはずだ。
わたしは先にくびわちゃんとゴリラちゃんを連れて、外に逃げないと。
「くびわちゃん! ゴリラちゃん! こっちは大丈夫!?」
1号くんの横を通り抜け、すぐにふたりのところに辿り着く。
「・・・だいじょうぶ、こっちには、せるりあん、きてない。」
「そう。よかったぁ・・・。」
ふたりはさっきと変わらない様子でたたずんでいる。
そう、変わらない。
ゴリラちゃんは今も白衣と眼鏡を抱きしめたまま、地べたに座り込んでいた。
「むこうは、どうなってる・・・?」
うつろな視線を向けながら、ゴリラちゃんが聞いてくる。
焦燥しきったその表情を、とても見ていられなくて、わたしは視線を外しながら答える。
「・・・、セルリアンと戦ってるよ。みんな強くて、何体かは倒せたけど、でも、疲れてきてるから、いちど逃げないと。」
だから、わたしたちは先に逃げるよ。そう続けようとした言葉は、ぽつぽつと呟くようなゴリラちゃんの声に遮られた。
「みんな・・・、みんなたたかってる・・・、なのにわたしは・・・、なんで・・・!」
「ゴリラちゃん・・・、」
ゴリラちゃんはわたしの方に腕を伸ばす。
「みろ。ふるえてるだろ・・・? さっきから、こわくてたまらないんだ。」
どうぶつ図鑑で読んだけれど、ゴリラはとても温厚な動物だ。ちからはすごく強いけど、痛みに弱いのと、温厚な性格だから、戦ったりすることはほとんどない。
臆病な動物、と言ってもいいかもしれない。
でも、
「わたしは、こんなじぶんが、だいきらいだ。たいせつなかぞくを、うしなうかもしれないのに、うごけない、こんなじぶんが、ほんとうにきらいだ。」
ゴリラちゃんは、きっとそんな自分を変えたくて、リーダーをはじめたんだと思う。
シーラさんがいなくなって、しっかりしなきゃって思って。
そうしてここまでやってきたんだと思う。
だから、
「こんなおくびょうものが、リーダーなんて、さいしょから・・・!」
「ダメだよ!」
ダメだ。それだけは言わせない。
わたしはゴリラちゃんのそばまで行ってしゃがみ込む。視線の高さを同じにして、さっきそむけてしまった顔を、今度はまっすぐに見た。
「ゴリラちゃん、自分で言ってたよ? 目指す自分を曲げるわけにはいかないって。ゴリラちゃんの目指す自分は、ここで諦めちゃうような子なの?」
ハッとした顔で、ゴリラちゃんはわたしの顔を見る。
その目に、少しずつだけど、光が宿っていくように見えた。
「わたしは・・・、わたしは・・・!」
―――ぶん、と。
何か、虫が羽ばたくような音が聞こえた。
つられて音のした方を見ると、信じられないような光景が目に飛び込んでくる。
なに? あれ・・・。
なにが、おきてるの・・・?
起きていることの意味もまったくわからないまま、わたしは問いかける。
「くびわちゃん・・・? なんで、ひかってるの・・・?」
くびわちゃんの体が、ぼうっと緑色に光っていた。