らぼを離れてどのくらい経っただろうか。
白紙だったスケッチブックの7ページ目にかばんちゃんとジャイアント先輩、それからセンちゃんとアルマーちゃんを描いたあたりで、景色に緑が増えてきていることに気づいた。
くびわちゃんの運転するバギーの向かう先には、みつりんほどじゃないけれど、こんもりとした森が見えている。
わたしはクレヨンを動かす手を止め、描きかけのスケッチブックをかばんにしまうと、イエイヌちゃんに声をかけた。
「イエイヌちゃんのおうちって、森の中にあるんだね。」
「はいぃ。きょうはてんきがいいので、こもれびがきもちよさそうですねぇ。」
イエイヌちゃんの言うとおり空には雲ひとつなく、太陽がさんさんと輝く中、気持ちがすかっとするような青色が広がっている。
イエイヌちゃんは口を少し開き気味にして、両手で窓枠に掴まるような体勢で外の景色を眺めていた。ごきげんメーターことふさふさのしっぽは、ぱたぱたと横に振られている。
「イエイヌちゃん、とってもうれしそうだね。」
「そうですねぇ。わたしもおうちにかえるのはひさしぶりですから。・・・それに、」
イエイヌちゃんは振り返り、わたしの方を真っすぐに見ると、
「おともだちをおうちにごしょうたいするのは、はじめてですし・・・。」
そう言って、とてもうれしそうに、うふふ、と笑った。
「あはは。あたしもすっごく楽しみにしてるよ。」
「・・・ぼくも。」
わたしがにっこり笑って答えると、運転席のくびわちゃんが座席越しに同意してくれる。
運転しながらなので前を向いているのだけど、わたしの席から見える横顔は、やっぱりうれしそうだった。
そしてもうひとり、助手席にのロードランナーちゃんはと言うと、
「ぴゅい・・・、ふにゅ・・・、くぅ・・・、くぅ・・・、」
あいかわらずぐっすり眠っていて、可愛らしい寝息だけが聞こえてくる。
わたしの視線に気づいてか、イエイヌちゃんが口元を押さえてくすくすと笑った。
「きもちよさそうにねていますねぇ。」
「だね。」
わたしの席からだとその寝顔は見えないけど、寝息の音だけでもとても気持ちよさそうに寝ている姿が想像できた。
バギーはそのまま森の中に進んでいく。森の中の道は車が一台通るには十分な道幅があった。
並木道のようなそこは、とてもせいひつな様子だった。差し込んでくる木漏れ日が光の帯をいくつも作っていて、なんだかしんぴ的な美しさすら感じさせる。
イエイヌちゃんがさっき言っていたとおり、とても気持ちのよさそうな場所だった。思わず車を降りて森林浴をしてみたくなる。
うずうずする感覚をこらえながらイエイヌちゃんの方を見ると、どうやらイエイヌちゃんも同じみたいで、しっぽをぶんぶんと振りながら外の景色を食い入るように見つめていた。
イエイヌちゃんはとてもかしこいから、ついつい忘れてしまいがちになるけど、好奇心おうせいで楽しいことが大好きな、イエイヌのフレンズなのである。
こうしてしっぽをぶんぶん振って、気持ちがだだもれになっている姿を見ると、ほっこりする感覚をきんじえない。
うーん。
やっぱりイエイヌちゃんはかわいいなぁ。
まだかなまだかな、と言わんばかりの様子のイエイヌちゃんと、にこにこ顔のわたしたちを乗せたバギーはそのままゆっくり進み、しばらくしてひらけた場所に辿り着いた。
森と石垣に囲まれたそこには大きな門があって、門の先にはドーム状の建物がいくつも建っていた。建物はクマだったりライオンだったりコアラだったり、どうぶつの顔を模した形をしている。
くびわちゃんはバギーを門の横に停め、わたしたちの方へ振り返る。
「・・・ついた。」
「わふぅ!」
喜びの声と共にバギーから飛び降りたイエイヌちゃんは、ぱたぱたとかけて門のまんなかに立ち、わたしたちの方に振り返って満面の笑みを見せた。
「ようこそ! わたしのおうちへ!」
けものフレンズR くびわちほー 第08話「ぼくのふれんど」
「んーっ!」
道中ぐっすり寝ていたロードランナーちゃんはバギーから降りると、ぐーっと伸びをした。
「ロードランナーちゃん。だいぶぐっすりだったね。昨日、あんまり寝られなかったの?」
「ん? そんなことねーけど? きのうもかいみんだったぜ!」
「そうなんだ。よくそんなに寝れるね・・・。」
昨日もかいみんで、かばんちゃんの説明の時も寝てて、おまけにらぼからここまでもぐっすりで。
あたしだったら、そんなに寝たら気持ち悪くなっちゃうかも。
なんて思うのだけど、ロードランナーちゃんはすっきりした様子で、にこにこと可愛らしい笑顔を見せていた。
「・・・よだれ、たれてる。」
「んあ? ああ、わり。」
くびわちゃんが指摘をすると、ロードランナーちゃんは手の甲でごしごしと口元をぬぐう。
ふたりとも、だいぶ仲良しさんになったみたいだね。
うみべからこれまで、ほとんどケンカしてる姿しか見てないから、今みたいな様子はなんだかとても新鮮で、とてもうれしい。
バギーから離れて門の前に立つ。大きな門には何か書かれていたような跡があるのだけど、塗料の劣化がはげしくて何が書いてあったのかはわからない。
「ここが、きょじゅうく。」
なんとはなしに呟いたわたしに反応したのはくびわちゃんだ。
「・・・そう。むかし、ぱーくのしょくいんや、そのかぞくがすんでいたところ。もともとは、おきゃくさまがとまるばしょ、だったけど、ほてるができてから、そうなった。」
「へー。ホテルなんてのもあるんだね。」
あいかわらず物知りなくびわちゃんの説明に言葉を返していると、ぶんぶんと手としっぽを振るイエイヌちゃんの姿が目に入った。
イエイヌちゃんはすでに門の内側に入っていて、クマの形をした『おうち』の前に立っていた。
「さあさあみなさん! はやくおいでください! おちゃやおかしのごよういもありますよ!」
イエイヌちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、そんな昔話の台詞みたいなことを言ってくる。
その言葉に、頭の中にちょっとだけ心配の芽が顔を出した。
昔話だとたいてい、そういうおいしい話には裏がある、みたいな教訓じみた展開になったりするんだけど、とうぜん、イエイヌちゃん相手にそんな心配はこれっぽっちもない。
ヒトの手を離れてだいぶ時間が経っているだろうパークで、お茶やお菓子がちゃんとした形で残っているかが心配なのだった。
しょうみきげんとか、かなりマズいことになってるんじゃ・・・。
「・・・きょじゅうくのせつびは、らっきーびーすとが、かんりしている。おちゃや、おかしも、ていきてきに、あたらしいものとこうかんされている。」
そんなわたしの心配を察してか、くびわちゃんが説明をつけ足してくれた。
うーん。やっぱりあたしって顔に出やすいのかな?
「そうなんだね。ありがと、くびわちゃん。」
素直にお礼を言うと、くびわちゃんは恥ずかしそうに口元をぶかぶかの首輪にうずめた。
「ひひ、いっちょまえにてれてやがらぁ。らぼじゃびびってなきそうだったのによー。」
「・・・くそばーど、だまれ。」
「あぁ!? てめーがだまれくそびびりぃ!」
あはは・・・、ぜんげんてっかい。
やっぱりふたりはいつもどおりみたいだ。
ふたりをなだめながら『おうち』の前に辿り着くと、イエイヌちゃんはとっても素敵なにこにこ笑顔でわたしたちを迎えてくれた。
「あらためまして、ようこそわたしのおうちへ! さあさあ、こんなところでたちばなしもなんですから、どうぞなかへ!」
イエイヌちゃんはそう言って『おうち』のドアを開けて、わたしたちを中へ案内した。
「おじゃましまーす。」
「・・・おじゃま、します。」
「じゃますんぜー。」
それぞれにドアをくぐりながら声を上げるのだけど、すぐにみんな黙ってしまった。というのも、『おうち』の中はすごく暗くて、ドアの近く以外何も見えないくらいだったのだ。
ドアの近くだって光の差し込む足元くらいしか見えなくて、一歩先に進むともう真っ暗だ。
「はて? わたしのおうち、こんなにくらかったでしょうか・・・?」
家主であるはずのイエイヌちゃんすら戸惑うくらいの暗さである。
壁沿いにてさぐりで照明のスイッチを探してみるのだけど、見つからない。ならばと部屋の中央の方に向かって歩き、ぶら下がってるだろう電灯の紐を探すのだけど、手は空を切るばかりだ。
「ん・・・、なんだろ、これ。」
と、ぶら下がってる紐を探していた私の手が何か柔らかいものに触れた。
ぺたぺたと触って確かめるのだけど、てのひらにすっぽり収まるくらいの大きさで、感触はとても柔らかくて気持ちいい。
ジャパリまんくらいのサイズ感で、触るとふにゅっと柔らかくて、ほんのりあったかい感じのするもの、って、なんだろう。クッションとか?
でも、クッションがこんなとこにぶら下がってるわけもないだろうし・・・、
そんなことを考えながら、ふにゅふにゅもにゅふにゅ・・・、とその感触を確かめていると、
「おお! そういえば! とおでをするのに、カーテンをしめてから、でたようなきがします!」
イエイヌちゃんがぽんと手を打って、ぱたぱたと真っ暗な部屋の奥へと進んでいく。そして、シャッ、というカーテンレールのこすれる音と共に、部屋の中が明るくなった。
暗いところに入ってすぐまた明るくなったものだから、目の採光がうまく追いつかなくて、ぱちぱちと瞬きをしてしまう。
暗さに順応しかけた目が、再び明るさに順応したところで、
「その・・・、なんじゃ・・・、チサマ。いきなりおしかけて、このしょぎょう。なみちー、びっくりすぎて、こえもでんぞ。」
聞こえてくるのは、はじめて聞くフレンズさんの声。
明るさに慣れた視界いっぱいに映るのは、さかさまになったフレンズさんの顔。
さかさまでこちらを睨みつける、その青白い顔に、
わたしは思わず触っていた何かをぎゅうっと握りしめて、
「きゃああああああーーーーっっ!!」
「ギャアアアアアアーーーーッッ!! いたいいたいっ! つぶれるっ! もげるっ!」
そろってひめいを上げたところで、ちからいっぱい握りしめているのが、そのフレンズさんの胸だということに気づいた。
さて。
・・・なんて言葉で切りかえていい状況ではないかもしれないけど、さて。
天井に足をつけてぶらぶらとぶら下がっているフレンズさんは、腕を組みながら頭上・・・、ではなく、頭『下』のわたしを睨みつけていた。
わたしはフレンズさんのぶら下がるすぐそばで、うなだれながら正座をしている。
「まったく・・・、いきなり『ねどこ』におしかけたあげく、」
「・・・はい、」
「あんなろうぜきをはたらき、」
「・・・うぅ、」
「おまけにかおをみてひめいをあげるとは・・・、」
「・・・はいぃ、」
「チサマ・・・、ぶしつけにもほどがあろう。」
「うぅ・・・、かえすことばもございません・・・。」
深々と頭を下げ、カーペットの敷かれた床に伏せる。いわゆる土下座というやつだ。気分としてはもうこのまま床の下に埋まってしまいたいほどである。
「あの・・・、おきもちはわかりますけれど、ともえちゃんもわざとやったわけでは・・・、」
と、私の横に立っているイエイヌちゃんが口をはさんだ。
「なんじゃチサマは。このムッツリむすめのなかまか?」
む、むっつりむすめ・・・。
ひどい言われようだとも思うけど、状況を考えれば、はんろんのよちはなかった。
頭を上げられないまま音だけで様子を伺っていると、フレンズさんは、ふん、とひとつ息を吐く。
「そもそもチサマら、なみちーの『ねどこ』になにしにきた。きゃくをしょうたいしたつもりはないがの。」
寝床、とフレンズさんはさっきもそう言っていた。
なみちー、というのはフレンズさんの名前だろうか。
であれば、つまりここは、このフレンズさんの寝床、ということになるのだけど・・・。
どうも、ここがどこかという点で、わたしたちの認識には大きな食い違いがあるみたいだ。
「ええと、それなんですが・・・、」
わたしたちの認識ではこの『おうち』の家主であるイエイヌちゃんが、事情を説明しはじめる。
あいかわらずわかりやすい説明で、とうぜん事情を知っているわたしも思わずふんふんと声を上げそうになった。
「なるほど。ここはもともとチサマの『ねどこ』であったか。」
イエイヌちゃんが説明を終えると、フレンズさんは素直に理解を示してくれた。
「ひるまもくらいところを、とさがしておったらここをみつけてな。しばらくまえからすみついておる。なみちーは、やこうせいゆえ。」
なるほど。
どうも、なみちーと名乗ったこのフレンズさんは、イエイヌちゃんが留守にしてる間に、ここに住み着いていた、ということみたいだ。
「であれば、こちらにもひがあるわけじゃな。・・・そこな、ムッツリむすめ。いつまでそうしておる。おもてをあげい。」
フレンズさんはそう言って、キキキ、と甲高い声で笑う。促されるままに顔を上げると、さかさまにこちらを見下ろす目と、目が合った。
さっきはどアップで見たせいでひめいを上げてしまったけれど、改めて見るフレンズさん、ううん、なみちーちゃんの顔は、とても色白で整っていて、見惚れるくらいに綺麗だ。
「さきほどのことはみずにながそう。かわりに、こちらのぶちょうほうも、ゆるしてくれるとありがたい。」
整った顔に少し気恥ずかしそうな表情を映しながら、なみちーちゃんはそんなことを言った。
「わたしはぜんぜん、かまいませんよ? るすのあいだにおやくにたてたなら、むしろうれしいですし。」
「うぅ・・・、本当にごめんなさい・・・。」
くすくすと笑いながらフォローをしてくれるイエイヌちゃんに対しても、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、わたしは立ち上がって居住まいを正す。
と同時に、なみちーちゃんは天井から足を離しふわりと身を翻して音もなく着地した。
「では、あらためてじこしょうかい、といこうかの。なみちーはなみちー、ナミチスイコウモリのフレンズじゃ。」
さかさまにぶら下がっていたときも思ったことだけど、こうして上下を戻して改めて見ても、色白で整った目鼻立ちをしてるその顔は、やっぱり見惚れてしまうほどに綺麗だ。
黒い髪はおかっぱの形に切りそろえられていて、なんだか古風な感じもする髪型だけど、綺麗な顔立ちや口調もあいまって、お姫様みたいな清廉さを感じさせる。
髪と同じ色をした大きなお耳は、頭の上からぴんと伸びていて、遠くの音までよく聞こえそうだ。
頭の後ろには小さい羽が生えていて、さっき空中で体勢を変えるときなんか、ぱたぱたとせわしなく動いていてとても可愛らしかった。
服装は黒のセーラー服に黒タイツに黒いブーツ。上から羽織っているマントはコウモリの羽を模したような形で、こちらもやっぱり黒い。
そんな全身黒ずくめな格好なのだけど、受ける印象は地味というより高貴な感じ、だろうか。
やっぱりお姫様みたいな、貴族みたいな雰囲気のする子だった。
なみちーちゃんの自己紹介に応じたのはイエイヌちゃんである。
「わたしはイエイヌのフレンズで、イエイヌともうします。こちらはともえちゃんと、くびわちゃん、そしてロードランナーさんです。」
「えっと、ともえです。・・・さっきは、ホントにごめんね?」
「・・・くびわ。」
「ロードランナーだぜ!」
そうしてそれぞれに紹介を終えて、さてどうしよう、というところで、イエイヌちゃんがにこにこと笑いながら目の前でぽんと手を打って言った。
「さて。それではよていどおり、おちゃにしましょうか。せっかくですから、なみちーさんもごいっしょにどうですか?」
「ふむ・・・、るすちゅうにかってにいすわり、みがひけるここちではあるが・・・、さそいをむげにことわるのも、れいにしっするというもの。ありがたくごしょうばんにあずかろう。」
イエイヌちゃんの提案に、なみちーちゃんはうっすらと笑みを浮かべながら答えてくれる。
その提案には私も大賛成だった。
「では、わたしはおちゃのじゅんびをしてきますね。みなさんはおすきなところでくつろいでいてください。」
言われて、さっきからみんな部屋のまんなかで立ちっぱなしだったことに気づく。
わたしはお部屋の様子を眺めながら、近くにあった椅子に腰かける。テーブルを挟んで向かいの席にくびわちゃんが座り、となりの席にはなみちーちゃんが座った。
ロードランナーちゃんは・・・と探してみると、窓際に据え付けられているベッドの上でごろごろしていた。
い、いつの間に・・・、ていうか、あの子まだ寝る気なの・・・?
自由気ままなロードランナーちゃんに呆れながら、そのまま部屋の中を眺める。
イエイヌちゃんのおうちはなんだか可愛らしい感じの内装だった。丸みを帯びた家具はうすいピンク色のものが多くて、小さい子のお部屋っぽい感じ。
しょうじき、わたしのイメージするイエイヌちゃんのお部屋は、もっとこう、落ち着いてるというか、凛々しい感じのお部屋だったのだけど・・・。
あ、そっか。ここってイエイヌちゃんがフレンズになる前に、ヒトと暮らしてたおうち、なんだっけ。だとしたら、その子はわたしと同じくらいの歳だったのかも。
テーブルクロスとか、ベッドのシーツとか、ところどころどうぶつプリントのものがあって、とっても親近感を感じる。
うーん。はじめて来たはずなのに、なんだかなごんじゃうなあ。
「チサマらはやぬしどのと、どのようなかんけいなのじゃ?」
あれこれ考えながらお部屋を見渡していたら、なみちーちゃんがおはなしを振ってきた。
家主どの、って、イエイヌちゃんのことだよね?
「おともだちだよ。イエイヌちゃんがそうげんの方に来たときに出会って、そこでおともだちになったの。」
「そうげんとは、またずいぶんととおいな。はねのないフレンズには、たいへんなみちのりじゃったろうに。」
言いながら、なみちーちゃんは頭の後ろの羽をぱたぱたと動かしてみせる。たしかにわたしが空を飛べるフレンズさんだったら、ここまでの道もそんなに時間をかけずに来れたのかもね。
でも・・・、
「あはは。そうだね。でも、ゆっくり何日もかけて来たし、色々なフレンズさんとも会えたから、あんまり遠いとか、感じなかったかな。それに、」
言葉を区切り、視線を向かいのくびわちゃんと、ベッドでだらだらしてるロードランナーちゃんにそれぞれ向ける。
「旅の途中でくびわちゃんともロードランナーちゃんともおともだちになれたし。」
こうしてゆっくりと歩いてきたおかげで、得られたものはとっても大きい。
「だからあのとき、イエイヌちゃんがおうちに来ない?って誘ってくれて、すごく感謝してるの。」
「そうか・・・、それはなによりのことじゃな。」
なみちーちゃんは腕を組みながら、穏やかな表情でうんうんと頷いた。
と、
ぐううううぅぅぅ・・・、という大きなお腹の音が聞こえた。
ひょっとしてあたしの?と思ったけれど、お腹が震えた感覚はない。音の聞こえた方向からすると、くびわちゃんでもないと思う。
そうなると・・・、
「やだ、ロードランナーちゃん。そんなにお腹、空いてたの?」
「はあ!? あたしじゃねーよ!」
ロードランナーちゃんはそう言うけれど、音のした方向を考えると、ロードランナーちゃん以外に考えられなかった。
まさかこんなお姫様みたいな雰囲気のするなみちーちゃんが、あんなに大きなお腹の音をさせるわけないし。
「うんうん。わかるわかる。お茶とお菓子、楽しみだもんね。」
「だからあたしじゃねーって!」
「あはは。ごめんごめん。聞かなかったことにするから。」
「んだよ・・・、ったく。」
ロードランナーちゃんはぶつぶつと唇を尖らせて呟くと、そのまま枕にぼふっと顔を埋めてしまった。
うふふ。恥ずかしがっちゃってー。
ロードランナーちゃんのこういう反応は、ちょっと意外かも。
「それにしても、やぬしどのはなにゆえ、そんなとおいところまででかけたのじゃろうな?」
と、唐突に投げられた質問に視線を戻しながら、ふと考えてしまった。
そう言えば、今まで考えたこともなかったかも。
「うーん。なんでだろ。」
言いながら、その理由を考えてみる。
何処か行きたい場所があった、とか?
でも、わたしと会ってからこれまで、イエイヌちゃんはずっと一緒にいてくれるし、何処かへ行きたいような素振りは一度も見せたことはない。
しいて言うならここ、イエイヌちゃんのおうちに向かって旅をしていたわけだけど、それもけっきょく、イエイヌちゃんにとっては自分のおうちに戻ってくるだけの話だしさ。
いまいちぴんとくる回答が思いつかないままでいると、隣の部屋からばたばたという物音が聞こえてきた。
あっちはたしか、イエイヌちゃんがお茶の準備を・・・、
ばん、と。
視線を向けたと同時に、隣の部屋に繋がる扉が勢いよく開いた。
そしてその中から何かが勢いよく飛び出してくる。
「ともえちゃん! あぶない!」
「へ?」
イエイヌちゃんの大声が耳に届き、その何かがわたしの方へと向かっていることに気づいた。
「うわぁっ!」
飛び掛かってきた何かはわたしの顔めがけて飛びついてくる。勢いのまま椅子ごと床に倒れそうになるけど、なんとか上半身をのけ反らせるだけで耐えられた。
けれどもちろん、それで無事に済んだわけじゃない。
飛び掛かってきたその何かはわたしの肩と膝に毛むくじゃらの足を置いて、はぁはぁと荒い息を吐きながら、口を大きく開けてぺろりと舌を見せて・・・、
「た、たべ・・・!」
「なんじゃ、チサマ、またはいりこんどったのか。」
食べないで、というわたしの台詞は、呆れたような響きのするなみちーちゃんの声に遮られた。
なみちーちゃんの様子にちょっとだけ冷静さを取り戻したわたしは、あらためて、飛び掛かってきたその子を見る。
椅子に座ったわたしに圧し掛かるようして、はふはふと息を吐いているその子は、
フレンズさんでも、ヒトでもなく、
まぎれもない、どうぶつの姿をしていた。
「ハッハッハッハ・・・、アォン!」
犬・・・、じゃあない。
尖った大きなお耳が斜めに生えていて、頭の後ろの辺りからトサカのような黒いたてがみが背中の方に続いている。口と鼻の周りが黒くて、灰色の毛に覆われた全身には黒い横じまがあった。
このどうぶつって、たしか、
「まったく、どこからはいってくるのやら・・・、のう、アードウルフ。」
「ァオゥン!」
なみちーちゃんが、前にどうぶつ図鑑で見た名前を呼ぶと、その子はまるでお返事でもするかのように、可愛らしい声で鳴いた。
「ウァフッ! ァフッ! ぺろぺろぺろ・・・、」
「あはは、くすぐったいよ。アードウルフちゃん。」
わたしはまるで子どものようにすがりつくアードウルフちゃんをだっこしながら、顔をぺろぺろと舐められていた。
子どものように、というか、じじつ、アードウルフちゃんはまだ子どもくらいの大きさだった。
さすがに生まれたばかりという感じではないけど、図鑑で見た姿よりだいぶ小さくて、わたしでも簡単に抱えられるくらいだ。
「キュゥン・・・、ぺろぺろぺろ・・・、」
「もう、舐めるのダメだってばー。あはは・・・!」
だから、本気でイヤだったら両手で持ち上げて床に降ろすのもわけないのだけど、こうしてされるがままに舐められているのは、とうぜん、まんざらでもないからである。
ふわふわでちっちゃくて、おまけに甘えん坊とか、かわいいにもほどがあるというものだ。
イエイヌちゃんの用意してくれたお茶やお菓子はテーブルの上に出されていたけど、さっきからずっとこの調子だから、わたしは手を付けられずにいた。
せっかくイエイヌちゃんが淹れてくれたお茶なのだし、温かいうちに飲みたい気持ちはもちろんあるのだけど、こうして可愛らしいどうぶつにじゃれつかれてしまっては、どうしようもない。
申し訳ない気持ちでイエイヌちゃんを見ると、そんな葛藤もすべてお見通しなのだろう、イエイヌちゃんは「しかたないですねぇ。」とでも言わんばかりの微笑みを向けてくれた。
「しかし、めずらしいこともあるものじゃの。そやつがしょたいめんのあいてに、そこまでなつくとはな。」
なみちーちゃんは音も立てず、とても上品に紅茶を飲みながら、そんなことを言う。その話し振りからすると、アードウルフちゃんのこと、前から知っているみたいだった。
「このこは、なみちーさんのおしりあいなのですか?」
「そうじゃな・・・、しりあい、というか、ともであったわ。」
イエイヌちゃんの問いかけに答えると、なみちーちゃんはカップを静かにテーブルに置く。そしてわたしの帽子をぱしぱしと前足で叩きはじめたアードウルフちゃんに、寂しげな視線を向けた。
「しばらくまえに、なみちーとそやつは、セルリアンにおそわれてな。とおりがかったフレンズにたすけられたのじゃが、すでにそやつのサンドスターは、うばわれたあとじゃった。」
え・・・、と。
思いがけず聞いてしまった悲しいいきさつに声を上げそうになり、慌てて口を押える。
これまで、フレンズさんがサンドスターを失ってしまったらどうなるのか、話として聞いたことはあった。
けれど、実際に『そうなってしまった』フレンズさんを見るのは、はじめてのことだった。
なんて言葉をかけていいかわからずそのままでいると、イエイヌちゃんが申し訳なさそうに口を開く。
「それは・・・、すみません。かなしいことをおもいださせてしまって・・・。」
「きにするでない。パークではよくあるはなしじゃ。」
「アォン!」
なみちーちゃんが気丈なことを言うのと同時に、まるでそれを肯定するかのように、アードウルフちゃんが一声吠える。
まるで話していることがわかっているかのようなその反応に、なみちーちゃんは口元を隠してくすくすと笑った。
「ふぇ、ふぉっふぁはほほへーはひっほひ・・・、」
と、お茶うけのクッキーを口いっぱいにほおばりながら、ロードランナーちゃんが口を挟む。相変わらず、ちっちゃい子供みたいな行動だった。
「・・・しゃべるなら、のみこんでから。」
「・・・、んぐ、・・・、んが、・・・、ズズズ・・・、んぐっ、」
くびわちゃんがいつもの無表情で言うと、自分のぶんのお茶を音を立ててすすり、クッキーごと飲み込んだ。なみちーちゃんの上品な所作とはうんでいの差である。
「んで、そっからもおめーら、いっしょにいるんかよ。」
「いや・・・、どうにもはなれてくれんでな。なみちーは、なんとか、やせいにかえそうとしとるんじゃが・・・。」
「ふーん、まあ、それならしかたねーか。」
その、あたりまえのように交わされた会話に、はてと思う。
「え? どうして? おともだちだったんでしょ? 一緒にいたらいいじゃない。」
わたしが思ったことをそのまま口にすると、イエイヌちゃんが少し複雑そうな顔で、
「ともえちゃん・・・、どうぶつにもどったフレンズは、やせいにかえす、というのが、パークのおきてなのです。」
「ええ? そうなの?」
驚いて周りを見ると、みんなそれぞれうんうんと頷いている。この中で最も物知りであろうくびわちゃんも、こくりと。
「そうなんだ・・・。」
「フレンズとどうぶつでは、あまりにちがいがありすぎるからの。しかたのないことじゃ。」
なみちーちゃんはそう言うのだけど、顔に浮かんでいるのはとても寂しげな表情だ。
うーん、と考える。
たしかに、フレンズさんとどうぶつじゃ、いろいろ違いはあると思うし、一緒に暮らしていくのにも、いろいろ問題はあるのかもしれないけど。
でも・・・、それってなんだか、寂しい気がする。
たとえば、わたしはイエイヌちゃんと違って、耳も鼻も良くない。
くびわちゃんと違って、物知りじゃないし、ロードランナーちゃんと違って、足も速くない。
みんなぜんぜん違うけど、それでも一緒にいる。
だって、一緒にいて楽しいから。
ヒトもフレンズさんもどうぶつも、けっきょくのところ、一緒にいる理由なんて、それだけで充分なんじゃないかな・・・。
そんなことを頭の中でつらつら考えるのだけど、どうしてか、口に出すことはできなかった。
・・・ううん。わたし自身、わかっているからだろう。
それはあくまで、失った経験のない者のりくつだ。
アードウルフちゃんがどうぶつに戻るところを、おそらく目の前で見ていたなみちーちゃんは、きっと今見せている表情の何倍も悲しんだと思う。
それでも尚、野生に返そうと言うのだ。
その気持ちは、わたしの勝手なさかしいりくつで、かき回していいものじゃないと思う。
「にしても、そんなにたのしそうなそやつをみるのは、ひさしぶりじゃわ。」
なみちーちゃんは優しげな表情でアードウルフちゃんを眺めて、キキキ、と小さく笑う。そしてそのまま視線をわたしに向けて、こう言った。
「のう、ともえ。よければそやつと、しばしあそんでやってはくれんかの?」
「うん。もちろん!」
わたしがふたつ返事でりょうかいすると、気配を察知したのか、アードウルフちゃんが「アォン!」と嬉しそうな声を上げた。
「でも、なにして遊ぼっか。この子、どういう遊びが好きなの?」
「ふむ、フレンズであったときは・・・、あなほりやかけっこ、それから、かりごっこなんぞを、このんでいたかの。」
穴掘りやかけっこ・・・、それから、狩りごっこ?
・・・えっと、狩りごっこ、ってなに?
なみちーちゃんの回答に、頭上に疑問符を浮かべていると、イエイヌちゃんがにっこりと笑いながら言った。
「そういうことでしたら、とっておきのあそびどうぐがありますよ?」
フレンズ紹介~ナミチスイコウモリ~
なみちーちゃんはコウモリ目チスイコウモリ科チスイコウモリ属の哺乳類、ナミチスイコウモリのフレンズだよ!
ナミチスイコウモリは別名、吸血コウモリとも言って、どうぶつの血を吸うコウモリなんだって!
するどい歯で獲物に噛みついて、傷口を舐めて血を舐めとるみたい。
歯がするどいから、噛まれても逆に痛みがないらしいんだけど、やっぱり血を吸うっていうのはちょっと、こわいかな・・・。
夜行性で、昼間は洞窟とかの天井にぶら下がって眠ってるんだよ!
コウモリがぶら下がって寝るのは、それがいちばんリラックスできるから、みたい!
ヒトの場合だと、ずっと逆さまでいたら頭に血がのぼって気持ち悪くなっちゃうけど、コウモリは体が小さくて軽いから、重力で血の巡りが悪くなることもないんだって!
そんな小さくて軽いナミチスイコウモリなんだけど、お腹いっぱい血を吸うときは、体重の半分近い量を飲んじゃうみたい!
でも、そこまで飲んじゃうと、重くて飛べなくなるから、地面を飛び跳ねて歩いて巣まで戻るんだよ! ぴょんぴょんしててかわいいの!
それと、飲んだ血はぜんぶ独り占めにするんじゃなくて、群れでお腹が空いてる子がいたら、口移しで分けてあげるんだって!
おともだち想いの、とってもいい子だよね!
【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)