けものフレンズR くびわちほー   作:禁煙ライター

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けものフレンズR くびわちほー 第03話「うみをはしる」アバン・Aパート

「わぁっ! イエイヌちゃん! みてみて、海だよ!」

「はい。とってもあおくて、おっきいですね!」

「うん! すっごいきれい!」

 わたしとイエイヌちゃんは竹林を抜けてしばらく歩き、海辺に辿り着いていた。目の前いっぱいに広がる海は、まるで空が溶け込んでるみたいにとっても青くてきれいで、見ているだけでわくわくしてくる。

 そよそよと吹いてくる風は、ちょっぴりしょっぱいような香りがして、それもまた海に来た実感を高まらせてくれる。

「ねえ、せっかく海に来たんだし、ちょっと浜辺まで、降りてみない? あたし、ちょっと遊びたいかも。」

「わふ! いいですね! わたしもあそびたいです!」

 イエイヌちゃんのごきげんメーターこと、ふさふさのしっぽがぶんぶんぱたぱたと横に振られる。メーターはすでに振り切っているみたい。

 

「えへへー、じゃあ、決まりだね! いってみよう!」

 わたしとイエイヌちゃんは堤防の階段をかけ足で降りていく。

 降りた先は一面の砂浜で、踏みしめると、きゅっ、ととっても気持ちのいい感触。

「わー! とってもさらさら!」

 お砂場遊びしたらとっても気持ちのよさそうな、真っ白でさらさらの砂を靴の裏に感じながら、わたしは足の速いイエイヌちゃんを追いかける。

「ともえちゃん! こっちになにかおちてますよ! わふ! こっちにも!」

「それ、貝殻だね! ほんとだ! いっぱい落ちてる!」

「わふ! なんだかいっぱいあるのをみると、あつめたくなります!」

「いいね! 貝殻ひろい! いっしょにあつめよ!」

「はい! どんなのがあるか、たのしみです!」

 

 イエイヌちゃんは言うが早いか、ぱたぱたと砂浜をかけまわりはじめる。

 わたしもその後を追いながら、目についた貝殻をかたっぱしから拾い集めた。

 巻き貝に、二枚貝、ツノガイに・・・、

「わふぅ! これ、うごきました! ともえちゃん! なんですかこれ!」

 と、イエイヌちゃんがびっくりした顔で足元を見る。そしてそのまま、かさかさと逃げていく巻き貝を、口をあんぐり開けたまま見送った。

「あれはヤドカリだね。落ちてる貝殻をかぶって暮らす、海のいきものだよ?」

「やどかり、ですか! はじめてみました! おもしろいです!」

「ヤドカリは、捕まえちゃうとかわいそうだから、見るだけにしよっか。」

「はい! そうしましょう! ・・・わふぅ! あそこにもへんなものが!」

「まって、足はやいよイエイヌちゃん! あはは!」

 また、ぱたぱたとかけ出していくイエイヌちゃんに、思わず笑みがこぼれた。

 

 イエイヌちゃん、海ははじめてなのかな?

 とっても楽しそうだね!

 ・・・あれ? でも・・・、

 居住区にあるおうちから歩いてきたのに、そのときはここ、通んなかったのかな?

「ともえちゃん! これです! これはなんですか!?」

「えっとね、それは・・・、」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるイエイヌちゃんのところに追いついて、その影に隠れているものを見る。

 

 ――と、

「うぅ・・・、ひっく、・・・あついよぅ、せまいよぅ・・・、」

 砂浜からひょっこり顔を出している、フレンズさんのうつろ気な目と目が合った。

 ・・・、えーと、

 つまり、・・・どういうこと?

 

「・・・なっ、なんだぁ、てめーらぁ! じ、じろじろみてんじゃねーぞぉ!?」

「・・・、えぇ・・・?」

 なんだかよくわからない状況にいる、そのフレンズさんは、なんだかとっても口の悪い感じに言ってきた。

 その目がちょっぴりうるんで見えるのは、たぶん気のせいじゃあないと思う。

 

 ― ― ―

 

 けものフレンズR くびわちほー 第03話「うみをはしる」

 

 ― ― ―

 

 じょうきょうを、せいりしよう。

 わたしの目の前にあるのは、まちがいなく首から下がすっぽりと砂に埋まったフレンズさんの姿で。

 さっき貝殻を拾っててわかったけど、遮るもののない海辺の日差しに焼かれた砂は、とってもあつくて。

 そんな中に埋まってるこの子は、ひたいから汗をだらだら流してて、当然のことだけど、とってもあつそうで。

 

 そんな状況にもかかわらず、そのフレンズさんはさっきから、

「・・・んだよぉ! あたしのかおに、なんかもんくでもあんのかぁ!? お? やるか? やんのかこらぁ! やったんぞこらぁ!」

 とっても口が悪い感じにののしってきたり、

「・・・うぅ、なんだよぉ・・・、みてるだけかよぉ・・・、あついよぉ・・・、ひどいよぉ・・・。」

 かと思うと、涙目でぶつぶつと泣き言を言ったり。

 このじょうきょうを、まとめると・・・、

 ・・・うん、さっぱりわかんない!

 

「ええと・・・、きみ、なにしてんの?」

 とりあえず、渦中の、ううん、砂中のフレンズさんに聞いてみる。

 フレンズさんは話しかけられたのがうれしかったのか、ぱぁっと顔を明るくして、けれど、すぐにけわしい顔をすると、ぎろっと睨みつけてきた。

「・・・っ、んなの、みりゃ、わかんだろぉ!? おもいっきりはしってたら、いつのまにかうまってたんだろがい!」

「えぇ・・・、えぇ・・・?」

 ごめんなさい。さっぱりわかりません。

 なんと言えばいいか。

 追いかければ追いかけるほど、姿が見えなくなるような、

 どんどんかしこさがうしなわれていくような、このかんじ。

「・・・イエイヌちゃん、だしてあげよっか。ほるの、てつだってくれる?」

「わふ! あなほりですか!? わたし、あなほりだいすきです!」

「あはは・・・、とりあえず、いそいでたすけてあげようね・・・。」

 なんだか、イエイヌちゃんの返しも、とってもかしこくないような気がするよ・・・。

 とりあえず、海でテンションが上がっているせい、と思うことにしよっか。

 

 イエイヌちゃんはさすがイエイヌのフレンズだけあって、穴を掘るのはお手の物みたい。

 言い出しっぺのわたしが添え物にもならないくらいのすっごいスピードで、フレンズさんの周りの砂をまるっとかき出してしまった。

 フレンズさんは体が自由になるとすぐ、頭の上の羽をばさばさっとはためかせて、すっかり落とし穴みたいになった砂の中から飛びあがった。

 ・・・え? なにこれ?

 空に浮いてる・・・の?

「ふぅー、ひからびるとこだったぜー。」

 ふよふよとしばらく浮いていたフレンズさんは、また羽をばさばさっとしながら、わたしたちのすぐそばに降り立って、安堵の息をついた。

「あら、あなた、とりのフレンズなのですね。」

 イエイヌちゃんの言葉に、なるほど、と思う。

 

 その子は、うすい灰色の頭に濃い茶色の大きな羽と、これまた大きなとさかをつけていた。

 まつ毛の長い大きな目は、丸っこい顔立ちと相まって、なんだか小さな子供のようなチャーミングさがある。

 耳の横にはインディアンみたいな羽の髪飾りがついてて、羽先の朱色と根元の水色がとっても鮮やかだ。

 青いTシャツに白い短パンみたいな服装は、なんだか夏休みの子供みたいだけど、体を動かすのにはとっても合いそう。

 おしりには頭の羽と同じ色の長い尾羽があって、ときおりぴこぴこと動くのがかわいらしかった。

 

 鳥のフレンズさんだから、空も飛べるんだね。頭の羽が、鳥のあかし、なのかな?

 でも・・・、それなら、なんで埋まってたんだろ?

 走ってたら埋まってた、なんて言ってたけど、ほんとにそんなことあるの?

 鳥なのに?

 なんて、けげんな顔で見ていたせいかもしれない。こちらの様子に気を悪くしたのか、そのフレンズさんはぶすっとした顔で答えてくる。

「んだよぉ、ほかのなんにみえるってんだよぉ。」

「いえ、わたしはてっきり、やどかりのフレンズなのかと。」

「はあぁ? やどかりぃ? てめぇー、めんたまどうなってんだぁ?」

「く、くぅん・・・、すみません・・・。」

 強い口調で言われて、イエイヌちゃんはしょんぼりしてしまった。さっきまでぱたぱたと振られていたごきげんメーターも、すっかり下を向いてしまっている。

 ・・・うーん、なんだか、もやもやするなぁ。

 

「えっと、あたしはともえっていうの。こっちの子はイエイヌちゃん。あなたは?」

 もやもやをごまかすように、できるだけ元気よく話しかけたつもりだったけど、口から出たのはつっけんどんな感じの言葉で、それも、ちょっと早口になってしまった。

 いけない、いけない。

 まだ、この子がどんな子なのか、なんのフレンズさんかもわからないのに、こういう態度はよくないよね。

 なんてことを思っていると、その、鳥のフレンズさんは、胸を大きく張るようなポーズをとって、すっごいどや顔で名乗りをあげた。

 

「へんっ! あたしは、こうやのはしりや! グレーター・ロードランナーだぜー!」

 

「・・・ぐれえたぁ?」

「ロードランナー、ちゃん?」

「おう! いかしたなまえだろぉ?」

 うん、なんというか。

「とっても、つよそうななまえですぅ。」

 そう、イエイヌちゃん。それそれ。

 和名はたしか、オオミチバシリっていうんだよね。昨日、どうぶつ図鑑で読んだ項目だ。

 わたしとしては、イエイヌちゃんの感想はまったくもって妥当だと思うのだけれど、ロードランナーちゃんは何か気に入らないのか、またぶすっとした顔になる。

「へんっ、わかってねえなぁー。そこはつよそう、じゃなくて、はやそう、だぜ!」

 ロードランナーちゃんはそう言って、からからと大きな声で笑いだした。

 

「・・・、イエイヌちゃん、この子、へんな子だね。」

「はい、とってもおもしろいこですね。」

 ぽそぽそと小声でイエイヌちゃんに話しかけるけれど、意外にもイエイヌちゃんは楽しそうな顔で返してくる。しっぽもゆっくり振られてるくらいだ。

 ・・・いやまあ、

 イエイヌちゃんがそう言うなら、いいんだけどさ。

 助けたお礼を言ってくれないのは、ちょっと悲しいけど、そういうこともあるし。

 でも、その上でこんな横柄な態度をとられると、

 やっぱりもやもやが・・・、うーん。

 

「ともえちゃん。ひろばでくんだおみず、まだのこってましたよね?」

「あ、うん。まだいっぱいあるけど・・・、」

 ごそごそとかばんから取り出して、イエイヌちゃんに渡す。

 ロバちゃんにもらった水筒に、ふれあい広場の水飲み場で汲んだお水だ。竹林を抜けて海まで、たいした距離もなかったから、ほとんど減ってない。

 イエイヌちゃんは水筒のキャップを器用にはずして、そこに中身を注いだ。

「はい、ロードランナーさん。よければ、おみず、どうぞ。」

「へ?」

 イエイヌちゃんの提案に、ロードランナーちゃんは何故かびっくりした顔で固まっちゃった。

 っていうか、わたしもちょっとびっくりしたくらいだ。

 イエイヌちゃん・・・、

 さすがに、いいこすぎない・・・?

 たしかに、こんなにあつい砂に埋まって、あれだけ汗をかいてたら、喉もすっごい乾いてるだろうけど・・・。

 あれ・・・?

 ひょっとして、あたしがわるいこ・・・?

 

「へ、へんっ! へいきだい! このくらいあたしにはなんてこと、」

「いけません!」

「ひゃい! ごめんなさい!」

 強い口調のカットインに、ロードランナーちゃんは、ぴーんと尾羽を立てた。

「いっぱいあせをかいたのですから、おみずをちゃんとのまないと。いのちのきけんだって、あるのですよ?」

「ひっ・・・! い、いのち・・・? そ、そうなの・・・?」

「そうですよ。だから、ちゃんとおみず、のんでください。」

「・・・うん、わかった。のむ・・・。」

 ・・・うーん?

 なんだか、この子の性格、さっきとまるで違うような・・・。

 

「んくっ、んくっ、ん・・・、」

「ああ、そんなにいそいでのんじゃ、だめですよ。もっとゆっくり。」

「ん・・・、んくっ、・・・、んくっ、」

「そうそう、そのくらい。おかわりもありますからね?」

「・・・こくっ、」

 うわぁ・・・、なにこれ。

 イエイヌちゃんが、やんちゃな子供を優しくなだめるお母さんみたいに見えてきたよ。

 

 それから、水筒の半分くらいを飲むまで、その不思議な光景は続いたのだった。

 

 ― ― ―

 

「へっ、へんっ! れいは、いわねーからなぁ!」

 お水を飲んで元気になったからか、ロードランナーちゃんはさっきまでの調子を取り戻すように、さっきまでと同じ強い口調で、つよがりを言った。

 そう、つよがり。

 わたしはこの時点になってようやく、この子がどういう子か、わかってきた。

「おかまいなく。パークのおきてにしたがったまで、ですから。」

「・・・っ、ぐににぃ、」

 何故かくやしそうなロードランナーちゃんに、くすくすと笑うイエイヌちゃん。それは、たぶんわたしがはじめて見る、いたずらっぽい笑顔だ。

 

 パークの掟かぁ。

 困ったときには助け合う、だったよね。

 あたし、ぜんぜんできてなかったよ。

 やっぱり、イエイヌちゃんはすごいなぁ。

 

「へんっ! こうしちゃいられねぇ! はやくプロングホーンさまのとこに、もどんねーと! あばよぉっ!」

 大きな声でそう言って、ロードランナーちゃんはかけ出した。そのスピードはひょっとしたら本気を出したイエイヌちゃんより早いくらいで、その背中はあっという間に豆粒になった。

 確かにあれだけのスピードで足を動かしてたら、いつの間にか埋まってた、なんてことも起きるのかもしれない。ここの砂、とってもさらさらだし。

「・・・まっててくださいねー! ・・・プロングホーンさまー!」

 ほとんど見えないくらいの遠くから、そんな声が聞こえてくる。

 

 プロングホーン、って、誰かの名前、なのかな。

 様ってつけるくらいだし、あの子にとってとっても大切な子、なのかも。

 残されたわたしとイエイヌちゃんは、ふたりで顔を見合わせて、なんとなく笑ってしまう。

「これ、埋めたら、あたしたちもいこっか。」

「そうですね。このままでは、あぶないですし。そうしましょう。」

 すっかり落とし穴みたいになってしまった、ロードランナーちゃんが埋まっていた穴を埋め直す。誰か落ちちゃったらかわいそうだし。

 そうして、海にかかる橋を渡るために、降りてきた階段に向かって歩き出した。

 

「ロードランナーちゃん、面白い子だったね。」

「はい。なんだかなつかしいかんじがしました。」

「懐かしい? どういうこと?」

「ええと・・・、はっきりとおもいだせないのですが、むかし、あのようなせいかくのこと、おともだちだったような。」

「思い出せないの?」

 あたしとおんなじで、イエイヌちゃんも記憶がないの? なんて言葉を続けそうになるけれど、それを言うのはデリカシーに欠ける気がして、言葉を飲み込む。

「はい。・・・でも、」

「でも?」

 

 オウム返しに問いかけると、イエイヌちゃんはじんわりと温かいものを包むように、胸に両手を当てて答えてくれた。

「とっても、たいせつな、おともだちだったとおもいます。」

「・・・そっか。また、会えるといいね!」

「はい!」

 思い出せないのに、どうやって会うの? なんて野暮なつっこみはナシで。

 こういうのは、思っていること自体に、意味があるのだ。

 

 それにしても・・・、

 ロードランナーちゃんみたいな子かぁ・・・、いったいどんな子なんだろ?

 意地っ張りで、ついつい強がってしまうけど、ほんとは素直でかわいい子。

 あんな子だったらあたしも会ってみたいし、おともだちになれたら、うれしいな。

 

 ― ― ―

 

 堤防をのぼり、海岸線をしばらく歩くと、大きな橋のたもとに辿り着いた。

 これがたぶん、ボスの言っていた、ハシ、なんだろうけど。

「これは・・・、あはは、」

 その光景に、思わず乾いた笑いをあげた。それは誰が聞いても、がっかり、と感じる声色だったと思う。

「くぅん・・・、はしが、なくなっちゃってますね。」

「・・・、だね。」

 海岸のこちらとあちらの岸を結ぶ橋は、たもとからほんのちょっとのところで、キレイに崩れてしまっていた。

 

 その、ぎりぎりのところまで行ってみる。

 眼下には何もない中空と、その下の方には波に揺れる海面が見えた。堤防をのぼってた時は気にならなかったけど、けっこう高い。

 ぶんだんされた距離は長くて、わたしにはとてもじゃないけど飛び越えられなさそうだ。

「・・・、イエイヌちゃんなら、飛び越えられる?」

「たぶん、じょそうをつければ、いけるとおもいますが、ともえちゃんをかかえながらでは、さすがに。」

「だよねぇ。」

 まあ、そうだよね。

 普通に考えて、そうでしょ。

 ・・・別にあたしの体が重いとか、そういうことじゃないからね?

 

「うーん、どうしよっか。」

「かいがんをぐるっとまわれば、はんたいがわにたどりつきますが・・・、」

 こうして上から海岸線を見ると、はんぶんのお月様みたいな形になっていて、歩いて回るとけっこうな距離になりそうだった。

「んー、まあ、しょうがないよね。そうしよっか。イエイヌちゃん。」

「はい・・・。」

 ふたりで来た道をしょんぼり引き返そうとしたところで、

 

 ――ざっぱーん、

 

 海面に大きな泡がはじけ、そこから飛び出てきた何かが、こっちに向かって飛んできた。

「うわぁっ!」

「ともえちゃん! うしろへ!」

 とっさにわたしの体を引き寄せて後ろにさがらせながら、イエイヌちゃんは前に出る。

 イエイヌちゃんは緊張した様子だったけれど、しだいにその緊張が解けていくのが背中越しにもわかった。ぴんと張ったお耳やしっぽも、こわばりが解けていく。

「きゅう? おどろかせちゃった? ごめんね?」

 わたしたちの目の前に現れたのは、とってもかわいらしいフレンズさんだった。

 

 空の色を映したような水色のセーラー服に、襟元のタイと首元のチョーカーが白く輝いている。

 おへそ辺りにある船のイカリみたいなワンポイントとか、右手首の宝石みたいな緑色の腕輪とか、おしゃれさんな感じがとってもかわいらしい。

 半袖ミニスカートから伸びる手足はとってもすべすべ。海から出てきたばかりだからか、水にぬれた素肌の感じが、ちょっぴりせくしー。

 そして、何より特徴的なのは、髪としっぽの形だ。

 まるで背びれのような灰色のとさかと、同じ色をした胸びれみたいなサイドの髪。耳の上辺りから下は色が変わっていて、毛先に行くにつれてだんだんと濃い水色になっている。

 頭頂部と同じ灰色をしたしっぽは太くて、ちからづよい感じ。先っぽにはこちらもまた尾ひれのようなものがついていた。

 

 この子って・・・、もしかして・・・?

 その姿、特徴を認識するにつれて、わたしの中にまた、ある感情が芽生えていく。

 そう、昨日もパンダちゃんたちに感じた、あのキュンキュンが――、

「わたしはバンドウイルカのドルカ! よろしくね!」

 そうやって名乗られたことで、一気にばくはつする。

 

「やっぱり! いるかさんだぁっ!」

「いけません!」

 こうなることがわかっていたのか、機先を制して、ドルカちゃんに抱き着こうとしたわたしをイエイヌちゃんは抱き止める。

 もふもふと柔らかい感触に包まれて少しだけキュンキュンが収まる。

 けれど、あのすべすべそうな素肌に触れてみたい欲求は収まらない。

「やだー! ちょっとだけ! ちょっとだけさわらせて!」

「だめです! きのうもそういって、ちょっとですまなかったでしょう!」

 ばたばたと取っ組み合いをはじめたわたしたちに、ドルカちゃんは不思議そうな顔だったけれど、しばらくして自分のことでばたばたしてると気づいたのか、助け船を出してくれた。

 

「きゅう? そのこ、わたしにさわりたいの? べつにいいよ?」

「ほら! このこもこう言ってるし!」

「・・・もう、わかりました。」

 ため息交じりにそう言って、イエイヌちゃんは拘束する手をゆるめてくれた。

「えへへー、ありがと。」

「でも、やりすぎだとはんだんしたら、すぐにとめますからね?」

「うん!」

 元気よくお返事して、わたしはドルカちゃんの手を取った。

 

「わぁ・・・! すっごいすべすべ・・・!」

 両手で包みこむように取ったその手は本当にすべすべしていて、わたしは思わず遠慮なしに手をもぞもぞ動かしてしまう。

 ドルカちゃんはそんな無遠慮な手の動きも気にしてないのか、満面の笑みで、

「わーい! あくしゅあくしゅ! たのしいね!」

 ・・・やばい。

 この子、懐っこくてすっごいかわいい!

「・・・、ちょっと、ちょっとだけ、だきついても・・・? うぇひひ、」

「ともえちゃん! はうす!」

「はい! ごめんなさい!」

 わたしの口から気持ち悪い声が漏れ出たところで、イエイヌちゃんからストップがかかる。

 握っていた手を離して、ぴんと背筋を伸ばして固まるわたしと、あきれ顔のイエイヌちゃん。

「きゅふふ! きみたち、おもしろいね!」

 そんなわたしたちを見て、ドルカちゃんはまた満面の笑みを見せてくれた。

 

「あらためまして、わたしはイエイヌのフレンズで、イエイヌといいます。こちらは、ヒトのともえちゃんです。」

「ともえだよ。よろしくね、ドルカちゃん。」

「イエイヌちゃんとー、ともえちゃん! うん! よろしくね!」

 ドルカちゃんは改めて自己紹介をするわたしたちを交互に見て、また懐っこい感じに笑う。

 イルカは好奇心旺盛だっていうし、珍しいものが好きなのかも。

「にしても、さっきのすっごいジャンプだったよね! 海からここまで、けっこう高いのに。」

「うん! わたしジャンプするのとくいなの! うみのなかでいっぱいはやくおよぐと、いっぱいたかくとべるんだ!」

「なるほど。やはりじょそうがかんじん、なのですね。」

 ふむふむ、と納得するイエイヌちゃん。やっぱりというか、イエイヌちゃんも高く飛ぶのには興味があるみたい。

 

「いつもここでジャンプして遊んでるの?」

 そうなのだとしたらちょっと申し訳ないことをしたかも。着地点にいたわたしたちって、すっごい邪魔になっちゃってたんじゃないかな。

 なんて思っていたのだけど、どうも考えすぎだったみたい。

「うんとね! いつもはもっとおきのほうであそんでるんだけど、きみたちがみえたから!」

「え、あたしたちに会いに来てくれたの?」

「うん! ひょっとして、はしがわたれなくてこまってるのかなって!」

 わぁ・・・、やっばい。

 この子、すっごいいい子だ。

 

「なにか、わたるほうほうがあるんですか?」

「あるよ! ついてきて!」

 そう言って、ドルカちゃんは堤防をさっきの浜辺とは反対の方に向かって歩き出した。てっきり橋のとぎれた部分を渡るものだと思っていたから、少しとまどう。

 けれど、迷う必要はないよね。

 懐っこくて、明るくて、いい子。

 こんな子が助けてくれるっていうんだから、疑うことなんて何もない。

「いこ! イエイヌちゃん!」

「はい!」

 わたしたちはすぐにその後を追った。

 

 ― ― ―

 

「こちらは、こんなかんじになっていたのですね。」

 橋を挟んだ反対側は、さっきの浜辺とは違って人工的な様子だった。コンクリートでできた波止場とか、建物とか、いわゆる港って感じ。

 その光景を見て、なるほど、と思う。海を渡る方法に心当たりができたからだ。

「こっちは港、なのかな?」

「わふ。みなと、ですか。」

「うん。船がとまってるところだよ。ここから船に乗ったり、降りたりするの。」

「ともえちゃん、ふね、しってるんだね! うみのけものじゃないのに! ものしり!」

「ふね? ふねってなんですか?」

「えっとね・・・、ほら、あれが船だよ。」

 そう言って、波止場に一台だけとまっていた船を指さした。

 

「わふ! うみにぷかぷかういてます!」

「あはは。船は海に沈まないようにできてて、風とか、燃料とかで動くんだけど・・・、」

 その船は帆がなくて、いわゆるモーターボートみたいな形だから、たぶん後者だろう。

 でも、だとすると・・・、

「ねえ、ドルカちゃん。あの船ってうごくの?」

「きゅう? うごかないよ?」

「そっかぁ。じゃあ、あれで海をわたるんじゃないんだね。」

 やっぱり、と思う。

 捨てられてた馬車だったり、壊れていた照明だったり、今まで見てきた状況から、パークがヒトの手を離れてだいぶ経っていることは明らかだ。

 船も同じように動かなくなっていてもおかしくないと思ったけど、どうもその通りだったみたいで、ちょっとがっかりする。

 せっかくだから乗ってみたかったなぁ・・・、おふね。

 

 なんて考えていると、ドルカちゃんは不思議そうな顔で、

「んーん? あれでわたるよ?」

「え? 動かないのに?」

「うごかないけど、うごくよ?」

「えぇ?」

「きゅう?」

 わたしとドルカちゃんは、お互いがお互いに、不思議そうな顔を見合わせる。

 うごかないけど、うごく・・・、ってなに?

 てつがく?

 

「えっとね。あのこ、もう、うごかないんだけど。たまにね? わたしたちがおして、うごかしてあげてるの。」

 なるほど。そういうこと。

 ドルカちゃんの言うあのこ、ってのはもちろん、あの船のことだろう。

 と、わたしがひとり納得していると、なんだろう、ドルカちゃんはちょっとせつなそうな顔をしていた。

「むかしはね? あのこ、すっごくはやくおよげたの。でも、もうずっと、うごかなくって。」

 そっか、と思う。

 なんとなくだけど、ドルカちゃんの気持ちがわかる。

 きっとあの船に、色んな思い入れや思い出があるのだろう。

 船に対して、あのこ、なんていうくらいなんだから。

 

「でも、きみたちみたいに、たまにうみをわたりたいこがいるでしょ? そのときはあのこにのせて、わたしたちでおして、わたらせてあげてるの!」

「わたしたちって、ドルカちゃんのおともだち?」

「そうだよ! みなとにいるから、しょうかいするね!」

 元気な声で言うドルカちゃんは、またさっきの笑顔に戻っていた。

 

 港に向かって堤防を降りながら、なんとなくイエイヌちゃんの方を見ると、イエイヌちゃんはちょっと難しそうな顔をしていた。

「イエイヌちゃん、どうしたの?」

「いえ・・・、あの、ともえちゃん、おみみを、」

 言われて、イエイヌちゃんの口元に耳を近づける。

 ひょっとして、さっきのドルカちゃんのお話に何か思うところがあったのかと思ったけど、小声で伝えられた言葉は、その想像とはぜんぜん違っていた。

 

「あの、ドルカさん。くびわを、つけているようなのですけど、ひょっとして・・・、」

 言われてみて、ああ、と思う。

 たしかにドルカちゃん、白いチョーカー、つけてるもんね。

 イエイヌちゃんが言っているのはもちろん、昨日わたしが竹林で会った、不思議なフレンズさんのことだろう。

 それを思い出して、イエイヌちゃんも不安になってしまったのかもしれない。

 ひょっとしてこの子がそうなら、またわたしが怯えてしまうのでは、と。

「大丈夫だよ。ドルカちゃんは、あの子じゃないよ。」

「そ、そうなのですね・・・。くぅん、よかったです。」

 わたしの返答に、イエイヌちゃんは安心したみたいで、ほっと息を漏らす。

 

「イエイヌちゃんは心配性だね。でも、ありがと。」

「いえ、そんな・・・。」

 小声で会話を続けながら、あの不思議なフレンズさんのことを思い出す。

 わたしや、フレンズさんたちよりちょっと小柄で、うすい緑色のふわふわで、大きな耳やずんぐりしたしっぽをつけたフレンズさん。

 あのときは怯えてしまって会話にもならなかったし、それどころか、あいさつや自己紹介すらまともにできなかった。

 できればもう一度会って、そのことを謝って、ちゃんとおはなしをしたかった。

「あのときはいきなりでびっくりしちゃったけど、たぶん、次にあの子に会ったら、ちゃんとおはなしできると思う。だから、心配しないで平気だよ?」

「はい。わたしも、おはなししてみたいです。」

 今もあの子は、竹林にいるだろうか?

 そうだとしたら、イエイヌちゃんのおうちにいって、その後でまた行ってみるのもいいかもしれない。

 トンちゃんフーちゃんたちとも、また遊びたいし。

 

 ・・・さて。

 唐突に話は変わるけれど、わたしはあまり信心深い方じゃない。

 神様というものはいるかもしれないけど、積極的に信じたりはしないし、お祈りをささげたこともない。

 ひょっとしたら記憶を失う前にはそうじゃなかったかもしれないけど、祈るぐらいなら自分で行動する、というのが今のわたしだ。

 けれど。

 こうしてあの子に思いをはせているときにタイミングよく現れると、ついつい、その存在を信じそうにもなる。

 ただ・・・、その神様は、どうにもよくわからないお茶目をするみたい。

 

「てめー! だまってっとなんかいってんろこらぁ! ぼけったってっとぶったすぞらー!」

「まあまあ、そんなに大声を出さないの。落ち着いて、ね?」

「・・・、っ!・・・、っ!」

 

 波止場に辿り着いて遭遇したのは、なんだかもめ事をしている、さんにんのフレンズさん。

 大声でまくしたてるロードランナーちゃんと、それをなだめる、はじめて見るフレンズさんと、そして、

 すっごい涙目で何かを言いたそうにしている、あの、不思議なフレンズさん。

 

 ええと・・・、うーん、と・・・。

 えぇ・・・?

 なにこれ・・・?

 どういう状況・・・?

 

 ― ― ―

 

フレンズ紹介~バンドウイルカ~

 

 ドルカちゃんはクジラ偶蹄目マイルカ科ハンドウイルカ属のすいせー哺乳類、バンドウイルカのフレンズだよ!

 ハンドウイルカ、が元々のお名前みたいだけど、バンドウイルカって呼ばれることの方が多いよね! 図鑑にもバンドウイルカって載ってることが多いから、どっちでもいいのかな?

 ドルカちゃんも、そういうの気にしなさそうだよね!

 

 バンドウイルカはイルカの中で一番速く泳げるんだよ! 普段はゆっくりなんだけど、本気を出したらなんとその速さは時速70キロ! すっごいよね!

 速さの秘密はお肌がいつもつるつるすべすべだから、みたい! しんちんたいしゃ?がかっぱつで、2時間くらいでお肌が入れ替わるらしいよ!

 あたしもさわらせてもらったけど、すっごくすべすべて気持ちよかったよ!

 

 イルカは好奇心が旺盛で、遊ぶのが好きなんだって! 水中で泡の輪っかをはいて、それをくぐって遊んだり、波に乗って遊んだりするんだって!

 船がつくった波に乗るのも好きみたいで、よく船に並走してるのは、そういうことみたい!

 いつも遊んでて、きゅーきゅー、っていう鳴き声が笑ってるみたいでかわいいの! だからドルカちゃんもいっつも笑ってるのかな?

 かわいいよね!

 

【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)

 

 


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