フレンズ紹介~チーター~
チーターちゃんはネコ目ネコ科チーター属の哺乳類、チーターのフレンズだよ!
チーターっていう名前のゆらいは、「胴体に斑点がある」っていう意味の言葉なんだって! そのまんまだね!
ライオンとかトラとか、ネコ科の大型動物はいっぱいいるけど、チーターはその中でもとってもスリムな体形をしてるよ!
チーターちゃんもすらっとしてて、すっごいきれいな体形してるよね! うらやましいな!
チーターは「地上最速のけもの」って言われてるだけあって、すっごく足が速いよ! 最高時速はなんと時速120キロ! びっくりするほど速いよね!
あんまり長い距離を走るのはとくいじゃないみたいなんだけど、そのぶん瞬発力がすごいから、短い距離ならどんな動物より速いよ!
ネコ科の動物は爪をしまうことができて、足音を消したり木登りしたりできるんだけど、チーターはネコ科ではゆいいつ、爪をしまうことができないんだって!
そのおかげでスパイクみたいに地面をつかんで速く走ることができるんだけど、木登りとかはあんまりとくいじゃないみたい。
チーターちゃん、ぶきようなのかな? ちょっとかわいいかも!
【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)
― ― ―
「はー。すっごいね、ここ。」
プロングホーンちゃんの案内で辿り着いた場所は、崖のように切り立ったふたつの岩山の間だった。
いわゆる、きょうこく、というやつかな。
ふたつの岩山、というより、もともとひとつの岩山だったものが川か何かに削られて、今の形になったんだろうか。
見上げるような岩山がここまで削られるなんて、どれだけ時間をかけたら、こんな地形になるんだろ?
あらためて、自然のちからのすごさを感じる。
入り口からちょっと行ったところに立て看板が見えるけど、このきょうこくのできた経緯とか、説明とか、書かれてたりするんだろうか?
ちょっと興味あるかも。
そんなことを考えていると、プロングホーンちゃんが上機嫌な顔で話しかけてくる。
「この、たにのみちはいっぽんみちでな。みちはばもあるから、かけっこするのにはちょうどいいんだ。」
なるほど。
たしかに一本道ならコースアウトもないし、このくらい道幅があれば、よにんで横並びに走っても余裕そうだ。
「そうなんだ。道の向こうはどうなってるの?」
そんな興味本位な質問に、代わりに答えてくれたのはチーターちゃん。
「みずうみにつながってるわね。もし、みずうみにおちちゃっても、あしがつくくらいのふかさだから、およげないこでもへいきよ?」
みずうみかぁ・・・。
あとで行ってみたいかも。
そろそろ汗とか、匂いとか、気になるし。
「でも、それだとゴールはみずうみになるの? なら、あたしたち先に行ってた方がいい?」
審判を任されたからには、ちゃんとゴールを見届けないと申し訳ない。そう思って聞いてみるけど、
「へっ! てめーらのあしであるいてったら、しょうぶはじめるまえにひがくれちまうぜ!」
と、ロードランナーちゃん。
いつもの癖で言ってるのかと思ったけど、プロングホーンちゃんもチーターちゃんも、難しそうな表情でだまっちゃってるから、本当みたい。
んー、と考えながら、思いついたことを口にしてみる。
「なら、みずうみのとこまで行って、そこからここまで戻るようにする、とかは?」
「みずうみまでいって、もどってくるの?」
「そうそう! 道の入り口までいちばん最初に戻ってきた子が勝ちなの! どうかな?」
完全に思いつきの提案だったから、反対されてもしょうがないと思ったんだけど、
「なるほど。おもしろいかもしれないな。」
「そうね。おもしろいかも。ここからみずうみまでだと、いつもプロングホーンとはひきわけばっかりだし。」
「わふ! いっぱいはしれてたのしそうです!」
「へっ、チーターはたいりょくがねーから、とちゅうでバテるんじゃねーの?」
「ふっふーん。そんなことないわよーだ。ペースをかんがえてはしれば、あたしだってけっこうながいきょり、はしれるんだから。」
反応は意外といいみたい。
みんな楽しそうな顔で同意してくれる。
ルールも決まったところで、いよいよ勝負開始の時間になった。
「じゃあ、くらくならないうちにはじめるとするか。」
「プロングホーンさまぁ。かいしのあいずはどうしますか?」
ロードランナーちゃんが尾羽をぴこぴこさせながら問いかけると、となりにいたイエイヌちゃんが、わふ、と聞きなれた声を上げた。
「せっかくですから、ともえちゃんにおねがいしましょう!」
「そうね。それがいいかも。おねがいできる?」
「うん。まかせて!」
思い思いに走り出す体勢を取るみんなの横に立って、わたしは息を整える。
そして、みんなの準備が整ったのを確認して、大きく息を吸い込んだ。
「かけっこしょうぶ! よーい、すたーと!」
かけ声とともに、砂けむりをおきみやげに走り出したよにんのうしろ姿は、あっという間に見えなくなった。
あとに残されたのは、あまりのスピードにびっくりしているわたしと、砂けむりにけほけほしてるくびわちゃん。
「あはは・・・、みんな、すっごいね・・・。」
苦笑しながらぽつりとこぼすと、くびわちゃんがこくこくと頷いて同意してくれた。
さて・・・、どうしようかな?
いくらみんなの足が速いって言っても、戻ってくるまではしばらく時間があるだろう。
その間じっとしてるのもたいくつだし、あんまり離れない程度のところなら、ちょっとおさんぽしてみてもいいかもしれない。
「ねえ、くびわちゃん。ちょっとそのあたり、探検してみない?」
わたしの提案に、くびわちゃんはこくこくと頷いた。
― ― ―
峡谷を駆けるフレンズたちは、それぞれに走法の違いはあれ、皆が皆、風のように速い。つい先ほど走り始めたばかりにも拘らず、既にその足は往路の半分に差し掛かろうとしていた。
先頭を走るのはロードランナー。そのすぐ後ろにイエイヌが続く。
「わふ! ロードランナーさん! はやいです!」
「へへっ! おめーもなかなかはしれるじゃねーか! しょーじき、みなおしたぜ!」
一般的なヒトの体力からすれば、まともに会話などできない速さで走っているのだが、ふたりとも、まだまだ余力があるようだ。
ロードランナーは体を大きく前に傾け、脱力した両手を後ろにさげる形で走っている。バネのようにしなる足を地面に繰り出し、極端に傾けた体を押し出すように、飛ぶように走るその姿は、まるで重力が横に向いているかのようだ。
一方のイエイヌは軽く握った両手を振り、バランスを取りながら走っている。この速度であって体幹が全くぶれないのは、その走法は勿論のこと、小さく振られている尻尾に依る所が大きい。一歩ごとに揺れそうになる全身を、両手と尻尾を振ることで見事に一所に留めていた。
そして、ふたり以上に余裕を感じさせる走りを見せるのは、少し離れた後方にいるプロングホーンとチーターだ。
「ふふっ、あいつも、いぜんよりペースはいぶんがうまくなったな。みごとなものだ。」
「そうねえ。はやくはしることばっかりだったから、すぐバテちゃってたものね? それに、イエイヌちゃんもすごいわ? あんなにはしれるこ、だったのね?」
「そうだな。あしにじしんがない、といっていたが、どうやらけんそんだったらしい。」
息が切れた様子もなく言葉を交わすふたりは、先頭からは数歩分の距離があるものの、それ以上離れず、ぴったりと追走している。
プロングホーンの走りは長距離走に於いておよそ理想的と言って良いものだった。両手を振る形はイエイヌと同じであるが、ひざを柔らかく使い、足裏全体で地面を受け止めるように走ることで、重心の上下動と脚力の消耗を最小限にしている。
チーターの走りもまた見事である。やや前傾姿勢であるが、傾けた上体の重さを利用することで、無駄な力を入れることなく、重心の動きが地面と平行になるよう足を運んでいる。その独特な走法を可能にしているのが、鋲でもあるかのように地面を捕らえる、つま先の力だ。
「チーターさんたちもすごいですぅ! ぜんぜん、つかれがないみたいですね!」
「へへっ、プロングホーンさまのほんきのはしりは、まだまだこんなもんじゃねーぜ? なんせ、ぜんりょくではしったあたしが、ぶっちぎられんだかんな!」
「わふ! すごいです! みてみたいです!」
「それなら、しゅうばんまで、バテねーようにしねーとな!」
「はい! とってもたのしみです!」
「うふふ。いわれてるわよ、プロングホーン。これは、きたいにこたえないとね?」
「はは。しょうしょう、みにあまる。だが、ぜんりょくをもってこたえよう。」
未だ全行程の四半を過ぎたばかり。峡谷を吹き抜ける向かい風を苦にもせず、皆ともに余力は充分にあり、勝負の行方は見えない。
― ― ―
みんなが走り去ってからしばらくして、わたしとくびわちゃんはさっき見かけた看板の前に立っていた。
そこには、このきょうこくができた由来とか、そういったものが書かれているものだとばかり思っていたのだけど、その予想は大きく外れてしまったみたいだ。
「・・・、川下りたいけん、あとらくしょん?」
看板に書いてある文字を読み上げるも、思わず、はてな?と首をかしげてしまう。
「川なんて、どこにもないよね? どういうことだろ?」
あらためて周りを観察してみるけど、どこを見ても赤茶色の岩壁や地面があるばかりで、それらしい川はなかった。
パークがヒトの手を離れる前のなごり、とかなのかな?
ひょっとすると、このきょうこくができる前、ここには川があったのかもしれない。
そうだとしたら、なんだか少し残念な感じだ。
せっかくなら、やってみたかったかな。川下り。
声に出さずにそんなことを考えていたのだけど、どうもわたしのがっかり感はだいぶ表に出てしまっていたみたいだ。
「・・・ともえ、かわくだり、やりたい?」
となりにいたくびわちゃんが声をかけてくる。いつもの通り感情が読めない声だけれど、なんとなく、気を遣ってくれているのがわかるような声色だった。
「あはは、そうだね。せっかくなら、やってみたかったかな。」
素直に言葉を返すのだけど、そうは言っても、川のないところで川下りなんてできるはずもない。残念だけど、あきらめるほかないでしょう。
そう思うのだけれど、くびわちゃんはくいくい、とわたしのシャツの裾を引っ張って、
「・・・こっち。」
と小さく言って歩き出した。
― ― ―
走り続けるフレンズたちは、その順位を変えることなく、またペースを乱すこともなく、余力を残したまま折り返し地点である湖の岸辺に差し掛かっていた。
「へへっ、みずうみ、いちばんのりだぜ!」
先頭を走るロードランナーは湖がその視界に入るとともにペースを上げた。
「ロードランナーさん! そんなにいそいだら、あぶないですよ!」
すぐ後方でそのペースアップを見たイエイヌが声を上げる。その発言は勿論駆け引き等ではなく、純粋な心配から来るものだ。
折り返し地点、と云うことは即ち、ターンを必要とされる。湖の岸辺、といってもその造形は切り立った崖のようになっている。然程高さはないものの、落ちれば大幅なタイムロスになる。
そして、今ここで敢えてペースを上げることは、湖に落ちるリスクをわざわざ迎え入れるようなものだ。
そのイエイヌの考えは間違っていない。しかし、ことフレンズに於いてその限りではない。
そして、ペースを上げる者がもうひとり。
「させないわ!」
後方から聞こえた声にイエイヌが反応する間もなく、その横を一陣の風が通り抜ける。
チーターだ。
前傾寄りの姿勢を更に前に傾けると、飛び出すようにイエイヌの横を駆け抜け、ロードランナーに並ぶ。
「ってめ! あたしのいちばんのり! じゃますんじゃねーよ!」
「ふふん! これくらいおおめにみなさいよ! いままでさきをゆずってあげたんだから!」
「ゆずってあげただぁ? やっぱおめー、あとでぶっとばす!」
「チーターさんまで! あぶないですから! すぴーど! だしすぎですから!」
その様子を後方から眺めるイエイヌは競り合うふたりに声を飛ばした。彼女自身は折り返しの準備として走るペースを緩めた為、最後尾にいたプロングホーンがすぐ隣にまで追いつく。
「いや、あいつらは、あれでいいんだよ。」
その、静かに発せられた言葉の意味を、イエイヌは直後に理解することになる。
「ふっふーん! いっちばーん!」
高らかに発せられた宣言とともに、チーターの体が深く沈む。そして小さく飛び上がったかと思うと、身を翻し、地面に張り付いた。
鋲の如く地面に食い込むつま先と、そして両手を以て、地面に四つの直線を描く。
チーターはネコ科では唯一、爪を収納できない動物であるが、それ故、急な方向転換や瞬発力に優れる。
巻き起こる砂煙と急制動をものともせず、その体は崖の数センチ手前でぴたりと止まる。そして、そのクラウチングスタートのような体勢から、復路の先駆けとなるべく飛び出した。
「おっさきー!」
「くっそ! まてこらぁ!」
続くロードランナーは崖の数歩手前で膝を使い大きく飛び上がる。そのまま湖に飛び込む勢いであったが、しかし。
これまで自由にしていた両手が大きく弧を描く。柏手でも打つかのような形だ。
一見して意味のない行動に見えるも、その両手が前方に出されると、鳥が羽ばたき急旋回をするのと同様に、その体は空中でぴたりと止まり、翻って復路の地面へと降り立った。
そう、ロードランナーは鳥のフレンズである。飛ぶことは苦手な彼女であるが、空中での姿勢制御程度なら、この通り自在にこなせた。
湖から峡谷へと通り抜ける風を追い風にし、彼女はすぐさまチーターの後を追った。
「わ、わふ・・・! ふたりとも、すごいですぅ・・・!」
「ふふ。あいつらならではの、きりかえしだな。」
たった今起きた出来事に目を丸くするイエイヌと、未だ余裕を崩さないプロングホーン。ふたりもまた復路へと足を踏み入れる。
無理なく折り返すべくスピードは落ちていたが、体が完全に向き直り、視界の中心に遠く前方の背中を捉えると、ふたりの脚には往路以上の力が宿る。
「わたしたちもまけていられない。・・・イエイヌさん! ペースをあげるぞ!」
「はい! がんばりましょう!」
走力勝負に於いて、こうして大きく引き離されることは、ときにその力の発露を大きく損なわせる。離された差がそのまま重圧として、その身に圧し掛かる為だ。
実力が競っている者同士の勝負であれば、それは尚更である。
しかし、
「わふ! おいかけっこ! たのしいです!」
「はは! そうだな! たのしいな!」
小さくなった背中を追いかけるふたりの顔からは、その重圧は一欠けらも感じ取れない。
― ― ―
くびわちゃんの後ろについていくと、看板の裏手にある岩壁に、ぽっかり空いている穴が見えた。
「ん? あれって・・・、」
その穴は、おとなひとりがちょうど通れるくらいの大きさで、まるで岩壁に隠れるように存在していた。
「・・・このなかで、かわくだり、できる。」
「そうなんだ! くびわちゃん、やっぱりものしりだね! 前に来たことあるの?」
くびわちゃんは、こくこく、と頷く。
その頭越しに穴の中を覗き込むと、中は洞窟みたいになっていて、なんだかひんやりしてそうな空気を感じた。
「なんだかこれ、ひみつきち、みたいだね。なんで見つけにくくなってるのかな?」
頭に浮かんだ疑問をそのまま口にする。
看板の前からだと、せり出した手前の岩壁に遮られて、まったくその存在に気づけなかったくらいだし。
わざと入り口を見えにくく作ってるようにしか思えなかった。
「・・・あとらくしょんは、ぱーくのせいたいけい、かえないようにつくられてる。」
「パークの、生態系?」
わたしのオウム返しに、またくびわちゃんは、こくこく、と頷く。
「・・・いりぐち、みつけやすいと、ふれんずが、まよいこむから。」
「ああ、そっか。」
なるほど、と思う。
「だから洞窟の中、なんだね。」
「・・・そう。」
くびわちゃんはみたび、こくこくと頷いてくれた。
川下り体験、なんて明らかにヒト向けのアトラクション施設を作るのに、パークの生態系を変えないようにしようとしたら、まず地表には作れない。
だから地中につくる、というのは、とても自然な考えに思えるのだけど、
でも、なんで川下り、なんだろ?
こうやにつくるなら、もっと違う感じのも、あると思うんだけど。
「・・・ここは、ちかすいみゃくをりようした、あとらくしょん。」
アトラクションのせんていりゆうに、なんとなく違和感を感じていると、まるでその考えを読んだかのように、くびわちゃんが説明をしてくれた。
・・・ひょっとしてあたし、考えがものすっごい顔に出やすいのかな?
「そうなんだ。それって、むかしはこのきょうこくを作った川だった、とか?」
気恥ずかしい気分をごまかすように質問をすると、くびわちゃんはまたこくこくと頷く。
「・・・そうだとおもう。いまもずっと、ちかをながれてる。」
「へー! すっごいね! 見てみたいかも!」
「・・・はいってみる?」
「うん! でも、みんなが帰ってきたら、かな?」
そう言って、きょうこくの入り口まで戻ろうとしたわたしは、
「・・・ともえ、まって。」
けれど、シャツの裾を引っ張られて、足を止めた。
― ― ―
フレンズたちは走り続ける。
復路もその半分以上を過ぎ、終盤に差し掛かかっていた。
「へえ、へえ・・・、へへっ、おめー、そろそろバテてきたんじゃねーか?」
「はあ、はあ、そういう、あんたこそ、いきが、あらいわよ?」
前を行くのはロードランナーとチーター。見事な切り返しで大きくリードしたふたりであるが、その息は荒く、ここへ来てペースを大きく落としていた。
「はふ、はふ、ちょっとずつ、さが、ちぢまってきましたぁ。」
「そうだな。そろそろつかれてくるころあいだろう。」
後方を走るイエイヌもまた、息も絶え絶え、と云った様子であるが、唯一プロングホーンの呼吸だけが、一切乱れていない。
プロングホーンはけして足の速さだけに優れた動物ではない。自動車に並走する程の速度で長距離を移動できる持久力こそが、その真価と言えるだろう。
「では、そろそろほんきではしろうか。」
その声は静かなものだったが、びりびりと肌を震わせるような迫力を、イエイヌは感じた。
そしてその声を機に、復路に入ってこれまでの間ずっと隣を走っていたプロングホーンの姿が、少しずつ前方へと離れていく。
けしてイエイヌがペースを落としたわけではない。これまでと同様に、往路以上のハイペースで走っている。
しかし、一歩、また一歩と足を進める度、その差は大きく広がっていく。
「わ、わふ、ぷろんぐ、ほーんさん、はふ、はやい、はやいですぅ! すごいですぅ!」
気づけば、イエイヌから見えるプロングホーンの背中は、チーターたちと同じ大きさにまで縮まっていた。
「はあ・・・、っく、やっぱりきたわね? プロングホーン!」
「へえ、へえ、・・・ぐぇほ! さ、さすがです・・・! プロングホーンさまぁ・・・!」
前を行くふたりは気配だけでそれを察知してか、振り返ることもなく声を上げる。未だ勝負の途中であり、振り返る余裕などありはしない。
そして加えて言うのであれば、既にふたりに、プロングホーンのペースアップについていくだけの余力は残されていなかった。
「すまないな。さきにいかせてもらう。ふたりとも、いいはしりだったぞ。」
その、淡々と事実を告げるような声色は、ともすれば非情にも聞こえるものだ。
しかし、走ることを愛する者、走ることに矜持を持つ者にとって、それは紛れもなく、心を揺さぶる賛辞であった。
ぐん、と見えない何かに引っ張られるように、プロングホーンの体がふたりの前に出る。そして見る間にその背中は離れていった。
「はあ、はあ、やっぱり、ながいきょりだと、こうなっちゃうわよね。」
「へえ、へえ、なんだ? もう、まけおしみかよ。」
「そうじゃ、なくて、あたしも、もっと、ながいきょり、はしれるように、ならないとって。」
「へっ、へへっ、ちげーねえ。・・・ぐぇほ! ぐぉほ!」
「わ、わふ。ろーど、らんなーさん、だいじょうぶ、ですかぁ?」
横から聞こえた声に、呼吸を荒くしながら会話をしていたふたりは視線を向ける。ひとり最後尾にいたイエイヌが、すぐ隣にまで追いついていた。
「はあ、はあ、あなたも、おいついて、きたのね? すごいじゃない。」
「へえ、へえ、そーいう、おめーも、だいぶ、げんかい、そーだな。」
「はふ、は、はい。でも、たのしい、ですからぁ。」
「はあ、はあ、そのとおり、ね。きついけど、たのしいわね!」
「へへっ、だな!」
プロングホーンとの差は然としてあり、既に首位は決まっていると言って良いだろう。しかし、彼女たちにとって、それは走ることを止める理由にはならない。
彼女たちにとって走ることは、ただそれだけで幸せなのだ。
けれど、
「はふ、はふ、・・・くぅん? ・・・はふっ!?」
そんな幸せな時間は、唐突に終わりを迎える。
「ふたりとも! きをつけて、ください!」
「へえ、へえ、なんだぁ? どうか、したかよ。」
先程までと様子が違うイエイヌに、ロードランナーもチーターも怪訝そうな顔だったが、
「はあ、はあ、いきなり、どうしたの? なにか、あっ・・・、っ!?」
イエイヌから少し遅れてチーターが気づく。匂いに敏感でないロードランナーだけが、不思議そうな顔でふたりを見ていた。
「このさきに、セルリアンがいます!」
― ― ―
ずしん、と地面が揺れる感触が足裏から伝わってくる。
バランスを崩して倒れそうになるけど、なんとか持ちこたえる。
再び舞い上がった砂けむりに、思わず目をつむりそうになるけど、今それをしてしまうと危険な気がして、なんとかうす目を開けてその中に見える大きな影を睨んだ。
さっきまで何もなかったはずのきょうこくの入り口に見える、大きな影。
たぶん、岩山の上から飛び降りてきたのだろうそいつは、そうげんで出会ったものと同じくらい大きな、セルリアンだった。
「・・・ともえ、いまのうちに、こっち。」
わたしのシャツの裾をつかんだまま、くびわちゃんが言う。
砂の中の大きな影は、ふらふらと揺れているだけで何もしてこない。どうも、自分でまき上げた砂のせいでこっちを見失っているみたいだ。
くびわちゃんの顔をまっすぐに見返して、わたしは、こくり、頷いた。
なるべく足音を立てないように歩いて、洞窟の中に入る。入り口のそばで外の様子をうかがうと、ようやく砂けむりが収まってきたところだった。
セルリアンはふらふらと揺れながら、あたりを見回している。たぶん、あたしたちを探してるのだろう。
その様子に背筋がぶるりと震えるけれど、洞窟の入り口はあのセルリアンが入れるほど広くないから、この中に隠れていればひとまずは安全だろうか。
もちろん、近くで暴れられでもしたら、ひょっとしたらこの洞窟が崩れてしまうかもしれないし、絶対に見つからないようにしないと、だけど。
そう思って、洞窟のもう少し奥の方に進もうとしたときだった。
「ふたりとも! ぶじか!?」
大きな声が聞こえて、わたしはセルリアンとは反対の方向を見る。
プロングホーンちゃんがものすごいスピードでこっちに走ってくるのが見えた。
ついさっきスタートしたばかりのように思うけど、いったいどれだけの速さで走ってきたのか、もうこんなとこまで・・・、
なんて、そんなことを考えられる余裕は、とうぜん、ない。
「プロングホーンちゃん! こっちに来ちゃダメ!」
わたしは思わず、大きな声で呼びかけてしまった。
それはもちろん、やってはいけないことだった。
ぎろり、
セルリアンの大きな目が、洞窟の入り口から身を乗り出すようにしてしまったわたしの姿をとらえる。
セルリアンはその大きな体をひるがえして、まっすぐにこっちに向かってきた。体当たりでもするつもりだろうか、そのスピードはとても速い。
わたしはあわてて洞窟の中に隠れようとするのだけど、
「っ! ・・・、いったぁ・・・。」
足がもつれてしまい、その場で尻もちをついてしまった。
お尻の痛みにうつむき、顔をしかめて、再び顔を上げたときには、セルリアンはもうすぐそこまで迫ってきていた。
「ひっ・・・!」
見上げるような形で、その大きな目と、目が合い、小さなひめいがもれる。
その瞬間、
「どおおおりゃああああっ!!」
迫力あるおたけびとともに、セルリアンの体がふっとんだ。
一瞬、何が起きたかわからなかったけど、セルリアンともつれるように飛んでいくプロングホーンちゃんが見えて、理解する。
走ってきた勢いをそのままに、セルリアンに体当たりしたのだ。
「プロングホーンちゃん!」
ずしん、と再び地面が揺れる。さっきよりも揺れは大きい。
プロングホーンちゃんの体当たりで進行方向を逸らされたセルリアンが、そのまま岩壁に衝突したみたいだった。
――そして、
ぱらぱらと上から砂や小石が落ちてくるけど、気にしていられない。
「助けなきゃ!」
「・・・っ、ともえ。だめ・・・!」
うしろから聞こえるくびわちゃんの制止をふりきり、洞窟の外へ駆け出す。
目に映るのは、セルリアンのすぐ近くで倒れているプロングホーンちゃん。
プロングホーンちゃんは体当たりの勢いそのままに、セルリアンと同様、その体を岩壁に打ち付けてしまっていた。
あんな勢いで壁にぶつかったら、どんなことになるのか。
その疑問の答えとでもいうかのように、プロングホーンちゃんの体は、さっきからひとつも動いていない。
気絶してしまっているのか、それとも・・・。
・・・ううん、そんなこと、ありえない!
頭をよぎる不安を、すぐさま自分で否定する。
「はあっ、はあっ・・・!」
急に走り出したせいか、わたしの息は荒く、胸のどきどきはうるさいくらいだ。
勢いを緩めずに倒れているプロングホーンちゃんのところにすべり込む。少し足を擦りむいちゃったけど、そんなのはまったく気にならない。
おねがい・・・!
どうか無事で・・・!
祈りながら、わたしはプロングホーンちゃんの体に、両手で抱え込むように触れた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・、よ、よかった。いき、してる。」
遠目にはわからなかったけど、プロングホーンちゃんはちゃんと息をしていた。
長い距離を走った後だからか、わたしと同じように荒い息だったけど、呼吸とともに上下に動く体は、たしかに触れている手を押し返してくる。
ほっと息をつくけれど、まだぜんぜん、安心できる状況じゃないことを思い出す。
セルリアンが起き上がってくる前に、プロングホーンちゃんを連れて逃げないと。
「よっ・・・と、」
倒れているプロングホーンちゃんの腕を取り、頭の後ろに回して持ち上げる。ちょうど、肩を貸すような形。
相手が脱力している状態だからか、ものすごく重く感じる。
歩き出すと、どうしてもプロングホーンちゃんの足を引きずるようになってしまう。申し訳なく思うけれど、ひりきなわたしにはこの運び方がげんかいだった。
ちからを込める足が震える。息も荒いままだ。
それでも、一歩ずつ確かめるように、地面のでこぼこに注意しながら歩く。
「・・・ともえ。」
聞こえた声に顔を上げると、くびわちゃんがいつの間にか近くまで来ていた。
かけあしで来てくれたのだろう、その顔は少し赤くて、吐く息の音もいつもより大きい。
「・・・ぼくも、てつだう。」
そう言って、くびわちゃんはプロングホーンちゃんの腰の所にひっつくようにして、その体を持ち上げてくれた。
くびわちゃんのちからは、へたしたらわたしよりも弱くて、肩にかかるプロングホーンちゃんの重さはまったくといって変わらない。
でも、
「はぁ、はぁ、くびわ、ちゃん。あり、がと。」
手伝ってくれるというその気持ちは、それだけでうれしい。
「ともえちゃん! くびわちゃん! だいじょうぶですか!?」
遠くから聞こえてきたのはイエイヌちゃんの声。その方向に顔を向けると、こっちに走ってくるイエイヌちゃんと、すぐ後ろを走るロードランナーちゃんとチーターちゃんが見えた。
「プロングホーンさまぁ! ごぶじですかぁ!?」
「みんなー! へいきー!?」
次々に声が上がるけれど、大声で答えるよゆうがなくて、とにかくぶんぶんと頭をタテに振った。
よかった。みんなも無事、みたいだね。
いっぱい走って疲れてるだろうに、心配して急いで来てくれたのだろうか。
プロングホーンちゃんもそうだし、くびわちゃんもだけど、本当にすてきな子たちだ。
胸にじんわりと温かいものを感じながら、わたしたちは足を進める。
急がなければいけない。
さっきから、ずずず、と何かを引きずるような音が、後ろから聞こえているのだから。
でも、足はなまりみたいに重くて、ぜんぜんいうことを聞いてくれない。
急がないといけないのに、気持ちばかりが前に行ってしまって、体がついてこない。
ふと、気づいた時には、大きな影がわたしたちをすっぽりと覆っていた。
思わず、足を止めて振り返ってしまう。
立ち止まったわたしたちを、セルリアンの大きな目が見下ろしていた。
「ともえちゃん! にげて!」
遠くから、ひめいみたいなイエイヌちゃんの声が聞こえる。
けれど、
逃げるのはどうも間に合いそうにないみたい。
視界の上の方に、セルリアンがその触手を大きく振りかぶるのが見える。
その光景に、わたしはそうげんでのことを思い出して、
とっさにプロングホーンちゃんと、くびわちゃんの体を抱き寄せた。
セルリアンに背を向けて、ふたりをかばうような形で。
その行動に、たしかな理由はなかったと思う。
あたしはあんまりかしこくないから、考えるより先に体が動いてしまった。
けれど動いた後で、それを後悔するような気持ちにはならない。
ひょっとすると、あたしはこれでおしまいになっちゃうかもだけど、
でも、
それでも、
『―――え。どうしたらいいか迷ったらね? まず、自分が今何をしたいか、考えるの。』
ふと、そんなことを、昔だれかに教えてもらったのを思い出す。
『自分がやりたいと思うこと、それを考えて、やってみるの。』
この声の主は、だれだったか。
記憶にもやがかかったみたいな感覚で、その答えはわからない。
たぶん、とても、大切な人だったと思うのだけど。
びゅうん、と風を切るような音が聞こえる。
振り返らなくても、うしろでセルリアンが触手を振り下ろしたのがわかる。
ああ、この音、すっごく痛そうだなぁ。
できれば、ぶつかる前にやめてほしいけど。
できれば、そのまま何もしないで、いなくなってほしいけど。
そんなことをお願いしても、たぶん、きいてくれないよね?
だから、わたしは目をつぶって覚悟を決める。
目をつぶる直前、遠くに見えた、イエイヌちゃんの泣きそうな顔に、
心の中はごめんなさいという気持ちでいっぱいになるけど、
でも、
それでも、
ふたりを助けたい。
それがあたしが今やりたいことだった。
― ― ―
ちょっとむずかしいはなしをしよう。
生き物が生命の危険を感じたとき、時間の流れを遅く感じることがあるという。
視覚から色が遮断され、触覚や嗅覚、聴覚や味覚が鈍化し、脳が一度に処理する量を少なくすることで、生き残るために必要な視覚情報を高速で処理する。
その為に、普段感じているものより、何分の一、何十分の一速度で、時間が流れているように見える。
言い換えると、意識が加速する、のだそうだ。
そんな、どこかで聞いたことがあるまゆつばな話を、正直なところ、わたしはあまり信じていなかった。
けれど、実際にその場面に直面してみると、どうも本当らしい、と思ってしまった。
目をぎゅっとつぶったまま、わたしは衝撃が来るのを待っていたのだけど、いつまで経ってもそれはやってこなかった。
ああ、これがそうなのか、と思う。
今は目をつむっているから、ひょっとしたら意識だけが加速しているのかもしれない。
そのしょうこに、こうしてしょっかくやきゅうかくは・・・、
「・・・あれ?」
抱き寄せているプロングホーンちゃんや、くびわちゃんの体の感触は、ある。
顔を埋めるくらい近くにいるから、とうぜん、匂いもする。
音だって普通に聞こえるし、さっき食べたジャパリまんの後味も口の中に残ったままだ。
「・・・ともえ、くすぐったい。」
ぽそり、くびわちゃんの声が聞こえて、わたしは目を開けた。
感触を確かめようと手をもぞもぞさせてしまったせいか、くびわちゃんは、ひなんの目でこっちを見ていた。
「ご、ごめん! へんなとこ、さわってないよね!? だいじょうぶ?」
「・・・へいき。」
状況はさっぱりわからないけれど、とにかく動かしていた手を離してくびわちゃんに謝る。
くびわちゃんはまたぽそりと答えて、照れたように口元をぶかぶかの首輪に埋めた。
・・・ええと、つまり、どういうこと?
「ともえちゃん! くびわちゃん! だいじょうぶですか!? いたいとこ、ないですか!?」
「プロングホーンさまぁ! おけがは、ありませんかぁ! へんじをしてくださいよぉ!」
「ちょっとロードランナー! あんまりうごかしちゃだめよ! あたま、うってるかもしれないんだから!」
気づけばイエイヌちゃんたちもわたしたちの体にひっついていて、まるでおだんごみたいになっていた。みんな、そろって心配そうな顔だ。
「あたしも、くびわちゃんも、だいじょぶ。プロングホーンちゃんも、たぶん気絶してるだけだと思う。」
あいかわらずちんぷんかんぷんなままだったけど、とりあえず状況を伝えると、みんなは少しほっとしたみたい。
緊張の糸が切れたのか、そろってその場にへたり込んだ。
「よかったですぅ・・・、いちじは、どうなることかと。」
すっかり安心してこちらを見上げるイエイヌちゃんに、ますます状況がわからなくなる。
だって、今もあたしたちのうしろには・・・、
・・・えっ?
振り返ってうしろを見ると、近くにいた筈のセルリアンの姿はそこにはなくて、代わりに、ずずず、と引きずるような音がきょうこくの入り口の方から聞こえてくる。
「えっと、どういうこと? セルリアンは?」
「なんだかよくわからないけど、むこうにいっちゃったわ? あなたがなにか、したんじゃないの?」
「ええ!?」
びっくりしてプロングホーンちゃんの体を離してしまいそうになる。となりにいたくびわちゃんがあわてて支えてくれたけれど、ちからが足りなかったみたい。
「ってめ! あぶねーだろーが!」
そのままずるずる倒れそうになるわたしたちを、飛び起きたロードランナーちゃんが抱き留めてくれた。
「ごめん! そんなつもりじゃなくて!」
「ぴぃ!・・・っ! るっせーなこらぁ! みみもとでおおごえ、だすんじゃねーよ!」
「ご、ごめん・・・。」
思わず大声を出してしまったわたしに、ロードランナーちゃんはひなんの声を上げる。
その声はもちろん、いつもの感じでひじょうにやかましくて、耳がキーンってなった。
・・・ええと、
これはたぶん、つっこんじゃだめなタイミングだよね?
なんて、くだらないことを考えていると、ロードランナーちゃんが耳打ちするように顔を近づけてくる。
「ったく、ほそっこいのとちんまいのとで、ちからもねーくせに、むりすんじゃねーっつの。」
そして、わたしとくびわちゃんにだけ聞こえるような小さな声で、言葉を続けた。
「・・・でも、あんがとな。プロングホーンさまを、たすけてくれて。」
その顔は、たぶん、出会ってからはじめて見るもので、
見ているこっちがありがとうと言いたくなるくらい、深い感謝があふれていた。
― ― ―
それからしばらくして、プロングホーンちゃんは目を覚ました。
けがとかしてないか聞いたのだけど、どこも痛いとこはなかったみたい。
さすがフレンズさん。あたしなんかとちがって、とっても体が丈夫だ。
そのあと、わたしはあらためてセルリアンから守ってくれたことのお礼を言ったのだけど、その後のてんまつを聞いたプロングホーンちゃんからとても感謝をされてしまって、くびわちゃんともども、逆に何度もお礼を返されてしまった。
わたしは、何もしてないし、運よくセルリアンがいなくならなかったら、どうなってたかわからない、なんてことを言ったのだけど、プロングホーンちゃんは「けんそんなどしなくていい」と、何度も何度も深々としたおじぎとともに感謝の言葉をかけてくれた。
けんそんなんかじゃなくて、ホントにじじつなんだけど・・・。
そう。じじつ、なんだよね。
事実、セルリアンは何故だかわたしたちをおそうことなく、どこかへ行ってしまった。
それを運のひとことで済ませていいかはわからないけれど、どうしてそんなことが起こったのか、まったくわからない以上、運というほかにないだろう。
あのとき、何を思ってわたしたちをおそわなかったのか。
そもそもセルリアンに、あの無機質な感じのするものに、意志はあるのか。
声だって出さないし、こっちの声も、物音として認識してるだけのような気がするし。
ひょっとしてこっちの考えが読めたり、とか?
・・・ううん、まさかね。
あのとき、まさにおそわれそうになっていたときに考えていたことを思い返して、ひょっとしたら、なんてことを思うけれど、すぐにその考えを否定した。
そんなご都合、あるわけないでしょ。
こうやの夕焼けは、さすがに絵になる姿だった。
赤茶色の地面や岩肌がますます赤く染まって、あちこちにルビーがちりばめられたようなきらきらした世界の中で、わたしはスケッチブックを取り出した。
5ページ目になるそこには、赤く染まるこうやの中で楽しそうにかけっこをする、ロードランナーちゃん、プロングホーンちゃん、チーターちゃん、イエイヌちゃんのよにんと、それをにこにこと眺めるわたしとくびわちゃんを描いた。
そうこうしてる内に日が落ちて、わたしたちはあの洞窟で一晩を明かすことにした。野宿なのはあいかわらずだけど、ちょっと狭くて天井があるだけで、なんだか落ち着く感じがした。
おかげで昨日までよりもっとずっと、ぐっすり眠ることができた。
そして、翌朝。
「もう、いっちゃうの? かわくだり、せっかくみつけてくれたのに。まだあそんでないわよ? そんなにいそぐたびでもないんでしょう?」
「あはは、うん。ありがと。でも、そろそろいかないと。」
チーターちゃんのお誘いを、やんわりことわる。
しょうじきに言うと、すっごいやってみたかったんだけどね。川下り。
でも、くびわちゃんいわく川下りの終着点はみずうみらしいから、わたしの足だとここまで戻ってくるのに、すごく時間かかっちゃいそうだし。
それに、あんまり遊んでばかりだと、いつまで経ってもイエイヌちゃんのおうちに、たどり着けなさそうだしさ。
「またいつでもくるといい。そのときは、いっしょにかわくだりしよう。」
「そうね。またきたら、こんどはいっしょにあそびましょう?」
「うん! こんどは一緒に遊ぼうね! 約束だよ!」
「わふ! わたしはまた、かけっこしたいです!」
「はは、もちろんだ。またいっしょにはしろう。」
わたしたちは別れを惜しみながらも、つぎの約束をする。
それはなんだか、とってもすてきなことのように思えた。
そして、もうひとり。
「へっ、くちのわりーちっこいのが、よーやくいなくなるかとおもーと、せーせーすらぁ。」
昨日、ちょっとだけ素直な顔を見せてくれたロードランナーちゃんは、またいつもの調子に戻っていた。
「・・・それは、こっちのせりふ。」
うりことばにかいことば、みたいな感じで、くびわちゃんが言葉を返す。
ふたりとも、あいかわらずだ。
でも、気のせいかもしれないけど、なんだか昨日より、ふたりの表情はやわらかい気がする。
ひょっとして・・・、とあわい期待をいだきながら、わたしはふたりの様子を見守る。
となりにいるイエイヌちゃんも、プロングホーンちゃんたちも、たぶん同じように思っているのだろう。みんな、会話を止めて、視線をふたりに向けていた。
「あのさ・・・、その、おまえよぉ。」
まるで気恥ずかしさをごまかすように頭のうしろをぼりぼりとかきながら、ロードランナーちゃんは声をかけて、そしてまっすぐにくびわちゃんの顔を見る。
「・・・?」
くびわちゃんはいつもの感情の読めない表情のまま、その顔を見返す。
ふたりはそのまま、しばらくの間だまって見つめ合っていたのだけど、
「・・・っ、なんでもねーよ!」
ロードランナーちゃんがぶっきらぼうに言いながら、顔をそむけてしまった。
そして、そのまま頭の羽をはためかせ、飛び上がる。
「へんっ! とっととどこへでもいきやがれってんだ! あばよぉっ!」
うみべで出会ったときみたいに、今度も捨て台詞のようにそう言って、ロードランナーちゃんはどこかへ飛んで行ってしまった。
・・・うーん。ダメだったか。
ちゃんと仲直り、できそうな気がしたんだけどな。
そんなことを思いながら、わたしは残されたくびわちゃんを見るのだけど、
その姿に、なんというか、
言葉にしなくても伝わるものもあるのだな、と、
ちょっとおませなことを考えてしまう。
くびわちゃんは小さくなっていくロードランナーちゃんの背中に向けて、バイバイと小さく手を振っていた。
「・・・またね。ろーど、らんなー。」
その、ぽつりと呟いた言葉が示すとおり、
ふたりはあれで、じゅうぶん仲直りできてたみたい。
あはは。
ホント、素直じゃないなぁ。
ふたりとも。
― ― ―
ともえたちが旅立って暫くの後、荒野にはふたりのフレンズの姿があった。
チーターとプロングホーンだ。
「それにしても、めずらしいものばっかりだったわね? フレンズをおそわないセルリアンもそうだけど、あたし、あんなにすなおなロードランナーなんて、はじめてみたわ?」
「そうだな。それだけでも、たびのせいかはあったのだとおもうよ。」
遠い目をするプロングホーンの脳裏には、今朝、ともえたちの居る洞窟に向かう途中で、ロードランナーが見せた姿が浮かび上がる。
その姿は、恐らく誰よりもロードランナーとの付き合いが長い彼女でさえ、これまで見ることのなかったものだった。
いや、誰よりも付き合いが長いからこそ、と言うべきか。
それ故、常日頃の自分以外に対するロードランナーの粗野な振る舞いに、プロングホーンは心を痛めていた。
プロングホーンはこれまで、その事についてチーターに相談を持ち掛けたことはない。弱っているところを見せられない草食動物の気質が、そうさせていた。
普段の仰々しい物言いですら、その弱さを隠すための意味合いが強い。
「また、ふたりになっちゃったけど、でも、あなたもすこし、ほっとしたんじゃない?」
けれど、チーターの言葉は、そんなプロングホーンの悩みを、悩みだったものを、そのままに理解しているが故に出てきたものだった。
言葉に出さずとも、案外伝わってしまうものなのだな、と、プロングホーンは苦笑する。
「はは、まあ、ほっとしたのと、ちょっとさみしいきぶんと、りょうほうかな。」
「あら! めずらしいものがもうひとつふえたわ!? うふふ!」
「いってくれるなよ。じぶんがすなおじゃないことくらい、わたしがいちばんよくわかっているさ。」
そう言って、プロングホーンは密林へと向かう道の先を眺める。
「よかったなあ、ロードランナー。ちゃんと、ともだち、できたじゃないか。」
巣立つ子を見送る父のような声で、プロングホーンは呟いた。
― ― ―
― ―
―
ここは、ジャパリパーク。
今日もたくさんのフレンズさんたちが、のんびり幸せに暮らしています。
お日様にきらきら輝く波間を、
フレンズさんを乗せたボートが走っていました。
「はやい! はやすぎます! すごいです!」
「おおー、すごいねー。」
うふふ。
ふたりは初めて乗るボートに興味しんしんみたい。
ボートの縁につかまって、キラキラした目で海を眺めてちゃってる。
でもセンちゃん、あんまり身を乗り出したら、危ないわよ?
「おみずが! おみずがいっぱいとんできます! あはは!」
「センちゃーん。たのしいのはわかるけどー、もうちょっとからだをこっちにー。」
「あはは! あはは! たのしいです! たのしいです! あはは・・・、うわぁっ!」
「センちゃん!?」
まあ、たいへん!
ボートが波に乗り上げた勢いで、センちゃんが海に落ちちゃった!
「きゅう! まかせて!」
でもでも大丈夫。
ボートの横を泳いでいたドルカちゃんがセンちゃんを抱えてジャンプ!
ちゃんとボートに戻ってくることができました。
「けほ、けほ、けふ、・・・はあ、はあ、」
「もー、だからいったのにー。たのしいからって、あんまりみをのりだしちゃだめだってー。」
「ご、ごじょうだんを、アルマーさん・・・、けほ。これは、ごほ、このボートのあんぜんせいを、げほ、たしかめたにすぎません・・・。」
「そーなんだー。」
「そうです・・・。でも、あぶないから、もうちょっとてまえで、うみをみましょう・・・。」
「そーだねー。」
センちゃんは海に落ちちゃって、ちょっと怖くなっちゃったみたい。
ボートの縁からだいぶ後ろでおっかなびっくり海を見てる。
最初からそうすれば良かったのにね?
あんまりアルマーちゃんに心配かけちゃ、ダメよ?
「そーいえばー。このボートをなおしてくれたのってー。」
「ともえちゃんのこと?」
「そうそう、その、ともえちゃんって、なんのフレンズなのー?」
「きゅう? たしか、ヒトっていってたよ?」
「そっかー。ヒトかー。」
「ヒト!? ヒトといいましたか!?」
あらあら、センちゃん。
そんなにびっくりして、どうしたの?
「こうしてはいられません! アルマーさん! はやくいきましょう!」
「いくっていってもー。ここ、うみのうえだからー。」
「なら、およいでいきましょう! はやくおいかけなくては!」
「わたしたち、およげないよねー?」
「そ、それは! ・・・なら! はまべをあるいて!」
「あるいていくよりボートのほうがはやいんだからー、きらくにいこーよー。」
「ぐにゅにゅ・・・!」
そうそう、アルマーちゃんの言う通りよ?
あの子が動くようにしたボートは、とっても速いんだから。
「しかたありません! もっとその、ともえさんのこと、おしえてください!」
「きゅう! いいよ! なにからはなす?」
「まずはそのかたのこうぶつを!」
「センちゃん、そのしつもん、なんのいみがあるのー?」
ああ、よかった。
無茶はしなくて済んだみたい。
ふたりのフレンズさんたちの、楽しい旅は続きます。
― ― ―
― ―
―
幕間~対岸にて~
対岸に着き、ふたりのフレンズたちを見送ったドルカとフォルカは、荒野へと続く道を眺めている。
「あのこたち、いっちゃったね!」
「そうねえ。急いでたみたいだけど、あの子に無事会えるかしら?」
ふたりのフレンズの道中を案じるフォルカに、ドルカは「そういえば、」と前置きをして話しかける。
「フォルカちゃん、さいしょ、ともえちゃんみて、びっくりしてたよね?」
「あら? わかっちゃった? うまく誤魔化せたと思ったんだけど・・・。」
「わかるよ! ずっといっしょにいるもん!」
「うふふ。そうね。確かにちょっと、びっくりしたかも。勘違いしちゃって。」
と、フォルカは苦笑ぎみの顔を見せる。対するドルカは、不思議そうな顔をしている。
「かんちがい?」
「えっと、前に見たヒトの子と同じ子だと思ったんだけど、違ったみたい。」
フォルカは「それもそうよね、」と言葉を区切り、苦笑交じりにその先を続けた。
「だって、ヒトがそんなに長く生きられるはずないもの。」