「わぁ・・・! すっごい、きがいっぱいだね!」
みつりんの手前までやってきたわたしが、まず口にしたのはそんな感想だった。
あいかわらず、ごいがたりない、と思うけれど、視界をぜんぶ覆うくらいに密集して生えた木々を見て、それ以外に感想がうかばなかった。
そうげんやこうやでまばらに生えていた木とも、ちくりんの竹ともまるで違う、表面にツタやコケがまとわりついている木々が、スキマを探す方が大変ってくらい密に生えている。
こうやからてくてく歩いてきた道だけがみつりんの中に続いているけれど、その道もなんだかうっそうとしていた。
まさしく、みつりん、って感じ。
「なんだか、むこうのくうきはしっとりしてますねぇ。ひんやりしててきもちいいですぅ。」
くんくん、と匂いをかいでいたイエイヌちゃんは、なんだかちょっとうれしそうな顔だ。
やっぱり、おはながしっとりするのが好きなのかな? イエイヌのフレンズだし。
そんなことを考えながら、わたしは前に出て、みつりんとこうやの間、ちょうどさかいめのところに横を向いて立ってみる。
右半身はみつりんに、左半身はこうやに、といった感じだ。
「ほんとだ! こっちとそっちで、空気がぜんぜん違う! なんだかおもしろいね!」
右はひんやりしっとり、左はあつあつからっと、まるで右と左でぜんぜん別の場所にいるみたいな感触がとても面白い。
「わふ! ほんとですね! おもしろいです!」
ぱたぱたとかけてきたイエイヌちゃんも、わたしのとなりで同じように横を向いてその空気の違いを体験していた。
テンションが上がったのか、ぴょんぴょん飛び跳ねてるのがすっごいかわいい。
「・・・りんせつする、ちほーのきこうが、おおきくことなるばあい、ちほーのさかいめが、こうしてはっきりわかる。」
とてとて近づいてきたくびわちゃんは、やっぱりこのことも知ってたみたいで、いつものように説明をしてくれた。
うーん。やっぱりくびわちゃんは物知りだなぁ。
「へー。なんだか不思議だね。これもサンドスターのちから、なんだっけ?」
わたしが感心しながら聞き返すと、くびわちゃんは、こくこく、と頷いてくれた。
「・・・さんどすたーは、どうぶつをふれんずにする、だけじゃなくて、ちほーのきこうをへんかさせる。こうやと、みつりん。まったくちがうきこうが、となりあうことができるのも、さんどすたーのおかげ。」
「すっごいね、サンドスターって。どうやって生まれたの? ヒトが作ったの?」
あいかわらずくわしい説明をしてくれるくびわちゃんに、思いついた質問を投げてみる。
もしかしたらくびわちゃんなら知ってるかな、なんて思って聞いてみたのだけど、
「・・・さんどすたーは、ぱーくで、はっけんされただけ。ぱーくで、かざんがふんかするとき、さんどすたーがうまれる。けど、どうしてうまれるのかは、わかってない。」
「そうなんだ。ありがと、くびわちゃん。」
ふるふると首を振って、それでも知ってる範囲で答えてくれたくびわちゃんに、素直にお礼を言う。
すっごい物知りなくびわちゃんだけど、やっぱり知らないことはあるみたい。
みつりんの中は、外から見えたとおり、とてもうす暗い感じだった。お日様が高くのぼってる時間なのに、まるで明け方くらいの明るさだ。
「それにしても、ほんと木がいっぱいだね。こうやからちょっと歩いただけなのに、ぜんぜん別のとこみたい。」
「ですねぇ。こうやとちがって、あしもとも、ちょっとすべりやすいです。」
イエイヌちゃんの言う通り、歩いていると、ときおりするっと滑るような感覚がある。ついさっきまでの乾いた地面とはまるで違う感覚に、ついつい転んでしまいそうだ。
「・・・みつりんは、みっしゅうしたきぎで、ひのひかりが、さえぎられるから、じめんに、こけがよくはえる。」
見ると、たしかに地面のあちらこちらには緑色のコケが生えていた。
「そうなんだね! じゃあ、気を付けて歩かないとだね!」
ちくりんとはまた違う天然トラップに気を引き締めながら、わたしがそう言ったときだった。
「にゃはは、せやで? そんなずかずかあるかんと、いちげんさんはもーちょい、おっかなびっくりあるかなあかんわ。」
その声は、上から聞こえてきた。
見上げると、近くの大きな木の枝に、フレンズさんがふたり、腰かけているのが見えた。ネコ科のフレンズさん、だろうか。チーターちゃんにちょっと似てる感じ。
「よっ、と。」
そのフレンズさんたちは軽く体を揺らして、一気に地面まで飛び降りる。
わたしじゃまず飛べる高さじゃなかったけど、そのフレンズさんたちにはなんともなかったみたい。音もなく着地して、こちらに話しかけてくる。
「いきなりすまんなー。おはなしちゅうんとこ、わりこんでもーて。」
「あ、えっと、そんなことは、ないけど。」
とっさのことでうまく返答ができないでいると、フレンズさんたちはずんずんとこっちに近づいてきた。
にまにまと懐っこい笑みを浮かべているんだけど、どこかふおんな感じがする、その表情。
なんというか、こちらがどういうものなのか、探っているような・・・。
「ウチらはここらをなわばりにしとるもんや。ほんで、いきなりついででかんにんやけど、」
フレンズさんは体を軽く曲げて、覗き込むような体勢になると、にやりと音が聞こえそうな顔でその先の言葉を続けた。
「ねーちゃんら、ちょーっとツラ、かしてくれへんか?」
― ― ―
けものフレンズR くびわちほー 第05話「かぞくのきずな(前編)」
― ― ―
ちょっとツラ貸しな。
なんて言葉がそのフレンズさんの口から出るのを聞いて、わたしは思わず耳を疑った。
フレンズさんの姿がちょっとチーターちゃんに似てて、かわいらしい感じだったのもあるけれど。それ以上に、そんな言葉をこの穏やかなジャパリパークでかけられるなんて、思ってもみなかったから。
ひょっとしたらわたしが考えてるのと、別の意味で言ってるのかな、なんてことを思ったくらいだ。
でも、その言葉にはたぶん、ちょっとついてこい、という意味以外に別の用法なんてなかったと思う。
よく、物語とかで、アウトローぎみな方たちが使うセリフだ。
もちろん、あんまりガラの良い表現じゃない。
「なんやけったいなかおしとんなぁ。こわがらんでええって。ただちょーっと、ツラかしてくれるだけでええんやから。な?」
「えっと、あの・・・っ、」
ずんずんと近寄りながら話しかけてくるフレンズさんに、息をのんで後ずさる。
言葉がおっかないのと、それから、さっきフレンズさんが言ったことに、わたしはちょっと不安を感じていた。
さっき、フレンズさんは、なわばり、と言った。
それはつまり、わたしたちはそのなわばりに入ってきた侵入者ということに他ならない。
これまで会ったフレンズさんからは感じ取れなかったことだけど、フレンズさんのもとになった野生動物は、基本的になわばり意識が強い。
自分の、あるいは自分たちのなわばりに入ったものに対して、非常に攻撃的になる。
野生のなわばり争いの苛烈さは、ヒトもよく知る所だ。
・・・ひょっとしたら、フレンズさんでも同じことがあるのだろうか?
そんな想像に、すごく悲しい気持ちになる。
――と、
ぎゅっと手が何かに包まれる感触。
見ると、そばにいたイエイヌちゃんがわたしの手を握ってくれていた。
「だいじょうぶですよ、ともえちゃん。てきいは、ないとおもいます。」
「いや、そうは言っても・・・。」
少なくとも、あのフレンズさんの言葉を聞くぶんには、とてもそうは思えないんだけど。
「においが、こうげきてきではありませんし、きんちょうしているだけのような。」
「へ? 緊張?」
思わずオウム返しをする。
そんな気配、ぜんぜん感じなかったけど。わたしにはわからない何かで、イエイヌちゃんはそれを察したのだろうか?
そう思ってフレンズさんたちの方を改めて見やると、ちょうどこちらに近づいてきていた足が止まったところだった。
「ヒョウねえさま。」
前を行くフレンズさんの肩をつかみ、もうひとりのフレンズさんが呼び止めていた。
ヒョウねえさま、と呼ばれたフレンズさんはつかまれた肩越しに振り返り、にやりと笑う。
「なんやクロちゃん、ねーちゃんにまかせゆーたやろ。あんたはだまっとき。」
「まかせたけっかがこれでは、くちをだしたくもなります。」
クロちゃんと呼ばれたフレンズさんの声色と表情は、なんだか呆れているようだった。
「さきほどからなんです。あれではまるで、やからではないですか。」
「やからて・・・、あんたくちわるいなぁ。どこでおぼえたそんなもん。」
「どこって、ここにいるチンピラみたいなあねのくちからにきまっているでしょう。」
「だれがチンピラやねん! どつくぞこら!」
「ほら、やっぱりチンピラではないですか。」
「いやいや、クロちゃん。ちゃうて。ただのツッコミやんか。」
ぽんぽんと息の合った会話をする二人の様子を見て、なるほど、と思う。
状況はいまだによくわからないままだったけど、少なくとも、イエイヌちゃんが言っていたことが正しいみたい、ということはわかった。
おっかない言葉にびっくりして見えなくなってたけど、たしかにふたりの顔からは敵意のようなものは感じられない。
となりを見ると、イエイヌちゃんが笑顔で「ね?」と呟く。
その笑顔で、緊張していたわたしの表情も一気にゆるんだ。
どうも、深刻に考えすぎちゃってたみたいだね。
改めて、ふたりのフレンズさんを見る。
ヒョウちゃんと、クロちゃん、って言ってたっけ。
それと、ねえさま、とか、あね、とか言っていたし、ふたりは姉妹なんだろうか。
そう思って見ると、たしかにふたりの容姿はとてもよく似ていた。
ふたりとも、顔はそっくりだし、頭の後ろでふたつしばりにした髪型も、半袖のシャツにミニスカートという服装もおそろいだ。
けれど、色が違っている。
ヒョウちゃんの髪は金色にも見えるクリーム色で、しばったところから先は雪みたいに白い。前髪にはところどころ黒い斑点があって、耳にも黒い模様があった。
半袖のシャツは真っ白で、襟元の赤いリボンのアクセントが眩しい感じ。
ミニスカートとアームカバー、ニーソックス、そして長いしっぽは髪と同じくクリーム色で、梅の花みたいな形の黒い模様がちりばめられている。いわゆる、ヒョウ柄というやつだ。
その恰好はやっぱりチーターちゃんに似てるけど、受ける印象はだいぶ違うかな。チーターちゃんはクールな感じだったけど、ヒョウちゃんは、なんというか、元気な感じ、だろうか。
対してクロちゃんの髪は吸い込まれそうになるような真っ黒で、しばったふたつの房はヒョウちゃんのものよりちょっと長くて、髪質もヒョウちゃんより柔らかい感じ。しっとりとツヤがあって、撫でたらとても気持ちよさそう。
シャツも髪と同じく真っ黒だ。シャツだけじゃなくて、襟元のリボン、ミニスカート、アームカバー、ニーソックス、そして長いしっぽと、全身が真っ黒に染まっている。たぶん、夜に会ったら、わたしじゃ、どこにいるかもわからないかもしれない。
不思議なのは、ヒョウちゃんと顔もそっくりで、恰好も色違いなだけでほとんど同じなんだけど、受ける印象がまるで違うこと。
元気な感じのヒョウちゃんに対して、クロちゃんはとても落ち着いた感じの子だった。
「ともかく、あたまもくちもわるいねえさまは、しばらくだまっていてください。あとはわたくしがおはなしをしますから。」
クロちゃんはため息交じりに言う。ヒョウちゃんは眉をへの字にして抗議の声を上げようとするんだけど、
「クロちゃんひどいわー。あんたはいっつもそーやっておねーちゃんをじゃけんに、」
「おだまり。」
「はいっ。」
ぎろり、睨まれてしまっておぎょうぎよくお返事をする。そして、なんやもークロちゃんこわいなぁ、とかなんとか、ぶつぶつ呟いて黙ってしまった。
代わりにクロちゃんが一歩、前に出る。
「うちのあねが、たいへんしつれいをいたしました。おろかなあねにかわり、わたくしクロヒョウのクロが、おはなしをつづけさせていただきます。」
「ウチはヒョウのヒョウやでー。」
「ぷっ、あはは。」
ぴょこん、とクロちゃんの肩越しに顔を出しながら言うその姿に、なんだか可笑しくなって笑ってしまう。
いきなり笑い出したせいか、ふたりはきょとんとした顔でこちらを見る。
わたしは取りつくろうようにいずまいを正して、笑顔でふたりに向き合った。
「えっと、いきなり笑っちゃってごめんなさい。あたしはヒトのともえだよ。こっちはイエイヌのイエイヌちゃんと、」
「わふっ、イエイヌです!」
「こっちの子はくびわちゃん。」
「・・・、くびわ。」
「よろしくね! ヒョウちゃん! クロちゃん!」
わたしが元気よく挨拶をすると、ヒョウちゃんとクロちゃんはちょっと考えるような顔をして、お互いに顔を見合わせた。
「ヒト・・・、やはり。」
「せやな・・・、」
「・・・? どうしたの?」
ふたりの表情が気になって問いかけると、クロちゃんが申し訳なさそうな顔で口を開いた。
「ぶしつけなおねがいでもうしわけありませんが、どうか、わたくしたちといっしょにきていただけないでしょうか?」
それは、ついさっきヒョウちゃんが口にしたことと意味は同じだったんだけど、言葉づかいが違うだけで、受ける印象はこうも違うということだろう。
わたしは、もちろん、とばかりに頷いて、
「うん。それはかまわないけど、何かあるの?」
「それはなぁ・・・、きくもなみだかたるもなみだの、」
「わたくしたちのリーダーに、あっていただきたいのです。」
わたしの問いかけに何やら語りだしたヒョウちゃんを、クロちゃんは華麗にスルーした。
「なあなあクロちゃん、いまウチがかんるいひっしのくろうばなしをやね、」
「ぜんかいいっちのむだばなしのまちがいでしょう。」
「クロちゃーん、なんやつめたいなぁ。おねーちゃんちょっとなきそうやわぁ。あんたはいっつもそうやってねーちゃんをじゃけんにして、」
「おだまり。」
「はいっ。」
また、ぎろりと睨まれて、ヒョウちゃんはおぎょうぎよくお返事をする。
あはは、なんだろ。
ふたりのこの感じ。
仲がわるそうで仲がいいというか。
お互いにきのけない感じが、なんだかすてきかも。
― ― ―
とりあえず、わたしたちはふたりについていくことにした。
くわしい事情はリーダーに会ってから、とのこと。
気になるけど、ここまでのやり取りでふたりがわるい子じゃないってことはわかったから、ついていくことに不安はひとつもなかった。
「うわっ、と。」
と、苔むしたところを踏んでしまい、足をすべらせそうになる。となりを歩くイエイヌちゃんがすかさず手を取ってくれたおかげで、転ばずにすんだ。
「ともえちゃん、だいじょうぶですか?」
「うん。へいき。ありがと、イエイヌちゃん。」
そんな様子を気配で察してか、前を行くヒョウちゃんが振り返りつつ声をかけてくる。
「あしもときぃつけや? ここらはすべりやすいからなぁ。」
「もし、ころんでけがをしたら、おっしゃってくださいまし。ジャパリまん、たくさんありますので。」
続けて聞こえたクロちゃんの台詞に、はてな?と思う。
「ジャパリまん? なんで? お腹はそんなに空いてないけど。」
「ああ、それは。・・・ええと、ジャパリまんにもサンドスターがふくまれていますから。」
と、代わりに答えてくれたのはイエイヌちゃん。まだ頭にはてなを浮かべるわたしに、イエイヌちゃんは説明を続けてくれた。
「サンドスターは、どうぶつをフレンズにしたり、ちほーのきこうをととのえたりしますが、そのほかにも、けがやびょうきをなおしたりもできるのです。」
「ケガや、病気? そうなの?」
「はい。ですので、けがをしても、ジャパリまんをたべていれば、たいていはなおってしまうのです。」
「へー、そうだったんだね。あたし、ぜんぜん気づかなかったよ。」
けれどなるほど、言われてみれば、と思う。
そうげんでイエイヌちゃんが受けた腕のキズだったり、昨日あたしがすりむいちゃった足だったりがすぐ治っちゃってるのって、そういうこと、だったんだね。
「サンドスターってすっごいんだね。パークみんなの役に立ってるって感じ。」
「・・・さんどすたーは、なぞがおおい、ぶっしつ。やくにたつ、だけじゃなくて、きけんもある。」
わたしが素直な感想を口にすると、イエイヌちゃんを挟んで反対側を歩くくびわちゃんが、ぽそぽそと声を発した。
「くびわちゃん、危険って?」
「・・・さんどすたーが、いしとか、むきぶつにあたると、せるりあんになる。」
「わふ!? そうなんですか!?」
イエイヌちゃんがびっくりした様子で声を上げる。わたしはもちろんそうなんだけど、イエイヌちゃんも知らなかったみたい。
「ん? なんやじぶん、しらんかったん?」
と、これはヒョウちゃん。そのとなりを歩くクロちゃんも驚いた様子はないし、ふたりともそのこと、知ってたのかな?
「しりませんでした! いつも、セルリアンがどこからうまれるのか、きになっていたんですが・・・。」
「あー、そっかそっか。ふつうはしらんわなぁ。ウチらもシーラにおしえてもらわんかったら、たぶんずっとしらんままやったし。」
「そうですわね。シーラねえさまは、はくしきでいらっしゃいましたから。」
と、ふたりの話に気になる単語がひとつ。
「シーラ、さん? その子もこのみつりんにいる子なの?」
ぶんみゃくからすると、シーラ、というのはたぶん、フレンズさんの名前だろう。そう思って聞いてみるのだけど、
「あー、なんちゅうたらええか・・・、ま、そのはなしはおいおい、な。」
ヒョウちゃんはなんだか難しそうな顔でそう言って、黙ってしまった。となりのクロちゃんも同じような顔で、何も言わない。
んー、なんだろ。
ひょっとして、そのシーラさん、っていう子がなわばりのリーダー、とか?
なんてことを思うけど、あんまり考えてもしょうがないかな。
話をにごすからには、何か事情があるのだろうし、それをあれこれじゃすいしたり、せっつくのはよくないと思うし。
そんなことを考えている内に、話の流れは元に戻ってたみたい。
「それにしても、どうしてセルリアンはフレンズをおそうのでしょう? もともとがいしならば、なにかをこうげきするいしは、うまれないようなきがするのですけど。」
イエイヌちゃんが興味しんしんという感じに疑問を口にすると、何故だかヒョウちゃんが、プッ、とふきだした。
「もとがいしだけに、か? なかなかうまいこというなぁじぶん! にゃはは!」
「ヒョウねえさま。ひとりでウケてないで、ちゃんとしつもんにこたえてくださいまし。」
「ええ? いまのおもんない? うそやん。」
クロちゃんに冷静に返されたヒョウちゃんは、まじかー、さよかー、とぶつぶつ呟いて、それから、うーん、と唸りながら腕を組む。
「えーと、セルリアンがなんでフレンズをおそうか、やろ? しってるしってる。んー、でもなんやったかなー? このあたりまででてきとんねやけど・・・、」
「ああ、コレしりませんわね。ごめんなさいね、イエイヌさん。」
「ちょ! ちょい、クロちゃん! おねーちゃんをコレよばわりせんといて!」
しどろもどろのところを冷静につっこまれたヒョウちゃんは、あわてて声を上げる。けど、否定しないってことは、ホントに知らないみたい。
わたしは苦笑ぎみにふたりの様子を眺める。
「ヒョウねえさまは、しったかぶりをするくせがありますので、おはなしは、はんぶんくらいできいたほうがよろしいかとおもいます。」
「なんやもー、そんなんいわれたら、ウチのかぶ、だださがりやん。」
「あんしんしてくださいな。ヒョウねえさまのかぶは、さがりようがありませんから。」
「おお、なんやクロちゃん、やっとウチのことほめてくれたん・・・ちゃうなコレ。ハナからさがりきっとるいいたいんやろ?」
「あら、ヒョウねえさまにしては、さっしがよろしいですわね。」
「あんたなぁ。」
あはは。ふたりとも、ホント仲いいなぁ。
さて。イエイヌちゃんの質問の答えだけど、
「・・・さんどすたーは、あつまることであんていする、せいしつがある。」
やっぱりというか、物知りのくびわちゃんは知ってたみたい。くびわちゃんはいつもの感情のこもらない声で説明を続ける。
「・・・せるりあんは、もともと、いしをもたない、むきぶつだから、そのせいしつにしたがって、よりおおくの、さんどすたーをあつめようとする。」
「なんやくわしいなじぶん。あー、せやせや、まえにシーラもそんなんいうてたわ。」
なるほど、と思う。
たしかにそれを聞けば、セルリアンの行動にも説明がつく。
「だからセルリアンは、フレンズさんをおそって、サンドスターを奪おうとするんだね。」
「くぅん。セルリアンにも、そういうじじょうが、あったのですね。」
けれどそこで、はて、と思った。
昨日こうやで出会ったセルリアンは、はじめはわたしたちに襲いかかったハズなのに、けっきょくサンドスターを奪うことなくどこかへ行ってしまった。
こうして説明を聞くと改めて思うけど、あれはいったい、なんだったんだろう。
その疑問をそのまま聞いてみようかとも思うけど、くびわちゃんの説明は続いていて、話をはさめそうにない。
まあ、また後でいいかな。
「・・・あと、さんどすたーが、どうぶつや、どうぶつだったもの、にあたると、ふつうは、ふれんずになる。けど、ふれんずに、ならないこも、いる。」
「フレンズに、ならない。どうぶつのまま、ということですか?」
イエイヌちゃんの質問に、くびわちゃんはふるふると首を振る。
「・・・ふれんずには、りせいがあって、ひとやほかのふれんずと、かいわができる。けど、まれに、りせいをもたずに、かたちだけ、ひとのようになる、ことがある。」
え、
と声を上げそうになる。
それって、ひょっとして。
「・・・けもののほんのうをもったまま、ひとのかたちをもった、どうぶつ。」
頭に浮かんだ想像に困惑していると、くびわちゃんは淡々とした声で言葉を続けた。
「・・・びーすと、とよばれている。」
「ビースト・・・。」
思わずオウム返しをしてしまったわたしに、くびわちゃんの視線が合わさった。
「ひょっとして、ちくりんにいた、けものさんって、その・・・、ビーストさん、なの?」
想像してしまったことをそのまま聞いてみると、くびわちゃんはこくこくと頷いて、
「・・・そう。」
とだけ言って、また黙ってしまった。
あのときちくりんで出会った、こわいけもの。
トンちゃんとフーちゃんのおかげで、だれもケガすることなく追い払うことができたけど、もしふたりがいなかったら、わたしもイエイヌちゃんも、ひょっとしたらケガをしちゃってたかもしれない。
あの、どうもうなけものそのものみたいな姿は、なるほど、そういうことだったんだね。
フレンズではなく、ビーストだから、暴れていた。
・・・でも、どうしてだろう。
なんというか、そんな理屈だけで片付けていいような気には、どうしてもならない。
自分でもわからないけど、あのときのビーストさんの姿を思い返すと、なんだか胸を締め付けられるような思いになるのだ。
最後の方なんかものすごく興奮してたみたいだったし、ケガだけじゃすまなかったかもしれないのに、自分でも不思議だけど。
だって、あのビーストさんは・・・、
「おはなしをさえぎって、もうしわけありません。そろそろリーダーのところにつきますわ。」
と、クロちゃんに声をかけられて、わたしはいったん考えを保留することにした。
ふたりに案内されて辿り着いたところは、少しひらけた場所だった。うっそうと草木がしげる中を歩いてきたから、さえぎるもののない太陽がちょっとまぶしい。
その場所の中央には、石で組まれた台があって、その上にひとりのフレンズさんが座っていた。
台の上には木でできたログチェアみたいなものがあって、そこにどっかりと腰を落ち着けている。がばりと開いた足に頬杖をつくような形で、なんというか、とても貫禄があった。
あのフレンズさんが、このみつりんのリーダー、なのかな?
なんてことを考えていると、
「おーい、リーダー、おきゃくさんつれてきたでー。」
というヒョウちゃんの言葉に、その想像が合っていたと理解した。
「きゃくか、めずらしいな。」
リーダーさんはひとり言のようにつぶやくと、姿勢を崩さないまま視線だけでわたしたちを見て、言葉を続ける。
「みつりんへようこそ。わたしはこのなわばりをあずかるリーダーのゴリラだ。」
その声は低くて重い響きがあって、それだけでもなわばりのリーダーとしてのいげんが感じられるものだ。
いげん、という意味では、そのふうぼうもそうだった。
ゴリラちゃんの服装は、下は白い長ズボン、上は白いミニのタンクトップに濃い灰色のアームガードといった感じ。
おへそや肩が丸出しになってて、せくしーな感じも受けるのだけど、どちらかというと機能美というか、動きやすさを優先したような印象を受ける。
そう思うのは、たぶん、そのきりっとした目が、とても強い意志を感じさせるからだろう。
それに、筋肉のりんかくが見える二の腕だったり、うっすら割れている腹筋だったりと、なんというか、せくしーさより、ちからづよさの方が先に来る感じだった。
さらさらの黒いショートヘアは、目鼻が整った理知的な顔立ちを更に際立たせている。濃い灰色のニット帽をかぶっているんだけど、それもまた落ち着いた雰囲気を感じさせるものだ。
頬杖をつきながらこちらを見やる姿勢もあって、たしかに、リーダーとしてのふうかくが、ゴリラちゃんからは感じられた。
「リーダー、こちら、ともえさんとイエイヌさん、それからくびわさんです。」
はくりょくのあるその感じに気おされていると、クロちゃんが代わりにわたしたちの紹介をしてくれた。あわててわたしもそれに続く。
「えっと、ともえです。よろしくね。」
「わふ、イエイヌです!」
「・・・くびわ。」
「ふむ。よろしく。」
ゴリラちゃんは短くあいさつを返すと、続けて質問を投げかけてくる。
「で、きみたちはなにをしにみつりんに?」
「えっと、わたしたちは今、旅をしてるんだけど、その途中、って感じかな。もうちょっと行くと、きょじゅうく、ってところがあるらしいんだけど、そこに行きたくて。」
敬語で話すべきかとも思ったのだけど、ついつい普通に答えてしまう。
どうにもわたしは敬語が苦手みたいで、こうして緊張してしまうと、余計にダメだった。
けれど、ゴリラちゃんは気にした様子もなく、質問を続ける。
「たび、か。どこからきた?」
「えっと、そうげんとか、ちくりんのほう、かな。」
「それは、だいぶとおいな。つかれただろう。」
と、返ってきたのはこちらを気遣うような声。
わたしはあわてて両手を前に出し、ふるふると横に振る。
「ううん、そんなそんな。途中で休みながら来たから、へいきだよ。」
「そうか。だが、むりはきんもつだ。このさきなにがあるともわからないだろうし。しばし、からだをやすめていくといい。」
そう言って、ゴリラちゃんは優し気な笑みを見せてくれた。
ゴリラちゃん、最初はちょっとおっかない感じなのかなって思ったけど、ぜんぜんそんなことはなかったみたい。
なんていうか、とっても優しい子だった。
― ― ―
「いかがでしたか? わたくしたちのリーダーは。」
ちょっと用事を思い出した、とゴリラちゃんが席を外し、しばらくしてからクロちゃんがそんなことを聞いてきた。
「なんだか、カッコよかったね! それに優しいし! 頼れるリーダーって感じ!」
それは他意のない素直な感想だったのだけど、けれどクロちゃんたちはどうしてか、びみょうそうな顔でお互いの顔を見合わせた。
それはどこからどう見ても、苦笑い、と言えるような表情だ。
ひょっとして、わたしの感想、だいぶ的外れだったのかな?
「んー、まあ、そうみせてる、ちゅうかな。」
「イエイヌさんや、くびわさんはどうおもわれました?」
クロちゃんに振られたイエイヌちゃんは、少し答えづらそうな顔をして、
「くぅん・・・、しつれいながら、だいぶ、むりをしているようにおもいました。」
申し訳なさそうな声で、そう答える。となりのくびわちゃんもこくこくと頷く。見ると、ヒョウちゃんとクロちゃんも、うんうんと頷いていた。
「ええ? あたしにはぜんぜん、そう見えなかったけど。」
「たちいふるまいは、そうなのですけど。きんちょうしているにおいがしましたから。」
緊張している匂い・・・って、ひや汗の匂い、とか?
なるほど。それは、わたしにはわからないや。
正直なところ、はんしんはんぎ、なのだけど、わたしより感覚に優れたフレンズさんたちが言うのだから、たぶん、それは間違いのないことなのだろう。
そして、それを裏付ける証拠が、もうひとつ。
「そうなのよ。やっぱり、はながいいこには、わかっちゃうのよね。」
聞こえてきた声は、わたしたちのものでも、ヒョウちゃんたちのものでもなかった。
声の聞こえた方に視線を向けると、はじめて見るフレンズさんがふたり、こちらへ歩いてくるところだった。
「あのこ、ほんとはすっごくこわがりで、プレッシャーにもよわいの。」
ひとりは、なんだかカッコイイ感じの見た目をしてるフレンズさん、
「リエちゃんのいうとおりです。いまごろ、おなかがいたくて、ひとりでごろごろしてるとおもいます。・・・かわいそう、ぐすん。」
もうひとりは、眼鏡をかけたおとなしそうな感じのフレンズさんだった。
「リエ、メイ。あんたらもきたんか。」
「かぎなれないにおいがしたからね。ひょっとして、って、おもったのよ。」
ヒョウちゃんの言葉に、カッコイイ感じのフレンズさんが反応する。
「それで、やっぱり?」
「ああ、このともえっちゅーんが、ウチらのさがしてた、ヒトや。」
「へ?」
思わず声を出してしまう。
探してたって、ヒトを?
どうして?
そんなわたしの疑問は、言葉に出さなくても伝わってしまったみたいだった。
こちらに向き直ったヒョウちゃんは、腕を組んでしばらく考えるようなそぶりを見せると、意を決したような表情でこう言った。
「あんな、ちょっと、たのみがあんねんけど。」
― ― ―
ゴリラは繊細な動物である。
性格は非常に温厚で、繁殖期を除けば他者に攻撃的な行動を取ることは滅多にない。
しかし警戒心は強いため、外敵や障害に対して過敏に反応する。温和な性質上、あまり攻撃的な対応が取れないにも関わらず、である。
その為か、ゴリラは非常にストレスに弱い。直接的な危険にさらされずとも、神経性の病気や心臓の負担などで死に至る例もある程だ。
そして、フレンズは基本的に、基になった動物の性質を受け継ぐものである。
「うぅ・・・、おなかいたいぃ・・・。」
皆の所をひとり離れ、苦しそうに腹部をさする彼女も、基となる動物であるところのニシローランドゴリラの性質を色濃く受け継いでいた。
「いきなりおきゃくさんとか、ほんとやめてほしいよ・・・。ただでさえ、いっぱいいっぱいなのにさ・・・。」
警戒心の強いゴリラはささいな環境の変化にも神経をすり減らしてしまう。
彼女もまた、迎える場では体裁を保ったものの、突如現れた客人への応対によって引き起こされた胃痛に、その場を離れざるを得なかった、というわけだ。
「ヒョウねえは、いっつもいきなりなんだもんなぁ・・・。せめて、つれてくるまえに、はなしてくれればさぁ・・・、」
彼女はぶつぶつ愚痴を呟きながら、ごろごろと地面を転がる。さながら他者との関わりに思い悩む思春期の様相だ。
そんな有様であったから、ヒトより感覚に優れたフレンズでありながら、姿が目に入る程の距離になるまで、近づいてくる足音にも匂いにも気づかなかった。
「・・・っ、だれだ!」
木の陰から覗き込むように視線を向ける何者かを視界に収めると、ゴリラはあわてて身を起こし、警戒心もあらわに声を上げる。
大声に驚いたのか、何者かは覗き込んでいた頭を引っ込めて、木の陰にすっぽりと隠れてしまった。
ゴリラは訝しむような眼をそちらに向け、じっと様子を伺う。
その何者かは逡巡しているかのようにしばらく隠れたままだったが、「よし、」という意を決したような声を発するとともに、木の陰から姿を現した。
敵意がないことを示すかのように、にこにこと笑顔を見せ、そして、再び声を発する。
「ゴリラちゃん、ただいま!」
その姿は、白衣を着こみ、眼鏡をかけたフレンズのようだった。
― ― ―
フレンズ紹介~ヒョウ~
ヒョウちゃんはネコ目ネコ科ヒョウ属の哺乳類、ヒョウのフレンズだよ!
ヒョウは森の中とか草むらがあるところによく住んでるんだけど、ネコ科の動物の中ではいちばん、せいそくいき、がひろいんだって!
さむいとこ、あついとこ、しめったとこ、かわいたとこ、色んなところに住んでるよ!
かんきょーてきおーりょく?がすごいみたい!
木登りがとくいで、狩りをしたら横取りされないように、えものをくわえて木の上に登っちゃうんだよ! せいかつのちえ、ってやつなのかな?
大きなえものをつかまえたら、木の上に引き上げたり、枝とか葉っぱで隠したりして、何日もかけてすっかり食べきっちゃうみたい!
たべものをそまつにしないのは、いいことだよね!
体中にあるとくちょう的な模様は、そのままずばり、ヒョウ柄って言われてるよ! チーターの水玉と違って、よく見ると梅の花みたいな形をしてるんだよね!
すっごい綺麗な模様なんだけど、そのせいで、ヒョウは昔から毛皮を取る目的でヒトに狩られちゃうことも多かったんだ・・・。
ひどいよね・・・。
【こえ】ともえちゃん(しゅくしちほー)