アラホロ亭繁盛記~アーランドの酒場と錬金術士達~ 作:よるのこ
いったい彼女達が酒場で繰り広げるお話しとは……!?
「ごめんねぴあちゃん。ぴあちゃんお酒飲まないのに」
「いえいえ、ロロナさんそんなに気にしないでくださいよ」
アラホロ亭のカウンターの端の二席。常連客からは「お友達席」なんて呼ばれているその席に、何やら目を惹かれる女性が二人席についていた。
お腹の回りに少し大胆なカットが施された、どこか異国情緒を感じさせる服装に、美しい緑の長い髪を持つ「ぴあちゃん」と呼ばれた女性……ピアニャはグラスを片手に快活そうな笑顔を見せている。
それに対し若く、というよりむしろ幼くすら見える童顔に、大人の落ち着きと色気をどこか感じさせる少し変わった服装が不思議と誂えたように似合っている「ロロナさん」と呼ばれた女性……ロロライナ・フリクセルは両手でグラスを持って申し訳なさそうな表情をうかべていた。
「あたしお酒は飲まないって決めてはいますけど、宴会とかそういう楽しい雰囲気は好きですからね。ここはお酒以外も美味しいし」
そう言ってピアニャは手に持ったサワーアップルで風味付けをしたサイダーを口に運ぶ。炭酸の刺激と共に口の中に広がる薄めたサワーアップルの果汁から来る爽やかな酸味と、その酸味により引きたてられた確かな甘味を堪能しつつ「ほらロロナさんも飲んで飲んで」と声を掛ける。
ロロナもおずおずとグラスを持ち上げて葡萄酒を飲み始めた。リオネラがロロナの好みに合わせて選んだ甘めの葡萄酒は、どうやらロロナの口に合ったようで、一口目で味を確かめて、その次は笑顔で二口目を迎えていた。
両手でグラスを持ってくぴくぴといった感じに飲むその姿に、横に座るピアニャも、カウンター越しのリオネラも、ついでにいえば横目に二人の錬金術士を見ていた常連客も、ほっこりとした気分になるが本人は気づいておらず。昔から変わらないぽわぽわとした笑顔を見せていた。
「それで、ロロナさん。あたしと二人だけってことは、何か話したいことがあるんですよね?」
「あ、あはは……やっぱり分かっちゃう?」
「ま、あたしだけ誘うってのも珍しいですから」
ピアニャも自分のお姉ちゃん程ではないが、ロロナとの付き合いは長い。彼女は自分のように決してお酒を飲まないと決めているわけではないが、そこまで飲みたがるタイプではない。それにお酒を飲むことよりも、お酒の席でわいわいやること自体が好きなことぐらいは分かっている。
「お酒の席だから若い子たちを誘わないのはまだ分かりますが、ならお姉ちゃんやステルクさん、クーデリアさんとかを誘っているはずですからね。そもそもロロナさん、お酒に誘うよりも誘われることの方が多いんじゃないです?」
ピアニャがそう告げればロロナは照れ隠しのようにもう一度手のグラスを口に運んでから、観念したかのように話し始めた。
「うん、ぴあちゃんと、それとりおちゃんにも、良かったら聞いてもらいたいことがあって呼んだの」
「え、ロロナちゃん、わたしも?」
突然の指名に、ピアニャの注文したトゲマグロのカルパッチョを運んできたリオネラが聞き返す。
「うん。りおちゃんにも。ホントはこういうのってフィクスさんが詳しいかもしれないから相談しようかとも思ったんだけど……」
「いや~、それは止めておいて良かったんじゃないですかね~」
頭の中で「どうしてだい!?」と声が聞こえたような気がするが気にしない。決して悪い人ではないはずだが、あの胡散臭さを錬金釜で煮詰めて人の形に練り上げたような手品師に相談しようとも思ったロロナさんはある意味凄いとは思う。
「でもでも、ちょっと身内の話しになるからフィクスさんだって相談されても困っちゃうかなーって。だからぴあちゃんとりおちゃんに相談しようって思ったの」
「ふんふむ、あたしとリオネラさんが相談されるようなことですかぁ」
グラスを置いて少し悩むそぶりを見せるピアニャだが、おおよそどんな相談なのかは検討がついている。
「「ルルアちゃんのこと?」」
どうやらピアニャもリオネラも同じ結論に至ったらしく、ほぼ同時に答えを出した。そしてどうやらそれは正解だったようだ。
その答えを出した二人に、ロロナは驚いた様子を見せ……意を決したかのように、話し始めた。
「えっとね、ぴあちゃんにりおちゃん。わたしの相談はね、ルルアちゃんと、その、ステルクさんのことで……」
「「ステルクさん?」」
思いがけない名前が出てきたことに、リオネラはどんな相談だろうかと思考を巡らし……一方でピアニャと、カウンター近くのテーブル席でさりげなく耳を傾けていた常連客は面白くなりそうだと、内心わくわくしていた。
偉大な錬金術士・ロロライナ・フリクセル
最強の剣士・ステルケンブルク・クラナッハ
アーランド中に名声を轟かすかの二人が決して浅くない縁だというのは、二人と親交のある人物なら知らない者はいないのである。
本人たちには決して言わないものの、まだ結婚していないのか、あの二人はあれで良いのだよ、実は首相がお前にロロナはやらんと許可をしなくて……等と二人に近しい人物が勝手に噂をするぐらいには注目されている仲だ。
ピアニャもまた、お姉ちゃんであるトトリから二人については何度か聞かされており、二人がどうなるか気になっている一人。面白い話しが好きな彼女も「恋ばな」というものにはそれなりに興味があるのだ。
「ほぅほぅステルクさんですかぁ~」
「ルルアちゃんとステルクさんがどうかしたの?」
ピアニャはいかにも楽しそうに、トゲマグロのカルパッチョをつまみながら。リオネラはロロナに注文された次のお酒……ミルクの樹液割りのチョコレートリキュールを持って来ながら聞けば、それを一口飲んでから、ロロナが答えていく。
「最近、というか前からかな。ルルアちゃん、ステルクさんと仲が良くて……」
「あぁ、確かにルルアちゃん、ステルクさんにけっこう懐いていますよね」
ピアニャは一緒に旅をしている時の普段の二人の様子から。採取地で注意を促すステルクさんと、それにちゃんと応えていたりいなかったりするその様子は、少し過保護なお父さんと、なんだかんだ心配してくれるのが嬉しくてたまらない娘のようにも見えていたものだ。
「ステルクさんも、ルルアちゃんにはすごく穏やかだよね」
リオネラは何度か依頼の報告で見た二人の様子からそう話す。昔、顔を見て気絶したこともあるあの怖い顔は今でも健在であるが、だけどあの時ルルアに向けていた表情は本当に穏やかなものだったのをリオネラは覚えていた。
「そうなの、ルルアちゃんとステルクさんはとっても仲良しで、それはいいんだけど……」
「なんだか妙に歯切れが悪いですが、どしたんです?」
どうにも言いづらそうにして再び手に持ったグラスに口を付けるロロナ。
シラフでは言いづらいことなのだろうか、と考えながら、ピアニャは思考を巡らせる。
(定番としてはステルクさんと仲良くしているルルアちゃんを見て、どうも娘に嫉妬しちゃったことに気づいちゃったーとかだけど。案外ルルアちゃんがステルクさんのことお父さんと呼んでいたのを見ちゃったとか?ルルアちゃんああ見えて寂しがり屋なトコあるし、実はお父さん的な存在を求めていた、なんてこともあり得なくは……)
「実はね、ぴあちゃん、りおちゃん……」
口には好物の魚介類、目には錬金術士の原動力である好奇心を満載して、ピアニャはロロナの言葉を待った。
面白半分に聞くつもりなのは否定しないが、ピアニャにとってロロナは、最初に錬金術の初歩を教えてくれた人でもあり、子供のころから何かと可愛がってくれた相手である。
例えばこれが色恋の話とかなら、それはもう自分にはお手上げというか専門外にも程があるが、相談相手として選ばれた以上、真摯に聞くことこそが自分の役割だと気合いを入れた。
表面こそは飄々としているが、心の内に好奇心と心配をまぜこぜにして、敬愛するロロナの言葉を真剣に受け止めるべく、待ち構えた。
またリオネラも、アラホロ亭の他のお客さんに気を配りつつも、自分の友人にして恩人のロロナの言葉を待っている。
リオネラにとって彼女、ロロナは本人が思っている以上にずっとずっと大きな存在だ。自分の秘密を打ち明けても良いと思えた唯一の相手であり、自分が少しづつでも変わっていけたのは間違いなく彼女がいたからだと信じている。
お互いがアーランドから旅に出たり、弟子が出来ていたり、いつの間にか幼女になっていたり、自分が酒場を開いたりと、実に色々なことがあったけど今でも彼女は変わっていないし、自分の友達であり続けてくれている。そんなロロナが悩みを打ち明けようと言うのである。
そつなく接客を行いつつも気持ちはロロナに向けて。全力でロロナの悩みに応えたいと受け止めるべく待ち構えれば、カウンター近くの常連客たちもそれとなく静かに飲み続け、ロロナの言葉を「偶然」耳に入れて逃さぬように密かに気を配って待ち構えている。
そうしてみんなが表に見せずに注目し、注目された
「ステルクさん、もしかしたらルルアちゃんのことが好きなのかもしれないの!!」
……みんな盛大にずっこけた。心の中で。
ロロナさんならこれくらいの勘違いはしそうだと思って。
実際ステルクさん、ルルアちゃんにはだいぶ甘いし。