からかい上手の高木さん~short Extra stories~ 作:山いもごはん
世の中にはこんなアイテムもあるのね、というところから創作してみました。
楽しんでいただければ幸いです。
一緒に帰ろう、と高木さんに誘われたので、一緒に帰ることにした。
昇降口に向かう途中の廊下で、高木さんが体操着を忘れたことに気付いた。
『アーッハッハッハ!教室に忘れ物なんてマヌケだねぇ高木さん!』と言ったら、『そうね。取ってくるから先に行っててよ。』と軽くいなされた。
なんとなく悔しい思いをしながら、オレは一人昇降口に着いた。
高木さんをボーっと待ちながら、ウロウロキョロキョロしていたところ、昇降口の角に設置されている『それ』を見つけた。
『それ』は、高さ2メートル、幅2メートルほどの、クローゼットのようなものだった。観音開きになっているようで、正面には取っ手が二つついている。引けば簡単に開けられそうだった。
ただ待っているのも暇だし……。そう思い、オレはそのクローゼットに近づいていった。
「お待たせ、西片。」
「あ……おかえり、高木さん。」
「うん。ただいま、西片。」
何が『おかえり』で何が『ただいま』なのかはわからないけど、会話は成立していた。
「高木さん、あそこにあんなクローゼットみたいなのってあったっけ?」
「うん。私たちが入学した時からあったよ。今まで気付かなかったの?」
気付かなかった。だけど、気付かなかったと言うのは悔しかった。
「ああ、そういえばあったね。今の今まで忘れてたけど、確かにあったよね。」
「でしょ?だから、中に何が入ってるのか、西片は当然知ってるよね?」
藪をつついて蛇を出す。きっと、こういう状況のことを言ったことわざなんだろう。
「あ……ああ、もちろん知ってるよ。知ってるに決まってるだろ。」
「そうなんだ。実は私、ど忘れしちゃってさ。中に何が入ってたんだっけ?」
なっ……!
一瞬にして顔に汗が噴き出した。高木さんは、そんなオレの様子を見てニヤニヤしている。
「ほ……ほら、とりあえず開けようよ。口で説明するよりも開けてみた方がわかりやすいからさ。」
「私は西片の口から説明してほしいんだけどなー。」
「いいから!とにかく開けるの!」
高木さんから逃れるように、オレはクローゼットの前に立った。一体何が入っているのか……オレは少しドキドキしながら、取っ手に手をかけた。
「どかーん!」
「うわぁぁ!」
言うまでもない。高木さんだ。
「あははははっ!びっくりした?」
「当たり前だよ!」
「あははは。西片、すごくビクビクしながら開けようとしてたから、ついからかいたくなっちゃって。」
「ビクビクしてないよ!あれは……ドキドキしてたんだよ!」
「まあまあ、どっちでもいいからさ。早く開けてよ。」
「誰のせいだよ……。開けるから、今度は脅かさないでよ。」
「はーい。」
いい返事をした高木さんを、オレは信じることなく、彼女に全神経を集中しながら取っ手に手をかけた。こうなると、クローゼットに対するさっきのドキドキは、もはや完全に吹き飛んでしまっていた。
そして、ゆっくりと観音開きの扉を開ける。
扉の中にはオレがいて、その奥には高木さんがいた。
「鏡……?」
扉の中は、一面鏡張りの世界だった。オレは、唐突に現れたその光景に圧倒されていた。
しかしその数瞬の後、その世界に違和感を感じた。
その鏡の世界では、オレの姿が左右逆に映し出されていたのだった。
いや、オレだってそこまでアホじゃない。
普通の鏡像が左右対称に映ることぐらい知っている。
そこには、普通の鏡像のさらに左右逆の姿が映し出されていたのだ。
オレが右手を挙げれば右手を挙げ、左手を挙げれば左手を挙げる。
一体どうなっているのか。
「リバーサルミラーっていうんだって。」
オレが鏡に向かってアホみたいに手足を動かしていると、高木さんが説明してくれた。
「鏡を2枚使って2回反射させることで、鏡像のさらに鏡像が映るっていう仕組みらしいよ。」
鏡像のさらに鏡像。理屈はわかるが、目の前にある光景には、そんな理屈を吹き飛ばすようなある種の神秘的な魅力があった。
「それはそうと、なんでこんなところにこんなものがあるの?」
「卒業生の寄贈だって。こういうのが好きな人がいたのかな?」
確かに、こんな面白いモノがあれば他の人にも見せたくなるのが人情と言うものだろう。
「ね、知ってる?人の顔って、左右対称じゃないんだってさ。」
「ああ、なんか聞いたことあるかも。」
「だからね、西片が鏡で見てる西片の顔と、私が見てる西片の顔は、実は少し違うんだよ。」
高木さんは、オレの隣に並びながら言った。
「今西片が見てる顔が、いつも私が見てる西片の顔。どう思う?」
確かに、鏡に映る自分の顔には違和感がある。どちらかというといつもの方がかっこいい気がする。
だけど、そんなことを正直に言うのは、あまりにも恥ずかしすぎる。
「どうって……別に普通だけど。」
「そっか。私は好きだけどな。」
「すっ!?」
はぁああ!?急に何言ってんだこの人!?
「んー?どうかしたの?」
ニヤニヤしながらオレの顔を見てくる。
わかっている。いつものようにオレをからかっているだけだ。
だけど、ここで引いてはいつもと同じだ。
オレはあくまでもポーカーフェイスを貫く。
「じゃ……じゃあ逆にさ、高木さんが今見てる顔が、いつもオレが見てる顔だってことだよね。」
「ふーん。」
「こ……今度は何だよ?」
「西片、いつも私のこと見てくれてるんだ?」
なっ!?
「はぁっ!?何言ってんの!?そんなこと全然言ってないじゃん!」
「えー、言ったよ?いつもオレが見てる顔、って。」
「言ったけど、そういう意味じゃなくて!」
「じゃあ、どういう意味?」
「だから!その!オレが毎日見てるっていう意味であってだね!」
「毎日見てくれてるんだ?」
「そういう意味じゃなくてね!?」
これ以上の話し合いは無意味だ。というよりも、オレがケガを重ねるだけだ。
「ほら、もう帰ろうよ。」
「西片!鏡!」
「えっ!?」
『カシャッ』
帰ろうと鏡の前を離れようとしたオレを、高木さんが強い口調で呼び止めた。その勢いにオレは驚いて思わず鏡を見た。その瞬間、カシャッ、という音が聞こえた。
音のした方を見ると、高木さんがケータイの画面をオレに見せていた。
そこには、鏡を写した写真が表示されていた。つまり、猛烈に驚いた表情のオレと、平然とケータイを構えている高木さんの2ショット写真だ。
高木さんはその写真を見て、涙を流さんばかりに笑い始める。
「この表情……あははは!もう、ほんといい顔するよね。この真剣な顔……あはははははっ!」
「ちょっと!写真なんて撮ってどうするのさ!」
「どうもしないよ?ただ持っておくだけ。あ、後で西片にも送るね。」
「いらないよ!」
「あははは。あー、おかしい。私にとっては、さっきの顔よりも、こっちの驚いてる顔の方が、西片の顔って感じがするや。」
最後までご覧くださりありがとうございました。
短編を書くつもりが、作品を重ねるごとにどんどん長くなっていくのは本当に悪いクセだと思っています。
近いうち長編の方も更新したいと思っていますので、よろしければそちらもご覧ください。